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化学物質と環境円卓会議(第6回)議事録

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■日時:平成15年3月20日(金)14:30〜17:00
■場所:東条インペリアルパレス 3階(東京都千代田区麹町1-12)
■出席者:(敬称略)
<ゲスト>
  蒲生 昌志 独立行政法人 産業技術総合研究所
  <学識経験者>
  原科 幸彦 東京工業大学工学部教授
  安井 至 東京大学生産技術研究所教授
  <市民>
  有田 芳子 全国消費者団体連絡会事務局
  石川 廣 日本生活協同組合連合会環境事業推進室長
  後藤 敏彦 環境監査研究会代表幹事
  崎田 裕子 ジャーナリスト、環境カウンセラー
  角田季美枝 バルディーズ研究会運営委員
  中下 裕子 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議事務局長
  村田 幸雄 (財)世界自然保護基金ジャパンシニア・オフィサー
  <産業界>
  出光 保夫 日本石鹸洗剤工業会環境保全委員長
  瀬田 重敏 (社)日本化学工業協会広報委員長
  田中 康夫 日本レスポンシブル・ケア検証センター長
  横山 宏 (社)日本電機工業会地球環境委員会副委員長
  大野 郁宏 日本チェーンストアー協会環境問題小委員会委員 小林珠江代理
  <行政>
  西郷 正道 農林水産省大臣官房技術総括審議官 大森昭彦代理
  片桐 佳典 神奈川県環境科学センター所長
  鶴田 康則 厚生労働省大臣官房審議官
  仁坂 吉伸 経済産業省製造産業局次長
  南川 秀樹 環境省環境保健部長
   (欠席) 北野 大  淑徳大学国際コミュニケーション学部教授
河内 哲  (社)日本化学工業協会ICCA対策委員長
菅 裕保  (社)日本自動車工業会環境委員会副委員長
   (事務局) 安達一彦  環境省環境保健部環境安全課長
■資料:
○事務局が配布した資料
資料1  化学物質のリスク評価の現状と課題(蒲生さん講演資料) [PDF(1,039KB)]
○事務局が配布した参考資料
参考資料1  リスクコミュニケーションに関するOECDガイダンス文書(要約和訳) [PDF(153KB)]
参考資料2  化学物質と環境円卓会議リーフレット [HTML]
参考資料3  第5回化学物質と環境円卓会議議事録(メンバーのみ配布) [HTML]
○円卓会議メンバーが配布した資料
瀬田資料 グリーンサステイナブル国際シンポジウムについて [PDF(415KB)]
南川資料1 平成13年度PRTRデータの概要について‐化学物質の排出量・移動量の集計結果の概要‐ [PDF(1,177KB)]
南川資料2 環境省におけるリスクコミュニケーションの取組 [PDF(190KB)]
南川資料3 化学物質アドバイザーの募集について [PDF(232KB)]


■議事録

(原科) 只今より第6回化学物質と環境円卓会議を開催します。今回は前回に引き続きリスクコミュニケーションについてメンバーの皆さんに議論していただきます。まず、事務局から資料の確認をお願いします。

(事務局) まず、メンバーの交代がありましたので報告します。日本生活協同組合連合会の山本重基さんの後任として石川廣さんにメンバーに加わっていただきました。次に、本日の出席状況ですが、産業界の小林珠江さんの代理として大野郁宏さんに出席していただいています。また、農水省の大森昭彦さんの代理として西郷正道さんに出席していただいています。なお本日は管裕保さん、北野大さんが欠席という連絡をいただきました。座席表で仁坂さんのところが及川さんになっていますが、仁坂さんに出席していただいていますので修正願います。
 続いて資料の説明をします。まず資料1として本日話をしていただく蒲生さんの講演資料をお配りしました。また、メンバーの方々からの資料として瀬田さん資料南川さん資料1として本日2時に集計公表されましたPRTRデータの概要についてお配りしました。また、南川さん資料2南川さん資料3参考資料1とお配りしていますが、いずれも前回お配りした資料です。

(原科) 資料を確認していただけましたでしょうか。それでは早速スタートします。まず、産業界メンバーの皆さんの意見から、本日は専門家として蒲生昌志さんにお越しいただきました。蒲生さんは産業技術総合研究所の化学物質リスク管理センターで研究活動をしています。それではリスクについて話をしていただきたいと思います。30分程度でお願いします。


(蒲生) はじめまして。産業技術総合研究所の蒲生と申します。よろしくお願いします。本日はこのような場で話をする機会をいただき、大変光栄に思います。最初に申し上げておくべきことですが、今回お話する内容は、私自身の個人的な意見あるいは見解であり、必ずしも私が属する、関係する組織の意見を代弁、代表しているわけではないことを了解していただきたいと思います。

 今日の議論では、リスクコミュニケーションがキーワードですが、「リスクとは何か?」というある程度の共通認識が必要かと思います。私が最近気に入っている「リスクとは」という定義として、環境省のホームページで公開されているものをしばしば参考にしています。「望ましくない結果とその起こる確率を示す概念で、「発生の不確かさ」と「影響の大きさ」により評価されます」などと続きます。大抵リスクを研究あるいは評価する方がリスクとは何ですかと聞かれれば、多少ニュアンスは違いますがこのように言われると思います。ただ、実際このリスクをどう捉えるかということになると、実は方法論的に難しい点がたくさんあります。本日はその方法論について話します。

 本日の内容はまずリスク評価、その方法論の現状を話します。これはもうご存知の方にとっては退屈な話かもしれません。次にその現状の方法論にどのような問題点があるか示し、どのような方法論が必要なのか最後にまとめるスタイルで進めていきます。

 まず、リスク評価の現状として最初にまとめを示しました。基本的な考え方は基準値を決める、それが遵守されているか判定するというプロセスが現状の評価です。その中で、科学的に、正確にいかに決めるか。方法論の中には大前提として安全側に、つまりリスクを過小評価しないことが随所に盛り込まれていると私は理解しています。この場合、リスクの大きさは基準値に対する寄与率で表され、捉えられています。例外は多少ありますが、後で触れることにします。
 まず非発がんリスクの評価について教科書的な話ですが、非発がんリスクとあえて言うのは、発がんリスクと評価の方法が全然違うからです。発がんリスクの場合はどのような物質も量によっては毒だという考えが一般的ですが、非発がんリスクは、ある程度以下では毒ではない、しきい値があるという前提で評価しています。

ここで示した絵は、赤い点が例えば動物実験、あるいは疫学調査で、暴露とその影響の大きさ、あるいは発生率の組み合わせを表します。暴露とは化学物質を摂取する量です。その上で影響の全然出ていない点(NOAEL、無毒性量)を基準に、不確実性係数あるいは安全係数を考慮して、ADI、TDI、RfDを求めます。これは評価主体あるいは対象物質によって言い方は違いますが、基本的にはある種の摂取許容量として使われます。

 不確実係数について特に話しますが、基本的なスタンスは「守りたいのは最も感受性の強いヒト」と設定されます。しかし実際には疫学調査で普通の健康な成人男性を対象に調査が行われたり、動物実験を行ったりと必ずしも最も感受性の高いヒトを直接評価できるわけではありません。そこを考慮するための、いくつかの係数をここにリストしました。その際、基本的には10という数字が使われますが、例えばこの項目のうち2つ3つ必要であれば、10を2つないし3つ掛けることで、100あるいは1000という安全係数が設定されます。すなわち、ヒトの健康は、動物実験等で得られた無毒性量からさらに1/100、1/1000をもって守られるという設定になるという考え方です。

 ここでリスクは暴露量、つまり化学物質を摂取する量が摂取許容量を超えるかどうか、という考え方で判定されます。この場合、暴露量/ADIが1を超えるかどうかでリスクを判断します。このハザード比がリスクの大きさの目安として捉えられることが多くあります。
 次に発がんリスクの評価ですが、発がんリスクの評価は2段階あります。1つは定性的な発がんリスクの評価でもう1つは定量的な判断です。

 定性的とはその物質がヒトに対して発がんであるかどうかを判断するプロセスです。これは例えば微生物を使った試験や疫学調査、あるいは動物試験などで色々な情報があり、それを総合的に判断して、weight-of-evidence、つまり証拠の重みに基づいてヒトに対して発がん性があるかどうかを判断していきます。色々な組織が色々判断していて、発がん性物質である確からしさに応じていくつかのランク分けをしています。ただ注意しておきたいのは、ここで発がん性の上位にランクするものが必ずしも発がん性が強いものとは限らないことです。発がん性物質である確からしさが高いということだと理解していただきたいと思います。

 一方、定量的な発がんリスク評価は必ずしも全世界で採用されているわけではありませんが、アメリカのEPAが1980年代からしばしば使ってきた方法論はこのような内容のものです。基本的にはしきい値がありません。つまりどんな微量でも暴露すれば少しは発がんするという考え方で評価します。リスク評価の計算の仕方ですが、発がんリスクを暴露量にスロープファクタを掛け算して計算します。ここで発がんリスクとは生涯暴露に対する生涯発がん確率です。例えば10-5、つまり10万人に一人が発がんするレベル、あるいはそのような形で表されます。このスロープファクタとは、発がん試験等で得られた化学物質の発がん性の強さを表す係数です。

 これについて次のスライドで紹介します。右側の図は先ほどと似たような図ですが、暴露量が増えると発がんする確率が上昇します。仮に赤いデータが観察された実際のデータとすると、私たちは非常に少ない暴露での発がんについて知りたいので、低用量外挿として小さい暴露量の方向にこの曲線を外挿する必要があります。その時当てはめる曲線は、中でもリスクをなるべく大きく評価する安全側な関数です。その曲線の形として線型多段階モデルを使うことがあります。それは非常に小さい(上の図では、目盛りが実数で2や4ですが)0.01、1/1000、1/10000というレベルで傾きが直線になる性質を持ちます。このような安全側のモデルを使うだけでなく、さらに計算される係数の95%上限値が計算され、つまりここでもさらに安全側に大きめに評価する方法をとります。

