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昭和基地について

回想録1

 昭和基地滞在中は、野外調査に出ることが多く、落ち着いて昭和基地の様子をお伝えすることができませんでしたので、昭和基地の様子について、回想録として少しご紹介したいと思います。

昭和基地のシンボル「19広場」

 ほとんどの隊員は、私と同様、昨年12月中旬に「しらせ」から昭和基地にある宿舎に移動し、そこを拠点として東オングル島内外で各自の担当業務を行います。昨年12月3日の日記でもご紹介したとおり、我が国南極地域観測隊は、科学観測の専門家(以下「観測部門」といいます。)と基地運営の専門家(以下「設営部門」といいます。)から構成されており、それぞれの任務を持って南極に入ります。しかし、本来業務こそ違えど、限られた人数で基地運営の全てをこなさなければならない昭和基地では、観測部門と設営部門は切っても切り離せません。基地施設の補修や新たな施設の建設など、降雪後では困難となる多くの作業を短い夏期間に終えなければならないため、観測部門も本来業務の傍らで「しらせ」自衛官とともに、設営部門の作業に積極的に参加しているのです。また、毎日の食事を提供する2名の調理隊員や、わずか1名で汚水や廃棄物処理の全てを担う環境保全隊員を補助するため、皿洗いやゴミ捨てなどの生活雑務を行う当直当番も定期的に回ってきます。

設営作業の様子

 現在、夏隊の去った昭和基地は越冬期間に入り、わずか29名の隊員によって、その全てが維持されています。水道管の破裂や車両の故障等はもちろん、万一停電や病人の発生などが起きても、全て29名の中でやりくりしなくてはならないのです。このため、隊員の中には越冬期間中に、特殊機械の操作や故障修繕といった実務から将棋や楽器演奏などの趣味に至るまで、様々なスキルを身につける方も多いようです。日本を出る前から聞いていたとおり、観測隊員には、高い技術力や経験はもちろん、心身ともにタフで向上心あふれる方が多いのもうなずけます。

観測棟とアンテナ

 さて、そんな昭和基地に来た誰もがまず目にするのは、基地内のあちこちに建てられた観測棟やアンテナの数々でしょう。これらは、地表から宇宙との境目に至るまで、南極の地質や大気等について研究を行うためのもので、これらも全て観測隊員が「しらせ」自衛官の協力を得て夏期間中に建てたものです。これら施設によって、南極上空の気象はもちろん、はるか上空で発生するオーロラやオゾンホールの状況など、様々な科学的データが継続的に得られているのです。

 また、アンテナの中には、隊員同士の無線機をつなぐために作られたものもあります。隊員は、万一の天候の急変やケガなどに備え、東オングル島外はもちろん、基地の主要部から離れる場合には、必ず二人以上で、なおかつ無線機を所持して出かけることとされています。また、生活の拠点である管理棟には、無線機器を専門とする隊員が常駐し、隊員の所在や安全確保のためのコントロールタワーとなっています。

基地主要部から見る夕焼け

 このように、自らの安全を確保しながら与えられた任務を着実にこなし、隊員同士が助け合いながら日常生活も営むという、科学観測のために特化した小さな村、それが昭和基地なのです。