報道発表資料本文


3.報告内容の要点と解説

(1)究極的目標としての大気中二酸化炭素濃度または温室効果ガスの二酸化炭素換算濃
度の安定化の考え方

危険な人為的影響を気候系に及ぼさないような大気中の温室効果ガス(以下「GHG」)
濃度、すなわち究極的目標としての安定化水準について、現在得られている科学的な見地
からはGHG濃度550ppmv以下ならば危険がない水準と判定することはできず、より低い濃
度水準を含めさらに検討が必要である。また、行政的な観点から安定化水準を判断しよう
とする場合には、特に以下の事項に留意する必要がある。

{1} 気候変動の影響に関して現時点で得られている科学的知見は、予想される影響の一部
を評価したにすぎず、まだ未知の影響も多いと考えられる。このため、気候変動による影
響は、これまでに明らかにされた検討成果と比べてより深刻なものである可能性がある。

{2} 気候変動による影響は、必ずしも徐々に連続的に発現するものではなく、また、一度
影響が発現した後では従前の状態に戻すことが不可能な場合が多く、取り返しのつかない
被害を生じるおそれがある。また、GHGの排出から気候変動の影響が現実化するまでに
は相当の遅れがある。このため、確実な変化の検出を待って対策を行うのでは手遅れとな
る。

{3} 気候変動の影響は地域により大きく異なり、他の地域と比べて著しい影響を受ける地
域が生ずる場合もある。特に、途上国、小島嶼国等は、気候変動の悪影響に対して脆弱で
あることを十分考慮すべきである。

(2)温室効果ガスの排出回廊の考え方

最近の議定書交渉の過程において、数量的な排出削減目標の検討に際しては、生態系等に
破滅的な影響を及ぼさないように、究極的な安定化水準や気温上昇の大きさのみならず、
そこに至る気温や海面上昇の変化速度を一定範囲以内に抑えるべきであり、そのために
は、経年的なGHGの排出量に制限を課し、今後の年々排出量の推移がある幅(回廊: 
corridor)の中に収まるように制限するべきという「排出回廊」の考え方が提示された。

本委員会では、国立環境研究所及び名古屋大学により開発が進められているアジア太平洋
温暖化対策統合評価モデル(以下「AIMモデル」)を中心として排出回廊の検討を行っ
た。その結果、排出回廊の考え方が承認できるならば、現在検討されているGHG排出目
標の設定に大変有効なガイドラインを与えるととし、以下のような指摘を行った。

{1} AIMモデルにおいては、0.1℃/10年以下または0.2℃/10年という10年単位の期間に
おける気温上昇速度をGHG排出量の許容範囲としている。しかし、予想される環境変化
の速度が生態系に相当厳しいストレスを与えると考えられており、これで十分に許容可能
な気温上昇速度かとうか、その妥当性についてさらに検討を深める必要ある。

{2} 一方、海水面が急激に上昇した場合、湿地帯及びマングローブ林は、背後に人工構造
物がある場合には後背地への移動が行えないため消失する危険性がある。また、海水温の
上昇によりサンゴの「白化現象」が発生しサンゴ礁に悪影響を及ぼすことが懸念される。

{3} 海水面の上昇に伴い、沿岸部の地下水への海水の混入等により、住民生活に深刻な影
響が生じる。また、土壌侵食、海水飛沫による塩害、台風による高潮等も深刻な問題とな
りつつある。なお、沿岸域の人工構造物への影響については、具体的な定量的予測が可能
である。

{4} このように、海水面の上昇による水資源やインフラへの影響については、生態系への
影響と比べてより具体的かつ定量的な影響の評価が可能であり、政策判断を行う際の重要
な考慮要素になり得ると考えられる。また、地球温暖化に伴う降水パターンの変化や蒸発
散の増加により、水資源に悪影響が生じ、その結果、今日でも水質及び水供給の面で問題
を抱えている地域では、極めて深刻な影響が生じる可能性があることにも十分な配慮が必
要である。

(3)バスケット・アプローチ等の考え方

GHGの排出抑制対策を考える場合、それぞれのガスごとに目標を設定するガスバイガ
ス・アプローチと、地球温暖化係数(Global Warming Potential、以下「GWP」)を用
いて全てのGHGを合算したGHG全体の目標を設定するバスケット・アプローチの2つ
のアプローチがある。
本委員会では、この2つについて検討し、以下の事項に留意する必要があると考えた。

