海洋生物多様性保全戦略


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第5章 海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用の施策の展開

2.海洋生物多様性への影響要因の解明とその軽減政策の遂行

 海洋の生物多様性の保全を適切に進めていくためには、対象となる問題の原因と、保全のための取組を行うべき関係者を特定し、関係者間における連携を図りつつ、問題解決にふさわしい手法と手順とを見出し、それらを実現する施策を講じていく必要がある。

(1)開発と保全との両立

 開発事業の実施にあたっては、「環境影響評価法(1997年6月成立)」などに基づき、開発後に生じる影響も含め、予め環境への影響について調査・予測・評価を行い、その結果に基づき、環境の保全について適切に配慮する必要がある。また、生物多様性基本法の規定にも示されているように、個別事業の実施に先立つ上位計画や政策の策定などの早い段階から生態系への考慮がなされることも重要である。

 近年では、航路整備に伴って発生する浚渫土砂を有効活用した干潟等の再生・創造や青潮の発生要因となる海底窪地の修復などの海域環境改善、魚道や生物の生息・生育環境を整備・改善することによる河川の上下流の連続性の確保、砂防えん堤の透過化の推進等による土砂管理、砂浜など海岸環境の保全・回復、発電所等の温排水拡散範囲の低減策など、環境と開発の両立のための様々な取組が行われており、これらにより蓄積された技術の活用は引き続き必要である。さらに今後、浄化能力など自然が有する機能を効果的に活用することも含め、新たな技術を開発していくことも重要である。

 また、今後想定される海底資源の開発、波力や潮力等の自然エネルギーの活用など新しい開発や利用に際しては、環境に与える影響を事前に評価し影響をできる限り低減する技術の開発と適切な計画づくりが求められる。
生物多様性の保全上重要で、かつ保護が必要な海域においては、保護区の設定等により事前に規制をかけることや、損なわれた生態系を回復させる自然再生の取組を推進することも有効である。

(2)生態系の質的劣化をもたらす海洋環境の汚染負荷の軽減

1)陸域活動起源の負荷

 沿岸海域を含む公共用水域等の汚濁の防止を図るため、「水質汚濁防止法(1970年12月成立)」に基づき、特定事業場を対象とした排水基準や指定水域における総量削減、生活排水対策などが規定されている。加えて、地方公共団体では、条例等の制定により地域の実態に即した排水基準の上乗せ・横出し等を行い、対策を促す大きな推進力となってきた。また、生活排水や産業廃水の適切な処理を行うため、下水道や浄化槽等の汚水処理施設の整備が進められている。

 生物多様性の観点からは、環境基本法に基づき定められる環境基準のうち、生活環境(人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。)のひとつである水生生物を保全するうえで維持することが望ましい目標として「水生生物の保全に係る水質環境基準」も示されているところである。今後、水質環境基準においても、良好な水質又は水質汚濁の状況を示すだけでなく、「生物にとってのすみやすさ」、「水生生物の多様性」などの目標の視点を含めた指標の導入について検討していく。

 また、流入する汚濁負荷量の削減だけではなく、浄化能力の高い干潟の保全・再生などの施策にも取り組んでいく。

 なお、化学物質については、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化学物質審査規制法;昭和48年10月成立)」など において、生態系への影響を考慮する観点の制度が導入されている。今後、生態系に対する影響の適切な調査・評価と化学物質の管理を視野に入れた包括的な化学物質対策を推進していくことが重要であり、科学的知見の充実や情報の収集に努めるとともに、リスク評価の結果を踏まえて必要な規制を実施していく。

2)海洋利用活動起源の負荷

 海洋汚染の防止については「1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の1996年の議定書(ロンドン条約議定書)」及び「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書(MARPOL73/78条約)」、「1990年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約(OPRC条約)」等を国内法制化した「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(海洋汚染防止法、1970年12月成立)」に基づき、船舶からの油、有害化学物質及び廃棄物の排出並びに廃棄物の海洋投棄等について規制が行われている。また、OPRC条約等を国内担保するため策定された「油等汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画(油汚染国家緊急時計画)」に基づき、汚染事故に対する準備・対応体制の整備や、汚染事故により環境上著しい影響を受けやすい海岸等に関する情報を盛り込んだ情報図(脆弱沿岸海域図)の作成、更新等が行われている。また、トリブチルスズ(TBT)等の有機スズ化合物を含む船舶用船底塗料の海洋生物への悪影響については、我が国等の主導により、国際海事機関(IMO)においてこれらの塗料の世界的な使用規制の必要性が認識された。「船舶の有害な防汚方法の規制に関する国際条約(AFS条約)」は2001年に採択され、2008年発効した。我が国は、本条約に基づき、我が国に入港する全ての外国船舶の条約に適合しない塗料の使用を禁止している。さらに、国内において、有機スズ化合物の製造・使用等についても化学物質審査規制法によって規制を行っている。これらの条約や法律に基づき、今後も適切な規制を行っていく。

