NPO法人 いいだ自然エネルギーネット山法師
第3回グッドライフアワード環境大臣賞グッドライフ特別賞を受賞した『いいだ自然エネルギーネット山法師』の取組が始まったのは2002年のこと。東日本大震災の影響で自然エネルギーが注目される10年近く前から、資源・エネルギーの地産地消を軸にした持続可能な地域社会を築くための活動を続けています。
『いいだ自然エネルギーネット山法師』の拠点がある長野県飯田市は1996年に「環境文化都市」を市の基本計画に掲げました。2004年には『南信バイオマス協同組合』(木質ペレット生産)や市民が協同出資して太陽光発電を行う『おひさまシンポエネルギー有限会社』が設立されるなど、早くから自然エネルギーの活用に取り組んできている地域としても知られています。
当時、市役所の職員だった平澤和人さんの呼びかけで『いいだ自然エネルギーネット山法師』がスタートしたのは2002年。自然エネルギーで運営する体験交流施設を建設し、地域の資源を活かした持続可能な社会づくりを目指すことを目的とした市民グループで、2004年にはNPO法人となりました。
『山法師』の設立からおよそ6年。さまざまな検討や議論を重ね、2008年5月に化石燃料ゼロハウス『風の学舎(まなびや)』が完成しました。太陽光発電パネルと風車で発電し、熱源には薪のボイラーやかまど、薪ストーブなどを使い、化石燃料を使用しないライフスタイルを体験できるエコハウスです。この『風の学舎』は山法師の活動拠点として使われるだけでなく、誰でもネットで予約して利用できる宿泊施設として活用されています。
『風の学舎』は環境学習や研修のための宿泊施設として利用できるだけでなく、自然エネルギーや山法師の活動に関する研修視察の受け入れを行っており、さまざまな体験学習が用意されています。薪割りや炭焼き、椎茸の菌打ち、五平餅づくり、そば打ち、さらには薪の切り出しや間伐といった林業体験など、山法師が用意している体験メニューは「薪による火のある暮らし」や「伝統的な食材」、そして「森林資源を活用する暮らし」にまつわるものになっています。
山法師では『風の学舎』を訪れる人のこうした体験学習を運営しサポートしている一方で、持続可能な地域社会を目指すためのさまざまな活動に取り組んでいて、『風の学舎』はその活動拠点ともなっています。
山法師が年間を通して行っているおもな活動は2つあります。まず、地元の遊休農地を活用して大豆を栽培し、収穫した大豆で「手前味噌」を作る『大豆人(まめじん)プロジェクト』。味噌や醤油の原料として、日本の食生活になくてはならない作物でありながら、大豆の自給率はわずか数%に過ぎません。大豆の栽培は、伝統的な食生活を見直すための取組でもあります。
低農薬で栽培しているので夏の草取りなどが大変で、収穫量の目標である100kgにはなかなか届かないそうですが、丹精こめて育てた大豆で作る味噌は絶品。豆腐づくり体験で使う原料の大豆も、この畑で作られたものです。
そして、放置された里山の間伐などを行って薪材を切り出す取組が『森集人(しんしゅうじん)プロジェクト』です。里山の荒廃は飯田市でも深刻な課題です。山法師ではボランティアの参加者を募集して、間伐や搬出などの作業を継続的に行っているのです。切り出した間伐材は薪割りをして薪材に加工。また『風の学舎』に隣接した場所に炭焼き窯を設置して、本格的な炭焼きまで行っています。
この『森集人プロジェクト』で行っている薪割りや炭焼きなど作業の一部は体験学習のメニューにもなっていますが、チェーンソーを使ったり、森の木を切り倒して搬出するのは危険も伴う作業です。プロジェクトに参加しているメンバーの中には自分用のチェーンソーを購入している人もいて、市民の力で里山の森や林業を再生しようとする本気の取組であることが感じられました。
『風の学舎』の自然エネルギーによる発電能力は太陽光が3.3kW、風力発電は1kW。決して大きな電力ではありませんが、建物内ではほとんど電気製品を使っておらず、照明はLEDで消費電力が小さいこともあり、使うよりも売電する電気のほうが多いそうです。とはいえ、蓄電池などは備えていないので、夜間、電気コタツを利用する時などは系統電力からの電気を使用します。トイレは水洗で、温水洗浄便座も付いていました。過剰に無理することはなく、心地よく化石燃料ゼロのライフスタイルを体験できる施設になっているのが『風の学舎』の特徴ともいえます。
