環境省総合環境政策超長期ビジョン検討について

第5回超長期ビジョン検討会議事録


平成18年10月27日(金)14:00〜17:00
三田共用会議所 3階 大会議室

○議事次第
1.開会

2.議事
  (一)廃棄物・循環型社会分野の展望について(森口検討員からの発表)
  (二)日本社会の動向と環境・持続可能性等について
     (柴田、広井、若林検討員からの発表)
  (三)その他

3.閉会

○配付資料一覧
【資料】  
資料 廃棄物・循環型社会分野の展望(森口祐一検討員)
検討員発表資料1 化学物質と環境(柴田康行検討員)
検討員発表資料2 日本における「持続可能な福祉社会」の可能性(広井良典検討員)
検検討員発表資料3 人口問題−世界、中国、日本の展望と課題(若林敬子検討員)
【参考資料】  
○第4回超長期ビジョン検討会(平成18年10月6日開催)議事録
○本検討会における超長期ビジョンの検討の進め方(第1回検討会 資料4 抜粋)
○超長期ビジョン検討会の今後のスケジュール(第3回検討会 資料1 抜粋)
○超長期ビジョン検討会名簿

○出席委員
安井至座長、西岡秀三主査、明日香壽川委員、太田宏委員、沖大幹委員、川島博之委員、柴田康行委員、花木啓祐委員、原沢英夫委員、広井良典委員、森口祐一委員、山本博一委員、湯原哲夫委員、湯本貴和委員、若林敬子委員

午後 2時00分 開会

○増田課長補佐 それでは、定刻になりましたので、議事に入ります前の資料の確認等から始めさせていただきたいと思います。まず、お手元、議事次第がございまして、その下に資料といたしまして、森口先生の「廃棄物循環型社会分野の展望」、次に柴田先生の方から「化学物質と環境について」、広井先生から「日本における持続可能な福祉社会の可能性」、若林先生から「人口問題−世界、中国、日本の展望と課題」がございます。その下に参考といたしまして、前回、超長期ビジョン検討会の議事録がございます。それから、いつものとおり、参考資料といたしまして、ビジョンの定義等をまとめた裏表1枚紙、検討会の今後のスケジュール、検討員の名簿がございます。
 それから、席上には2月から4月の日程表がございます。資料の方で、もしないもの等あれば事務局までお願いいたします。よろしいでしょうか。
 前回同様、マイクにつきましては、お手元の一番手前の大きなボタンを押していただきまして、ご発言が終わりましたら、もう一度ボタンを押していただきましてオフにしていただきたいというふうに存じ上げます。
 それでは、以後の進行は安井座長の方からよろしくお願いいたします。

〇安井座長 それでは、本日もよろしくお願いしたいと思います。今回も前回と同様でございますので、特に申し上げることもないのでありますが、最初に情報提供等の時間というところを使いまして、森口先生の方からご発表いただき、それから、3人の検討員からご発表をいただきたいと思っております。順番は、柴田先生、広井先生、若林先生という順番でございます。
 ということでございますので、時間も限られておりますので、早速参りたいと思います。
 それでは、最初に森口先生の方から、廃棄物循環型社会の展望につきまして、ご発表いただきたいと思います。よろしくお願いします。

〇森口検討員 それでは、予定された3人の先生方に加えての情報提供ということでありますので、なるべく手短にお話をさせていただきたいと思います。
 物質循環、どういうタイトルで、どのぐらいのバウンダリーのことをお話ししようか、ちょっと迷ったのですが、環境行政の範疇でいえば廃棄物問題というのがありますので、そこをスタートとして、もう少し広目の循環型社会というぐらいのところをカバーさせていただいて、実はもっともっと広げていけばどんどん広がるのですけれども、その準備の時間も十分にとれませんでしたし、また短い時間でお話しできることには限りがありますので、このぐらいの範囲でお話をさせていただくということでご了解いただきたいと思います。
 それで、循環型社会という議論をするときに、よく話のバウンダリーを議論するときには、この図を使わせていただいておりまして、実はこれは「環境白書」に出ているのですけれども、自然界も含めた物質循環、それから社会経済システムの中における物質循環、これは似てかなり非なるものなのですけれども、廃棄物あるいは循環型社会という、行政で使うところの循環型社会というのは、どちらかといえば、この領域、社会経済システムにおける資源、特に物的資源の循環的利用、平たくいえばリサイクル、そういったところを対象とすることが多いわけです。
 ただ、当然、自然界の循環ということと密接に切り離せない話題でありまして、循環型社会という議論をするときに、ここは余り分け過ぎるのはどうなのかということの議論もあるのですが、行政上は、環境基本計画の世界と循環型社会形成推進基本計画の世界ということで切り分けられているということかなと思いますので、今日お話しをするのは、どちらかというと、こちら側のところが中心であるということであります。
 特に、私自身、最近、物質フロー、物のフローということに注目した研究をずっと続けてきており、今日の話もそういったところがかなり中心になるわけですが、なぜ物のフローに着目するかということになりますと、大きく分けて2つの大きな違う方向性があります。
 1つはディマテリアリゼーションと呼ばれる、いわゆる大量生産・大量消費・大量廃棄と呼ばれるような、そういうスタイルの社会経済システムのあり方がサステイナブルではないのではないかという考え方、もう一つはデトキシフィケーションというふうに呼んでいますが、いわゆる有害布物を最小限にしていくというアプローチでありまして、環境行政は、どちらかといえば伝統的には、この下のアプローチで進んできたかと思います。
 他方で、ディマテリアリゼーション、その管理すべきものの総量を減らしていくということが、サステイナビリティという観点から重要ではないかという、そういう考え方が出てきているかと思います。
 その種類によって当然物のフローの量、あるいは単位量当たりのインパクトといいますか、環境影響というのは非常に大きく異なるわけで、この際、横軸に単位量当たりの環境影響、縦軸方向に絶対的なフローのサイズをとっているわけでありまして、右下が有害化学物質に代表されるような、有害物管理ということ、あるいはリスクの管理の政策の中で扱われる問題、左の方が水であるとか、資源の総量であるとか、あるいは建設用の鉱物とか、あるいはCO で話題になっているところのカーボンとか、そういうような、どちらかというと単位量当たりの関係影響ということは、それほど問題ではないのだけれども、トータルで見ていく上ではサステイナビリティの観点から非常に重要なもの、こういうグループがあるということで、その間に諸々の具体的な社会経済によく使われるような材料のグループが並んでくる。このような格好になっているかなと思います。
 もう少し具体的なところに絞りまして、少し長期的なトレンドにかかわるようなデータを幾つかお見せしたいと思いますが、これは国内の廃棄物の発生量のトレンドということであります。ごみがふえた、減ったという話をよくするわけでありますが、考えて見れば、一般廃棄物の排出量がここ三十数年5,000万前後で、ほとんどピタッと余り動いていないというような、これは長期的に見れば、ほとんど変化がないといっていいのではないかということであります。産業廃棄物の方は若干増えて、最近はほぼ変化がないということですが、それはカウントの仕方とか、水分の数え方によって、実は随分変わってくるものですので、いずれにしてもそれほど大きな変化はない。むしろ高度成長期には随分一般廃棄物なんかは増えたという、こういうトレンドが見える程度ではないかと思います。
 先ほどの、若干人口の変化がありますので、一般廃棄物を、いわゆるごみの量を人口1人当たりにしてみましても、こんな感じでありまして、オイルショックの後、ちょっと下がったということがあったかと思いますが、バブルのころに、また増えて、現在、ほぼこのような形であります。
 一方で最終処分量をごみの埋立処分場が非常に逼迫している、焼却処理についても、住民の反対でなかなか立地ができないというような問題がありますので、ごみの発生量そのものはそれほど変わっていないのですけれども、最終処分量は、最近非常にドラスティックに減っておりまして、90年に比べて、これは一廃と産廃の両方を足したものですけれども、半減ぐらいしている。処分場があと何年でなくなるというようなデータもよくありましたけれども、これは一般廃棄物の方です。産廃の方はもう少し年数が少ないのですけれども、かつて10年を切っていたものが、最近は13年ぐらいの余力がある、このようなデータになっております。
 諸外国に目を転じますと、割にデータとしてしっかりしているのはOECD諸国ということで、ここから先はOECDのエンバイロメントアウトルックという中長期展望、二、三十年ぐらいのスパンですけれども、そういったものの資料を引いてきております。OECD諸国は、ピンキリでありまして、まだ経済成長をかなり続けているところから、本当に安定しているところまでいろいろあるわけですけれども、全体としては、まだ廃棄物量としては増える傾向にあるということで、20年で大体40%ぐらい増える、そのぐらいのペースであります。
 これは日本にいると、よくご存じの方はご存じかと思いますが、世界的に見れば、先進国でも埋立の比率が、実はまだまだ高いわけでありまして、現在といいますか、少し古いデータですけれども、90年代ではOECD諸国全体をトータルすると、埋立が64%、焼却、リサイクルがそれ以外の半々ぐらいということで、2020年には埋立を減らしていくといっていますけれども、それでも半分ぐらい埋立ということで、日本の感覚から随分違うのではないかなと思います。
 それから、一般廃棄物以外、産業廃棄物も含めた廃棄物の構成というのが右側の円グラフで書いておりまして、このような具合になっているということです。
 今のは、出口が廃棄物の量ですけれども、もう一つ、物質フローの総量を捉えていこうという仕事がOECD全体としても、今、動いておりまして、資源の消費総量が、日本では大体20億トンぐらいですけれども、OECD諸国トータルをいたしますと、現在、2002年、直近のデータで、大体550億トンぐらいということで、大きな変化はありません。インプットが、こういったものの量が増えていく、あるいはプリベンション、発生抑制が不十分であるということで、廃棄物の発生量はインプットの量の増大につれて、ごみが増えているという。それから、OECD諸国では、基本的には廃棄物は比較的きちんと管理されているけれども、むしろ非OECD諸国では、不適切な管理による環境影響が顕在化しているというような問題意識であります。
 今後も、さらに一般廃棄物も少し増えていくということでありますけれども、OECD、人口で見ると、世界の約2割、廃棄物発生量で見れば約4割ということで、人口当たりの量は先進国の方が多いですけれども、2030年になりますと、廃棄物の発生量というのは、世界の大体4分の3が非OECD諸国で発生されるだろうということが言われております。
 データがなかなかないということが問題でありまして、有害性が低いと思われる種類の廃棄物、具体的に一般廃棄物ですが、それのデータが最も充実していて、有害性の高い廃棄物のデータがないというのが非常に問題でありまして、これはOECD、先進国ですら不十分であって、非OECD諸国では、さらにそういったものが不十分であるというのが問題であろうと思います。
 日本の研究者の中にも世界の廃棄物発生量の予測をされている事例がありまして、今の話は日本とOECD諸国、世界という感じだったのですが、アジアということも非常に重要であろうということで、アジアの廃棄物量が非常に多くなってくるだろう。特に、全くほとんど環境対策のとられないオープンダンピングの埋立で処理されるのが、世界の都市ごみのうち、非常にプリミティブな方法で処理されるものの全体のうち64%がアジアで起きる、こういったものが1つの問題ではないかという問題意識があります。ちなみに来週の月・火・水と、同じこの場所で、アジアの3Rの推進の会議も開かれますので、そういう問題意識にちょうど合っているということかと思います。
 また、資源の方に戻ってしまいますけれども、世界の資源の消費量のトータルとしては、こんなことになっています、ということで、さっき申し上げた550億トンの内訳が、このようなものであります。半分ぐらいが、建設用の鉱物、あるいは工業用の鉱物で、比較的重い割に安いものということであります。資源ということでは、実はそれほど問題ないということかもしれませんが、これも廃棄物のソースでありますし、建設廃棄物という形で、いずれは寿命を終えると、これも廃棄物として出てくるという、こういうものであります。
 あとは、バイオマス、化石燃料、金属ということで、こんな量になっていますけれども、金属については、いわゆる経済統計でカウントされる量でありますので、地表から鉱物として掘り出される量は、これよりはかなり多いというのが問題であります。それから、資源消費の指標、あるいは資源生産性というような指標もよく言われるわけでありますけれども、概していえば、人口の伸びに比べてGDPの伸びが大きいということで、資源生産性という観点で言えば上がってきてはいます。資源の採掘量といいますか消費量そのものは、人口とほぼ比例する形で伸びておりますので、総体的には効率面で見れば上がっているのだけれども、絶対的な量というのは、人が増えれば、その分だけ資源の消費量は増えている。ごみの量もそれにあわせて増えてくる、そんな状態で来たかと思います。
 OECDの方では、このアウトルックの中で将来展望、どういう問題がありそうかというようなことを書いているわけでありますけれども、基本的にはここに書かれているように、環境問題としてフェイタルであるというような予測をしているわけではないかな、ということであります。
 有害廃棄物の問題、それから特に非OECD諸国の中での廃棄物問題への取組みということをちゃんと高めていくということが重要であろう、ということは書かれているわけでありますけれども、先進国の問題としては、それほど差し迫った、あるいは将来深刻な問題という認識にはなっていないということかと思います。
 廃棄物そのものは、実は環境への負荷かどうかというのは非常に微妙なところでありますけれども、廃棄物の処理の過程で、いろいろな環境影響が起きてくるということが問題であろうというのが基本認識であるというふうに思います。これも地域によって問題はいろいろ違うわけですけれども、全体としてみれば、廃棄物の不適切な処理による土壌汚染、こういったものが重要な問題ではないかというようなことで書かれております。ちなみに日本の不法投棄の撤去処理コストということで、非常に有名な事例として、ここに挙がっておりますけれども、このぐらいのお金がかかっている。数百億円というオーダーでのお金がかかるということであります。
 さっきちょっと、資源の消費量のトータルのデータのところで、少しだけ触れましたけれども、特に金属等の資源といいますか鉱物を採取するときには、法律上というか、統計上はなかなか廃棄物というふうに捉えられません。その現場で掘って、置き去りにされることが多いわけですが、“隠れた物質フロー”というような呼び方をしておりますけれども、実は地表面から採掘をする量というのは相当多くて、それがそこの場の生態系に影響を与えるというようなことが現実には起きているであろうということであります。日本のような資源輸入国では、見かけ上の物質投入量は小さいのだけれども、輸入される資源、あるいは資源が加工されて製品となって輸入される場合にはなおさらですけれども、その最後に“隠れたフロー”、いわゆる間接的な資源の投入、あるいは間接的な廃棄物の発生量というのがかなりあるだろうということが1つのポイントであろうかなと思います。
 日米欧で国際共同研究をやったことがあるのですが、その成果では、日本では大体20億トンぐらい直接資源投入量があるわけですけれども、それと同等か、それ以上の量の隠れたフロー、間接的な廃棄物の発生というのが認められるということです。
 1つのポイントは、今後、中国の経済成長などもありますので、資源需要が高まってくると、まだ絶対量として資源はあるのですけれども、品位が低下してくる、つまり同じ1トンの鉱石からとれる金属量が減ってくるということがありますので、ますますもって、こういう隠れたフロー、間接的な廃棄物というのは増大する傾向にあるだろうということであります。
 国際貿易、特に資源貿易といいますか、資源の輸入に伴う間接的な環境問題というのはいろいろあるわけでありまして、すべて細かいところは触れることはいたしませんけれども、いずれにしても、見かけ上、日本がクリーンになっていても、間接的には環境問題を輸出しているというような問題は、ほかにもいろいろあり得るのではないかということで書かせていただいております。
  輸入側とは逆方向ですけれども、昨今、日本国内でリサイクルをすると非常に高くつくということで、海外へ使用済みの製品を輸出して海外でリサイクルをするということが、よく起きているわけですけれども、貴重資源がかなり国外に流出するという問題もあるかと思います。文脈は違うのですけれども、貿易と環境という問題の中で、あるいは貿易と資源といった方がいいかもしれませんが、1点、触れさせていただいております。
 こういった、特にアジア地域における資源貿易がどのようになっているか、というもののデータブックを我々の方で編集しておりますけれども、非常にわかりやすいのが鉄の例でありまして、1983年と2003年の比較をしております。中国に非常に大量の資源が集まるようになっているということがおわかりいただけるかと思います。オーストラリアからの鉄鉱石の輸出量は、今や日本より中国向けの方が多いというようなことになっているかと思います。
 さっき触れましたけれども、これは輸出側の話でありまして、日本での使用済みプラスチックが中国へ輸出される。中国自身は、一時期、日本からの廃プラの輸入を禁止しておりましたけれども、香港を経由して流れていくということがありますので、国際的にはかなりこういった物の動きがあるということであります。
 日本の循環型社会形成推進基本計画の中では、その物質フローをとらえ、かつ、それに関する数値目標というのを作ってきているわけでありまして、最終処分量を減らし、循環利用を高め、それだけではなくて、入り口側の資源量も減らしていって、資源生産性と呼ばれる指標を向上させていこう、つまり少ないもので多くの豊かさを上げていこうということでありまして、循環基本計画の中に書いてあるので、どちらかというと、リサイクル推進でこういったものの指標が上がっていくということが大きく期待されるわけですけれども、計算している限りでは、余りここの企業というのはそれほど大きくは望めなくて、少なくとも過去の資源生産性の改善というのは生産技術革新、それぞれの部門の生産するために直接、間接に必要な資源の量そののが減ってきたということが、1つの大きなファクターですし、もう一つは、トータルの経済的な生産額に占める財の構成の変化、つまり比較的余りものを使わなくても作れるような財、要するにサービスも含めてですけれども、そういったものへの消費構造が転換してきたということがあります。当然リサイクルの貢献ということもあるわけでありますけれども、ここで設定されている資源生産性目標というのは、必ずしもリサイクルだけで達成するものではなくて、社会経済の構造転換も含めて向上させていこうと、そういうことになっているかと思います。
 そろそろ後ろの方ですけれども、2050年という展望をするだけの材料が、今日はちょっと用意ができていないのですが、もう少し近い未来でも、日本の中で、特に日本で留意していった方がいいだろうと思われる課題の例として、やや思いつくままにということもあるのですが、書かせていただいております。
 これまで、明らかに、これは廃棄物だよということで、わかったものをどう管理していくかということがポイントだったのですが、ちょっと気になっていますのは、積極的な廃棄はなされないけれども、実質上廃棄物化するようなものというのを、そろそろ気をつけなければいけないのではないか。これから、少子高齢化、人口減少というトレンドの中でいうと、昔つくったインフラというのがどんどん老朽化していく。それをすべてちゃんとメンテナンスをしていくというところまでお金が回るのかどうかということも考えますと、廃棄物として捨てられてはいない、つまり都市なり日本の地域上に、実質上インフラとしては存在するのだけれども、十分に管理されないものというのが出てくるおそれがあるのではないか。こういった問題をどう考えていくかということがあるかと思います。
 それから、2番目も比較的似たような問題ですが、今後、建築物が寿命を迎えて、建設解体廃棄物がかなり増大するというふうに考えられております。建築物のリサイクルというのは具体的に何に使われているというと、大部分土木事業であります。建築物を解体して、またそれを建物に使うというよりは、どちらかというと土木に使われている。土木事業の方は減少しておりますので、だんだん、それが使われなくなってくる。再生資源の需給バランスが崩れてくるということがあるかなというふうに思います。
 あとは非日常的、常に起きているわけではないのですが、重要な廃棄物としては地震を初めとするような、大規模災害に伴うような廃棄物への対応というものもあろうかと思いますし、それから、普通の廃棄物行政の範疇外の廃棄物問題という、これは特に原子力関係のものを中心に書かせていただいていますが、こういったものも中長期的には、もう一度、見詰め直す問題かなというふうに考えております。
 最後に廃棄物循環型社会の主要な課題ということで、ざっと書かせていただいております。廃棄される物品の管理ということで見ますと、ざっと、今日お話ししたような話になるのですけれども、“循環型社会”というキーワードになりますと、これは相当幅の広い議論にまでつながっていく可能性がある。とりあえずは、最初の冒頭の図でお示ししたような3R、ごみになるものを減らす、あるいはリユースする、リサイクルするといったところで話を閉じているわけですけれども、もう少し地域社会のあり方であるとか、自然界の物質循環のかかわりであるとか、あるいは循環型社会と名乗っていますので、その社会の将来ビジョンはどうなのかという議論に、よく結びつきまして、それはまさに、この超長期ビジョンの検討会のテーマそのものであろうかなというふうに思います。
 もう一つ、資源という問題になりますと、もう少しグローバルな世代内、あるいは世代間での資源利用の公平性といった問題に結びついてくるところもあるかなと思いますので、循環型社会という言葉については、相当広がりを持って論じられるものであるというふうに、そこのところだけ指摘をしていきたいと思います。
 最後に、これも「循環白書」によく出てまいりますので説明するまでもないと思いますが、同じ循環型社会でも、どのようなイメージのもので、それを作り上げていくのか、技術中心でいくのか、あるいはライフスタイルを変えていくのかというようなことで、イメージが書かれております。シナリオを絵でかくだけではだめで、もっとちゃんと定量的に裏つげていく必要があるというようなことの議論もあるわけですけれども、1つの将来の社会のイメージ、ここに「シナリオ」と書いてありますが「ビジョン」という言葉にした方が良いのかといった言葉の問題を喚起してしまうかもしれませんが、これもよくご存じかとは思いますけれども、ここの検討会のテーマに近い話題ということで、最後に締めさせていただきました。
 以上です。

