第2章 地球温暖化と生物多様性

第1章では、地球温暖化が人間活動に伴う温室効果ガスの排出の増加によって生じている問題であり、このままでは地球環境を大きく変えてしまう可能性のあることを見てきました。
この章では、私たちの生存の基盤である生物多様性の重要性を確認するとともに、人間活動の結果によって地球上の生物多様性が受ける作用、さらにそれが生態系を通じて人間生活に及ぼす影響について、特に地球温暖化の観点から見ていきます。

第1節 地球の営みと生物多様性

地球上の生物は、およそ40億年の歴史を経て様々な環境に適応して多様に進化し、それらの多様な生物と大気、水、土壌などの要素が網の目のように相互につながって、生態系という循環の「系」を作っています。
例えば、生物のほとんどは、酸素を取り入れ、二酸化炭素を放出する呼吸を行って生きています。この酸素は、植物の光合成によって生成され、放出されます。生物の死体や排せつ物は、土壌中の微生物類によって分解され、無機養分となり、植物に取り込まれて光合成に利用されます。動物は他の生物を食べることによって自らが生存するためのエネルギーを得ています。さらに、植物によっては受粉のために花粉を昆虫に運んでもらったり、生育地を広げるために種子を動物に運んでもらったりしているものもあります。
このように、地球上の多様な生物、大気、水、土壌などは相互に連携し、密接に関係し合いながらそれぞれの地域で生態系を構成し、そのバランスを保っています。その相互作用は極めて複雑で、解明されていないものも多くありますが、多様な生物及びそれらが構成する多様な生態系から成る生物多様性が、個々の生物の生存の基盤となっていると言うことができます。当然、生態系の一員である人間にとっても同じことが言えます。生態系から独立しているかに錯覚しがちな現代の人間社会も、多様な生物のはたらきから成る生態系という地球の営みの中でしか存在し得ず、私たち人類の活動もまた、互いに絡み合う生態系の構成要素に影響を及ぼしています。

1 生態系サービス

生物多様性はそれ自体も価値を有していますが、多様な生物に支えられた生態系は、私たち人類に多大な利益をもたらしています。
生物多様性と私たち人類の豊かな暮らしとの関係は、これまであまり体系的に理解されていませんでしたが、2005年に発表されたミレニアム生態系評価の報告書では、「生態系サービス」という概念を用いて、その関係が分かりやすく示されました(図2-1-1)。ミレニアム生態系評価は、国連の主唱により2001年から2005年にかけて行われた、地球規模での生物多様性及び生態系の保全と持続可能な利用に関する科学的な総合評価の取組で、世界中の研究者約1,300人が参画して実施されました。ミレニアム生態系評価は、生物多様性は生態系が提供する生態系サービスの基盤であり、生態系サービスの豊かさが人間の福利(human well-being)に大きな関係のあることを示しました。ここでは、生物多様性がすべての生態系サービスの源として位置付けられています。

