課題名

B−6 東アジアにおけるハロカーボン排出実態解明のためのモニタリングシステム構築に関する研究

課題代表者名

横内陽子(独立行政法人国立環境研究所化学環境領域主任研究官)

研究期間

平成14−16年度

合計予算額

95,358千円(うち16年度 28,978千円)

研究体制

(1)波照間におけるハロカーボンの連続観測と発生源解析に関する研究(独立行政法人国立環境研究所<研究協力機関>AGAGE(Advanced Global Atmospheric Gases Experiment)

(2)日本沿岸上空におけるハロカーボンの鉛直分布モニタリングに関する研究

 ・日本沿岸上空におけるハロカーボン濃度変動の解析に関する研究(独立行政法人国立環境研究所)
 ・航空機によるハロカーボン類の鉛直分布観測に関する研究(独立行政法人航空宇宙技術総合研究所)

(3)化学輸送モデルを用いた東アジアにおけるハロカーボン排出量の推定に関する研究(独立行政法人産業技術総合研究所)

 

研究概要

1.序(研究背景等)

 フロン等の長寿命ハロカーボン類は強力な温室効果気体であり、その温暖化への寄与は二酸化炭素(CO2)全量の約25%に匹敵している。このうち、CFC(クロロフルオロカーボン)類やHCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)類は成層圏オゾン破壊物質であるため、モントリオール議定書に基づいてその生産・使用がすでに全廃されたか、全廃が予定されている。一方、モントリオール議定書で規制されないHFC(ハイドロフロオロカーボン)、PFC(パーフルオロカーボン)とSF6(六フッ化硫黄)については、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素と共に地球温暖化防止のための京都議定書の規制対象となっている。京都議定書ではこれら6グループのガスの二酸化炭素換算総排出量の削減を先進各国に求めている。しかし、実際には、CFCに替わるHFCなど代替フロン類の使用量が今後も増加すると予想されている。これに対して、AGAGE、NOAA-CMDL、SOGEなどのグループが北米、ヨーロッパ、オーストラリアなど12地点(図1参照)において代替フロン類を含むハロカーボン類の高頻度モニタリングを始め、詳細な濃度変動を把握している。高頻度の観測データでは、濃度と排出源地域の対応が容易になるため、大気観測に基づいた地域別排出量の解析に利用することができる。しかし、日本を含むアジアでは、代替フロンを含むハロカーボン類の連続モニタリングに対する取り組みはなく、世界的な観測ネットワークの空白域となっている。そのため、アジア域におけるハロカーボンの排出実態については不明な点が多く、有効な対策を講じることができない。また、日本国内のハロカーボン排出量については、排出源調査と排出係数を用いた推計が行われているが、HFCやPFCの場合、化合物レベルの推計値はない。このような背景の下、本研究では東アジアの影響を検出するのに適した位置にある波照間島においてハロカーボン高頻度連続観測を立ち上げ(サブテーマ1)、相模湾上空における航空機モニタリングによって日本国内のハロカーボン排出量を試算すると共に、アジア上空の自由対流圏におけるハロカーボン濃度トレンドを明らかにし(サブテーマ2)、観測データと化学輸送モデルを用いてアジア域におけるハロカーボン排出量の定量的評価を試みた(サブテーマ3)。



2.研究目的

 本研究の目的は、強力な温室効果気体であるハロカーボン類の東アジア/日本における排出実態を解明するために必要なモニタリングシステムを構築することにある。各サブテーマの目標は以下の通りである。
 (1)東アジアの影響を検出するのに適した位置にある波照間島においてGC/MSを用いた高頻度ハロカーボンモニタリングシステムを立ち上げ、HFC、PFCを含むハロカーボン定常観測を実現する。
 (2)相模湾上空におけるハロカーボン航空機モニタリングを実施して、波照間の観測を補完するデータを得る。鉛直分布を利用してハロカーボンの国内排出量の推定を試みる。さらに上空のデータから大気中の蓄積状況を把握する。
 (3)モデル解析によってアジア周辺の排出状況を定量的に理解する。