○安井座長 ありがとうございました。
 それでは、ご質問等ございましたらお願いしたいと思いますが、どうぞ。

○原沢検討員 1点、確認ですけれども、7枚目の一般廃棄物埋立地の残りの年数が、ここ七、八年はずっと十二、三年で推移していますけれども、2050年を展望したときに、こういった処分場の問題は、余り制約条件にならないという印象を受けたのですが、その辺はいかがでしょうか。

○森口検討員 ありがとうございます。これは産業廃棄物の方を持って来なかったのですけれども、実は左上の方のグラフの下の方のグレーで示されているところが、一般廃棄物の処分量でありまして、産廃の処分量も一廃の処分量も、ここ10年ぐらいかなり急速に減っています。処分量というか、直接に、今、別に埋め立てているわけではなくて、むしろ焼却した後の灰の埋立量もばかにならないです。しかし、今、技術的には灰をさらに溶融して、灰をさらに減容するというような技術がどんどん入ってきていて、それは若干エネルギー多消費なものですから、そこまでして埋立量の方を減らす必要があるのか、埋立処分量ということが、それほど制約にならないのだったら、もうちょっと省エネをして、埋立の方の量を増やすことだってあり得るんじゃないかなというぐらいのところまで、量だけをコントロールするという意味では、一廃の方は制御可能なところまで来ているのではないかなと思います。
 ただ、産業廃棄物や、さっき申し上げた建設廃棄物みたいなものは、今後、量が増えてくると、実はそんなに楽観視できる問題ではない。だから、そういう意味では、一廃の方のデータだけ持ってきたのは、ややミスリーディングでありまして、産廃、特に建設廃棄物をどうしていくかというのは、ちょっと問題があるかもしれません。
 ただ、建設廃棄物みたいなものを本当に処分場に入れなければいけないのか、もうちょっと別の管理の仕方があるのか、いろいろ出てくると思いますが、廃棄物の不適切な処理がなされていたなごりというといけないですけれども、そういう問題のために立地難というのは続いているわけですけれども、ただ、キャパシティとして、廃棄物の量そのものがどこかを埋め尽くすほどの量になっているというわけではないので、施設さえうまくつくれれば、それそのものがすごく大きな制約になるという、そういう認識ではないというふうに考えています。

○安井座長 ありがとうございました。ほかに何か……。

〇川島検討員 関連しますが、劇的に減っているという現象がありますよね。これは、要するに溶融技術が発達したから、という今のご説明でいいのでしょうか。

〇森口検討員 難しいところがありまして、一般廃棄物の方は、そういうところがあります。それから、産業廃棄物の方はコストです。埋立処分コストが非常に高くなってきたので、コストが上がってくると、埋立処分コストより安いコストでリサイクルというか、減量化に近いようなものがあるのですけれども、量を減らすだけであれば、かなりいろいろな技術があるのですね。ですから、ある意味では、立地難になって造れなくなると、コストが上がって、それで減らすインセンティブが高まるので、悪いことではないのだと思うのですけれども、そういうところのある種の制約がかからなかったからこそ、それだけ捨てられていたという、そういう理解でいいのではないかなと思います。

〇花木検討員 これは全体の議論の方が良いのかもしれないのですけれども、冒頭に森口さんが、今日は比較的狭い意味での循環型社会の話をする、というふうにおっしゃったのですが、この循環型社会の専門家である森口さんには、もう少し広い話を、今、お伺いしたいなと思っています。
 具体的に言いますと、例えばですけれども、先ほど溶融の話が出ました。エネルギーを使っていいかどうか。非常に具体的にいえば、今、大きい問題として循環型社会の問題と温暖化対策の問題が、まずある。その2つの問題をあわせて議論することが、循環型社会の検討側ではあるのかどうか、そのあたりをお伺いしたいと思っています。
 というのは、森口さんは両方のご専門だけれども、温暖化の話をされるときの話題と、リサイクルの話をされるときの話題で、かなり別の話をされるので、ご自分の中ではどういうふうにくっついているのかなというあたりも……。別の言い方をすると、その2つを繋げるかぎとなる人物かなと思っているのでお伺いする次第です。

〇森口検討員 ありがとうございます。その話題だけで30分ぐらいしゃべりたいことがたくさんあるのですけれども、ごみの問題と温暖化の問題というか、資源の問題とエネルギーの問題の2つというのは、極端にいえば、それほど広がっていない。つまりこの2つはある意味で非常に相性がよくて、これの接点の話はしやすいし、技術的にも、社会的にも割に議論しやすいと思います。特に花木先生とご一緒している温暖化の方の分野は、別のテーマを担当していたりするので、両極端に分かれているのですが、当然、循環型社会は廃棄物の方の研究をやるときにも、リサイクルによって、例えばCOがどのぐらい下げられるかとか、リサイクル技術のエネルギー消費者量とか、エネルギー効率とか、こういうテーマは当然取組んでいますので、そこには接点があるわけです。
 ただ、もう少し広げると、同じ消費スタイルを変えると、廃棄物ではこのぐらい減って、エネルギーではこのくらい減りますよとか、そういうような、その類いの研究も、余り直接お話しする機会はないのですが、そこはある意味では繋がっているとは思っております。
 ただ、もう少し広いと申し上げたのは、循環型社会といっているので、社会のあり方の議論そのものですとか、アドバイザーリポートの武内先生などがよく言われるのですが、自然界の循環、特にバイオマスの利用なども含めてなのですが、そこのところの話題にもう少し深く入っていくところがあります。そういう意味で、資源廃棄物リサイクル問題と温暖化エネルギー問題ぐらいは比較的近い話かなと思いますので、もうちょっとそういう軸でまとめた方が建設的かなという気はします。
 これに関して、せっかく環境省総合環境政策局がいらっしゃるので申し上げるのですが、地球環境局と廃棄物リサイクル対策部は、2本別々に立っておりまして、ぜひ、総合環境政策局のリーダーシップを発揮していただければありがたい分野だなと思っております。

〇花木検討員 ありがとうございます。今おっしゃった中で、個別技術のところは、COと廃棄物は、確かに両方見るのはいろいろあるのですけれども、長期政策としてどうなのか。そもそも日本の廃棄物の今の焼却路線でいくのか、あるいは温暖化の方の社会を変える路線なのか、そのあたりの部分を、ぜひ検討いただければなというふうに思っています。これはコメントでございます。

〇安井座長 ありがとうございました。
 ほかに何かございませんか。
 私も似たような質問をしようと思うのですけれども、今日の廃棄物は、確かに廃棄物の視点でのお話を、かなり限定されたお話になったように思うのですけれども、50年では、まだ起きないかもしれないですが、多分ある種のエレメントが枯渇し始めるという時期が間もなくあって、全面的に枯渇するわけもないんですけれども、今言いましたエネルギー限界あたりと絡むことによって、枯渇的に見えてくるという話があると、廃棄物の中にあって、今はリサイクルと、とんでもなくむだだからやらないけれども、将来的には考え方を何か少し入れておくような、例えば一時期、都市鉱山というような話もあったり、いろいろな話もあったのですが、最近、廃棄物から元素の有効利用みたいなことを語る人が、余りいなくなったのですけれども、どうなったのかなと思うんですが。

〇森口検討員 今のご質問については、必ずしも語る人がいなくなったかどうかというのはよくわからないのですが、そうではないと思っていまして、ごく最近も、まさに廃棄物の中での資源という観点でどう見ていくか、廃棄物の中に入っているエレメントをどうしていくのか、といったことでお考えのグループがいらっしゃると思います。それから、さっきおっしゃったとおり、例えば量そのものは枯渇しなくても、ある量を取り出すために、膨大な廃棄物が出たり、あるいはエネルギーを消費するという問題が出てくるので、そうなると、ますますさっき花木先生おっしゃった、エネルギー温暖化と廃棄物資源の問題の接点が強まってくると思いますので、そのあたりまで、少しまだ我々の研究といいますか、メインのところがなかなか、そこまでいっていないのです。つまり、ものの生成というか、資源の生成のためにエネルギーを大量に使っているという事実も、実は余りないのですよね。鉄でもせいぜい日本のCO排出量の十数パーセントのオーダーですし、スクラップが増えていけば、これからさらにまだ減っていく。ただ、ほかの分野のCO排出量がどんどん減ってくれば、ものをつくり、あるいはリサイクルするためのエネルギー消費量とか、CO排出量というがばかにならなくなるかもしれませんけれども、現時点では、冷暖房だとか、車だとか、そういうところで随分食っていますので、それほど、まだ物の生産そのものがエネルギーを支配しているわけではない。そこがいまひとつの領分への接点が持ち切れないポイントではないかなと思います。

〇安井座長 どうぞ、太田さん。

〇太田検討員 必ずしも森口先生のご専門ではないかと思うのですけれども、配布資料の5ページ目の、世界的に産業廃棄物が増えて、しかもそのデータがよくわからないとう話ですよね。世界的に2050年に2倍になる、アジアの方は数値がないのですけれども、かなり増えるとして、バーゼル条約等々で産業廃棄物の管理なり、国際的な貿易の管理をしていると思うのですけれども、日本として何かいろいろマネジメントの方で、環境省が関わっていることがあったら、教えてほしいと思うのですけれども。

〇森口検討員 さっきちょっと説明の中でも、ごくちらっと触れたのですけれども、実は今日、ご説明した中の資源生産性とか、循環型社会づくりとか、こういう国内政策を世界的に広げていこうというのは環境省も非常に熱心でおられまして、2003年、2004年ぐらいからも、G8の枠組み、G8の3Rのイニシアティブというのを提案をしております。
 ただ、これはどちらかというと先進国ですが、日本の経験を生かせるとすればアジアだろうということで、やや、若干タイトルと具体的な対象時期をどこにしていくかというところが、若干そごがあるかもしれませんが、今年度の3Rの推進のターゲットは、今アジアになっていまして、来週月・火・水と、ここの三田の会議所でアジアの3Rの推進の大きな会議があります。そういったところを通じて、アジア諸国に廃棄物問題の重要さ、量、質、両面にわたって、そういったものをちゃんと伝えていこうと。そういったところで日本の知見の蓄積あるいは技術的な蓄積というものをうまく生かしていこう。ここのところは非常に環境省も熱心にやっておられるところでありますので、今、先生ご指摘になったような問題については、来週の会議とか、それ以降の活動がうまく進めば、非常に展望の開けやすい分野ではないかなと思っております。

〇安井座長 ありがとうございました。
 もう既に時間的な遅れが始まっておりまして、毎度のことでございますから全然気にしてはないのですが、最後の質問にしたいのですが、何かございますでしょうか。どうぞ。

〇若林検討員 東京湾の環境問題について、少し具体的に教えていただきたいのですが、例えば東京湾の環境問題の一環としての、埋立の処理は64%から50%という、若干の数字が出ておりますが、これをもう少し東京湾的な、首都圏的なところに絞って、具体的にもう少し教えていただけたらありがたいと思います。

〇森口検討員 すみません、幾つか訂正をさせていただきます。まず、64%から50%と書いていたのは、日本ではありませんで、先進国OECD諸国であります。実は日本は一般廃棄物の埋立処分量の割合が非常に少なくて、ただ、今おっしゃった、どういう答え方をすればいいか、ちょっと迷っているのですけれども、そういう意味で日本全体としては、もともと埋立処分の割合というのは非常に少ないです。東京は逆に東京湾があるがゆえに、まだ埋立地は日本全体の中でいえば埋立地に恵まれている方でありまして、産業廃棄物なんかでも、さっき埋立処分のコストが高いので処分量が減ってきた、あるいはリサイクルが進んだということを申し上げたのですけれども、東京都の埋立地処分場の受入価格というのは、全国平均に比べると随分安いです。東京湾とか、大阪湾とか、湾を持っているところ、そこで人工化してしまったのだからということで、埋立に対する危機感がそれほど高くなかったところというのは、過去にも相当埋立が進んできましたし、ご存じのように、今、東京湾の湾岸に副都心として栄えているところは、昔は埋立地であるというところもたくさんありますので、現在、そういうことです。
 そこまで進んでしまったのですが、今後、では、さらに東京湾を埋めるのかどうかとう議論は、また別の議論かなと思うし、今、私、正確な数字を持っていませんが、東京湾の埋立地が比較的近々にいっぱいになるという状態ではありません。東京湾はかなり計画的に埋立地を拡張してきましたので、今すぐいっぱいになるということではないのですが、いずれ、次に東京湾は、さらに、ここから先どうするのかという議論はしなければいけない時期が当然来るとは思います。
 お答えになっているかどうかわかりませんが、そういう状況です。

〇安井座長 少し追加してよろしいでしょうか。
 東京湾の新海面あたりの残余年数が、去年あたりで41年です。これから先の拡張の余地は、東京湾ですが、あそこにも県境があって、東京が持っているところでは、ほぼ無し。そして三番瀬がだめになった。千葉県側はかなり厳しい。私は今の新海面を41年ではなくて、200年から300年使わなければだめだと言っていますけれども、そんな感じだと思うのですけれども。
 よろしゅうございましょうか。
 それでは、後でまた機会もあるかと思いますが、森口先生、ありがとうございました。
 それでは、続きまして、柴田先生からお願いしたいと思います。柴田先生は化学物質関係のお話をされる予定でございます。