図2-1-1生態系サービスと人間の福利の関係

2005年に発表されたミレニアム生態系評価の報告書は、生態系サービスを以下の4つの機能に分類し、生物多様性の意義について紹介しています。
1) 供給サービス(Provisioning Services)
食料、燃料、木材、繊維、薬品、水など、人間の生活に重要な資源を供給するサービスを指します。
人類は、動物や植物を食べることによって生命を維持し、皮革や繊維を用いて衣服を作り、木材や鉱物などやこれらを加工した工業製品を使って建築物を作ります。
また、現在発見されていなかったり、その利用価値が十分に分かっていなくても、バイオテクノロジーの発展など技術の進展によって人類の生存に有用なものが見つかる可能性も高いと考えられます。
このサービスにおける生物多様性は、有用資源の利用可能性という意味で極めて重要です。現に経済的取引の対象となっている生物由来資源から、現時点では発見されていない有用な資源まで、ある生物を失うことは、現在及び将来のその生物の資源としての利用可能性を失うことになります。また、植物の種類が多いと一次生産量が高くなると指摘する研究結果もあります。
2) 調整サービス(Regulating Services)
森林があることによって気候が緩和されたり、洪水が起こりにくくなったり、水が浄化されたりといった、環境を制御するサービスのことを言います。これらを人工的に実施しようとすると、膨大なコストがかかります。
また、例えば、森林は膨大な量の炭素を蓄えていますが、仮にこれが一度にすべて大気中に放出されれば、大きな温室効果をもたらすなど生態系のバランスが大きく崩れてしまうと考えられます。
他に、病気や害虫の制御も、生態系の重要な調整サービスとされています。ある特定の種又は均質な遺伝的性質をもつ生物は、特定の病気や害虫に対する抵抗力が弱いため、その病気や害虫が発生した場合、これがまん延して壊滅的なダメージを受ける可能性があります。しかし、正常な自然の生態系では多様な生物が存在しているため、ある一種の生物のみが爆発的に増加することは難しいと言うことができます。
このサービスの観点からは、生物多様性が高いことは外部からのかく乱要因や不測の事態に対する安定性や回復性を高めることにつながると言うことができます。病気や害虫の発生、外来生物の侵入、気象の変化、山火事などの異変が生じても、生物多様性が高ければ、これに抵抗し、又は順応しうる形質を持った生物が存在している可能性が高いので、その生態系の安定が図られます。かく乱を受けた後でも、成長の早い種が存在するなど復元力も高いと考えられます。
3) 文化的サービス(Cultural Services)
精神的充足、美的な楽しみ、宗教・社会制度の基盤、レクリエーションの機会などを与えるサービスのことを言います。
多くの地域固有の宗教や文化は、その地域に固有の生物相や生態系と密接に関係しています。
モンスーン気候帯に属する東アジアでは、稲作を生産の土台とした文明が発展しました。このことは、水を大量に保持する森とそこに住む生きもののそれぞれに神が宿ると考える文化を生みました。一方で、夏季に雨が少ない西アジア以西では、草原での小麦農業と牧畜に基盤を置く文明が発展し、森を切り開きこれと対峙する自然観が生まれました。
日本の伝統色の名前には、「朱鷺(とき)色」や「萌葱(もえぎ)色」など生物の名前が多く使われていますが、これも多様な生物や豊かな四季の移り変わりといったそれぞれの地域に固有の自然環境が文化を育む良い例と言えます。また、季節に応じて咲き分ける様々な花を観賞することも、生態系の文化的サービスを活用するものと言えます。地域固有の生態系のレクリエーション機能や教育的効果を利用して行われるエコツーリズムも、その地域固有の自然景観や生物相に支えられています。世界各地の文化においても、例えば民族衣装などにその土地に固有の生物に由来するデザインが取り入れられたり、固有の自然が食文化に影響を与えたりしています。
このように、多くの地域固有の文化・宗教はその地域に固有の生態系・生物相によって支えられており、生物多様性はこうした文化の基盤と言えます。ある生物が失われることは、その地域の文化そのものを失ってしまうことにもつながりかねません。
4) 基盤サービス(Supporting Services)
2で述べるような、1)から3)までのサービスの供給を支えるサービスのことを言います。例えば、光合成による酸素の生成、土壌形成、栄養循環、水循環などがこれに当たります。
このように、生態系が私たち人類に与えるサービスは非常に多様であり、それを支える生物多様性は人類が存在していく上で不可欠の基盤を提供していると言えます。

コラム 生態系サービスの貨幣評価の試み

アメリカの研究者ロバート・コスタンザらは、生態系サービスを17に分け、それぞれの経済的価値を見積もるという研究を行いました。1997年に科学雑誌ネイチャーに発表された論文によれば、地球全体の生態系サービスの貨幣価値は、年間少なくとも16〜54兆ドル(平均値は33兆ドル)と見積もられています。これは、当時の世界全体のGDP約18兆ドルの1〜3倍に相当します。
コスタンザ自身、自然の不確定要素のためにこの試算は最低限の見積もりであるとしており、更なる研究が進むなどの要素により、数値は更に上昇するであろうと述べています。


