天敵農薬環境影響調査検討会報告書

- 天敵農薬に係る環境影響評価ガイドライン -







平成11年3月


環境庁水質保全局



はじめに

 近年、環境と調和のとれた農業生産への取組みが推進される中で、化学合成農薬以外の手法による有害動植物の防除についての関心が高まっており、化学合成農薬の使用を減少させる効果が高い技術として天敵農薬の利用が進められつつある。
 一方、生きた生物を利用する天敵農薬は、移動性及び増殖性を有することから、化学合成農薬とは異なる形で、有害な環境影響が生じる可能性がある。現に海外では、事前評価を行わずに天敵生物を導入した結果、防除対象生物以外の環境生物の大幅な減少等を招いた例が報告されている。
 しかしながら、我が国では天敵生物の環境影響を評価するガイドラインはなく、天敵生物が与える生態学的影響についての知見も不足している。
 こうした状況に対処するため、環境庁では、(株)三菱化学安全科学研究所に委託し、平成8年7月に天敵や環境分野等の専門家からなる「天敵農薬環境影響調査検討会」(座長;岡田斉夫 生物系特定産業研究機構 研究開発業務プロジェクトリーダー)を設置し、天敵農薬に係る環境影響に関する調査に着手し天敵農薬の環境影響評価の考え方を検討することとした。本検討会は、平成11年3月までに計10回の会合を開催し、天敵利用の現状、国内及び海外における天敵農薬を含めた移入種の環境影響の内容を分析し、天敵農薬に係る環境影響評価のあり方、試験法、モニタリング手法等について検討を行った。
 本報告書は、本検討会での検討結果を集約し、天敵農薬の環境影響評価ガイドラインとして取りまとめたものである。

天敵農薬環境影響調査検討会委員名簿(敬称略)

座長 岡田 斉夫 生物系特定産業研究機構研究開発業務プロジェクトリーダー
   天野 洋   千葉大学園芸学部応用動物昆虫学教室教授 
  斉藤 秀生  (財)自然環境研究センター上席研究員
  玉川 重雄  農薬工業会環境部会副部会長
  椿  宜高  環境庁国立環境研究所野生生物保全研究チーム総合研究官
  広瀬 義躬 九州大学農学部生物防除研究施設教授
  矢野 栄二  農林水産省農業環境技術研究所
          環境生物部昆虫管理科天敵生物研究室長
  和田 豊   (社)日本植物防疫協会研究・調整部環境科学チーム長
(平成8年4月~10年3月まで)
  高木 一夫  (社)日本植物防疫協会技術顧問(平成10年4月~11年3月まで)



目  次


はじめに

I 天敵農薬の現状について
 1.基本的事項
  (1)検討の目的
  (2)用語の定義
  (3)天敵放飼の事例
  (4)我が国における天敵の法的位置づけ及び検討対象の範囲

 2.生態学的影響の現状
  (1)我が国の生物相の特徴
  (2)天敵放飼による環境影響
  (3)天敵の特性と放飼環境の違いによる生態学的影響の違い

II 天敵農薬に係る環境影響評価ガイドライン
 1.天敵導入に当たっての事前評価の仕組み
  (1)事前評価の考え方
  (2)段階的調査・評価方法の採用

 2.影響評価のために必要な情報
  (1)把握すべき情報
  (2)把握方法 
  (3)補完試験(室内・ケージ)
  (4)情報・試験結果の整理

 3.事前評価
  (1)評価項目の抽出
 (2)評価の判断基準
 (3)リスク・便益の分析

III 評価の実施と導入後の監視
 1.評価体制 
     
 2.導入後のフォローアップについて
 (1)放飼天敵の監視
 (2)影響防止の措置

IV おわりに

 資 料
 資料1  天敵農薬の環境影響評価
 資料2  天敵生物の試験法(案) 
 資料3  天敵農薬のモニタリング法

 参考資料 害虫防除用天敵の寄主特異性試験の実施例 



I 天敵農薬の現状について

1.基本的事項

(1)検討の目的
環境保全型農業への取組みが世界的に活発化するのに伴い、病害虫・雑草の防除における化学合成農薬の代替技術として天敵等生物農薬の開発と普及が進み、環境にやさしい防除資材として約30種類の天敵が販売されている。
 一方、我が国でも、最近、天敵利用に対する社会的関心が高まり、外国から導入した天敵が農薬として登録されたり、試験研究機関において天敵利用技術の開発や天敵の防除効果に関する試験等が活発に行われるなど、天敵を害虫防除に積極的に利用していくための条件が整いつつあり、今後、施設園芸等における天敵利用が本格化するものと予想されている。
 天敵利用による害虫防除は、化学合成農薬とは異なり、環境汚染や作物等への残留といった問題は起こさないが、天敵が環境中での増殖性や移動性を有することから、放飼した天敵が一旦定着した場合には生態学的影響を生じることがありうる。特に海外や生態系の異なる地域から天敵を導入した場合は、生態系や生物相に有害影響を及ぼす可能性がある。
 このような天敵の導入をめぐる環境問題を未然防止するため、天敵生物を導入した場合の影響の有無・程度を評価し、導入の可否判断を行うための事前評価システムの構築が求められている。
このため、天敵農薬の放飼に伴う環境影響を登録に先立って評価するための天敵農薬に係る環境影響評価ガイドラインを作成した。

