第2章 低炭素社会の構築に向けて歩む世界の潮流

<第2章の要約>

 世界は今、化石エネルギー消費等に伴う温室効果ガスの排出量を大幅に削減し、世界全体の排出量を自然界の吸収量と同等レベルにするとともに、生活の豊かさを実感できる社会、すなわち低炭素社会の構築に向けて、歩みを始めています。ここでは、低炭素社会の構築に向けて進む世界の潮流を、市場経済と暮らしの側面から見ていきます。

第1節 地球温暖化と市場経済

 地球温暖化を始めとする環境問題への認識が高まるにつれ、世界各地で、経済の付加価値が拡大しても環境負荷を増大させないような、持続可能な社会の枠組みが徐々に姿を現してきています。さらに、一歩進めて、環境を良くすることが経済を発展させ、経済が活性化することによって環境も良くなっていくような環境と経済の好循環を生み出していくことを目指す取組も始まっています。

1 環境ビジネス市場の拡大

(1) 拡大する環境ビジネス市場

 近年、環境に関連したビジネスが活発になっています。アメリカのEnvironmental Business International社の推計によると、世界の環境ビジネス市場は、2006年に約6920億ドルの規模となっており、1996年からの10年間で約1.4倍に成長したとされています。

 このうち、市場の8割以上を占めるとされている、アメリカ、西ヨーロッパ、日本などの先進国地域における環境ビジネスには長い歴史があります。これらの地域においては、環境規制の導入等がインセンティブとなり、1980年代に大気汚染、水処理、廃棄物などの分野におけるビジネスが成長しました。近年は、この分野は比較的緩やかな成長となっていますが、地球温暖化対策などに伴い、省エネルギーや再生可能エネルギーの分野が成長を牽引しています。その他のアジアなどの発展途上国においては、経済発展に伴って増大する環境負荷を相殺すべく、現在市場が成長してきており、今後も年率10%前後の成長が予測されています。同社の推計では、2006年の世界の環境ビジネス市場の成長率は4.7%とされており、今後も市場が拡大していくことが予想されています。

 なお、我が国の環境ビジネスの市場・雇用規模については、環境省において、OECDの環境分類に基づき、調査を行っています。その結果、この環境ビジネスの市場規模は、2000年の30兆円から2006年には45兆円になりました。

 環境ビジネスの成長は、環境負荷の低減だけではなく、技術革新、雇用創出、国際競争力の強化など、経済にとって大きな付加価値を生み出すことにつながります。今後も、環境を企業の価値・利益につなげ、環境と経済が両立された社会の実現に資する環境ビジネスのさらなる成長が期待されています。


世界の環境ビジネス市場の推移


(2) 加速する再生可能エネルギー 

 ア 再生可能エネルギーの導入状況

 二酸化炭素の排出量を削減するには、化石燃料への依存から脱却し、エネルギー源を見直すことが必要となります。そこで、各国の積極的な導入促進施策の下、再生可能エネルギーの普及に向けた動きが世界で加速しています。国際エネルギー機関(IEA)の統計によると、再生可能エネルギーによる発電量は、1990年から2005年までに世界全体で、風力は24.8%、太陽光は7.6%増加したとされています。

 太陽光発電について見てみると、2006年の発電容量ベースの累積導入量でも、太陽光発電システム年間設置量でもドイツは我が国を追い抜き世界第1位となっています。2006年の太陽光発電導入量の対前年伸び率は、我が国は1%減となっていますが、特にスペイン(198%)、メキシコ(106%)、イタリア(84%)、アメリカ(41%)で増加率が高く、導入が加速しています。


太陽光発電累積導入量の推移及び太陽光発電導入量の年増加率

 風力発電について見てみると、2006年の累積設備能力では、ドイツが世界第1位、スペインが第2位となっており、我が国は世界第13位となっています。


世界の風力発電設備能力(2006年)


 イ 再生可能エネルギー市場の拡大

 各国の政策的な支援に加え、原油高により再生可能エネルギーの事業採算性が高まっていることも背景となり、世界の再生可能エネルギー市場は近年急速な成長を続けています。また、それに伴い、生産過程から流通、サービス過程に至るまで、再生可能エネルギーに関する様々なビジネスが生まれています。

