課題名

E-2 森林火災による自然資源への影響とその回復の評価に関する研究

課題代表者名

阿部 恭久(独立行政法人森林総合研究所森林微生物研究領域微生物多様性チーム)

研究期間

平成12−14年度

合計予算額

156,876千円(うち14年度 50,483千円)

研究体制

(1)リモートセンシングデータなどによる森林火災の影響と回復過程の解析と総合化

(独立行政法人森林総合研究所、独立行政法人国立環境研究所、独立行政法人通信総合研究所、
〈研究協力機関〉(財)自然環境研究センター、インドネシア国ボゴール農科大学〉

(2)森林火災による森林生態系・生物多様性への影響とその回復に関する調査解析

(独立行政法人森林総合研究所、環境省生物多様性センター
〈研究協力機関〉独立行政法人国立環境研究所、東京大学、
(財)自然環境研究センター、インドネシア国科学研究院生物学研究所)

(3)森林火災の影響評価のための指標策定

(独立行政法人国立環境研究所、独立行政法人森林総合研究所、
〈研究協力機関〉東京大学、広島大学、佐賀大学、
インドネシア国科学研究院生物学研究所、インドネシア国ガジャマダ大学)

研究概要

1.序

 国連環境開発会議により採択された生物多様性条約、地球憲章、アジェンダ21および森林原則声明では、森林減少の防止、生物多様性の保全、持続可能な森林管理の必要性が提唱され、その後モントリオールプロセスやヘルシシキプロセス等により持続的な森林管理基準と、具体的な指標の策定が求められている。しかし、世界的に森林減少は依然として進んでおり、熱帯地域、特にインドネシアでは焼き畑や産業造林、開発などに起因する森林火災が、森林資源の焼失、生物多様性の減少、森林環境の劣化、さらには国境を越えた煙害をもたらし、社会、経済、健康、生活に影響を及ぼしている。同国では、これまでにも1987年、1991年、1994年に異常乾燥に見まわれ、大規模な森林火災と煙害が発生したが、1997年から1998年にかけては、エルニーニョ現象の影響と思われる記録的な異常乾燥が続き、過去最大規模の森林火災が発生した。これらの被害を把握し、その回復過程をモニタリングすることは、その生態系に依存して生活する動植物の保護あるいは地元の人々の生活環境保全等を考える上で非常に重要である。森林火災による影響の程度は、局地的に異なり、また被災地域は広範にわたる。そこで森林火災の影響及び回復過程の評価において、広域観測に適した衛星リモートセンシングは有効な手段の一つである。

 火災の発生は森林に生息する生物の種や個体数、遺伝的多様性などに大きな影響を及ぼしたと考えられるが、ベースラインデータが未整備であるため生態系への影響評価が出来ない状況にあった。そのため、火災被害林だけではなく火災無被害林においても森林に生息する生物の種数や個体数などを調査してその違いを解析するとともに、森林火災が森林生態系や生物多様性に及ぼした影響を評価するための具体的な指標を策定する必要があった。また、インドネシアでは一部の地域において火災跡地に造林が進められているが、単に人工林化した森林を作るのではなく、消失以前の天然林の状態に近い森林を再生することが必要である。そこで、生物多様性に富み健全性の高い熱帯林に誘導するための具体的指針を提示することが求められている。

 

2.研究目的

 本研究は、森林火災の全体的な影響についてこれまでの研究事例をレビューすると共に、既存の衛星データによる影響地域の把握とその回復過程を捉える手法を整理し、現時点での森林生態系や生物多様性研究推進のための基盤的情報を整備・提供することを目的とする。また先駆的リモートセンシング手法の開発およびそれらの手法の森林火災地域での利用についての検討を行い、森林火災の生態系・生物多様性への影響評価と回復過程の評価を行う。さらに、森林火災の影響の可視化、マップ化を図り、地上観測を、高分解能衛星データを介して広域観測衛星データにスケールアップするための手法を開発することを目的とする。インドネシアなどの東南アジア熱帯林の森林生態系、森林における生物多様性、および森林火災の全体的な影響に関する文献を調査・整理し、本研究により得られた結果と比較対照する。また、地上分解能の異なる衛星データを用いて、熱帯降雨林地域における実用的な火災の影響評価手法を開発するとともに、地上での調査・計測結果の広域スケーリングを図るための手法を開発する。

