環境省では、昭和50年度から平成6年度まで実施してきた「日本近海海洋汚染実態調査」で得られた調査結果を基礎としつつ、国連海洋法条約が我が国で発効したことを受け、従来の水質、底質等の調査に海洋生態系等を対象に加え調査内容を拡充した「海洋環境モニタリング調査」を平成10年度から実施している。
海洋環境モニタリング調査では、日本周辺の海域を3〜5年で一巡するように調査計画を立てている。前年度(平成14年度)には、陸域起源の汚染のみを対象とした調査を行ったが、今回は、以下の3種の調査を行った。
大阪湾沖 PCB調査については、過去の調査により、大阪湾沖C-5測点付近にPCB汚染が局所的に存在している可能性が示唆されたため、調査を行った。
今回調査した26項目のうち、海水中のカドミウム、鉛、総水銀、PCB、硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素、ダイオキシン類の6項目については環境基準が設定されている。今回の調査結果とこれらの基準を比較すると、いずれも基準値以下となっていた。(表1参照)
また、沖縄本島南西沖では、陸域からの負荷の影響は示唆されず、大阪湾沖では、カドミウム、銅、ヘキサクロロシクロヘキサン(HCH)及びダイオキシン類について、沿岸で高く沖合で低い値となっており、陸域からの負荷の影響が示唆された。
測定項目 | 測定結果 最小値〜最大値(検体数) |
環境基準 |
---|---|---|
カドミウム | 0.0000006〜0.00012mg/L(170) | 0.01mg/L以下 |
鉛 | 0.00002〜0.00038mg/L(170) | 0.01mg/L以下 |
総水銀 | <0.00000003〜0.0000013mg/L(170) | 0.0005mg/L以下 |
PCB | 0.00000003〜0.00000017mg/L(21) | 検出されないこと(注2) |
硝酸性窒素及び 亜硝酸性窒素 |
0.002〜2.5mg/L(149) | 10mg/L以下 |
ダイオキシン類 | 0.00004〜0.0038pg-TEQ/L(14) | 1pg-TEQ/L以下 |
今回調査した24項目のうち、堆積物中の水銀とPCBについては底質の暫定除去基準が、ダイオキシン類については環境基準が設定されている。今回の調査結果とこれらの基準とを比較すると、いずれも基準値以下となっていた。(底質の水銀に関する暫定除去基準については、測線を引いた海域の沿岸の基準値を求めたものである。)(表2参照)
PCB、ダイオキシン類、ブチルスズ化合物、ベンゾ(a)ピレン等について、沖縄本島南西沖では、全ての測点で低い値となっており、陸域からの負荷は示唆されなかった。大阪湾沖では、C-5を除き、沿岸で高く、沖合で低い値となっており、陸域からの影響が示唆された。
重金属類については、大阪湾沖において、カドミウム、鉛、総水銀は、沿岸で高く、沖合で低い値となっており、陸域からの影響が示唆された。沖縄本島南西沖では、D-3でカドミウム、鉛、銅、総水銀が高く、D-5で銅が高い値を示した。これらは地質に由来するものと考えられる。
測定項目 | 測定結果 最小値〜最大値(検体数) |
環境基準又は暫定除去基準 |
---|---|---|
水銀 | 0.01〜0.44 ppm(13) | C(注4)(暫定除去基準) |
PCB | 0.0003〜0.46 ppm(13) | 10 ppm(暫定除去基準) |
ダイオキシン類 | 0.0004〜21 pg-TEQ/g(13) | 150 pg-TEQ/g以下(環境基準) |
全体的な傾向として、過去5年間と同等の値を示しており、汚染の進行は認められなかったが、長期的な変動については、引き続き調査を実施し、データを蓄積した上で解析を進めることとする。
大阪湾内奥の測点においては、線虫類の個体数に対するカイアシ類の個体数の比(N/C比)が、他の測点と比較して高くなっていた。これは、同測点において貧酸素水塊が他の測点よりも高い頻度で発生していることに起因していると考えられる。
ニューストンネットによる表層曳きにより採取した結果、C測線上の測点、D測線上の測点とも、過去に行った調査と同程度の数のプラスチック類が観測された。
今回調査した29項目のうち、カドミウム、鉛、総水銀、PCBの4項目については環境基準が設定されている。本調査で得られた水質調査結果の値は、B海域及びC海域どちらにおいても、すべて環境基準値以下であった。
今回調査した26項目のうち、堆積物中の水銀とPCBについては底質の暫定除去基準が、ダイオキシン類については環境基準が設定されている。今回の調査結果とこれらの基準とを比較すると、いずれも基準値以下となっていた。
無機性汚泥などの投入処分海域(B海域)のX-2-2において、ブチルスズ化合物及びフェニルスズ化合物が、他の地点と比較して高い値(ブチルスズ化合物:410ng/g-dry、フェニルスズ化合物:120ng/g-dry)を示した。
また、有機性汚泥などの投入処分海域(C海域)のY-3-2において、フェニルスズ化合物が、他の地点と比較して非常に高い値(3800ng/g-dry)を示した。
