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研究概要
１．序（研究背景等）
東南アジアをはじめ、世界的な規模でサンゴ礁の減少・衰退が進んでおり、サンゴ礁の保全は国際的にも重要な緊急課題となっている。我が国では「自然公園法」の枠のもと、特に優れた海中景観を持つ海域を「海中公園地区」に指定し保全施策を実施してきた。しかし、2003年4月施行の新「自然公園法」では自然公園を生物多様性保全の重要地域として位置づけ、「海中公園地区」に関して生物多様性保全の観点から場所の見直しが図られようとしている。沖縄県八重山諸島の石垣島と西表島の間には石西礁湖と呼ばれる世界的にも貴重なわが国最大規模のサンゴ礁地帯がある。この海域は4つの海中公園地区を含む西表国立公園区域に指定されているが、1970年代以降、陸域から流入する赤土、オニヒトデによる大規模食害、水温上昇によるサンゴ白化現象によって大きな被害を受けてきた。近年、石西礁湖でオニヒトデの再度の大発生を予見する調査結果も示されており、サンゴ礁保全地域の選定を含む保全対策の実施が緊急課題となっている。
サンゴ礁での保全地域選定に当たっては、そこに生息する生物群集相互の関係を理解しながら、サンゴ礁生態系の特徴である高い生物多様性を維持しうるサンゴ礁生物群集の構成要素と生息環境要因との関連に基づいて決定する必要がある。また、オニヒトデ対策では、今のところ限られた海域で人力により徹底的に駆除するしか方法はないと言われているが、駆除海域を選定するための判断基準は確立されていない。
２．研究目的
本研究では、まず、八重山諸島周辺海域から、環境の大きく異なる3つの調査地を選定し、サンゴ、魚類、海藻といったサンゴ礁生物群集と、それらの生息場所の物理・化学的環境要因を同時に調査する野外合同調査を実施する。それらの結果から、サンゴ礁生物群集構造と環境要因との関係を解明し、サンゴ礁生物多様性保全地域選定に必要な科学的資料を得ると共に、サンゴ礁環境保全のための生物環境指標の抽出と数値基準の導入を探る。加えて、サンゴ礁魚類の多様性を高める場として海草藻場がどのように貢献しているか検証する。次に、石西礁湖において、サンゴ被度変遷解析及び大発生が問題となってきたオニヒトデの個体群動態をモデル化し、オニヒトデの順応的管理方策などサンゴ礁保全施策への提言を行うとともに、生物粒子の輸送トラジェクトリーに関して数値モデルを使いシミュレーションすることにより石西礁湖における幼生の供給源となり得る適切なサンゴ礁保全地域に関する資料を得る。
最終的に、我が国のサンゴ礁生物多様性保全地域の選定に際して、どのような生物・物理・化学的環境を備えた場所を選定すれば高い生物多様性を維持しうるサンゴ礁生態系が保全できるか、基礎的条件を提示するとともに、環境省が進める石西礁湖再生事業へ具体的な提言を行うことを目的とする。
３．研究の内容・成果
(1)保全すべきサンゴ礁生物多様性の探索
環境の大きく異なる3つの調査地（1.河川等から陸起源物質の供給を強く受ける岸近くに裾礁が発達した宮良湾；2.外洋水の影響が強い石西礁湖（堡礁）外縁部のカタグヮー；3.中間的なサンゴ礁として石西礁湖の中心部のシモビシ）の計223地点で、サンゴ礁生物群集（サンゴ・魚・海藻（草））を対象にベルト・トランセクト法による潜水調査を行い、それぞれの生物群集について分布特性（着生、基質、種組成、生息密度、被度）を明らかにするとともに、生物群集のそれぞれのサンゴ礁環境の利用のし方について比較研究を行った。
造礁サンゴについては、宮良湾で156種、シモビシで198種、カタグヮーで232種、全体では15科54属297種が出現した。被度は底質に占める岩礁の割合が高くて水深の浅い場所ほど高い傾向にあった。一方、出現種数と多様度指数(H')は、水深が深い場所で高い傾向にあった。分布パターンは、裾礁の地形がみられる宮良湾と堡礁の地形がみられるカタグヮーでは明瞭な帯状分布がみられたが、シモビシでは不明瞭であった。