 森林火災の自然環境への影響を明らかにして評価するためには、基準となる火災前および回復期の生物種データが必要である。そこで、森林火災被害が多発している地域において、被害を受けなかった森林と被災程度の異なる森林を選定し、火災後の森林の環境データや森林に生息する様々な生物種のデータを集め、森林火災による自然環境と生物多様性への影響を解明するとともに、被害林の回復状態の評価を行うこととした。具体的には19971998年に大規模な森林火災が発生したインドネシア東カリマンタン州において、インドネシア側研究者との共同研究体制により、森林火災被害林と無被害林に設定した固定調査区において、森林火災が林木群集、菌類相、小型哺乳類群集、昆虫群集に与えた影響の評価、および火災跡地における主要な樹種の更新過程の調査を行い、回復状況を明らかにする。この現地調査により火災被害の影響と回復過程における熱帯林生態系の構成樹種などの変化状況、森林に依存する代表的な分類群の種や個体数の変動を明らかにする。

 森林火災の生態系・生物多様性への影響とその後の回復過程(森林の健全性)の評価のため、大気環境に敏感な蘚苔類や地衣類、土壌環境に敏感な菌根菌や土壌細菌の指標性について検討する。指標性の適正については、生態系・生物多様性に係わる多くのデータとの関連から評価すると共に、それらのデータの中から新たな生物指標を抽出し、その有用性についても検討する。

 

 

3.研究の内容・成果

(1)リモートセンシングデータなどによる森林火災の影響と回復過程の解析と総合化

 まず、本研究の位置づけを明らかにするため、世界各地で発生している森林火災についての既存の研究成果をレビューし、何が判明しており、何が不明であるかを整理した。特に、火災の影響把握・火災からの回復促進のために、重要な項目を明らかにした。その結果は以下の通りである。

 ・森林火災は、歴史的に繰り返されてきた自然過程であるが、近年、土地利用改変など人為的な影響により、頻度・規模が拡大している傾向が認められている。

 ・生態系・生物多様性への影響については、林木動態、哺乳類・鳥類の特定種の行動、昆虫の一部分類群については一定研究がなされているが、草本植物、蘚苔類、地衣類、菌類などに関する研究はない。

 ・林分が置かれている地形・配置(村落との位置関係など)により、影響・回復とも違う過程を示すという知見が得られている。

 また、研究成果の発信と、関連する分野の研究者・行政担当者と研究成果の総合的な整理・今後の利用・発展のため、シンポジウムを実施した。

 次に、高分解能衛星データを用いた研究対象地における森林火災の影響評価を行った。1972年の1号機の打ち上げ以来、Landsat衛星シリーズは現在の7号機に至るまで、継続して地球観測を行っている。そのため環境モニタリングにLandsat衛星データがよく用いられている。本研究においても、火災の前後において、同一スペックで対象地を観測していることから、このLandsat衛星データを用いた森林火災の影響を捉える評価手法を開発した。まず、Landsat衛星データを用いて、研究対象地域における森林火災発生前の、土地被覆状況を捉えた。熱帯降雨林地域においては、デジタル処理に適した雲のない高分解能衛星データを得ることが困難である。そこで、複数の雲の存在するデータを組み合わせた実用的な利用法を提示した。また併せて、1m分解能を有するIKONOS衛星データ及びQuickBird衛星データを用いて林分構造を抽出する手法を、全サブテーマ共通の固定調査区において開発するとともに、火災により分断化された森林のパッチ構造を抽出した。

 

1. 大規模森林火災前の研究対象地周辺の土地

 

 また、1997年中旬から1998年の東カリマンタン地域の大規模火災に前後するJERS衛星搭載合成開口レーダ(SAR)のデータを解析することにより、森林火災エリアの同定を図った。SARは、雲を透過することで熱帯降雨林の観測に適していると期待されたが、JERS衛星搭載のSARは単偏波であること等が影響し、被災地抽出において良い結果は得られなかった。そこで、火災被害抽出に必要な観測パラメータの特定を行った。パラメータの特定には、通信総合研究所と宇宙開発事業団が共同で開発した航空機搭載多機能合成開口レーダ(Pi-SAR)のデータを利用した。航空機SARでは衛星SARと異なり、観測方向、観測入射角が自由に設定可能である上に、異なる観測パラメータで同じ日に観測可能であり最適観測パラメータを決定するのに便利である。さらに、衛星ではまだ実現されていない多周波、多偏波データが取得可能であり、干渉SARによる標高測定も可能である。さらに、1.5mという高分解能を実現しており、今までのマイクロ波センサでは分類できなかった詳細な識別が可能である。これをもとに、2002年打ち上げ(現在2004年に延期)予定のALOS衛星に搭載されるPALSARによる森林火災の影響評価に最適なパラメータについての提言をまとめた。