3.研究の内容・成果

 (1)波照間におけるハロカーボンの連続観測と発生源解析に関する研究
 
 大気中ハロカーボン類の東アジアにおける濃度変動と排出実態を解明するために、波照間島において高頻度ハロカーボンモニタリング観測を立ち上げた。液体窒素のような寒剤を使用しないでHFC-23等極低沸点成分の分析を可能にするため、小型の極低温冷凍器内で特別に設計した小型トラップの冷却と加熱を繰り返す新しい濃縮システムを設計・製作し、ガスクロマトグラフ-質量分析計(GC/MS)と組み合わせた。これによりほとんどの対象化合物を1pptレベルの低濃度で測定することが可能になった。さらに、これを完全自動化することによって、遠隔地における毎時間連続観測を可能にした。平成16年2月に本装置を国立環境研究所・波照間観測ステーションに設置し、PFC(パーフロオロカーボン)3種、HFC(ハイドロフロオロカーボン)4種、SF6(六フッ化硫黄)、HCFC(ハイドロフロオロカーボン)5種、CFC(クロロフロオロカーボン)6種、ハロン2種、その他7種のハロカーボンの測定を開始した。以後、良好な観測を続け、これまでに7000組を上回るデータを得た。
  ハロカーボン類のうち、PFCとCFCについてはほとんど季節変動が認められなかった。これに対して、HCFC類、HFC類には季節的な変動と数時間あるいは数日レベルの短期的な変動が検出された。代表的なハロカーボンについて2004年7〜8月と2005年1〜2月の平均濃度を求めた結果、それぞれHCFC-22;162.8pptと177.2ppt、HCFC-142b;15.5pptと16.3ppt、SF6;5.3pptと5.6ppt、HFC-23;18.5pptと21.0ppt、HFC-134a;30.4pptと36.4ppt、CFC-12:540.1pptと541.Oppt、テトラクロロエチレン;1.3pptと5.8ppt、が得られた。顕著な季節変動は、HFC-134aのように北半球における排出量が多く、緯度方向に大きな濃度差を持つものに特徴的であった。短期的な濃度増加については、バックトラジェクトリー解析によって、中国、台湾、日本、韓国などからの排出の影響であることが示唆された。
  本観測の立ち上げにより、PFC類を含むハロカーボン類の高頻度データが継続的に得られるようになり、今後、アジア域における排出量解析への道を開くと共に、グローバルなハロカーボン排出の議論に貢献することが可能になった





 (2)日本沿岸上空におけるハロカーボンの鉛直分布モニタリングに関する研究
  相模湾上空における大気中ハロカ一ボン濃度の鉛直分布を基に、国内排出量に関する知見を得ることと、自由対流圏における蓄積状況を把握するために、月1回の航空機観測を実施した。図3に、HCFC-22、HCFC-141b、HCFC-142b、HFC-134a、CFC-12、ジクロロメタン(CH2Cl2)、トリクロロエチレン(C2HCl3)、テトラクロロエチレン(C2Cl4)の高度分を示す。ハロカーボン濃度は、4000mより上空では北半球のバックグラウンドレベにあるものの、低空の高度500mでは顕著に高くなることが多く見られた。このような下層におけるハロカーボン濃度の増加は、京浜工業地帯を始めとする相模湾周辺の大都市の影響を受けたものと考えられる。ただし、その増加量(高度500mの濃度から高度7000mの濃度を差し引いた値、以下△と略)は大気の状態などによって大きく変わるため、これを排出量と直接結びつけることはできない。しかし、この△の化合物毎の比は、周辺地域におけるそれらの排出量の比に等しいと考えることができる。従って、ただ1つの成分だけでも排出量が分かれば、その排出量に△の比を掛けることにより、観測された全ての成分の排出量を求めることができる。そして、この地域のハロカーボン排出パターンが日本の平均的なものであると考えれば、△を国内排出量とリンクさせることが可能になる。
  ここでは、排出量計算の基準になる化合物として、化学物質排出移動量届出制度(PRTR)により国
内排出量が推計されているHCFC-22を選んだ。2002年のHCFC-22国内総排出量のPRTR推計値(年間9.07Gg)と、気団が太平洋から日本の上空だけを通って相模湾に到達していた際の△値を用いて、他
のハロカーボン類の排出量を推定した。2003年8月22日の観測値を利用して、フロンおよび代替フロン類の国内年間排出量(単位はGg/年)は、CFC-11;1.6、CFC-12;2.0、CFC-113;0.12、CFC-114;0.05、
CFC-115;O.08、HCFC-142b;1.2、HCFC-141b;8.5、HCFC-124;0.09、HCFC-123;O.05、PFC-14、0.11、PFC-116;0.20、PFC-218;0.06、PFC-318;O.02、HFC-23;O.14、HFC-32;0.25、HFC-134a;4.9、HFC-152a;
0.28、SF6;0.16と計算された。HFC
類やPFC類の個別化合物については、これまでに国内排出量を推定した例はなく、本研究で求めた値が最初の報告値となる。わが国ではHCFC-22、HCFC-142b、HFC-134a
などの排出量が相対的に多く、PFC類の排出量は少ないという結果が得られた。このような航空機観測による鉛直分布を利用した手法は、ハロカーボン類に限らず、二酸化炭素など他のガス類の排出量推定にも
応用が期待できる。ただし、相模湾周辺地域におけるハロカーボン排出割合が日本全体を代表し、季節的な変動なども無視できることを仮定しているため、推定精度を向上させるためには、今後、観測点を増や
すことが必要である,この点を考慮しても、多成分の排出量を比較的簡単に推定できることのメリットは大きく、航空機モニタリングは対費用効果の高いインベントリー手法になり得る。


