第2節 地球温暖化対策による経済上の効果

 地球温暖化対策には、経済へのプラスの効果とマイナスの効果の双方があると考えられますが、このうち経済へのプラスの効果として、具体的には、まず、さまざまな産業、サービスにわたって、かなりの新ビジネスのチャンスがあると考えられます。低炭素エネルギー製品の市場は、今後相当の成長が見込める分野です。わが国も、このビジネスの好機を生かすよう努力しなければなりません。

 また、気候変動への対策は、現存する非効率性を根絶する一助となる可能性があります。企業レベルでも、地球温暖化対策の導入は、経費の節約につながる場合があるでしょうし、経済全体のレベルでは、気候変動対策は、非効率的なエネルギーシステムの改善につながる可能性があると考えられます

 さらに、気候変動対策を講じることの副次的な便益として、例えば大気汚染による健康被害が減ったり、世界の生物多様性の大きな割合を占めている森林が保全されたりすることにつながることも期待できます。

 最後に、地球温暖化対策の一環として、エネルギー効率を向上させるとともにエネルギー源及びエネルギー供給を分散化することは、国家のエネルギー安全保障に役立ち、また、エネルギーに関する長期的な政策枠組みを明らかにすることにも役立ちます。

 このように、温暖化対策の推進は、負担のみに着目するのではなく、新たな成長の柱と考えることが発想の転換として大切です。平成21年12月に閣議決定された「新成長戦略(基本方針)」にも、環境関連の事業を、国の内外で短期的にも長期的にも潜在的な需要が見込まれる持続的な成長分野と位置づけた上で、グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国を目指し、2020年までに50兆円超の環境関連新規市場、140万人の環境分野の新規雇用を創設するという目標が掲げられました。このことについては、本章第4節で詳しく説明します。

 リーマンショック後の世界的な不況の中、新たなビジネスを求めて、さまざまな企業が新たな分野に活路を見いだそうとしています。中でも環境ビジネスは、さまざまな分野ですでに芽を出し、その葉を広げつつあるものと言えます。

 自然エネルギーの利用は、今後ますます世界でその重要性が増すと考えられる分野です。代表的な自然エネルギー利用である太陽光発電については、IEA(国際エネルギー機関)のPVロードマップ2009の試算では、発電量ベースで世界全体で2020年までに現在の約5倍と大きな需要拡大が予測されており、太陽光発電で高い技術を持つわが国にとって、今後の成長の望める産業分野です。わが国においても、全量固定価格買取制度の創設、再生可能エネルギー利用設備の設置の促進、電力系統の設備の促進、規制の適切な見直し等による再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱、太陽熱、バイオマス等)の普及拡大支援策の導入が予定されており、国内での普及拡大に伴う量産効果によって製造コストが下がり、国際的にも価格競争力が増すものと期待されています。

 また、再生可能エネルギーの効率的な利用を実現する「スマートグリッド」については、欧米諸国をはじめとして、その導入に向けた取組が行われています。わが国の企業も太陽電池、二次電池といった電池技術を活かし、活発に事業を展開しています。

 経済産業省では、このスマートグリッド事業を次世代のビジネスと位置づけ、すぐれた製品・サービスを有する日本の企業が、海外にシステムとして事業展開することを支援するため、積極的かつ戦略的にスマートグリッドの国際標準化に貢献していくべく、平成21年8月に「次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に関する研究会」を発足させました。同研究会では、平成22年1月には26の重要アイテムを特定し、「スマートグリッドに関する国際標準化ロードマップ」として取りまとめを行ったところです。

