第4節 地球のいのちの行方を決める生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)

1 大きな転換期を迎えた国際社会

 生物多様性条約は、1992年(平成4年)にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)で気候変動枠組条約とともに署名が開始されました。そのため、この2つの条約は双子の条約ともいわれます。現在、生物多様性条約には193の国と地域が、気候変動枠組条約には192の国と地域が、それぞれ加盟しています。この2つの条約には地球上のほとんどの国が参加していることとなり、国際的な関心の高さが分かります。条約の締約国には生物多様性国家戦略を定めることが義務付けられており、現在170の国が国家戦略を策定しています。

 1993年(平成5年)に生物多様性条約が発効して以降、国際社会での取組が進んできました。「対話から行動へ」をテーマに2002年(平成14年)にオランダのハーグで開催された生物多様性条約COP6では、「生物多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させる」という「2010年目標」を含む「生物多様性条約戦略計画」が採択されました。COP10で2010年目標の達成状況を評価するため、2010(平成22年)年5月に条約事務局が公表した「地球規模生物多様性概況第3版(GBO3)」では、世界の生物多様性の状況を表す15の指標のうち9の指標で悪化傾向であることが示されるなど、「2010年目標は達成されず、生物多様性は引き続き減少している」と評価されています。


国際的な取組の経緯と動向

2 2010年と生物多様性条約COP10の意義

 2010年(平成22年)に開催されるCOP10では、2010年目標を評価するとともに、それをもとに2010年以降の生物多様性に関する新たな世界目標、いわゆる「ポスト2010年目標」が議論されます。

 また、2006年(平成18年)の国連総会で、2010年(平成22年)を「国際生物多様性年(IYB: International Year of Biodiversity)」とすることが決定されました。生物多様性条約事務局が国際生物多様性年の担当機関とされており、生物多様性条約の3つの目的([1]生物多様性の保全、[2]生物多様性の構成要素の持続可能な利用、[3]遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分)とポスト2010年目標を達成するための認識を高めることや、国家的な委員会を設置して国際生物多様性年の式典を挙行することなどを締約国に求めています。さらに、同年9月には国連総会で生物多様性に関する首脳級のハイレベル会合が予定されています。この国際的にも大きな節目となる年に、今後の世界の生物多様性の行く末を決定する国際会議が日本で開催されることになります。

 COP10では、ポスト2010年目標以外にも重要な議題が予定されています。COP10までに国際的な枠組みの検討を完了するとされている遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS: Access and Benefit Sharing)もその一つです。生物多様性条約では、各国は、自国の天然資源に対して主権的権利を有するものと認められ、遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分することが条約の第3の目的とされています。ABSとは、遺伝資源の利用から生じた利益が生物多様性の保全と持続可能な利用に資するものとなるよう、遺伝資源の利用者が円滑に提供国の遺伝資源にアクセスできる仕組みを整え、同時に利用者がその遺伝資源から得た利益を、提供国に対しても公正かつ衡平に配分することを目指すものです。

 ABSの国際的な枠組みが、遺伝資源への円滑なアクセスを確保し、遺伝資源から開発された医薬品等による人類の福利への貢献と、得られた利益の適切な配分による世界的な生物多様性の保全の推進に資する仕組みとなることが重要です。現在、生物多様性条約のもとで関係国が検討を進めており、COP10の議長国であるわが国は、交渉の進展に向けてリーダーシップを発揮していくことが求められています。

 そのほかにも、生物多様性の持続可能な利用、保護地域、ビジネスと生物多様性、広報普及啓発及び国際生物多様性年等が主な議題として予定されています。COP10は、生物多様性条約の3つの目標に対応した国際的な枠組や取組に道筋を付ける重要な場となります。


COP10で議論が予定される主なテーマ


生物多様性条約採択前の遺伝資源の利用に関連する先進国と途上国の関係

3 議長国としての日本の責任

(1)日本の経験を踏まえた国際貢献

 わが国は議長国としてCOP10を成功させるだけでなく、日本の経験を踏まえた提案を行うことなどを通じ、会議の成果を実りあるものとしていく必要があります。COP10の主要議題であるポスト2010年目標の設定に関連して、これまでの2010年目標は、目標自体が抽象的で明確さに欠け、客観的・数値的な評価を行える手法がなく、危機意識をもって緊急の対策を行うことへの理解が得られないものであったという点が指摘されています。COP9では、ポスト2010年目標について、意欲的かつ現実的で、計測可能な目標として2020年までの短期目標と2050年までの中長期目標を設定し、分かりやすく行動指向的なものとすることが決議されています。これらを踏まえ、平成22年1月に、わが国の経験を踏まえた「ポスト2010年目標に関する日本提案」を条約事務局へ提出しました。日本提案では、2050年までに自然との共生を実現し生物多様性の状況を現状以上に豊かなものとする中長期目標(Vision)と、生物多様性の損失を止めるために、2020年までに行う行動を示した短期目標(Mission)を提案しています。短期目標の下に9つの個別目標(Sub-Target)を提示し、その下の34の具体的な達成手法(Means)を多くの具体的な例示とともに示し、可能なものについては数値指標を提案しています。


生物多様性条約ポスト2010年目標に関する日本提案

(2)国際的な動向の国内施策への反映と加速

 日本政府は生物多様性条約に基づき、これまで平成7年、14年、19年と3次にわたり生物多様性国家戦略を策定してきました。その後、20年6月に施行された生物多様性基本法では、政府が生物多様性国家戦略を策定することを国内の法律で義務付けました。さらに、22年3月には、生物多様性基本法に基づく初の生物多様性国家戦略となる「生物多様性国家戦略2010」を策定しました。