〇柴田検討員 国立環境研究所の柴田でございます。今日、私の比較的専門といたします化学物質関連の話をさせていただきますけれども、正直なところ、安井先生の前で化学物質の話をするのは本当におこがましいというか、試験官の前で受験しているような感じでございますけれども、一応わかる範囲で説明させていただきます。私自身、正直なところ、これまで主に元素の化学形態及び同位体生物地球科学、あるいはPOPs関係の仕事をしておりますけれども、どちらかというと緊急対応でいろいろなことを、これまでやってきたという経緯もございまして、正直なところ、いろいろな化学物質に関連しては、むしろ現場対応的な仕事が多くて、なかなか50年先のことを見通せと言われても難しい、というのが正直なところでございます。 現実問題としても、むしろ先が見通せないので、こういう形で環境試料を保存しておいて、将来、何か起こったときに、過去に遡れるようにしようなんていうこともやっておりますし、どちらかというと本当にイベントドリブン(event-driven)でありますので、なかなかまともな話ができないかと思いますけれども、一応、負の遺産あるいはアジアの環境問題というところに関連して、少し私どもの絡んでいる仕事をご紹介することで、責を果たさせていただきたいと思います。
 化学物質の管理については、先ほども、森口さんからもお話がありましたけれども、こういった大きな流れの中で、特に今だんだん再利用が増えていくと思うのですけれども、このあたりで特に化学物質については、最初の製造段階のところで、残留性、蓄積性、人に対する毒性、及び生態影響に関する検査も最近は入っておりますけれども、こういった検査を行った上で、いわゆるPOPsとしての特徴のあるものは第一種の特化物として対応いたしますけれども、それ以外のものは製造、使用ができるというような形でもっての規制を行っています。
 この段階ではもちろん化学物質の性質及び毒性に関する情報が非常に重要でございます。それから、もう一つは、化学物質が実際に環境中に出ていった後で、一体どう動くのかということに関するモニタリングデータ等を含めて、最終的にはリスク評価を行って、それから物質のフローや環境動態、さらにはインベントリーも含めて、管理の対策をつくっていくというのが大きな流れだと思うのですけれども、こういった流れについて、今、考えていることをすごく大ざっぱに申しますと、実は最近読んだ本の中に、面白いことが書いてあって納得してしまったのですが、「我々は無知の大海に浮かぶ島に暮らしているようなのであって、その島がどんどん大きくなるに従って、実は知識の量も増えていくのだけれども、無知との間の境界線も増えていく、という形で全貌が見通せなくなっていくのだ」ということを、随分昔の方がこれをおっしゃっているのですけれども、そういったことが、最近出た本に引用されておりました。
 例えば、化学物質に関してだけ申し上げても、毒性情報がどんどん溜まっていく。その一方でそういったものをデータベース化しながら、どんどんリスク評価が進んでいくわけですけれども、だんだん量が増えていくに従って、まず自分が知っている領域の中だけでも、十分にそれをきちんとして、組織化をしてしいって、それを使える体制を作っていかなければいけない。
 しかしながら、その一方で、無知とのフロントについても、どんどん拡大をしていくわけで、そういったものについての見通しを持つことが、我々、なかなか難しくなっていくのではないか。その2つの面を両方同時に進めなければいけないというところが大事なことだろうというふうに思います。
 化学物質に関していえば、いろいろ毒性情報を蓄積していって、それを整理し解析評価しながら、最終的にはそれを使えるものにしていくという、まず大きな流れがあります。これも、今、どんどん、どんどん毒性評価の情報がたまっていっているわけで、それをうまく使っていける体制というものをつくっていかなければいけない、という大きな問題があって、これは多分何らかの意味での戦略的なアプローチの仕方がないと、データベースを詰め込んでいくだけでは、どうにもならなくなるということは間違いないという状況でございます。
 しかしながら、その一方で、相変わらず我々の周りには、知らない領域がたくさんあるという意味では、未知への対応というものも重要であろうということで、ちょっと私自身が直接最近かかわった2つの事例を紹介することで、最近のトピックスの紹介の代替にさせていただきたいんですけれども、1つは、フッ素系の物質がございます。最近、非常に話題になっておりますので、ご存じの方が多いと思うのですけれども、Perfluorochemicalsと呼ばれている界面活性剤等で使われてきていて、非常に長い間、半世紀近く使われてきたあげくに、最近になって実は毒性があるので使うのをやめましょう、という話になってきたものでございます。3Mがずっとアメリカでつくってきて、エレクトロ・ケミカルフロリネーションという方法で作られてきたのですけれども、2000年には大体3,500トンぐらい作られていたというふうにいわれています。撥水・撥油加工、水も弾くけれども、油も弾くという非常に便利な表面処理剤として使われてきております。また、いろいろな形で使われてきたのですけれども、実は毒性が結構強くて、例えばカニクイザルに26週投与してみると、何らかの影響が見られる最低レベルというのが体重1キログラムあたり0.03mgということで、これは化審法でいくと、普通は25mgを下回ると、これは毒性的に注目しなければいけないということになってくるのですけれども、かなり低いレベルで生物影響が出てきます。またラットで親に与えて2世代後、孫の世代に対する影響を見た試験でも、影響のなかったのが0.1mg。0.4mg投与では既に毒性影響が見えてくるということで、かなり毒性的に強いということが、ごく最近になってわかってきたようでございます。
 もう一つ大きな特徴は化学的な性質でして、非常に残留性か高い。蓄積性はというと、BCFという蓄積性に関する数字は2,800ぐらいで、化審法では大体5,000というものを一応基準にしています。5,000以上あると蓄積性があるという判断をするのですが、そういう意味では、蓄積性が基本的にはない方の範疇に入る。しかしながら、実はこの物質は、先ほど油に溶けない、油をむしろはじくものでありまして、通常の水溶性の物質とは違う挙動をします。実際に毒性のターゲットオーガン(標的器官)肝臓なのですけれども、肝臓に対する蓄積性が非常に高いということがわかっていて、5,000をはるかに超えてしまうような事例が報告されております。
 そういう意味で、実際、今、ストックホルム条約の方では、この物質はとりあえずPOPsとしてはクライテリアを満たすという判断を、まず昨年度行われまして、今年度、さらにリスクの評価についての進捗が進んでいますけれども、このまま行くと、もしかすると新しい候補物質として、比較的早い時代にPOPs条約の対象物質に入るかもしれません。そんな方で、まず脂溶性ではないのだけれども、毒性的に実は注目しなければいけない物質として見えてきているというところであります。非常に用途も多くて、全部紹介する時間がございませんけれども、表面の処理剤として低分子でも使われるけれども、高分子化された形で、特にじゅうたんですとか、衣料関係の表面処理剤あるいは食べ物包装関係の処理剤として随分使われておりました。
 物質としては非常におもしろい性質を持っていて、これもダイオキシン等と同じように生体内のリセプターに非常に強く結合する。PPARαと呼ばれていますが、特殊なリセプターと非常に強く結合することが知られていて、しかしながら、そのリセプターによって誘導されてくる脂肪酸の代謝酵素では、実は代謝されないということがありまして、これもダイオキシンの場合と非常によく似ています。ダイオキシンの場合にも、一般に水酸化して排泄しやすくするような酵素を誘導するのだけれども、自分自身は塩素がついているために代謝されないというところがございますけれども、このフッ素系の化合物も全く同様です。リセプターに結合してその類縁物質の代謝酵素を誘導するけれども、自分自身は代謝されないというのでございます。
 今申し上げたように、油に溶けないということで、いわゆる脂溶性の物質とは必ずしも同じような挙動を示さないのだけれども、ターゲットオーガン(標的器官)に対しては実は蓄積性が高いということで、こういったものは恐らく、今の化審法で、そのまま準用するだけでは、実は対応できないのではないだろうかということも、ちょっと心配されるような物質でございます。
 それから、もう一つは、これも神栖の方で新聞を賑わしているということで、ジフェニルアルシン酸と呼ばれる物質が井戸水中に見つかって、これが健康被害を及ぼしたという件がございました。これは、1つは第2次大戦以前に、いわゆる毒ガス兵機の1つとして作られましたあか剤の分解物であるとともに、恐らく中間の合成原料でもあった物質でありますけれども、この物質が健康被害を引き起こしたわけですけれども、この物質は面白い物質で、環境中に出ていくと、いろいろ生物メチル化を受けて、ここにありますように、いろいろなメチル化体ができてしまいます。これは未発表データでお手元の資料の方にございませんけれども、毒性的には非常に注目される物質で、横軸の方がいろいろな臓器が並んでおりまして、縦軸の方に濃度が書いてありますけれども、真ん中辺に腎臓とか、肝臓とか、脾臓とかございますが、そういったものの濃度以上に、左側の方に高い濃度が見えます。これは脳幹ですとか、脊髄、小脳、前頭葉、後頭葉、要するに脳内のレベルというのは生体内の濃度レベルでも一番高い方に属する。普通は脳脊髄関門と呼ばれている、一種の血液中の化学物質を脳に入れないような仕組みがあるのですけれども、この物質の場合にはそこをすんなり通り抜けて脳内のレベルが体の中でも一番高いレベルになってしまうという、非常に恐い性質を持った物質であるということがわかってまいりました。
 それから、もう一つ、これは環境中で実際にこの物質を含んだ水が、人が飲んだだけでなくて、稲の農業用水としても使われてしまったのですけれども、その結果を見ると、また変わっておりまして、先ほど申し上げたように、環境中ではどんどんメチル化が進んで、実際に稲の中に溜まってくるのは、メチル化が進んだ物質が溜まってまいります。しかも、それはお米の中に溜まってくる物質と、茎や葉っぱの方に溜まってくる物質が違ってくるというようなことで、かなり面白い性質を持ったもので、研究対象としては非常に面白いのですけれども、逆にいいますと、我々が今持っている知識で、こういった挙動をきちんと予測することはできない。やってみて初めてわかるというような状況でございます。
 こういったものが、まだまだ環境中というか、我々が作っているものの中にあり得るのだということは、改めて無知の領域の広さというものを考えさせられたわけですけれども、そういった化学物質に対しては、毒性情報をきちんと持っていくことが、まず一番大きなテーマだと思います。
 これはトキシコゲノミクスで現在進められているプロジェクトのホームページから絵を持ってきたのですけれども、いろいろな化学物質に対する情報を集めていって、特に遺伝子の発現に対する影響を、現在、ジーンチップを使ってどんどん調べられるようになってきています。こういったものを使って、状況を調べ、毒性メカニズムの解明を行って安全性、毒性評価につなげていこうという大きなプロジェクトが進んでいて、こういった網羅的な研究というものが、今後どんどん盛んになっていく。これは恐らく情報科学的な形でもって解析をしながら、今後の化学物質の管理に役立てていけるのだろうと思っておりますけれども、一方で、そういう膨大な情報からどうやって必要な情報を引き出していくのだろうかということに関しては、我々も何らかの洞察を持たなければいけないのだろうというふうに思います。
 基本的には、生物というのは先ほどの社会経済の場合とも同じような形になりますけれども、システムとして考えていくとエネルギーを外界から取り入れて、それからまた物質を外界から取り入れるという1つの流れの中に存在する。その生物体というのは1つのバウンダリーを持っていて、その中にある一定の場をつくって、その場でもって、必要な化学反応を進むように維持しているわけですけれども、それだけではなくて、いろいろな情報を処理するための遺伝情報を持っている。それから、環境情報をいろいろ取り入れては、それに対してレスポンスをして変えていくという、情報の流れ、物質の流れ、エネルギーの流れに加えて、情報の流れやそういったものを維持していくための場と、バウンダリーを持っている、そういう系であろうと思います。そういった系を系として考えていくということが多分非常に大事で、生物及び生態系、あるいは一般の環境を考えても、そうした系をどうやって捉えていくのかということが、集めたデータをどう使っていくかということと、多分、非常に重要な関連を持っているだろうというふうに思っています。
 そういう意味で、系としての生物、生態系、環境を眺めていくための学問的なところをつくっていくのは、多分我々の仕事だろうと思っているのですけれども、そういったことを考えた上で、後は、少しアジアの環境問題に関連するところで、私が関連しているところの幾つかの事例紹介をさせていただきます。
 1つは、インド及びバングラディシュにおける地下水のヒ素汚染であります。多分、地下水汚染並びに土壌汚染というのは、恐らく50年先を考えても、まだまだそう簡単に解決できない問題ではないかと思うのですけれども、これは、いわゆる西ベンガル地方からバングラディシュの境界線にかけて、ガンジス川の下流域に相当するところで、非常に広い範囲で地下水の汚染が起こっていて、インド側だけでも1,000万人、バングラディッシュ側でも1,000万人を超える人たちが、ヒ素の健康被害を懸念されるような濃度の井戸水に依存しなければいけない状況が、今、生まれております。
 2001年に、私、そこに入ったことがあるのですけれども、ご覧のように乾季に入っても水が非常に多いところであります。もともとガンジス川の下流域ですので、水の非常に多いところで、インドのチャクラボーディーさんという方にくっついていろいろと見せていただいたのですが、実際にこういう形で水田が広がっていて、あちこちに農業用水のくみ場がある。こういった形で、現在は地下水に依存して農作物の栽培が非常に盛んで、食料生産が完全に地下水に依存しているということが1つ。
 それから、もちろん飲料水も地表に水がたくさんあるのだけれども、ご覧のように牛を洗ったり、人が体を洗ったりで、とても水として飲める状況ではない。こういったものに依存している限りは、病気の問題はどうしても避けられないということで、かなり前から、60年代ぐらいから地下水に依存する形でもって、衛生面の改良及び農業生産の拡大ということで進んできたのですけれども、80年代の中ぐらいから、健康被害が顕在化してきて、調べてみると、実はヒ素の問題だったということがわかってきたという背景がございます。
 私自身は、実は井戸水に対する依存、食料に対してヒ素を加えて、さらに食料経由で入ってくるというものに加えて、また別の側面もあるのではないかということで、行ってみますと、彼らはかなりの牛の糞を乾かして、それを煮炊きに使っている。牛そのものもヒ素を含んだ食料を食べていますので、糞を室内で燃やすということは、大気経由の暴露もあるのではないかということで、そういうことを調べに行って、実際にいろいろ分析してみると、ありますよ、ということがわかったという仕事をしたのですけれども、基本的には、この絵で簡単にまとめたように、井戸水からヒ素を含んだ水が入ってきて、それは飲料水としても入ってきますが、食物連鎖系を通って食べ物としても体の中に入っていく。さらに大気経由での暴露もあるということで、一たん汚染が広まると、本当にあらゆる側面から体に対する暴露が起こってしまうというのが実情でございます。
 いずれにしても、インドの場合には自然起源であるのだけれども、非常に規模が大きくて、しかも、衛生面及び農業生産拡大という意味で、地下水に頼る生活を20年以上進めていた結果、今ごろになってヒ素が入っていることがわかってきて大きな問題になっているというところで、今すぐにこれを変えることができない状況が、今続いておりますけれども、こういった問題というのは、恐らく地下水汚染、土壌汚染というのは、50年後を考えても、そう簡単にはなくなっていかないのではないかということが1つ懸念されます。特に水資源の問題、農業生産の問題というのは、今後ますます大きな問題だろうと思います。
 2番目は、化学物質の、特に農薬に関連するところでございますけれども、これも自分の行ったところです。今年の7月に中国の貴州省というところに行くチャンスがありました。ガイドブックを見ますと、中国でも一番貧しい州だと書いてあって、どんなところかなと思って興味を持って行ったのですけれども、州都を離れて走りますと、本当にそこら中、棚田が広がっていて、水田耕作あるいはトウモロコシの耕作をしている。日本でいえば棚田百選か何かに出てきそうな風景がずうっとつながっていまして、大変なものだと思ったのですが、どこまで行っても、多分、目に見える範囲はほとんど畑とか水田になってしまっているのですね。ほとんど開発し尽くして、中国でも一番貧しいと言われているようなところでも、既にほとんど開発し尽くしたような状況になってしまっている。これだけのことをやるには、相当土壌改良で、農薬とか肥料の問題も多分あって、これが環境に対してどういうインパクトを持つのか、これがそもそも持続可能な状況であるのかどうかと、非常に気になったところでございます。
  そういった農薬の使用に関しては、最近大きなトピックスがあって、波照間という日本で一番南の島ですけれども、ここで大気のモニタリングをずうっと続けております。私どもの研究所の地球環境研究センターというところがモニタリングステーションを持っていて、主に温暖化に関連するガスのモニタリングをしているのですが、ここに大気粉塵の捕集装置を置かせていただいて、大気中から飛んでくる農薬、いわゆるPOPs関係のモニタリングをし続けております。月に一度測定をしているのですけれども、例えば2004年の9月、september04と書いてあるところで見ていただきますと、赤い実線がポーンとそこで飛び上がってきているのがおわかりいただけると思うのですが、これは実はDDTの濃度をあらわしていまして、こんなぐあいに毎月毎月モニタリングしていると、結構濃度がいろいろ変化している様子がわかってまいります。
 2004年9月のDDTが高かったときの空気の流れを見てみます。バックトラジェクトリー解析をしてみますと、空気が東シナ海の上を流れながら、一時的に中国の揚子江の下流域を通過してきているという空気であることがわかります。このDDTの高い空気ですが、下の図にありますように、DDTの組成としても非常に変な組成を持っていまして、通常DDTというのは、パラパラダッシュ(p,p’-)という一番右側のものが一番高いはずですけれども、この図の場合には、おわかりいただけるようにオルトパラダッシュ(o,p’-)という別の異性体が一番高い。それもオルトパラダッシュのDDTがパラパラダッシュの七、八倍あるような、非常に変な組成を持っているDDTであることがわかりました。
 これはちょうど2004年ぐらいから中国側の研究者からの報告があって、非常に今話題になっているのですが、DDTを原料としてダイコフォルDicofol(ジコホル)と呼ばれている別の農薬がつくられています。DDT自体はストックフォルム条約の規制対象物質になっていますけれども、ダイコフォルはいまだに規制対象になっていません。ちなみにダイコフォル自身は、日本では第一種の特化物に最近指定されております。
 中国の国内で売られているDDTについて、中国側の研究者がダイコフォルを調べてみますと、原料であったDDTがかなり未反応のまま残っていることがわかりました。ここにありますように、オルトパラダッシュのDDTが、重量ベースにして11.4%、それからパラパラダッシュのDDTが1.7%というぐあいに、20%以上が、実はDDT及び関連化合物で占められているというような、かなり粗雑なものが中国国内で売られているという様子がわかってきたわけであります。反応するときには、パラパラダッシュ体の方が先に反応してしまいますので、不純物としてはオルトパラダッシュの方が残るという傾向があって、それが大気中の異常の組成に反映されているのだろうというふうに考えますけれども、こんなことが、今現在起こっているということがございます。
 それから、これは先ほど森口さんから説明がございましたように、今、循環センターの方でやられた仕事で、廃棄物の流れと関わってまいっておりますけれども、これに関連しては、いわゆるイーウェイスト(E-waste)関連の問題、あるいは特にプラスチックの難燃剤関係の汚染というものの懸念も、こういった物質の動きとともに、そういったものの汚染も広がっていくことが懸念されています。
 特に難燃剤でありますポリブロモジフェニルエーテルPBDEについては、下の図は各国の母乳中のPBDEの濃度を調べた結果でありますけれども、完全に先進国型の汚染の状況を示していまして、アメリカとかカナダが一番高い。一番右側がベトナムですけれども、ベトナムは非常に低いレベルだというような形で、完全に先進国型の汚染レベルを示しているのですが、こういったものを含んでいる廃プラスチック材がどんどん中国等に入ってきているということで、この汚染がそのまま途上国にも広がっていくことが懸念されているような状況でございます。
 こういった難燃性の物質も、現在POPsとしての規制対象に入ろうというので、ちょうどストックフォルム条約の方では、今、POPsレビューコミッティというのがつくられまして、新しいPOPs候補物質についての審査が始まっています。昨年度にはペンタブロモジフェニルエーテルとかクロルデコン、ヘキサプロムビフェニル、それからγHCH、PFOS、こういったものが、まずPOPsの新規候補物質として挙げられてまいりました。昨年度第一に、POPsとしてのクライテリアは満たすということが認められて、ことしはこれらの個々の物質についてのリスク評価が進められています。
 それから、2006年、今年度新しい候補物質としてオクタブロムジフェニルエーテル、ペンタクロロベンゼン、それから、αとβのHCH、短鎖のクロルパラフィン類なども入ってきているということで、非常に今、新しい候補物質がどんどん提案されてきていて、これらがどのくらいのスピードで実際にPOPs条約の対象に入っていくのか、今、非常に注目されるのですけれども、今ある12物質以外にもどんどん新しいPOPs候補物質が、現在入ってきていて規制の対象になるかもしれないという状況でございます。
 日本の国内では、いろいろなものが特化物として指定されているわけですけれども、もう一回最初に戻って、化審法の現在の様子を見てみますと、化審法で、いわゆる毒性の面から問題になって指定化学物質に指定された物質の数であります。毎年だんだん増えてきているわけですけれども、そういったものの中で意外とオーガノハロゲン(有機ハロゲン系)のものの割合が多い。しかも有機塩素系のものに加えて、ピンクの色が有機フッ素系の物質なのですけれども、実は有機フッ素が毒性面でひっかかってくる数としては多いということが特徴かと思います。
 化学物質の中で、いろいろな有機ハロゲン系の物質というのは、人間がつくっているだけではなくて、生物も随分つくっていて、既に三千数百種類ぐらい有機ハロゲン化合物というのは、自然起源のものが知られております。そのうちの半数以上が大体有機塩素系なのですけれども、そういったものの中では有機フッ素というのは非常に少ない。いまだにまだ十数個しか見つかっておりません。フッ素と炭素の結合というのは、非常に強い結合でして、生物にとっても、この結合をつくるのは非常に大変だということを表していると思うのですけれども、逆に言いますと、これまでの生物の長い歴史の中で、有機フッ素系の物質というのはほとんど扱ってこなかった。それが、最近、人間がどんどん作ってきているというような状況の中で、もしかすると、生物というものは、こういったものに対する毒性をうまく処理の仕方を持っていないのではないかというのが懸念されるというような気がいたします。
 ちょっと全然、バックキャストどころかフォーキャストにもなっていなくて本当に恥ずかしいのですけれども、化学物質の利用の今後の推移みたいなものは、恐らく化学物質の方から見るというのはなかなか難しくて、実際には循環型社会をつくっていく、あるいは脱温暖化社会を目指す中で、あるいは資源が足りなくなっていく中で、どういうものが使われて、どんなふうになっていくのか決まっていくのだろう。そういう中で、化学物質の使い方に関する管理の仕方も考えていかなければいけないのだと思うのですけれども、すごく大ざっぱな見通しを立ててみると、例えば、先ほどもお話がありましたように、資源としてのいろいろな材料に相当する鉱物資源を含めたいろいろな資源が減少して、枯渇していく。そういったものの中で、昔に戻って、なかなか耐久性の高いものを長く使っていく、あるいはリユース、リサイクルを進めていく、あるいは希少元素をなるべくマイナー、あるいはメジャー元素で置きかえていくような努力というものが起こっていくのだろうというふうに思います。
 それから、エネルギー生産についても、だんだんエネルギー資源が枯渇していく中で効率が向上していく。そのための化学物質の使用、界面活性をもっているもの、潤滑作用を持っているものといったような化学物質の使用というものが、多分進むのではないかということが考えられますし、当然、食料生産は非常に重要でありますので、農薬や肥料への依存というものは、恐らく相変わらず起こるだろう。それから、安心・安全の社会構築という意味では、医薬品や抗菌剤など、あるいはいろいろな機能性を持ったような物質の使用というものが、これからますます盛んになってくるのではないかというふうに思います。
 そういったことを考えていくと、耐久性、安全性、機能性の高いものを、今後生かしていくということになると思うのですが、耐久性が環境残留性につながらないようにしなければいけないし、化学物質としての残留性に、どうしてもそこにぶつかるところがございます。それから、残留性を持っている物質の中に、これまでもいろいろと化学物質の、特に生体の化学物質情報伝達システムを撹乱するものが見つかってきている。それをどうやって見つけて避けていくのかという問題があるかと思います。
 それから、製品の機能を上げていくという意味では、表面の処理、あるいは難燃性などの問題があるわけですけれども、そういったものの中で、一方で、それはそういったものを混ぜてしまうと、今度はリサイクルがなかなか難しくなってくという問題もあり得ますし、それから、表面だけにそういう物質が入ってきたときに、それが例えば毒性として評価しきれるのかどうかという問題も入ってくるかと思います。
 基本的には、大きな流れとしては、恐らく環境に出さないというような流れの中で、それから社会全体としては、恐らく3Rの方向に向かう、あるいは脱温暖化の方向に向かう流れの中で、化学物質の使用もどんどん変わってくるのだろうと思うのですけれども、そういったものの中で、我々、少なくとも研究者から見ると、特に局所的な使用、表面だけの使用とか、だんだん局所、微小な使用になっていくだろうということを考えたときに、全体としては使用量が減っていくという方向になると思うのですけれども、その一方で、非常に機能性を持った物質が、非常に局所的に使われたときに、それの環境影響、生物影響をどううまく評価できるのかというところについては、研究側も、また社会システムの方についても、さらに工夫が必要ではないかというふうに考えます。
 雑駁な話で恐縮ですけれども、以上でございます。

