課題名

F-2 アジア・太平洋地域における湿地等生態系の動態評価に関する研究

課題代表者名

田村 正行(環境庁国立環境研究所・社会環境システム部・情報解析研究室)

研究期間

平成7−9年度

合計予算額

149,6259年度 50,606)千円

研究体制

(1) 人工衛星データを用いた湿地分布図の作成手法に関する研究(国立環境研究所)

(2) 長距離移動性渡り鳥の減少機構解明に関する研究(環境庁自然保護局)

(3) 鳥類重要生息地の抽出及びデータベース化に関する研究(環境庁自然保護局)

 

研究概要

1.序(研究背景等)

 渡り鳥等の鳥類や多くの生物の生息域となっている湿地や森林の環境保全は、生物多様性条約においても、また、ラムサール条約においても必要不可欠な要素となっている。しかしながら実際には、例えば、湿地においては、主として人間活動に起因する周辺域における土地利用形態の変化等のために、その環境が急激に悪化しつつある。また、森林域についても、焼き畑や伐採等のためにその面積は減少の一途をたどっているのが実情である。これら湿地や森林の環境改変がそこに生息する生物にとって深刻な脅威となっていることは言うまでもない。例えば、近年、日本に飛来する渡り鳥の数が減少しつつあることが指摘され、その原因の一つに渡り鳥の生息地、中継地、繁殖地となっているアジア・太平洋地域の湿地、森林等の環境悪化が挙げられている。しかし、湿地や森林の環境悪化の実態、また、渡り鳥等生物の生息状況の実態は明らかになっていない。鳥類等の生物の多様性を評価、維持する上で、湿地等生物にとっての重要な生息域の環境状態を監視し、また、保全することは急務となっている。

 

2.研究目的

 本研究では、アジア・太平洋地域を対象として、湿地および森林の広域分布、さらには個別地域の環境状態を人工衛星からのリモートセンシングにより監視する手法を開発するとともに、得られた情報を基に、その環境変化がそこに生息する生物、特に鳥類の生息状況にどのような影響を及ぼすのか、生物生態系の変動に関する情報を抽出する手法を開発することを目的とする。特に渡り鳥に着目するのは、鳥類が生態系の食物連鎖の最上位に位置し、大陸レベルでの移動をすることから、地球的規模での生物多様性の評価指標として適していると考えられるからである。

 具体的には、以下の三項目を主要な目的とする。

・人工衛星からのリモートセンシングにより湿地分布図を作成するとともに、個別湿地の植生分布等主題図を作成する手法を開発する。

・温帯−熱帯間を移動する渡り鳥について、繁殖地、越冬地、中継地での湿地および森林の減少等環境の変化が、その生息状況にどのような影響を与えているかを評価し、渡り鳥減少の機構を解明する。

・鳥類生態系の動態を把握する基礎資料として、渡り鳥の生息域及びその生息環境に関するデータベースを作成し、さらに、鳥類の重要生息地を評価、抽出する手法を開発する。

 

3.研究の内容・成果

(1)人工衛星データを用いた湿地分布図の作成手法に関する研究

 湿原域には湿原特有の稀少な動植物が多種生息しており、生物多様性保全の観点から、湿原は最も重要な自然生態系の一つとして認知されつつある。湿原生態系保全のためには、湿原状態の正確なモニタリング、特に湿原植生の分布の状況とその変動の把握が必要である。しかしながら、湿原内での植生調査は冠水状態に妨げられて非常に困難であり、湿原内の植生の状況把握が十分になされていないのが現状である。そのような中で、航空機や人工衛星から取得されたリモートセンシング画像は、唯一の面的な湿原モニタリングの手段であり、特に湿原植生の分布状況を把握する手法を確立することが急務となっている。

 そこで本研究では、多時期に人工衛星や航空機センサーによって取得されたリモートセンシング画像を用いて、さらに正確な湿原植生分類図を作成することを目的として、湿地モニタリングに必要な各種リモートセンシング解析手法の開発を実施した。本プロジェクトで得られた主な3つの成果は以下のとおりである。

 第1に、植生、土壌、水の3成分を同時に計測することができるスペクトル指数、植生・土壌・水指数VSWIVegetation-Soil-Water Index)を開発した。そして多時期Landsat TM画像を用いて、釧路湿原の年次変動、季節変動の把握にこの指数を用いた結果について述べる。VSWIを計算する際には、湿地の構成要素である、植生、土壌、水に対応する代表スペクトル(End-member)点を求める必要があるが、本研究ではさらに、これらの代表スペクトル点を画像のスペクトル散布図から自動的に決定するためのアルゴリズムを開発した。

