生態系や生物多様性の保全に対する世界的な意識の高まり、関連する科学的知見の蓄積を背景に、海域に保護区(すなわち海洋保護区(MPA:Marine Protected Area))を設定することを通じて保全を推進する動きが世界的に活発になっている。こうした動きを受けて、生物多様性条約第7回締約国会議は、長い議論の末に海洋・沿岸の保護区(Marine and Coastal Protected Area)について、以下の定義を示している。
「海洋環境の内部またはそこに接する明確に定められた区域であって、そこにある水塊及び関連する動植物相、歴史的及び文化的特徴が、法律及び慣習を含む他の効果的な手段により保護され、それによって海域又は/及び沿岸の生物多様性が周辺よりも高いレベルで保護されている効果を有する区域」
また、長らくこの問題に取り組んできている国際自然保護連合(IUCN)は、1980年代末に設けた海洋保護区の定義を見直して、2008年に、陸域と海域双方の保護区に適用される定義を以下のとおり位置づけ、具体的なガイドラインも示している。
「生態系サービス及び文化的価値を含む自然の長期的な保全を達成するため、法律又は他の効果的な手段を通じて認識され、供用され及び管理される明確に定められた地理的空間」
もっとも、どのような海域にも一律に有効な「海洋保護区」があるものではなく、対象となる海域やそこでの利用の特徴などを勘案して、保護区を適材適所に設定することこそが重要である。そこでIUCNは、上記の定義に加えて、「保護区管理カテゴリー(表2)」を設けて、保護区の管理目的を明らかにした上で、それらのバランスのとれた配置を求めている。
表2:IUCN保護区管理カテゴリー
保護区Category of protected areas | 主な管理目的Areas managed mainly for |
|
---|---|---|
Ia |
厳正自然保護区 |
厳格な保護/主に科学的研究 |
Ib |
原生自然保護区 |
厳格な保護/主に原生自然の保護 |
II |
国立公園 |
主に生態系の保全と保護 |
III |
天然記念物 |
主に特定の自然の特徴を保全 |
IV |
生息地/種の管理区域 |
主に人間の管理介入を通じた保全 |
V |
陸上/海洋景観保護区 |
主に陸上・海洋景観の保全及びレクリエーションLandscape / seascape conservation and recreation |
VI |
持続的資源利用保護区 |
主に資源の持続可能な利用 |
※本表の「保護区(Protected Area)」には、陸域と海域の双方が含まれる。
出典:Dudley Ed(2008)Guidelines for Applying Protected Area Management Categories
さらに、個々の保護区が全体として生物多様性や生態系の保全を効果的に発揮していくために、海洋保護区のネットワークを形成させるべきであるという考え方も現れてきている。
以上から、現在国際的に推奨されている海洋保護区とは、海洋の生物多様性や生態系の保全を主な目的として、明確な範囲を持った特定の海域において効果的に設定される保護区であり、またそのための措置の内容は、地域における慣習などの法律以外の手法も含め、目的に照らして柔軟に決定されるものと理解することができる。また、生態系サービスの持続可能な利用は、生物多様性の保全と不可分であり、生物多様性の保全に資するものである。このため、いずれかの生態系サービスを持続可能なかたちで利用することを目的とする場合も海洋保護区のひとつといえる。
以上を踏まえ、本保全戦略では、今後我が国が推進すべき海洋保護区を以下のように定義する。ただし、この定義は今後の施策の進捗に応じて随時見直されるものである:
「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全および生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域。」
我が国では、海洋保護区に該当すると考えられる海域の指定を、古くから多様に行ってきている。具体的には、[1]自然景観等の保護を目的とする自然公園、自然海浜保全地区、[2]自然環境又は生物の生息・生育場の保護を目的とする自然環境保全地域、鳥獣保護区、生息地等保護区、天然記念物の指定地、[3]水産動植物の保護培養を目的とする保護水面、沿岸水産資源開発区域やその他都道府県や漁業者団体等多様な主体による様々な指定区域等を挙げることができ、相当数の保護区が既に存在する。
ラムサール条約に基づく沿岸域の登録湿地、世界遺産条約に基づく自然遺産登録物件である知床の海域なども、海域に指定された保護区ということができるだろう。これらの国際的な登録に当たっては、上記のいずれかの国内制度によって継続的な保全が担保されている。
これら既存の保護区は、それぞれの目的に応じて保護を図る対象も明確であるが、一方、それがために、先に見た国際的な文脈で推奨されている海洋保護区の動向、本保全戦略の目的とする生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性を保全し、生態系サービスを持続可能なかたちで利用する観点に照らせば、特異な風景地や学術的な価値、あるいはある特定の生物種等のように保護を図る対象が限定的となっている場合もある。
海洋基本計画(2008年3月閣議決定)においては、生物多様性の確保や水産資源の持続可能な利用のための一つの手段として、生物多様性条約その他の国際約束を踏まえ、関係府省の連携の下、我が国における海洋保護区の設定のあり方を明確化した上で、その設定を適切に推進する旨を明記している。本保全戦略における海洋保護区の定義は、幅広い要素を含んでいるが、重要な点は生物多様性の保全および生態系サービスの持続可能な利用を目的として明示していることである。今後、必要な海域について保護区の設定を推進していく際には、本定義の目的に示された生物多様性と生態系サービスの観点から、既存の制度を適切に活用した拡充やそれらの制度の効果的な組み合わせと連携による効率的な海洋保護区のあり方を考えるべきである。また、既存の保護区においても、現状を点検し、管理計画等の改定を行ったり、必要に応じて規制の強化を図ったりし、劣化した自然の再生の取組や、先に述べた里海の取組を行うことなどにより、管理を充実させていくことも重要である。同時に、海洋に関する知見の充実や社会的状況の変化等も踏まえ、適切な対策や制度について継続的に検討を行っていく必要がある。
なお、海洋の生態系は陸域と比べて生物の移動等の変化が激しいことから、空間的な保護区の設定とともに、時間的な要素を加味し、規制や管理を季節や期間によって変えるなどの管理の柔軟性も重要である。
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