B海域及びC海域の調査より、X-2-2、Y-3-2において、堆積物から他の地点と比較して高い濃度のブチルスズ化合物及びフェニルスズ化合物が検出された。同測点においては、過去に有機スズ化合物を測定したことはない。
平成15年度に有機スズ化合物が高濃度で測定された地点において、平成16年度に有機スズ化合物の再調査を行った。
これらの結果から、X-2-2の堆積物中には、高濃度のブチルスズ化合物とフェニルスズ化合物が、Y-3-2の堆積物中には高濃度のフェニルスズ化合物が存在していると考えられる。大阪湾では、ブチルスズ化合物は約30ng/g-dry、フェニルスズ化合物は約3ng/g-dry程度であり、沖合域において大阪湾よりも1〜3桁高い値が検出されることは通常無い。したがって、海洋投棄など、何らかの人為的負荷源からの漏出が推察される。
ブチルスズ化合物とフェニルスズ化合物に関する環境基準等は定められておらず、底質の有機スズ化合物濃度と底生生物への影響の関係についてはよくわかっていないが、Langston
et al.(1991)によれば、底質のトリブチルスズ化合物の濃度が10,000ng/g-dryで急性毒性が生じる可能性があることが示されている。したがって、X-2-2地点における最大濃度3700ng/g-dryのトリブチルスズ化合物が、直ちに急性毒性をもたらす可能性は低い。
また、当該地点は水深が4400mであり、底層は現在のところ漁場として利用されておらず、海底付近の魚介類をヒトが直接摂取することは無い。また、食物連鎖を介して、表層あるいは沿岸にて漁獲されるヒトの食用となる魚介類に有機スズ化合物が濃縮される可能性も低い。これらのことから、当該海域の有機スズ化合物が人の健康に影響を及ぼす可能性は低いが、今後汚染の拡大を監視する適切なモニタリングが必要と考えられる。
直鎖アルキルベンゼン及びコプロスタノールは、それぞれ下水及びし尿に含有される物質であり、これらの海洋投入処分による海洋への影響を判断するための指標としての利用を検討している物質である。
今回の調査では、調査対象とした海洋投入処分海域の底質における含有状況についての調査を行った。また、これらの物質は、海洋投入処分以外にも陸域から海洋に流入している可能性があることから、海洋投入処分海域等での測定に陸域の汚染源がどの程度影響を与えるものなのかを把握する観点から「陸域起源の汚染を対象とした調査」の調査地点の底質における含有状況の調査も並行して行った。
直鎖アルキルベンゼンは、X-2-2(B海域)、Y-3-2(C海域)とも検出限界に近い低濃度であった。
コプロスタノールは、X-2-2(B海域)、Y-3-2(C海域)とも周辺の測点と比較して高い値を示した。これは海洋投入処分に由来するものである可能性がある。
直鎖アルキルベンゼンは、大阪湾奥のC-1測点で他の地点と比較して高い値が観測され、他はすべて定量下限値未満であった。
コプロスタノールは、C測線では沿岸で高く、沖合では低くなっており、D測線ではすべて検出限界値に近い低い値となっていた。
直鎖アルキルベンゼンについては、今般のX-2-2及びY-3-2地点の調査だけでは指標としての利用可能性について結論を得るに至らず、下水汚泥の影響が確実に残存している海域又は模擬的な系における測定を実施し、下水汚泥の影響を表す指標としての妥当性を確認する必要がある。
なお、本指標は、今般、調査を行った海域のうち、C測線沿岸域以外では、現時点では海洋投入処分の影響のみに左右され、陸域からの汚染源の影響は無視できる程度と考えられる。
コプロスタノールについては、X-2-2及びY-3-2における調査により、し尿の海洋投入処分の影響を把握するための指標として利用しうると考えられる。
また、この指標は、今般、調査を行った海域のうち、C測線沿岸域以外では、現時点では海洋投入処分の影響のみに左右され、陸域からの汚染源の影響は無視できる程度と考えられる。
KC7が最も高い値(2300ng/g-dry)を示した。また、その西側に位置するKC4も同等の高い値(2000ng/g-dry)を示した。周辺の地形は海底谷となっており、KC4からKC7にかけて落ち込む急斜面となっている。このため、従来想定してきたKC7付近ではなく、KC4近辺に負荷源が存在しており、そこから斜面下方に向けて汚染が広がっていると考えられる。なお、対照点としたMT2では16ng/g-dryであった。
負荷源に近いと考えられるKC7では、表層0〜0.25cm層(2002〜2003年頃の堆積物)では820ng/g-dryを示し、0.5〜0.75cm層(1999〜2000年頃の堆積物)では最大4000ng/g-dryの値を示し、その後は深度を増すにつれて減少していた。
平成8年度海洋環境保全調査において、C-5地点について210Pb法による年代測定を実施している。その結果、PCBは、1950年代半ばの値を除いて、1940年代から1970年頃にかけて徐々に増加する傾向にあった。そして、1970年頃を境に、大きく増加する傾向に転じていた。1980年代半ば以降は値のばらつきあるものの、全体としては同様の値となっていた。
