課題名

B-2 西シベリアにおける温室効果気体の収支推定と将来予測に関する研究

課題代表者名

井上 元 (環境省国立環境研究所地球環境研究センター)

研究期間

平成9−12年度

合計予算額

259,896千円(うち12年度 20,148千円)

研究体制

(1) 西シベリア大低地におけるメタンフラックスの年変動と変動要因に関する研究

(環境省国立環境研究所)

(2) 森林における二酸化炭素収支に関する研究

(農林水産省森林総合研究所北海道支所、東北支所、北海道大学農学部演習林、龍谷大学)

(3) リモートセンシングとモデリングによる西シベリア低湿地からのメタン発生量推定に関する研究(国立環境研究所、名古屋大学)

研究概要

1.序

 地球温暖化が最も顕著に現れる高緯度の内陸には針葉樹林と湿原が広く分布する。湿原からはメタンが発生しているが、その量の推定はとくに通年の測定が殆どないため誤差が大きい。また、気温上昇に対してその発生量が増えることが予想され、温暖化のフィードバックとして重要なプロセスである。亜寒帯の針葉樹林は大きな炭素プールであり、その炭素シークェストレーションを解明することは地球規模の炭素循環研究の重要な部分である。シベリアの森林は世界の森林の約30%を占め300Mt/Cyrの吸収源であると言われている。この地帯の永久凍土が融解すると降雨の浸透・流失で森林が必要とする水が保持されないのでステップ化し、他方、森林が喪失すると凍土に対する断熱効果が無くなり、凍土の融解が進むと考えられている。したがって、二酸化炭素とメタンの収支のこの地域での収支を評価するとともに、気候変動に対する応答を評価することは重要である。

 

2.研究目的

 西シベリアの大湿原および中央シベリアのカラマツ林において、メタンと二酸化炭素収支の収支に関する観測研究を実施し、(1)湿原からのメタン発生については、チャンバー法により融雪から結氷までのメタン発生期における季節変動、異なったタイプの湿原からの発生量の差異を明らかにし、メタン発生量を支配する要因を明らかにすること、(2)永久凍土の連続分布域に成立した中央シベリアのカラマツ林生態系において、群落レベルの炭素シークェストレーションを解明するために、モデル化に必要な諸機能量を測定すること、(3)衛星画像データの解析とメタン発生のモデルによる西シベリア全体からのメタン発生量を推定することを目的とした。

 

3.研究の内容・成果

(1)西シベリア大低地におけるメタンフラックスの年変動と変動要因に関する研究

 本研究で解明された点は、以下の通りである。即ち、湿原からのメタン発生量は、湿原の平均水位と土壌条件、冬季の結氷深度を支配する積笥深度、それから派生する植生の違い、気温・残留氷・植生により決まる土壌温度により支配される。直接的には主として土壌温度により発生量の季節変動が変化するが、メタン生成菌の最適活動温度はその土地の平均気温により生息する菌の種類が異なるため、同一の温度特性曲線でメタン発生と地温の関係は記述できない。また、生成したメタンは地表面で好気性の雰囲気でメタン酸化菌により酸化されることや、草本の茎を経由して酸化されず大気に輸送されるプロセスもある。このように様々な要素が互いに原因と結果の関係を持ち複雑に絡み合いメタン発生量が決まる関係にある。