2 生態系サービスを支える物質循環と生物多様性

1で見たように、人類は生態系サービスという大きな利益を享受し、生存の基盤としています。そのサービスの供給は、地球上の多様な生物などの生態系の構成要素が複雑に絡み合う中で人類にもたらされるものです。その生態系の中で各構成要素がどのようにつながり合っているのか、また、その基本的な生態系の仕組みにおいて生物がどのような働きをしているのかを見ていきます。
生態系は、生物とそれを取り巻く大気、水、土壌などから構成されています。地球上の様々な物質は、その生態系の中を循環しています。また、太陽からもたらされるエネルギーは、生物に消費されながら生態系の中を流れていきます。
地球上の物質は元素単位ではその量は一定(有限)で、基本的には地球というひとつの閉じられた「系」の中で循環することによって生物に利用されています。地球にもたらされる太陽からの入射エネルギーと、地球から赤外線として宇宙に出て行く放射エネルギーの量はほぼ等しく、生物はこのエネルギーの流れの一部を利用しています。これらの物質循環やエネルギーの流れにおいては、生物が非常に重要な役割を果たしています。
地球温暖化を始めとする近年の人間活動の増大による環境問題は、人間活動によるかく乱によって、こうした地球上の物質循環やエネルギーの流れのバランスが崩れることによるものであると言うことができます。ここでは、人間の生存の基盤ともなっている物質循環のうち主要なもの(炭素・窒素の循環)、水循環及びエネルギーの流れの基本的な仕組み、さらに、これを支える生物多様性の意義を見ていきます。

図2-1-2炭素循環


(1)炭素循環
地球の大気、水、土壌、生物といった生態系の中には、炭素化合物が含まれています。大気中に含まれる二酸化炭素(CO2)は、海水への溶解と大気への放出を繰り返すことにより、大気と海水との間で絶えず交換され、平衡状態を維持しています。また、二酸化炭素は、植物等によって行われる光合成を通じて、有機化合物として固定されます。この一部は、植物等にエネルギーとして直接消費され、再び二酸化炭素として大気中に放出されます。一方で、植物に蓄えられた有機化合物の一部は、これを食べる動物によって消費され、動物の呼吸を通じて二酸化炭素として大気中に放出されます。動植物の死骸や排せつ物は土壌中の微生物によって分解され、やはり二酸化炭素として大気中に戻ります。この生物を経由する循環は海の中にも存在します。海中ではさらに、表層に溶解した二酸化炭素が植物プランクトンによって有機化合物として固定され、これを摂食した動物プランクトンや大型の捕食者の死骸や排せつ物が海の深層に沈降していくという垂直方向の流れも発生しています(図2-1-2)。
また、大気と海水の間での循環や生物を介した循環のような比較的短期的な循環の他に、タイムスケールの非常に大きい長期的循環が存在します。地球上の炭素のほとんどは、実は、動植物の死骸や排せつ物が沈殿した炭酸カルシウム(石灰岩など。サンゴ礁や鍾乳洞を形成している。)や、古い時代の生物の有機質が地下で変化してできた石炭・石油などの形で固定化されているのです。

(2)窒素循環
生態系の働きによって循環している物質は、炭素だけではありません。窒素は、人間を始めとする生物の体を構成するタンパク質の形成に不可欠な元素です。無機態の窒素は大気の約78%を構成していますが、ほとんどの生物はこれを直接利用することができません。まずは、これを水素や炭素と化合させる機能を有する微生物等によって、生物が利用可能な形態に固定される必要があります。固定された窒素は、アンモニウムイオンや硝酸イオンの形態で植物に取り込まれ、アミノ酸やタンパク質となり、動物はこれを摂食することによってのみ、自らの体を構成する窒素分を取り込むことができます。植物や動物の死骸は、他の動物に摂食されるか、又は微生物の働きによって分解され、さらに脱窒作用を持つ微生物によって無機態の窒素に還元され、大気に放出されます(図2-1-3)。