 最後に、広域を高頻度で観測可能なSPOT衛星VEGETATlONデータを用いて森林火災の被害地を把握し、その植生の回復過程をモニタリングする手法を開発した。全サブテーマ共通の対象地を含む東カリマンタン州を対象として、SPOT衛星VEGETATIONデータから算出された正規化植生指数(NDVI)の10日間合成データを用いて解析を行った。このデータに局所最大値フィルタと主成分分析とその逆変換を用いてノイズ軽減処理を施した。まず火災直後の画像を教師なし分類することで火災跡地のマッピングを行った。さらにNDVI値の時系列変化を非線形関数に当てはめ、その式を用いて森林回復度マップを作成した。その結果、1998年前半に東カリマンタン州全域にわたり広く火災の被害を受けており、回復のスピードは被災直後に比べ、現在は緩やかになっていることが明らかになった。

(2)森林火災が森林生態系や生物多様性に与えた影響とその回復に関する調査解析

 ブキット・バンキライにおいて、20011月に森林概況の調査を行い、重度被害林、軽度被害林、および無被害林を選定し、これらの林に1カ所ずつ共同調査区を設け、それぞれHD区、LD区、K区とした。各調査区はさらに10m×10mの小プロットに区分し、この小プロットを植生調査等の単位とした。

 

2. 東カリマンタン州ブキット・パンキライ(左)に設定した共同調査区(右、IKONOS衛星画像)

 

 これらのHDLDK区内に数地点ずつ温湿度計と光量子密度計を設置し、林内の気温、地温、相対湿度、光量子束密度の観測を行った。さらに林外の裸地において、気濃、地温、相対湿度、光量子束密度、降水量、風向風速についても観測した。この結果、無被害林の日最高気温は2830℃であったが、重度被害林ではより高くなり、3334℃まで上昇することもあった。また、日最低気温については、重度被害林では林外よりもさらに1℃以上低くなった。地下5cmの地中温度は被害林では平均温度は若干低くなり、無被害林では1℃程度だった最高温度と最低温度の開きが、23℃に広がる傾向があった。林内の相対湿度は、夜間にはほぼ100%で、昼間の最低湿度は無被害林では8090%であったが、重度被害林では6070%まで低下した。裸地の光環境はおよそ2535mol/m2/dayで、HD区のある地点では裸地の95%の光強度であったが、別の地点では10%以下の明るさであった。K区では、観測した4地点すべてで、裸地に対しておよそ15%以下の明るさであった。降水量については、観測を行った10ヶ月間で多い月では300mm/月以上が記録されたが、7月から9月までは55mm/月以下であった。風速については、観測を行った20027月下旬から12月中旬までに、瞬間最大風速が10m/sを超える突風が3回起きたことが分かった。

 3調査区の植生調査を行った結果、全ての調査区を合わせて、種子植物は464種、シダ植物は87種が確認された。種子植物、シダ植物ともK区で最も種多様性が高く、HD区で種多様性が最も低く、火災の影響がきわめて大きいことが明らかになった。

 火災被害林及び無被害林における樹木の更新状況を3つの調査区内で調査した。調査の対象を無被害林および火災跡地に多い樹木13種とし、20019月に胸高の幹直径(DBH)が4.8cm未満の若木の高さまたはDBHを測定した。その後、20032月まで約半年ごとに計3回の再測定を行った。無被害林に多い8種の若木は火災跡地に少なく、HD区では実生の定着も起きなかった。Madhuca kinganaの実生がK区とLD区で大し量に定着し、種子の散布距離はLD区で短いと考えられた。K区とLD区の間で若木と小木の生長量を比較すると、LD区で生長が良い種と、両区でほぼ同じ種が見られた。火災跡地に多い5種の若木は一種を除いて無被害林でも見られた。先駆的な種は火災跡地で成木が増加するのと同時に、定着する実生が少ないために若木が減少した。火災跡地で最も優占するM. giganteaHD区の裸地に近い場所で高さが1.3mに達した若木がなかった。

