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4.ヒトに対する影響

(1)事故による中毒や職業的暴露の影響

 ヒトに対する影響についての知見が得られているのは、事故による中毒や職業暴露の事例であり、代表的なものは、次のとおりである。

(1) 2,4,5-T等製造作業者等における暴露の影響

 農薬の一種である2,4,5-T 等の製造業者におけるダイオキシン類への暴露は、主として2,4,5-T 製造工程での工場災害に起因している。工場災害事例に共通して認められた非がん症状は、クロルアクネ(塩素ざ瘡)の発生である17~22)。クロルアクネ以外の非がん症状としては種々の症状が記述されているが19,23~36)、工場災害事例に共通して指摘されている症状は乏しい。工場災害事例あるいは撤布作業に伴って暴露を受けた集団での全がん死亡率の上昇が報告されており37~42)、報告例によっては部位別に呼吸器がん40~42)、非ホジキンリンパ腫40~42)、軟部組織肉腫39,40,43,44)等の発生率の上昇が観察されている。

(2) セベソの工場災害による暴露の影響

 工場災害に起因するダイオキシン類暴露が一般住民に及んだセベソの住民において、最も顕著に認められた非がん所見は、クロルアクネで、ことに子供に多く観察された45~50)。0~14歳児におけるクロルアクネ発生頻度は、地区別にみた2,3,7,8-TCDDの汚染レベルと対応していた48,49)。災害の発生した1976年から1991年に至る追跡調査では、Aゾーンに比して汚染レベルはやや低いが被災者数の多いBゾーンにおいて、災害10年以後に発生したがんについて解析すると、男子(直腸がん、リンパ造血系のがん及び白血病)、女子(消化器がん、胃がん、リンパ造血系のがん及び多発性骨髄腫)ともに各種部位別でのがん死亡の増加が認められた51,52)。また暴露レベルの高いAゾーンの住民で、1977年4月(災害9ヶ月後)から翌年12月までの間に出産をみた74例では、出産児の性は女子に偏っていた53)

(3) ベトナム戦争の退役軍人における暴露の影響

 ベトナム戦争でオレンジ剤(2,4,5-T が主成分)の撤布に従事した米国退役軍人を対象にした調査によれば、糖尿病等糖質代謝障害と2,3,7,8-TCDD暴露との関連性が指摘された54)。死因としては帰還後1年間に自動車事故、自殺等の事故の増加が指摘されたが、それ以降の死亡パターンは一般人口と変わらなくなった55~57)

(4) 油症患者における暴露の影響

 1968年(昭和43年)に、福岡、長崎両県を中心に発生した油症では、原因となった米ぬか油及び患者の血液や脂肪組織から、PCBとともに極少量のダイオキシン類が検出された58)
 油症においては、面皰、毛孔の著明化、眼脂の増加、皮膚の色素沈着、爪の変形着色、クロルアクネ(塩素ざ瘡)などの所見が認められた。
 なお、1968年から1990年の間の調査では、男子において肝がんによる死亡の有意な増加がみられるが、知見として確立するためには、今後の更なる研究が必要との報告がある59)

(2)通常レベルの暴露

 食事等による通常レベルの暴露において明らかな健康影響を示す知見は報告されていない。
 通常生活における暴露のうち、特に、母乳経由のダイオキシン暴露による乳児の健康影響、あるいは胎児期における胎内暴露による健康影響については、いくつかの国で免疫系及び甲状腺機能などに関する研究が進められている。
 また、母乳哺育については、乳児の身体的発育や神経発達への有益な影響なども示されており、WHOの今回の専門家会合の議論においても、母乳中のダイオキシン濃度を下げるための努力が必要であるとしつつ、母乳推進の立場をとることに変更はなかった。


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