(2)用語の定義
本ガイドラインで用いる用語は以下のように定義する。
 生態系:食物連鎖等の生物間あるいは生物と無機的環境との間の相互作用を総合的に捉えた概念
 種     :生物分類の最も基本的な単位。種の多くは、形態の特徴に加えて、繁殖の際の独立性(他の集団との間で交配しないこと)や地理的な分布、遺伝的特性等も考慮して決められる。
生物相:一定の場所(同一環境又は地理的区域)に生息する生物の全種類
生物農薬的利用:病害虫・雑草に対して一時的効果をねらいとして繰り返し放飼する天敵の利用
永続的利用:天敵を定着させることを前提として、病害虫・雑草が永続的に防除されることを意図した天敵の利用
移入種:ある地域へ他地域から移動してきた生物種
導入種:その生物が本来分布していなかった地域に人為的に持ち込まれる生物種
 天    敵:ある生物種の個体群に対して、食物連鎖の上位にあって寄生者又は捕食者として働く生物
天敵農薬:害虫や雑草の防除のために生きたまま放飼して利用する天敵節足動物
 導入天敵:国外や、地理的分布の異なる地域からその境界を越えて人為的に持ち込まれる天敵
微生物農薬:病害虫や雑草の防除のために生きたまま利用する細菌、真菌、ウイルス等の天敵微生物
植食性天敵:標的雑草を食する天敵
標的生物:天敵による防除対象生物
非標的生物:天敵によって防除しようとする害虫・雑草以外の生物
土着種:移動等によらず、ある地域に生息している生物種
既存天敵:以前に導入した天敵
土着天敵:天敵として働く土着種
希少種:生息・生育状況が存続に支障を来す事情が生じていると判断される生物種。
 キーストン種:その種を失うと、生物群集や生態系が異なるものに変質してしまうような、群集における生物間相互作用と多様性の要をなしている生物種
 シンボル種:トンボやホタルのように、希少種ではないが、親しみをもたれているなどの理由で保全が望ましい、あるいは地域的な保護の対象となっている種
 寄    生:他の生物(寄主)体に付着又は侵入し、この生物に何らかの損害を与える一方、自らは栄養を得る等の利益を受けること
捕    食:ある生物が他種生物を捕らえ食すること
 競    争:異種の複数個体が、餌(寄主)や空間等生活に関して共通の要求を持ち、かつその要求が供給を上回る場合に生じる相互作用
交    雑:亜種または種間の交配
定    着:生物が導入された地域で永続的に世代を繰り返すこと
直接的影響:天敵が非標的生物に直接働きかけることにより生じる影響
 間接的影響:天敵による標的生物の防除の結果、標的生物との相互作用の変化により、他の生物に副次的に生じる影響

(3)天敵放飼の事例
天敵が害虫防除に本格的に利用されるようになったのは、米国カリフォルニア州でオレンジの害虫イセリアカイガラムシの防除にベダリアテントウが放飼され大成功をおさめてからのことである。この成功以来、導入天敵を利用した害虫防除が世界中で盛んに試みられるようになった。我が国でも、果樹害虫の防除用に天敵の永続的利用が行われている。その防除対象はいずれも海外からの侵入害虫で、それとほぼ同一地域に生息する天敵を我が国に導入して害虫防除に成功したものである(表1)。
最近、天敵の大量増殖法が確立され、農薬のように必要に応じて繰り返し放飼する利用(生物農薬的利用)が行われるようになった(表2)。野外利用では鱗翅目害虫に対する卵寄生蜂(トリコグラマ)等が、また施設園芸では西欧諸国でハダニ類に対するチリカブリダニ、コナジラミ類の防除に対するオンシツツヤコバチ、ハモグリバエ類に対するコマユバチやヒメコバチ、アザミウマ類に対するカブリダニやヒメハナカメムシ等が実用化されている。我が国でも生物農薬的利用を目的とするチリカブリダニ、オンシツツヤコバチ、イサエアヒメコバチ、ハモグリコマユバチ、ショクガタマバエ、ククメリスカブリダニ、ナミヒメハナカメムシなどの天敵が農薬登録されており、今後さらに開発・普及が進むものと考えられる。
 なお、米国等では雑草防除に植食性天敵を利用しているが、我が国では雑草の種類が多いため天敵としての利用価値が低いことや、海外からの導入は植物検疫の対象となり、標的雑草しか摂食せず環境に有害影響を及ぼさないことが確認されている場合以外では導入が制限されることから、利用される事例は極めて限られるものと考えられる。