魚類群集については、3地域の中で出現個体数はシモビシが、出現種数はカタグヮーが最大であった。多様度指数(H')は3地域とも枝状サンゴ域で高かった。魚類の分布を比較すると、礁縁部、礁嶺部、礁池の枝状サンゴ域、砂地・サンゴ礫域、海草藻場といった様々な環境を備えた宮良湾ではそれらの環境に対応して多様な魚類が生息していた。シモビシでは、礁斜面、礁嶺部、砂地・サンゴ礫域といったサンゴ礁地形がみられたにもかかわらず、宮良湾の礁池内側に生息していたスズメダイ類が全体にわたって優占していた。一方、カタグヮーでは、礁斜面、礁縁部、礁原部、礁湖内の枝状サンゴ域、砂地・サンゴ礫域と、宮良湾と同様に様々な環境が備わっていたが、礁湖は水深が深く宮良湾の礁池内の浅所に生息するような魚類はほとんど出現しなかった。水産有用魚種の分布をみると、フエダイ・フエフキダイ類は海草藻場がある宮良湾が多かった。ブダイ類成魚はシモビシ全域とカタグヮー礁原部に多数出現したが、全長4cm以下の幼魚は成魚の分布とは異なり、水深の浅い枝状サンゴ群集域に多かった。これらの魚類は枝状サンゴを隠れ場所として利用するほかに、その根本の死んだ部分に繁茂している藻類を餌としていた。
海藻類は小型海藻を中心に多くの種が生育・分布していた。3調査海域の中でも宮良湾で最も多くの海藻が出現したが、調査地点数当たりの海藻種数は、3海域間で差は認められなかった。しかし、海域固有種は、「河口域」、「干潟」、「サンゴ礁域」などのサンゴ礁生態系のサブユニットが多く、環境傾度が高い宮良湾で最も多く、56種を数えた。枝状サンゴ群集が優占するシモビシでは、枝状サンゴの枝間や死んだ枝サンゴ骨格に由来する礫上に多くの海藻が繁茂していた。カタグヮーでは、調査区の半分以上が礁湖内のやや深い砂礫底（水深7-10m）で、そこでは海藻が少なかった。海藻には、サンゴ礁地形に沿った環境傾度並びに造礁サンゴ群集に対応した分布が認められ、環境要因の中でも「着生基質の種類と安定度」、「波当たりの強さ」、「干出」が海藻の分布に大きく影響していることが判明した。また、安定した着生基質が少ないサンゴ礁では、枝状サンゴの枝間が海藻の優れた着生基質となっていた。
石西礁湖周辺の3地域223地点（宮良湾91地点、シモビシの63地点、カタグヮー69地点）のなかで、保全の優先地点を数値化するために、置換不能度の解析をした。サンゴ類では242種を全て抽出する為に必要な最小地点数は38地点、海藻類194種については43地点、魚類290種については59地点がそれぞれ必要であった。抽出された地点の分布を見ると、サンゴ類ではカタグヮーに多く、海藻類では宮良湾に多い。魚類では3地域にほぼまんべんなく分布した。これらの地点は、サンゴ類の高被度地点の分布とは異なっており、従来のサンゴ被度を重視する保全施策では多くの種が保全の網から抜け落ちる恐れがあると予測できた。また、生物群集の組成と環境変数との関連を調べた。調査した223地点は大きく12の群集に類別され、これら群集の指標種が抽出できた。3つの地域にはそれぞれ特徴的な群集があり、群集の組み合わせも地域間で異なっていた。db-RDAによる環境傾度分析を行うと、12の群集は各々ほぼまとまって配置され、４環境変数（岩盤被度、砂被度、SPSS、水深）によって群集組成がある程度は説明できた。保全地域の選定においては、類別された群集を保全すべき群集要素の単位と考え、置換不能度の得点化と組み合わすことで、保全デザインの優劣を数値化して比較した。
サンゴ礁魚類の多様性を高める場として海草藻場がどのように貢献しているか解明するため、以下の４項目について調査を行った。
(１)サンゴ礁の魚類の種多様性を高めるために、海草藻場を保全する必要があるか？
(２)海草藻場を保全する場合、近隣にサンゴ域が存在したほうがよいか？
(３)外洋の影響を強く受ける海草藻場と、陸域の影響を強く受ける海草藻場のどちらを保全したほうがよいか？
(４)石西礁湖の海草藻場を保全する場合、実際、どの場所の海草藻場を保全すればよいか？