○安井座長 ありがとうございました。
 それでは、何かご質問等ございませんでしょうか。どうぞ、明日香先生。

○明日香検討員 ありがとうございました。2つありまして、1つ目はご専門の方のご意見をお伺いしたいのですが、よく、化学物質の話で出てくるのが、リスクの大きさの比較、予防原則とか、そこら辺とも絡むと思うのですが、あと、DDTの場合はマラリアに効くから別にいいんだとか、そういう話もあると思うのですけれども、そこら辺は、今、どういうふうに考えようとなっているのかというのと、あともう一つは、POPsの話でLRTAP、ヨーロッパのEUの影響、大気汚染物質条約だと思うのですが、あれにPOPsが入っていて、あれに中国も入れるべきだとEUの人が言っているのは聞いたことがあるのですが、実際そういう動きなり、それを例えば日本が後押しするとか、そういう可能性があるのか。あと、日本で東アジア酸性雨モニタリングネットワークがありますので、それにPOPsみたいなものを入れるとか、もちろん環境省マターになるとは思うのですが、そういう動きなり、その可能性、政治的なものも入ってくると思うのですが、何かご意見なりお考えがあれば教えていただければと思うのですが。

○柴田検討員 ありがとうございます。実は、お配りした資料のほかにもう1枚用意して、そちらの方にはコストとリスクとベネフィットの問題をどう扱うのかという、多分問題があるだろうというディスカッションがもしあれば、ということで書いたのですが、私自身は全然それに対する答えを持っておりませんで、むしろ安井先生の方からその辺についてはコメントいただければと思うのですけれども、基本的にはそこを考えなければいけないのは間違いないと。化学物質の場合、非常に難しいのは、代替が本当にあるのかないのかという議論がいつも起こると思うのです。
 先ほど、例で挙げられましたDDTについても、実は、今現在はコストまで考えたときにDDTの有効性を凌駕するものはないというので、しばらくDDTにいては適用除外ということで、マラリアの防御については使うことができる。南アフリカが先進的にDDTを廃絶しようという試みを1回やっています。彼らはDDTを先立って廃絶して、かわりにピレスリン系の農薬を使ってコントロールしようしたのですけれども、DDTの使用をやめてピレスリンに切りかえた瞬間に、マラリアの死亡率が残念ながら上がってしまって、3年間ほど続けたがどうしてもコントロールできなくて、結局DDTの使用に戻ってしまったという経緯が実はございます。
 今、代替の農薬開発については、それはそれでいろいろと研究が進んでいるのですけれども、なかなかコストまで考えたときに、うまく有効利用ができるものというのがないというのが、おっしゃるとおり実情でして、そこはそういう研究をしなければいけない。
 その一方で、オゾン層の破壊の問題のときに、最初はフロンの代替物はないという話だったのだけれども、いざそうなると、やればできるというところも出てきた、というところがあって、なかなかそこは難しいと思うのです。代替が本当にないのかどうかの議論というのは、いつも難しい。おっしゃるとおりで、コストとベネフィットとリスクの問題をきちんと考えていかなければいけないのは確かだというのが、まず1点だと思います。
 それから、POPs条約に関しては、実際にロングレンジトランスポート(長距離輸送)に関するヨーロッパ域内の条約が、POPs条約の出発のもとになっているのは確かでございまして、ただ、中国はPOPs条約、ストックフォルム条約に参加するための取組みを進めております。いろいろとお金をもらいながら、今、NIPと呼ばれている条約に参加するためにつくらなければいけない書類の作成を進めておりまして、もしかすると、もう中国はもう入っていたかもしれません。私は、正確に覚えていないのですが、入っているか、入る直前の準備をしているか、どちらかの状態だと思っています(追記:すでに締約国になっていました)。
 こういったものについては、今、世界的にモニタリングに関して、いろいろな条約ができ上がっておりますので、条約に関連していろいろな動きがございまして、例えばモニタリングについても、今、条約の中にモニタリングデータを使って、POPs条約の有効性を評価しようという条文が書き込まれていて、2009年に開催予定のCOP−4(第4回締約国会議)からスタートするということで、今、世界的にそのためのモニタリングネットワークを立ち上げるとともに、世界各国のモニタリングデータの基礎データをとろうというふうな動きがございます。
 それから、今申し上げたように代替物質の開発を始めておりますし、新しいPOPsの候補物質についての議論が進んでいるということで、一応化学物質の取組みの全体の枠組みの中で、まず残留性の高いものに対しての取組みを進めていこうというふうになっているわけですけれども、その一方で、先ほど申し上げたように、厳密にはPOPsの定義に入らないような物質でも、やはり大きな問題を抱えている化学物質があり得るのではないかということで、そのあたりについては、多分、今後の大きな課題ではないかなというふうに思っています。安井先生、むしろコメントいただければと思うのですが。

○安井座長 リスクの点はなかなか難しい問題があるのですけれども、日本のような状況ですと、粛々といろいろと話が進んできていて、さっきのピーホスPFOSの話みたいに、ピーホスPFOSも、いわゆるスコッチガードで随分我々使ってしまったわけです。ただ、3Mは従業員の血中濃度をはかってみて、どうしても何か残留性があるみたいなので、どうもヤバそうだというので生産をやめた。売上が年間で随分あったのですけれども、それをやめたというような話があって、先進国側は割合と、工業会も予防減速的な発想をし始めているので、気がつけば何とかなるというレベルにはなってきたかなという認識です。
 ただ、先ほどの神栖の話みたいに、だれも気がつかないうちに、そのようなことが起きて、あれはもともとは、私に言わせると不法投棄問題であって、正規の生産活動ではないような部分のリスク、それから不法にかかわるようなリスク、ミスにかかわるようなリスク、いろいろなことは、多分これからは日本でもまだまだあるだろうとけれども、絶対的な大きさとしては、日本みたいに非常にいろいろなリスクが下がってきている状況でも、例えば本当にリスクの話は難しい。私もどうしようかと、今、考えてはおりますけれども、例えばたばこみたいなものを許容していると、ほかの化学物質のリスクは余り真剣に議論してもしようがないというレベルではあるのです。特に若い女性がたばこを吸うということ自身を許容しておいて、そのほかの化学物質の議論をしても、ほんと、どうしようもないという感じのレベルには明らかに下がっているのです

○明日香検討員 コーヒーはどうですか。(笑い)

〇安井座長 コーヒーもそうですね。発がん物質として、普通に我々が飲んでいるものの中ではコーヒーは高い方でしょうね。コーヒーの次あたりにレタスとか、そのようなものが来るのですけれども、いずれにしても高い方だと思いますね。アルコールよりはコーヒーの方が低いかもしれませんけれども、そんなような状況にはなっているので、リスクというのを本当にどう考えるかというのはなかなか難しい問題です。私も答えはないのですが、少なくとも将来リスクをどうしたいという問を皆さんに問いかけた方がいいかなと思っています。年間、交通事故ですと8,000人ぐらい死んでいる。死んでいながら割合と平然とリスクは放置されている。あるいは場合によると経済的状況が悪いせいか、自殺者が3万人も出ても、それもまた放置されている。他方でBSEみたいに、私に言わせると、幾ら多くでも1,000年に1人しか死なないリスクをあれだけ問題にするというのは、リスクの関連からいえばおかしいのではないのかと。別におかしいからやめろ、というわけではないのだけれども、将来、一般の方々に伺って、「どういうリスクで死にたくないですか」とサービスとして聞くべきではないか、それはあってもいいかなとは思っているのですね。だから、BSEで死ぬのは絶対嫌だといえば、それはそれでもいいのかなという気がしているわけではあります。
 これは私の柴田さんに対する質問でもあるのですけれども、化学物質に関しては、マネジメントの方法を、今、例えばリーチみたいな方向に、我々振ろうとしていますよね。要するに、今までネガティブで、これはだめ、これだめ、という格好で、これをPOPsに入れる、入れないという議論でやってきたのを、今度はここからここまでというか、全部使ってはだめ、何も使ってはだめ、これとこれだけは許すという、そういう方向に切りかえることによって、恐らくリスクはうまくやれば減るのでしょうね。どうでしょうか、柴田さん。

〇柴田検討員 リスクの議論は先生にお任せしたいと思いますが、確かにおっしゃるとおりで、考え方としては、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、毒性が実はよくわかっていない、十分につかみ切れていないけれども、とりあえず大丈夫だろうという感じで使っていたものが、後で問題になるケースも結構ございます。そういう意味では、逆にここまでは多分間違いなく大丈夫だろうという方に絞ってしまうというのは、1つの非常に大きな考え方の発想の転換で、それは安全性から考えると、リスクを減らす方向には間違いなく行くだろうというふうには思っております。それが社会的に許容されるのであれば、それは1つのいいやり方だろうというふうに思いますが、その辺は最後は自由競争の社会との関係でもって、どういうところにバランスが落ちつくかという話になるかと思いますけれども。

○安井座長 ありがとうございました。長くしゃべり過ぎましたので、どなたかご質問、どうぞ、原沢先生。

〇原沢検討員 最後の方で、化学物質は、今後ともいろいろな分野に使われていくだろうということで、どんどん増えていくと思うのです。その中で、例えば医薬品みたいものの割合がかなり多いかどうかというのを1つお聞きしたいのと、薬品開発の場合には抗がん剤とか、そういう人間の福祉にとって非常に役に立つ化学物質というイメージがあるのですが、一方、感染症(新興感染症、再興対抗感染症)で薬剤耐性みたいなものができてきて、そういった感染症みたいなものは環境ビジョンの中では、余り大きな障害にはなってこないと思うのですけれども、薬剤化学物質の開発と人間の福祉というような面と、感染症の耐性菌みたいな、その辺の考え方というのはどう考えたらよいか、お聞きしたいと思います。

〇柴田検討員 すごく難しいご質問だと思います。先ほどちょっと医薬品を挙げたのは、確かにそういうところが問題だろうということを非常に意識しながら、あえて踏み込まずに名前だけ挙げてお終いにしたのですけれども、多分ご指摘いただいたとおりで、もちろん医薬品の開発においては、少なくとも人間に対する毒性は非常に丁寧に見られますので、直接的な人間に対する影響というものは余り考えていないわけですけれども、例えば使われた、特に家庭で使われたものが、そのまま排水として流れて一般環境に出ていくようなケースと、特に畜産業とか、そういったほかの分野で使われたものが、環境中に出ていくケースというのは問題かなという気はしております。
 もう一つは、今おっしゃったとおりで、感染症の問題、特に薬剤耐性の問題、これは農薬も全く同じでございまして、農薬の場合にも耐性が出てきて、また次のものを作っていかなければいけない、ある種の“いたちごっこ”がどんどん起こってきているわけです。それがどこまで行くのかということに関しては、私も全く見通しを持っておりません。今のところ、それは逆にいえばビジネスになっているわけですけれども、このまま行くとどうなるのかということに関する見通しというのは、なかなか難しくて、考え方を、どこかで発想を切りかえないと立ち行きがなくなる可能性は十分あるだろうというふうには思っております。
 全然お答えになっていないと思います。

○安井座長 川島先生、何かありませんか。 農薬に関して。その辺の話もそうですし、また柴田さんに私も伺いたいところがあるのですけれども、最近、化学物質ともう一つ50年を見るかどうかは別として、2050年までに考えておかなければいけないのは、恐らく人間側が変わっているということです。要するに、人間側が多分1960年ぐらいまでは自然淘汰というのが行われていて、それで何かある種の特殊な遺伝子を持った人が、この世の中に生きられないような状況だったのですけれども、日本は、今、どんな人間でも生きられる社会になってきていて、そうなってくると、本当に感受性が多様化していると同時に、それから特異な感受性を持っている人もいる。そういう面での人間側を見る目も、多分変えていかないと、恐らく化学物質の管理はできないかな、という気がしているのですが、何かそのあたりは見通し、ありますでしょうか。

〇柴田検討員 見通しといわれても難しいですけれども、確かに研究として、特に健康系の方の研究テーマを見ていると、最近は、高感受性というのが非常に大きなキーワードになってきていて、そういう特定の感受性の高いような実験動物、モデル動物、例えば非常にアトピーになりやすい動物を一生懸命つくってみて、それを実際に化学物質で調べていくというようなことが研究のテーマになっているなという印象を持っています。
 ただ、それを実際に人間の社会の安全・安心社会をつくっていくためのシステムとして、どういうふうにつくっていくのかというところは、多分、非常に今後の大きな課題であろうと思います。その程度しか申し上げられません。

〇安井座長 ほかに何かございませんか。森口さん、どうぞ。

〇森口検討員 これも何度もいろいろなところで議論した話だと思いますが、化学物質というネーミングですね。これも何度も安井先生ともどこかでお話ししたような気がするのですが、どちらかというと、特に国民の意識というか、つまり環境問題のコンテクストでいうと、合成有機化合物みたいなものが、よく議論になることが多くて、今の例えば人間の側も変わっていくというような話とか、過敏症みたいな話も、どうも基本的な文脈としてはそういう類いの、いわゆる化学物質を対象にした議論が多いのだと思うのですけれども、依然として、そこが将来、2050年に向けても重要な問題、それ意外のところというのは余り触る必要がなさそうなのかどうか。
 例えばアスベストみたいな問題は、アスベストは化学物質なのかどうなのか、これも議論すれば尽きない話かと思うのですが、ああいう問題はどっちかといえば過去の問題なので、たまたまリスクの大きさに対するプライオリティは間違ったかもしれないけれども、今後またそういうことが起きることは余りないのかもしれない。ただ、人がつくり出した合成化学物質というところに中心を置いていくというアプローチで間違いがないのかどうか、さっき安井先生がおっしゃった人の方が変わっていったときでも、それが依然として中心になるのかどうかという点で、ある種の研究分野でやると、物質の種類の方から、我々はどうしてもアプローチしてしまうところがあるので、そこのところのある種の視点の偏りみたいなものが起きないかどうかということを、ちょっと伺いたいのです。

〇柴田検討員 それも大変難しいご質問だと思うのです。多分1つのアプローチは、特に今、ジーン(DNA)チップがどんどん進んできて、遺伝子側で逆にある種の包括的というか、網羅的な形での検査ができるようになりつつあるというところはあるかと思います。要するに、物質として見ていくという我々のような分析屋の方のタイプの研究のほかに、一方で生物のイフェクト側から見ていくと、もちろんこれは今でも言われているわけですけれども、それは少しシステマティックにやるようなシステムが、少しずつできつつあるのだろうなという感じはしていまして、もちろんジーンチップでも遺伝子の動きしか見えないわけですから、いわゆるジェノミクスとプロテオミクスもあるし、メタボロミクスもあるしと、いろいろな包括的な物の見方が少しずつ、今、進みつつあるので、そういった生物のイフェクトを見ていくという側も、ある意味では、今、どんどん進んできている。そこのところで両方がうまくお互いに早期発見につながっていくようなシステムをつくっていくというのが、多分1つの大きなポイントだろうと思います。
 それから、もちろん、今、研究としてはナノ粒子が細胞膜を通過して中に入ってしまっている問題をどういうふうに考えていけばいいかというところは、まさに我々がまだ評価ができないところとしてあるわけで、研究としてはある。ただし、それがリスクとして大きいのかどうかは、まだ全然わからないというのが多分実情だろうというふうに思います。
 おっしゃるとおりで、僕らの方もだんだん、実は、今、人工化学物質だけではなくて、生物がつくっている、あるいは自然起源でできているようなものについても、実はちょっと一緒に見ていこうとしているのですけれども。例えば今の、いわゆる光化学スモッグがなかなか減らない。最近は逆に増えているのではないかという議論もあって、それはどうも人間がつくっているものが、最終的には相変わらず人間がつくったNOxのようなものが関係しているんだろうと思っているわけですけれども、それは長距離移動している過程で、自然起源の化学物質の反応みたいなものも入ってくるのだろうということで、化学物質の人間のつくっている側だけを見ていてもだめなのではないかという議論が少しずつあると思います。それは我々、少なくともどっちが大事とか、どこをどうすればいいということに関してしっかりした考え方を持てていないのではないかなと思っています。

○安井座長 ありがとうございました。
 ただ、確かに研究のネタはまさに幾らでもあると、研究のネタは尽きないのだけれども、本当にどのぐらいのリスクなのかという、さっきの明日香先生みたいな話をまじめに問うと、ほかのリスクの方が、圧倒的に大きいと思うのです。だから、その辺は全体的な認識として、とにかく恐らく、今のレベルより悪くしないというぐらいのところに、50年ぐらいのスコープでは話を持っていく、場合によっては人間側の変化を考えても、例えば今よりも、やや厳し目にいくぐらいの合意ぐらいでいいのではないかなという気がしているのですけれども。少し違うとおっしゃる方も多いかもしれませんけれども、それが次回、あるいは次々回になるかもわかりませんけれども、どんなバウンダリーコンディションでこの50年先を考えるか、化学物質のリスク管理はどうあるべきかという話ですけれども。合宿あたりでご意見をいただければと思う次第でございます。
 また前回と同じで、ちょうど時間が半分過ぎてしまいましたので、ここで10分間ぐらい休憩させていただきたいと思います。どうもありがとうございました。それでは、また10分後に。

午後 3時25分 休憩

午後 3時35分 再開

○安井座長 あとお2人ほどお戻になりませんけれども、時間も無駄でございますので、それではそろそろ始めさせていただきたいと思います。
 それでは、持続可能な福祉社会ということで、広井先生にお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