 リスクの判定は、基本的に暴露がある限りリスクはゼロではないというスタンスですから、場合によってはその物質の製造や使用が禁止される可能性もあります。一方で無視できるリスクレベルを規定するということもしています。例えば10万人に1人は無視できるレベルだろうと何らかの形で合意し、それを基本的に安全であると捉えるということです。あとは非発がんの時と同じように摂取許容量という形で考えるわけです。リスクレベルをリスク管理に直接用いる方法として、リスクレベルを相互に比較したり、対策費用と比較したりするアプローチもないわけではありません。これが先ほど述べた、基準値を決めてそれを遵守するアプローチから若干はみ出ている部分ではあります。

 最近は科学的根拠を更に反映させていく傾向があります。リスク評価は70年代から80年代くらいに大枠が固まってきました。そのころの知見よりも色々なことが分かってきているので、詳細は省きますが、いくつかの項目についてより科学的に妥当な方法を採用するようになっています。最近特にアメリカでは、子供は単に小さい大人ではないという考えで、特に取り上げて評価する方向性が示されています。最後に評価と意思決定の分離からmargin-of-exposure:MOEというキーワードがリスク評価の分野でよく使われるようになりました。これは安全係数を使って基準値を決めるのではなく、暴露量と動物実験などの結果から出る無影響量を直接比較して、そのmargin-of-exposureを必要な不確実性係数と比較することです。要はこの不確実係数の部分が意思決定に関係するので、それを評価自体と切り分けていく、この方法が最近のトレンドです。
 今までは基本的に簡単な概要でしたが、次に現状の方法論にどのような問題点があるか述べていきます。

 この部分でもまとめを先に述べていきます。基準値の設定とその遵守のアプローチは基本的に個別の物質を対象にしてきました。そのため、安全側に基準値を設定する方向性を持ちます。それ自体は結構なことですが、その方法論が基本的にこのようなスタンスで出来上がっているので、リスクを相互に比較することができないという欠点を持っています。従って、多くの物質のリスクをトータルで管理するというニーズには応えられないことが問題点です。いくつか内容を具体的に話します。

 まず前提として、何のために、どのような化学物質を評価して管理したいのかというニーズが変化していると考えます。以前はいくつかの物質、特に重要そうなものに対して厳しい基準を設定し、厳しく管理するアプローチであったと考えます。しかしこれからは優先順位をつけ、効率よいリスク管理が求められるようになってきています。取り組むべき物質は一つや二つではない、投入できる資源が無限ではないということに、色々な方面の方が気づきつつあるからだと思います。単に現在我々が何万、何十万の物質を使うからだという理由だけではありません。

 例えば、しばしば発がん性物質から非発がん性物質に切り替えられることがありますが、ここではすでに関わっている物質が2種類の物質ということになります。発がんと非発がんのリスクは基本的に違う方法論ですから現状では比較できません。一方、比較的よくわかっている物質からよくわからない物質への転換も現状では残念ながらしばしば行われていることだと思います。なぜならよくわかっていたり、よく調べられたりしている物質は調べれば調べるほど何らかの毒性が見つかってしまう側面があるので、結局調べられていないから毒性がわからないという物質に転換される危険性があります。このように、関心のあるいくつかの物質だけではなく、代替物質も巻き込んでリスク評価をしなければリスク削減にはつながらないという意味で、対象とすべき物質はいっぱいあります。

 たくさんの物質を相手にしなければならないもう一つの意味は、かつては、色々な意味で科学的知見や技術的問題のために、よくわからなかったという部分にあります。例えば物質が検出されなければゼロリスクと判断するしかないだろうし、逆に検出されると影響は実際にとても有害なものだったということがありました。しかし現状では非常に微量の物質を検出できます。例えば体の中の反応も非常に小さいレベルで検出できるようになったので、本当に有害なのかよくわからないものが非常に増えてきます。これもある意味取り組むべき物質が増えてきて、どこかで線引きをする必要性が現実問題として出てきている原因だと考えます。

 物質同士のリスクを比較できないことは、発がんと非発がんの場合で明らかですが、実は非発がん物質のリスク同士も必ずしも比較できるわけではありません。先ほど不確実性係数をいくつか考えて、それぞれ10を2つ3つ掛け合わせる形で計算されると申しましたが、この場合それぞれの物質で想定される安全率が一致しないという欠点があります。例えば一つの係数10が99%の安全を保障する、本当は99か99.9かわかりませんが、仮に99%とすると1%は見逃すことになります。ところが例えば2つの係数、種間外挿、個人差の考慮のそれぞれに対して10を仮に適用しますと、両方で見逃して初めて何らかの悪い影響が出るわけです。この場合、確率は1/100を2回掛けて0.01%になります。このような簡単な考察からわかるように、係数の数が違えば当然のように想定される安全率が全然違ってくるという問題があります。

 これはWHOの水道水基準で、この根拠になる1日摂取許容量を求めるときに、不確実性係数が非常に重要であることを示した表です。NOAELとは動物実験の結果で毒性が何も出なかったときの量です。見ていただきますと、3つの物質でほとんど数値が同じであるにもかかわらずADIは100倍違ってきます。基準値は何によって決まるかというと、毒性によるのではなく不確実性の大きさで決まっていると言えます。また、ここにエンドポイントとありますが、これはどういう毒性を見て、それが出なければよしとしているかという部分です。これは物質によって色々違います。相互にどの程度の重みがあるか、必ずしも明示的ではありません。このようにADIの数字を示されても違いが色々あるので、必ずしもリスクを相互比較できない、どちらが安全かよくわからないのが現状であります。もちろん1つ1つの物質をどう評価して、どう基準値を決めていくかという点で言えば、これは十分うまく機能します。ですからこのような方法論で今まで行われてきたと言えます。

 次に相互に物質やリスクが比較できない状況で、どのようにしていけばいいか話したいと思います。求められる方法論は、基本的に物質を相互に比較できるような方法論であります。それは何のためかというと、リスクトレードオフ(代替物質の問題はこの中に入ってきます)。あるいは費用対効果が議論できる必要性のためです。背景にあるのは予算、資源の制約であろうと考えますが、トータルで効率よいリスク削減を可能にする方法論が必要だと思います。

 ここで考慮すべき要素として、従来の方法論では相互にうまく比較できませんので、そもそも「リスクとは何か」に立ち戻ってみますと、影響の重篤度とその発生の確率を掛け合わせたものでした。もともとの定義に則った形でデータを集め、計算していけば、それはまさにリスクですから、リスク管理のための重要な指標になると考えます。重篤度を表す物差し、発生する確率を計算するための個人差、あるいは不確実性をどう扱うかについて簡単に説明します。

 まず影響の重篤度には色々な物差しがあります。例えば死亡の件数、寿命がどのくらい縮むか、寿命だけでなく生活、生命の質、quality of lifeを考慮しよう、お金でいこうなどです。それぞれ良い点と悪い点があり、どれを採用するかによってリスクを相互に比べる場合でも順番は変わる可能性があります。

 個人差という要素に関しては、毒性の感受性が人によって違うだけでなく、暴露量(化学物質にさらされる量)についても色々な理由で個人差があります。これはリスク評価の中で非常に重要な役割を果たしているはずですが、今のところ十分ではありません。ただ、重要性の認識は次第に定着しているので、その整理が進みつつある状況だと考えます。

 これは私が今申し上げた損失余命、寿命が縮むという尺度でリスクを評価し、個人差に関しても考慮に入れて計算した結果です。この考察自体は今回の趣旨とは関係ないので参考までにご覧下さい。また、この数字自体はそれぞれ相当な不確実性を含んでいると考えられ、あくまでも私が定めた方法の手順に従って計算した結果ですので、個々の数字の妥当性にはおのずと限界があります。

 今申し上げた不確実性は、現状では不確実性係数という頼りないもので考慮されているに過ぎませんが、今後は非常に重要だと考えます。その際に、許容できる不確実性はどのくらいか、どの程度安全サイドに立つべきか議論する必要があると考えます。ただし、リスク評価を研究する者の中でも方法論やサポートデータの整備は限定的であるというのが現状です。

 その不確実性がどのようにリスク評価や管理に関係してくるか紹介いたします。例えばリスクを相互に比較するという観点で言えば、比較したい2つを両方とも同じレベルの安全サイドで評価すべきという考えはいいと思います。しかし安全サイドのレベルによって優先順位が変わる可能性があります。この真中の部分がもっともらしい平均値ですが、例えば安全側に99.9%のところで考えると決めたとき、右に行くほどリスクが大きくなりますので、期待値あるいは90%のところで考えるとリスクは物質Aの方が大きくなります。一方99.9%のところで判断するとリスクは物質Bの方が大きくなります。

 もう一つ、リスクを比較するのでなく、便益とリスクのバランスをとって考える際には、費用対効果の観点からリスクの見逃しと過剰規制、無駄骨のバランスで安全サイドの程度を決めるという考え方があります。この絵はリスク評価をして有害影響が出る、出ないという組み合わせです。もしリスク評価で有害影響が出そうだと判断され、実際に出るとすればきちんと対処してハッピーですが、出ない予想をしたにも関わらず実際は出てしまうと、これはリスクの見逃しですので絶対避けるべきものです。実際、それを避けるように今までのリスク評価は行われています。ところが問題になりつつあるのは、有害影響が出ると予想しているにも関わらず実際は出ない、ある種の無駄骨というところです。以前は前者が重要で後者が重要ではないという考えでしたが、実際のところ両者はトレードオフの関係にありますので、一方を減らそうとするともう一方が増えてくるという関係にあります。先ほど申しましたように今、リスクや毒性影響は非常に小さいものを見るようになってきています。ここで見逃されるものが仮にあったとして、それはどのくらいの大きさか、相対的にこれ(−無駄骨の部分)が無視できないレベルになりつつあるのではないか、などという枠組みでの議論が今後重要になってくると個人的に考えます。

 もう一つは話が違うのですが、方法論の一貫性が重要だと考えます。ある特定の物質が非常に社会的関心があるので、それを減らすべきだと仮に合意ができたとします。しかし、リスク評価を取ってつけたように適用して原理原則を捻じ曲げてまでもリスク評価の仮面をかぶって対策をすることがあってはならないと考えます。効率を下げることを覚悟でやるならいいのですが、基本的にリスク評価の信頼性を損なうことが非常に重要なポイントです。子供の影響に対する、さらに10倍の不確実性係数であるとか、非常に鋭敏なバイオマーカー(毒性影響の小さい指標のようなもの)を、原理原則として採用するならいいですが、実際には場当たり的に採用することが残念ながら多少行われつつあります。

