報道発表資料本文

 <参考>疫学調査の方法等の概要


  1. 目的等
      
     スギ花粉症とスギ花粉飛散数及び大気汚染との関係を検討することを目的として、居住地域や生活歴が限定されているため交絡因子が少なく、また集団として把握しやすい小学生を対象に、スギ花粉症症状に関する質問票調査を行うとともに、スギ特異IgE抗体の測定を行った。
     また、近隣の大気汚染物質濃度及びスギ花粉飛散数の調査を行った。
      
      
  2. 方法
      
    (1) 対象:
       宮崎県日向市5小学校及び千葉県2市6小学校(君津市山間部1校、君津市臨海部2校、市川市3校)の全学童(合計4,875名)である。
      
    (2) 調査期間:
       2002年10月〜2003年1月
      
    (3) 質問票調査
       質問票は、各学校を通じて依頼書とともに配布し、保護者に記入してもらい、約1週間後に回収した。質問票はISAAC (The International Study of Asthma and Allergies in Childhood)に準拠して、我が国におけるスギ花粉症の症状を評価できる質問の他、従来の大気汚染に係る疫学調査で用いられてきた「標準呼吸器症状質問票」(ATS-DLD小児版に準拠した環境庁改訂版)をもとに、既往歴、家族歴、家屋内外の生活環境等に関する項目を含めた。
      
    (4) 血液検査
       保護者および本人の承諾の得られた学童を対象に採血を実施し、Uni-CAP法にてスギ特異IgE抗体を測定した。
     なお、0.7 UA/ml以上(クラス2以上)をスギ特異IgE抗体陽性とした。
      
    (5) 解析
       鼻症状や鼻・結膜症状などの症状、スギ特異IgE抗体及び花粉症(鼻症状、鼻・結膜症状)について、大気汚染物質濃度や花粉飛散数との関連を検討した。
     さらに、これらと様々な因子(学年、性、家族歴、既往歴、環境因子等)との関連を詳細に検討するため、それぞれの因子を独立変数として、多重ロジスティック回帰分析を行った。
       解析に用いた症状は下記のとおり
        ・鼻症状:
         スギ花粉の飛散時期である2002年2〜4月に、風邪でないのにくしゃみ、鼻水、鼻閉、鼻のかゆみのうちいずれかが1週間以上持続したもの
      
        ・鼻・結膜症状:
         これらの鼻症状と同時に、眼のかゆみ、充血、流涙、眼がごろごろする感じのいずれかが1週間以上持続したもの
      
        ・花粉症:
         上記の症状があり、かつ血清スギ特異IgE抗体陽性のものをそれぞれ「花粉症(鼻症状)」、「花粉症(鼻・結膜症状)」とした。
      
       大気汚染物質濃度は、各小学校に近接する既存の一般環境大気測定局における浮遊粒子状物質、二酸化窒素、一酸化窒素、二酸化硫黄濃度の平成11〜13年度の3年平均値を用いた。
      
       スギ・ヒノキ科花粉飛散数は、調査地域に最も近い測定点における平成12〜14年の飛散数を用いた。1地域は近隣で花粉飛散数の測定が行われていなかったため、県内でスギ植林状況等の環境が類似した測定点のデータを用いた。
      
       なお、居住地域の大気汚染濃度、スギ・ヒノキ科花粉飛散数と花粉症症状との関係の検討にあたっては、過去の暴露条件が均一となるよう、現在の住所に6年以上継続して居住しているものを解析対象とした。
      
      
  3. 結果
      
    (1) 調査実施状況と対象地域の概況
       質問票の有効回収数は4,473名(回収率91.8%)、採血実施者数は3,539名(実施率72.6%)であり、両者の結果が得られたものは3,528名(72.4%)であった(表1)。 

     調査対象地域の浮遊粒子状物質および二酸化窒素濃度はいずれも宮崎県日向市が最も低く、次いで千葉県君津市山間部、君津市臨海部の順であり、市川市が最も高濃度であった(表2)。

     調査対象地域に近接する測定点におけるスギ・ヒノキ科花粉飛散数は年により差がみられたが、3年間を通じて富里市(君津市山間部と対応)が最も多く、次いで木更津市(君津市臨海部と対応)、市川市の順であった。宮崎県延岡市(日向市と対応)は3年間ともに千葉県に比して花粉飛散数は少なかった(表3)。
      
    (2) 鼻症状有症率、鼻・結膜症状有症率
       2〜4月に1週間以上持続する鼻症状及び鼻・結膜症状のいずれも、
      
      花粉飛散数との関係では、全体としては、花粉飛散数の増加とともに有症率が高くなる傾向がみられたが、浮遊粒子状物質濃度が最も高い市川市では花粉数が比較的少ないにもかかわらず有症率が高かった。
      大気汚染との関係では、全体としては、浮遊粒子状物質濃度の増加とともに有症率が高くなる傾向がみられたが、花粉飛散数が最も多い君津市山間部では、浮遊粒子状物質濃度が比較的低いにもかかわらず有症率が高かった。
      