項目(１)(２)の調査では、石垣島周辺および西表島の３地域でベルト・トランセクト法により海草藻場とサンゴ域の魚類の出現個体数と成長段階（成魚と稚魚）について潜水観察を行った。その結果、海草藻場はサンゴ域にみられない魚種の生息場所となっていることが明らかになった。また、サンゴ域にすむ魚類の一部によって成育場として利用されていることも判明した。このような魚類の出現パターンは、海草藻場にサンゴ域が隣接していてもしていなくても同じであった。項目(３)の調査では、外洋の影響が強い竹富島周辺の２地点、陸域の影響が強い石垣島周辺２地点の海草藻場でベルト・トランセクト法による潜水観察を行い、各トランセクト内に出現した個体数と群集構造を比較したが、平均種数と個体数では、外洋と内湾の藻場間で明瞭な差は認められなかった。項目(４)の調査では、自然再生事業の対象となっている石西礁湖内の計6地点の海草藻場を選び、ベルト・トランセクト法による潜水観察を行い、各地点に出現した個体数、群集構造を明らかにした後、6地点の海草藻場をさまざまに組み合わせることによって表現される魚種数を求め、石西礁湖内で海草藻場魚類の多様性を高く維持するために最適な海藻藻場の組み合わせを検討した。
(2)保全すべきサンゴ礁環境の探索
�（歔瓦垢戮�サンゴ礁の水質・光環境条件に関する研究
サンゴや藻類の分布や物質生産（群集代謝）に影響を与える水質と光環境に注目し、光環境の支配要因である濁質挙動、それぞれの時空間パターンの把握と変動要因を明らかにするとともに、多様な生物群集を維持しうるサンゴ礁環境の数値基準及び指標の導入の可能性を探る。琉球列島石垣島周辺部の３つのサンゴ礁（宮良湾、シモビシ、カタグヮー）について水質（水温、塩分、濁度、クロロフィルα、栄養塩）および炭酸系溶存成分のある瞬間における分布状況を捉えることを目的とした、いわゆる「スナップショット」観測を複数回実施し、生物群集の分布特性と海洋環境との比較、特に陸域の影響について検討が可能なデータセットを収集した。観測は、降水の直後を避けて、平常時の状態の把握を試みた。河川からの流出がほとんど見られないにもかかわらず、宮良湾に面したサンゴ礁の内岸寄りで塩分が外洋水よりも低下している様子が捉えられ、これは汀線付近からの陸水の流入によると考えられる。海水の各種栄養塩および濁度は岸寄りの海域で高いが、岸から200〜300mの間に急速に減少していた。各種栄養塩濃度は、塩分との逆相関関係が認められるので、岸側から沖方向に向けて清澄な外洋水により希釈されていくものと考えられる。宮良湾であっても、外洋寄りのサンゴ礁域の値は、シモビシ、カタグヮーとほぼ同じようなレベルの水質環境にあった。宮良湾のサンゴ礁では、岸沖方向のわずか300mほどの距離の間で、水温で約5℃、塩分で約5、濁度でも約10NTUの顕著な環境勾配が認められたのに比較して、シモビシおよびカタグヮーにおける環境の空間不均一性はたいへん小さい。検討した３つのサンゴ礁のなかで、大局的には、宮良湾、シモビシ、カタグヮーの順で、陸域からの距離が離れるに従って、良好に、あるいは外洋水の値に近付く様子が明らかになった。
また、石西礁全域を対象とした水質調査を実施し、礁湖内では海水中クロロフィルや各種栄養塩濃度が外洋に比べて高いことを見出した。特に、石西礁中央部を南北に縦断する測線について比較的短時間の採水調査を、季節を変えて複数回実施した。塩分の内外差は分析精度をわずかに越える程度である一方、炭酸系諸量と栄養塩・濁度については、それぞれの分析精度を大きく上回る礁湖と外洋の差が検出され、特に竹富島と小浜島に挟まれた礁湖の中央部から南部にかけての海域に極値をもつ分布が見られる。これらの極値は、この海域の生物代謝が活発であったと解釈するよりもむしろ、閉鎖的な地形特性により停留時間が長く、炭酸系の変容が進み、栄養塩が蓄積した海水が分布していると考えた方が合理的であろう。竹富島−小浜島間の礁湖に比較して、シモビシからカタグヮーにかけて広がる礁湖は、外洋に開放的な地形的特徴を持ち、炭酸系諸量と栄養塩・濁度についても外洋との濃度差が小さいが、これは外洋水の流入による希釈効果が強いことに起因していると考えられる。
�▲汽鵐款未粒た緡�動と懸濁物の挙動に関する研究
�顱乏ぐ菷羈喞敢�
自動測定装置により沿岸性サンゴ礁の宮良湾と石西礁のシモビシ北、およびシモビシ南の海域比較調査を行ったところ、シモビシ北と宮良湾の海底濁度はほぼ同程度で、シモビシ南は他の2点よりも若干小さかった。シモビシ北の底質に細粒分が多く含まれていたことが、宮良湾とシモビシの濁度に差が出なかったことの原因と考えられた。
�髻紡臣賄雪婆�調査結果からみた地域特性および底質と海水濁度の関係
まず、宮良湾サンゴ礁で調査された表層濁度と底質のデータを解析し、その相関性について検討した。その結果、澪筋でSPSS（底質中懸濁物質含量）が高い部分を除けば、SPSSは表層濁度を説明し得ることがわかった。また、海底環境の傾向を大別するには、主成分分析が有効であることがわかった。