{1} GWPは未だ完成された概念ではない。また、CO2については、燃料起源の固定発
生源に関しては発生源及び対応策の特定が比較的容易なものが多いが、CO2以外の
GHGについては発生源の特定や十分な精度の発生量推定が困難である場合が多い。

{2} こうしたことから、科学的な観点からは、GHG対策としてガスバイガス・アプロー
チをとることが好ましく、バスケット・アプローチに対しては慎重であることが望まれ
る。

{3} 政策的観点から今後GWPを用いたバスケット・アプローチを採用しようとする場合
には、最新の科学的知見を踏まえ、気候変動枠組条約の締約国間で検討を行い、GWPの
定義、計算方法、政策判断への利用の方法及びその限界等について合意する必要がある。

{4} ただし、ガスバイガスアプローチを採用する場合にあっては、CO2以外のGHGの
削減に対しても適切なインセンティブを与える必要があり、また、各国による全ての
GHG対策が適切に評価され、全てのGHGの対策ができる限り国際的に強化されるよう
な工夫が必要である。


(4)現在得られている科学的知見に基づく政策決定のあり方

<行政目標の設定に際しての考慮事項>
地球温暖化問題の特性を考慮すれば、科学的知見の集積を待って対策を強化するのでは手
遅れになるおそれがあり、「後悔しない対策( no regret measures)」は当然のこととし
て、さらに予防的措置としての「費用効果の高い対策」等、現時点で正当化し得る対策か
ら直ちに実施していくことが合理性を持つ。

このような観点から当面の措置として行政上の目標を設定しようとする場合には、最新の
科学的知見を最大限活かしつつ、その時点で最も合理的と考えられる目標について段階的
に合意しつつ、気候変動枠組条約の目的を最終的に達成するより厳しい目標の設定に向け
て、以下の事項に留意しつつ国際的な協議の場等を通じて継続的に協議・交渉することが
重要である。

{1} 予防原則に立って、合理的に説明可能な限り安全サイドにたった目標を設定するよう
協議・交渉を行うこと。すなわち、先進国にあっては、2000年以降におけるCO2等の
GHGの排出量の削減目標を明確に設定するべきであること。

{2} 安全サイドに立ったリスク管理が必要であり、政策判断を行う場合には、例えば台風
のような局地的に発生する現象、異常気象のような発生頻度の少ない極端な気象現象によ
る影響のように、これまで十分に予測と評価がなされていない事象についても視野に入れ
るよう努めること。

{3} 究極の目標の達成に極めて長い時間が必要とされることから、目標のあり方だけでな
く、それに至る経路で生じる事態に対しても十分な配慮を加えるべきこと。

{4} 行政目標の設定に当たっては、科学的観点からの対策の必要性とともに、技術的、経
済的観点にたった対策実施の現状や将来の可能性についても併せて考慮されるべきこと。
特に、既に技術的には実施可能な多くの対策が未だ十分実施されていない点、及び今後の
技術革新の促進に向けてた強力なインセンティブが重要である点につき、積極的な考慮が
必要と考える。



                                  別紙
地球温暖化問題検討委員会名簿
(五十音順)
                            平成8年5月現在

      秋元  肇 東京大学先端科学技術研究センター教授
      天野 明弘 関西学院大学総合政策学部学部長
      内嶋善兵衛 宮崎公立大学学長
      大島 康行 (財)自然環境研究センター理事長
      加藤 三郎 環境・文明研究所所長
      茅  陽一 慶応義塾大学大学院政策メディア研究科教授
 <座長> 北野  康 名古屋大学名誉教授
      熊崎  実 筑波大学農林学系教授
      田中 正之 東北大学理学部教授
      時岡 達志 気象庁気候・海洋気象部気候情報課課長
      西岡 秀三 国立環境研究所地球環境研究グループ統括研究官
      橋本 道夫 (社)海外協力センター顧問
      藤森 隆郎 森林総合研究所森林環境部部長
      松尾 友矩 東京大学工学部教授
      松野 太郎 北海道大学大学院地球環境科学研究科教授
      陽  捷行 国際農林水産業研究センター環境資源部部長
      三村 信男 茨城大学広域水圏環境科学教育センター教授
      森杉 壽芳 岐阜大学工学部教授
      吉野 正敏 愛知大学文学部教授





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