(4)我が国における天敵の法的位置づけ及び検討対象の範囲
[1] 農薬取締法上の取扱い
農薬取締法においては病害虫、雑草の防除のために利用される天敵も農薬とみなされている。この天敵には、ウイルス、細菌、真菌、線虫、昆虫、ダニ、クモ、カエル、トカゲさらにはほ乳類に至るまで広範な生物種が含まれているが、一般には、昆虫、ダニ、微生物を利用するものがほとんどである。農薬取締法は、このような病害虫、雑草の防除のために用いられる天敵の製造及び販売に先だって農薬としての登録手続きを要求している。天敵利用を中心とする防除体系の開発と普及を図っていくためには、安定な防除効果が保証され、かつ品質管理された天敵農薬が安定供給されるとともに環境等に有害影響を生じないことが不可欠であり、これらの面で天敵の登録は有効に機能している。
 
[2] 天敵輸入に関係する既存制度の取扱い
我が国では農産物を加害する病害虫の外国からの侵入を防止するため、植物防疫法に基づく植物検疫制度によりそのような有害な動植物種について国内への侵入防止措置が取られている。このため、例えば、海外から天敵農薬として利用する目的で昆虫類を輸入しようとした場合、有害動物(昆虫、ダニ、線虫等で有用な植物を害するもの)に該当しないことを科学的に証明しなくてはならない。害を及ぼさないことがこれまでの知見で明確である場合は輸入が許可されるが、植物に害を及ぼすか否か不明である場合は、農林水産大臣の特別許可により輸入し、厳重な管理のもとで植物に害を及ぼすか否か調査を行うことになっている。この結果、植物に害を及ぼさないことが明確になれば必要な手続きの上、野外放飼が可能な状態となる。
 このように植物防疫法に基づく輸入制限は、農作物を含む植物保護を目的としたものであることから、例えば輸入昆虫が植物以外の我が国の生態系や生物相に影響を与えるか否かの評価は含まれていない。

[3] 検討対象の範囲
 天敵の病害虫、雑草防除への利用形態は、ア)病害虫・雑草の防除のために天敵を繰り返し放飼する生物農薬的利用、イ)天敵を放飼して生態系に定着させ、繰り返し放飼することなく長期間にわたって害虫等を抑制することを目的とした永続的利用、ウ)すでにその環境に生息する土着天敵を保護することにより病害虫、雑草の防除を期待する土着天敵の保護利用に大別される。
 本ガイドラインの対象とする天敵は、上記のア)及びイ)の形態で利用されるもののうち、昆虫やダニ等の節足動物に属する生物を生きた状態で利用するものであって、農薬としての登録を取得しようとするものである。また、遺伝子改変された生物は含めず、さらに安全性評価の仕組みが既に整備されている微生物農薬も対象から除いた。
 なお、農薬以外の利用目的で生物が導入されるケースも少なくない。このようなものの中には、明らかに環境に有害影響を与えた生物や、環境への有害影響が懸念される生物が含まれている。農業的利用に限っても、例えば、昆虫では、養蜂や作物の授粉促進のために導入されたセイヨウミツバチやセイヨウオオマルハナバチで土着種との競争や交雑が観察されているほか、無脊椎動物では当初食用として導入されたスクミリンゴガイ(通称、ジャンボタニシ)が水路等に逃げ出し水稲を加害するようになった例がある。このように害虫防除以外の目的で導入された生物種にも、当初考えられなかった有害影響を与えたものや、農業生産等の観点からは無視できない生物が含まれる。この問題の本質は、植物防疫法で規制されるものを除いて、外来生物が輸入される際に我が国の生物相に及ぼす影響を事前にチェックするシステムがないことにある。
 国連食糧農業機構(FAO)は1996年、植物検疫措置に関する国際基準の中の規則として「外来生物的防除資材の輸入と放飼に関する取扱規約」をとりまとめている。この取扱規約は外来天敵等の輸入と放飼を対象としたものであるが、我が国においても、生態系への有害影響を回避するために、天敵及びそれ以外の生物を含む、外来生物の無秩序な導入を防止するシステムを持つことが望ましい。さらに、生態系への有害影響は同じ国内であっても地理的分布の異なる地域から生物を導入する場合には起こりうることを考えるならば、国内における生物の無秩序な移動についても、何らかの配慮が必要であろう。今回、この問題には立入ることはせず、今後の検討課題とした。しかし、ここに示した生態学的影響評価の考え方そのものは、そのような様々な生物導入のリスク評価に応用できるものと考えられる。

2.生態学的影響の現状

(1)我が国の生物相の特徴
 我が国の気候帯は、亜熱帯から亜寒帯を含み、南北の気候の差が大きく、地形は起伏に富み、急峻な地形は我が国の気候を一層変化に富んだものとしている。このため我が国は狭い国土にもかかわらず、数多くの固有種を含む多様な生物種を有しており、世界的に見ても貴重な種が多数分布することが知られている。
天敵を含め移入種が入ってきた場合、当該種が我が国で拡散、定着するか否かは、通常、気候条件等の影響や、土着種との競争、他の生物による攻撃等の生物間相互作用の程度によるため、必ずしも分布域を拡大するとは限らない。しかし、野外の気候条件では生存できないと考えられる移入種でも、園芸施設等で越冬することもあり得る。
 一方、近年の土地改変や生息環境の悪化等に伴い、絶滅や個体数の激減等、種の存続が脅威にさらされている種は少なくない。さらに、動植物の分布や生息・生育状況に関する情報、生態系内で担っている多様な機能的役割は全てが把握されているわけではなく、増殖性と移動性が大きい天敵が導入された場合に我が国の生態系に及ぼす影響を正確に予測するための知見は必ずしも十分ではない。
こうした我が国の生態系の特徴を踏まえ、天敵による生態学的影響の現状を分析する必要がある。