 また、将来的には、スマートグリッドに警備システムや家電を操作する機能を付加した新たなサービスの展開も考えられます。

 リチウムイオン電池などの二次電池は、スマートグリッド以外に電気自動車などでも必須となる技術であり、わが国が得意とする分野です。環境省では、これまで大容量ラミネート型リチウムイオン電池に係る研究開発を支援してきたほか、経済産業省でも、高性能・低価格な革新型蓄電池を推進しています。実際に、昨年度から電気自動車やプラグインハイブリッド自動車の本格的な市場投入が開始されているほか、今後、大容量ラミネート型リチウムイオン電池を搭載した電気自動車も実用化が予定されています。二次電池は、次世代の環境配慮型製品の開発にとり欠かせない要素となっています。

 地球温暖化対策は、家計に光熱費の削減をもたらします。例えば、給湯器等の太陽熱利用システムは、太陽光エネルギーの利用方法としては、そのエネルギー効率が40〜60%と高く、価格も安い機器です。太陽熱利用システムは、欧州や中国などでは急速に導入が拡大しているものであり、わが国でも、リース契約を主とした形で普及を図ることにより、メンテナンス時のトラブルをなくし、安心して利用できる仕組みとしていきます(図2-2-1)。


図2-2-1 家庭用太陽熱利用システムの普及加速化について

 また、例えば、戸建住宅において太陽光発電、高断熱化、高効率給湯器を導入するとともに省エネ家電に買い換えた場合には、その導入・買い換えコストが発生するものの、光熱費の削減等の効果も得られます。さらに、住宅の高断熱化は、夏は涼しく冬は暖かく、より快適で健康的な居住空間となるという副次的な効果ももたらします。


スマートグリッド


 「スマートグリッド(次世代送電網)」という言葉はさまざまな意味で使われていますが、例えば通信機能を持った専用の機器やソフトウェアを組み込み、電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できるようにした送配電網を指すといった使われ方がなされたりします。

 いわゆる「スマートグリッド」をどのようなものと考えるかは各々の国や地域によって異なります。米国では、オバマ政権がグリーン・ニューディール政策の柱として打ち出し注目を集めていますが、老朽化した送電網の更新という狙いが大きいようです。また、基本的な事情として、わが国と異なり、米国は電力需要がこれからも伸びていくので、送電線の更新・増強自体の必要性が高いという違いがあります。

 一方、日本の送電網は高効率、高信頼度といわれており、例えば、停電時間をほかの先進国と比較すると、わが国の電力の信頼度が非常に高いことが分かります。しかし、今後、欧州などと同様に、天候や気候に左右され、出力が不安定な太陽光発電や風力発電などといった再生可能エネルギーが大量に入ってくると、電力の安定供給のために系統安定化対策が必要となります。例えば、電力需要が少ない時に供給量が増加するような場合には、電力需給バランスを調整するために、太陽光発電等の出力抑制や据え置き型の大型蓄電池に蓄電するなど系統安定化対策を講じる必要があります。日本においては、電力の安定供給の保持と再生可能エネルギーの導入拡大がスマートグリッドに取り組む一つの目的です。


スマートグリットの概念図



スターン・レビュー


 「スターン・レビュー:気候変動の経済学」は、英国政府が、2005年(平成17)7月の主要国首脳会議を受け、ニコラス・スターン元世界銀行上級副総裁に作成を依頼した気候変動問題の経済影響に関する報告書で、2006年(平成18年)10月に公表されました。スターン・レビューでは、気候変動の影響による経済的コスト、温室効果ガスの排出削減対策で必要となるコスト、排出削減対策でもたらされる便益について、以下の3つの方法で分析しています。

[1] 個別の要素をみる方法

 気候変動が経済活動、人間の生活、環境に及ぼす物理的な影響を一つずつ明らかにし、温室効果ガスを削減するさまざまな対策技術や方策に必要なコストを積み上げる分析手法です。

 スターン・レビューでは、被害額を貨幣単位で評価することを目的に、まず、統合評価モデルを使用して分析を行っています。スターン・レビューでは、不確実性が極めて高い要素についても、そのリスクを確率によって評価できるモデルを使用しており、気候変動による金銭的影響は、従前の多くの研究が予測したものよりも大きな額に予想されています。