 K区、LD区、HD区にそれぞれ中プロットを設定し腐生菌類を調査したところ、子のう菌類20種、担子菌類124種の計144種が確認された。出現した腐生菌類の合計種数は調査区の間でほとんど差はなかったが、子のう菌類はK区で多く、HD区で少ない傾向があった。被害林では独自の菌類相が形成されており、無被害林の菌類相とは異なることが確認された。Camarops ustulinoidesPerenniporia corticolaのような種は無被害林でのみ確認され、Pycnoporus saguineusSchizophyllum communeなどは火災により上木が焼失し裸地化した地点でのみ認められた。火災被害林で採集された腐生菌類の菌株の生理的性質を調査した結果、40℃以上でも成育が可能な高温性菌類や−10MP以下の水ポテンシャル値でも成育できる乾燥耐性の高い種が確認された。

 森林火災による急激な環境の変化による生息域の分断は、その地域に生息する動物に大きな影響を与える。生息域の分断化が動物群集に与える影響は大きく、その後の個体群の拡散、回復には長い時間を要すると考えられる。熱帯地域のうち東南アジアでは、サルのような大型哺乳類について調査、研究がまとめられているが、小型哺乳類においてはリス、ツパイについて目視による観察がされているにすぎず、本格的な調査はされていない。そこで、森林火災の被害強度別に設定された3ヶ所の固定調査区(各1ha、各トラップ121個設置)と52ヶ所の暫定調査区(各半径1mの円形、各トラップ5個設置)にて捕獲調査を行った。個体数の比率を比較したところ、無被害林で明らかに樹上性の種が多かった。無被害林ではMaxomys whiteheadiの割合が高かった。被害が軽度から重度に以降するにつれて、重度被害林で優占するRattus tiomanicusの割合が大きくなった。本調査の結果から無被害林から重度被害林に移行するにつれて、地上性小型哺乳類は密度が増えていくタイプと減っていくタイプに分類できた。地上性で増えていくタイプは. tiomanicus、地上性もしくは半樹上性で減少していくタイプにはM. whiteheadiNiviventer cremoriventerTupaia glisT. splendidulaがあげられる。樹上性ではSundasciurus lowiがあげられる。これらは火災の影響を評価する際の指標の一つとなり得ることが示唆された。捕獲個体の一部は標本としてインドネシア科学院博物館に納めた。種数25種、総標本数は1000個体である。指標種としては上記の6種が候補として考えられた。

 19992月から各種トラップで捕獲されたカミキリムシ類は整理すると513種であった。この種数は日本本土全体のカミキリムシの種数とほぼ同じであり、東カリマンタン低地林の生物多様性の高さを示している。火災後、3年経過した20012月から10月までの9ヶ月間に62種、2314個体が得られた。無被害林(種類数44;個体数784)、軽度被害林(種類数43、個体数655)、重度被害林(種類数45、個体数875)ともに種類数、個体数には大きな違いは認められなかった。しかし、得られたカミキリムシ62種のうち個体数の多い種をみると、3林分ともほぼ同数のもはPterolophia annulitarsisくらいで少ない。無被害林で特に個体数が多い、あるいは無被害林だけでしか得られていない種はSybra vitticollis, Ropica angusticollisなどであった。重度被害林で特に多かった種はS. binotataS. propinquaなどである。また、重度被害林、軽度被害林で多かった種はAtimura bacillimaNedine adverasaある。この結果からS. vitticollis, R. angusticollisなどは無被害林の指標種、A. fluvoscutellata, E. spinosuなどは準指標種と考えられる。また、S. binotata, S. propinquaなどは重度被害林の指標種、R. marmorata, A. bacillima, N. adversaは準指標種と考えられた。

(3)森林火災の影響評価のための指標策定

 蘚苔類相および地衣類相の遷移については、各調査区内のいくつかのサブ区を永久コドラートとして設置し、出現する蘚苔類や地衣類を着生基物別に記録する方法をとった。また樹幹上の蘚苔類・地衣類群落の遷移を解析するため、各調査区内の樹幹上に20cm×20cmの永久コドラートを設置した。調査は20012月、9月、20022月、7月、20031月の計5回行われた。

 蘚生苔類に関して、K区では、高木が密生し林内は暗く、蘚苔類は樹幹上や朽木上に蘇類Calymperaceaeの他、ほふく性蘚類のSematophyllaceaeも何種か出現した。また、湿潤なコドラート内ではColuraなどの生葉上苔類がわずかに観察された。HD区では大部分の高木が消失し、焼け残った樹幹や朽木上にCalymperaceaeなどの蘚類が確認されたが、ほふく性の蘚類は稀であり種多様性も小さかった。蘚苔類相はHD区<LD区<K区の順で豊かになり、これらが植生回復にともなう蘚苔類相の経時的変化に相当するものと推察された。湿った林床の朽木に生育する、Arachniopsis majorMizutania riccardioidesTrichosteleum boschiiZoopsis liukiuensisは自然林内でのみ出現した。これらの種は、低地熱帯多雨林の自然度を示す指標となりうると考えられた。