『風の学舎』の建物は、建築費用を節約するために山法師のメンバーのみなさんや地元の方が、およそ4年を掛けてかなりの部分を手作りで建築したそうです。費用の一部は公的な補助金などの情報を毎年こまめに集めて申請し、完成に向けて作業を積み重ねていきました。建設に時間が掛かったのは、一度に大きな資金を集めるのではなく、数年にわたって補助金などを上手に活用するためでもありました。
大量生産大量消費、そして大量廃棄を続ける社会から脱却し、地産地消による自然エネルギーを生み出して、持続可能なライフスタイルを実現する。NPOのメンバーや活動に関わる人たちが大きな目標を共有し、具体的にやるべきことを見定めて、できることを着実に実現していくこと。それが、時代に先駆けて自然エネルギーに着目したこの取組が成果を挙げてくることができた最大の理由といえそうです。
また、『山法師』理事長の中島武津雄さんは元市議会議員。事務局長の平澤さんは現在は退職していますが長く市役所の環境政策を担当してきた方です。NPOの運営や補助金の申請などの面では、行政や社会との関わり方への経験とノウハウをもったキーパーソンの存在が、山法師の大きな強みになっています。
『風の学舎』の宿泊料金は大人ひとり2000円。食事は自炊で、薪代や貸し布団代は別に必要ですが、比較的安価に化石燃料ゼロのライフスタイルを体感できることもあり、年間の利用者数は日帰りイベントなどを含めて約2000名と盛況で、建設費の借入金返済や専従スタッフの人件費などが捻出できています。行政と連携して当初の補助金などは活用した上で、その後の活動や運営については公的な資金や行政に頼ることなく、しっかりと自立した運営ができている点も、この取組が活力を維持しながら継続している秘訣といえるでしょう。
今回の取材では、まず豆腐づくりを体験させていただきました。水で柔らかくした大豆を潰し、大きな鍋で煮て豆乳を搾り、にがりを入れて固めます。できあがった豆腐は夕食でおいしくいただきました。
夕食は自炊。山法師のみなさんにお手伝いいただきながら、おからハンバーグなどを作りました。かまどでご飯を炊いて囲炉裏を囲み、夕食には山法師のメンバーのみなさんがたくさん集まってくださって、地酒をいただきながら楽しい時間を過ごすことができました。
翌日は里山での間伐作業を見学しました。植林や里山の森を間伐できず山が荒れてしまっていることが、日本全国で問題になっていることは知っていましたが、具体的に間伐の何が大変なのか、知っている人は少ないのではないでしょうか。
この日見学したのは、果樹園に隣接した雑木林の間伐でした。クヌギやコナラのかなり太い木がすでに切り倒されていて、それを運び出す作業だったのですが、長さ2mほどに切り分けられた材でも人の力で持ち上げることは不可能な重さです。ウィンチとワイヤーで軽トラックが入れる場所の近くまで引き上げて、人力で持ち上がるようにその場でチェーンソーで切り分けていく作業の様子に手間と危険を実感。間伐作業の困難さを垣間見ることができました。
案内してくださった平澤さんの説明で、切り倒したクヌギの切り株から、翌年には新しい芽が出てくることを知りました。ある程度の広さのクヌギの森があり、たとえば10年サイクルで順番に間伐して活用していけば、持続可能なエネルギーの森になるとのこと。大都市の電力を自然エネルギーだけでまかなうのは難しいでしょうが、豊かな森や水の流れがある中山間地域であれば、エネルギーの地産地消は実現可能な方法であることを『風の学舎』と山法師の取組が教えてくれています。
「化石燃料を買ってエネルギーをまかなうライフスタイルではなく、身近な自然の中にあるエネルギー資源を活用して、小さな単位で循環型社会を実現するモデルにしたい」というのが、平澤さん、そして山法師の活動に取り組む人たちの思いです。持続可能な地域社会づくりに向けた山法師のような取組が、全国に広がっていくといいですね。