 また、操作が容易ではない深海での開発を行う際には、事故が起こった場合の汚染対策も極めて重要であり、事前の手法確立が必要であろう。

(3)適切な漁業資源管理

 漁業資源の適切な保存や管理に関する措置としては、「水産基本法(2001年6月成立)」、「漁業法(1949年12月成立)」、「水産資源保護法(1951年12月成立)」及び「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(1996年6月成立)」等の下に、漁具・漁法等の制限や規制区域・期間の設定、主要な魚種に対する漁獲可能量(TAC)等が設定されているほか、漁業者による自主的保存管理措置の導入等による様々な規制や管理がなされている。特に、関係漁業者による自主的合意に基づく取組については、緊急に資源の回復を図ることが必要な魚種を対象に、漁獲努力量の削減、漁場環境の保全、資源の積極的培養等の包括的な取組を行う資源回復計画が実施される等、水産資源の持続可能な利用を目的とした様々な保存管理措置が全国的に実施されており(これらの一部は海洋保護区に該当すると考えられる)、今後もその展開が推進されることが重要である。また、資源の維持・回復と持続可能な利用を図るため、積極的な種苗放流や魚礁・増殖場の整備がなされている漁業対象種も多い。遺伝的多様性や対象種以外の種等にも配慮した上で、これらの資源管理を複合的に進め、資源の回復を目指していく必要がある。炭素や窒素などの安定的物質循環を可能とするための魚類・貝類養殖と藻類等の養殖を組み合わせた養殖技術の確立も有効である。なお、持続可能な漁業と海洋の野生生物の保全との両立のためには、科学的知見に基づいた順応的管理を推進し、漁業被害の軽減と生物の個体群維持を図ることが重要である。

 沿岸域では、藻場、干潟、サンゴ礁、砂堆などの生態系の減少や質的な劣化により、漁業資源を生み出す環境容量そのものが小さくなっていることが問題となっており、持続可能な漁業生産を実現するためにも、藻場・干潟を含む漁場環境の保全・再生・創造を図る必要がある。漁業者の減少・高齢化による漁業の生産構造の脆弱化は、沿岸の環境管理の活動を後退させる側面もあり、特に地理的に条件が不利な離島や半島などの地域における漁業の再生は重要な課題の一つである。

 また、外洋域さらには公海についても、関係国による地域漁業管理機関などの枠組みを通じて科学的根拠に基づき漁業資源の適切な保全と持続可能な利用を図っていくことが重要である。

(4)生態系の攪乱(かくらん)を引き起こす外来種の駆除と抑制

 国外由来の外来種の対策として、2004年に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」が成立し、法の対象となる特定外来生物の輸入などの規制や防除などを進めている。また、海外から持ち込まれ野外でも確認され「要注意外来生物」として選定されている食用貝類等を含めた種については、外来生物被害予防三原則に基づく適切な取扱いについて、理解と協力を広く呼びかけている。さらに、在来生物であっても、例えば本来の生息地以外の場所に放流すれば、外来生物と同様に生態系等に影響を及ぼす可能性が考えられるため、水産資源の増殖においては、放流計画の策定、種苗の生産、放流などにあたって、遺伝的多様性への影響や系群への影響などに配慮することが重要であり、慎重な対応が求められる。生物の放流や移植について、既存の各種ガイドラインの普及等も有効である。

 船舶バラスト水を通じて移動する外来種による海洋生態系の攪乱(かくらん)などの防止については、2004 年に国際海事機関(IMO)において「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約(バラスト水管理条約)」が採択された。同条約の発効に向けた議論に我が国も積極的に参加しているところであり、国内担保のための検討を進めていく。また、船体付着による外来種の導入の問題に関しても、引き続き、最小化に向けた国際的議論に積極的に参加していく。

(5)気候変動に対する対策と適応

 地球温暖化に伴う海水温の上昇、海水面上昇や海流の変化、海洋酸性化や地球温暖化対策として試みられる地球環境の意図的な操作(Geo-engineering)等が生態系や生物資源に与える影響については、まだ不明な点が多く、そのメカニズムの解明など国際的な研究開発の推進が急がれる。

 また、何より気候変動枠組条約などの国際的枠組において、世界各国が協力して温室効果ガスの削減(地球温暖化の緩和策)に向けた取組を推進していくことが重要である。ただし、緩和策の実施に当たっては、生態系や生物資源に与え得る影響について考慮する必要がある。

 さらに、地球温暖化の緩和策に加えて、地球温暖化により予測される影響への適応も考える必要がある。サンゴ礁などの沿岸や島嶼の生態系は、気候変動に対する脆弱性が高いと言われているため、環境の変化に対する回復力の向上を考慮して、特に重要な海域を選定した上で、その他の人為的圧力を軽減するなど、効果的かつ順応的な保全管理を推進していくことが重要である。


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