  また、高度7000mの自由対流圏にあるデータは、アジア上空の自由対流圏における代替フロン類(HCFC-22、HCFC-141b、HCFC-142b、HFC-134a、HFC-152a)の濃度がいずれも増加傾向にあること、HCFC-142bとHCFC-141bの増加は近年やや頭打ち傾向にあることなどを示した。このことは、HCFC類の使用量削減の流れを裏付けるものである。一方、自動車のエアコンなどに広く使用されるHFC-134aはほぼ直線的に増加しており、その増加率は年間4.4ppt(2003年の場合、約12%)に上る。また、スプレーに使われるHFC-152aは、2005年の冬の間に3pptから6pptに倍増し、急激に使用量が増加していることを示した。
 (3)化学輸送モデルを用いた東アジアにおけるハロカーボン排出量の推定に関する研究
  ハロカーボンの一種で冷蔵庫の冷媒として利用されているHCFC-22の東アジアからの排出量の推定を試みた。HCFC-22の濃度を産総研の大気輸送モデル(STAG)を用いて計算し、相模湾上空で採取された大気中濃度(2002年、月1回)および波照間島で観測された濃度(2004年、1時間間隔)を用いて考察した。STAGの濃度は相模湾の高度1-7kmの観測と5ppt以内で一致したが、高度1km以下の濃度については食い違いが見られた。波照間の観測には、季節変動、一週間程度の時間スケールの変動、一日程度のスケールの時間変動が含まれている。観測された濃度の時系列の低濃度側については、STAGの計算結果と
観測の差は5ppt以下であった。このことからSTAGで用いた、発生源分布、全球排出量の経年変化、大気中OHラジカル量、HCFC-22とOHラジカルの反応速度、反応速度の計算に用いた気温などは妥当なものと判断した。STAGの低濃度は季節的な時間スケールのものも一日の時間スケールで発生するものも南半球大気が波照間を覆うことにより発生していた。一方180ppt以上の最大濃度をともなう一日から一週間の時間スケールの高濃度現象は5月から12月までに18回検出された。STAGの計算結果も対応する時間帯に高濃度を与えたが、観測濃度よりは低い値を示した。18領域に分割した発生源を与えた計算結果から、高濃度事象をもたらす排出源の定性的な推定を行ったところ起源と思われる大都市(上海、台湾、西日本など)を多くの場合複数特定することができた。そこで、発生量が一定であると仮定した場合について、最小二乗法を用いた定量的な推定を試みたところ幾つかの地点の推定値は負となってしまった。このことから高濃度現象の中にSTAGの空間分解能では表現が困難な事例が含まれている可能性、あるいは排出が必ずしも定常的ではない可能性が示唆された。これらの問題は、空間分解能の向上と複数の観測点を持つことによって解決できると考えられる。