宮良湾サンゴ礁で調査された表層濁度と底質のデータを解析し、その相関性について検討した結果、澪筋でSPSSが高い部分を除けば、SPSSは表層濁度を説明し得ることがわかった。また、宮良川などが流入する宮良湾サンゴ礁の礁池の一部と水路部分、轟川河口から北側の海岸部にSPSSの高い海域が見出された。一方、河川の影響が少ない安良崎、白保、シモビシでは全体的にSPSSが低かった。また、大局的には、濁度とSPSSの相関は有意であり、礁内の濁度の原因が堆積物中の細粒物質の再懸濁であることが示唆された（図1）。このほか、稠密調査地点の海底環境を大別するには主成分分析が有効であることを示した。
続いて、2003年９月に行われたシモビシの多地点稠密調査結果を用いて、主に表層水の濁度と底質の関係に着目してシモビシの環境を詳しく調べるとともに、平成14年９月に宮良湾で取得した環境データと対比して、宮良湾に比べて環境傾度が小さいシモビシの特徴を考察した。また、沿岸性サンゴ礁と石西礁サンゴ礁の共通点と相違点を示すには、稠密地点での底質調査結果を主成分分析とクラスター分析の組み合わせで解析すれば良いことを示した。
�鵝�SPSS法の迅速化・高精度化の検討
底質中懸濁物含有量（SPSS）法において透視度計の代わりに小型濁度計を使い、定量精度を向上させることができた。このSPSS法の変法は、本来の簡易環境調査だけでなく、水中光環境の研究にも応用できる可能性を持っている。
�堯棒仞松盟澗里隆超�の年変動
石西礁に設けた５定点で水質鉛直分布の経年変化を観測し、同海域は富栄養化には至っていないこと、ただし閉鎖性の強い北部海域を中心に監視を続ける必要がある点を明らかにした。
(3)サンゴ礁の変遷
�＼仞松霧个離汽鵐竿鐡拱兪�モデルの開発
1983年からの延べ113地点における被度データ、オニヒトデ発見数を用い、時系列解析により将来の被度およびオニヒトデ大発生リスクを予想する数理モデルを開発し、その手法上の間題点と解決策を検討した。�“鐡戮砲弔い討蓮�1990年代までの定点観測が厳密に同じ調査区域を探索していないなどの問題点が判明した。
�⊃綯羃菫�時系列に基づいたサンゴ幼生輸送のトラジェクトリー解析
サンゴ礁海域における生物多様性保全地区の選定について、そこから放出されたサンゴの卵・幼生粒子が海水に輸送された後に着生・加入できるような放出領域（ソース領域）に重点を置くという考えに基づいた研究を行う。このため、サンゴ卵および幼生の軌跡（トラジェクトリー）を数値シミュレーションによって明らかにした。研究フロー図（図２）に示すように、風と潮汐を境界条件として与えて流動場を計算する。この流動場上で、i)石西礁湖中央部のシモビシ、ii)同周辺部のカタグヮー、iii)黒島周囲からサンゴ卵・幼生を想定した粒子群を放出し、数日間の浅海域への残留確率を算出した。また、別途、石西礁湖全体の１４地点からの粒子軌跡（静止画）を作成した。また、サンゴ卵放出能力の評価のため、黒島周囲で継続取得してきた水中画像時系列データ、および環境省の石西礁湖モニタリング調査によるサンゴの被度、属性を勘案した。
シミュレーションの結果から、粒子の軌跡は、潮汐による往復流、連吹風による定向流、および小スケールの水平渦動によるランダムな動きの３要素を反映していたが、数日の時間スパンの移動に関して最も支配的な要素は風であり、生物粒子は風下に輸送されることが確認できた。
４．考察
(1)保全すべきサンゴ礁生物多様性の探索
今までのサンゴ礁保全施策は、ほとんどが造礁サンゴを中心に進められてきた。ダイビングでの利用や幼生放出源としての観点からはサンゴ被度の高い場所が、サンゴの種多様性の観点から出現種の多い場所や希少種のいる場所が保全地域として選ばれてきた。この中で、枝状ミドリイシを中心としたサンゴ群集域はサンゴの種多様性は低い場所ではあるが、海藻、魚類では種多様性が高く、着生基質が非常に少ないサンゴ礁では枝状サンゴの枝間は海藻の着生場として有効利用されているとともに、枝状サンゴ群集域は海藻の種場としても重要な所とみなせる。また、枝状サンゴの複雑な立体構造から、枝状サンゴ群集域は多くのサンゴ礁魚類に隠れ家、餌場を供給する場であるとともに、有用水産魚種である藻食性魚類のブダイ類の幼魚の着生、成育する場として利用されていることがわかった。このように、枝状サンゴ群集域は、保全すべき重要なサンゴ礁生態系の一つであることが明らかとなった。保全候補地の選定には生態系機能を考慮したサンゴ以外の生物群集も含めた総合的な判断が必要である。