(2)天敵放飼による環境影響

[1] 海外における天敵の生態学的影響事例
天敵による非標的生物への影響について、諸外国における導入天敵の生態学的影響に関する文献調査を行ったところ、これまで多種類の昆虫が導入されているが、その多くは定着せず、定着したものも影響を示さなかったものが多いことが明らかになった。しかし、数は少ないが何らかの影響を与えたものも知られている(表3)。

ア 先ず、害虫防除を目的に天敵を導入したケースでは以下の事例が知られている。
・新たに導入した天敵が土着天敵や以前に導入した天敵の有効性を低下させた例
 ・標的害虫が防除された結果、別の生物種が加害害虫として登場した例、等。
 中でも島嶼部においては標的生物種が絶滅した例や非標的の土着種の急激な減少を招いた例が報告されている。
イ 次に、植食性天敵を導入したケースでは、以下の事例が報告されている。
 ・天敵が後にその地域で新たに栽培されるようになった作物(ゴマ)を食害した例、
 ・希少種を含む土着植物種を食害した例、
 ・標的雑草が防除された結果、別の侵入雑草が優占種となった例、
 ・標的雑草防除後に、天敵に標的雑草と近縁の栽培植物を加害する系統が発生(寄主範囲の拡大)した例、等。

 これらの事例は、多くの場合、放飼前に移動性と寄主範囲に関する事前評価を行い、その結果に基づき導入の可否を判断していたならばこのような生態学的影響は回避できたのではないかと考えられる。

[2] 国内における天敵の生態学的影響事例
ア 国内におけるこれまでの天敵の放飼には、果樹の侵入害虫防除を目的とした導入天敵の永続的利用例が多い。これまで数多くの放飼が行われているにもかかわらず、環境に順応して定着し永続的な防除に成功した例は多くなく、導入天敵による何らかの環境影響が認められた事例(情報)は限られている。永続的利用で影響が認められたとする事例としては、クリの害虫クリタマバチに対する天敵として、中国から導入されたチュウゴクオナガコバチが挙げられる。チュウゴクオナガコバチの定着に伴い土着種のクリマモリオナガコバチが減少し、一部には低頻度ながら両種の中間型(雌の産卵管鞘の長さが両者の中間を示すもの)が発生していることが確認されている。しかし、これまでこの雑種が両種の個体群に有害影響を与えている徴候はみられておらず、ごく限定的な範囲の小さな影響にとどまっているものと推察される。
イ 次に、天敵の生物農薬的利用の多くは、欧米諸国で実用化された製品をほぼそのまま 導入しようとするものであり、我が国にはもともと生息していない外来種である。これ らの天敵については、放飼場所周辺で、一部の土着天敵との競争や、施設内に放飼した 天敵の野外への拡散や他の園芸施設内での寄生が確認されているものの、その放飼によ って何らかの有害影響が認められたとする事例は我が国ではこれまでのところ皆無であ る。

 このように、現状では我が国の天敵の放飼の場合には、諸外国の天敵の放飼事例とは異なり、経済的な被害を与えたものは皆無であるばかりか、生態系や生物相への有害影響も確認されていない。この理由の一つとして、我が国の生物相が比較的豊かで様々な土着天敵の存在により、天敵生物自身の増殖が抑制されている可能性が挙げられる。一方、根本的な問題として、農業者及び研究者等にとっては害虫の防除とその被害の軽減とが最大の関心事であるため、天敵の生態学的影響に対する関心が総じて低く、結果として天敵の生態学的影響が十分に把握されていない可能性も否定できない。従って、生態系への有害影響を未然防止するためには天敵を農薬として放飼する前に的確な評価を行うことが必要である。

(3)天敵の特性と放飼環境の違いによる生態学的影響の違い
 天敵の生態学的影響は個別の案件ごとに判断されなくてはならないが、一般的にはこれまでに得られた知見から、天敵の生物学的特性やその利用の相違によって影響の内容・程度等に違いが認められる。

[1] 寄主範囲
天敵の寄主範囲の広狭と生態学的影響からみた危険度には関連があると考えられる。つまり、天敵の寄主範囲が広ければ生態学的影響からみた危険度は相対的に大きい。特に、寄主範囲内に希少種や有用生物種等が含まれる場合は、有害影響を生じる可能性が高い。なお、天敵の寄主範囲にこのような種が含まれるか否かは、文献等によって作成される寄主生物種のリストと、国内のレッドデータブック等を対照することで判断できる。