 先ほど申し上げた損失余命で評価すると、必ずといっていいほど定量的にリスクを評価することへの批判が上がってきます。ここで述べたいことは、評価に含まれない要素があるという批判です。要はある部分を切り捨てているのではないかという批判です。それに対して個人的には定量的に計算するという方向性をもって情報を整理することは、議論を透明化する役割があると考えています。定量的にリスクを評価すると、どうしても公平や正義がないがしろにされるのではないかという批判もあります。そういった面があってはいけませんが、必ずしも定量的リスク評価自体の批判として妥当ではないと思います。あと一つ、特定のリスクは嫌だ、数字で表されても比較できないという批判がありました。特定のリスクを拒絶する態度、あるいは異種のリスクを比較することを拒絶する態度が観察されますが、本当は何が拒絶されているのか丁寧に解きほぐす必要があると考えています。異種のリスクが比較できないとか、特定のリスクが拒否される背景には、しばしば便益とのトレードオフ、公平性の問題がネックになっている場合があります。

 まとめですが、従来リスク評価と呼ばれているものは、これから求められるニーズには応えられそうにありません。そして方法論に対する議論と合意、一貫した適用が重要であろうと考えます。求められるものとして、基本的にはリスクを相互に比較するセンス、もう一つは我々が用いているリスク評価が何を評価して何を守っているのかきちんと理解することが重要であると考えます。

 何を評価して何を守っているかについて追加したいと思います。例えばADI(1日摂取許容量)というものがあります。もしこれが本当に許容量であるなら暴露がADI以下であれば、さらにそれを下げる必要は全くありません。ただし、現実にはもっと下げるべきだという風潮があります。一方でADIを超えてもただちに影響が出るわけではないという解説があります。これはADIの本質から考えると、まさにこの通りですが、ADIの建前とは違います。この建前、本質、運用と言う面がそれぞれ食い違っている状況では、何を評価しているのか実際には伝わっていない、わかっていないという状況にあると言えます。

 我々がリスクを管理して削減していきたいという目的で、役に立つ形でリスク評価するようにデータや議論を整理していかなければなりません。ただ目の前にある手続きを解説しているだけでは、必ずしもいいコミュニケーションにはならないのではないでしょう。むしろ本当は何が問題なのか隠しているような気すらしています。

 最後に、方法論がここにありまして、それぞれの化学物質のリスク評価と管理がたくさんあります。ただ、我々が受けるのは、色々な物質からのリスクまたは便益もそうですが、一緒に受けて日々生活しています。ですから1つ1つのことを言ってもある意味で仕方がないので、むしろこれに共通に適用される方法論の部分に対して何を評価しているのか、それによって何が守られるのかを理解すること、あるいは何を守りたいのかを要求することでさらに理解していくべきではないかと考えています。以上です。ありがとうございました。

(原科) 蒲生さんありがとうございました。大変明解にご説明いただきましたけれども、ご質問等ありましたらお願いします。安井さんどうぞ。

(安井) クリアにご説明いただきましたが、聞いている側としてわからない部分がいくつかあります。
 今のようにリスクがかなり低い状況で、例えば物質Aと物質Bを同時に摂取すると相乗効果があるという説明がありませんでした。今そういうことがしばしば言われています。
 それから、これはむしろ安全サイドかもしれませんが、発がんのしきい値なしの線形モデル(資料1 スライド10)は、今の我々の分子生物学的な知識から言うとおかしいと思います。例えば安全サイドなのかそうではないのかが分かりませんでした。
 また、99.9でとるか期待値でとるか90でとるのかで物質AとBのリスクが違うというのは(資料1 スライド25)、基本的に人の感受性が最近変わっているからこの議論が問題になっているのかそうでないのか、その辺をいくつか補っていただきたいと思います。
 
(蒲生) 相乗効果のことは必ずしもよくわかっていないと思います。そうは言っても、それをどのように扱うかについてはアメリカのEPAでも相乗効果を扱うためのガイドラインが出てきてはいますが、残念ながらリスク評価の方法論としては積み残しの部分であろうと思います。基本的には複数の物質を扱うという建前ではありますが、個々の物質のリスクを足し合わせる、あるいは相互に比較するという枠組みを必ずしも大きく超えてはいません。取り組みはありますが、必ずしも整理されていません。
 次のご質問で発がんのしきい値なしモデルに関して今日はあまり話しませんでしたが、最近新聞などでもアメリカのEPAが子供の発がんリスクは何倍か高いと報道しています。アメリカの新しいEPAガイドラインでは、メカニズムから考えてしきい値があると考えるべき物質がいくつも見つかっていることをガイドラインに組み込む方向です。安全サイドかということに関して言えば、何でもリスクを大きめに評価することは個々の物質には安全サイドかもしれませんが、色々な物質があるという前提で、それをトータルに減らしていくという場合、むしろ科学的にリーズナブルなリスク評価を個々の物質に適用していく方が、効率よく、トータルでリスクをうまく削減できるのではないかと私は解釈しています。そのため、しきい値がある、摂取許容量を設定できる発がん物質であるとか、そのようなことが今後は評価の中に明示的に組み入れられていく、しきい値なしの一本槍ではなくなってきています。
 最後の90か99.9かという議論は、必ずしも感受性の話ではなく、個々の物質で不確実性の大きいもののリスクを大きめに見ることは非常に自然な発想で、それ自体は悪くないと思いますが、私が申し上げたかったのはどのくらいの安全サイドでリスクを大きめに見ますかということです。物質の優先順位を変えてしまう可能性があるので、安全サイドをどう考えるかが重要だという例として話をさせていただきました。

(原科) 今のご説明でよろしいですか?

(安井) はい。

(原科) それでは他に。では後藤さん

(後藤) 質問ではありませんが、2枚目のスライドで、環境省のホームページにあるリスクの定義を大変気に入っているという話がありました。環境省には大変申し訳ないですが、リスクコミュニケーションやリスクマネージメントの観点で言うと、このリスクの定義は違うと思います。リスクはもともと曖昧な言葉で、色々な事に使われますからどんな定義を使ってもかまいません。しかし望ましくない結果というのはリスクマネージメントの観点からいうと、ペリル(peril)であって、リスクは起こる確率を示す概念です。この定義だとペリルと確率の両方が入っています。私はこれを間違いとして指摘いたします。
 それから大変明確な解説をいただき、おっしゃる通りだと思いますが、リスクコミュニケーションという観点で言うと、このような考え方をベースにリスクコミュニケーションしても、たぶん成り立たないだろうと感じました。これはリスクコミュニケーションがうまくいかなくて最後に裁判になった時、紛争解決の時に必要な考え方になると思います。

(原科) 今の件どうでしょう。そうではないとお考えとは思いますが。

(蒲生) リスクの定義については色々な分野で色々なリスクが使われますから、おっしゃることもよくわかります。その通りの部分もあるので、必ずしも反論という形はとりません。
 もう一つはリスクコミュニケーションがうまくいかないかどうかについて、私が申し上げた内容をフルセットで完全に理解して、完全にデータを入れることが必須だということであれば、それはとてもうまくいくとは思えません。ただ、私が申し上げたいくつかの要素が共有できていない状態で、現状をコミュニケーションしても結局どこに向かいたいかを考えた時に、結果的にうまくいかないのではないでしょうか。コミュニケーションとしては成立しますがリスク管理にはつながっていかないのではないでしょうか。むしろ原理原則を理解することが重要で、具体的にどう評価するかという手続き論の部分は専門家のやることになると思います。しかし明確なポリシーの提示とその理解という部分が避けて通れないわりには、今必ずしも十分ではないと考えた次第です。

(原科) それでは中下さん。

(中下) 不確実性係数についてWHOの基準の中で(資料1 スライド18)、相当色々なものがあるとの紹介がありました。これはどの係数を使っていくか、10倍にするか100倍にするか、何か科学的な基準があるのでしょうか?

(蒲生) 先ほどのリスク評価、基準値ADIを決めていく作業の場合、従来の毒性試験、疫学調査といったものを文献、その他から調査します。場合によっては新たに試験したり調査したりすることもあります。その得られたものの中で最も妥当だと思われるものからスタートします。不確実性係数には何種類もあるという表がありました(資料1 スライド17)。得られている情報が、最も感受性の高いヒトを守るという視点に比べてどの程度外れているかということを科学的にというよりは専門家の判断として選んでいきます。ですから、ある場面で10という数字を選んだ評価があったとしても、それは10ではなく3でも十分ではないかとか、そもそもいらないのではないかという批判は当然出てきます。必ずしも科学的根拠で選ぶか選ばないかが決まるわけではありません。ただ、大まかな合意は、先ほど示した、こういう場合には使えますという表です。

(中下) 例えば10という数字自体ですが、何か根拠があって10という数字が出ているのでしょうか?

(蒲生) もともとの出発点は100という1つの数字だったようです。動物実験の結果の1/100であればヒトは大丈夫だろうというところからスタートして、それが10と10に別れ、さらに細分化されたという歴史的経緯があります。この不確実性係数を科学的に裏付けする、あるいは科学的データに基づいて改めて不確実性係数を決めていくという方向性は、少なくとも研究レベルでいえば、最近流行っていた内容です。その場合は、いくつかの動物実験の結果や色々な物質のデータを集め、例えば人間と動物でどのくらい感受性が違うかを色々な物質で調べてみて、せいぜい10倍だと示されれば10倍で良いだろうと裏付けていくのです。ただ、もともとは非常に大雑把な、10くらいだろうという程度のものです。

(中下) それから影響の重篤度の物差しが違うという説明(資料1 スライド21)で、死亡や損失余命やquality of lifeなどがあり、最後に支払いの意思額とあります。私の理解では、毒性とは人や環境への有害性を考えるものであり、支払い意思額とは直接的に関係ないのではないでしょうか。もちろん優先順位を決めるときに、一つのアセスメントするときの要素であっても重篤度を考えたとき、これが入るのかとびっくりしました。その辺いかがでしょうか?