 地球環境問題の視点からは、メタン発生量の原単位を求め衛星画像データによる湿原の分類、水位や地温の推定などから、広範囲のメタン発生量を推定することが求められる。衛星データと対比させる上で、同一の湿原でも微地形的構造、植生毎に、また、異なった湿原毎に、空間的に異なった場所でのデータを必要とする。また、季節的変動としては夏期の発生が主であるがその期間は短いので、時間当たりの発生量は小さいが長期に継続すれば無視できない。�〜靄槊爐肇潺坤乾韻�共存する比較的栄養のある湿原において、植生とメタン発生量の関係を明らかにする観測の結果、植生により7〜18mgC/m2/hrの変動があることが明らかになった。�▲潺坤乾韻鮗臑里箸垢詆榔浜椶亮掌兇任蓮⊃絨未肇瓮織麋�生量の関係を明らかにする目的で森林から湿原の中央部にかけて観測を行った結果、0.8〜5mgC/m2/hrの変化があった。また、季節変動はいずれも融雪期からメタン発生が始まるがその増加は地温上昇より遅く、地温のピークである7月末から1ヶ月遅れて8月末にメタン発生のピークがあり、その後11月の結氷に向け急速に発生量が減少することが分かった。これらの観測から解明された項目をまとめる。�.瓮織麋�生はその原料となる植生の炭素固定量と強い相関がある。��嫌気雰囲気で発生したメタンが植物の茎を通って大気中に放出されるプロセスがあると地温との相関が強く、発生量も多いこと、��ミズゴケが主である貧栄養の湿原では炭素固定量が少なく輸送のバイパスもないので発生量は少ない。�し�気雰囲気で発生したメタンが地表面で酸化されるので、下層の嫌気層の温度が下がらず上層の酸化層の温度が下がる8月には、生成速度があまり下がらないのに酸化速度が低下するので大気中への放出量は増加する。�ド榔浜椶亮掌兇任賄澣┐妨呂譴真∧�による断熱効果が小さいので、土壌は深いところまで結氷し、それが6月の地温上昇を遅らせ、植物の生育を抑制するというフィードバックがある。�ι榔浜椶亮掌兇任蘯�木が侵入し乾燥化した部分には草本が生育し、これが冬季の結氷を妨げるので夏期の地温が上昇し、草本の生育を促すフィードバックがある。これが貧栄養湿原のポリゴン構造を作る。�Ч枴�土壌が表面近くにある場所は森林となっており、ここからの栄養塩の供給がスゲなど草本の生育を促す要因の一つになっている。�╂言�条件では酢酸の濃度が極めて低く、これがメタン生成の律速になっている。��メタン生成細菌の遺伝子解析からこれまで発表されたものと比べ早い時期に分岐進化した種であることが分かった。

 本研究によりメタン発生は気温(地温)をパラメータとして短期的には推定でき、短期的には気候変動下での降雨量と気温の変化から半定量的に変動が推定できることが明らかになった。しかしながら、メタン発生量は互いに原因と結果として複雑に絡み合った多くの要素により決まるので、植生や凍土環境の変化を伴う長期的なメタン発生の変動予測は極めて困難である。

 

(2)森林における二酸化炭素収支に関する研究

 永久凍土の連続分布域に成立した森林は凍土と共生関係になる。即ち、この地帯は年間降水量が300-250mmであるにもかかわらず、冬季の積雪や夏期の降雨は凍土により地下浸透が無いため1m以下の融解層に留まり、樹木がこれを利用している。また、森林は夏期の太陽輻射を遮り地表面の加熱を防ぐので融解層は1m程度に留まっている。このように微妙なバランスの上で成立している中央シベリアのカラマツ林生態系において、群落レベルの炭素シークェストレーションを解明するために、モデル化に必要な諸機能量を測定した。永久凍土地帯のカラマツ林生態系ではこれまでの植物群落とは異なる群落構造や法則性が認められた。厳しい環境条件でありながら、カラマツ(Larix gmelinii)の最大光合成速度は、ニホンカラマツの約1.5倍であった。林木の呼吸速度は地上部が112gC/m2/yr、地下部は104gC/m2/yrとなった。土壌呼吸速度は331gC/m2/yrであり、約3割が根の呼吸が占めていた。地上部と地下部の現存量はおよそ1:1となっていて、地下部が炭素集積の場として重要なシンクと考えられた。永久凍土地帯では従来とは異なる自然間引きが起こっていて、土壌養分が大きな要因と考えられた。平均地上部現存量に上限漸近値が存在し、林齢30年前後に50ton/haに達すること、平均地上部現存量が凍土の活動層厚と密接な関係にあること、土層1mまでの土壌有機炭素集積量が約100tonC/haでありCN比が20に収斂すること等が明らかになり、土壌有機炭素集積量及び、植物にとって厳しい窒素循環の様子が解明された。

 このように凍土地帯の森林は特異的な構造と機能を持っており、気候変動の結果凍土環境が変動すると、森林の生長のメカニズムに大きな影響が生じることが予想される。

 

