課題名

D-2 海洋汚染物質の海洋生態系への取り込み、生物濃縮と物質循環に関する研究

課題代表者名

宮崎 章(通商産業省工業技術院資源環境技術総合研究所水圏環境保全部)

研究期間

平成2−6年度

合計予算額

318,4436年度 74,473)千円

研究体制

(1) 海洋汚染物質の物質循環と発生源に関する研究

 ヽね留染物質の起源と挙動の解明(通商産業省資源環境技術総合研究所)

 ⇒害金属・化学物質の海洋底質への蓄積と挙動の予察的研究

(通商産業省資源環境技術総合研究所、愛媛大学、通商産業省地質調査所)

(2) 海洋プランクトンの海洋汚染物質の取り込み及び循環に関する研究(環国立環境研究所)

(3) 海洋汚染の生物モニタリング及び汚染メカニズムに関する研究

 .ットセイ、海鳥等の被害実態及び生態濃縮過程の解明(水産庁遠洋水産研究所)

 ▲ぅ襯、アザラシ等の被害実態及び生態濃縮過程の解明(文部省国立科学博物館)

 2蹴慂析システムの開発(水産庁遠洋水産研究所、愛媛大学)

(4) イカ類肝臓の蓄積化学物質による全海洋環境監視計画に関する研究

研究概要

 海洋汚染防止に資するため、海水、底質、プランクトン、海棲哺乳類を対象として海洋汚染物質を定量し、海洋汚染との関連を検討することにより、汚染物質の発生源と挙動を解明し、生物濃縮の実態とその過程を明らかにする。

 

研究成果

(1)海洋汚染物質の物質循環と発生源に関する研究:挙動や発生源を推定する手法として鉛の同位体比や有機塩素化合物の異性体分布を指標とし、日本近海や大洋域の海水及び底質に適用した。その結果、東京湾などの産業活動の活発な沿岸域の鉛同位体比は太平洋の海水中の鉛同位体比と大きく異なっており、この同位体比の相違を検討することにより産業活動の影響を推定できることが分かった。有機塩素化合物ではダイオキシン類に比べて環境中に広く分布しているにもかかわらず、未知な部分が多いポリ塩素化ナフタレンの起源を解明するため、その異性体ごとのスタンダードを合成して分析法を確立すると伴に、様々な発生源における異性体分布のデータベースを作った。実際の底質試料を分析して、各発生源の異性体分布と比較することにより、沿岸域の比較的高濃度の汚染が確認された地域のポリ塩素化ナフタレンは、焼却施設由来のものではなく、化学的に合成されたものが主であることが明らかとなった。

 有害金属・化学物質の海洋底質への蓄積状況と挙動を解明するため、日本海を中心とする海底質を採取し、有害物質の測定を行うとともに、未知汚染物質の検索を行った。その結果、人為的な影響が最も顕著に認められる元素はHgであり、バックグラウンドレベルの約20倍に達する試料もあった。AsPbZn等に関しても人為的な影響が認められた。一方、日本海底質の有機態ハロゲン濃度は大阪湾の10分の1以下であり、相対的に汚染が低いことが示された。しかし、有機態塩素に占める既知の人工有機塩素化合物の割合はいずれも10%以下であり、底質中に存在する有機態ハロゲンの多くは未検討の成分で、今後の詳しい調査の必要性を示している。東京湾や大阪湾では非常に高い有機態ハロゲン濃度が検出され、人間活動の影響を強く受ける沿岸底質が、有機態ハロゲンの海洋における蓄積の場となっていることが明らかとなった。

 

(2)海洋プランクトンの海洋汚染物質の取り込み及び循環に関する研究:日本近海で採取した動物プランクトン、稚魚、及び浮遊魚卵の元素組成(最大37元素)を中性子放射化、ICP-AES

び原子吸光法で分析した。その分析結果、()動物プランクトンの消化管内にはA1ScTiFeなどに富んだ無機物が取り込まれているが、その量は硝酸だけで分解した試料と硝酸とフッ化水素酸で分解した試料の分析値の差から概ね評価できる。(Pなどの多量必須元素の濃度は、動物プランクトンの個体の大小に関係なくほぼ一定であったが、重金属などの濃度は個体重量が小さくなるほど増加した。()多元素の分析結果を用いたMKT-プロットの切片と勾配の比較から、動物プランクトンの汚染状況や重金属蓄積性の評価が可能となった。この方法により、内湾の動物プランクトンは外洋のものより汚染されていることが示された。(MKT-プロットを食物連鎖において動物プランクトンの直上位に位置すると考えられる数種類の魚(稚魚)に適用した結果、プロットの勾配はプランクトンでの値より一般的に大きく、重金属の蓄積が見られた。これはプランクトンの重金属が食物連鎖を通してその捕食者である稚魚に移行・濃縮した結果と推測される。また、MKT-プロヅトの勾配は魚類の卵では一層大きく、魚類に蓄積された重金属が卵に移行し易いことも示唆された。

