第4節 地球環境と経済社会活動

1 環境政策によるグリーン・イノベーションの促進

(1)グリーン・イノベーションを創出する環境政策

 環境政策を通じて環境負荷による社会的コスト(外部不経済)を内部化させることは、環境技術に対する需要を増加させ、グリーン・イノベーションの創出につながります。京都議定書が採択された1997年以降、低炭素技術に係るイノベーションが劇的に進展したことに示されるように、民間の低炭素技術に関する研究開発への投資決定においては、市場に明確なシグナルを与えることが重要です。

 また、同じ目標に対し、複数の政策が考えられる場合には、さまざまな新技術の開発や導入に対する選択が可能な柔軟性のある政策手法を取り入れていくことが望ましいと言えます。こうした観点も踏まえ、グリーン・イノベーションの促進には、直接規制だけではなく、対策に工夫の余地があり、環境負荷を減らせば減らすほどメリットが生じる経済的手法を含む効果的なポリシーミックスと推進することが重要です。


気候変動緩和技術における技術革新のトレンド

(2)イノベーション政策との融合

 こうした環境政策に加え、研究者による新技術の開発や当該技術の普及に必要なイノベーション政策を強化することにより、グリーン・イノベーションを加速化させることが必要です。

  環境省が実施した「環境にやさしい企業行動調査」において、環境産業の進展上の問題点としては、「消費者等の意識・関心の低さ」、「追加投資への高いリスク」、「組織内のアイデア・ノウハウの不足」、「市場規模などの環境産業に関連する情報の不足」などが多く挙げられました。また、行政に求める支援策としては、「税制面での優遇措置」、「環境産業に関する情報提供」、「消費者の意識向上のための啓発活動」などが多く挙げられました。


環境ビジネスの進展における問題点


環境ビジネスの進展のために行政に望む支援策

 グリーン・イノベーションを通じて、環境産業を創出するためには、研究から開発、事業化、そして産業化にいたる一連の過程において、公的な資金援助や税制優遇だけでなく、人材育成、公共調達、産学官連携などの施策を、包括的かつ業種特性や事業規模等に応じきめ細やかに実施することが必要です。


イノベーションの創出にいたる過程と各種支援施策

[1]研究開発・ベンチャー企業等への支援

 研究開発については、民間企業に任せるだけでなく、政府においても、民間の研究開発投資に対する税制上の優遇措置や、成果がビジネスに直接つながりにくい基礎研究における補助など、積極的に行っています。

 また、産業化に乗り出すベンチャー企業を育成・支援するため、政府において、エンジェル税制、ベンチャーファンド等の措置を講じています。

[2]環境人材の育成

 グリーン・イノベーションによる技術革新や新たな環境産業の創出・経済活動のグリーン化には、環境人材の育成・活用が必要です。環境省においては、(ア)大学教育モデルプログラムの開発と普及、(イ)産学官民の連携の下環境人材の育成を目指す「環境人材育成コンソーシアム」の立ち上げ、(ウ)環境人材育成に取り組むアジア大学のネットワーク化を進めています。

[3]グリーン購入の促進等による需要の喚起

 環境産業を創出するには、環境配慮製品の需要を喚起する施策を講ずることも重要です。

 その一つとして、わが国においては、最終需要の約2割を占める国等の公的機関が率先して環境物品等(環境負荷低減に資する製品・サービス)の調達を推進するグリーン購入の取組を進めています。「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律」(以下「グリーン購入法」という。)の施行前(平成12年度)と平成19年度における市場占有率を比べてみると、グリーン購入法の施行により、多くの環境物品について上昇が見られます。例えば、再生プラスチックがプラスチック重量の40%以上使用されているステープラー(ホッチキス)は、グリーン購入法の施行後、市場占有率は、20%未満からおよそ90%へと大きく伸びています。


グリーン購入法施行前後における特定調達物品等の市場占有率の推移

 また、特に近年増加が著しい家庭からの温室効果ガスの排出を削減するため、環境省においては平成20年度より「エコ・アクション・ポイントモデル事業」を実施するとともに、平成21年度からは、地球温暖化対策と経済活性化のため、家電エコポイント、住宅エコポイントやいわゆるエコカー補助が導入されました。こうした政策により、個人消費に持ち直しの動きが見られたほか、家電業界や自動車業界の景気・雇用を下支えすることとなりました。

[4]海外、とりわけアジア地域への市場拡大

 経済成長を維持しつつ公害問題を克服してきたわが国の経験と知恵をアジア地域に共有するとともに、わが国のすぐれた環境技術を積極的に展開することにより、アジア地域の持続可能な発展を促進することができると考えられます。

 また、例えば、中国においても環境問題に対する取組を都市レベルで進める動きが見られ、今後より一層環境ビジネスを巡る競争が激化することが予想されます。こうした中、わが国の企業が世界最高水準の環境技術力を活かし、中国の環境市場に積極的に進出していくことが期待されます。

 このように、アジア地域を中心に環境市場のさらなる拡大が予想されますが、デンマーク、スペイン、フィンランド、ドイツなど欧州の国々においては、環境産業を輸出戦略の中核に据えて、政府が環境産業の育成・支援を行うとともに、環境製品・サービスの輸出を積極的に推進する動きも見られます。