(蒲生) リスクの大きさを損失余命であろうとquality of lifeであろうと死亡件数であろうと、ある種のリスクとして評価し、それを場合によってはコストと比較するとか数値自体で比較するというアプローチもあります。私自身もそこまでの方がいいと思いますが、世の中にはこのような評価をして、例えばある化学物質に曝されることによって病気になる、それを避けるためにはいくら払いますか?などと別途アンケートをとることにより、それを上回る便益があるのならばいいだろうと、極論ですがそのような言い方をする人もいます。今回は私自身がいいと思うものより、教科書的に説明させていただいきました。

(中下) それから異なるリスクを比較する必要があるという背景について無駄骨の部分があるのでは、という問題意識をお持ちのようですが(資料1 スライド13)、私の個人的な見解からすると、まだ規制物質の数は全然足りないくらいで、むしろ規制しなければいけない部分の方がずっと多い気がします。なぜなら先ほどゼロリスクの場合はリスクがない、不検出=ゼロリスクとありました(資料1 スライド16)。ところが、私たちは不検出=ゼロリスクではなく、リスクがわからないだけではないかと心配しています。そういう面では未知のリスクの方が多く、それが規制されていないのではないでしょうか。未知のリスクの方がたくさんあるのではないかと懸念していますが、無駄骨とは現実に規制が行われている中で無駄骨の部分があるとお考えですか?

(蒲生) 少し難しいのですが、私と私に近い者でリスクをある単位減らすにはいくらかかるか、リスク対策の過去の事例を調べたところ、あるものは高くあるものは安いというように、ばらつきがありました。それを比較すると、相対的にあるもののリスク削減対策は効率が悪かったと計算上で出てくることがあります。ただそれを無駄骨と言うかは微妙です。私自身は今回話した中で具体的に無駄骨があって、見逃しを少々我慢してでも無駄骨を無くすべきだというより、今後は確かに我々がまだ捕らえきれていないリスクがいっぱいあるのではないかという懸念もあります。もう一方で、そんな小さなリスクで本当に規制するのかと言う人も恐らくいるでしょう。この席におられる化学工業会の方などは、もしかすると内心そう思う部分もあるのではないか思います。現実として色々な意味での毒性に関する知見や分析技術の向上から、従来我々が有害と思っていたものに比べて、非常に小さいレベルがわかるようになったことは事実だと思います。どこまでなのか分かりませんが、バーチャルであったとしても無駄骨の部分を意識に留めておく必要があります。ただ具体的に現状がどこにあるのかは私自身もわからない状況です。

(中下) もう一つだけ、先ほどの関連で、このような問題意識を持っていることを私は大変評価しています。むしろ当然のことだと思います。これだけたくさんの化学物質がある中でどれに優先順位をつけるかという問題に、1つの方法論を提示したことは大変結構だと思います。もう一つ、微量で複数の物質による健康影響を考えると、複合的影響は避けて通れないと思います。その複合的影響をどのように捕らえていくかという研究こそ、リスク評価の中で個別物質だけでなく是非やっていただきたいと思います。先ほど相乗効果と申しましたが相加的効果であって、私たちの体内から200〜300物質が検出される。それを200〜300倍相加的に考えられませんか。大雑把なことでも複合的リスクの不確実性係数の考え方について研究を進めることが必要であり、特に予算の効率的配分や対策の優先順位をつける点では避けて通れない課題であると思います。この点についていかがお考えですが?

(蒲生) おっしゃるとおりです。相乗効果は先ほども申しましたが、正直言ってよくわからない部分が多いです。相加的な部分に関して少なくともある範囲ではリスクを足し合わせて考えるべきだと思います。リスクの段階で足し合わせるのか物質の量の段階で足し合わせるのか、少なくとも足し合わせていくべきでしょう。例えばある一つの物質を規制して潰します。そうした時にごそっと別の一つの物質に移ればまだいい方で、細かい少量の物質に分散される場合、個別の物質を独立に評価したのでは結局リスクが減ったのか増えたのかよくわかりません。そういう意味では、ある範囲の物質をまとめていく。どのようなまとめでいいのかわかりませんが、リスクを評価し、ひとまとまりとしての対策や管理を考えていくべきだと考えます。

(原科) ありがとうございました。では順番に、崎田さんお願いします。

(崎田) 中下委員と重複するところは簡単に話したいと思います。消費者として、専門家の話を聞いた後に一番気になるのは、複合的な影響とまとめにありましたリスクを相互に比較するセンスです(資料1 スライド29)。色々な物質が出たときに、生活の中では色々なものが近くにあるので、私たちは暮らしの中でどのような順位付けをし、対策をしていけばいいのか、現実的に気になる作業だと思います。損失余命で表したリスク(資料1 スライド23)のような数字が後々公表されれば、消費者にとってわかりやすいデータになると思います。例えばこのタイプのデータが出たとき、どのような状態でこの数字が出たのか、きちんと分かるとありがたいです。
 先ほど無駄骨の話がありました。今はある程度の対策を取っていただきたい時期ですので、無駄骨と思われる部分でも取り組んでいる産業を社会全体が評価するような仕掛けを作っていくとか、そのためにも情報公開が必要とか、こういうリスクコミュニケーションが必要なのかなと感じました。


(石川) スライドの17枚目に不確実性係数のことがありました。先ほどの説明ですと、科学的にと言うよりも、専門家が判断するように聞こえました。スライドの中に「過去の経験から、かなり高い確率で大丈夫だ」という説明がありましたが、先ほどの話で「かなり高い確率で大丈夫だ」というのは科学的見地からではないと解釈していいのかどうか。
 もう一つはベネフィット、あるいはコストの関係ですが、この場合ベネフィットは誰にとってのベネフィットなのでしょうか。もともと自然由来で色々な問題があるということもわかりますが、多くの化学物質は人工的に作られたものだと思います。そうするとベネフィットとは消費者の暮らしに対するものなのか企業活動に対してのものなのか、どこが支払うコストなのかについても念頭において組み立てる必要があると思います。
 もう1点はリスクコミュニケーションの議論で、リスクの評価とリスクマネージメントの両方の側面でリスクコミュニケーションが必要だということでした。リスクの評価の対象について誰がどう決定するのか、意見交換や優先順位を決定する過程で消費者の参加が可能なのか、そのような仕組みをどうするか検討の必要性があると思います。

(蒲生) 最初の不確実性係数で指摘のあった部分ですが、これは科学的でもそうでなくても同じ書き方になると思います。エキスパートジャッジメントとして経験的にこのくらいで大丈夫だろうというのも、過去の経験からかなり高い確率で大丈夫だと言えますし、先ほど申し上げたように、従来調べられた物質のデータを突き合わせて色々調べても、このくらいの数字なら今までの最悪物質でもこのくらいだという知見としては得られるでしょう。ただ、今までの中の最悪をさらに超えて最悪かもしれない、ということまで考慮できません。そういう意味であくまでも過去の経験からかなり高い確率で大丈夫だと、その範囲を超えないと考えます。
 誰にとってのベネフィットなのかという点は、おっしゃる通り非常に重要であると思います。私ども研究していて批判される項目の一つは、リスクを定量的に比較するとか、ベネフィットとのバランスを考えることを我々はしばしば言うのですが、誰にとってのベネフィットなのか考えないのかと思われがちです。しかし我々は計算なり数字で押せるところまでは押して、そういうプロセスを経ることによって誰にとって、どのくらいのベネフィットなのかがむしろ整理されていくと考えています。
 最後に、評価対象の選定に市民の参加も可能かという制度の話に関しては私の専門外だと考えています。むしろこの場で議論していだたければと思います。

(有田) 蒲生さんが最初に、これは個人的な見解と言われておりましたが、その見解についてはよく理解できました。ありがとうございました。最後にスライド31で本当の理解のためにとあり、新しい方法論は複雑すぎるという書き方、それから方法論の義務とリスク評価のプロセス自体が重要なコミュニケーションという書き方をされています。リスクコミュニケーションの中で、これは理解できましたが、今まで行われてきたことが無駄だと言っているわけではないのですよね?という点を確認させてください。
 また、PRTR制度の中でデータがやっと出ましたが、市民の理解、いわゆるステイクホルダーがそれぞれ理解する中でよりよい社会ができることを目的にリスクコミュニケーションが行われてきたと思います。化学物質については先行的にリスクコミュニケーション、リスクマネージメントも含めた形で動いてきたと思います。難しい点や方法論の吟味、リスク評価のプロセス自体など、もっと違うことを議論すべきで、今のやり方は無駄だと言うのではないですよね?という点を確認させてください。ただ個人的な見解ということなので、それが正しいと言われても私には理解できませんと申し上げるしかないのですが、ここの意味合いを教えていただきたいと思います。

(蒲生) あくまでも個人的な見解と言う前提ですが、少なくとも今までやられてきたことに関して無駄だとは思えませんし、これからも無駄だとは決して思いません。ただ、評価のための方法論が持っている性質に理解や考えが及ばない状態で、その方法論の範囲を超えたニーズに対して議論をしようとしても、おのずと限界が出てくるのではないでしょうか。従来の制度を守ってよりよい社会にしていく、それももちろん重要ですが、やはり方法論が持つ限界や矛盾が理由で折り合わない部分があるのではないか、ある意味急がば回れ的に少し見方を変えると案外すっきりすると思います。後ろの方はかなり個人的な見解ですが、現状の方法論も日本国内だけでなく世界中で議論されて使われている方法論ですから、それをないがしろにするわけでは決してない。その上で今何をやりたいかもう一度考えてみてもいいと思いまして、このような書き方をしました。書き方のつたなさはお詫び申し上げますが、そういうことであります。

(角田) 質問を2つ。27番目のスライドで「リスク評価の信頼性を損なう」というところに、「リスク評価の結果は多くの場合証明できない、評価の方法が妥当と思えることこそが重要」とありますが、この場合、方法が妥当であるかチェックするしくみを今のリスク評価の中に入れているのかどうかが問題です。ピアレビューというものがあると思います。
 出てきた数字をどうやって運用するかは数字の大小だけでなく、それが置かれている社会的な文脈において判断することが必要です。その場合、自然科学だけでなく、政治や他の要素を入れて議論するしくみが必要ですが、政治や経済の要素を入れたリスク評価をしているところがあるのでしょうか。
 過去の環境対策や企業の物質選定で、当時の技術では、例えば夢のような物質を使った後で、毒性がわかり対策を講じるというケースが多かったと思います。このようなリスク評価をすれば、同じケースは少しでも回避できるのかどうかということを聞きたいと思います。