図2-1-3窒素循環


コラム 人間の活動に伴う窒素負荷の増大

生態系のプロセスによって大気から固定化される窒素量と、硝酸態窒素が気体状の窒素に還元されて大気中に戻される量は、本来ほぼ均衡しています。
しかし、大規模な化学肥料の生産や農作物の栽培、燃料の燃焼等により、現在では、人間活動により生態系に大量の固定窒素が蓄積されています。これらの窒素固定量は、陸上の生態系が自然に固定する窒素の量と同程度とも言われ、将来的には更に増大すると予測されています。
ミレニアム生態系評価によれば、生物多様性を損なう5つの主な要因の1つとして「汚染」が挙げられており、窒素はその主な原因物質とされています。環境中に蓄積された窒素は、形態を変化させながら、土壌、地下水、河川等を経て海へと流出し、その過程で湖沼や海域の富栄養化、底層の貧酸素化、地下水の硝酸汚染などを引き起こしています。ミレニアム生態系評価では、こうして生態系の中に過剰に蓄積された窒素が生物多様性に重大な影響を与える危険性が指摘されています。

図2-1-4人為活動による反応性窒素の生産量



(3)水循環
水は、すべての生物にとってその生命維持のために欠くことができない物質です。太陽系の惑星の中で、液体の水の存在が分かっているのは地球のみであり、このことが地球の生命の誕生・維持に深く関わっています。
地球上には、1兆3,860億トンもの膨大な水が存在しますが、その多く(約97%)は海洋に海水としてたたえられており、淡水はわずか約3%しかありません。その多くは氷河、雪、地下水などとして蓄えられており、人類を始めとする多くの陸上生物は、湖沼や河川として存在するごくわずかな表流水を利用して生きています。
水は、氷河や雪、湖や川、地中、大気中などに、様々な形(固体、液体、気体)で存在し、生態系の中を循環しています。まず、海面や地表などからの蒸発や植物からの蒸散によって、水蒸気として大気中に放出されます。水蒸気は、雲や霧を形成しながら大気圏を移動し、雨や雪などとして陸地に戻ります。降水として陸地に戻った水は、地表を流れ、又は地中に浸透し、多くは海に向かいます。その過程で、生物に摂取され、気候を緩和し、生物の生息・生育の場所となる等、多様な生物の生存を可能にしています。
また、川の流れや海流によって、水は地球上を長い距離にわたって移動し、様々な物質やエネルギーを運ぶほか、侵食作用によって地形を形成しています。

図2-1-5地球上の水の構成


(4)エネルギーの流れ
太陽から地球が受け取るエネルギーは、太陽光線として大気圏に入ってくると、その一部は生物の間で受け渡されながら生態系を流れていき、それぞれの生物の生命を維持しています。
第1次生産者である植物は、光合成によって太陽エネルギーを有機物の形で固定します。光合成で固定されたエネルギーの半分以上は植物自身の呼吸のために消費され、一部は組織の中にデンプンなどの形で貯蔵されます。その後、捕食されることにより消費者である動物等に移動するか(捕食連鎖)、死骸や排せつ物が菌類などの分解動物に消費されるか(腐食連鎖)のいずれかによって、生態系におけるエネルギーの流れの経路に入っていきます。
捕食連鎖では、植物群によって固定されたエネルギーの10〜20%程度がこれを食べる草食動物に移動すると言われます。さらに、草食動物に入ったエネルギーの10〜20%が草食動物を食べる肉食動物に移動し、その10〜20%がこの肉食動物を食べる肉食動物へ、というように、高次の動物個体群にエネルギーが移動していきます。栄養段階が上がるにつれ、有機物のエネルギーの大部分は呼吸などにより消費され、ごくわずかなエネルギーがより高次の栄養段階に引き継がれていくのです。
こうしてエネルギーは、それぞれの生物の生存のために消費されて熱となり、最終的に大気中に戻ります(短期的に消費されないエネルギーは、生物の組織や有機性堆積物の中に蓄えられますが、石油・石炭のように有機化合物として地中に少しずつ蓄積されるものを除き、長期的にはこれらも大気中に放出されていきます。)。大気中の熱は宇宙空間に放射され、健全な生態系が保たれている場合、その放射量は、入射するエネルギーとほぼバランスが取れています。

図2-1-6陸上生態系のエネルギーの流れ



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