 

(3)海洋汚染の生物モニタリング及び汚染メカニズムに関する研究:オットセイと海亀の重金属汚染及び海鳥のプラスチック汚染の実態を明らかにした。オットセイ試料を分析して、重金属の体内蓄積、濃度の加齢変動、重金属の母子間移行等について知見を得た。野生動物保護の観点から非捕殺的手法による海洋野生生物の汚染モニタリング手法を開発するため、毛中の重金属濃度の季節変化及び血中性ステロイドホルモンの量とその周年動態を調べ、毛又は血液による生物汚染モニタリングの可能性を見いだすことができた。

 大気や水、並びに海棲高等動物中の有機スズ化合物及び有機塩素化合物の分析法を確立し、モニタリング調査を行った結果、海棲哺乳類の殆ど全ての検体から有機スズが検出され、地球規模で汚染が広がっていることを証明した。この結果、これまで低次栄養段階の生物が中心であった有機スズの生物汚染モニタリングを再考し、高等動物を含む生態系全体を視野に入れた環境影響評価が必要なことが分かった。又、有機塩素化合物は熱帯・亜熱帯海域において汚染が顕在化しており、たまり場としての海洋の役割が鮮明となった。更に海棲高等動物の分析結果からは、特異的な生物濃縮機構を持つため有害物質を高濃度で蓄積すること、その毒性影響を示唆する生理機能の変調が認められること、汚染の低減はしばらく望めないことなどが明らかとなった。

 北部太平洋、日本海、インド洋、バイカル湖、カスピ海、ロシア北極海沿岸などで総計400'体のイルカ及びアザラシ資料を収集し解析した結果、有機塩素化合物や重金属などの汚染物質が海水中の濃度の103107のオーダーで蓄積しており、バルト海、黒海、地中海などで発生した海棲哺乳動物の大量死や催奇性との関連が示唆された。又、同じ鯨類でもより高度なレベルのイカなどを補食するハクジラの方が、オキアミなどのプランクトンを摂食するヒゲクジラよりも濃縮の程度が高いことが分かった。これらの研究成果の発表と討議の場を提供するため、19932月に海洋汚染と海棲哺乳類に関する国際シンポジウムを開催した。

 

(4)イカ類肝臓の蓄積化学物質による全海洋環境監視計画に関する研究:モニタリグに最適なイカを選定するため、まずイカの生理・生態学的知見を集積するとともに、肝臓に蓄積される物質を広く検索し、海域別・イカの発育段階・種別に定量した。日本近海・両半球の約30種のイカ肝臓中の有機スズ化合物(TBTTPT)、PCB、人工放射性核種(60Co, 108mAg,110mAg)、重金属、多環芳香族炭化水素 [(PAH) (Benzo(k)Fluoranthene, Benzo(a)Pyrene, Benzo(ghi)Perylene)] を定量した。その結果、北半球、特に日本近海で汚染が進んでいること、南半球で比較的汚染が少ないことが明らかになった。イカ肝臓中から海域の汚染状況を算出するため、肝臓中濃度と水中濃度の関係を調べた結果、TBTPCBsCoの海水から肝臓への濃縮率は104-5Ag107と計算された。PAHについては単純に濃縮率を見積もれず、なお若干の検討を要する。広範囲に分布するスルメイカ類は世界の大洋の汚染モニタリングの適種であった。以上の研究によりイカ肝臓を用いるモニタリング方法の基礎が確立できた。

 

 以上の研究を通して、有機塩素化合物や重金属による海洋汚染が世界的な規模で進行していること、又、これらの汚染物質が底質に蓄積するとともに、食物連鎖を通じて、プランクトンから魚類、イカ類、鳥類、高等海棲哺乳類へと濃縮されていることを明らかにした。更に、これらの海洋汚染をモニタリングするため、日本独自の方法として、イカ肝臓を用いるスクウッドウオッチが有効であることを示した。