(蒲生) リスク評価の方法が妥当かどうかのチェック方法について話致します。リスク評価にはいくつものステップと、その中に含まれる評価の道具があります。個別のことは、自然科学、環境科学の範囲で吟味され、検討されているというプロセスを経ています。それをどうつなげていくかについては、例えば何を守りたいのかという議論が大事だと申しましたが、そのことに関して必ずしも自然科学に閉じない、もっと普通の市民としてのセンスとか文化が反映されるべきですし、本当の意味でのピアレビューが重要だと思います。残念ながら従来では、科学で評価できる範囲で評価する、その範囲においてのみ妥当性が吟味されるピアレビューだったのではないかと思います。リスク評価の枠組み自体の議論は必ずしも十分ではなかったと思います。
 政治をリスク評価自体に入れるべきかどうかに関して、個人的には否定的です。ある程度意思決定は必要ですので、先ほど言ったような無駄骨の部分について、むしろ私自身は、リスク評価としてはこういう結果だけれども、政治的にはこうだと言っていただいた方がわかりやすいと思うのです。リスク評価を細工して「妥当だろう」と言われても信用できないことになると思います。社会科学まで巻き込んで管理していくことは非常に重要ですが、リスク評価の中に含めるべきかどうかについてはネガティブだと答えさせていただきます。
 新たなリスクに対処できるかどうかに関して、個人的には否定的です。使われるツールは過去の経験からつくられるものですから、本質的に予測できないのに予測できるはずがない、非常に当たり前なことです。ただ、少なくとも従来問題になったことの二の轍は踏むまいとか、その中から方法論を抽出して今は知られていないけれど何かあればひっかかる網をかけることは可能ですし、ある程度現在の制度の中でやられていると考えています。

(有田) リスク評価について再度質問します。リスク評価をするにあたって専門家がデータを出し、その結果を指し示すことはいいことだと思います。その後にリスクコミュニケーションとか社会的な物差しが入ってくる、これは必要なことだと思います。この間ずっと議論されている中で、科学者によって掛け算してデータや数値が出るものに関してははっきりしているのでしょうが、その捉え方は科学者によってまちまちだとすれば、誰がグループを作ってリスク評価を国際的な機関のように議論をするのでしょうか。日本国内ではないと聞いています。その辺どのようにお考えでしょうか。
 化学物質に関して実験結果やデータはある程度出てくるので判定はしやすいと思います。例えばBSEの問題などを念頭において質問しました。市民側としてはリスク評価を行った人によって随分評価が違ってくるイメージなのですが。

(原科) 評価するグループ、専門家をどう選ぶか、ということだと思います。

(蒲生) 当然人がやることなので、違う人がやれば違う結果になると思います。あまり科学的ではありませんが、残念ながらそうだと思います。それに一定の枠をはめるためにも、私の言葉で言えば方法論の部分を整理する必要があると思います。例えば、たまたま組織された委員が安全側の人であったので、非常に特殊な係数が入って厳しい基準ができましたとか、またある別の物質では現実的というか緩めの委員が基準を決めましたということがあると思います。それでは結果を見る方もどう理解していいかよく分かりません。枠組みとか方法論、先ほどの質問でどういう場合で不確実性係数をどう選ぶのか答えましたが、そのようなルールがきちんと整理されていくべきではないかと思います。理想を言えば、組織される委員によらず同じ答えが出てくることが望ましいのです。そうは言っても科学的知見とかリスク評価を取り巻く状況は日々変わりますから、一つの方法論を決めて枠をはめることも問題ではないかと思います。例えばある物質の評価をしようとすると、従来の枠組みではどうしてもはまってこないものが出てくると思います。その時はあえて枠を崩して新しい枠を提案していくことも重要です。いずれにしても方法論があり、それを議論して作るというセンスでことに当たる必要があると思います。

(原科) 方法論が基本だということはわかります。メンバーをどうするか大変重要なことだと思います。これは検証可能性の問題だと思います。そのグループである問題を議論した場合に、どうしても主観的な判断が入りますよね。事実かどうかデータの確認の問題もありますから検証可能性、クロスチェックできるしくみをセットで作らないとうまくいかないと思います。あるグループで判定した結果がこうだと、その判定の根拠はこうだと、その中で科学的な事実以外に何らかの判断があります。統計学でもそうですが、どうして95%と決めたのかという話もあります。常にどこかで主観的判断が入ることがあるので、しくみの作り方が大事だと思います。

(有田) ありがとうございます。まさに原科さんの言う通りだと思います。新しい科学的知見や新たなデータが出てきたら、私たちはそれをどう伝えるべきか考えています。古いデータのままで危ないではないかと声高に叫ぶことはやっていないので、そこを理解した上でこのようなペーパーを出していただいたと理解していいですね。

(中下) 不確実性係数の選び方も科学者が選ぶと話にありましたが、その根拠自体に曖昧なところがありました。子供を10と言いますが科学的に見て10もいかない場合もあるかもしれません。一方、胎児は10の何倍も掛けなくてはいけない、そこのところに政策的配慮も入っていると思います。どの安全係数をとるのか、どういうリスクを防止するために、何のために、というところに政策的な要素や判断、意思決定、価値判断が入ると思います。そこは否定的であると話にありましたが市民代表などを入れて科学的に判断していくような枠組みを作っていただきたいと思います。

(瀬田) 先ほど未知のリスクの話で、蒲生さんから明解に、「本質的に予想できないことは予想できるはずがない」というご指摘がありました。その通り未知のリスクを考えはじめると新規物質どころか既存物質全部がこの中に入ってしまい何もわからなくなってしまうと思います。日本はリスクマネージメントとかリスク評価についての研究が進んでいると思います。日本も含めて国際的な立場で先生方が未知のリスクをどのようにお考えになっておられるか、お聞かせいただきたいのですが。

(安井) おっしゃる通りで、未知のリスクが予想できれば何の苦労もないわけです。未知のリスクは本質的に予測できないと思います。私が重要だと思うのは、長い経験があり、直感的に合っているというもの、人間の能力にあるサイエンティフィックあるいは理性的な部分以外で意外と合っている部分があると思います。そういうところを専門家は感覚的にある程度持っていると思います。そもそも毒性学の専門家は安全側のデータしか出さないと思うかもしれませんが、私に言わせると危険側のデータしか出さないです。安全だと言って危険なことがばれるのが一番彼らには不名誉だからです。相乗効果はまだどこにも見つかっていないので、もし見つかるとノーベル賞に近いでしょう。だから相乗効果を見つけたくてしょうがないのです。それを考えていくと経験的に判断している部分が一番信用できると思うことが一つ。もう一つは蒲生さんがおっしゃったことで、二の轍は踏まない、過去の知識の集積でわかっているリスクに関してだんだんメッシュが細かくなっていることも事実です。ただわからない物質があって、環境ホルモンが出たときは我々も非常に驚いたわけです。わからない物質に対して予測は絶対にできないと思います。

(原科) ありがとうございます。私も長い経験とはおっしゃる通りだと思います。ただ専門家だけではなく、一般市民の生活者としての感覚も大事であり、尊重すべきだと思います。
 では、休憩に入る前に資料の確認をしたいと思います。瀬田さんの資料ですがGSC、グリーン&サステイナブルケミストリーについて情報提供いただきます。

(瀬田) 第1回のこの会合で、私は、化学産業の経営理念が今、レスポンシブル・ケア(RC)とグリーン&サステイナブルケミストリー(GSC)の2つの上に構築されていると申し上げました。これをご説明できる新たな材料が出ましたので紹介したいと思います。RCだけでなく、GSCも世界的に動いていることがおわかりいただけると思います。

 3月13日〜15日にGSCの第1回国際会議が東京で開かれました。

 世界から産学官の主要な化学者、経営者、官の関係者、研究者、技術者が出席し、GSCが実際実業の現場で、どのような形で実践されているか、が論議されました。そして最後は東京ステートメントというものが出されました。

 これは国際会議が行われた早稲田大学の井深ホールで、500人くらい入ります。たくさんの人が出席されました。

 3月5日読売新聞に、このように、グリーンケミストリーが世界的に行われていると書かれてあります。

 これは化学工業日報でのGSC東京国際会議の事前紹介記事です。

 参加者が750名、海外からは19カ国120名でした。これはかなり驚異的な数字だと思います。そのうち産が70%、学官が30%です。これも欧米の人にとっては驚異的な数字のようです。例えば欧米ではよくてもこの逆、つまり30%が産、ほとんどが学官で占められるとのことです。

 GSCの定義は省略します。

 今グリーンケミストリー(GC)とかサステイナブルケミストリー(SC)、グリーンサステイナブルケミストリー(GSC)と色々な言葉が使われていますが、それぞれ微妙な違いはあります。しかしほぼ同義ということで今回はスタートしました。

 日本での推進母体はGSCN(GSCネットワーク)です。この組織は日本の化学系の学協会10団体が参加して構成されています。日本の化学系の主なところはほぼ網羅しています。

 また、国内的にも国際的にも色々なところからサポートしていただきました。

 色々な方が参加しました。デュポンCTOのコネリー氏、コロンビア大学ブレスロー教授は非常に有名な方です。アメリカのローム&ハース社のフィッツパトリック社長が出られました。

 日本からも産学官著名な化学者、経営者、研究者、技術者の方々にお集まりいただきました。

 今回の会議のテーマは「GSCの実践」ということで、官の立場から、大手会社からの先導的役割、研究の指導者から世界的な視野でプレゼンテーションが行われ、議論されました。

 討論の中の一つとして教育啓発に関する討論とか、評価尺度と国際協力が議論されました。若干この辺は今日の議論と関連があるかと思います。

 このGSCについては研究、実績の賞が出されています。昨年は第1回で、GSCN会長賞だったのですが、今年は第2回で、今年からは経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞、の3つに格上げされ、今回3月14日に第一回の受賞式が行われました。

 これは東京ステートメントの表紙をプリントしたものです。

 中身は長いので要約いたしますと、リオ、ヨハネスブルグ両サミットに基づく全地球的な、持続可能な社会の実現に、私たち化学産業、化学技術に携わる者は、GSCが大きな貢献ができると信じている、今後GSCの活動を、教育と研究開発に置く、特にこの研究開発においては、科学に立脚したリスク管理を行う、また、GSCの会議は全地球活動における、産学官、NGO、その他の国際組織等、全てのセクターの結集を大きく加速するであろう、というのが要約です。

 併せてGSCに関する学生フォーラムを開催しました。これは会期の前後2回にわたって行いました。場所は、1回は早稲田大学、1回は上智大でした。各国の学生、日本で20〜30名、海外からは各国の学会〜推薦された学生約15名が集まって具体的な議論が行われました。このフォーラムには本会議の講演者の何人かが出席して、プレゼンテーションをしました。また、学生自身も何人かが自分の意見のプレゼンテーションをし、議論するというように非常に活発な議論が行われました。

 少し時間をとりましたが以上です。GSCの活動世界的にどのような形で動いているかがご理解いただけたと思います。このようなことを通じてリスクコミュニケーションについてのサポートになると思いましたので紹介しました。ありがとうございました。

(原科) 紹介ありがとうございました。つい先週の話ですね。海外から19カ国、これはいわゆる経済先進国?