〇広井検討員 それでは、私の方から簡潔に発表させていただければと思いますが、私の話は多少通常の環境の議論からすると、若干異質な要素を含むような切り口からの話で、果たして十分なものか心もとないものでございますけれども、主として社会保障とか、そういった関連を中心にざっとお話をさせていただければと思います。発表としましては、前半で幾つかのポイントとなるような事実関係を確認させていただきまして、後半で若干、私見が含まれますけれども、今後の方向性ということでお話をさせていただきければと思います。
 前提となる事実関係方ですが、4点ぐらいの流れでお話をさせていただければと思います。ただ、最初の人口関係は、後で若林先生のところでご専門の話がございますので、触れるという程度にとどめさせていただければと思います。これは、まず、もう言わずもがなといいますか、日本の総人口が昨年から、それまでの推計よりは一、二年早く減少社会に入ったということで、先進諸国の中で最も早く人口減少社会に入る。これまでの明治の初め以降といいますか、初めて迎える新しい事態ということで、さまざまな形で社会システムのあり方に影響を及ぼす要因ということであるかと思います。
 国レベルではそのようなわけですが、既に都道府県とか市町村ベースで見ると、当然のことながら、既に人口が減少していた県というのがあるわけでありまして、それが徐々に増えて、やがては、すべての県で人口が減るというような、そういう状況になっていくということでございます。
 これも今、しきりに議論されている点でございますが、出生率ということで、ここは一昨年の数字ですが、去年2005年は1.25まで下がったということで、先進諸国の中ではイタリアとかドイツあたりと並んで、さらに東アジアが低い国がいろいろあるわけですが、いずれにしても概して出生率低下少子化ということで、政策対応も含めていろいろ議論になっているわけでございます。その政策対応の話は後でまた戻りたいと思います。
 あわせて高齢化、これも言うまでもないことでありまして、フロントランナーというようなことで、イタリア、スペインあたりと、いうならば“抜きつ抜かれつ”というような形で2050年にかけて高齢化のほぼ1位か2位、3位あたりを前後しながら、歩んでいく、進んでいくというような状況で、これまた、いろいろなところに影響を及ぼす事象であるわけでございます。
 それに伴いまして、経済的にはといいますか、社会保障というのが急激に増えているわけで、その推移でありますが、2003年度、確定値としては直近のもので85兆円、現在は90兆円を超えているような状況ですが、GDP500兆に対しても相当な莫大な、と言える規模になっておりますし、大まかな流れとしては、最初に医療が比較的比重が大きかったのですが、高齢化ということもあって、途中から年金の比重が大きくなりまして、現在では、後でも整理しますように、年金が社会保障全体の55%ぐらいに近い、半分以上を占めているといような状況。福祉その他というのは、介護とか保育とか、そういったことでございます。これは厚生労働省の方で出している将来見通しということで、また、2050年のフォアキャストとか、バックキャストというようなあたりで、1つの要素にもなるかと思いますけれども、いずれにしても着実に増加している。それをどうやって負担し合っていくかということが課題になるということでございます。
 ちょっと視点を変えて、社会保障というのが国際的に見てどういうふうな傾向があるかということでございますが、この図をざっとごらんいただければわかりますように、大体ヨーロッパグループが比較的社会保障は福祉国家ということで、北欧がよく取り上げられていますけれども、北欧と並んでフランス、ドイツといった大陸ヨーロッパもかなり高水準で、ヨーロッパの中ではアングロサクソンのイギリスが一番低いわけですけれども、概してヨーロッパグループは社会保障が厚い。
 それに対して日本とアメリカが、この面ではよく似ていまして、社会保障給付が低いグループに先進諸国の中では分けられるという状況でございます。
 ちょっと整理しますと、日本の社会保障というのは、3点ぐらいで整理いたしますと、まず規模の面では、今、申しましたように先進諸国の中で、アメリカと並んで低い。なぜ低いかということが疑問として浮かびますし、さらに言うと、低い割に、後の話と関係しますが、最近までは比較的平等な社会が実現していたのはなぜかということになるわけですが、大きく2つぐらいあるかと思います。
 1つは、よく指摘されることでございますけれども、会社や家族が終身雇用とか、介護とか、そういったさまざまな面で社会保障を代替する機能を果たしてきた。それから、後で触れますけれども、公共事業などが雇用保障といった社会保障的な機能を果たしてきた。そういうことで社会保障それ自体が比較的低かったということがあります。
 それから、内容的な特徴としては、先ほども触れましたように、年金の比重が大きくて、福祉介護とか、保育とか、障害とか、そういった比重が小さいという特徴があります。実際、例えば社会保障給付費のうち、年金とか、高齢物医療、介護とか含めて、高齢者関係が約7割を占めるのに対して、家族や子供関係は3%というようなぐあいに、全体としてやや高齢者関係に偏った構造になっているのではないかということが、最近よく指摘もされるようになっております。財源的には保険と税というのが、かなり入り混じった複雑な構造になっているというような特徴が指摘されます。
 関連するものとして、子供ということとの関連で、公的教育資質というのも、日本はやや意外に感じるかもしれませんけれども、OECD諸国の中では、最も低いグループに入っておりまして、こういった、さっきの社会保障との関連でいえば、機会の平等といいますか、それを実現するという意味では、こういったあたりも、社会のビジョンと並んで考えていくべき重要な点の1つになっているかと思います。
 これはよく言われますように、それに対して公共事業がかなり、最近の改革の中で大きく着実にといいますか、減少しているとはいえ、まだ比較的規模が大きいという状況がございます。
 これは先ほどの公共事業と社会保障の関係ということに触れたこととの関連ですが、公共事業型社会保障という、やや奇妙なといいますか、名前をつけています。この図はどういうことかといいますと、左の方の図は、いずれも横軸が1人当たり県民所得で、縦軸が1人当たりの公共事業の額なわけですが、50年代ごろ前後は、必ずしもこの両者、縦と横の軸に明確な相関関係というものがそれほどなかった。それが、さかのぼれば70年代ごろから、負の相関関係、つまり1人当たり県民所得が低い、そういう意味でいえば貧しい県に公共事業が優先的に行われるという傾向が非常に強くなってきて、つまり公共事業が事業そのものの必要性ということもさることながら、それ以上に所得再分配機能のために発動されるという面が強くなってきた。これが先ほどの公共事業と社会保障の、ある意味では負の連環といいますか、そういうことの背景になっているということでございます。
 続きまして、以上の関係で、所得格差ということが非常に世の中で議論になっているわけですが、この図は、私の資料が見づらくて恐縮ですが、年次推移、ジニ係数と呼ばれる、ゼロから1で、大きければ所得格差が大きくて、ゼロに近ければ小さいという、最近よく引用される係数でございます。大きくいえば、これは年次推移ですけれども、上の方が当初所得で、本来の所得で、それから税金や社会保障を引かれたといいますか、再分配された後の所得のジニ係数格差が一番下の線で示されているわけですが、大きな傾向としては、80年代後半あたりから、それほど大きいとは言えないにしろ、着実にといいますか、このジニ係数が上昇している、増加している傾向が生じているということでございます。ただ、これについては、その原因とか、要因について、高齢化の要因が大きいのではないかとか、さまざまな議論が活発に行われているというのが現状であろうかと思います。
 あと、国際比較をしますと、大かた傾向としまして、途上国は概してジニ係数が大きくて、先進国の中ではアメリカが最も多い部類で、それから逆に、さっきの社会保障と関連してきますけれども、北欧あたりが非常に所得の平等度が高くて、日本はイギリスと北欧の中間ぐらいの、大陸、ヨーロッパ並みのジニ係数だったのが、近年は先ほど申しましたように、徐々に上昇してきている中で、むしろイギリスあたりに近づいて、今後、さらにどうなっていくかというあたりが、1つ議論なり検討すべき点ということになっています。
 今申ししたこととの関連で、最近のOECDの報告書で、これは横軸がそういった労働年齢人口に対する社会的資質、いわゆる社会保障の公的な資質で、縦軸が貧困率。貧困率というのは総体的な指標で、いわゆる所得の平均値の半分より下の層がどれぐらいの割合を占めているかという、総体的なものであることにご留意いただければと思いますけれども、そういったことを見た場合に、社会保障資質と貧困率とが、かなり負の相関と関連しているということで、また、日本、アメリカ、メキシコ、トルコあたりが、最も社会資質が小さくて総体的貧困率が高いグループになっているという、このOECDの報告書が昨年出されまして、かなり議論の対象にもなったというようなものでございます。
 以上の話を整理いたしますと、戦後日本の再分配政策ということで見ますと、大きな4つぐらいの時期に分けられるのではないかと思うのですが、終戦直後は、今振り返ると非常に強力な機会の平等政策がとられたと言えるのではないか。特に農地改革を通じた土地の再分配、これはかりラディカルな改革でありましたし、それから新制中学の義務化といった教育の機会の平等、それから、次に70年代ぐらいまでは、先ほど言いました公共事業に似たような形で、生産部門を通じた再分配ということで、社会保障を通じてというよりは、農業補助金で都市から農村への再分配、それから地方交付税交付金の中央と地方といいますか、かなり大きな再分配、それから産業政策を通じた再分配という具合に、いわば生産部門の内部で再分配が行われて調整を行っていた。
  それが70年代以降は、一方で公共事業への依存が高まるとともに、高齢者を中心に社会保障による再分配が徐々に大きくなって、近年新しい傾向として、市場経済化の推進と、そのプラス、マイナスの起結ということで来ているというような状況かと思います。
 そういったことに伴いまして、失業率についても、総体的にはまだ先進諸国の中でこれは低い方であります。失業率というと、高齢者をイメージする面もありますけれども、現在では若年者が最も失業率が高いというような状況で、このあたりは、最近また景気回復もあって改善の兆しがございますけれども、1つの課題として残されている。
 他方で、労働時間に関する指標はいろいろございますけれども、例えば週50時間以上働く者の割合ということで、ILOが1年前に出した調査ですと、日本がこういったあたりがかなり相当飛び抜けてというか、大きい部類に入っているということで、ここらあたりもライフスタイルということとも関係しますけれども、これからどのような方向を目指していくのか。
 以上、非常に大ざっぱにまとめますと、これまでの50年というのは、高い経済成長と需要拡大を前提とし、新卒を新規成長分野に吸収しつつ、生産部門内部の再分配で、先ほどいいましたように調整を行って、それがそれなりにうまく機能していた。成長がすべてを解決するという発想と、生産部門を通じた生活保障と再分配、それがこれからの50年という意味では、私見が入りますけれども、成長による解決という発想や、生産主義的趣向といいますか、それをやや総体化して、富の分配や負担の問題を一方で直視していく必要があるのではないかということでございます。
 残るところは極めて大まかに、今後の方向性ということで、私見を交えてお話しさせていただければと思います。基本的な方向性ということで、非常に単純化すると、2つ対立軸があるのではないか。1つは、今日お話ししておりますような社会保障関係の対立軸で、単純にいえば高福祉高負担的な社会を目指すのか、低福祉低負担型の小さな政府的な社会を目指すのか。第2の対立軸が、環境関連で、これもあえて単純化すれば、成長志向か環境定常志向かというような、もちろん二者択一では決してございませんけれども、概念的にこのような……。前者の第1の対立軸というのは、言うならば富の分配をどうするかという話で、福祉や社会保障の話、後者は富の経済活動の総量をどうするか、規模をどういうふうにするかということだと思います。
 これは、やや大ざっぱにまとめたものでございますけれども、対立軸からの選択ということで、アメリカなどは、非常に強い成長志向と小さな政府という志向が非常に強い社会モデルというような感じで、ヨーロッパもその中で非常に多様性は含みつつも、全体として対比すれば、環境志向と総体的に大きな政府、高福祉高負担型の社会保障みたいになっている。
 私見を申せば、日本はこれまで非常にアメリカの影響が大きかったと思いますけれども、少しヨーロッパ型の社会モデルといいますか、それも視野に入れていくべきではないかというのが私見でございますが、このあたりは非常に議論が、評価がいろいろ分かれるところかと思います。
 さらに、今単純化しましたけれども、これは、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、横軸が第1の対立、大きな政府か小さな政府か、縦軸が成長志向か環境志向かの対立軸で、従来、特にヨーロッパ、アメリカの政権交代とか、二大政党制というのは、大体左と右の対立軸といいますか、比較的大きな政府型の政策か、小さな政府的なものかで交代していったわけです。しかし、従来はいずれも成長志向ということで、ほぼある意味では共通していた。それがだんだん縦軸が非常に重要になってくる中で、いうならば左右の振幅の幅のようなものが、むしろ総体的に小さくなって、縦軸が非常に浮かび上がってきて、そういった中で単純な大きな政府でも小さな政府でもない、持続可能な福祉社会というのは、例えばイメージのものがどのような形で構想し得るかということが基本論としてあるかと思います。
 そういったことを考えていきますと、環境と福祉の統合というようなことが、これから重要になってくるのではないかということで、持続可能な福祉社会という言葉を、ひとつここで記させていただいております。環境というのは、先ほど言いましたように、あえて単純化すれば、富の総量にかかわる主として課題で、福祉というのは分配をどうするかという話であるわけですが、両者は当然不可分に結びついているものでありますので、環境と福祉、あるいは環境と社会という議論が、最近非常に活発になっているかと思いますけれども、統合したモデルが必要ではないか。持続可能な福祉社会というのは、そういう個人の生活保障や、分配の構成が実現されつつ、それが環境とも両立しながらサステイナブルであるということで、これをローカル、ナショナル、グローバルで考えていく。
 環境と福祉の統合というのを少し具体的なレベルで考えていきますと、これは既にさまざまな先例があって、ナショナルレベルでは、ドイツが1999年に行ったエコロジー税制改革、既にデンマークやオランダが同様の政策を90年代で行っていますけれども、環境税を導入するのを、それを社会保障に充てて、その分、社会保険料を引き下げて、企業にとっての負担増をゼロに、税制中立に、プラス・マイナス・ゼロにする。趣旨としては環境への負荷を抑えながら、福祉の充実や国際競争力を実現していく。さらにその背景にある考え方としては、労働への課税から資源消費への課税にシフトして、労働生産性よりも資源効率性によりインセンティブが働くような税制にしていくということでございます。
 その他、ベーシックインカムとか、労働時間の問題、1.5モデルというのはオランダで言われてきたことで、トータルの労働時間を減らしながら、それを賃金労働以外の時間に振り充てて、より望ましい生活の質を実現するという、そういった理念。このあたりは、今の1.5モデルを単純に整理したもので、要するに労働時間がトータルとして減るとともに、男女の分担がフレックス、多様化していくということですけれども、このあたりはライフスタイルということで、どのように考えていくか、環境と労働の問題との係わりということになる。
 その他、ローカルレベル、グローバルレベル、リージョナルのレベル、それぞれのレベルで環境のトータルの総量の話と、分配の問題をどのように統合していくかということが課題かと思います。
 最後は、全くの私見でございますけれども、大まかなイメージとしては、ある主、定常化といいますか、市場経済がほぼ飽和して、それを超える領域といいますか、NPOとかいろいろな賃金貨幣経済では評価できないような、いろいろな活動がより展開していくようなことが予測されるのではないか。
 そういう中で、これは最後でございますが、これもまた別の角度からのものでございますけれども、社会システムという点で考えると、公共私の役割分担、共同体、共の部分がもともとあったのが、近代社会、市場経済の社会では公と私ということに、役割分担が分かれていったのが、最近いろいろな形で新しいコミュニティというような形で言われて、しかも公共私というものが融合連携していくような、そのあたりのデザインをどのように考えていくかというあたりが、社会システムの面からは課題になっていくかと思います。
 以上、雑駁でございますけれども終わります。

○安井座長 大変ありがとうございました。
 いろいろと議論のネタを提供してくださったような気がいたしますが、どなたか、ございませんか。だれかアイスブレーカーが必要ですけれども、では私がご質問しましょうか。
 少し個別論で恐縮でございますが、2つの軸の話が出て参りまして、13ページの上の対立軸の話ですけれども、成長志向と環境志向、それから大きな政府・小さな政府というのが、今ここですと、直行状態、直行座標をとっているように思います。私はこれは数学的に直行していないのじゃないかと思っているのですけれども、そのあたり、いかがですかね。

○広井検討員 2つの軸が直行していない、ということは、どのようなことでしょうか。

○安井座長 要するに、環境志向というものをやると、大きな政府にならざるを得ないではないか、ということです。

○広井検討員 そこは、私も十分整理し切れていません。先ほどアメリカとヨーロッパで対比したときに、環境志向と大きな政府との結びつき、小さな政府と成長志向の結びつき、そういう組み合わせになることが生じやすいということはあると思うのですが、論理的にといいますか、必ずそういう結びつきになるのか、それとも、一応単純化すれば4つの選択があり得るのかというあたりが、まだ整理し切れていないので、ひとまず独立した軸にしたというところでございます。

○安井座長 ほかに何かございませんか。川島先生。

○川島検討員 ブレーキング的な大ざっぱな質問ですけれども、私、世界の食料というようなタッチで研究をしているのですけれども、ヨーロッパとアメリカという図式が出てきました。そうして見ると、アメリカはかなり移民の国で特殊な国、これは後で若林先生から人口のことでもあるかもしれませんが、ヨーロッパというのは、EUが統合して4億で、恐らくウラル山脈から西の部分のロシアを含めると5億の経済圏があって、あの中で食べ物もかなり完結しているのです。ところが日本は食料需給率も非常に低くて、外に開放しているし、それから、日本と文化をどこまで共有しているのかわからないですけれども、大ざっぱにアジアというところに私たちがあるとすると、仲間とする東アジア、それからもう少し広げればインドのあたりまであるかもしれないのですけれども、ここが極めて成長過程にあります。先ほどヨーロッパ型にとっていくのがいいのではないかというご意見もあったのですが、私は次の50年くらいを考えると、すごくそこでの競争みたいなのが激しく起きてきてしまって、現在、日本で格差社会が起きるというのも、日本で非常にコストのかかるいろいろな制度を導入していくと産業が外に逃げてしまうという、非常に似たような韓国とか、台湾とか、中国の沿岸部にいる人たちは、私たちと非常に似た発想をする、また似たような人たちがいるので、ここがなかなかヨーロッパ型に行こうとしても、私は行けないのではないかということを強く思っているんです。この辺、いかがでしょうか。

○広井検討員 これは私もなかなか答えが難しいところです。つまり日本というのが一方でアメリカに状況がよく似ている面と、ヨーロッパに似ている面があって、アメリカというのは移民の国ということもありまして、非常に個人が単位となった、社会保障とか再分配というようなことには消極的な社会で、そういう社会のあり方という意味では、最初から個人が集合体であるようなアメリカよりは、ある程度の共同体的な基盤や、歴史というのを持ったヨーロッパの方に、日本はある意味では社会の姿としては本来近いのではないかという面もあります。そういう意味で社会モデルという点で、ヨーロッパ志向をもうちょっと視野に入れていいのではないかと申し上げたのですが、片やご指摘のように、置かれている地理的な状況を考えますと、ヨーロッパのような、ある程度、EUの中で自立した、ある種、自給的な内部で循環するような経済をつくっているようなものにはなりがたいのではないかという、これもおっしゃるとおりで、ただ、幾つかの留保として、例えばGDPに占める輸入、輸出の比率というのは、日本は意外に低くて、むしろヨーロッパやアメリカ、中国などに比べるとかなり低い部類だということで、意外にある種の通常思うよりは独立性を持っているということですとか、いうならば先進国の責務というようなもので、従来型の拡大型の社会モデルではない、新しい成熟経済の姿を示していく、例えば以前はヨーロッパ、アメリカに追いつけで、今は中国、アジアに追いつかれているから、また走り続けるというような、ちょっと少し発想の転換もあってもいいのではないかと。ただ、言うは易くて難しい話ですので、ちょっと答になっておりませんが。

○安井座長 どうぞ、西岡先生。

○西岡主査 ヨーロッパとアメリカのお話ですけれども、基本的にヨーロッパがヨーロッパ型といわれるものを志向するゆえんは、どこにあると考えるのでしょうか。

○広井検討員 これはかなり、ある意味で生活実感みたいな、私は滞在した期間はアメリカが長かったのですけれども、生活の質というのが、ひとつはアメリカとヨーロッパを比べて、実際の、例えば中心部の荒廃であるようなことですとか、いろいろな生活の質が、これはある意味では価値感の問題が含まれてくるのであれかと思いますけれども、非常に社会のあり方が問題を抱えているのが、アメリカが大きいのではないかというのを、またさまざまな、例えば国連のヒューマンディベロプメントインデックスの先進国版などで、いろいろなそういう格差や生活の質的な要素を加味した指標などを見てみると、ヨーロッパが概して上位になって、アメリカはかなり順位が下がるとか、そういったさまざまなその辺の指標は、まだ開発途上だと思いますけれども、経済指標とか、国際競争力というような点から見る社会のあり方と、生活の質というようなことに着目したものが、かなり乖離してきているような感じを受けていまして、そういった「生活の質」というのもなかなかあいまいな言葉でございますけれども、そういうようなところから、より望ましい、あともちろん犯罪率でありますとか、そういったことも含めて、このあたりはまさに評価と事実認識も含めて、非常に議論があり得るところだと思います。