[2] 土着天敵/導入天敵
 土着天敵は放飼する地域に元々生息する生物であり、放飼を中止すれば元の生息密度に復元すると考えられる。一方、導入天敵は放飼地域には通常みられない生物種であり相対的に生態学的影響が大きい可能性があることが考慮されなければならない。

[3] 永続的利用/生物農薬的利用
 永続的利用と生物農薬的利用との違いは天敵生物の定着を前提として放飼するか否かによる。一般に放飼した天敵が定着しなければ有害影響の可能性は低いため、生物農薬的利用は生態系に有害影響を与える可能性は相対的に低いと考えられる。しかし、種によっては生物農薬的利用でも我が国に定着する可能性があるため、生態学的影響の観点からは、両者を区別して考える必要はない。

[4] 植食性天敵(雑草防除用)/非植食性天敵(害虫防除用)
 これまでの天敵導入に関する知見から、植食性天敵と非植食性天敵では、潜在的有害性は植食性天敵がより大きいと考えられる。雑草防除への利用は原則として単食性の植食性天敵に限定すべきであろう。


II 天敵農薬の環境影響評価ガイドライン

1.天敵導入に当たっての事前評価の仕組み

(1)事前評価の考え方
 一般に化学物質のリスク評価では、そのものの有害性と暴露量を組み合わせてリスクを定量的に評価することが行われる。しかし、移動性と増殖性を有する天敵の事前評価においては、非標的生物や生態系への有害性や暴露量を、正確に、定量的に把握することは容易ではない。このため、天敵の農薬登録の事前評価においては、天敵の定着性と非標的生物や生態系への有害影響に関して得られる情報を基に、実際に有害影響を生じる可能性があるか否かを検討することになる。天敵の有害性に関する情報は、利用可能な文献情報や実行可能な試験により入手する。

(2)段階的調査・評価方法の採用
我が国では、化学合成農薬の登録申請に際しては、全ての農薬について、一律の毒性試験データの提出を求めているが、微生物農薬については、生物学的な特徴に応じあらかじめ人の健康等への影響を予想することが可能な場合があり、予測される人の健康リスクと環境影響の程度に応じ、試験に要する時間と費用も考慮して、段階的な評価方法(ある段階の試験で有害影響が確認されない場合は、それ以上の試験が要求されない方式)を採用している。この段階的方法は、諸外国では化学合成農薬の生態系に及ぼす影響や環境中予測濃度等を求めるための試験系やこれらの結果を基にしたリスク評価に採用されている考え方であり、天敵農薬に係る環境影響の事前評価でも採用することとする(資料1)。

2.影響評価のために必要な情報

(1)把握すべき情報
まず、申請者等が事前評価を行うに当たって、把握すべき情報の内容とその把握方法が明らかにされなければならない。中でも、原産地等における天敵生物の生態学的特性、寄主範囲等に関する文献や野外観察等による天敵生物の特性に関する情報が最も重要である。

[1] 情報の内容
 天敵の事前評価を行うに当たって必要な情報には、以下に掲げる、天敵生物、標的害虫・雑草、非標的生物、生態学的影響の分析等に関する情報が含まれる。

ア 天敵生物に関する情報
a 分類学上の位置付け
b 原産地、分布等
c 地域個体群の分布(国内に生息する種に限る)
d 生物学的特性
・生態特性〔生息場所、繁殖特性(生殖様式・能力)、寄生・捕食習性、発生時    期〕
・越冬の可能性(温度耐性、休眠の有無) 
・他の生物との相互作用(寄主範囲、捕食範囲、競争種、食物網)
・上記を踏まえた生活史のまとめ
e 野外での生存・増殖能力を制限する要因
f 諸外国における登録等に関する資料(海外からの導入種に限る)
g 諸外国で導入後に生じた問題事例(海外からの導入種に限る)

イ 標的害虫・雑草に関する情報
a 経済的重要性(被害の程度)
b 標的害虫・雑草の防除による便益
c 既存の防除法
d 地理的分布及び生息域
e 標的害虫の寄主植物等
f 野外での生存を制限している要因
g 導入天敵による防除の効果
h 標的害虫・雑草の天敵相

ウ 非標的生物種に関する情報
a 希少種、導入天敵の近縁種、標的生物の近縁種、キーストーン種、シンボル種、土  着・既存天敵の有無
b 天敵により影響(寄生、捕食、競争)を受けうる非標的生物種の分布、生息場所、  発生消長、生活史

エ 天敵生物による生態学的影響の分析に関する情報
a 非標的生物及び環境一般に起こりうる潜在的な影響要因の特定及びリスク分析
b 天敵の放飼方法、放飼場所

[2] その他関連する項目
ア 天敵の増殖及び管理方法
イ その他

(2)把握方法  
上記の情報は、基本的には国内外の文献、野外観察等により得られる。なお、これらの情報の収集に当たっては、入手可能な最新の文献、資料等を活用する。