石西礁湖周辺部３地域（宮良湾・シモビシ・カタグヮー）での集中的な調査によって、群集組成の特徴と物理環境との関連性を明らかにすることができた。これら3地域は連続したサンゴ礁であるが、群集の分布と組み合わせは不均一であり、それぞれの群集要素に対応する環境傾度が異なることが明らかとなった。サンゴ礁保全地域の生物多様性のモニタリングを行う上では、おのおのの対象地域の、面積・環境傾度の強さ・底質や濁度環境のレベル等に応じて適切な方法を提案する必要があると考えられる。保全地域の選定においては、群集を保全要素と見なすことで群集の組み合わせによって保全地域をデザインできるようになり、置換不能度をもとにした数値化によってデザインの優劣が比較できるようになった。
サンゴ礁生物多様性保全地域の選定には、サンゴ域とともに海草藻場もその対象として含めるべきであるが、その際、保全対象となる海草藻場の近隣にサンゴ域が必ずしも存在している必要はない。また、海草藻場を保全する場合は、外洋の影響が強い場所、陸域の影響が強い場所のどちらかで代償可能であった。石西礁湖において海草藻場を保全する場合、西表島東岸・小浜島西岸・小浜島東岸・竹富島西岸、あるいは西表島東岸・小浜島西岸・小浜島東岸・竹富島西岸・竹富島東岸の組み合わせで、各地区の海草藻場を保全すれば最も効率的であることが分かった。
(2)保全すべきサンゴ礁環境の探索
�（歔瓦垢戮�サンゴ礁の水質・光環境条件に関する研究
石垣島周辺部の３つのサンゴ礁（宮良湾、シモビシ、カタグヮー）および石西礁全域を対象とした水質調査の結果を総合して、このサンゴ礁域の水質環境は以下の4段階に区分される：(1)陸水流入による高栄養塩濃度の沿岸部、(2)竹富島−小浜島間の閉鎖的な礁湖、(3)外洋水との交換が比較的よい礁湖、(4)外洋側礁斜面。宮良湾は(1)に、シモビシは(2)と(3)の境界部に、カタグヮーは、(3)と(4)の境界部に位置する。したがって、大局的には、カタグヮー、シモビシ、宮良湾の順で陸域の影響が強いと考察される。水質サンゴ礁における富栄養化の指標として、グレートバリアリーフやカリブ海の研究より、海水中クロロフィル濃度0.3-0.5μg L-1、溶存無機態窒素（NH4+NO3+NO2）1μM、リン濃度0.1-0.2μMがしきい値（閾値）になると提案されている。この基準に比較すると、宮良湾の湾奥部は富栄養化レベルにあると考えられる一方、シモビシ、カタグヮーではサンゴ礁海水の水質は閾値を下回って良好である。石西礁の礁湖海水の栄養塩およびでクロロフィルα濃度はわずかながら外洋水よりも高いレベルにあり、島近傍でクロロフィル濃度が0.5μg L-1を上回る値が散見され、今後の継続監視の必要性が示唆される。本研究による観測結果は、べ一スラインデータとして今後の石西礁域の水質変化のモニタリングに有用であると考えられる。また、本研究で繰り返し実施した石西礁中央部を南北に縦断する測線調査法は、効果的に石西礁域の水質変化をモニターする手法として有効と思われる。
�▲汽鵐款未粒た緡�動と懸濁物の挙動に関する研究
沿岸性サンゴ礁と外洋性サンゴ礁の環境比較を、底質と濁度との相関に着目して行った。その結果、海底堆積物中の赤土成分を示すSPSS量は海水中の濁度を全般的にはよく説明できることがわかった。また、礁内の濁度発生原因は、堆積物中の細粒分の再懸濁であることが示唆された。本研究では、このSPSS法の簡便さは変えずに定量精度を向上させる方法も提案した。このほか、環境傾度が異なるサンゴ礁どうしを比較する簡便な方法として、底質と濁度を使い主成分分析とクラスター分析で分類する方法を提案した。また、沿岸に比べて環境傾度が小さい石西礁で水質の長期変動を調べ、サンゴ礁の富栄養化の危険性の有無を調べたところ現段階には富栄養化には至っていないが、引き続き監視が必要なことを示した。
(3)サンゴ礁の変遷
�＼仞松霧个離汽鵐竿鐡拱兪�モデルの開発