○安井座長 ありがとうございました。どうぞ、太田先生。

○太田検討員 今の話と少し関係するのですが、日本はヨーロッパ型を志向すべきだという話ですけれども、ただ、政治状況を見てみますと、ヨーロッパのように社会民主党というような勢力は日本では影響力が急速に減少していて、日本の有権者の間では社会民主的なモデルの社会像はあまり人気がないような気がするのですが、この辺のところはどうでしょうか。

○広井検討員 おっしゃるとおりで、これは私なども、そのあたりはこれからどうあるべきかということを考たりするのですが、ただ、潜在的な意識としては、例えばよく社会保障のアンケートで、これから高福祉高負担と低福祉低負担のどちらが望ましいと思うかというのが、経緯的に見ると明らかに高福祉高負担思考が増えている。それから、若い世代を見ても限りない成長拡大というものから、もう少し、この辺も一律には決していえないとは思いますが、環境の軸でも環境志向的なものは変化していて、そういう方への志向は潜在的にはアンケート調査その他などから見る限り、一定増えているのではないかというところで、そのような政策へのニーズというのは、それなりに存在しているとも言えるのではないか。

○安井座長 はい、どうぞ、原沢先生。

○原沢検討員 2つの対立軸に係わるのですけれども、少子高齢化して、2050年ぐらいで、年金が非常に不安なのですけれども、これは自明のことかもしれませんが、年金をしっかりということであれば高福祉高負担、大きな政府を志向すべきなのかどうかという話が1つです。
 あとは日本が28%も週50時間以上働いているという働き過ぎの社会である。ヨーロッパ型にする1つは、労働時間を減らしていく。その分ゆとりができてくるという話があるのですが、そういった社会では、日本は何の産業で生計していくのかなという話が、気になるところです。その辺で、例えばこの前オランダの研究者がワークシェアをやっていて、これまで2人でやった仕事を3人でやるという話があって、それは非常に職の機会の平等というのに非常にいいかと思ったんですけれども、給料も3分の2になってしまうというような話があったものですから、労働と生活のゆとりとか、ライフスタイルという関係は非常に難しいなと思いました。週50時間以上働いている割合が今28%あって、2050年ぐらいで労働時間も、ある程度ヨーロッパ並みに1カ月、2カ月の夏休みがとれるような社会になったときに、人々は何で食べているのかなという、何かお考があったらお聞きしたいのですけれども。

○広井検討員 これは超長期ビジョンの課題になってくるかと思いますけれど、前者に関しては、年金を保障しようとすれば、大きな政府にならざるを得ないのかということに関しては、私は実は必ずしもそうではないという考えで、実は私自身は、今日各論になりますので立ち入りませんでしたけれども、社会保障としては年金はかなりスリム化できるといいますか、むしろ基礎的な部分をしっかりして、極めて高所得の方に高い年金が行っているような構造を、少し傾斜をつけていけば、かなり凌げる。つまり、先ほど、これからのあり方としては単純な大きな政府でも、単純な小さな政府でもない持続可能な福祉社会ということを申しましたけれど、社会保障はその内部の構造の変化で、かなり改善していけるのではないかというのと、あと、もう一つは、最後に少し触れましたような、新しいコミュニティに向けたいろいろな動きというのが出ていく中で、当然すべての生活保障を政府が行なうということではないわけですので、そこら辺の可能性も踏まえると、単純な大きな政府ではむしろないのではないかと、何とかしのげるのではないか。ただ、税負担などは、それこそヨーロッパ並みに消費税は15%以上というようなことは当然といいますか、ある程度、覚悟していかないといけないということで、この辺は合意の問題になってくるかと思います。
 それから、後者は難しいところではありますけれども、ただ、1つ重要なのは、重要な認識として雇用の総量も限りなく拡大するものではないという認識が重要だと思っております。以前は雇用のパイ自体も大きくなっていくので、みんなが働いて経済が大きくなって、みんながハッピーという感じだったわけですけれども、経済成長というのは究極的には需要が伸びないとだめなので、そうなると、雇用のパイ自体もある程度限られてくる。それをどう配分、分配していくかということになってきますと、やや極端な言い方をすると、人々の労働時間が長くなれば長くなるほど、かえってそのために労働の供給が増えて、結果として失業がその分、供給過剰になって増えるという悪循環も、今、ある意味で生じているとも言えますので、ある程度、このあたりも非常に難しいところかと思いますけれども、トータルのワークシェア的な、ご質問もありましたような、労働時間を減らすことで、失業の減にも繋がるし、また、さっきの1.5モデル的な、既に日本は1人当たりGDPも世界のトップクラスですので、それほど下がって貧困になっていくということではないのではないかと、産業構造のあり方なども含めると、とても答え切れませんけれども、社会のあり方としては可能性、選択肢の1つにはあり得るのではないかと思っております。

○安井座長 ありがとうございました。どうぞ、森口先生。

○森口検討員 プレゼンの資料でいうと、7ページの下の方で、公共事業型社会保障ということで、これは大変興味深い図を見せていただいたのですが、特に右側の図で、県民所得の低い地域に公共投資がより多く入って、ある種の所得再分配機能を持っていたとおっしゃった点ですけれども、フローとして、つまりそのときに、ある種の雇用、特に先ほど私が申し上げた建設土木なんかとも関係してくるのですけれども、そういう形でフローとしての分配効果が中心であったのか、もし仮にストックとして効いていれば、将来に対するある種の貯蓄みたいなものになるので、ちゃんとそこの地域の人に戻ってくるんですけれども、やや、どうも、これは私の偏見かも知れませんけれども、フローとしてしか効いていなくて、下手なものをつくっていると、むしろ将来は負担になってくる、メンテナンスのコストがかかるようなことにもなりかねないかなと思っていまして。これが後でじわじわと逆方向に効いてくることはないのかなと、非常に気になっているものですから、そこについてご意見を伺いたいのと、それからもう一点は、税の話で、社会保障財源としての環境税みたいなお話があって、多分これは日本でも学ぶべきところが非常に大きいのかなという気がしていますが、これは環境行政にとっても、環境税の議論にとって非常に重要なポイントかなと思うのですけれども、これが日本でうまくいく可能性があるのか、あるいはいかないとすれば、どの辺にネックがありそうなのか、こういったところで、もし何か意見をお持ちであればお教えいただければと、2点です。

○広井検討員 まず、前者につきましては、私どもできちんと検証したわけではないですが、ご質問にあったような、むしろかえって負の性格を持ったものであった可能性が結構大きいと思います。つまり、経済学でよく、財政というのは資源配分機能と所得再分配機能ということで言われるわけですが、本来、公共事業というのは、市場の失敗を補う資源配分を適切にするという目的で行われるはずのものが、資源配分としてはむしろ不適切なものを所得再分配の方に、よりかかる形で行ってしまったという部分が大きかったと思います。つまり事業そのものの経済的な、つまり効率性の観点からの必要性よりも、所得再分配の方に軸足が置かれるようになったということが、この図からも1つ示唆されているかと思いますので、その辺はさらに検証が必要ではないかと思います。
 それから、後半については、環境税を社会保障財源、あるいは税制中立ということですが、これは実は私自身は、いわば経済界にとっても、この方がはるかに受け入れやすいのではないか。つまり、その分、別のところの社会保険料なりを下げるわけですから、プラス・マイナス・ゼロで受け入れやすいのではないかと。
 ただ、日本での1つの議論のネックとしては環境税というのは、税収を環境対策に使うものだという考え方が、かなり根強くあるために、何で環境税の税収を社会保障に使うのだということに対する違和感といいますか、それがかなり強いと思われますのと、その後、純粋にその税収を環境対策に使うのはなくて、いわゆるバッズ課税としての環境税の効果に、より注目されることになりますけれども、その効果について、どこまで定かなものかとか、そういうことが1つ、これまでこういった議論を妨げてきたかと思います。先ほど申しましたように、経済界といいますか、そちらの視点から見ると、逆にむしろ受け入れやすい内容でもないかと思いますので、そこのあたりは環境税というものを何のために入れていくかといった基本論として、また議論されていくべきではないかと思います。

○安井座長 いろいろありがとうございました。
 そろそろ次にいかなくてはいけない時間でございますが、次々回ぐらいの合宿のときに、いろいろと種になるようなお話をいただいたような気がいたします。例えば、本当に日本という国がエネルギーも食料もない状態で何で成り立たせるのだ、という話をかなりまじめにやらなければいけないのかなという気がするんですが、それも次回、次々回あたりにできたら……。湯原先生、何かございますか。

○湯原検討員 ヨーロッパ型ということについて言いたいのですけれども、ヨーロッパ型というのは、私が知っている産業に関する限りは、非常に強い産業競争力を国策でつけさせて、自国民による自国民のための産業振興と自国民の雇用の確保というところにキーがあるのではないかと思うのです。ですから、今、安井先生、言ったように、エネルギーも食料も自給率を絶対死守する、そのために産業を強くする、雇用も確保する、その上で税制がどうかということが大事なのだと思います。だから、社民ということではなくて、もっと国益が中核にあって、強い競争力のある産業政策をとって、雇用を確保し、そのうえでの福祉国家であり、間接税制があるのだと思うのです。
 例えば、漁業の国際競争力は圧倒的にヨーロッパがあるわけですし、皆さん、造船の世界一はどこかおわかりでしょうか。造船世界一は売上からいうとEUなのですね。日本に比べて、建造量は3分の1とか4分の1ですけれども、売上から見たら、EUの造船業が圧倒的に世界一です。それは技術力、産業競争力が国策でつけさせてあって、その上でやっていることだと思うのです。同じく航空機産業も、原子力プラントもトップレベルです。だから、そういう視点は忘れてはいけないと思うのです。それが私が知っているところのEUの産業政策、あるいは産業の実態ではないか、さらに産業競争力をつけさせるためには、企業に対する税も思い切って軽くする、ということをコメントさせていただきたかった。

○安井座長 ありがとうございました。
 かなりいろいろな側面を語らなければいけないみたいでございまして、私も最近いろいろなところをばたばた歩いていますけれど、むしろヨーロッパ、アメリカという見方よりも、私などはアングロサクソンと漢民族が似ているということを、もっとちゃんと認識すべきではないという意見を、実は持っておりまして、ですから、アジアが競争社会になるのだろうと私などは思っているのですけれども。いずれにしても、そのような話をそのうちまた合宿あたりで長々とさせていただいたらと思う次第でございます。ありがとうございました。
 それではまことに時間がなくなってきて申し訳ないのでありますが、それでは最後に若林先生からご報告いただきたいと思いますが、若林先生はお手元の資料で、随分たくさんありますので、時間がどうなるかでございますが、よろしくお願いします。