(3)補完試験(室内・ケージ)
[1]考え方
既存の文献又は資料が不十分な場合、あるいは天敵生物と地域の生物相互の関係を実証する必要がある場合は、必要に応じて上記 (1)の情報を補う試験を実施する。この場合、事前評価を終了するまで、天敵生物の野外放飼は避けるべきである。従って試験は、隔離された研究室や温室、ケージ等で実施する必要がある。
 
[2]試験法 
 既存の文献又は資料からの情報を補完する試験の項目及び試験方法は場合により異なってくるため、普遍的な試験法は設定しがたい。個々の事例に合わせ試験方法を工夫する必要がある。資料2に寄主特異性試験及び休眠性試験の一般的な方法を示す。
 寄主特異性試験のうち雑草防除用天敵に関するものについては、標準的な試験法がFAOの外来生物的防除資材の輸入と放飼に関する取扱規約のための技術指針(以下技術指針と略記)に詳述されている。一方、害虫防除用天敵については実験室内における試験で多くの偽陽性が出ることが一般に認められている。そのため、技術指針においても一般的な原則を示すに留まっており、現在様々な機関が検討を進めているところである。資料2には雑草防除用天敵に関する試験の方法として、技術指針に示された試験方法を示す。また、害虫防除用天敵については、試験及びその結果の考え方を示す。なお、害虫防除用天敵について実際に寄主特異性試験を実施してその結果に基づいて天敵の導入を検討した事例を参考資料に添付する。

(4)情報・試験結果の整理  
文献情報の場合は当該情報が掲載されている文献名等、その出典を明らかに示す。試験結果の場合はその実施方法や試験時期等、その妥当性が明らかにできるように整理する。

3.事前評価

(1)評価項目の抽出
[1] 評価項目を選定する際の考え方
評価は、「2.影響評価のために必要な情報」に基づき、天敵の定着性と、非標的生物や生態系への有害性を勘案して行う。
 有害性の評価項目は、保全すべき対象の重要度と、天敵による影響の内容・程度に応じて抽出される。具体的には、天敵により影響を受けるとみられる非標的生物の範囲を特定した後、その範囲に含まれる生物種の重要度から、希少種、有用生物種、それ以外の非標的生物種に区分してそれらに対する影響の評価を行う。

[2] 定着性に関する考え方
 導入天敵の定着性を左右する条件として、気候条件、食物条件、他種との関係(競争種もしくは捕食者・寄生者)等の要因が重要である。
 一般的には導入天敵が我が国の自然環境下で定着できなければ、有害影響の発生が回避できると考えられる。しかし、希少種や有用生物種への攻撃や土着種との交雑の進行(交雑個体頻度の増加)の面では、導入天敵が定着できなくても問題を生じる可能性がある。従って、これらの影響については、天敵の放飼数が多く、連続的に放飼が行われる場合には、定着性の有無とは関係なく有害影響に関する評価をすべきである。

[3] 有害影響に関する評価項目
 天敵導入による有害影響としては、希少種、有用生物(蚕、ミツバチ)、それ以外の非標的生物種(キーストーン種、シンボル種、土着天敵、既存天敵等を含む)への有害影響、近縁の土着種との交雑、農作物に対する有害影響等が挙げられる。これらの影響は直接的あるいは間接的に生じる。

a.希少種
 希少種への直接的有害影響の有無は、導入天敵の寄主または捕食範囲に希少種が含まれているか、天敵と希少種との生息環境及び発生時期が重なるか、あるいは希少種との競争がみられるかにより評価する。一方、導入天敵が希少種に直接的な有害影響を与えない場合であっても、希少種が標的生物と共進化の関係にある場合には、標的生物の減少により希少種の絶滅が起こる可能性もある。また、導入天敵に、標的生物に近縁の希少種を加害する系統が発生することにより、希少種に有害影響を与える可能性もある。従って、これらの点についても評価する必要がある。

 b.有用生物(蚕、ミツバチ等)
 経済的に重要な有用生物(蚕、ミツバチ等)に対する直接的有害影響の有無の評価では、まず攻撃範囲に有用生物が含まれているか否かを調べる。攻撃範囲に有用生物が含まれている場合は、通常の使用方法で有用生物に対し経済的損失を与えるレベル以上の影響を生じるか否かを検討して評価する。

 c.それ以外の非標的生物種
 希少種や有用生物種以外の非標的生物種にはキーストーン種のように生態学的に重要な種やシンボル種のように地域環境に大事であると認識されている種が含まれている。また、土着天敵や既存天敵も含まれる。これらの非標的生物種は希少種に比較して個体数が多いと考えられるため、導入天敵に直接攻撃されても、天敵が定着しない場合には重大な影響には至らないと考えられる。従って、導入天敵の非標的生物種への有害影響の有無については、導入天敵が定着する場合について、天敵の攻撃(寄生、捕食、競争)範囲にキーストーン種、シンボル種等を含む非標的生物種が含まれているか、これらの生物の生息環境及び発生時期が重なるかにより評価する。また、土着天敵、既存天敵については、攻撃の結果、著しい有効性の低下や安定的な生息域の制限が生じるか否かにより評価する。また、攻撃範囲にこれらの非標的生物種が含まれていない場合であっても、標的生物の防除によってこれらの非標的生物種の著しい減少を招く等、間接的な影響が想定されるか否かについても検討して評価する。