これらの結果から、沿岸域からの流入とは別に何らかの汚染負荷が1970年前後に加わったのではないかと考えられる。また、負荷源に近い海底の堆積物中のPCB濃度は、急激に上昇することはなく、数年から数十年かけて上昇・下降してきていることから、負荷源は一度にPCBを放出するものではなく、徐々にPCBを放出するような性状のものであると考えられる。
PCBには209の異性体が存在し、その組成は負荷源により異なっている。負荷源の手がかりを得るため、KC7及び対照点であるMT2において、PCBの異性体の分析を行い、その結果を元に種々の化学品混合物の各原料の寄与を推定する手法であるケミカルマスバランス(CMB)法による解析を行った。すなわち、KC7およびMT2のPCBは、全量がPCB製品(KC-300、400、500、600)に由来するPCBにより構成されていると仮定し、その異性体組成が最もうまく再現できる各異性体の寄与率を、予測値と実測値の誤差が最小になるように最小二乗法を用いて求めた。(表3参照)
KC7のPCB濃度はMT2より3桁程度高いことから、KC7におけるPCB製品の寄与率は、付近に存在する負荷源におけるPCB製品の組成を反映していると考えられた。
PCB製品の用途を表4に示す。このうちKC-1000はKC-500とトリクロロベンゼンが6:4の割合で混合された製品であり、高圧トランス用の絶縁油として使用されていた。本調査では汚染源に最も近いと考えられるKC4においてもトリクロロベンゼンは検出限界値(5ng/g-dry)未満であったため、少なくとも高圧トランスは負荷源ではないと考えられた。KC-300を主体とし、その他にKC-400、500、600の寄与があることから、主な負荷源として、蛍光灯の安定剤、ペーパーコンデンサ、高圧コンデンサ、熱媒体、潤滑油等の、複数のPCB含有化学原料の寄与があることが推測された。もしくは、処理途中の抜き取り油や、各種廃棄物の混合物という可能性もある。
KC-300 | KC-400 | KC-500 | KC-600 | |
---|---|---|---|---|
KC7 | 50% | 28% | 15% | 6% |
MT2 | 28% | 50% | 0% | 21% |
今回の調査により、大阪湾沖C-5地点付近の海底におけるPCB汚染の詳細がある程度把握された。PCB負荷源は徐々にPCBを放出するような性状のものであり、複数のPCB含有化学原料の寄与があることが推測された。また、これまでの調査により把握された堆積物中のPCB濃度は最高でも4,000ng/g-dry(=4μg/g-dry)で、底質におけるPCBの暫定除去基準の10μg/g-dry未満であった。
本地点の底層は漁場としての利用は現在のところない。また、環境省の調査とは別に、徳島県保健環境センターが実施している市販魚介類中のPCB残留調査で、平成13〜15年度にそれぞれ20検体について調査が行われ、いずれもPCBの暫定基準値を満たしている。
これらのことから、当該海域のPCBが人の健康に多大な影響を及ぼす可能性は低く、データの得られていない海底直上水におけるPCB濃度を確認したうえで、今後、汚染が拡大していないか定期的な監視を行っていくことが適当であると考えられる。
今回調査した海洋の汚染物質については、今後も陸域及び海洋投入処分からの負荷が継続、増加する可能性があり、一方拡散等により自然に減少していくことも考えられることから、今後の推移を推定することは難しく、引き続き、計画的に調査を行い、経年変化を把握することが重要であると考えられる。
紀伊半島・四国沖(B海域)のX-2-2地点において、高濃度の有機スズ化合物が検出されたが、底生生物に急性毒性をもたらす可能性は低いと考えられる。また当該地点は水深が4400mであり、漁場として利用されていないため、海底付近の魚介類をヒトが直接摂取することは無く、この海底付近で有機スズ化合物を濃縮した生物が、表層あるいは沿岸にて漁獲されるヒトの食用となる魚介類に直接捕食される可能性も低いと考えられる。これらのことから、当該地点付近の底質における有機スズ化合物がヒトの健康に害を及ぼす可能性は低いが、今後汚染の拡大を監視する適切なモニタリングが必要と考えられる。
大阪湾沖C-5付近の海底におけるPCB汚染の状況を従来よりも詳細に調査した結果、検出された海底の堆積物中のPCB濃度は、底質におけるPCBの暫定除去基準を下回っており、直ちに対策を取ることが必要なレベルではないことが示された。
本地点の底層は漁場としての利用はなく、文献から入手できる市販魚介類中のPCB残留調査の結果では、PCBの暫定基準値を下回っていた。
これらのことから、当該海域のPCBが直ちに人の健康に多大な影響を及ぼす可能性は低く、データの得られていない海底直上水におけるPCB濃度を確認したうえで、今後、汚染が拡大していないか定期的な監視を行っていくことが適当であると考えられる。
平成15年度海洋環境モニタリング調査結果について[PDFファイル 485KB]
なお、海洋環境モニタリング調査のデータは、(独)国立環境研究所が作成している「環境GIS」に掲載されています。15年度調査結果についても、今後掲載する予定です。