○若林検討員 ここで発表させていただきます若林です。人口問題は既にいろいろ出ておりますが、ここでは世界、中国、そして日本というか、日本よりも少し広く東アジア論の人口問題ということで、時間をなるべく短くお話しさせていただきたいと思いますが、雑駁な議論になるかと思います。
 ちょうど、今、国連は2年に一度の推計を出しますが、そろそろ12月に新しい2006年推計が出るところです。日本もちょうど、今、それに向けて出そうとしているところでありますので、いろいろな意味での数字が狭間期にありますので、今日はとりあえず出しますが、もし、必要とあれば、新しい推計値を示し直すことも考えております。
 さて、1ページ目に「世界の人口爆発の“終焉”」と、「終焉」に括弧をつけましたけれども、2050年に一体どうなるかということであります。しばらく前の1992年推計ですと、2050年は100億を超えると言われておりましたが、ちょうどここ10年間ぐらいの間に10億余りの下方修正がされてきました。このきっかけになりましたのは、ソビエトの崩壊、東西冷戦構造の崩壊の後、東ヨーロッパ、旧社会主義国家、途上国全体もそうですが、92年推計から94年推計に、崩壊後の人口動態の数字を入れたところで、大体10億人ちょっとぐらいの下方修正へと変わってまいりました。
 とはいえ、今、65億5,000万人近いわけですが、それが2050年までに90億になるということで、44年間に25億人が爆発するという推計ですので、もう早急に終焉、終わったということは言い切れないと考えた方がいいかと思います。
 そういう中で何が特色かを列挙いたしますと、まず指摘しなければいけないのがイスラム系人口の大爆発であります。20世紀は“人口爆発の世紀”と言われましたが、1900年にわずか2億で、世界人口の12%ほどだったのが、2000年に12億8,000万ほど、世界の20%を超すのがイスラムに変わりました。そして、さらには2025年というと、もうすぐでありますが、20億ぐらいになり、わずかの間に25%、4人に1人がイスラムになるという推計であります。
 先ほどEUの話が出ておりますが、EUは25カ国を合わせても4億5,000万でありますから、イスラムの人口が20億になるということは大変な存在であります。
 「ゆりかごの復讐」はまた後で論じたいと思います。いずれにしろ20世紀の100年間に6倍になり、さらに25年間に1.5倍になるというイスラム系人口の爆発であります。
 それから、ソビエト崩壊後の下方修正は、先ほど申し上げました。21世紀は、もう既にいろいろ議論が出ておりますように、1つはグローバルエイジングといいましょうか、地球規模の高齢化が進むということであります。細かい数字は新しい推計で言い直した方がいいと思いますが、世界、2000年から2050年に65歳以上が6.9%が15.9%に、途上国も含めた全体の高齢化が進むということ。
 そして、もう一つ特色は、21世紀の都市化が進むということであります。都市の中でも、都市人口が爆発するわけですが、その中でも1,000万人以上のメガシティといわれる巨大都市が台頭してくるということ。ジャカルタとか、カラチ、ラゴス、カイロ、イスタンブールなどのイスラム系の都市、そして中南米はサンパウロ、メキシコシティ、ブエノスアイレス、リオデジャネイロ、そしてまたインドはいうまでもなく、ムンバイ(昔のボンベイ)、デリー、カルカッタ、こういうところが1,000万を超す大変な増大をしていきます。中国はどうかは後で触れますが、上海は既に1,800万の人口に現実になっております。
そういうことから細かい点は申し上げませんが、人口から見た全体の構図変動が大きく変わってきて、世界のパワー構造に影響を与え、それが民族、宗教というような、人口格差の広がりにつながり、国家もそれに翻弄され、国際関係や歴史に大きな影響を与えていくことは間違いないと思います。
 そこで、中国についてはどうかということですが、ご承知のように、「一人っ子政策と人口モメンタム」と書きましたが、前々回にも議論の中で申し上げましたように、人口というのは、一旦動き出しますと、それがとまるのに相当時間がかかります。大きなダンプカーの舵がとれないというようなことで、日本も1974年に置きかえ水準の2.1を切って、2005年に減少が始まりますから、30年を超してから減少に入った。中国も79年に一人っ子政策を始めて、現在もまだ768万ぐらいが年増加しています。高齢化が今後問題になる中で、この政策をどうするかということが、今日の大問題に当然なってきているわけです。
 2000年に「人口計画出産法」ができたことを勘違いして、緩和政策云々と報じたマスコミがありましたが、これは間違いで、2010年まではこのまま低出生を続けるというのが、現在の国の政策となっております。そして、今、人口学者の方は人口の性格がよくわかっておりますので、早くそろそろ軌道修正をという意見書を出したり底辺で動いておりますが、党とか、力を持った国家の方は、まだ768万も増加している、そして経済成長の中で、人口を増大させたくないと底辺でいろいろなことが、今、動いている最中です。公的には2010年まで、これまでの一人っ子政策を続けるということになっております。「モメンタム」というのは、かつて私は「宿命とつけ」と題して人口の性格を論じたことがありますし、また、「罠に落ちるとなかなか出られない」というような、表現をする人口学者もおりますが、なかなかその辺の特性がやっかいなところがあります。
 そして、そこに“政策出生率”ということを書きました。一人っ子政策というと、誤解があるといけないのですが、現実は政策どおりに出生すると、現在の中国では1.465と計いわれております。上海とか北京は文字どおり1.0ぐらいで、現実はもう既に一人っ子、そのままでありますが、新疆ウイグルなどは、農村の少数民族は3人オーケーでありますから、自治区全体としては2.366が政策出生率はなっております。ですから、そういうことを含んだ、後で表でお示ししますような政策出生率を今後とも続けるというのが、今日の国策になっています。
 最近の新しい動きとしては、一人っ子を守った両親がそろそろ60歳になった。一人っ子の親というのは、子供1人、あるいは1人目が女の子で2人目が許されたという、そういう農民に対して、2004年に実験的に始まりますが、1人年600元、夫婦だと1,200元の社会保障・年金支給が国家として動き出しました。
 ということで、中国の数量としての人口は、最大値16億ぐらいだったのが、今、14億まで落ちておりまして、先が見えてきたといえると思います。が今、これからの2050年にかけて、先行き不透明なより大きな人口問題が流動人口であります。2005年の中間人口センサスで1億5,000万という数字が出ております。都市人口もずうっと長く、20%で来たのが、現在43%、2020年に56%との予測で、都市化率の概念も問題でありますが、最大の問題は戸籍制度の改革と社会保障制度との関係であります。中国はこの戸籍、そして社会保障との関係で独特の体制を持っておりますが、この戸籍制度を改革したいといっても、現実の社会保障が伴っていないために、農民から都市戸籍に変わったとしても、別に何のメリットもないということで、この改革は今は停滞というか、動きが止まっている状況です。
 そして、今の問題はマイグレーションの横の人口移動とあわせて、いわゆる縦のソーシャルモビリティといいましょうか、社会移動の縦の階級階層論の拡大というものが関連して、都市に一部富裕層が生成され、所得格差問題の縦と横の大きな変動の中に、今、中国はあり、その格差論が、表面化しています。
 一方では、余剰労働力が多くありながらも、一方では既に労働力の生産年齢人口の不足、減少も先に見られ始めて、一体、一人っ子政策をいつから、どのような方法で転換するかということが1つ焦点になろうかと思います。
 例えば、上海の人口、先ほどもちょっとメガシティ論で申し上げましたが、上海は既に常住人口でいいますと、1,800万までいっています。外来流動人口581万人であります。中国の人口数では戸籍のある人口が表面に出てまいります。それだと1,360万と、国連などの数字はすべてこちらの戸籍人口が使われますが、現実はもう1,800万で、戸籍人口では絶対減に入っています。膨大な出稼ぎ人口が、拡大し、2050年に向けては、人口からしますと、先行きがまだ見届けられない不確定要因ということになります。戸籍制度改革の先行ですね。
 それでは、次に2ページに行きますと、先ほど第2報告の中で、貴州省の話が出てまいりましたが、貴州省は、雲南とは違って最も多くの少数民族のいるところで、標高によって民族の力関係の一番下の、力のあるのは漢民族、それで上に行くと民族の中で弱い民族というような住み分けがされております。中国の環境問題として非常に大きな問題は、生態環境問題であり、環境難民の問題であろうかと思います。砂漠化、塩害化、水土流出、土壌の不毛化と、なかなか数値が押さえられにくいのですが、今日の発表レジメの末尾に、最近、私の出しました本で整理し表化しております。発表のたびに、数字が拡大しています。砂漠化です。そして、それに伴って、この貴州省などは最もそうですが、退耕還林、退牧還草という、傾斜25度以上の斜面の耕地を、もとの林に戻す、もとの草地に戻すという政策が99年に始まり、2002年から正式に大きく予算づけも含めまして拡大しております。ですから、2001年から5年まで第10次5カ年計画の中の数字をここにお示ししましたような形で進行中です。
 そして、耕地面積は、貴州省は一番多かったのですが、1億3,000haが修正されたことが90年代にありますが、その耕地面積が減少しつつある。その中でも、例えば工場用地だとか、道路だとか、宅地化がありますが、今、64%耕地減少の最大の要因は、生態環境整備による退耕還林、退牧還草による減少です。この辺の数字も、拙著の中に出しております。
 そしてまた、都市の再開発等々も含めまして、失地農民の暴動というようなことも一方であります。ですから、戸籍だけの名目で都市戸籍をもらったとしても、むしろ農地を失った方が大きな問題だということで、試験的改革もストップしているという現状かと思います。
 例えば三峡ダムなどは、しばらく前までは112万とか120万というふうに、私も強制移住をご紹介していましたが、最近は140万人に数字が修正されております。こういう中からも環境難民とか、移動しなければならないという人口数が、今、非常に拡大してきているということを指摘したいと思います。
 さらに2050年に向けて、中国のもう一つ申し上げておかなくてはいけないことは、国家統合の問題があろうかと思います。新疆とチベットは、後で若干補足いたします。人口の側面からの指摘を申し上げます。
 それから、次に東アジアということで申しあげます。日本だけでも大変な大問題ですが、時間の関係もありますので、今回は東アジア、とりわけ韓国、台湾、香港、シンガポール、日本も含めた少子高齢化について。2000年を超したあたりから、私も人口の数字を見て、あっと気がついたら大変な変化をしていたという、非常に急速度の変化をしているのが、この東アジアであります。外務省が2年ほど前、東アジア共同体の研究会を開き、アジア政経学会も、今までの人口爆発を土台とした経済開発論はもう使えないということも含めまして、いろいろな検討が始まったのも、ついここ一、二年のことであります。東アジアは、大変な出生率低下になっている。
 そして、経済成長との関連でいいますと、人口ボーナスといわれる従属人口指数の低下、生産年齢人口が高く、少子化により経済成長に戦略的に有利だというその時期が、どうか。中国は今まさに人口ボーナスの時期であります。日本は既に終わって、少子高齢化で大変な事態に入っている。
 そして、「圧縮された近代化」という言葉をお使いになる先生もいらっしゃいますが、むしろ「圧縮された人口動態」というような形で、今、東アジアは非常に急速な変化をしているということであります。雇用の不安定の問題とか、教育とか、いろいろ問題はありますが、生活の質という意味で、真の豊かさとの関係で、今、東アジアが一体どういう状況かということを、後で若干指摘したいと思います。
 そして、そういう中で、社会保障制度、日本が東アジアの中で何が貢献できるかというと、社会保障論が議論され、中国を筆頭に農村を含めた社会保障制度体系がない問題が、今、提起されている。
 なおもう一つの問題が外国人労働力。先程移民の問題、EUも含め、先進国がどうするかということが大問題でありますが、国連が補充移民の試算をしたということに触れたいと思います。
 まとめについては後で申し上げますが、国連人口会議の環境と人口、これは後ろに表をつけておりますが、2002年はヨハネスブルクで、前々から準備ができていたから開会可能だったわけです。ブッシュ政権成立の後、2004年に、10年に一遍の人口会議は開けなかったという実態、そしてまた、今、国連の人口基金への拠出金の問題と米国の一人っ子政策への対応、そしてまたプロライフ、プロチョイスの問題、生命倫理の問題というようなところを、最後に話したいと思います。
 時間がありませんが、次のページに移っていただきますと、人口問題が今後、2050年に向けてどういうことが問題かといったときに、私はいつも4つの側面で人口問題を整理しております。今申し上げた数については、爆発の世紀から高齢化や都市化、数量自体は爆発の終焉と、確かに言えると思いますが、これから拡大化していく新たな問題としては、2番目の資質の問題であろうかと思います。これまでは、社会科学的には教育程度とか、近親結婚による遺伝学的な障害とかが、論じられてきたわけですが、これから生殖医療技術の進展と生命倫理の問題をめぐる問題が、拡大化してくるのではないかということを1つ指摘しておきたいわけです。
 数年前に、「人口法学のすすめ」という本を、私も含めて何人かでつくりました。例えば中絶をめぐる生命権、胎児がいつをもって人権が生じるのか、それが先ほどのアメリカのプロチョイス、プロライフの共和党と民主党の論争でもありますし、体外受精、代理出産(母)、生殖医療、クローンの問題、尊厳死、安楽死、介護、ピル、出生性比、夫婦別姓、この種の性とか死をめぐる生命倫理論が人口問題の中の質の問題として、今後、忘れてはならない。
 それから3番目は、移動・分布と都市化の問題ですが、国内の都市化の人口集中に加えまして、これから大きな問題は、国際的な国境を超えた移動が拡大化し、送金が途上国では、ODA以上の収入となっているということで、先ほど出たばかりの新しい「2006年世界人口白書」も、これをめぐる特集号になっております。
 そして、もう一つは人口の年齢構造をめぐる高齢化の問題。これはいうまでもないことで、一応4つに整理したテーマということで、指摘だけしておきたいと思います。
 こういう中で、いわゆる変動要因は何か、ということが問われるわけですが、社会学を研究しております私など、最近、非常に思いますのは、意識とか価値観の変化というものが非常に気になる。最も変動要因の底辺にあるわけで、結婚観とか、子供をどう見るか、生涯未婚率の増大とか、婚外子出生。これは欧米と東アジアの違いで、婚外子への意識、価値観というものが大きな変動要因として、社会学の視点からで限界があるかもしれませんが、考えております。
 そして、少し断片的ではありますが、気になる国の人口変動を申し上げますと、1つは崩壊後のソビエト、ロシアであります。ロシアの人口が今非常に減少の加速を辿っておりまして、1年間に70万人以上が減少しております。プーチンも先今年5月の年次教書の中で、最も切実な問題といい、民族滅亡の危機だと警鐘を鳴らしております。そして、ロシア革命のときなどに、中央アジア等へ行ったロシア人を必死に祖国帰還、外国となってしまった国からロシアの地に祖国帰還をさせ、流入移民させるということに必死になっているわけです。
 「ゆりかごの復讐」という言葉は、もともとカナダのケベックでフランス系移民の中で、イギリス系の移民に対する対抗関係として生まれた人口増強策による「復讐」を意味したのですが、まさに中央アジアの「ゆりかごの復讐」は、非常に明確な図式を今日とっていると思います。
 そしてロシア人口は、ここにお示ししますように、2050年になりますと、1億を切るという推計もありますし、2075年に5,500万ぐらいとの推計もあります。国連推計から見ましても、世界の中の地位をずっと低下させております。
 このように、人口のTFR、合計特殊出生率が低くなるのは、政情不安、政治的な不安定の中で、女性は子供を生み控えますので、香港なども返還が決まったとたんに低下しましたが、ロシアの場合は92年にピークを記した後、減少しております。とりわけ男子の平均余命を見ますと、89年のときに男64.2歳が、2001年、たった2年くらいで58歳ぐらいに、そして、男女差は13.38歳と拡大し、アル中とかストレスとかによる寿命の短縮化とともに、中絶による出生率低下ということで人口が大きく変動しております。
 次のページに参りますが、その中でも、極東地域の人口減が、非常に顕著であります。私も気になりまして、2001年、ウラジオストクからサンクトペテルブルグまでシベリア鉄道に乗ったことがありますが、ウラジオストクなども、まさに軍港都市だったのが、すっかり観光化された。政治的役割が減少し、なおかつ今まで賃金の割増があったところが、なくなったために、何も厳しい状況の中にいる必要はない、住みやすいモスクワあたりのふるさとに帰るというようなことで、極東の中では人口が54%減少した自治州もあります。世界の構造が変わるという中で、かつての東ヨーロッパ等々も言えるのですが、とりわけロシアをご紹介しました。
 米国については、先ほども話がありますように移民の国で、先進諸国の中で唯一非常に高いTFR、2.05です。そして、つい先だって10月半ばに人口が3億人になった報道がありました。とりわけヒスパニックが拡大し、2057年には非白人国家、つまり白人が少数派になるということが、予測されております。そういう意味で、民族、人種別人口の逆転が、人口が唯一増大している先進国アメリカにおいて明確に指摘できます。
 それでは次、中国の国家統合をめぐる先ほどの問題でアキレス腱として、周辺国の独立化の問題を申し上げましたけれども、指摘しておかなければならないのは、人口の視点から申し上げるとの限定ですが、1つは新疆ウイグル自治区の問題です。この9月も、1カ月近くこの辺に行ってまいりましたけれども、パキスタン国境のカシュガルの奥のアクスという、暴動が何度か起きているところがあります。かつて、1940年ぐらいには東トルキスタン共和国という独立国家化したという過去の経過もあります。トルコ系民族でありますから、みんな目が青いし、見た目でも全然違います。この新疆に、1949年に漢族はわずか29万人にすぎなかったのが、2000年には702万人ということになります。自治区全体人口を合計しましても433万から1,800万で、半世紀の間に、この砂漠化が進む中で、人口は4.3倍になりました。それはなぜかと最大の要因は、生産建設兵団という、ほぼ漢民族ですが、256万人が移住し、定住化して水を使う。そして遊牧民との対立問題も生じ、今、非常に緊張状況にある。
 そういう中で、私の人口調査も、とりわけ天山山脈の南の調査はウイグルの集合地域のホータン、カシュガル、あの辺の調査はいまだに許可されない、北京政府も手がつけられないという状況下にあります。これは人口問題からはっきり指摘できる特徴であります。
 もう一つのチベット自治区は、それとは対象的に、青海省南に1950年代後半に、大量の漢民族を入れさせたのですが、結局、厳しい自然状況の中で適応できない。つまり3,500〜3,600mの高いところは、普通の我々の民族が行っても、何世代にもわたる適応の中で適応できず、とりわけ女性が子供を生んで、住むことはできないと言われています。子供を生むときには必ず低地におりて生む。チベット自治区にも、漢民族が若干入っていますが、大体3%どまりです。結局、女性は気圧の関係で子供は生きながらえないということで定住化できなくて、男子が単身で出張という形で行くのが限界です。チベット自治区においては、先ほどの新疆ウイグルの生産建設兵団のような、200万を超す大量の漢民族侵略ということはできないという構造になっております。
 こういうことで、チベットはもちろんネパール、インド、ブータンという亡命したのも含めて、独立化の動きはありますけれども、新疆とはかなり違った様相を示しているということが、人口の視点から言えるかと思います。もちろんもっといろいろ政治要因があろうかと思いますが。
 そして次に、「補充移民」と書きましたが、国連は2000年3月補充移民という概念を打ち出しました。これは人口規模の縮小化、生産年齢人口の減少、人口高齢化を補充するに当たって、どれだけの人口が必要かということを試算したわけです。このときの日本の推計に基づいておりますので、2007年から人口減、現実は2005年から入ったわけですが、試算いたしますと、1995年から2050年にかけては、3,350万人の移民、毎年60.9万人を受入ることが必要だという数字が打ち出されました。今日も介護の人口を巡ったり、外国人労働力を一体どうするかということが、もちろんここでの議論の1つの大きな焦点になろうかと思います。かつて「厚生白書」も開き直って、外国人を入れるのか、あるいは子供を生むのか、国民みずからが選択せよ、というようにせまったことがあります。これからその辺のところを、数字でフォローいたしますけれども、このような移民といいましょうか、外国人流入問題を、今、法務省入管がパイプを必死にヨーロッパを見据えながら模索しているところ、一たん開けてしまったら後に戻せない中で、一体どこまで、それが可能か、ある程度は入れざるを得ないだろうというところが1つ問題になろうかと思います。
 ご承知のように、ヨーロッパにおける“移植されたイスラム”ということで、ドイツにトルコ系、あるいは北アフリカからフランスへというような大量の移民と、そしてこれは、ただ移民の数だけではなくて、それに伴う家族の呼び寄せ、そして出生率の差によって、先ほどアメリカの人口構成の変化を言いましたが、ヨーロッパもこれに近い動き方をしているし、そこをどこまで開け閉めするかということを含めて問題になろうかと思います。今日2億人が、国境を超えて既に移動しているわけであります。さらには、ケ小平が、かつて天安門事件の後、日本に5,000万が行く、と威しをかけたような、今後の国の政治的不安定問題等々、難民問題も含めて射程に置いておく必要があろうかと思います。
 その中で、今、日本人の海外における長期滞在者が既に100万人を超えております。米国に35万人ですが、つい先だって、上海でいろいろ調査しておりましても、上海だけで4万人を超しております。中国に11.4万人、しかも非常に急増しております中で、国際人口移動、日本人も海外へ出ていく。とりわけ中国は、先ほどのロシアの東沿海地域などに大量の中国人が、ロシア人が去った後に中国人がどんどん入っていくと言われますが、正式な数字はなかなかつかみにくい。華僑の伝統の中で世界に中国人たちが大量にはばたいているのは事実だと思います。もちろん国によって湾岸諸国では8割を超すのが外国人だという石油の国々のUAE、カタール、クエートがありますけれども、日本はまだまだ1.5%を超した程度であります。外国人労働力の国への影響、今後そのパイプをどうするかということが、問題になろうかと思います。今日の中国人の長期滞在は78万、数字は後で確認いたします。
 時間が大分押しているのを承知で、表だけ簡単に申し上げます。すぐに終わります。
 表1は、2004年推計でいいますと、中国とインドが逆転するのはご承知ですが、差が2億と、かなりの差がつきます。2050年値です。そして2つの国を合わせると、30億で世界人口の33%になります。
 それから下の表2は、インドと中国、そして日本が16位になりますが、アメリカのみが先進国で3位として入っております。
 それでは次に表3に行きます。1970年値を東アジアの数字を見ていただきたいのですが、日本は2.13で、韓国は4.53、台湾4.0、シンガポール3.0、中国5.8という数字です。これが2000年を超えたあたりから、ばたばたっと落ちまして、韓国が今ついに1.08、台湾が1.12まで落ちております。香港は0.9程度です。この辺、説明をもっといろいろしなければいけないのですが、時間の関係で省略します。
 中国は90年代のTFRが漏れの問題もありまして、非常に不確定であります。最近、私が翻訳書で出した本の中に90年代の問題を中国の学者が書いておりますので、ご関心のある方は読んでいただきたいと思います。
 次に東アジアの中の地域別推移であります。日本が2005年から減少を始め、中国は2030年から減少が始まる。韓国は2025年から減少が始まります。
 下の表5は、高齢化のスピードでありますが、日本が24年で7%から14%、中国が非常に短縮されたと言っておりましたが、韓国とかシンガポールをごらんいただきますと、さらにこれが急速な高齢化だということがおわかりいただけるかと思います。
 次のページ、図1でありますが、これは、例の出生力転換のTFRが5.0から2.1に、いつからいつまでで低下したか、そして右の方は高齢化の倍化期間が国連でいう7%から14%に移るのに、どのくらいの期間を要したかを、一覧で整理したものです。日本が戦後非常に早い段階で出生率転換をなしたのに対しまして、各国とのタイムラグをごらんいただきたい。そして、それとあわせて経済成長との関係もあわせて比較いただきたい。
 下は新しい2004年推計の中で60歳以上と80歳以上後期高齢者、オールデストオールド、日本では75歳以上、国連は80歳以上ですが、この比率が非常に増大してまいります。
 次に参りまして表7、人口の年齢中位数、真ん中の数字です。これで新しい数字では韓国が最も高齢化の中位数が高い。下は平均寿命でありまして、まだまだ延びるという予測になっております。
 次に12ページの図2でありますが、人口ボーナスの問題です。中国は、まだ今、2010年までの人口ボーナス期で、今9%を超す、上海でいいますと11%を超すという大変な経済成長が、この人口ボーナス期に存在している。日本は既に終わってしまったという、この数字をごらんいただきたいと思います。
 それから次の表9でありますが、これはなぜ出したかというと、先ほど、ヨーロッパとの関係が議論になっておりますが、ヨーロッパでフランス、ドイツ、オランダと、ここに書きました国のTFRは95年から2000年にかけてすべて上がっております。上がっていて、さらに右側に婚外出生比率がありますが、これも上がっております。ですから、非常に短絡的な言い方かもしれませんが、EUの国々は婚外出生、つまり結婚外による出生の増大によって、合計特殊出生率を増大させて、何とか上昇に転じたということが、一部言えるわけです。ただし、スウェーデン、ノルウェー、デンマークはすでに5割を超していますので、日本の未婚の母と概念が微妙に違うとも言われますが、今韓国では、こういうデータさえもが統計上ないわけで、儒教国の中国、日本、韓国の婚外出生率自体によってTFRを上昇させようということは文化の違いによって、今は無理だという相違点として指摘しておきたいと思います。
 日本については、この13ページの表はもう既にご承知のとおりであります。要因は、雇用の不安定とか、多々あろうかと思います。パラサイトシングルという若者らに家を離れることを促進させる必要があるのだと、政策対策としてはいえましょう。
 下に市町村別データを出しましたが、渋谷区などは0.7、上海なども今、ちょうど1を切っていますが、とにかく大変な低さです。
 一方、沖縄の多良間という、宮古と石垣の間にある島ですが、私も一貫して沖縄の島々を回っている中で、2005年2月に調査に行きましたが、ストレスのない島ぐるみの子育て体制を実感することができました。ここは3.14という高数字、片や東京は0.75ということであります。
 次に参りまして14ページ、シンガポールの問題ですが、マレー系はいうまでもなく、シンガポールマレー系はイスラム系で、非常に高い、中国系の倍以上のTFRになります。それから、有配偶率、香港、この辺もごらんいただきたい。台湾が、今、非常に未婚率が上がって、国際結婚が急増して、台湾も韓国同様に、先程申し上げた“圧縮された人口動態”という動き方をしております。詳細はまた、書いた拙稿をご覧いただければと思います。台湾、香港の次といっても然りです。
 さて、中国の、図6、例の2,000万人の餓死の問題が前々回ここで議論になったとき発言しそこないましたけれども、1960年前後の3年間で2,000万人が、非正常死し、人口動態で出生と死亡が交差するときがあります。これはいうまでもなく災害が契機ですが、ソビエト撤退が加わりますが、これはあくまでも政策的な失敗です。これははっきりしている。この要因分析はかなり人口学の世界でなされております。
 その後の60年代の大ベビーブームが生じ、次の結婚出産期の山場を何とか抑えたいと、それがいうまでもなく一人っ子政策の意図だったわけです。その結果、1971年ぐらいには2,300万人が、東京都の人口の2倍ぐらいが1年間にふえたのが、今、ようやく768万にまで落ちてきた。ただし、まだ一人っ子政策が始まって27年たちますが、人口はまだ爆発しているということを認識する必要がある。これは先程のモメンタムの話で、既に申し上げました。
 次の17ページは、一人っ子政策の仕組みですが、「人口計画出産法」というのが真ん中に、ようやく悲願かなって作られたということで、これが入った図になっております。
 それから、もう一つ次の表16につきましては、第2子出産規定、先ほど“政策出生率”の話をいたしましたが、政策どおり生むとすると、第1子が37%で下に書いてあります。第2子は、第1子が女の子の場合、農村では2人目が生める。これが53%です。そして、どんな場合でも2人目はオーケーというのが5.45%。第3子以上の多子が3.71%というふうに、ごく最近、こういう数字が出されております。つまり、1979年に始まりますが1984年に、例のレーガン等の国際的批判や、現実に無理だということで緩和策になりまして、大体表16に示すような路線で一人っ子政策の枠組みができております。これでご覧いただきますように、農村では第2子が大方許されている。これが一人っ子政策の全体の枠組みであります。
 次、もう時間ですので、表の紹介だけになります。出生性比の不均等推移ということで、今、新しく大きな人口問題になっていますが、超音波の進出が波及し中国で男の子が一層の拡大をしています。韓国も同様であります。
 それから、次は65歳以上の高齢者の中の、とりわけ後期高齢者が非常に増大していく。これは増加率からいうと非常に高くなります。そういうことで、2035年ぐらい一人っ子政策の両親がこの年齢に当たる中で、一人っ子政策は何とか軌道修正すべしということが、この高齢化の介護問題から、人口学者たちが、今、指摘を始めたところであります。
 次、20ページの中国の将来人口でありまして、中国の2000年センサスの結果予測でいいましても、ピークは2030年です。一旦ちょっと落ちて、またピークがもう一度2つ目のピークが来るということになっています。今、前倒しで、かつ、中位推計でご覧いただきますように、2030年、14億6,500万ぐらいのところでピーク。その後、減少するという推計になっております。
 それから、21ページは例の中国における社会保障制度の問題であります。表21ですが、医療費をみると、出稼ぎ農民が都会で手術をいたしますと、給料の、年収の何倍も吹っ飛んでしまうというように、個人家族の全額負担というのが82%といわれています。
 次は例の入国管理局の数字を2つお示ししました。
 最後がこれはコピーをしていただいたのですが、ちょっと見にくい。国連の人口環境会議と中国、米国の争点の推移ということで、10年に一遍の環境会議、それを受けて2年後に人口会議がどう動いたか。そして、先ほど申し上げました2004年の人口会議は、ブッシュ政権誕生で開くことができなかったことと、一人っ子政策の前と後で、中国は発言が180度変わったわけです。そして、米国の国連人口基金、あるいは中国一人っ子政策への批判等々を、表でお示ししました。
 そして最後は、先ほどもご紹介しかけましたように、中国における生態環境破壊が、今、どの程度なのかということで、これは断片的な公表数字をちょっと述べているにすぎません。その数字、発表が次第に拡大していること、断片的ながらも、一応整理してみたので、このような砂漠化の拡大、表土流出、塩害化等々であります。そして、黄河断流であるとか、黄土高原の問題、内モンゴル、そして先ほどの貴州省、私も貴州省を20日間ぐらい飛び歩きましたけれども、とにかくあそこは雲南との間に気象の前線があって、常に毎日雨がしとしと降っていました。とりわけ、そういう中で非常に急な25度以上の斜面を耕やかし、民族の力関係で住み分けがされているわけで、それを何とか退耕還林等々によって、今、中国政府は持続可能な発展のために、耕作をもうやめて、林に戻す、草木に戻す、そのためのかなりのお金を使っています。非常に雑駁な報告で恐縮ですが、これからの討論の材料にということで、一応報告させていただきました。