 国連環境計画(UNEP)の「持続可能なエネルギー投資に関する世界の投資トレンド調査報告書2007」によると、2006年の世界における再生可能エネルギーへの投資額は、前年から43%増の約710億ドルと報告されています。種類別では、風力への投資が最も多く(38%)、バイオ燃料(26%)、太陽光(16%)がそれに続いています。


世界の再生可能エネルギーへの投資額の推移と種類別の投資割合


2 経済的手法を活用した制度の創設・進展

 経済社会活動を持続可能なものとしていく上で、市場メカニズムを活用する方法は有効な手段の一つとされ、近年、税制や排出量取引制度(後述)などの導入や検討が世界のいくつかの国で行われています。

 税制については、OECDが、税の名称や課税目的、税収使途の如何、温室効果ガスの排出削減に係る経済的手法として位置付けられているかを問わず、環境関連物品(ガソリン等のエネルギー物品、自動車等の輸送機器、廃棄物等)に対して課税される政府への強制的、一方的な支払いを、「環境関連税制」と定義しており、我が国を含めすべてのOECD諸国において「環境関連税制」が存在しています。OECDの統計によると、2004年の総税収における「環境関連税制」からの収入の比率は、OECD諸国平均で5.8%(日本は6.4%)、GDPに占める「環境関連税制」からの収入の比率は1.8%(日本は1.7%)となっています。

 我が国においては、地球温暖化問題の高まりを背景に、バイオ燃料導入促進税制や既存住宅の省エネ改修促進税制の創設、自動車税のグリーン化、自動車取得税の低燃費車特例、エネルギー需給構造改革推進投資促進税制の強化など、地球温暖化対策のための税制の推進が図られてきています。また、環境税については、平成20年3月に改定した京都議定書目標達成計画において「国民に広く負担を求めることになるため、地球温暖化対策全体の中での具体的な位置付け、その効果、国民経済や産業の国際競争力に与える影響、諸外国における取組の現状などを踏まえて、国民、事業者などの理解と協力を得るように努めながら、真摯に総合的な検討を進めていくべき課題である」とされています。

 欧州に目を向けると、ガソリン、石炭、天然ガス等に課税し、その消費に伴う二酸化炭素の排出を抑制すること等を目的とした税が一部導入されてきています。


GDPに占める「環境関連税制」からの収入の比率(1995年、2000年、2005年)


3 排出量取引市場の発展

 2005年の京都議定書の発効による京都クレジットの取引の本格化とEU域内排出量取引制度(EU-ETS)等の創設により、世界の排出量取引市場は近年大きく拡大しています。世界銀行の報告書によると、2007年には取引量は約30億トン(二酸化炭素換算)、取引額は2006年の約2倍の640億ドルとなっており、価格が付いたCO2削減量という新たな価値と価値の取引市場の形成が今、世界で始まっています。


(1) 現在の排出量取引市場

 現在の排出量取引市場は、京都議定書の京都メカニズムに基づくクレジットを取引する市場、EU-ETS市場、その他の各国・各地域の排出量取引制度による市場がそれぞれ存在している状態です。


 ア 京都メカニズムに基づく取引市場

 京都メカニズムとは、市場メカニズムを活用して京都議定書を批准した先進国としての削減約束を達成する仕組みであり、クリーン開発メカニズム(CDM)、共同実施(JI)及び国際排出量取引の3つの手法があります。この京都メカニズムの対象となる取得・移転が可能な排出枠・クレジットは、各国に初期割当される排出枠(AAU)、JIで発行されるクレジット(ERU)、CDMで発行されるクレジット(CER)、国内吸収源活動によるクレジット(RMU)と定められています。現在の京都メカニズムに基づく取引市場では、CERの取引が最も盛んであり、取引量の約9割を占めています。また登録済みCDMプロジェクトの種類を見てみると、バイオマス、水力、風力などの再生可能エネルギーに係る案件が多くなっています。


