報道発表資料概要

別添資料

1.ILAS-IIの概要

 ILAS-II(Improved Limb Atmospheric Spectrometer-II: 改良型大気周縁赤外分光計-II型)は、成層圏のオゾンおよびその破壊反応に関連する大気微量物質を観測するため、平成8年に打ち上げられた「みどり」搭載の改良型大気周縁赤外分光計(ILAS)の後継機として、環境省が平成7年度から35億円をかけて開発を行ってきたものである。
 本センサは、平成14年12月14日、宇宙開発事業団の環境観測技術衛星「みどりII(ADEOS-II: Advanced Earth Observing Satellite-II)」に搭載され、種子島宇宙センターより打ち上げられた。
 ILAS-IIは、欧米のこれまでのセンサーに比べても独特のセンサーであるが、その特徴は以下の通り。

 ILAS-IIは、2003年はじめから機能試験を行った後、4月2日からは連続的にデータを取得することに成功している。以降、現在までのILAS-IIデータの解析によって明らかになった、南極上空成層圏でのオゾン破壊とそれに関連した観測結果について述べる。


2.今年の南極上空成層圏の様子

 まず始めに、今年の南極上空の成層圏の様子を述べる。昨年9月終わりの突然昇温が起こり、オゾンホールが2つに分裂してしまった状況とは異なり、今年の南極成層圏は現在までのところ大変低温で推移している。図1に示す通り、南極上空高度約20 kmの成層圏では、今年(2003年)の6月半ば以降、オゾンホールが顕在化した1980年代以降で最も気温が低くなっている。この傾向は、9月に入っても持続している。
 成層圏の高度20 km付近の気温が−85℃程度以下まで低下すると、極域特有の氷が主成分の雲が発生すると考えられている。これをタイプ-IIの極成層圏雲(Polar Stratospheric Clouds; PSC)と呼び、オゾンホールの形成に中心的な役割を果たしていると考えられている。
 図2に、ILAS-IIが実際に観測した、南極上空高度20 kmにおけるPSCの出現の様子を示す。このデータからわかるとおり、今年の5月後半以降、南極上空では頻繁にPSCが出現していることがわかる。この発生頻度は、オゾンホールが顕在化した1980年代以降で最大規模となっている。これにより、今年の南極では今後大規模なオゾン破壊が起こる可能性が示唆される。
 

3.ILAS-IIが観測した南極上空でのオゾン破壊

 すでに、米国のEarth-Probe衛星搭載オゾンセンサーTOMSの観測によって、南極上空でオゾン破壊が始まっていることが確認されている(図3)。この衛星センサTOMSの観測では、上空から真下方向の観測を行うため、地上から上空まで合計したオゾン量(オゾン全量)しか捉えることができず、どの高度でオゾンが破壊されているかを確認することは不可能である。
 一方ILAS-IIの今年の観測データ(図4)によると、6月・7月の南極上空でのオゾンの観測値に比べ、8月20-26日の平均値は15〜25 kmで明らかに低い値を示し、この高度で南極上空のオゾン破壊が広い範囲で進行していることが確認された。
 また、図5に示したとおり、ILAS-IIが同時に観測しているオゾンと亜酸化窒素(N2O)と呼ばれるトレーサー(化学的に安定で、光化学反応によって変化しないガス)との相関からも、今年の南極上空のオゾンが広い範囲にわたってすでに8月時点で破壊され始めていることがわかった。大まかに言って、6月と比較して8月のデータではすでに30%のオゾン破壊が見られる。このような、衛星センサからの亜酸化窒素とオゾンの南極域における連続同時観測は、世界に先駆けてILAS-IIによって初めて実現された手法であり、今後オゾン破壊量を定量的に把握する上で貴重なデータを提供できるものと期待される。
 以上述べたとおり、ILAS-IIデータによって、実際にPSCが起こっている高度域(15〜25 km)で、人工起源のフロン等から放出された塩素化合物が活性化され、春の訪れとともに太陽光線が降り注ぐことによるオゾンホールが開始するというメカニズムが、今年の南極上空でもすでに起こり始めていることが確認された。また、オゾンホールが顕在化した1980年代以降で最低気温を記録している今年に関しては、ここ20年来最大のPSCの発生と、成層圏におけるフロン起源の塩素化合物の最大濃度に達する時期とが合致することによって、南極上空において過去最大規模のオゾンホールが今後9〜10月にかけて進行することが予想され、ILAS-IIやTOMSによる一層詳細なオゾン層の監視が期待される。
 

4.今年のオゾンホールの今後の見通し

 オゾンホールは春先(南極上空では9〜10月)に出現するが、夏になるとオゾン破壊反応が起きにくくなり、中緯度の空気と混ざることによって消滅すると考えられている。オゾン破壊反応を停止させる主な物質は、活性なハロゲン化合物と反応する、反応性の高い窒素酸化物(NO, NO2, HNO3, ClONO2, N2O5)であり、その総和をNOyと呼ぶ。しかし、NOyの主成分であるHNO3は極成層圏雲(PSC)が存在すると、その中に溶けた後重力沈降等により成層圏中から失われる。この現象を、脱窒(だっちつ)と呼ぶ。この現象が起こった場合には、少量のオゾン破壊物質(ハロゲン化合物)でも効率良くオゾンを破壊できるようになり、初夏(南極では11〜12月)までオゾン破壊が続くことになる。
 図6は、ILAS-IIが2003年5月(黒)と8月(赤)に測定した高度15〜30 kmにおけるNOyとN2O(亜酸化窒素)の観測値の相関を示す。NOyとN2Oはどちらも空気が運ばれる過程で濃度が保存されるトレーサーであり、互いに強い相関関係があることが知られている。PSCが発生するとHNO3のPSCへの取り込み(脱窒)によってNOy量は大きく減少するが、N2Oは変動しない。このことを利用して、NOyの濃度変動を推定することができる。
 この図から、PSCが発生する前(2003年5月)ではNOyとN2Oは点線で示されるような強い相関関係を持っていたことが分かる。一方、8月になると南極上空のNOyが9割以上減少していたことがILAS-IIによって捉えられた。このような大量の脱窒現象が8月時点の南極上空で観測されたのは、世界初である。
これは南極の今年の冬が例年に比べより低温で推移したことに起因していると考えられる。このことから、今年の南極オゾンホールは例年に比べてもより大きくなり、遅い時期までずれ込むことが予想される。ILAS-IIによる、オゾンや亜酸化窒素の観測も併せた、更なる今後の南極上空の脱窒やPSCの継続的な監視が重要と考えられる。


問い合わせ先:
 
独立行政法人国立環境研究所成層圏オゾン層変動研究プロジェクト衛星観測研究チーム
 総合研究官:中島英彰(029-850-2800)
 主任研究員:杉田考史(029-850-2460)
環境省地球環境局総務部研究調査室
 室長:高橋康夫(03-3581-3351内線6730)
 補佐:竹本明生(03-3581-3351内線6731)
 主査:奈良 税 (03-3581-3351内線6733)



図1〜図6[PDFファイル 160KB]




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