第3章 地球のいのちを未来につなぐ

第1節 COP10の成果と今後の展開

1 COP10開催までの経緯

 生物多様性条約は、1992年(平成4年)にリオデジャネイロ(ブラジル)で開催された国連環境開発会議(地球サミット)において気候変動枠組条約とともに署名のために開放され、翌1993年(平成5年)に発効しました。

 生物多様性条約は、[1]生物多様性の保全、[2]その構成要素の持続可能な利用、[3]遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分の3つを目的にしています。その対象とする議題は多岐にわたり、「保護地域」「森林」「沿岸・海洋」「侵略的外来種」といった保全と関わりの深いものから、「気候変動」「ビジネス」「資金メカニズム」といったものまで、国際的な生物多様性の問題の動向を踏まえて広がってきています。

 193の国と地域が生物多様性条約を締結しています(平成23年3月現在(米国は未締結))。生物多様性条約の最高意思決定機関である締約国会議(COP)は、おおむね2年に1回開催されます。

 2002年(平成14年)のCOP6において決定された「生物多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させる」という「2010年目標」の目標年に開催されるCOP10では、2010年目標に替わる2011年以降の新たな世界目標や、2006年(平成18年)のCOP8においてCOP10までに国際的な枠組の検討を終了させることを決定していたABSに関する議定書の合意を目指すという、生物多様性の将来を左右する重要な会議としての期待が高まっていました。

2 COP10の概要

(1)開催概要

 COP10は、2010年(平成22年)10月18日から29日まで、愛知県名古屋市にある名古屋国際会議場において、「いのちの共生を、未来へ(Life in Harmony, into the Future)」をスローガンとして開催されました。世界各地から180の締約国と関係国際機関、NGO等のオブサーバー、報道関係者、スタッフも含め、計13,000人以上が参加しました。COP10とこれに先立ち開催されたMOP5(カルタヘナ議定書第5回締約国会議)期間中の公式サイドイベントは約350にのぼり、参加者数、イベント数ともに過去最大のCOPとなりました。また、会場周辺では地元の愛知県、名古屋市、経済団体等からなるCOP10支援実行委員会が主催した生物多様性交流フェアが開催され、NGO、企業、自治体などによる200近いブースが設置され、期間中約11万8千人の方々が参加しました。

(2)会議の運営

 COP10では、事務的なものも含めると合計40の議題が設定されていました。開催国である日本が議長国となり、会議の最終的な意思決定は、松本環境大臣が議長を務めた「全体会合」において行われました。全体会合の下には保護地域など個別の議題について議論する「作業部会I」、ポスト2010目標などの横断的な議題について議論する「作業部会II」、予算委員会、「ABS」に関する非公式交渉グループが設置されました。

(3)COP10の主要な成果

 ア 愛知目標

 COP10では、2011年以降の生物多様性に関する新たな世界目標を含む今後10年間の戦略計画が採択されるとともに、この世界目標を「愛知目標」と呼ぶことが合意されました。

 愛知目標は、2050年までの長期目標(Vision)として「自然との共生」、2020年までの短期目標(Mission)として「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動の実施」が掲げられ、さらに具体的数値目標を含む20の個別目標によって構成されます。本目標は、生物多様性条約全体の取組を進めるための柔軟な枠組みとして位置付けられ、今後、各締約国が生物多様性の状況や取組の優先度等に応じて国別目標を設定するとともに、各国の生物多様性国家戦略の中に組み込んでいくことが求められています。


戦略計画2011-2020(愛知目標)

 イ 名古屋議定書

 ABSに関する国際的枠組み(議定書)については、事前の準備会合等においても議論が重ねられてきましたが、途上国と先進国の意見の溝は埋まらず、最終日まで議定書の採択が危ぶまれていました。

 各国閣僚等からは議定書の合意に向けた強い期待が示されていましたが、連日未明まで及んだ事務レベルの交渉は進展せず、最終日29日の朝に、COP10議長である松本環境大臣から議定書の議長案が各地域代表に対して提示され、この議長案をもとに閣僚級の議論が重ねられ、最終的には各締約国が互いに譲歩するかたちで、「名古屋議定書」が採択されました。

 名古屋議定書が発効することにより、[1]提供国の国内制度の透明性、明確性、法的確実性が確保され、円滑な遺伝資源の取得が可能になり、[2]公正かつ衡平な利益配分が促進され、生物多様性の保全とその持続可能な利用が強化される、[3]提供国のABSに関する国内制度の遵守が促進され、遺伝資源の適切な利用が推進されることなどが期待されています。


遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)の仕組みの概要


名古屋議定書の概要

(4)その他の決定事項

 上記以外にも、「保護地域」や「持続可能な利用」など、今後の地球規模での生物多様性の保全と持続可能な利用を進めるうえで重要な合計47の決定が採択されました。


生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の決定一覧

 ア 国連生物多様性の10年

 2011年(平成23年)から2020年(平成32年)までの10年間を、国際社会のあらゆるセクターが連携して生物多様性の問題に取り組む「国連生物多様性の10年」とすることをわが国が提案し、COP10において国連総会で採択するよう勧告することが決定されました。そして、2010年(平成22年)12月の第65回国連総会において、「国連生物多様性の10年」について採択されました。

 イ SATOYAMAイニシアティブ

 生物多様性を保全するためには、原生的な自然環境の保護だけではなく、農業や林業などの人間の営みを通じて形成・維持されてきた二次的な自然環境の保全も重要となります。こうした自然環境には多様な生物が適応・依存しており、生物多様性の保全上重要な役割を果たしていますが、都市化、産業化、地域の人口構成の急激な変化等により、世界の多くの地域で危機に瀕しています。

 わが国においても、二次的な自然環境を形成している里地里山の管理や再活性化は、過疎化や地域に基盤を有する一次産業の衰退が進む中で長年悩みながら取り組んできている課題です。COP10のスローガンともなった「自然との共生」を実現していくためにも、わが国はCOP10議長国として、二次的な自然環境における生物多様性の保全とその持続可能な利用の両立を目指す「SATOYAMAイニシアティブ」を日本から提唱し、諸外国や関係機関と問題意識を共有しつつ、世界規模で検討し、取組を進めていくことにしました。


SATOYAMAイニシアティブの概念構造

(5)日本の貢献

 わが国は、議長国(日本政府)主催のハイレベルセグメント(閣僚級会合)において、菅総理大臣より、途上国支援として「いのちの共生イニシアティブ」(20億ドル)を表明しました。また、松本環境大臣より同イニシアティブの下で生物多様性国家戦略の策定支援等に向けた「生物多様性日本基金(10億円)」及びABSに関する途上国の能力構築等に向けた支援(10億円)について、また、伴野外務副大臣より遺伝資源の利用、森林保全に関する具体的な支援策を表明しました。さらに、議長国として各議題における議論に積極的に参加・貢献し、円滑で公平な議事運営、名古屋議定書に関する「議長提案」といった、会議をリードするポジティブな姿勢が各国から高く評価されました。

 また、開催地である愛知県・名古屋市ならではの趣向を凝らした心温まるもてなしや、生物多様性条約市民ネットワーク(CBD市民ネット)をはじめとした日本のNGOの積極的な活動に対しても、多くの参加者から感謝の意が表されました。こうした一つひとつの取組の積み重ねが、会議を成功に導いた一因と考えられます。


合意の瞬間



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