 d.近縁の土着種との交雑
 近縁の土着種との交雑の有無は、我が国に交雑可能な土着種が生息しているか、我が国に生息している交雑可能な土着種の生息場所、繁殖時期、繁殖システム等が導入天敵と重複しているかにより判断して評価する。

e.標的生物種(土着種に限る)の絶滅の可能性
 導入天敵により標的生物種が絶滅することにより、間接的に生態系に有害影響を与える可能性がある。この点についても検討して評価する。

f.農作物に対する有害影響
 農作物に対する有害影響の有無の評価では、まず導入天敵が農作物を食害する可能性があるか否かを調べる。また標的生物の防除又は非標的生物の減少により他の害虫・雑草を著しく増加させる可能性があるか否かを評価する。なお、植食性天敵の場合、標的雑草に近縁の栽培植物を加害する系統の発生がないか否かも検討して評価する。

(2)評価の判断基準
 評価の判断基準としては、「生態系や生物相にとって重要な意味を持つ直接又は間接的な有害影響が示唆されないこと」とすべきである。
 ア 希少種に対して寄生、捕食、競争、交雑等による直接的あるいは間接的な影響が予想
される場合には導入を避ける必要がある。
 イ 有用生物については、経済的損失が生じる場合又は土着天敵等の有効性を著しく低下 させる場合には、導入を避ける必要がある。 
 ウ その他の非標的生物種については、天敵が定着する可能性が高い場合、直接的な要因 によりその非標的生物種の個体数の大幅な減少を引き起こすか否かによって判定し、大 幅な減少を引き起こす可能性が高い場合には、導入を避ける必要がある。
 エ 土着種との交雑については、土着種に無視し得ない遺伝的影響をもたらすおそれがある場合には導入を避ける必要がある。ただし、土着種と交雑することだけで有害影響が 生じると判断することは適切ではない。
 オ 農作物については、天敵が農作物を食害する場合は導入を避ける必要がある。また、間接的な要因により他の害虫や雑草の著しい増加が予想されたり、導入天敵に栽培植物を加害する系統が発生するなどにより経済的な損失が生じる可能性がある場合にも、導入を避ける必要がある。

(3)リスク・便益の分析
以上の評価の結果、一定のリスクが想定される天敵の場合等においては、以下のリスク・便益分析をも踏まえた評価を行うとともに、天敵の導入後のモニタリング等で実際の影響の有無等を把握することが求められる。

[1] リスク・便益分析の考え方
 一般にリスク・便益分析は、得られる便益に対して負うべきリスクが受容できるものであるか否かを判断するために用いられる。農薬のように便益とリスクのバランスの下に利用されるものにおいては、その利用の可否の判断にリスク・便益分析を用いることが有用である。特に天敵農薬のように、化学合成農薬の代替防除手段として位置づけられるものについては、その利用の可否の判断にリスク・便益分析が大きな意味を持ってくる可能性がある。しかし、生態系へのリスクを便益と同じ尺度で計る方法は現在まだ確立されているとは言いがたい。また、天敵の便益と考えられる「慣行防除よりもリスクが低い」ことをどのように定量化するかという問題もある。実際、天敵の利用実績が豊富な諸外国等における天敵導入に際するリスク・便益分析の事例を調べたところ、リスクと便益を共通の尺度(金銭的価値)により定量的に推定して比較しているケースは少なく、多くは定性的な記述にとどまっている(表4)。また、リスクと便益を金銭的な価値により定量的に示している例においても、定量化されているものは、その一部にしか過ぎない。
 したがって、天敵農薬のリスク・便益分析においては、リスクと便益の大きさを定量的に計って比較するのではなく、それを環境影響評価の一部として位置づけ、リスクと便益のうち可能な部分(例えば害虫防除による便益)については定量的評価を行いながら、それ以外の部分(例えば生態系へのリスク)については、定性的な分析を行うのが適当である。

[2] リスク・便益分析の方法
天敵導入による便益は主として害虫の防除による便益と、慣行防除を行わないことの便益の二つに分けられる。標的生物の減少による経済的便益は、防除しないことによる被害(標的生物による被害)を推定することにより定量化が可能である。一方、慣行防除を行わないことによる便益は、慣行防除によるリスクに置き換えることが可能であるが、これを定量化することは困難である。従ってこの部分については定性的な記述を行う。
 天敵導入に伴うリスクとしては、標的生物の減少による経済的被害(ある場合)、有用生物への経済的被害、生態系への有害影響等が考えられる。このうち、標的生物の減少による経済的被害及び有用生物への経済的被害を除けば定量的評価は難しい。したがって、定量的な評価が出来ない部分(生態系への有害影響等)については、定性的な評価を行う。