(瀬田) 先進国だけではありません。国数の数字からは日本は除いてあります。アジア、アフリカなどは含んでいます。

(原科) 何か質問がありますか。よろしいですか。休憩前に何かありましたらお願いします。資料はもう1セット用意していただきました。南川さん資料1とありますが、これは仁坂さんお願いできますか。

(仁坂) 南川さんが国会に呼ばれてしまいました。PRTRについては、双生児のように二人でやっておりまして、南川さん資料のはじめにある「環境省は、」以外のところは我々も同じ物を作っていますので私がご説明します。
 PRTRを本日2時にデータを公表しまして、それをどう料理しようとプレスしようと利用者の自由ということになっています。はじめの2枚はそのときの手続きを示す資料です。実はPRTRは大河ドラマみたいな部分がありまして、私なんかも遅れてきた少年ですから、PRTRなんておかしな法律作って何で今ごろこんなことやっているのだという話を聞きました。実は非常にリーズナブルな時の流れで、99年度に法律を作りました。2000年度に対象物質を決め、方法論を決め、2001年度はデータを測定し、2002年の初めにデータを出していただきました。それから県、所管省庁、環境省及び経済産業省で最終的に仕上げてようやくできました。
 全部のデータが入っているCD-Rを1090円で販売していることが一番の売りです。なお法律によると、企業の申請により「私のところのこのデータは隠してください」というプロセスがあります。実はこの申請は1つもなかったので、すべてのデータがこの中に入っています。
 別添の方は、「どうぞこのCD-Rを見てください」というだけでは面白みがないので簡単に集計結果をまとめておきました。法律によると平成13年度に事業者が把握した排出量・移動量を出していただくことになります。移動量の把握も法律に出ていますので、移動量データも出していただきました。本質的なものは排出量だと思います。届出のあった事業所は全国で34,830です。これについては指定された23の業種の事業所を対象にして初年度、及び次年度は取扱量が5トン以上の物質について排出量を出していただきました。対象業種の裾切り以下の事業所から出たであろう分、非対象業種、自動車などの輸送手段、家庭、こういったものについては我々が科学的に推計して、それを併せて今回発表した次第です。概要は枠の中に書いてある通りです。それを簡単に説明します。
 3ページを見てください。一番下の枠の中で届け出されたものの中で排出量、移動量はこのようになっています。大気への排出が非常に多いです。これは全国事業所ですが、これを縦横斜めに整理することもできます。従って、その一部を我々もやりましたが、物質ごとに整理しますと4ページ、届出排出量・移動量の多い物質上位10種類をまとめてみました。排出量だけでみますと5ページになります。6ページは業種別に届出排出量・移動量をまとめてみました。同じく届出の排出量だけで業種別を分析しますと7ページになります。届出外の推計値について8ページに書かれています。移動体については9ページに我々の推計結果を出していますし、届出排出量と届出外排出量の推計値の合計は10ページであります。届出量だけ、届出と届出外を足し合わせて多い物質ごとに分析したのが11ページということです。対象業種ごとの簡単な集計値を大気、水域、土壌、埋め立てなどに分けて簡単にまとめたものが次の3ページに続いています。以上です。

(原科) ありがとうございます。あとの資料2,3の説明はどうしますか?

(仁坂) ここは双生児ではない部分です。

(事務局) 資料2,3につきましては前回もお配りした資料です。

(原科) 確認のために付けていただいた資料ですね。それではこれで休憩をとります。時間がありませんので大変恐縮ですが数分の休憩ということで4:15から再開いたします。


−休   憩−


(原科) では時間になりましたので再開します。リスクコミュニケーションについて議論します。今たくさんの情報をいただきましたが、それらを踏まえまして議論に入りたいと思います。

(瀬田) その前に一言、訂正いたします。先ほどの資料2ページ目の上で、参加者750名、海外から19カ国100名とありますが、最終的には参加者が760名で海外20カ国から120名です。特にこれらは非常に大事な数字ですので訂正させていただきます。ありがとうございました。

(原科) 120名だそうで、大変たくさんいらっしゃいました。
 それではリスクコミュニケーションの議論に入りたいと思います。前回も議論しましたので、そういったことも思い出しながらお願いします。どなたでもご発言ください。崎田さんどうぞ。

(崎田) 今せっかく瀬田さんの方で資料を出していただきましたので、そこから話をしたいと思います。例えば今世界の産業界において、ヨーロッパでの規制が厳しくなってきたり、国連の色々な勧告で色々な分類表示の仕組みに関しての検討(GHS:化学品の分類・表示に関する世界システム)が世界的に進んでいたりなど、色々な状況を考えて、このように皆さんで意見を共有する動きになっているのだと思います。特に今回の集まりで何か話題になったことや産業界の皆さん、色々な皆さんで参考にされたことがありましたら一通り伺いたいと思います。

(瀬田) ここでは、実践に加えて、将来の課題として教育と評価尺度の議論が行われました。この2つはGSC活動の非常に大きなポイントと認識されました。その他にもいくつかありましたのは、今世界的に具体的なGSCということで各社が、それぞれ個別の会社としてどういうことをやっているか、という実践の紹介が随分とありました。それ自身も重要な情報でありましたけれども、将来に向けて大きなポイントは教育と研究開発と評価尺度を具体的にどのようにやっていくかということでした。

(原科) その教育の対象は?

(瀬田) この会議の中では学生が対象でした。教育と言う点から考えますともっと若いとき、中学生ですとか、そういったところからの教育が私は非常に大切だと思います。この国際会議の場では学生が対象でした。

(村田) このような素晴らしい会合を開いているわけですが、この中には市民団体とか一般の人への参加の呼びかけとか、そういう方に入っていただく考えはありましたか?

(瀬田) 確かに考えはしましたが、第1回だということが1つ。もう1つは専門的な研究の問題ですとか経営の具体的な問題が中心でしたので、第1回はむしろ専門家、あるいは企業の担当の方を中心にしました。ただ市民というところまではいくかどうかわかりませんが、市民とは私も含めましてみんな市民ですけれども、色々な分野の人が入っているわけです。例えば機械系の人、エンジニアリングの人が沢山参加されましたが、具体的な細かい話を聞いてもなかなかわからないという方々もおられたと思います。例えばバイオケミストリーの話などは専門的になると他の分野の人にはすぐにはわからない、それが普通ですが、全貌は何となくわかる、それによって学際的な思考ができる、というようなレベルです。専門家や実際に企業に携わっている人間でもそういう感じでしたので、今回は市民の皆様方には格別にご招待はしませんでした。
 但し、もう一つ言うならば、インターネットや化学系の雑誌には全部オープンにしてあります。記者会見、新聞発表もしています。ですから、関心のある方は誰でも参加することができました。

(後藤) 瀬田さんのテーマからは外れますが、リスクコミュニケーションについて。先週、東京都が実験したリスクコミュニケーションの事例について発表会がありました。NECの府中製作所と確か東京のコニカが東京都の依頼を受けて自治体、行政、地域住民、企業の間で化学物質のリスクコミュニケーションをした例が発表されました。私は委員の一人として聞きに行きましたが、企業の方がリスクコミュニケーションに大変一生懸命でした。実験ではありますが、実験だからといって、来た人が実験のために来ているわけではなく、真剣に膨大な時間を費やして対応されたところに地域住民は非常に敬意を表している次第です。先ほどの発表のときに私は「争いになったときの裁判になれば、こういう考え方が出てくるでしょう。」と申し上げました。真にこのことを、現実に企業がリスクコミュニケーションするときにはあの考え方をベースにして、実際に行ったとしても、たぶんリスクコミュニケーションは成り立たないと思ったわけです。地域住民にとってベネフィットとリスクの話で、ベネフィットを受けるのは企業ですがリスクをうけるのは地域住民だという前提に立つと、単なる計算上の話で社会全体としてメリットがあるのでリスクコミュニケーションをやれば周りの方が納得できる、という形では絶対リスクコミュニケーションは成り立たちません。しかし企業の方はそんなばかなことを考えずに必死にどうしたら周りとの理解と信頼関係を高められるかという工夫を凝らされました。その意味で研究は研究として敬意を表しますけれども、私はそういう意味で実際の企業の実験について非常に敬意を表したいと思っています。
 もう一つリスクコミュニケーションについて、PRTRデータが今日2時に公表されました。各地、都道府県でPRTRデータが出ることを含めて市町村や企業との取組があります。私も関わりましたが、環境省は自治体のリスクコミュニケーションマニュアル等を作成し、皆さんが参考にしている状況です。たまたま私がある県立大学の非常勤講師をしている関係で、その県の委員会で条例を作るかどうかの最終決定はしていませんが、リスクコミュニケーション推進の条例を作るかどうかの検討会を開いています。そこで当然のことですがマルチステイクホルダーで議論がなされるわけです。そこで出たのが情報の整備です。情報の整備にも色々ありますが、リスクコミュニケーションに取り組まれる、先ほど申し上げた、例えばNECやコニカなどの大企業はよろしいのですが、多くの場合地方では中小企業ですので情報の整備ができていません。この点をどうするかが問題です。自分の方で情報の整備ができないとリスクコミュニケーションもできません。そこが1つ大きな議論になりました。
 もう1つは日本全国に関わる問題だと思います。2月15日から土壌汚染対策法が施行されていますが、色々な言い方がありますから審議の方は別として、工場用地が土壌汚染されていることは多くの人が知る事実であることを前提にすると、必ずしも行政が情報を持っている場合と持っていない場合があります。それがオープンにされていません。そこを前提にリスクコミュニケーションをやろうとすると極めて難しいです。例えば東京近辺ですと今後、工場用地はマンションに変わるケースが非常に多いと思います。いわゆるgoing-concernとしてのリスクコミュニケーションではないですが、いろいろな形でのリスクコミュニケーションの中でこの問題が出てきます。リスクコミュニケーションとはどうあるべきかという前提の中で情報の整備、特に日本においては土壌汚染の情報を今後どのように社会の中に出し、事実は事実としてやっていくことが大きな問題であると最近感じています。