世界の排出量取引市場の取引量と取引額


京都メカニズムの概要


登録済みCDMプロジェクトの種類別件数


 イ EU-ETS市場

 EU-ETSは、EU全域を対象とした多国間排出量取引制度であり、EUにおける京都議定書の目標達成手段として2005年1月に導入され、現在、第1フェーズ(2005年~2007年)が終了し、第2フェーズ(2008年~2012年)の段階に入っています。第1フェーズでは、発電所、石油精製等のエネルギー多消費施設を対象とし、加盟各国は、排出枠の国家配分計画(NAP)を作成し、EU委員会の承認を受けた上で、それらの対象施設に排出枠(EU-Allowance)を交付し、排出量を抑制することを制度的に義務付けました(いわゆる「キャップ・アンド・トレード方式」)。第2フェーズにおいては、2005年の排出実績比で5.7%削減された割当が行われており、各施設に一層の排出削減を求めるものとなっています。


EU域内排出量取引制度(EU-ETS)の概要


 ウ その他の国・地域の排出量取引制度

 排出量取引制度導入の動きは、その他の国々にも広がりつつあります。ニュージーランドでは2008年から森林分野で実施し、順次拡大することとされており、オーストラリアやカナダにおいては、2010年から導入するとの政府の方針が示されています。また、アメリカの連邦議会においては、温室効果ガスの排出規制に係る法案が複数提出されていますが、このうち排出量取引制度の導入を柱とする法律案の一つが2007年12月に上院環境・公共事業委員会で可決されているほか、一部の州では制度開始が予定されています。ほかにも、アメリカには、自主参加型の排出量取引制度として、民間企業主導のシカゴ気候取引所(CCX)が2003年から始動しており、電力会社、製造業、自治体等300を超える主体が参加しています。


(2) 我が国における排出量取引制度の検討

 環境省では、平成17年度から「自主参加型国内排出量取引制度」を開始しています。また、国内排出量取引制度については、京都議定書目標達成計画において「中期的な我が国の温暖化に係る戦略を実現するという観点も含め、2007年度の評価・検証により見込まれる、産業部門の対策の柱である「自主行動計画の拡大・強化」による相当な排出削減効果を十分に踏まえた上で、他の手法との比較やその効果、産業活動や国民経済に与える影響、国際的な動向等の幅広い論点について、具体案の評価、導入の妥当性を含め、総合的に検討していくべき課題である」とされています。環境省では、平成20年1月に「国内排出量取引制度検討会」を設置し、我が国の実情を踏まえた具体的な制度設計の在り方の検討を行っています。また、経済産業省においても、「地球温暖化対応のための経済的手法研究会」において、主として2013年以降の排出削減を念頭に置いた、国内排出量取引制度を含む経済的手法について幅広い検討が行われています。さらに、平成20年2月に福田内閣総理大臣が有識者を参集し、設置された「地球温暖化問題に関する懇談会」においても、国内排出量取引制度や環境税は検討課題に取り上げられています。


(3) 世界の排出量取引市場の今後

 世界では、世界規模の市場創設の動きが活発化しています。EU-ETSは、他の国や地域の排出量取引制度との連携を強め、第2フェーズからは、EU域外であるノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインとも連携した排出量取引市場を形成しています。また、2007年10月に、EU、米国の10州、カナダの2州、ニュージーランド、ノルウェーの参加のもとに、「国際炭素行動パートナーシップ」(ICAP)が発足し、排出量取引の国際市場の創設に向けた検討を盛り込んだ共同宣言が採択されました。排出量取引制度を今後導入する国・地域が増加することが予想され、注目していく必要があります。

4 カーボン・オフセット市場の広がり

(1) カーボン・オフセット市場の進展

 近年、自主的な「カーボン・オフセット」への取組が世界で活発化しています。カーボン・オフセットとは、市民、企業、NGO/NPO、自治体、政府等の社会の構成員が、自らの温室効果ガスの排出量を認識し、主体的にこれを削減する努力を行うとともに、削減が困難な部分の排出量について、他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等(以下「クレジット」という。)を購入すること又は他の場所で排出削減・吸収を実現するプロジェクトや活動を実施すること等により、自らの排出量の全部又は一部を埋め合わせることをいい、我が国でも民間での取組が始まりつつあります。

 カーボン・オフセットには、京都メカニズムに基づくクレジット以外にも、独自に検証されたクレジット(VER)が利用されていますが、そのようなVER市場の規模は、世界銀行の報告書によると、2006年から2007年にかけて大きく拡大し、取引量は世界全体で4,200万トン(二酸化炭素換算)、取引額は約2億7千万ドルに成長したとされています。