石西礁湖のサンゴ礁は、最悪の場合、10年以内に被度10%以上の地点数が半減し、被度50%以上の地域がほとんどなくなる可能性が示唆された。また、オニヒトデの大発生予想については、2002年から個体数が指数的に増加しており、すでに増加数が駆除能力の上限を上回っていることが示唆された。今後、石西礁湖の生物多様性を保全するためのオニヒトデ対策としては、(i)本海域の生物群集を特徴付ける代表的な数種類の生物群集を選定し、(ii)オニヒトデが大発生しても局所的に防衛できる保全重点海域を選定し、（ii)保全重点海域に駆除努力を集中し、防衛の費用対効果を評価して駆除努力を順応的に配分する順応的管理が必要である。
�⊃綯羃菫�時系列に基づいたサンゴ幼生輸送のトラジェクトリー解析
風向が様々であることを考慮すると、石西礁湖中央部放出のケースにおいて粒子の残存確率がもっとも高いと考えられる。また、カタグヮー・黒島北側など石西礁湖南側の礁の卵放出能力が高い（サンゴ被度・群体サイズが大きい）ことを勘案すると、南風の組み合わせにおいて南側の礁を保全地域として選択することが効率的であると考えられる。さらに、本シミュレーションの結果はオニヒトデの幼生の輸送・分散の予測にも有効であると考えられる。
(4)自然再生事業への提言
本プロジェクト研究の成果の一つであるサンゴ礁生物群集指標種を用いて（財）自然環境研究センターが実施した「平成17年度石西礁湖サンゴ群集変動調査業務」で得られた石西礁湖内の30調査地点におけるサンゴ・魚類の生息量調査結果の判別分析を行い、石西礁湖内の自然再生事業で保全区、再生区候補地の評価を行った（図３）。30調査地点の生物群集は７群に分けることができた。自然再生事業における保全区、再生区候補地の11地点は5群集を含んではいたが、この内6地点がカタグヮー礁地内のやや深めのサンゴパッチ域でみられた群集（第4群）で占められており、群集構造からみると偏った保全区域が設定されていると言える。
５．研究者略歴
| 課題代表者:澁野拓郎 |
| 1957年生まれ、広島大学大学院生物圏科学研究科博士課程（後期）単位取得後退学、学術博士、現在、独立行政法人水産総合研究センター西海区水産研究所石垣支所生態系保全研究室 室長 |
| 主要参画研究者 |
| （１）��:澁野拓郎（同上） |
| ��:大葉英雄 |
| 1953年生まれ、神戸大学大学院自然科学研究科博士課程（後期）単位取得後退学、学術博士（神戸大学）、現在、東京海洋大学海洋科学部助手 |
| ��:佐野光彦 |
| 1955年生まれ、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了，農学博士，現在，東京大学大学院農学生命科学研究科助教授 |
| ��:堀之内正博 |
| 1967年生まれ、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、博士（農学）、現在、島根大学汽水域研究センター助教授 |
| ��:木村 匡 |
| 1960年生まれ、高知大学大学院理学研究科修士課程修了、理学修士、現在、（財）自然環境研究センター研究員 |
| （２）��:鈴木 淳 |
| 1965年生まれ、東北大学大学院理学研究科博士課程（後期）中退、博士（理学）、現在、独立行政法人産業技術総合研究所地質情報研究部門主任研究員 |
| ��:長尾正之 |
| 1967年生まれ、東北大学大学院工学研究科博士課程（前期）修了，博士（工学），現在、独立行政法人産業技術総合研究所地質情報研究部門研究員 |
| （３）��:松田裕之 |
| 1957年生まれ、京都大学大学院生物物理学専攻博士課程卒業（理学博士）、現在，横浜国立大学大学院環境情報研究院教授 |
| ��:原島 省 |
| 1950年生まれ、京都大学大学院理学研究科博士課程修了、現在、独立行政法人国立環境研究所水土壌圏環境研究領域海洋環境研究室 室長 |
６．成果発表状況
(1)査読付き論文
�� H. Kawahata, H. Ohta, M. Inoue, and A. Suzuki: Chemosphere, 55,1519-1527(2004)