III 評価の実施と導入後の監視

1.評価体制
個々の天敵生物の環境影響評価を行うに当たっては、専門的かつ科学的な観点からの検討が必要であり、学識経験者等で構成する評価グループによるエキスパートジャッジメントの仕組みを導入すべきである。

2.導入後のフォローアップについて

(1)放飼天敵の監視
現在、化学合成農薬等については、登録後のモニタリングは申請者の自主的取組みによって行われている。しかし、天敵の放飼による生態学的影響については、科学的知見が乏しく、このことが事前評価にも不確実性を与えている。このため、必要に応じて天敵農薬導入後のモニタリングやアンケート調査が必要であり、また、これらの結果により、事前評価の結果の精度・信頼性を検証することができる。
なお、これらの調査の実施に際しては、限られた人員、予算で的確に対処できるような仕組みが重要であり、その際の基本的考え方を整理すれば以下のとおりである。

[1] 実施方法
 ア 代表的登録事例について、登録申請者がアンケート調査を行う。アンケートにおいては、天敵の野外での定着、非標的生物への影響、その他の生態学的影響について調べる。

イ 特別の事例、例えば、リスク・便益分析による評価を行ったものについては、登録を得ている申請者(製造・販売業者)が主体となってモニタリングを行う。なお、天敵の環境影響評価の検証を行うために科学的知見の集積を図る観点からのモニタリングについては、行政の一定の関与が必要である。

ウ 調査の内容については、モニタリングの実施を決定した時点で専門家と相談して計画を作成し、それに従って行うこととなるが、一般的には、調査ポイントを設置し、放飼場所の周辺における越冬、定着、事前評価でリスクが示唆された生物種に対する影響等の有無について野外観察により行う。影響が確認されればさらに範囲を拡大し実態を把握する。
 調査の期間についても事前に策定した計画に従うこととなるが、基本的には、モニタリング結果に基づき有害影響がその後の長期間にわたって生じないであろうと判断できる期間とする。
   天敵農薬の具体的なモニタリング方法と生態系への影響のモニタリングの考え方を資料3に示す。

[2] 結果の整理及び評価
得られたモニタリング等の結果を総合的に解析して、放飼後の当該天敵個体群の推移を把握する。解析に当たっては、特に放飼天敵の定着と越冬の有無をまず確認する。これらを含めて、現在及び将来の調査地域内での天敵の放飼がどのような影響を与え、また与えうるかを判断して結果をとりまとめる。

[3] 調査結果の公開
モニタリング等の結果は、広範な層の関係者に注意を喚起し、さらにより多くの正確な情報を入手するためにも有用である。したがって、モニタリングの結果は学会誌等の学術雑誌に発表する等、公開に努める必要がある。この過程を踏むことが、今後のモニタリングをより効率的に実施するための有効な手段となる。

[4] モニタリング事例による評価手法の向上
今後、これらの調査で得られた情報を蓄積し解析することによって、モニタリング手法の向上とともに、導入天敵が種構成や生態系等に及ぼす影響に関する知見を充実させ、評価基準の作成など事前評価手法の精度向上に結びつけることが可能である。こうした観点から、データの整理を行うとともに、事前評価の内容や考え方との相違点などを検証することが重要である。

(2)影響防止の措置
 当該天敵農薬の製造・販売又は使用に携わる者は、非標的生物等に有害影響の発生を確認した時には販売・放飼を中止するとともに国及び都道府県等の環境部局又は農業部局に連絡するものとする。行政当局は、この事実を把握し有害影響の防止のために必要な措置を検討する。

IV おわりに

 以上の天敵農薬に係る環境影響評価ガイドラインは、現時点における科学的な知見に基づき作成されたものであるが、今後の調査・研究の進展等によって新たな科学的知見が得られた場合にはそれらを踏まえより適切なものとなるよう見直しを行う必要がある。このほか、今後の取組みが必要な事項もしくは課題を次のとおりまとめた。

[1] 個々の天敵生物に係る生態学的影響を的確に評価するために、専門家グループの設置等評価体制を整備する必要がある。

[2] 天敵生物の生態学的影響の評価に必要な文献調査等が円滑に実施できるよう、マニュアルの作成、データや情報へのアクセスの改善等、条件整備に努める必要がある。

[3] 国は、都道府県、大学、研究グループ等と連携しつつ、天敵農薬の利用者の協力の下、放飼された天敵農薬のモニタリング体制の構築に努めるとともに、定期的なアンケート調査やモニタリング等を実施する必要がある。また、民間企業等に対しては、適切なモニタリングが効率的に実施できるように情報の提供、調査への支援等を行う必要がある。

[4] リスク・便益分析に関し、最近、環境の価値を定量的に評価するための様々な手法が開発されている。しかし、その計算過程には未だ多くの不確実性が含まれており、今後、リスクと便益を共通の尺度で測定するための手法の研究、開発がさらに行われる必要がある。

[5] 我が国の生態系・生物相への有害影響を未然に防止するために、諸外国における規制の動向等を踏まえつつ、天敵生物を含む外来生物を輸入する際に当該生物による生態学的影響を事前に評価するためのシステムの検討が必要である。