(原科) ありがとうございました。情報の整備、情報の収集がまず1つ。収集側から問題だということですか。

(後藤) 作成の方も実は問題です。中小企業は隠すつもりもないでしょうが、整備をすることが極めて難しいです。

(原科) 行政側で対応すると。

(後藤) 行政の方で企業の情報整備をどう対応するかは、なかなか難しいと思います。環境省でエコアクション21の改定をやっていますが、ISO14001やるほどのお金がなくてもエコアクション21をやっていただくという方法もありますが、強制力もないので、どういう形で中小企業が情報整備するかが問題です。行政から金銭的ではない支援をしていただけるとよいのですが。

(出光) 後藤さんの話よくわかりますが、2点申し上げます。1つは今、中小企業の話をされていますが、安井さんが前回もご指摘されましたサイトの議論と、例えば国全体または地域の議論と分けないと話が複雑になってしまいます。サイトの議論は先ほどリスクの議論のときに長い経験でどうだということでしたが、では本当にそのサイトで色々な問題があるのかないのか。例えば地域特有の工場周辺で病気が多く発生していることがあるのかないのかで、ある程度わかる議論だと思います。そうではなく、今国全体なり、PRTRも同じ観点でまとめられていますが、そういう意味での情報の整備が必要です。特に恐らくNGOの色々な方が情報が少ないと言うのは、情報がない部分もあるとは思いますが全くないのではなく、情報のアクセスの議論、情報のリンクの議論だと私は思います。向かいに官庁の方がいますが、そこになると逆にある産業界や企業団体や企業だけでどうにもならない話になります。今回もPRTRで推計がありました。要するにデータがつかめなくても、例えば100なくても80つかめれば大体わかるわけです。その意味で情報にどのような形でアクセスするのかが問題です。2回目に神沼さんが情報のリンクの議論をかなりされていましたが、そこに対して我々はどうしていくのかをもっと議論すべきだと思います。
 サイトの議論のあるなしについて、本当にそれを取り上げなければならないのでしょうか。サイトの自治体や保健所など色々なところがどう動いているかで決まることだと思います。中小企業のデータがないことが大きな問題なのか。今日も瀬田さんの話にありました、世界的に見るとHPV(High Production Volume:高生産量既存化学物質)の問題があると思います。実際には1000トンとか1000ポンドという基準がありますが、そのようなHPVのハザードデータの収集というのはOECDベースでもやっていますし、ICCA(International Council of Chemical Association:国際化学工業協会協議会)のHPVでもやっていますしEPAでもやっているわけです。日本でも日本版HPVをやっています。そのような動きの中でハザードデータに関しては今世界的にデータをちゃんと管理しようという動きがあります。そこの思想は細かいことよりもまず影響度の大きいものからやろうという議論になっているはずです。いわゆる選択と集中ですとか、まず何からやるべきかというところが当然あります。先ほどの情報も全部がないとだめという議論をすると何も手をつけられません。どういうところからやり、どういうものにリンクするのかなどの議論がないと、細部の細かいこととそうではない話になった時に、どんどん意見がかみ合わなくなってくると思います。このような議論の中で例えば日本なら日本として情報の収集の仕方なり、皆さんがアクセスしやすいようなネットワークの作り方を考えるべきだと思います。

(原科) だいたい趣旨はわかりました。もう少しマクロなレベルの議論に絞りたいということですか?

(出光) サイトの議論は、ある町のある工場でという話はあるとは思います。絶対無いとは言い切れませんが、その議論をベースにやるものですか?

(原科) 問題として現在あります。私の大学にもあります。

(出光) 無いとは決して言い切れませんけれども。

(原科) ですから、この問題を扱うかどうかということですね。議論を整理したいという提案ですが。今の点に関していかがでしょうか?

(有田) 産業界の方に伺いたいのですが、今、後藤さんから中小ではなかなか難しいという話がありました。JRCC(Japan Responsible Care Council:日本レスポンシブル・ケア協議会)の方でデータを支援していく考え方があるという話を聞いたことがあります。そのような情報があれば聞かせていただきたいと思います。

(原科) 中小企業のデータを持っているかというご質問ですか?

(有田) そのようなデータを含めて色々な支援をしていこうと思っているのか、現在しているような話を数年前に伺ったことがあります。そのことに関して今の状況はどうでしょう。情報をお持ちでなければ結構です。

(田中) 具体的な支援の内容は若干あると思いますが、PRTRに関わっての大きな支援というのは、私はまだ耳にしておりません。

(石川) 今日はじめて参加して感じることは、リスクコミュニケーションに関連して前提問題がいくつかあると思います。私の仕事の関係で言えば食品の安全性に関わる問題が多いですが、リスクの概念は現状として消費者にきちんと理解されていることが少ないと思います。アメリカの話ですが1958年のデラニー条項の話、85年のデミニマスルールの話ですとか、要するにリスクゼロという考え方ですね、白か黒かというところからリスク論になってきたということで科学的知見が進展する結果としての話の流れだと思います。そのことについての合意は非常に少ないですが、それをどうするか、前提問題として1つあると思います。
 もう1点はそもそもリスクコミュニケーションは何のためにやるのか、いくつかあると思います。今申し上げた安全性に関わるハザードやリスクについての考え方をはっきりさせることが一つ。さまざまな不祥事があったので行政や企業に対する不信が出てきているということ。それに対してそうではないという情報の提供なり、認知を広げるなり、そのような問題があると思います。それはそれとしてサイトの問題なりアクセスの問題なり、欧米でとられているように、一定の関心のある分野について登録さえしておけばインターネットで検索しなくても関心ある情報が登録者に届くというような技術上の解決の仕方を検討する必要があると思います。そもそもリスク論、リスク分析の中ではリスクコミュニケーションの話が単独としてあるのではなく、リスクの評価なりリスクの管理、マネージメントなりの段階でリスクコミュニケーションをどう機能させていくのかという議論が必要ではないかと思います。理解と信頼という言葉はどこかにありましたが、これはイコール透明性と参加という切り口で考えていいのではないかと思います。情報でもそうですし、リスク評価の過程における議論等の情報公開、公開性が必要ですし、あるいは評価の対象、何がわかっていて何がわからないかもそうですが、そこに消費者自身が参加していくような制度として考えていくことが、より具体的な話になっていくのではないかと思います。その点でいうとリスク評価と安全性の問題がありましたが、社会性とか政治性とか文化は科学的にきちんと評価できるのであれば譲歩条件がたくさんあったとしても、むしろリスク管理の世界でどうしていくのかというような組み立てだと思います。これも制度論として議論をしていく必要があるのではないでしょうか。その意味ではリスクコミュニケーションを一般で議論しても堂々巡りであり、着地が見えないというように感じます。

(原科) 別にリスクコミュニケーションを一般でやろうという議論はしておりません。前回安井さんがまとめてくれたように、整理して議論しようと言っています。例えば今おっしゃったサイト単位で問題を扱うのかマクロで考えるのか、先ほど提案がありましたけれども、順番で進行したいのでサイト単位の議論は後回しという形でいきましょうか。

(後藤) サイトとマクロの話を混ぜてしまいましたが、マクロと言っても国とか世界的なマクロと個別企業のマクロにおけるサイトでない全体という形があると思います。今日の資料にもありますOECDのリスクコミュニケーションにある言葉でいいますと、基本的にリスクマネージメントの一環としてのリスクコミュニケーションになるわけです。個別企業のサイトではない全体のという観点のマクロと国全体でのマクロがあると思います。前の話と若干繰り返しになりますが、土壌汚染の情報を世の中にどう出していくかというのは、個別企業では対応しきれないと思っていますので実はマクロの問題だと思っています。ですから土壌汚染の問題は別として化学物質の情報の問題ですが、1998年からアメリカで大量生産化学物質のハザード情報を整備するということで日本の化学工業協会も協力して2004年まで一生懸命整備している、それはそれで敬意を表します。一方で企業レベルでのリスクマネージメントの観点でいいますと、日本のPL法ではBusiness to Businessにも遡れるという前提になっています。私は化学工業会にとってリスクマネージメントの観点で国が整備をしてくれるということではなく、自分のリスクマネージメント上、ハザード情報とかリスク情報を徹底的に整備して提供するというのはPL法上の責務だろうと思います。同じ産業界の中でも最近、電気工業会がグリーン購入で基準作りに猛烈に色々なことをやっています。アメリカの取り組みに協力してやっているという話は聞こえますが、その辺りは独自にどんなことをやっているのか、観点が見えないと感じています。

(原科) それではサイトではなくマクロ、中身は具体的に製品のリスクといたしましょう。今の件で情報提供がありましたらお願いします。そのような情報をどこまで把握できるか、企業間の問題として把握できる状況なのかということで何かありましたらお願いします。

(出光) これは立場で少し違うと思います。前にも申しましたが私どもは商品そのものが最終的に環境に即流れていくという立場で商品そのものの安全性を捉えています。河川のモニタリングもやっていますし、そのモニタリングをベースにして環境や生態への影響のリスクアセスメントも全部ではありませんが大量なものはやってパブリッシュしているわけです。この意味で私どもは基本的に自分たちの商品の持っているリスクアセスメントに関しては積極的に取り組んでいます。ただ化学原料をベースに議論した場合は、それが最終的にどこでどのように使われているかということを素材メーカーが全部把握しなさいというのはかなり難しい話だと思います。本当に化学の素材だけを作っている会社が、どのように消費者の手に渡るのかを全部突き止めなさいという要求だとすれば、たぶん不可能に近いのではないかと思います。ですからマクロにどういうものがどのように、浦野先生がおっしゃっていました例えば日本としてどのようにどの量が使われているのかということを最初にやっていかなければ、個々の末端商品、例えばホルムアルデヒドがあり、それが樹脂になり、壁紙のりに使われてという議論になった時にホルムアルデヒドを作っている会社が全部把握していることは難しい気がします。

(後藤) 気持ちとしてはよくわかりますが、そこが今非常に時代的に変わってきていて、どう考えるのか大きな課題だと思います。話の意味はわかりますが変わってきているように感じます。

(出光) その先に色々な業界があるわけです。今、素材メーカーに全部押し付けるのは違うのではないかと思います。これは私の個人的意見です。

(原科) どこの主体が責任を持つかについては別の話でしょうね。

(中下) 素材メーカーの方では生産量に関しては一応分かっているわけですよね。それが自動車メーカーなり家電メーカーなり次の産業に行った時に、その業界団体の中でどのように使われているかというような統計システムはないのでしょうか?新聞記事などを見ると、だいたい何の用途に何万トンというような報告がされるわけですが、あれはどこから出ているデータですか?