 地衣類の成長の遅さと確認された種群から、森林火災の影響を受けたHD区、LD区に出現する種は、谷筋などの樹木の根元や樹皮の割れ目にわずかに生き残っていた種群と思われる。蘚苔類が、自然林に生育する種のうち、繁殖力と耐乾燥性に優れた種が再侵入し定着したものだと考えられたこととは大きく異なる。Graphidaceaeの様な固着地衣類は樹皮への圧着が強く、皮目の隙間で火災に対し生き残れる可能性が高いと考えられ、大型地衣類は基物から浮き上がり火災の影響を強く受けたものと想像された。

 地衣類相もHD区<LD区<K区の順で豊かであった。K区の沼地や小川近くの樹木基部には、Squamella sp. (=Cladonia sp. 1?)Coenogonium spp.Coccocarpia sp.Pannnaria sp.などの大型地衣類が出現し、低地熱帯多雨林回復の指標植物となりうると示唆された。また、これまで未解明であった東カリマンタン地域の地衣類相に、新たに6種、Squamella sp. (=Cladonia sp. 1?)Graphis sp. 1Graphi sp. 2Sarcographa Leprieurii var. leptastraCyclographina macgregoriiPyrenula gigasを加えることができた。さらに、Graphis sp. 1は新種の可能性が高く、現在新種として登録準備中である。

 

3. 森林の回復を示す地衣類

 

A:葉上地衣類,BCoccocarpia sp., CCoenogonium sp.

 

 焼失した有機物層は火災後3ないし4年という比較的短い期間で回復することが明らかになり、3年後の時点でLD区の生残木周辺では量のばらつきは大きいものの菌根が形成されていた。しかしLD区では宿主樹木が大きく減少したため、火災後4年の時点でも面積あたりの菌根量は回復していなかった。また、菌根の多い地点や菌根菌子実体の発生地点と宿主樹木の分布や土壌水分状態との間には関連は見られなかった。林冠が破壊された林分では土壌水分量が不安定で晴天が続くと乾燥する傾向が見られたが、易利用水分の範囲であった。菌根菌の種類を菌根そのもので判断するのはきわめて困難だが、地上に発生する菌根菌の子実体が菌相をある程度反映するので、それにより成熟林分の菌が生き残っているのか、先駆的な菌が再定着を始めているのかを知ることができる。LD区には火災後3年ですでに極相林に特徴的なベニタケ属やテングタケ属などのK区の種構成に類似した菌群が発生しており、被災前の菌根菌が生き残っていたと考えられる。一方HD区では火災4年後にはじめて菌根菌子実体が発生したが、撹乱地や若齢林に典型的なキツネタケ属のみであり、菌根菌相も破壊され再定着が起こっていると考えられた。ベニタケ属及びキツネタケ属は発生も多く属レベルの同定も容易であり、菌根菌相が重度の被害を受け壊滅した後の再定着を示す指標種としてカレバキツネタケLaccaria vinaceoavellanea Hongo、被害の程度が軽く菌根菌相が維持されていたことを示す指標種としてヤブレベニタケRussula rosacea (Pers.) S.F. GrayおよびカレバハツR. castanopsidis Hongoが有効だと考えられる。

 土壌中には様々な微生物が生息しており、中でも細菌は系統的にも生理的にも極めて多様で、一般的に複雑な集団構造をもっていると考えられている。本研究では、熱帯林における土壌細菌の多様性を明らかにし、さらには土壌細菌の集団構造に森林火災がどのような影響を与えるのかを検証した。細菌を含む微生物バイオマス、微生物呼吸量、およびphosphomonoesterase活性は、概して、K区、LD区、HD区の順で大きかった。ただし、これらの値は採集時期による変動とサブプロット間の差が大きく、火災被害の指標として用いるのは困難と考えられる。土壌細菌の多様性解析の結果、火災被害から数年を経た調査区の土壌に生息する優占細菌の分類的集団構造には、火災の影響はあまり認められなかった。しかし、炭素源代謝能については、被災した地域と被災していない地域との間に明確な差が認められた。植生の違いが、土壌に供給される有機物の種類の差という形で、土壌細菌の代謝能の多様性に影響を与えていると考えられる。土壌細菌の分離・同定の結果、全ての調査区の優占種が共通しており、指標となる細菌の特定は困難であったが、Bacillus sphaericusについては、K区ではやや優占しているが、他の区ではほとんど優占しないことから、火災被害を受けていない森林土壌の指標となる可能性が示唆された。また、新属または新種の可能性が高い細菌を少なくとも4種得ることができた。熱帯林は貴重な動植物の宝庫と言われるが、未知の細菌もまた多く存在する可能性が示唆された。