(3)リモートセンシングとモデリングによる西シベリア低湿地からのメタン発生量推定に関する研究

 これまでのデータを集積して解析した結果、メタン発生量を最大値で正規化して地温に対してプロットすると正規分布をしており、また、その最適温度は緯度の対数に比例して下がることが明らかになった。このモデルはメタン発生量の季節変化を概略説明できる。正規分布の最大値は湿原のタイプに強く依存するが、ミズゴケのみの植生、ミズゴケ・スゲ類が多い植生、半乾燥湿原、森林の林床がミズゴケを主体とする植生に分類できる。これらの植生はランドサットなど高分解能の衛星画像で植生を分類することが可能であることが実証されたが、林床が湿地である森林と乾燥した森林の区別は困難である。NOAAのデータ解析から湿原を抽出することは可能で広域の解析には適しているが、湿原タイプを分類することはできない。従って、広範囲な湿原からのメタン発生量を推定するには湿原タイプを分類できる分解能で、広範囲の解析を行う必要がある。

 

4.結び

 地球温暖化がシベリアの永久凍土地帯の炭素循環に影響を与え、メタン発生量の増加や二酸化炭素吸収の増減が予想されるが、シベリアにおける観測研究が殆ど行われていないことと、ペレストロイカによりわが国の研究者が現地に入れる条件ができたことから、本研究はH2年に開始された。第1期はカウンターパートを捜し出すと共に、鳥瞰的な調査により課題を絞り込んだ。第2期は課題を西シベリアのメタン発生と中央シベリアの凍土上の森林の炭素収支を中心的課題として設定した。この間、IGBPはInter-disciplineのNorthern Eurasia Studyを開始し、本研究グループはその中核的研究グループの一員として研究を継続した。しかしながら、研究対象は極めて複雑で特異的であり、また、典型的で重要と選定したフィールドはロシアの研究者も手をこまねく場所でもあり、通関や観測許可を得る困難など研究以外の問題もあり、研究の遂行は困難を極めた。第3期に至りようやく安定的な観測が可能になり、現地に適合した観測方法も確立し、重要な新しい知見も得られた。

 これらの成果は、他の研究費による研究と共にSymposium on the Joint Siberian Permafrost Studies between Japan and Russiaと題した9回のシンポジウムで発表してきた。その報告書は英文で書かれ9冊、総ページは1,846にのぼり、この分野の世界の研究者に広く配布された

 

5.研究者略歴

課題代表者:井上 元

1945年生まれ、東京大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士、国立環境研究所研究員、

主任研究員、室長、上席研究官、現在、地球環境研究センター総括研究管理官

主要論文:

��lnoue, G., J. K. Ku and D. W. Setser (1984): Photoassociative laser-induced fluorescence of XeCl* and kinetics of XeCl(B) and XeCL(C) in Xe.  J. Chem. Phys., 80, 6006-6010.

�� 井上元(1994):温暖化ガスとその種類。地球環境ハンドブック、朝倉書店、p114-126.

��Tohjima, Y., Maksyutov, T. Machida and G. Inoue (1996): Airborne measurement of atmospheric methane over oil fields.  Geophys. Res. Lett., 35, 2168-2169.

 

サブテーマ代表者

(1) 井上 元(課題代表者欄参照)

 

(2) 松浦陽次郎 1960年生まれ、京都大学大学院修了、博士(農学)、

現在、森林総合研究所北海道支所育林部主任研究官

��Kajimoto T et al.: Advances in terrestrial ecosystem carbon inventory, measurements, and monitoring, Raleigh, USA, 2000.10, "Above-and below-ground carbon stocks in Siberian larch forest ecosystems".

��Matsuura Y : Advances in terrestrial ecosystem carbon inventory, measurements, and monitoring, Raleigh, USA, 2000.10, Soil carbon storage in continuous permafrost region in central and eastern Siberia".

��Matsuura Y et al. : The 3 rd International Conference on Cryopedology, Copenhagen, Denmark,  2001.8, "Soil carbon and nitrogen storage and forest biomass in continuous permafrost region of Siberia" (Abstract accepted).

 

(3) 田村正行 1950年生まれ、東京大学工学部卒業、工学博士、

現在、国立環境研究所社会環境システム部室長

��Tamura, M., Y. Yasuoka and K. Tokumura, Observation of western Siberian wetlands by using remote sensing techniques : Estimation of methane emission, proc. Asian Conf. Remote Sensing, D31-35, 1995.

��Tamura, M., J. F. Allard and D. Lafarge, Special Fourier transform method for measuring reflectioncoefficients at oblique incidence: II. Experimental results, J. Acaust. Scoc. Ainerica, 97, 2255-2262, 1995.

��Tamura, M. and Y. Yasuika, Extraction of wetland areas in west Siberia using NOAA/AVHRR data, Proceedings of SPIE, 3499, 105-110, 1998.