課題名

F-3 希少野生動物の遺伝的多様性とその保存に関する研究

課題代表者名

椿 宜高(環境庁国立環境研究所地球環境グループ野生生物保全研究チーム)

研究期間

平成5−7年度

合計予算額

124,1247年度 43,877)千円

研究体制

(1) 希少野生動物の遺伝的多様性に関する研究

 ヾ少野生動物の遺伝的多様性の現状把握

(自然保護局/自然環境研究センター/北海道大学/九州大学/東京慈恵医科大学/
石巻専修大学/宮崎医科大学/大阪市立大学)

 遺伝的多様性の減少機構の解明(森林総合研究所/京都大学)

 0篥租多様性減少の影響の解明

(国立環境研究所/大阪市立大学/信州大学/静岡大学/岐阜大学)

(2) 希少野生動物の生息域外保全および増殖技術に関する研究

 ヾ少野生動物の遺伝情報管理のシステム化

(国立環境研究所/予防衛生研究所/国立水俣病研究センター)

 希少野生動物の遺伝子の保存・利用手法の開発(自然保護局/早稲田大学)

 2斑榿某5蚕僂量鄒呼以への応用(農業生物資源研究所/畜産試験場)

 つ士犹聾鏡舷細胞の体外培養・凍結保存及び移植に関する研究(国立環境研究所)

 

研究概要

 野生動物がある程度の個体数まで減少してしまうと、遺伝的多様性の低下により繁殖障害や生存率の低下がおこり、それが絶滅を加速している可能性が指摘されている。野生動物種の絶滅を防ぐため、に、希少野生動物の遺伝的多様性の実体を把握し、監視する手法を開発するとともに、遺伝的多様低下のメカニズムとその繁殖や生存に及ぼす影響を解明することを目的とする。

 生息域内における保全施策に加え、生息域外で保存し増殖させるために家畜繁殖技術として発達した系統保存、人工受精、胚操作などの技術の野生動物への適用を試みた。また、絶滅に瀕した野生動物は生殖組織や遺伝子を施設下でも保存し、それらを人工増殖などに活用する技術を開発した。種の絶滅とともに遺伝情報は失われてしまうが、遺伝子資源として将来利用できる可能性を残すために、生殖組織や遺伝子を施設下で保存する手法を検討した。

 

研究成果

-ヾ少野生動物の遺伝的多様性の現状把握:希少野生動物8種を対象に、主としてmtDNDの塩基配列の多型から遺伝的多様性の評価を行なった。イリオモテヤマネコ、ツシマヤマネコでは分析した遺伝子領域の変異は観察されなかった。タンチョウは中国産20個体、釧路産19個体を分析したが、中国産は9タイプに分けられるのに対して釧路産は3タイプが区分できただけで遺伝的多様性は中国、産より低かった。ライチョウは立山、針の木岳、白馬岳の3地域間で塩基配列置換は認められなかった。シマフクロウ15個体のCyt-b12SrRNAD-100pのいずれの遺伝子領域でも遺伝的変異は見られなかった。クビワオオコウモリ、オガサワラオオコウモリでは分析した範囲では国内の集団間に遺伝的変異は見られなかった。RAPD-PCR法によるツシマジカの遺伝的多様性は金華山のニホンジカよりやや高く、東北、北海道の個体群よりはやや低いと評価された。

 

-遺伝的多様性の減少機構の解明:遺伝的多様性の減少機構をエゾヤチネズミ個体群をモデルに新たなDNA分析手法を確立して解析した。この結果、メスは血縁個体同士がかたまって分布するのに対し、オスは遺伝的に偏りのない分布を示した。個体群は任意交配集団と見なされ、オスの分散が近親交配回避メカニズムとして機能していると考えられた。東北地方のニホンザルの生息域は分断化と縮小化、孤立化が進行していることが確認された。分布が分断されているアマミノクロウサギとクマゲラの遺伝的多様性と遺伝的距離を把握するために、フィールドサインを収集し、DNA分析法を検討した。ッキノワグマの生存可能最小個体群(MVP)はサイズをシュミレーションによって試算した。この結果、絶滅確率は初期サイズの増加とともに減少することが明らかになり、また、個体群の存続には複数の環境系の構築が重要であることがわかった。