 今後2世紀にわたるBAUシナリオでの排出条件下における気候変動による影響とリスクにかかわる総コストは、世界の1人当たり消費額を少なくとも5%減少させる額に相当するものと予測されました。さらに、「非市場的」な環境と人の健康に関する直接的な影響などを加味するとともに、気候変動の負荷が世界の貧しい地域に集中する不均衡性を適切に評価した場合には、BAU時における総被害額は、1人当たり消費を20%減少させる額に相当するものと予測されました。

[2] 経済モデルを用いた手法

 気候変動の経済的影響を推定できる統合評価モデルや、経済システムが低炭素エネルギーシステムへ移行するのに必要なコストと効果を検討できるマクロ経済学モデルを用いた分析手法です。

 スターン・レビューでは、温室効果ガス排出量削減のための方策として、

・温室効果ガス排出量の大きな機器やサービスの需要を抑制

・エネルギー効率を高め、エネルギーコスト抑制と排出量削減の両立を目指す

・森林減少の防止などの非エネルギー起源の排出対策推進

・電力部門、熱供給部門、交通部門における低炭素技術への転換

 の4つを念頭に置いた上で、各削減対策手法における資源コストをBAUの場合と比較してコストの上限値を求める方法と、低炭素エネルギー経済への転換による効果を経済システム全体でみるためにマクロ経済モデルを用いるといった2種類の方法を使い、500〜550ppmで安定化させる場合のコストを計算しました。その結果、いずれの方法でも、2050年まで平均して年間GDPのおよそ1%が必要という結論となりました。多くのマクロ経済モデルの計算から、「対応の遅れは高くつく」という重要な示唆が得られました。さらに、今後の10〜20年間に実施される対策が弱いものであったなら、二酸化炭素換算550ppmの安定化ですら手が届かないものとなり、しかもこのレベルでさえ深刻なリスクがあるかもしれないとの警告をも発しています。

[3] コストを比較する手法

 緩和策に係るコストの推定額と、何も対策を取らなかった場合の気候変動のコストの推定額とを比較する分析手法であり、炭素削減に係る限界費用と炭素の社会的費用を比較するものです。

 スターン・レビューでは、リスクに関する最新の知見を取り込み、BAUの軌道をたどり続けると仮定して、炭素の今日の社会的費用を二酸化炭素1トン当たりほぼ85ドルと推定しました。この数字は、多くの部門での限界削減費用をはるかに上回るものです。BAUの道筋とCO2換算550ppmでの安定化に向かう道筋における炭素の社会的費用を比較すると、強固な緩和策を今年中に実施し、世界をよりよい道筋に移行させることによって、便益がコストを上回り、その純便益は約2兆5千億ドル程度にのぼると予測されました。

 また、強力な政策によるイノベーションによって、結果的に社会の炭素排出原単位を下げ、低炭素技術が成熟するにつれて、消費者は自らの支払う費用を低減できることになるとしています。

 スターン・レビューでは、これら3つの分析結果を総合し、早期対策でもたらされる便益は、対策を講じなかった場合の被害額を大きく上回ると結論しています。


 なお、スターン・レビューには、経済モデル計算における「割引率」の設定が過小であり、長期の影響を過大に評価しているのではないかと批判する声もあります。従前の経済学的な解析では、現実の人々の行動を観察した結果を踏まえて、もっと大きな割引率を適用することが多かったため、スターン・レビューは適切でないともいわれます。これに対し、スターン卿自身は、スターン・レビューの中で、むしろ、割引率を小さく設定し、地球温暖化により影響を受ける自然システム及びそれに依存して生活する人間システムについては、長期の便益を重視しなければならないと主張しています。


 資料: AIM(Asia-Pacific Integrated Modelling)チーム及び(独)国立環境研究所訳 スターン・レビュー「気候変動の経済学」概要



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