 生物多様性国家戦略2010は大きく2部構成となっています。第1部は戦略本体と呼ぶべき部分で、生物多様性とは何か、その重要性などの現状認識を確認した後、わが国の生物多様性に影響を与えている課題として4つの危機を整理し、おおむね平成24年度までに重点的に取り組むべき施策の大きな方向性となる4つの基本戦略などを整理しています。今回、ポスト2010年目標の日本提案を盛り込んだことから、おおむね2012年度(平成24年度)、2020年、2050年、2110年と段階的かつ長期的に戦略を進めていく道筋ができました。

 第2部は戦略を実現していくための具体的な行動計画として各種の施策を体系的に記述しており、実施省庁を明記した具体的施策の数は、第三次生物多様性国家戦略の約660から約720に、数値目標の数は34から35にそれぞれ増加しています。わが国は生物多様性国家戦略2010に盛り込まれたこれらの施策を着実に実行することで、COP10に向けて国内外の施策を推進していきます。


生物多様性国家戦略2010の概要


生物多様性の回復イメージ

(3)一過性ではなく、市民生活に根付くきっかけに

 平成21年に内閣府が実施した世論調査によると、生物多様性という言葉の認知度(「聞いたことがある」あるいは「言葉の意味を知っている」人の割合)は全国で36.4%にとどまるという結果が出ています。5年前の16年に環境省が同様の調査を行った結果(30.2%)に比べやや増加していますが、引き続き認知度を上げていく必要があります。


「生物多様性」という言葉の認知度

 COP10はわが国で開催される生物多様性に関する初の大規模な国際会議となります。1997年(平成9年)に気候変動枠組条約第3回締約国会議が京都で開催されたことをきっかけに、国内での地球温暖化問題に対する認知度や取組は大きく前進しました。生物多様性条約のCOP10も、生物多様性に対する認知度の向上とともに、生物多様性の社会における主流化を推進する絶好のチャンスとなります。

 環境省は、「国際生物多様性年国内委員会」を平成22年1月に設立しました。国内委員会の中に設置した学識者、経済界、マスコミ、文化人、NGO等で構成する「地球生きもの委員会」で記念行事や活動等の方針を検討していきます。

4 世界へ広げる自然共生の知恵と心

 生物多様性の保全にとっては、原生的な姿で維持されてきた自然だけでなく、長い年月にわたる持続可能な農林業などの人間の営みを通じ形成・維持されてきた二次的な自然が果たす役割も同じく重要です。しかしながら、これらの二次的な自然は、そこから得られる生態系サービスと合わせ、都市化や産業の発展、地方人口の急激な変化や高齢化など近年発生しているさまざまな事情により、その持続性が危ぶまれ、もしくはすでに失われてしまったところも多くあります。こうした地域は世界各地に存在し、例えば、フィリピンではムヨン(muyong)やウマ(uma)、パヨ(payoh)、韓国ではマウル(mauel)、スペンインではデヘサ(dehesa)、フランスではテロワール(terroirs)、マラウィやザンビアではチテメネ(chitemene)、日本では里地里山と呼ばれていますが、地域の気候、地形、文化、社会経済などの条件により、その特徴はさまざまです。これらの地域において生物多様性の保全やその持続可能な利用を進めていくためには、二次的な自然の価値を認め、その維持保全を図ることの重要性を世界的に共有しつつ、それぞれの地域の特性に則した対策を講じることにより、自然共生社会を実現していくことが重要です。

 具体的には、各地域における持続可能な生物資源の利用・管理の方法、直面する問題とその克服の方法を世界的に共有、分析しあうとともに、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する既存の諸原則を踏まえて、地方政府、国際機関、NGOの間での連携による関係者の能力向上や二国間や多国間のODAプロジェクトの実施が有効です。これをわが国はSATOYAMAイニシアティブとして提唱しており、COP10を契機に多様な主体の参加によるパートナーシップを立ち上げるなど国際的な連携の強化、取組の拡大を呼びかけ、取組を推進していくこととしています。

 わが国は、歴史的にも、食材などは身の回りから調達する「四里四方」という考え方に代表されるように、比較的限られた生活圏の中で自然との共生を模索した暮らしが営まれていました。生物多様性に限らず気候変動、3Rなど、今日、人類が直面するさまざまな問題を解決するには、地球という閉じた世界でどの様に生活をするべきかが問われているともいえます。日本の里地里山に代表されるような地域の自然と調和した暮らし方は、その問題解決の一つの可能性です。しかし、我々日本人自身も今日の便利な生活を変えることは容易ではありませんし、日本という枠にとらわれずグローバルな視点をもつ必要があります。循環型社会に向けた考え方の一つに、3R(リデュース・リユース・リサイクル)に根ざしたライフスタイルやビジネススタイルへの変換「Re-style(リ・スタイル)」があります。自然共生社会を実現するためには、現代の社会経済状況に応じたリ・スタイルが必要です。

 COP10のロゴマークは、折り紙をモチーフにデザインされました。折り紙は日本の智恵と文化を象徴しています。中央に人間を配置することにより、人類と多様な生きものとの共生を表現しています。また、人間の親子は、豊かな生物多様性を未来に引き継いでいこうという思いを表現しています。生物多様性を含む今後の地球環境を考えるには、わが国がポスト2010年目標の中長期目標で提案したように、自然との共生を世界中で広く実現させるという考え方が重要です。そのためには、このロゴマークを掲げるCOP10においてSATOYAMAイニシアティブを広く世界に発信するとともに、COP10をきっかけに国内における取組を推進していきます。


COP10ロゴマーク



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