“Endocrine disrupter nonylphenol and bisphenol A contamination in Okinawa and Ishigaki Islands, Japan - within coral reefs and adjacent river mouth- “
�� A. Suzuki and H. Kawahata: Global Environmental Change in the Ocean and on Land (M. Shiyomi, H. Kawahata, H. Koizumi, A. Tsuda, and Y. Awaya ed.), Terra, Tokyo, 229-248(2004) “Reef water CO2 system and carbon production of coral reefs: Topographic control of system-level performance”
�� 中田聡史、石原靖文、原島 省：海洋理工学会誌，10, 35-49(2004)
「石西礁湖における流動数値シミュレーション」
�� 鳥取海峰、長尾正之、森本直子、井上麻夕里、岩瀬晃啓、渋野拓郎、藤岡義三、大葉英雄、菅 浩伸、鈴木 淳、Galaxea, JCRS,6,1-19(2004)
「琉球列島の石垣島周辺のサンゴ礁における底質と海水濁度の関係」
�� H. Ohba, Y. Fujioka, K. Tottori, and T.Shibuno : Coral Reefs, 24,3,406(2005)
“"A sea snake wearing green velvet.”
�� 堀之内正博、中村洋平、佐野光彦、澁野拓郎：Laguna（汽水域研究）, 12,63-67(2005)
「沖縄県石西礁湖における海草藻場保全地域の選定に関する研究：どの海草藻場を保全すれば魚類の種多様性が維持できるか」
�� Y. Nakamura, M. Horinouchi, T. Shibuno, H. Kawasaki and M. Sano : Proc. Tenth Int. Coral Reef Symp., 446-452(2006)
“A comparison of seagrass-fish assemblage structures in open oceanic and coastal bay areas in the Ryukyu Islands, Japan.”
�� H. Ohba, T. Shibuno, Y. Takada, A. Suzuki, M. Nagao, K. Tottori, N. Morimoto and Y. Fujioka : Proc. Tenth Int. Coral Reef Symp., 319-326(2006)
“Subtropical marine vegetation under the influence of rivers at Miyara Cove in Ishigaki-jima Island, Ryukyus (southern Japan).”
�� Y. Fujioka, H. Ohba, T. Shibuno, Y. Takada, K. Hashimoto, A. Suzuki and K. Tottori : Proc. Tenth Int. Coral Reef Symp., 306-309(2006)
“Self-sustaining resilience of hermatypic coral communities following disturbance at the reef flat of Urasoko Bay, Ishigaki Island, southern Japan.”
�� S. Nakada, Y. Ishihara and A. Harashima: Proc. Tenth Int. Coral Reef Symp., 871-878, (2006)
“Numerical Simulation of Sea-surface Currents in the Sekisei Lagoon and the Coral Egg and Larval Transport”
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