 

4.考察

(1)リモートセンシングデータなどによる森林火災の影響と回復過程の解析と総合化

 既存の研究を整理した結果、森林火災の影響の把握、回復の過程追跡のために、有効な指標を設定し、既に知見の蓄積のある林木の動態などとの関係を解明することが必要であると考える。また、林分の位置・状況を衛星画像などから広域に把握し、生態系・生物多様性への影響との関係を把握することが有効な手法である。さらにシンポジウムでの議論の結果、回復過程の解明とともに、研究成果を社会的に共有していく手法の開発・展開が重要な課題であると考える。さらに、地域の生物多様性に関する基盤情報(ベースラインデータ)の整備が急務である、

 熱帯域、とりわけ熱帯降雨林が生育するような地域においては、1年を通して雲量が多く光学センサによるデータの取得が難しい。とりわけ、高分解能衛星は同一地域における観測の回帰日数が20日前後であるため、快晴の日があったとしても、必ずしもその地域を観測しているとは限らない。しかしながら、例えば雲が多くデジタル解析に不向きなデータであっても、地上からだけではわからない多くの情報を含んでいる。本研究で開発した、雲の影響を受ける高分解能衛星データを用いた手法のような、リモートセンシングの実用的な利用が、熱帯地域における森林研究の発展に寄与することを期待する。

 高分解能SARによる森林火災回復過程の解析では、火災エリアの同定には低い周波数であるLバンドSARがより有効であること、多偏波観測が重要なこと、特に交差偏波の観測データが有効であることが判った。しかし、山岳地帯における森林火災の場合には、観測における電波の照射方向によって山の尾根の手前側と向こう側でローカル入射角が大きく異なることに注意が必要である。今回のデータ処理からローカルの入射角があまり大きくなると後方散乱が小さくなることもあり観測に適していないと考える。火災当時に観測を行っていたJERS衛星SAR2時期のデータでは、コヒーレンスが悪く、火災被害をうまく抽出できなかった。しかし、2004年打ち上げ予定のALOS衛星PALSARは、L-bandの多偏波観測が可能であることから、交差偏波データを用いることにより、火災域の同定が可能であると期待できる。また、軌道決定精度がJERS衛星に比べて格段に向上するため、時間的に近く且つベースラインが短い、コヒーレンスの良いペアーのデータが取得可能と考えられる。ALOS衛星PALSARでの観測は地球上で発生する森林火災の被害状況把握に十分有効であると考えられる。

 高頻度観測衛星データを用いた森林火災の回復過程の解析では、火災直後のNDVI値を用いて森林火災被害分布図が作成され、またその被害度を分類できた。この結果は、従来の研究結果を支持するものである。また局所最大値フィルタと主成分分析とその逆変換を用いてノイズ軽減画像を作成し、それを非線形関数に当てはめて森林回復図を作成したことは、ViedmaらがLandsat衛星TMデータで行った研究結果を、ローカルスケールからリージョナルスケールに拡張したものであり、広域の生態系プロセスにおける火災の影響評価に貢献するものであると考える。

(2)森林火災が森林生態系や生物多様性に与えた影響とその回復に関する調査解析

 森林火災が発生すると林内環境は以下のように変化すると考えられる。すなわち、無被害林の日最高気温は2830℃に保たれているが、火災後は被害が大きいと林外と同じ3334℃近くまで上昇する。また、日最低気温は、林外の最低気温(2223℃)より若干高かったものが、火災後は被害が大きいと林外の日最低気温よりもさらに1℃以上低下する。地下5cmの地中温度については、最高温度と最低温度の差が1℃程度から火災後には23℃に広がるが、最高温度の上昇よりも最低温度の低下がおきやすい。林内の相対湿度は、夜間にはほぼ100%であったが、昼間の最低湿度は8090%から被害が大きいと6070%まで低下する。光環境に関しては、火災前はGSFの値が0.1未満の暗い部分が50%程度を占めるが、火災が起きるとGSF0.1未満の部分は少なくなる。重度の火災被害で樹木があまり生き残っていない部分ではGSF0.8以上の明るい環境になるが、軽度の火災被害が起きてもGSF0.2未満の部分がほとんどであり、暗い環境が保たれていた。