4.考察

 本研究では、波照間島でGC/MSによる高頻度・高精度ハロカーボンモニタリングを立ち上げるという 最大の目的を達成した。現在世界で同様の観測を行っている12地点のうち、PFC、HFC-23、HFC-32など の極低沸点ハロカーボンの観測についてはAGAGEの数ステーションで2003年末から順次立ち上げられ ている最中であり、波照間ではこれとほぼ同時期に観測を始めることができた。波照間におけるハロ カーボンの短期的な濃度変動には東アジアの大都市の影響が大きいことがバックトラジェクトリー解 析および大気輸送モデル計算によって明らかにされた。このことは、波照間における高頻度モニタリ ングがアジア域の排出量解析に有効であることを改めて示すものである。また、HCFC-22のモデル解析 の結果は、波照間で観測される濃度には北米とヨーロッパからの排出が作り出す濃度の南北勾配が大 きく寄与していることを明確に示した。地域別排出量の定量的な推定にはモデルの水平分解能などの 課題が残り、排出源の時間変動も考慮する必要性が認められた。その結果、今後の課題としてモデル の分解能の向上と波照間に加えてもう一地点で同様の観測を行う方向性が示された。相模湾上空の航 空機観測では、鉛直分布を利用して国レベルの排出量を推定するという新しい手法を試し、ボトムア ップ推計で報告されていないハロカーボン排出量に関する知見を得ることができた。観測点数を増や すことにより、地域・国レベルの排出量推定のための実用的な手法になると考えられる。また、高度 7000mにおける観測データを基に自由対流圏におけるHFC類の急激な蓄積状況を明らかにした。 以上、ハロカーボンの排出量解析に有効な高頻度の定常観測を実現し、航空機モニタリングにより 国内排出量の推定値を得ると共に、観測値と大気輸送モデルの結合による排出量推定の有用性を示し た。これにより東アジアにおけるハロカーボン排出実態解明を目指すモニタリングシステムの基本骨 格が整った。さらに、AGAGE、SOGEとの協力によって、国際的なハロカーボン観測ネットワークの枠組 みに貢献することが可能になった。

5.研究者略歴

課題代表者:横内陽子
    1951年生まれ、大阪大学理学部卒業、理学博士、現在、独立行政法人国立環境研究
所 主任研究官
主要論文:Y.Yokouchi,et al.,Strong emission of methyl chloride from tropical
plants,Nature,416,163-165(2002)
Y.Yokouchi,et al.,Recent decline of methyl bromide in the troposphere in
accordance with the Montreal Protocol phase-out schedule,Atmospheric
Environment,36,4985-4989(2002)
Y,Yokouchi,et al."A strong source of methyl ch1oride to the atmosphere
from tropical coastal land" Nature,403,295-298(2000)

主要参画研究者
(1):横内陽子(同上)
(2):横内陽子(同上)
    稲垣敏治
 1952生まれ、東京電機大学電気通信学部卒業、現在、文部科学技術省(独)航空宇宙技術
 総合研究所 飛行システム研究センター主任研究員
 主要論文:MuPAL開発チーム(稲垣敏治ほか)「多目的実証実験機MuPALの開発」(2000)
 航空宇宙技術研究所 TM-747
 稲垣敏治 他「ドルニエ機用飛行データ収集システム及びダウンリンク・システム
 の飛行評価実験」航空宇宙技術研究所 TM-699
 0雎隻匱、増位和也、塚野勇吉「ドルニエDo-228型機のエンジン出力トルク応答特
 性の飛行実験」(1997) 航空宇宙技術研究所 TM-723
(3):田口彰一
 1956生まれ、東京大学理学研究科地球物理学専門課程博士課程認定退学、理学博士、現
 在、経済産業省(独)産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門地球環境評価研究グル
 ープ 主任研究員
 主要論文:Gurney R.et al.,Robust regional estimates of annual mean CO2 sources
 and sinks,Nature,415,626-630(2002)
 Taguchi,S.,T.Iida,and J.Moriizumi,Evaluation of the atmQspheric transport
 model NIRE-CTM-96 by using measured Radon-222 concentrations.Tellus-B,54,
 250-268,(2002).
 Taguchi,S.,S.Murayama S,K.Higuchi,Sensitivity of inter-annual variation
 of CO2 seasonal cycle at Mauna Loa to atmospheric transport.TELLUS-B,55,
 547-554(2003)

6.成果発表状況(本研究課題に係る論文発表状況。査読のあるものに限る。投稿中は除く。)
 ̄殍楾У院横内陽子、泉克幸、稲垣敏治:大気環境学会誌、40、1-8(2005)
「PFC,HFCを含むハロカーボン分析システムの開発と大気観測への応用」
Y.Yokouchi,T.Inagaki,K.Yazawa,T.Tamaru,T.Enomoto,K.Izumi:J.Geophys.Res.
110,10.1029/2004JDOO5320(2005)
"Estimates of ratios of anthropogenic halocarbon emissions from Japan based on aircraft
monitoring over Sagami Bay,Japan"