〇安井座長 大分時間が過ぎてしまいましたけれど、ありがとうございました。
 何かご質問等いただく……。はい、どうぞ。

〇沖検討員 1つは、先ほど、今回この長期ビジョンで環境要因がいろいろ変わってくる、例えば食料、水、もしくは汚染の問題が進んだときにどうなるかというご報告があったわけですが、そういう変化というのは、人口推計にはどのくらい反映されていると考えればよろしいのでしょうか。つまり、例えば最後にお示しになった中国の環境を悪化するということが、現在の人口推計、2050年にこのぐらいになるというのに、全部折り込み済みと考えればいいのか、これがよりひどくなれば推計はどんどん変わっていくものだと考えればいいのか、どちらでしょうか。

〇若林検討員 明日香先生もいらっしゃいますけれど、日本、中国における国策としての人口対策、環境対策はありますが、最大の環境対策の1つは、一人っ子政策、つまり人口対策だとよく言われます。推計自体の中に環境をということは、全国推計の場合は直接はいかがでしょうか。入らない。むしろ環境難民的な形で、三峡ダムで水没する人間を新疆ウイグルのあの砂漠地帯、もっと悪化した黄土高原から、さらに砂漠化は激しいけれども、新疆の一部に動かすというようなことはあるけれども、中国全体の人口推計には、直接はないかと思います。ただ、さっきおっしゃったように、水問題などでは、かつて一人っ子政策が始まった直後は、当時もう10億近かったのですが、中国は水問題の限界から6億5,000万までの適度人口に落とすということを、一度銘打ったことがあります。大キャンペーンを打ったのです。
 ところが、その後、ちょうど1982年から3年にかけて、国連で高齢化会議があって、1980年の共産党員への公開書簡の中で、中国は高齢化は問題ないと言い切っていたのですが、1982年の国連の動き方を見て、やはり一人っ子政策は高齢化を導く問題だと、先進国の日本のぎりぎり、何とかそこを超えないようにすれば、日本がちょうどそのとき高齢化率が22から23%です。それよりも低いところで何とか軟着陸するためには、結局15億から16億になってもしようがないという結論に、大転換したことがあります。だから、そういうことで、水問題で適度人口は弾いたりはしましたけれども、結局、高齢化問題で15、16億になっても致し方ないという形で、全国推計には直接の、今おっしゃったような意図は期待できない。むしろ全体の人口意識によって徹底した一人っ子政策を、国民の意識変革を求めたわけですね。

〇沖検討員 ありがとうございました。

〇安井座長 大分時間を過ぎていますので、先に事務局、皆様に伝達事項があればお伝えいただけますか。それからまた戻りたいと思いますが。

〇奥主課長 それでは、次回の第6回検討会について、お知らせします。12月12日に開催の予定です。内容としましては、ゲストスピーカーといたしまして、安井座長とも相談をいたしましたが、松田裕之横浜国立大教授をお招きいたしまして、海洋生態学の立場からお話しをいただくようお願いしてございます。
 また、来年1月の19、20日に合宿が予定されていますが、その合宿についてはどういった進め方をしたらいいのかについてもご議論いただきたいというふうに考えています。
 また、その際ですが、資料といたしまして、これまで委員の先生方から発表いただきました内容につきまして、事務局でできるだけ整理したものを提出したいと考えております。個別にいろいろまとめ方につきまして、ご指導をお願いすることもあろうかと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。12月12日は10時から12時半まで、虎ノ門パストラルホテルの新館5階オークで開催させていただきます。
 また先の話で恐縮でございますが、お手元に最初に置きました2月から4月の日程確認ということでございまして、1月の合宿以降、検討会の日程調整を行いたいと思いますので、机の上に置かせていただいております日程確認票にご都合をご記入くださればと思います。今ご記入いただいても、また後日事務局宛てにお送りいただいても結構ですので、よろしくお願いしたいと思います。
 それから、前回、大筋でご了解いただきました検討会の議事録、資料の環境省ホームページへの掲載につきましてでございますが、資料掲載の可否のご意向や、資料、議事録の修正版等でございます。双方、本日までをめどにご連絡くださるようお願いしているところでございますが、引き続きご協力くださるようにお願いしたいと思います。
 事務局からの連絡は以上でございます。

〇安井座長 ありがとうございました。
 それでは、あと二、三ご質問、川島さん、どうぞ。

〇川島検討員 インドの出生人口予測について、今日は余りお触れにならなかったので少々お聞きしたいのですが、私、2週間前にインドに行くチャンスがありまして、環境の研究者だったのですが、かなり突っ込んだ議論ができました。見ていて、インドも非常に変わってきた。今インドは、ITでもてはやされている国です。私はニューデリーにいたのですが、みんな携帯電話を持っているような感じになってきて、情報の伝達が非常によくなった。昔はインドといえば農村社会で、農村社会では子供をたくさんつくると労働が楽であるという農村的伝統だったのだけれども、今、そういうふうなことを考えている人は少ないのではないか。私の実感でも、ニューデリーに非常に出稼ぎの人たちが入ってくるし、インド特有の問題だったカーストも、村の中にいるとカーストはよくわかる。だけど外から流入人口が入ってくると、彼も全然推定がつかないというような中で、その人の私見ですけれども、国連の低位推計よりももっと減るのではないか、2020年くらいにはインドの人口は減り出すのではないかという実感を持っているのだと。この実感を持ったのも、この数年だという印象を、彼も非常に強く持っているのだそうです。こういうようなことはどう思われますか。国連の推計は、数年するとインドがもっと早く、2010年だとガラッと変わるというようなことがあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

〇若林検討員 残念ながら、実態としてのインド調査をやっていないものですし、これから行かなければと思っていたところですが、果たしてどうなのか。インドの中でもケララ州とか、有名な低いところもあります。いわゆる問題となった首相が、強制的にやったことによって、ヒンズーの宗教との摩擦で、一旦政治的に落とされ落選するわけで、そしてもう一度再選されたときは、もう言わない。その後、家族計画がかなりリプロダクティブライツ・ヘルス論を必死に展開したのは事実でありますけれども、果たして国連がそこの見定めを、推計に当たっての基礎データをどう設定するかです。中国の一人っ子政策も、最初はあのような徹底までいかないだろうと甘い数字だったけれども、結局、中国は全力で取り組み成果を示し推計の矛先を変えていったわけで、今、ご指摘のようなインドの推計を、まだまだ増える、中国との間に2億人の差ができるというのが、果たしてインドの推計を変更するかどうか。私個人としては、何ともお答えできません。ただ、中国のような社会主義国家の強行な国策のようにはいかないだろうと。生命倫理のところで、例のヒンズーとか1960年代、大きな対抗関係があったわけです。ITがそのようなところまで行く中で、11億5,000万のインドが、どう動くか、むしろ皆さんのご意見を聞きたいというところです。

〇川島検討員 私は、よく農村などにも行くのですが、結局討論するのは向こうの先生だったりして、インテリなわけですね。そうすると、どういうことを言うかというと、例えば中国の研究者でも、昔は男の子がいないと魂を祀ってくれる人がいないから、絶対男の子ができるまで生んだのだという農村の習慣があったけれども、急速に社会主義と、一人っ子政策よりは、共稼ぎが多いというのですね。中国では共稼ぎというのは常識になるし、そうすると、どうしても、私も反省しなければいけないでしょうけれども、家事が女性の負担になるということで、女性が子供を生むのをすごく嫌がる。働いているのに何で子供を2人も3人も世話しなければいけないのだといって、国が一人っ子政策をやめたって、なかなか2人生むようにはならないよと。逆にいうと女性のストライキみたいなものだという印象を強めているのですね。
 それから、農業社会というのが急速にアジアでは崩壊していて、中国でも本当に農業で食べていこうなんて思う人はいないわけです。若い人はほとんど出稼ぎに行っていますし、年老いた人たちでも、何らかの兼業をするわけです。そうすると、農業労働のためにつくるというのは、タイでももうなくなっていますし、恐らくインドはそこまで農村の奥地には踏み込めなかったのですが、ニューデリーの近郊ですと、ほとんど農業をまじめにやっている人なんかいないわけです。どこかに働きに行っている。要するに、ちょっと片手間に何か植えているという感じです。
 私はかなり国家の政策で、一人っ子政策とか何かで変わるのではなくて、住民の経済活動とか、女性の社会進出の中で、急速にアジアの人口は減っていくのではないかというふうに考えているのですが、この辺、いかがでしょうか。

〇若林検討員 例の10年間に10億人の下方修正があったという中には、ただロシアとか社会主義国家だけではなくて、おっしゃるとおりに、途上国の高いといわれていた国々も落ちたというのが、1つの要因であるのは間違いないです。ただ、今おっしゃったように、農村が、確かに労働力という点では、男の子でなければ労働力として農村ではだめだということは、少し落ちているかとは思いますが、いわゆる相続の場合、家の継承の問題、沖縄だと今、トートーメーという、男でなければ位牌が継げないというのは、私も沖縄調査をずっとやって思うに、本島などはまだまだ強いです。立派な女の子が4人いても、男の子がいなければ、位牌を継げないというトートーメーは、中国文化とのちょうど狭間です。なお非常に根強く残っているということからすれば、中国も男系相続、宗族、いわゆる男の子の継承という点で、まだまだそこのイデオロギー的なところは、そう簡単には解消できないのではないかというのが私の考えです。
 韓国などはもっともっと、3人目、4人目の出生性比はひどくなりますよ。

〇安井座長 実は私も国連の人口推計を、国連にいながら信じていない人間ですけれども、情報をぜひ次までといいますか、そのうちいただきたいと思っているのは、2つありまして、1つはイスラムです。私はイスラムは人口が増え続けるのではないかと逆に思っていて、それはなぜかというと、1つは宗教的な問題はあるけれども、イスラム国家が産油国を中心として経済力が今世紀の終わりぐらいに、ガタガタになっているのではないか。その貧困がイスラムの人口増をさらに招くのではないか。そこは一体どこまで国連は考慮して推計をやっているのだろうか、というようなところが1つ疑問。
 それが1つと、あとはアフリカです。アフリカは、いただいた7ページの表を見ましても、2000年のところに全然出ていないのに、いきなり2050年にコンゴ民主共和国が出て、ウガンダが出てくる。ウガンダというのは2000年の人口が、たった2,400万しかない。それが50年間で1億2,600万と5倍ですよね。こういう人口推計が一体どういう理解が一般的な人口学者によってされているのか、というのを伺いたい。大体だれがウガンダを養うのか。要するに、ウガンダの経済がこれからどうなっていくのだということを人口学者はどういうふうにお考えになって、こういう数値を出されるのか、というところを伺いたい。コンゴ民主共和国もそうですね。この2つは、これだけ増えたら、だれが一体穀物を提供するんだろうなと。本当にそう思うけれども、そういうところがどうなっているのだろう。本当に経済の状況、先ほど川島先生の話ではありませんけれども、経済の状況と、人口の相関というものが、人口推計に一体どこまで入っているのだろうか。その経済の将来予測が、人口の予測にどれぐらい反映しているのだろうかというのが、大きな疑問なのですね。

〇若林検討員 私も社会学者で、人口学それ自体のデモグラフィの数をコンピュータで弾くことはしない社会学者なものですから、なかなかわかりにくいところがありますが、アフリカはおっしゃるとおり、数自体の基数は小さいですが、増加率は大変な増加です。サハラ以南で、例のエイズの問題がありまして、平均寿命が、とたんに60ぐらいから40前後に落ちたボツワナ、そういうところも含めまして一律には言えないけれども、アフリカの人口増加率は膨大なもの。また、数は1、2、3、4ではなくて、1、2、4、8と、人口というのはそういう幾何級数的な特色がありますし、それから国連の推計はあくまでも過去数年の延長として算出するわけで、将来の予測に、哲学的な要因は入れていない、過去の趨勢を伸ばすというのが推計作業の鉄則ということです。それはおっしゃるように、これからどうなるかの、いろいろな意味での、そこの将来的な見定めは、デモグラファーは意図してやらないというふうに、私は受けとめます。自分は計算していないという前提ですが。

〇太田検討員 私も全く専門ではないですけれども、人口動向の長期予測のための変数は、確か、死亡率、出生率、そして移民の動向の3つぐらいしかないということで、経済的変数は全然入っていないと思います。

〇若林検討員 出生、死亡の自然増加を伸ばす。それに今回、日本の近く発表される推計では、国際人口移動を今までは入れなかったけれども、入れざるを得ないということで、日本の推計はそれを一応加味するという骨格は、この間の人口問題審議会で出されたようです。国際人口移動は、国連推計では、まだ未知数で、そこまでは推計に織り込めないのではないかな。確かに、おっしゃるようないろいろな問題はあります。

〇安井座長 ボツワナの話なども、非常に興味のあるところなんですけれども、とにかく平均寿命が62から38まで落ちていますからね。とにかくあの国は非常に豊かな国ですけれども、本当にこれから人口がどうなるかというのは、わからないところではありますから、いずれにしても、我々は国連の中位推計だからといって信じるわけには、多分いかないだろうというスタンスでいこうかとは思っているのですけれども。

〇若林検討員 平均寿命もしばらく前はそんなに延びないといわれていたのですが、医学的に2100年は100歳を超えるという推計もあらわれているのですね。どこまで一体延びるのかとか、医学的な要因分析は、そこまでの科学的判明は、まだないと見た方がいいと思いますね。日本の推計も、この間までは、ある程度頭打ちという推計をしていたのが、それでは厚生労働省の推計として、医学水準向上を無視しているのではないかと指摘を受けたことがあり、まだまだ延びるかどうかは、医学的には未知数だというふうに思います。

〇安井座長 30分時間がオーバーしてしまいましたが、最後に明日香先生。

〇明日香検討員 質問ですが、先ほどちょっとおっしゃった中国がやっている地球環境対策は人口対策だ、一人っ子政策だと、昔にお書きになった本で、中国人に感謝しなければいけないと、たしか書いていらっしゃったような気がして、時々引用させていただくのですが、多分、そういうふうに考えているのは中国の人だけで、ほかの人たちは中国に感謝しなければいけないとか、温暖化環境対策が人口対策だと、一人っ子政策が環境対策だとは考えていない人が、世界で大部分だと思うのです。
 一方、例えばアメリカは逆に、中絶をおかしいとか、僕から見ると矛盾した、一方では資源を消費し過ぎるといって、一方では人口政策を批判するという、矛盾しているような、多分、COの問題もそういうところがあって、一国全体で増えているからけしからんと。そこに人口の延びとか、途上国の特にインド、中国の人口の延びとは余り頭にない議論が日本でもあるような気がするのですが、その辺、何かコメントがあれば……。

〇若林検討員 明日香先生の方が、むしろよく存じのとおり、中国は人口と環境はともに国策としてセットで進めていますよね。むしろ私が引用した1つの例としては、痛みを伴うけれども、中国にとって最大の環境対策は一人っ子政策だというような発想も含めて、中国は動いている。世界に対して感謝しなければ、と私が言ったのではなくて、中国が世界の人口爆発をとどめたという点で、自信を持って世界に貢献したと、中国国家は思っているというような言い方で、私は紹介しているわけで、私が感謝すべきとかどうだという主観で評価しているわけではない。中国国家が胸を張って、世界の爆発を自分たちの一人っ子政策でとどめることに成功したという意味で、一人っ子政策の成果を非常に高く、自分たちの自己達成度を胸を張っているという評価を、私が引用しているのです。

〇明日香検討員 中国の人がそう言っても、多分、めでたしという感じの話ではなく、多分COの問題もそういうところがあって、資源の再分配なり、権利の再分配なりの話につながるとは思うのですが、僕はどちらかというと、そういう矛盾を感じるところであるんですが、世の中、そうでもないので、どうすればいいのかなと、いつも思うのですが。

〇若林検討員 そうですね、私が研究している中国人口問題に対し、中国の人口はもういいというような感じで、むしろ今後は環境問題だという形で世の中が受けとめているのではないかと思います。中国の人口について、私が一番びっくり仰天するのは、13億の人間の意識の改革をすさまじい勢いでやったという感じがあります。環境問題はその辺、人様のところや川の中へごみを出せばいいとか、隣りに掃き出せばいいというような発想がまだまだ残っている。環境問題の方が今はもっとずうっとクローズアップされて、中国の人口は昔ほど、注目されなくなっている。ある程度、先が見えたというか。数量については確かにそのとおりだと思います。環境問題の方が非常に重要な世界環境論へともっともっと拡大、重要なところに位置してきているのではないかと思います。

〇安井座長 35分オーバーいたしましたので、これにて。

〇若林検討員 どうも発表が長引いて失礼いたしました。

〇安井座長 それでは、次回もまたよろしくお願い申し上げます。
 ありがとうございました。

午後 5時35分 閉会