第3章 生物多様性の危機と私たちの暮らし−未来につなぐ地球のいのち−

第1節 加速する生物多様性の損失

1 急速に失われる地球上の生物多様性

 地球上の生物は、およそ40億年の進化の歴史の中でさまざまな環境に適応してきました。進化の結果として、未知の生物も含めると、現在3,000万種とも推定される数多くの生物が存在しています。そのうち、私たちの知っている種の数は約175万種であり、全体のほんのわずかにすぎません。生命の誕生以降、私たちを取り巻く地球の生態系は、地球上で生物が活動を続けてきた長い歴史の上に成立しているものです。一度失ってしまえば、その回復には気の遠くなる時間が必要になることは想像に難くありません。

 過去に地球上で起きた生物の大量絶滅は5回あったといわれていますが、これらの自然状態での絶滅は数万年〜数十万年の時間がかかっており、平均すると一年間に0.001種程度であったと考えられています。一方で、人間活動によって引き起こされている現在の生物の絶滅は、過去とは桁違いの速さで進んでいることが問題です。1975年以降は、一年間に4万種程度が絶滅しているといわれています。


種の絶滅速度

 また、2009年(平成21年)11月に国際自然保護連合(IUCN)が発表したIUCNレッドリストによると、評価対象の47,662種のうち17,285種が絶滅危惧種とされ、前年の結果よりも363種増加していました。絶滅の危機に追いやる要因は、生息地の破壊が最も大きく、そのほか、狩猟や採集、外来種の持ち込み、水や土壌の汚染など多岐にわたります。評価を行った哺乳類(5,490種)のうち21%、両生類(6,285種)のうち30%、鳥類(9,998種)のうち12%、爬虫類(1,677種)のうち28%、魚類(4,443種)のうち32%、植物(12,151種)のうち70%、無脊椎動物(7,615種)のうち35%が、絶滅の危機にさらされていることが分かりました。


分類群別にみた世界の絶滅のおそれのある動物種数

2 生物多様性の損失と私たちの暮らしとの関係

 2001年から2005年にかけて行われた国連のミレニアム生態系評価では、過去50年間で人間活動により生物多様性に大規模で不可逆的な変化が発生していると指摘しています。また、21世紀の前半にはさらに生態系サービスの低下が進行し、加速度的かつ不可逆的な変化が生じるリスクも増加すると指摘しており、これに貧困の悪化が加わり、解決に向かわない場合は将来世代が受ける利益が大幅に減少すると結論付けています。

 生物多様性を劣化させる主な原因としては、森林の減少、生物資源の過剰利用などがあり、いずれによる生物多様性への負荷も継続しているか、増大していることが分かります。世界の森林面積は、1990年には40億7,728万haありましたが、1990年〜2000年の間の森林の減少は年間890万ha(−0.22%)、2000年〜2005年の間の森林の減少は年間730万ha(−0.18%)と、減少率が鈍化しているものの、この減少分は、植林、植生の復元、森林の自然回復等による増加分を差し引いたものであり、依然として年間約730万haもの広大な森林が減少していることは大きな問題です。特に、アフリカやラテンアメリカでは森林の減少に歯止めがかかっていないことが分かります。


地域別森林面積の推移(1990〜2005年)


森林地域の年間実質変化率(2000〜2005年)

 また、世界の漁業生産量は、1950年から2000年の50年間で6倍以上に達しており、人口が同時期に約2.4倍になったのを遙かに超える伸びであり、過剰利用の割合も増加しています。


世界の漁業生産量の推移


世界の漁業資源の利用状況(1974〜2006年)

3 生態系サービスの劣化による経済的損失

 生物多様性の損失が私たちの暮らしに与える影響を客観的に把握するため、生態系サービスの経済的な価値を把握する取組がなされています。生態系サービスには様々な種類があり、中にはサービスの特性から経済的な評価が困難なものがあるものの、貨幣価値に換算することが可能な範囲で試算がなされたものとして、世界的には、これまで上表に示すような例が報告されています。


生態系サービスの貨幣価値の評価事例

 このように、経済的な価値を把握しようとする動きが盛んですが、生態系サービスの経済的評価の対象となる自然環境は一つとして同じものはなく、地球温暖化対策において二酸化炭素の排出量に価格を付けるといったような単一の尺度による評価が非常に困難であるため、経済的な評価の検討に当たっては、この点に十分留意する必要があります。

 生態系と生物多様性の経済学(TEEB)D1(政府決定者向け)によると、地域の開発案件がある場合、往々にして民間部門の利益が重視され、生態系サービスが過小に評価されるため、開発行為がビジネスとしても成立するとの判断をもたらす傾向があります。しかし政府からの補助金を除いたり、利用後の復元に要する費用などを考慮したりすると、生態系サービスが予想以上に大きく、開発しない方が開発するよりも利益が上回ると分析しています。例えば、マングローブ林を伐採してエビ養殖場を設ける場合、開発者が得られる収益という面からのみ評価されることがほとんどです。エビ養殖場のもたらす経済効果とマングローブのもたらす便益が比較され、前者が相当大きいと判断されます(図の左)。しかし、エビ養殖場の開発には政府の補助金が入っており、この支援を除いた場合は、開発による経済効果が8分の1程度に減少します(図の真ん中)。さらに、開発者が得られる収益だけでなく、例えば、5年後にエビ養殖場を原状回復してマングローブ林の機能を蘇らせる場合に必要な公的コストとマングローブ林を残した場合にもたらされる公的便益も含めて開発と保全のどちらがよいか比較すると、保全する方の便益が開発する場合を上回る結果となりました(図の右)。


エビ養殖場の開発による便益とマングローブ林のもつ公的便益の関係

 一方、わが国においても生態系サービスを経済的に評価する取組が行われています。例えば、ガンカモ類の国内有数の飛来地である蕪栗沼(宮城県大崎市、ラムサール条約湿地)を対象地とて、周辺で行われている環境保全型農業などによって保護された生態系サービス(現在のガンカモ類の飛来数(7万羽)を維持する)の経済的な価値が分析されています。この分析は、複数の環境保全策の案を回答者に示して、その好ましさを尋ねることで環境の価値を分析するコンジョイント法で行われました。全国規模のアンケート調査をインターネットで行った結果、6日間で3,257名の回答(回答率21.6%)が得られました。その結果、各世帯の平均支払い意志額は1世帯当たり年間で1,007円、全国の世帯数5,288万世帯(平成21年3月現在)に広げた場合の合計額は532億円と試算されました(環境経済の政策研究 馬奈木准教授、栗山教授より)。

 このように生態系サービスの経済価値を貨幣価値に換算することで、開発して得られる経済的価値と保全することで保たれる経済的価値や両者に係るコストの比較が行えるようになります。



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