    (3) 血清スギ特異IgE抗体陽性率(図2)
       各地域のスギ特異IgE抗体陽性率についても、鼻症状有症率及び鼻・結膜症状有症率と全く同様に、男女ともに花粉飛散数の増加及び浮遊粒子状物質濃度の増加とともに高くなる傾向がみられた。
      
    (4) 花粉症有症率(図3)
       各地域の花粉症(鼻症状)及び花粉症(鼻・結膜症状)の有症率についても、花粉飛散数の増加、大気汚染濃度の上昇とともに高くなる傾向がみられたが、花粉飛散数との関係では市川市、浮遊粒子状物質濃度との関係では君津市山間部の有症率がこれらの傾向とは異なっていた。
      
    (5) 多重ロジスティック回帰分析による検討(表4)
      [1]  花粉症有症率と居住地域との関係を検討するために、様々な因子とともに居住地域を独立変数として多重ロジスティック回帰分析による検討を行った。
         花粉症(鼻症状)については、
          有症率が最も低い日向市を1とすると、君津市山間部、市川市のオッズ比はそれぞれ3.10、1.65であるとともに、統計学的に有意であった。
      
          様々な因子のうち、統計学的に有意であった因子は、
     学年(6年生/1年生のオッズ比1.79)
     兄弟姉妹(第1子/第2子以降のオッズ比1.98)
     両親のアレルギー(あり/なしのオッズ比2.26)
    であった。
      
         花粉症(鼻・結膜症状)については、
          有症率が最も低い日向市を1とすると、君津市山間部、市川市のオッズ比はそれぞれ2.05、1.70であるとともに、統計学的に有意であった。(表4(2))
      
          様々な因子のうち、統計学的に有意であった因子は、
     兄弟姉妹(第1子/第2子以降のオッズ比2.04)
     両親のアレルギー(あり/なしのオッズ比2.47)
     居間の床(板張り/その他のオッズ比1.50)
    であった。
      
      [2]  花粉症有症率と花粉飛散数及び浮遊粒子状物質濃度との関係を検討するために、様々な因子とともに花粉飛散数及び浮遊粒子状物質濃度を独立変数として多重ロジスティック回帰分析による検討を行った。
         花粉症(鼻症状)について、
          花粉飛散数との関連については、最大/最小のオッズ比が3.28であり、統計学的に有意であった。
      
          浮遊粒子状物質濃度との関連については、最大/最小のオッズ比が2.33であり、統計学的に有意であった。
      
          様々な因子のうち、統計学的に有意であった因子は、
     学年(6年生/1年生のオッズ比1.84)
     兄弟姉妹(第1子/第2子以降のオッズ比1.97)
     両親のアレルギー(あり/なしのオッズ比2.27)
    であった。
      
         花粉症(鼻・結膜症状)については、
          花粉飛散数との関連については、最大/最小のオッズ比が3.49であり、統計学的に有意であった。
      
          浮遊粒子状物質濃度との関連については、最大/最小のオッズ比が1.49であり、統計学的に有意ではなかった。
      
          様々な因子のうち、統計学的に有意であった因子は、
     兄弟姉妹(第1子/第2子以降のオッズ比2.04)
     両親のアレルギー(あり/なしのオッズ比2.49)
     居間の床(板張り/その他のオッズ比1.48)
    であった。
      
      
  4. 考察
      
     スギ特異IgE抗体陽性率及び花粉症有症率と花粉飛散数との関係については、花粉飛散数が多い地域ほど高い傾向を示し、花粉飛散数の影響を受けることが明らかとなった。ただし、市川市では花粉飛散数が少ないにもかかわらずスギ特異IgE抗体陽性率、花粉症有症率ともに高いことから、花粉以外の因子の影響が示唆された。
     
     一方、スギ特異IgE抗体陽性率及び花粉症有症率と大気汚染物質濃度との関係については、浮遊粒子状物質濃度が高い地域ほど高い傾向を示したものの、浮遊粒子状物質濃度が低いにもかかわらず、スギ特異IgE抗体陽性率、花粉症有症率ともに高い地域もあったことから、その関連については明確な結論は得られなかった。
     
     多重ロジスティック回帰分析により関連要因を調整したところ、花粉症(鼻症状)有症率及び花粉症(鼻・結膜症状)有症率のいずれも花粉飛散数との関連が強く、統計学的に有意であったが、浮遊粒子状物質濃度との関係については、花粉症(鼻症状)との関連については、統計学的に有意であったものの、花粉症(鼻・結膜症状)との関連については、統計学的に有意ではなく、その関連について明確な結論は得られなかった。
     
     これらの結果より、花粉症(鼻症状及び鼻・結膜症状)は居住地域の花粉飛散数の影響を受けることが明らかとなった一方、大気汚染との関連については、明確な結論は得られなかった。
     
     今回はわずか4地域の小学生を対象としたものであり、花粉症と大気汚染との関連を明らかにするためには、大都市圏等の大気汚染濃度がさらに高い地域を対象に含めるなど、引き続き検討を進める必要があると考えられた。
     また、同一小学校を対象として継続的な調査を行うことにより、断面調査だけでは把握することのできない新規発症を評価し、花粉飛散数、大気汚染物質濃度等の環境因子との関連性を解明する必要があると考えられた。

     


 

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