第2節 拡大する生物多様性の損失

1 世界における生物多様性の損失の状況

 生物多様性条約事務局が2010年(平成22年)5月に公表した地球規模生物多様性概況第3版(GBO3)では、15の評価指標のうち、9つの指標で悪化傾向が示され、「2010年目標は達成されず、生物多様性は引き続き減少している」と結論付けられました。


生物多様性条約2010年目標に関する指標の傾向

 例えば、分類群ごとの絶滅のおそれの状況を表す指標として、レッドリストインデックス(Red List Index)あります。この値が1の場合はその分類群のすべての種が近い将来に絶滅の危機に瀕していないことを表し、値が0の場合はその分類群のすべての種がすでに絶滅したことを表します。この推移をみると、両生類は他の分類群に比べて、絶滅の危険性が非常に高まっていることが分かります。さらにサンゴ類は1990年代の中頃以降、急速に絶滅の可能性が高まっていることが分かります。


レッドリストインデックスの推移


転換点(tipping point)の概念図

 具体的な生態系の改変状況の事例として、陸上における代表的な自然環境である森林について見てみます。ミレニアム生態系評価によれば、この30年で世界の森林面積の半分が失われたとされ、現在は地表の約31%をしめるまでに減少してしまいました。近年の傾向をみても、2000年から2010年の間には、毎年、ほぼ北海道、四国、九州を合わせた面積に匹敵する13万km2近くの森林が他の用途に転換されるなどして失われています。


世界の森林面積の国別純変化量(2000年〜2010年)

 このように生物多様性の世界的な損失は歯止めがかかっておらず、その影響は生態系サービスへと及んでいる状態ですが、今後、この損失が続くとどうなるのでしょうか。GBO3では、もし、地球のシステムがある転換点を超えてしまうと、生物多様性の劇的な損失とそれに伴う広範な生態系サービスの劣化が生じるリスクが高まると警鐘を鳴らしています。

2 日本における生物多様性の損失の状況

 平成22年5月に公表された生物多様性総合評価は、1950年代後半から現在までの日本の生物多様性の状態について、専門家が統計資料等の具体的な情報に基づいて評価したものです。この生物多様性総合評価によると、「人間活動にともなうわが国の生物多様性の損失は森林、農地、都市、陸水、沿岸・海洋、島嶼といったすべての生態系に及んでおり、全体的に見れば損失は今も続いている」と結論付けています。


日本の生物多様性の損失の状態

 損失の要因には、人間活動や開発などによる直接的要因と、その背景にある社会経済上の変化などの間接的要因があります。このうち、直接的要因については、生物多様性国家戦略において4つの危機として整理されています。人間活動や開発による「第1の危機」については、人口減少や低成長などを前提に、開発や改変の速度はさらに低下するが、過去に行われた開発や改変の影響は継続すると見込まれています。ただし、わが国における絶滅種、絶滅危惧種の絶滅要因として最も影響を及ぼしているものは開発によるものとなっています。

 里地里山などでは、人間活動の縮小による「第2の危機」が深刻な問題となっています。農山村の人口減少と高齢化の進行等に伴って、里地里山などの維持管理が困難となり、農用地や二次林の利用低減による生態系サービスの低下が懸念されています。

 外来種や化学物質など人間により持ち込まれたものによる「第3の危機」については、意図的・非意図的な外来種の侵入、定着、拡大の傾向は今後も継続すると見込まれています。特に河川、湖沼などの陸水域生態系や島嶼生態系ではその影響が懸念されています。

 「地球温暖化の危機」については、高山やサンゴ礁などの脆弱な生態系で不可逆的な影響が生じる可能性があります。地球温暖化の危機に対応するためには、温室効果ガスの排出量の削減を進めていくことが必要です。また、地球温暖化により生じる環境や生態系の変化へ対応するための適応策を進めていく必要があります。


石西礁湖におけるサンゴの白化と温度の関係

3 生物多様性と私たちの暮らしとの関係

 私たちの暮らしが生物多様性に与える影響を測る指標の一つとして、「エコロジカル・フットプリント」があげられます。エコロジカル・フットプリントは人間活動が与える環境負荷をその活動に必要な土地面積により表した指標です。エコロジカル・フットプリントは年々増加しており、現在の私たちの生活には、地球が1.5個必要となり、2030年代半ばには地球が2個必要になると予測されています。つまり、現在の私たちの暮らしは、将来の資源(資産)を食いつぶすことによってようやく成り立っているといえます。


世界のエコロジカル・フットプリントの推移

 日本のエコロジカル・フットプリントは近年減少傾向にありますが、2006年(平成18年)のエコロジカル・フットプリントでみると、世界平均の約1.5倍に当たり、世界の人々が日本と同じ生活をした場合、地球が2.3個必要になります。また、日本の特徴として、生物生産力と比べてエコロジカル・フットプリントが高いことがあげられます。これは、私たちが国内で消費する資源の多くを海外からの輸入に頼っており、海外の生態系サービスにも影響を与えていることを意味しています。


国別のエコロジカル・フットプリントと生物生産力の割合

4 日本が世界の生物多様性に及ぼす影響

 日本の人口は約1億3千万人であり、世界の人口約69億人に対して占める割合は2%弱とわずかです。しかし、資源消費に目を向けてみると、わが国は人口割合と比較して世界で産出される資源の多くを消費しています。そして、その資源利用によっては、世界の生物多様性に影響を及ぼすおそれがあります。

 わが国はエビの輸入・消費国として知られており、その輸入先はベトナム、インドネシア、タイなど東南アジアの国々からの割合が多くなっています。海沿いに広がるマングローブ林には多くの生きものが生息し、魚介類の産卵場所や稚子魚の生息地となるほか、高波浪から陸地にある居住地などを守る効果などがあります。しかし、東南アジアでは、エビの養殖場を作るために多くのマングローブ林が消失しています。


日本のエビの輸入先

 生物多様性への影響という点では鉱物分野の取組も重要です。例えば、ニッケルは、メッキやステンレスの材料などに使用されていますが、わが国はニッケルの全量を海外からの輸入に依存しています。輸入先の一つであるニューカレドニアは動植物が独特の進化を遂げた結果、多くの固有種が生息・生育し、生物多様性の保全上重要な地域として知られています。鉱物資源の産地に目を向けた場合、私たちの暮らしが生物資源や生態系への影響という点で生物多様性と無関係でないことが分かってきます。


日本のニッケルの輸入先



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