 今回の調査により、森林火災被害林においては腐生菌類の種構成が変化することが明らかになった。また、無被害林や被害林にはそれぞれ特有の菌類が出現することが分かった。環境の指標となりうる腐生菌類にはいくつかのタイプが考えられるが、第1は特定の宿主に依存するグループで、本調査区で確認された菌類としてはPerenniporia corticolaが挙げられる。第2には特殊な基質を好む菌類があり、この例としては炭化した木材に特異的に発生するGloeophyllum属の1種が挙げられる。第3には他の菌類が生息出来ない厳しい環境に適応している高温耐性菌類や乾燥耐性菌類があり、調査区ではLoweporus thephroporusPycnoporus sanguineusSchizophyllum communeなどが確認された。このように環境耐性、宿主依存性などを検討することにより、森林環境の指標としてこれらの菌類を利用することが可能であると考えられた。

 小型哺乳類に関しては、大規模な森林火災による生息環境の変化の影響を受けた種と、受けなかった種が確認された。影響を受けた種の中には、ハビタットを失った種と、逆にハビタットを提供された種があったと考えられる。しかし、そのタイプ分類は、樹上性や地上性といった生活型によるタイプ分けと、明瞭な対応関係は見られなかった。よって、植生の階層構造と小型哺乳類の階層構造に対する、ハビタット選好性との関係からだけでは、火災が小型哺乳類群集に与えた影響を説明するには不十分で、さらに調査検討が必要である。

 マレーズトラップは捕獲されるカミキリムシの種類数は多いが個体数は少ないため、インベントリー作成には重要であるが、各種森林の優占種を調べるには不向きであった。また、吊り下げ式トラップでは特殊な種が捕獲されるのでインベントリー作成には有効であるが、捕獲種類数は少なくて森林の特徴を反映しにくい。そのため、火災により荒廃した森林や天然林の指標となり、森林の回復度を調べるためには捕獲個体数の多いArtocarpusトラップで得られたカミキリムシを解析することが有効であった。2001年の9ヶ月間の結果では、火災被害林と無被害林の間で捕獲種・個体数の大きな差は認められなかった。しかし、種構成は異なり、K区で特に多い種はRopica sparsepunctataAcalolepta unicolor等で、HD区ではSybra binotataRopica marmorata等が多く、これらはそれぞれ無被害林と被害林の指標種と考えられた。20028月の結果を比較すると、種構成および指標種と考えられる種はほぼ同様であり、全般的に重度被害林のカミキリムシ相の回復は進んでいないが、高木の残っている軽度被害林では多少、回復の兆しが認められたことが判明した。災被害林と無被害林の指標カミキリムシが特定できたので、今後は火災後の森林の回復度を判定することが可能となる。

(3)森林火災の影響評価のための指標策定

 低地熱帯多雨林での森林火災は蘚苔類相や地衣類相に大きな影響を与えることが明らかとなった。原因としては、着生樹木の焼失の他に、大気汚染物質を含むヘイズや焼失後の光・温度・湿度等の微環境要因の影響があると思われる。低地熱帯多雨林の自然度を示す指標蘚苔類として、Arachniopsis majorMizutania riccardioidesTrismegistia KorthalsiiZoopsis liukiuensisが、指標地衣類として、Squamella sp. (=Cladonia sp. 1?), Coenogonium spp., Coccocarpia sp. Pannnaria sp.などの大型地衣類が候補となった。

 フタバガキ科樹種の菌根形成の場となる土壌有機物層は、火災後比較的速やかに回復することが明らかになったが、宿主の絶対数が減るため、バイオマス総量としては少なくなっていた。また、林冠が破壊された林分では土壌が乾燥しやすく水分条件が不安定になっていたが、一般に菌根菌に対し致命的とされるレベルではなかった。菌根菌相の被害の程度を評価するための指標には、菌根菌の子実体が有効であると考えられ、ベニタケ属が出現する場所は被害が少なく、キツネタケ属しか出現しない場所は重大な被害を受けたと推定できた。指標種として前者にはRussula rosacea (Pers.) S.F. GrayおよびR castanopsidis Hongo、後者にはLaccaria vinaceoavellanea Hongoが利用できると考えられた。