 第2に、部分空間法よる新しいにミクセル分解手法を開発して、航空機搭載スペクトルイメージャー(CASI)で取得した画像を用いて、湿原植生分解のミクセル分解を実施した。この部分空間法による新たなミクセル分解では、クラスごとに設定される部分空間への射影によってミクセル分解が定義され、超多波長画像のミクセル分解計算において高速性と安定性に優れた手法となっている。本手法によるミクセル分解の結果を、最小2乗法、2次最適化法、直交部分空間射影法によるミクセル分解の結果と比較した結果、スペクトル的に極めて近いクラスを除いて湿原植生を良好に分解できることがわかった。

 第3に、多時期のリモートセンシング画像を用いた湿原植生分類手法を実施した。湿原では植生の季節変化が大きいため、1時期に取得された画像だけを用いて湿原植生を正確に判別することは困難である。そこで分類に最適な画像取得時期の組合せを決定するために、生育期間中の植生バイオマスのサンプリング調査とスペクトル計測を実施した。その結果、湿原植生の生育初期と中期に取得されたスペクトルの季節変動が湿原植生判別に有効であることがわかった。さらに実際に3時期に取得されたLandsat TM画像を用いて、正確な植生分類図を作成することができた。

(2)長距離移動性渡り鳥の減少機構解明に関する研究

 長距離移動性の森林性および水辺性渡り鳥について、日本各地において減少の実態を調査した。調査内容は、野外調査、文献調査、アンケート調査、および探鳥会記録の解析である。

 いくつかの地域を対象にした野外調査および文献調査の結果、減少傾向が明らかであった種は、サンコウチョウ、サンショウクイ、シマアオジ、ヨタカ、アオバズク、アカショウビン、ヒクイナなどであった。そこで、これらの種についての減少実態に関するアンケート調査を全国規模で行なった。減少傾向のあった地点は日本全国に分布し、減少の時期はそれぞれの地点で異なるが、1980年代に大きく変化のあった種が多い。

 水辺性の鳥類であるヒクイナの減少した地域では、水田から宅地に変化するなど繁殖地の環境に変化のあった地点が多く、繁殖地の生息環境の変化が減少にかかわっていると考えられる。サンコウチョウ、サンショウクイなど森林性の鳥類の減少した地域では、生息環境の変化のなかった地点が半数以上をしめ、繁殖地の生息環境の変化だけが減少の原因ではなく、渡りの越冬地の環境変化などにも原因があることが示唆された。サンコウチョウの越冬地であるといわれているインドネシアでは、越冬環境および越冬状況の調査を行なったが、熱帯雨林の伐採が非常に進んでおり、サンコウチョウなどの生息についての情報を得ることはできなかった。

 北海道根室市とその周辺の調査では、野付半島や走古丹などでシマアオジの減少、シマセンニュウの増加傾向がみられた。春国岱では、これらの種の増加と減少の間に何らかの関係があることが予想されたが、はっきりした関係は見いだせなかった。

 探鳥会記録の解析は、全国66か所について種数の変動を明らかにし、さらに種別の減少傾向を示した。この解析には、再アンケートのデータ10か所も使用した。種数の変動では、夏鳥に減少傾向のある地点が多く、留鳥では変化がないか増加傾向のある地点が多かった。また、地点別種別にそれぞれ減少傾向があるか増加傾向があるかを調べた。出現の有無を10で示し、その年次変化についてプロビット分析を行ない、増減を判断した。減少傾向のあるものについては、Probit(P)=0.5となる年を求め、それを「半減期」とみなした。種別に半減期を調べてみたところ、1980年代に半減期が集中していることがわかった。

 夏鳥の減少は、繁殖地の環境変化が原因となっている場合もあったが、多くは繁殖地の環境変化だけでは説明できなかった。減少の時期が越冬地の熱帯雨林の減少時期と一致していることから、夏鳥の減少の一部あるいは多くは、越冬地の環境変化に原因があると考えられる。

 夏鳥の減少をくいとめるには、繁殖地、渡りの中継地、越冬地それぞれで環境利用のモニタリング調査を行ない、生息環境を保全する具体的な方策をみいだすことが必要である。

(3)鳥類重要生息地の抽出及びデータベース化に関する研究

 世界には約9,000種の鳥類がいると言われているが、このうち絶滅を危惧されるものは1,111種にのぼる。さらに、今後の保護政策に依存すると考えれられているものが11種、データ不足で判断できないものが66種、近い将来に絶滅のおそれが出てくると心配されるものが875種である(Collar, Crosby and Stattersfield l994)。これらを合計すると世界の鳥類のうち実に23%が、程度の差こそあれ、存続の脅威にさらされていることになる。また、アジアは絶滅の危機に瀕する鳥類の特に多い地域であり、中でも固有種の多いインドネシア、フィリピン、中国などは、南米諸国と並んで、国内の絶滅危惧種の数が世界でも非常に多い国々である。これらの鳥類を保護することは急務であり、そのためにはこれらの鳥類にとって重要な生息地を比較的短期間で見つけだし、その場所の環境変化など、保護のために必要な情報を分析する必要がある。