 

-0篥租多様性減少の影響の解明:2つの室内保存系統のヒメダカと野生系統のメダカの遺伝的多様性をRAPDマーカー法を用いて評価し、ムナビレ長の左右対称性のゆらぎ(FA)との対応を調べた。その結果、遺伝的にほとんど均一の個体群(HO5)ではFAが大きく、遺伝的変異の大きい野生個体群ではFAが小さいという結果が得られた。また、個体群内のFAの遺伝的な影響の程度を見るため、密度効果の実験を行い個体群密度はFAにほとんど影響しないことを明らかにした。5種のウグイス亜科および6種のホオジロ科の野外個体群についてFAを測定した。多くの種類で成鳥よりも幼鳥でFAが大きくなる傾向が認められた。有効集団サイズの小さいウチヤマシマセンニュウ(Ne=60.3)では、形質間の左右対称性のゆらぎに有意な相関が認められた。オオセッカやコジュリンでは周辺個体群で左右対称性のゆらぎが大きくなる傾向がみられ、オオヨシキリではあし原間で左右対称性のゆらぎに差が見られた。

 

-ヾ少野生動物の遺伝情報管理のシステム化:希少野生動物の生息域内及び生息域外情報を、繁殖・環境に大別した。個体・系統レベルでの情報管理については、繁殖・環境情報をA:母集団とB:サンプル集団とに区分した。臓器・細胞・遺伝子レベルでの情報管理については、in vitroの保存方式により、各々解剖学的分類、細胞銀行的分類、遺伝子地図分類を適用した。繁殖・環境情報のフォーマット化に際しては、母集団(A)とサンプル集団(B)の各々について主要項目を定め、各々コード化した。絶滅危惧種での人工飼育・繁殖に必要な情報を入手するため、実験動物学的概念を導入した。すなわち、()遺伝統御、()環境統御、()微生物統御に3区分し、各々の主要項目をコード化した。

 

-希少野生動物の遺伝子の保存・利用手法の開発:日本産トキ、Nipponia nipponの雄、ミドリが死亡した際に、その肺臓、肝臓、腎臓、精巣などの細胞をばらばらにして、凍結防止剤を入れて冷凍保存した。またほとんどの内臓についてはその細片を凍結し保存した。保存した細胞の1部を培養した所、数代に渡って増殖することが確かめられた。中国産のトキの雄、ロンロンが死亡したさいにも、1部の内臓の細胞は同様にして保存した。希少鳥類の生殖腺の発達状況を非浸襲的に推定する方法、すなわち糞中の性ステロイドホルモン濃度を測定して推定する方法を開発した。この方法は飼育下で繁殖に用いる個体を選抜したり、野外で野生個体の生殖腺の発達状況をモニターするのに有用である。また、ニワトリ脳下垂体抽出物の投与で卵巣を発達させ、排卵、産卵をひきおこす方法も開発した。始原生殖細胞移植でウズラとニワトリの間の生殖腺キメラの作製に成功したが、他種の雛を得るにはいたらなかった。

 

-2斑榿某5蚕僂量鄒呼以への応用:ニホンシカ(Cervus nippon)及びニホンカモシカ(Capricornis veispus)の精子を牛精液用保存液で希釈して、5℃に冷却後、0.5mlストローに封入して液体窒素蒸気で凍結した結果、融解後の精子生存性はきわめて良好であった。3頭の雌カモシカから卵胞切開法によって計70個(941)、その後に細切することによって30個(712)の卵子が得られた。成熟培養後の検査では成熟率が低かった。牛の体外受精に準じて精子処理を行って媒精した結果、精子侵入卵が得られたが、卵割卵は得られなかった。有害駆除のカモシカの精巣、卵巣を採取して、体外受精が可能であるが、そのためには速やかに体内から卵巣を取り出すことが重要であることが示された。

  鶏精子を用いて鳥類精子の凍結用保存液について検討した結果、修正レイク液を用いた場合、グリセリン除去操作を行わなくても高い精子生存率及び受精率が得られた。ヤマドリ精子はレイク液、修正レイク液およびP液を用いた場合、凍結融解2時間後まで精子の正常が比較的良好に保たれた。