(2) 我が国におけるカーボン・オフセットの検討 

 環境省では、平成19年9月からカーボン・オフセットの在り方に関する検討会を開催し、カーボン・オフセットに関する理解を広め、取組に対する信頼性を構築し、取組を促進する基盤を確立することなどを目的として、「我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について(指針)」を平成20年2月に取りまとめました。今後、本指針を踏まえ、カーボン・オフセットに関する情報交換や相談支援等を行うカーボン・オフセットフォーラムを創設するなど、我が国におけるカーボン・オフセットの取組に対する支援等を行い、普及を図っていく考えです。

5 金融市場の新たな展開

 経済活動を支える金融の機能は、低炭素社会を構築していく上で、重要な役割を果たします。すなわち、投資や融資に際して財務上の収益のみならず、環境などの社会的価値も考慮するようになることによって、お金の流れを変え、このことが経済社会を大きく変えていく鍵となると考えることができます。


(1) 進む社会的責任投資(SRI)

 収益面といった財務的観点のみならず、環境問題や社会問題に前向きに取り組む事業者へ投資することを社会的責任投資(SRI)と呼びます。

 欧米では、1990年代以降、企業の社会的責任(CSR)に対する関心の高まりとともに、SRIの手法として、企業の社会的な取組を評価し、評価の高い企業をその投資対象とする社会的スクリーニングの手法が拡大しました。

 また、国際機関も環境や社会を考慮した投融資を投資家等に呼び掛けています。2006年、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)及び国連グローバルコンパクトは、世界の機関投資家の投資決定プロセスに環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)要因を反映させることを目的とする「責任投資原則(PRI)」を発表しました。2008年4月現在、352の機関投資家と運用機関が署名しており(うち、我が国の機関は13)、その採択機関の運用資産総額は約13兆ドルに及んでいます。


(2) 拡大する社会的責任投資(SRI)市場

 ア 欧米の社会的責任投資(SRI)市場

 歴史のあるアメリカのSRIの市場規模は、2007年では約2.7兆ドル(Social Investment Forum Foundationの「2007 Report on Socially Responsible Investing Trends in the United States」による。)であり、この12年間で約4.2倍に拡大しました。環境をスクリーニングの基準として運用している資金残高に限定すると、個人の投資信託で445億ドル、機関投資家による運用資金では1840億ドルと報告されています。アメリカのSRIは、機関投資家による運用が9割を占め、その中でも年金基金の運用によるものが多いのが特徴です。欧州でも近年、政策面からの法整備の影響等によりSRI市場が拡大しています。


 イ 我が国の社会的責任投資(SRI)市場

 我が国におけるSRIは、環境問題への意識の高まりを受け、1999年に投資信託の一商品としてエコファンドが設定されたことから始まりました。我が国の公募型のSRI投資信託の残高は、平成19年9月末時点で7,470億円(特定非営利活動法人社会的責任投資フォーラムの「日本SRI年報」による。)と推計されています。我が国の個人金融資産は1,500兆円(2006年度)程度ですが、自己のお金の行き先を預金金利のリターンだけで決めるのではなく、「どこに、何に、投資されるのか」を見極めてから決めようという、自分のお金の使われ先を見つめる意識も芽生えつつあります。このような国民の意識をつなげることができるような環境配慮型金融商品がさらに開発されることが期待されます。


(3) 多様化する金融とのつながり

 環境配慮型の投融資は、SRIだけでなく、ベンチャー企業や不動産開発などにも向けられるようになってきています。さらに近年、我が国では、地域社会や福祉、環境保全のために活動を行うNPO、市民団体、個人などに融資することを目的として設立される小規模の非営利バンク(いわゆるNPOバンク)や、特定の社会的事業を遂行するために市民などから小口の出資の受け皿として、ファンドを設立する社会的事業ファンドなどが設立されてきています。今後、これらのコミュニティ・ファンドを通じて環境保全を始めとした地域づくりへの新しいお金の流れがつくられていくことが期待されています。


公募SRI投資信託の純資本残高とファンド本数推移


市民ファンドにより建設された風車「かざみ」(千葉県旭市)(写真提供(株)自然エネルギー市民ファンド)



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