 熱帯林土壌の優占細菌群の分類的集団構造は、火災被害の後、比較的すみやかに回復するものの、代謝可能な炭素源の種類やその代謝活性には、火災被害から数年を経た後でも影響が見られることが初めて示された。また、本研究で分離・同定されたBacilllus sphaericusは、調査地域の自然林に多く生息し、火災の被害を受けた地域ではその割合が少ないことが確認されたことから、指標細菌の候補と期待される。また、新規性の高い細菌が複数発見されたが、これらの機能を解明することにより、熱帯林の土壌生態系に関する新たな知見を得られると期待される。

 本プロジェクトの現地調査により、森林火災の影響/回復を評価する指標生物の候補種が抽出されたが、今後はこれらの種がブキット・バンキライ地域だけでなく、インドネシアを中心とする熱帯林の広い範囲で適用できるか否かさらに検証する必要がある。

 また、本研究調査から、これまで未解明であり、報告等がほとんどなかった東カリマンタン地域の蘚苔類、地衣類、菌根性菌類および土壌細菌類に関するフロラに新しい基盤情報を提供できた。熱帯林は、生物資源の宝庫であるといわれるが、あまり注目されてこなかった低地熱帯多雨林地域にも、これらの生物種群をはじめ多様な生物種が存在することを明らかにした。今後さらに、広域で調査を実施すれば、さらにこの地域の生物多様性の実体が明らかになると共に、森林火災によって、この生物資源、生物多様性そして生態系が喪失されることが明らかになろう。

 

5.研究者略歴

課題代表者:阿部恭久

1951生まれ、東京大学農学部卒業、農学博士、林業試験場森林生物部腐朽病害研究室主任研究官、森林総合研究所森林微生物研究領域チーム長を経て、現在、森林総合研究所九州支所研究調整官

主要論文:

1) Tabata, M., Kato, T., Ohkubo, M., Abe, Y., Yoshinaga, S. (2002) Butt rot of Chamaecyparis obtusa trees caused by Perenniporia subacida in Shikoku District, Japan. J For. Res. 7: 105-112.

2) 阿部恭久、土居祥兌 (2000) 吹上御苑で採集された木材腐朽性子嚢菌類、国立科学博物館専報34, 235-239

3) Abe, Y., Hattori, T., Zakaria, M. and Lee, S. S. (1999) Wood-decay fungi of lowland forests in Malaysia -List of collected cultures and a small database for their cultural characteristics. Proc. Internatl. Conf. of Asian network on Microbial Researches, 879-886.

 

主要参画研究者

(1):平田泰雅

1962生まれ、東京大学大学院博士課程中退、現在、森林総合研究所四国支所流域森林保全研究グループ長

主要論文:

1) 平田泰雅、佐藤香織、Darmawan, A., Prasetyo, L. B.: 日本リモートセンシング学会学術講演会論文集、32, 7-8 (2002)Landsat TM及びETM+を用いた東カリマンタンにおける森林火災の影響評価」

2) 平田泰雅:森林資源管理と数理モデル第2回シンポジウム−FORMATH TOKYO 2002, 5 (2002)

「森林構造の把握および生態スケーリングのためのリモートセンシング」

3) 平田泰雅、宮本麻子、李雲慶、秋山秀幸:日本リモートセンシング学会学術講演会論文集、31, 231-2 (2001) IKONOS衛星データによる林分密度の抽出−ヘリ搭載LIDAR計測結果との比較−」

 

(2):阿部恭久(同上)

 

(3):清水英幸

1954生まれ、東京大学理学部卒業、農学博士、国立環境研究所生物圏環境部環境植物研究室主任研究員、同研究所地球環境研究センター研究管理官を経て、現在、国立環境研究所国際室国際共同研究官

主要論文:

1) Zheng, Y., Shimizu, H., Barnes, J.D. (2002). Limitations to C02 assimilation in ozone-exposed leaves of Plantago major L. New Phytologist, 155: 67-78.

2) Shimizu, H.(ed.): “Indonesian Forest Fire and its Environmental Impacts.” CGER-1049 (2002)

3) Emberson L.D., Ashmore M.R., Murray F., Kuylenstierna J.C.I., Percy K. E., Izuta T., Zheng Y., Shimizu H., Sheu B.H., Lui, C.P. et al.: Impacts of air pollutants on vegetation in developing countries, Water, Air, Soil Pollut., 130, 107-118 (2001)