諸外国における環境産業振興・輸出戦略

 わが国においても、例えば、地球温暖化対策に関する途上国支援として、平成21年12月の気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)において発表された「鳩山イニシアティブ」では、民間資金・民間技術による支援は、途上国による温室効果ガス排出削減を強力に進める上で不可欠との考えの下、わが国の高い環境技術を戦略的に活用しつつ、官民一体となって応分の貢献を行っていくこととしており、このことは、わが国が自らの気候変動対策技術に磨きをかけることで世界の先頭に立ち、緩和と適応の双方に関する日本の技術と知見を世界に広めることにつながり、日本経済にとって大きなチャンスをもたらすことが期待されています。

2 地球環境を考慮した新たな経済発展の考え方

(1) 地球環境を考慮した経済発展の指標

 これまでのわが国の伝統的指標はGDPですが、国内市場において取引された財・サービスのみを計上し、市場を経由しない環境価値の喪失・改善などは評価されないなど、福祉や人々の幸福感といった生活の質や持続可能性などを測る指標としては必ずしも適切ではありません。こうしたことから、低炭素社会、さらには持続可能な社会の実現に向けて、OECD、EU、世界銀行等の国際機関やNGOなどで、GDPを補足する持続可能性指標の開発が進められています。ここではすでに指標化が進められているいくつかの試みについて紹介します。

 その一つとして、グリーンGDPがあります。グリーンGDPとは、環境の悪化や自然資源の消費を国民所得勘定に組み込んだGDPをいい、多くの国々でグリーンGDPの計算方法が作られました。しかし、グリーンGDPは、自然資源の消費による減価を適切に貨幣換算することがむずかしいなどの問題点も指摘されています。

 このほかに、世界銀行によって開発された指標で、「ジェニュイン・セイビング(Genuine Savings)」があります。ジェニュイン・セイビングは、国民総貯蓄から固定資本の消費を控除し、教育への支出を人的資本への投資額と考えて加えるとともに、天然資源の枯渇・減少分及び二酸化炭素排出等による損害額を控除して計算されます。例えば、ジェニュイン・セイビングがマイナスとなることは、総体として富の減少を示しており、現在の消費水準を持続することはできないことを意味します。


各国・地域別ジェニュイン・セイビング

 さらに、欧州では、「持続的発展戦略」を踏まえ、2005年、OECDとEurostatにおいて、持続可能性を評価する指標群を作成しました(2007年に改訂)。この指標群は、持続的発展戦略にある9つの目標ごとに、さまざまな指標を目標との関連性や関係の深さから体系的に3つのレベルに整理しています。具体的には、レベル1で11指標、レベル2で33指標、レベル3で78指標により持続可能性を捉えていくこととしています。このほかにも、国立環境研究所の調査によると、少なくとも26の国や国際機関等が、それぞれ、持続可能な発展に関わる指標を作成してきており、持続可能性を柱とした発展の測定が進められています。


欧州における持続可能性指標リスト(レベル1)

 また、生活の質や発展度合いを示すものとして、国連開発計画(UNDP)が発表している「人間開発指数(HDI)」があります。このHDIは、識字率や1人当たりGDP、平均寿命などを考慮して算出されますが、これを用いて先進国の発展度合いを測った場合、すでに多くの国では満点に近い数字を獲得しています。このことは、先進国においては、HDIによって目指すべき発展の水準は、すでに達成されていることを意味しています。こうした状況から、先進国における発展状況を測定していく場合、より先進国の状況に見合った指標を設定し、国の発展度合いを測っていく必要があります。例えば、HDIでは「GDP」が利用されていますが、これを二酸化炭素排出量当たりのGDPに置き換えるなど、先進国における環境保全の状況等も組み込んで、先進国における発展状況をより適切に把握することも考えられます。仮に、そのような置き換えを行い、再試算を行った場合、HDIでは10位であった日本は、6位にランクされるなど、順位に大きな変化が生じます。


先進国の発展状況を表す指標の試算例

(2) 環境と経済の好循環を生み出す新たな経済社会の実現に向けて

 今般の世界的な経済危機等をきっかけに、いわゆる「グリーン・ニューディール政策」が各国で導入されたように、環境関連投資等の環境対策は経済成長の原動力として考えられるようになっています。つまり、環境対策に費用をかけるということは、環境改善や省エネ技術・サービスに対する新たな需要の創出につながると考えられます。また、他国に先んじてこのような技術・サービスの新市場が創出され、そこで日本の環境技術が育てられていけば、いずれ世界的に需要が顕著に増大すると見込まれる環境市場で比較優位を確立し、わが国の環境産業は、将来の日本経済にとって強力な輸出産業に成長することになると考えられます。

 こうした動きは、国際的にも広がりを見せています。例えば、平成21年6月のOECD閣僚理事会において「グリーン成長に関する宣言」が採択されました。この宣言においては、経済の回復と環境的・社会的に持続可能な経済成長を成し遂げるために「グリーン成長戦略」策定作業をOECDに要請し、平成22年のOECD 閣僚理事会に中間報告を提出することになっています。こうした状況を踏まえ、わが国の経済状況は依然として厳しい状況にありますが、環境対策を後回しにするのではなく、早い段階から積極的な研究開発投資などによるイノベーションを通じた環境産業の創出を図るとともに低炭素社会を構築することにより、わが国の経済の体質強化と地球環境や世界の持続可能な発展への貢献につなげることが必要です。



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