環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第2部>第2章 生物多様性の保全及び持続可能な利用>第1節 生物多様性の現状

第2章 生物多様性の保全及び持続可能な利用

第1節 生物多様性の現状

 2010年(平成22年)10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議COP10)から早一年が経過し、本年10月にはインド・ハイデラバードで第11回締約国会議(COP11)が開催されます。ここでは、生物多様性の保全と持続可能な利用の実現に向けたCOP10後の動きを中心に見ていきます。

1 愛知目標と生物多様性国家戦略

 COP10では、生物多様性に関する2011年以降の新たな世界目標として愛知目標が採択されました。愛知目標では、[1]生物多様性の社会への主流化、[2]生物多様性への直接的な圧力の減少と持続可能な利用の促進、[3]生態系、種及び遺伝子の多様性の保全と生物多様性の状況の改善、[4]生物多様性及び生態系サービスから得られる恩恵の強化、[5]参加型計画立案、知識管理、能力開発を通じた実施の強化からなる5つの戦略目標のもと、計20の個別目標が掲げられています。この5つの戦略目標は環境などの問題と政策や対策との間の動的な関係を把握するためのモデルであるDPSIRモデルに準拠したものとなっています。DPSIRはそれぞれ、[1]人間社会における根本的原因(Driver)、[2]問題の直接的原因となる圧力(Pressure)、[3]それによって生じる影響(Impact)、[4]影響を受けて変化する生物多様性などの状態(State)、[5]それに対する社会側の対策や政策(Response)となっており、生物多様性の損失を止めるためには多角的な取組が必要とされていることがわかります。また、愛知目標では個別目標ごとに目標年が設定され、一部の個別目標では具体的な数値目標も設けられています。ただし、愛知目標は生物多様性条約全体の取組を進めるための柔軟な枠組みと位置づけられており、各締約国は生物多様性の状況や取組の優先度等に応じて国別目標を設定し、各国の生物多様性国家戦略の中に組み込んでいくことが求められています。

2 各国における生物多様性国家戦略

 愛知目標では「2015年(平成27年)までに、各締約国が、効果的で、参加型の改定生物多様性及び行動計画を策定し、政策手段として採用し、実施している。」ことが愛知目標の1つとされており、各国でも愛知目標を踏まえた生物多様性国家戦略の策定を進めていくことが求められています。生物多様性条約事務局によると、生物多様性条約の全締約国の約9割にあたる173か国で生物多様性国家戦略が策定されていますが、イギリス、フランス、オーストラリアなどの締約国と欧州連合(EU)では、COP10後に生物多様性国家戦略の策定が行われています。例えば、イギリスでは「Biodiversity 2020」と呼ばれる生物多様性国家戦略を策定し、2020年までの10年間における生物多様性政策の戦略的な方向性を示しています。同戦略では、陸域における生態系ネットワークの構築強化や2016年(平成28年)末までに領海の25%を含む海洋保護区のネットワークを構築すること、新たな革新的資金メカニズムの開発や生物多様性の価値を官民の両セクターの意思決定に組み込んでいくこと等を優先的に取り組むべき行動として明らかにし、それらの行動と2020年(平成32年)までに達成すべき目標や愛知目標との関係を明らかにするなどしています。EUでは欧州における生物多様性の状態を保護し、改善するための新しい戦略として「EU biodiversity strategy to 2020(2020年までのEUにおける生物多様性戦略)」を策定しています。同戦略では生物多様性及び生態系サービスが重大な経済的価値を有しているという認識のもと、生物多様性の損失や生態系サービスの劣化を防ぐため、「自然の保全と再生」、「生態系と生態系サービスの維持・向上」、「生物多様性の維持・向上に対する農業及び林業の貢献の強化」、「水産資源の持続可能な利用の確保」、「外来種の管理」、「地球規模での生物多様性損失防止への貢献」の6つの戦略目標と20の個別目標が掲げられています。オーストラリアでは2010年から2030年を計画期間とする生物多様性保全戦略が策定されており、同戦略では測定可能で目標年を明らかにした国別目標を設定等するとともに、2015年(平成27年)には同戦略の実施状況を点検し、必要に応じて見直しを行うこととしています。このように、既にいくつかの国々や地域で愛知目標を踏まえた生物多様性国家戦略の策定とその実施に向けた取組が進められています。