 本研究では、研究協力団体の専門家による検討により、鳥類重要生息地抽出基準を作成し、それに基づいてフィリピンとインドネシアをモデルケースとして、鳥類重要生息地の抽出を試みた。この抽出基準は、バードライフインターナショナルがヨーロッパで鳥類重要生息地を選定したときに用いたものを基本としているが、特にアジア地域の実態に合わせた修正を行っている。また、個々の鳥類重要生息地の環境の詳しい動態変化を調べるため、中国の三江平原と、日本のウトナイ沼について環境の解析を試みた。その結果、鳥類重要生息地の多くの場所で、森林伐採や農地化による環境破壊が大きな脅威となっていることが分かった。

 

4.考察

 本研究課題では、湿地生態系のリモートセンシングによる観測と、湿地性の渡り鳥の生息状況調査を実施し、湿地およびその周辺環境の変化が、渡り鳥の生態に及ぼす影響の評価手法に関して研究を行った。

 その結果、渡り鳥の減少に関して、日本国内の繁殖地の状況だけでなく、渡りの経路上および越冬地における生息状況に関するデータが重要であることが分かった。渡りの経路上および越冬地における生息状況に関するデータが得られないことは、原因究明における重大な制限要因となっている。今後は、繁殖地、中継地、越冬地での生息状況を正確につかむ必要がある。そのためには、繁殖地、中継地、越冬地における継続的なモニタリング調査の実施が不可欠である。これらの調査は、国際的な調査ネットワークを構築して実施していく必要がある。

 一方、今後、保全を有効に進めていく上では、広範囲にわたる生息環境のモニタリングを継続的に実施する必要がある。そのためには、衛星リモートセンシング画像や地理情報システムの利用をさらに進める必要がある。野外調査の結果や生息環境のモニタリング結果は、コンピュータのデータベースとして保存しておくべきである。そこに蓄積される情報やデータは、国内外の研究者や自然保護関係者によって自由に利用されるのが望ましい。

 

5.研究者略歴

課題代表者:田村正行

1950年生まれ、東京大学工学部卒業、工学博士

現在、国立環境研究所社会環境システム部情報解析研究室室長

主要論文:

M. Tamura, Y. Yasuoka and K. Tokumura, Observation of western Siberian wetlands by using remote sensing techniques; Estimation of methane emissions, Proc. Asian Conf. Remote Sensing, D31-D35, 1995.

M. Tamura, J. F. Allard and D. Lafarge, Spatial Fourier transform method for measuring reflection coefficients at oblique incidence; II. Experimental results, J. Acoust. Soc. America 97, 2255-2262, 1995.

M. Tamura and Y. Yasuoka, Observation of vegetation and surface temperatures in west Siberian wetlands by NOAA/AVHRR data, Proc. 5th Symposium on the Joint Permafrost Studies between Japan and Russia, 92-94, 1997.

 

サブテーマ代表者

(1): 山形与志樹

1961年生まれ、東京大学教養学部卒業、農業環境技術研究所環境管理部研究員、現在、国立環境研究所社会環境システム部主任研究員

主要論文:

〇碍鼠浸崋 「部分空間法によるミクセル分解と超多波長画像への応用」 写真測量とリモートセンシング 35巻 3号 3442頁 1996

∋碍鼠浸崋、小熊宏之、冨士田裕子 「多時期のランドサットTM画像を用いた湿原植生分類」 写真測量とリモートセンシング 35巻 4号 917頁 1996

山形与志樹、杉田幹夫、安岡善文 「植生・土壌・水(VSW)指数アルゴリズムの開発とその応用」 日本リモートセンシング学会誌 17巻 1号 5464頁 1997

 

(2): 樋口広芳

1948年生まれ、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、農学博士

現在、東京大学大学院農学生命科学研究科教授

主要論文:

H. Higuchi, K. Ozaki, G. Fujita, J. Minton, M. Ueta, M. Soma and N. Mita, Satellite tracking of white-naped crane migration and the importance of the Korean demilitarized zone, Conservation Biologyl 10, 806-812, 1996.

樋口広芳、森下英美子、野生動物保全の新しい試み、生物化学 49, 84-94, 1997.

H. Higuchi, K. Ozaki, K. Golovuskin, O. Goroshko, V. Krever, J. Minton, M. Ueta, V. Andronov, S. Smirenski, V. Ilyashenko, N. Kanmuri and G. Archbald, The migration routes and important rest-sites of cranes satellite tracked from south-central Russia, The Future of Cranes and Wetlands, H. Higuchi and J. Minton eds., 15-25, 1994.

 

(3): 市田則孝

1946年生まれ、東京水産大学増殖学科卒業

現在、日本野鳥の会常務理事および国際センター所長

主要論文:

_論遒寮己観察ハンドブック(東洋館出版)1976 共著

Birds of Japan(日本野鳥の会)1982  共著

L酊残敢坤泪縫絅▲襦並洋館出版)1990