(安井) 少しずれてしまうかもしれませんが、今おっしゃったような話はIPPというリスクの次の管理の話でIntegrated product policyというような話になります。これを乗り越えてやるのかどうかというのがまず1つです。我々も実はそれが次の方向だと思っています。例えば、今家庭に入っている塗料とかの類がかなり臭いですよね。自動車とか家電は大丈夫だと思いますが、そのようなものかと感覚を今磨いているところです。また、自動車、家電が何をやっているかという話ですが、日本ではそのような取り組みではないのですが、つい最近EUのROHS(Restriction on Hazardous Substances)というディレクティブが出て、2006年の7月1日から幾つかのものが使用禁止になります。結局End of Life Vehicleという問題もありますから、自動車メーカーも電気メーカーも大変で、自分たちが扱っている物質のリストを厳重に管理しています。そのデータが出るかどうか知りませんが、とにかく今ものすごい勢いで整備しています。対日本ではなく対欧州の話です。

(中下) 輸入品まで遡って調べていることが情報として入ってきていますが、それをどのようにして社会的にオープンにしていくのか、そのシステムを考えていくのがリスクコミュニケーションとしては必要なことです。

(石川) リスク管理におけるトレーサビリティの考え方と、生産するものが最終末端まですべて捕まえていなければいけないのかということと、少し整理する必要があると考えます。現実に食品の場合で考えてみても、中間に立つもの、あるいは食品産業が原料由来のところまで遡ってまで認知をしなければならないということがあるわけです。実際の原料メーカーがどこに行くかというのは現実に市場の中で捉えきるのは難しいと思います。それをカバーするものとしてリスク管理の一つの手法としてトレーサビリティがあるという考え方が自然だと思います。ただし、生産する側の責任問題としては、リスク評価の問題も同じですが、暴露量なりどんな場面で悪影響を及ぼすのかということをあらかじめ想定した安全性管理が必要だと思います。そのこととトレーサビリティの問題は別として組み立てをする必要があるのではないかと思います。

(出光) 食品の業界ではそうでしょうが、例えばポリエステルの場合、素材を提供し、実際にはアパレルメーカーが製品化した時に、最終的に製品になった繊維からどういう微量物質が出るかまでを素材メーカーが把握しないとPL上問題があるという認識に立つかどうかという議論になると思います。例えばモノマーとポリマーの議論で言えば、モノマーを基にしてポリマーになっていくわけですね。それがさらに形を変えていくわけです。そうすると最終製品で何か問題があることに対して、全部素材メーカーが把握しなければトレーサビリティができていないという認識に立つかどうかという議論だと思います。

(後藤) 私が申し上げたPLと全く意味が違い、アメリカのPLは製造業者、販売業者と消費者の間の問題ですが、日本のPLはメーカーからBusiness to Businessで追求ができます。リスクマネージメントという観点で素材メーカーは最終販売業者や最終メーカーから訴えられる可能性があります。その時に自分のところで、どういう使い方をするとどういうことがあるかという情報を提供していないとすれば、これは欠陥商品として無過失責任を負うという法体系になっているわけです。リスクマネージメントの一環としてのリスクコミュニケーションでは、素材メーカーは情報提供をしないと無過失責任を負います。それに対して、今各メーカーでは、アメリカがやっているハザード情報に協力しているだけではなく、どんなことをしているのですかという質問をしたにすぎないのです。

(横山) 家電、自動車はじめ組み立てメーカーの方は色々把握する努力をしています。しかし膨大なコストと膨大な時間がかかるのでできることからやっているのが現状です。素材メーカーが、化学物質が最終製品まで行って世界中どこに広がっていくのかを掴むことは不可能だと思います。その代わりの良い方法もないわけです。素材メーカーがいろいろな法的な問題で訴えられたら責任の所在はどこかという問題になりますが、素材メーカーだけではなく、それを運んだ人、作った人、買った人、使う人、それを捨てる人、全ての役割分担と責任分担があるわけで、どこにどれだけ責任があるか議論していきましょう、作った人はその議論から逃げられませんというのがIPPですね。IPPでは作ったところに責任がある、拡大生産者という言い方をしていますけれども、生産者の方に責任はありますが、化学物質に関してはそれを生産した、売った、運んだ、入り口でそれを受け取った人、その伝票を書いた人、全ての人に責任と分担があるという考え方に基づいて、どこにどれだけ責任があるのかというような理解でやっています。
 電気会社の方の現状は、電気会社だけでなく事務機械メーカー等色々参加して、35社くらいで調査しましょう、グリーン調達の時に調査しましょうということでやっています。どの化学物質を調べたらいいか、28物質群くらいに絞っていますが、1年や2年でそれがパッとできる状況ではないということです。この取り組みはヨーロッパで、カドミウムや水銀、鉛が2005年以降も一部の除外もありますが、全廃のタイムリミットも見えていますので、その2年前からそういうものを含まない製品を作らないと輸出ができません。それに基づいて素材メーカーにも協力を依頼します。実際に物を買っているのは商社ですので、商社にお願いし、その商社が部品工場にお願いし、部品工場が素材メーカーにお願いしてというような調査が現実には進んでいます。全然何もしていないといわけではありません。以上です。

(瀬田) 後藤さんの先ほどの質問ですが、グリーン購入についてどういう状況にあるかということを話します。日化協としての数字は持っておりませんので、機会があればまた別の立場でお答えしたいと思います。グリーン購入そのものの議論は何年か前から各社で出てきていると思います。問題は全体をカバーしているかどうか、つまり漏れがないかどうかが1つです。もう1つはグリーン購入の中身です。何をもってグリーン購入とするかという問題、この議論は各社まちまちではないかと思います。ただ先ほど話があったように、材料とデータの両方をユーザー企業から求められることが既にあると聞いています。全体像がつかめないのでどうお答えをすればいいかわかりませんが、そのようなことを聞いています。

(中下) 化学物質は新規物質だけではなくて既存物質も含めて2万種あり、うち国が毒性評価を行ったのは191物質ですが、圧倒的多数が毒性評価されていないというのが状況です。そのうち高生産物質はやっておられるという話でしたが、企業サイドでは物質数でどの程度のことをやっておられるのでしょうか。それと、これは知っていたら教えていただきたいのですが、PFOS(perfluorooctane sulfonate、パーフルオロオクタンスルホン酸塩)という物質がありますね。これは3Mが製造を中止に踏み切ったと聞いていますが、どういうことが原因で中止になって、日本での動きはどうなっているのか、ということについてご存知でしたら教えていただきたいのですが。

(田中) 個別の問題につきましては、若干宿題にしていただかないと答えられないところはあります。しかし一般的にPFOSという物質を知らないわけではありません。これの問題点は例えば長距離移動性があるとか難分解性であるとか、生体蓄積性があるとかいろいろあると思います。間違いなく人体に毒性があれば何らかの規制がかかってくると思います。しかしどれか一つ、特に毒性が抜けているとどういう対応をしていくのかというのは自主的なものになってくると思います。

(中下) 毒性は抜けているのですか?データは終わりなのですか?企業では調べてられるでしょ?たくさん使われている物質ですからね。

(原科) 今の段階で情報があまりないので議論するのはやめましょう。時間もないですし。宿題にしてもらってもいいですか?

(田中) 宿題にしてくれと言われるのであれば、分かる範囲を調査して報告いたします。

(片桐) リスクコミュニケーション、コミュニケーションとは情報の共有から成り立っていると思います。どういう情報を誰が出してみんなで共有していくか、そのところをもう少しやらなければいけないということが問題だと思います。毒性データであれば、どこで出していくのか、コミュニケーションを図るためにどういう情報が必要で、その情報を誰が持ってくるのか、当然行政も出すものがあるでしょうし、企業の方もあるでしょうし、NPOの方もあると思います。そこをもう少し話していかないと同じような話の繰り返しになって、何もまとまらないと思いますがいかがでしょうか。

(横山) 毒性評価の話が出ましたけれども、ヨーロッパではきちんとした毒性評価がなされたので禁止になりました。毒性評価の考え方も国によって違います。科学的な毒性評価には大変な時間とコストがかかります。ヨーロッパでは10万物質を30年くらいかけてすべて評価しようという計画がありましたが、実際に評価してみると大変難しくて、ものすごいコストをかけて結局10年間で4つしかできなかったと聞いてはいるのですが、正確に調べてどなたかデータを出していただきたいと思います。とにかくそのくらい、実際の毒性の定義や試験、結果の評価を出すのは難しいものです。世界で、「この物質はこの毒性がある」と言えると認定された試験場なり研究所なりはそんなにありません。きちんとした法律を作るために「この毒性が明らかになりました」というためには世界から認定された研究所のデータが必要だということになっているようです。ヨーロッパの方でも2020年までに10万物質をやっていこうとしていますが、誰がその費用を負担するのかが今議論のポイントです。

(原科) どうもありがとうございました。それでは今日はこれまででストップしたいと思います。次回の宿題を出しました。次回はそれに対するレスポンスからお願いいたします。