3 わが国における生物多様性国家戦略

 わが国では平成7年に最初の生物多様性国家戦略が決定され、平成14年と平成19年に見直しが行われました。当初、生物多様性国家戦略は生物多様性条約に基づくものとして策定されてきましたが、平成20年には生物多様性基本法が制定され、生物多様性国家戦略の策定が法定化されました。このため、平成22年3月には生物多様性条約と生物多様性基本法の双方に基づくものとして生物多様性国家戦略2010が閣議決定されました。生物多様性国家戦略2010では平成19年に策定された第三次生物多様性国家戦略を基本として、COP10に向けて実施すべき取組を視野に施策の充実等を図りました。同戦略の計画期間はおおむね平成24年度までとされ、COP10の成果も踏まえて見直しに着手することとされていることから、わが国では平成24年10月にインド・ハイデラバードで開催されるCOP11を目指し、生物多様性国家戦略の改定を行うこととしています。また、生物多様性国家戦略の実施状況については毎年点検することとされており、生物多様性国家戦略2010についても平成23年度に点検を実施しました。点検ではおおむね平成24年度までの間に重点的に取り組むべき施策の大きな方向性として生物多様性国家戦略2010に示されている4つの基本戦略([1]生物多様性を社会に浸透させる、[2]地域における人と自然の関係を再構築する、[3]森・里・川・海のつながりを確保する、[4]地球規模の視野を持って行動する)毎に達成状況を点検するとともに、政府の行動計画として生物多様性の保全と持続可能な利用を実現するため体系的に網羅した約720 の具体的施策毎に進捗状況及び今後の課題等について点検を行いました。このうち、数値目標を設定した具体的施策から4つの基本戦略の達成状況をみてみると、既に目標達成をしたものもありますが、その多くは進捗がみられるものの、引き続き、目標達成に向けた取組が必要となっています(表2-1-1)。


表2-1-1 数値目標からみた基本戦略の達成状況

 COP10では、2050年までに自然と共生する世界を実現することが長期目標(Vision)として採択されました。この自然との共生という概念はわが国から提案したものですが、平成23年3月に発生した東日本大震災では、自然は人間に様々な恩恵をもたらす反面、時として脅威となり、その脅威に対して人間はなす術がないということを改めて認識することとなりました。これまでの自然共生社会はどちらかというと自然の脆弱性やその恩恵を前提とした自然を対象としてきたといえますが、今後は自然が「恵みと脅威」という二面性を有するものであることを前提として人と自然との関係性を捉えなおしていくことが不可欠といえます。このため、環境省では生物多様性国家戦略の改定に先立ち、今後の自然共生社会のあり方について幅広い観点からご意見を伺うことを目的に8名の有識者からなる「人と自然との共生懇談会」を開催し、平成23年7月から12月にかけて計6回の懇談会を開催しました。懇談会では、自然のメカニズムやこれまでの歴史を考慮した視点が大切であることや、人と自然との共生を実現していくためには常にグローバルな視点を持ち、ローカルな課題に対応していくこと、これまでの生物多様性の議論では種の絶滅に注目することが多く、数や分布で生物の存在価値を論じてきたが、国土、時代、ライフスタイル、人口構造といったそれぞれの特徴によって、生物多様性の価値と保全の仕方は異なっており、生物多様性の中に人間もいるという観点でのライフスタイルづくりを進め、教育や地域づくりに活かしていくことが必要であるといったことなど、多岐にわたる意見が出されました。また、平成23年10月から11月にかけて全国8か所で生物多様性地方座談会を開催し、地方公共団体、企業、研究機関、NGO、関係省庁などの様々な主体によって進められている生物多様性に関する取組について情報共有を図るとともに、意見交換を行いました。生物多様性国家戦略の改定については、本年1月に中央環境審議会に諮問を行い、現在、COP11までの完成を目指して検討を行っていますが、その中では愛知目標の達成に向けたわが国のロードマップを示すとともに、策定後は生物多様性国家戦略に掲げられた取組を着実に実施していくこととしています。