平成10年版
図で見る環境白書


 序説 京都会議から見据えた21世紀の地球

  1 地球温暖化防止京都会議の成果とこれからの対応

  2 大量生産・大量消費・大量廃棄からの脱却

 第1章 循環型経済社会への動き

  1 廃棄物・リサイクルにおける循環型への取組

  2 循環型経済社会を目指した産業システムの試み

  3 環境効率性の高い経済社会システムの実現への手段

 第2章 国土空間からみた循環と共生の地域づくり

  1 自然のメカニズムと人間活動

  2 国土を構成する自然的要素を基礎とした圏域における取組

  3 人間活動を基礎とした圏域における取組

  4 自然のメカニズムと人間活動を調和させる方法

 第3章 ライフスタイルを変えていくために

  1 生活関連の環境負荷の低減

  2 自然とのふれあいを取り込む生活へ

  3「循環」と「共生」を実現するライフスタイル

 第4章 環境の現状

 むすび



  ※表紙の絵は、千葉県我孫子市立久寺家中3年(平成9年当時)萩原徹子さんの作品で「『がんばれ!こどもエコクラブ』第3回全国環境ポスターコンクール」((財)日本環境協会、毎日新聞社主催)での環境庁長官賞受賞作です。萩原さんは、「自然が豊かで、楽しい思い出がいっぱいある小学校の頃のことをイメージしながら、きれいなひまわりの中で遊んでいる楽しい感じを出そうと、一生懸命に描きました。」と話しています。



読者の皆様へ

 この小冊子は、去る6月5日に閣議決定のうえ公表された平成10年版環境白書の総説をもとに、その内容をやさしくかいつまみ、また、新しい写真なども加え、多くの方々に親しんでいただけるよう、編集し直したものです。
 昨年12月には、地球温暖化防止京都会議が開催され、21世紀に向けた地球温暖化防止のための国際的な取組の一歩となる京都議定書が採択されました。しかし、地球温暖化の防止を含めた様々な環境の問題を解決するには、個別の対処療法では困難です。現在の経済や社会のシステムの根本を問い直し、有限な要素の多い地球環境の中でわれわれの社会が持続可能なのものとなるよう変えていく必要があります。
 本年で制定から5年目となる環境基本法に基づく環境基本計画では、「環境への負荷が少ない循環を基調とする経済社会システムの実現」を掲げています。わが国でも、経済社会やその基本にあるライフスタイルを変えていく動きが除々に見られはじめています。
 このような観点から、本年の白書では、「21世紀に向けた循環型社会の構築のために」をテーマに、21世紀の社会のあり方を展望しています。廃棄物リサイクル問題を中心に産業における循環の輪をつくり・つなぐ働きなどの実際の事例をもとに、現状の問題点を浮き彫りにするとともに、経済や社会を変えていく方向を具体的に描こうとしています。
 この小冊子を通じて、読者の皆様一人ひとりが環境問題について関心を深めていただき、具体的な行動の参考にしていただくことを願っております。




序説 京都会議から見据えた21世紀の地球


1 地球温暖化防止京都会議の成果とこれからの対応



京都会議の開催まで

 人間の活動により発生する二酸化炭素などが原因となって地球の気温が急激に上昇(温暖化)し深刻な影響を与えることが徐々に明らかとなったことから、各国の交渉により、1992年、気候変動枠組条約が採択されました。これは、先進国が2000年までに二酸化炭素などの地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量を1990年のレベルに戻すことを約束することなどを定めたものです。
 しかし、この条約における先進国の約束は努力目標に過ぎず、また2000年以降の具体的取組についても決められていなかったことから、1995年、先進国における温室効果ガスの排出量の具体的な削減目標を設けるなどのための新たな国際的約束を1997年にとりまとめることとなりました。
 しかし、これを受けた国際交渉では、多くの点について各国の主張が対立し、これらの解決は、1997年〔平成9年〕に京都で開催されることとなった地球温暖化防止京都会議に委ねられました。

京都会議で演説する橋本総理
京都会議で演説する橋本総理


京都会議と京都議定書

 平成9年12月1日、地球温暖化防止京都会議が開幕しました。しかし各国の意見の対立は容易には解けず、これを打開するため各国の閣僚などによるハイレベルでの交渉や公式・非公式の協議が行われました。協議は長引き難航しましたが、11日ついに「京都議定書」が採択されました。




京都議定書の主な内容
京都議定書の主な内容


京都会議後の国内対策の進展

 京都会議後ただちに内閣総理大臣を本部長とする地球温暖化対策推進本部が設置され、平成10年1月には、地球温暖化対策の今後の取組について、対策を総合的に推進するとし、重点的に取り組むべき対策が決定されました。さらに、省エネルギー法の一部を改正する法律案、地球温暖化対策の推進に関する法律案が国会に提出され、関係各業界により温室効果ガスの排出削減・抑制のための自主的な取組も行われつつあります。

京都会議から見えてきた21世紀への課題
 京都会議の成果から今後を見ますと、排出量の急増が予想される途上国が早い段階で二酸化炭素の排出量を抑えていくためには、先進国は途上国への支援とともに、自らが率先して二酸化炭素排出量を大幅に削減しつつも、生活の質を高めることができることを示していく必要があります。しかし、この問題を解決するためには、これまでの私たちの経済や社会のシステムの根本を問い直し、21世紀において目指すべき経済社会システムの姿を明確にすることが不可欠です。

2 大量生産・大量消費・大量廃棄からの脱却



現代の先進国社会の限界

 古代文明の多くは、豊かな森林資源をもとに発展しましたが、文明が発展し人口が急増するにつれ森林資源が枯渇し、滅んでいきました。しかし、その後他の地域に別の文明が生まれ発展し、時と場所を変えながら繁栄を続けてきたのです。

世界のエネルギー消費量の歴史的推移
世界のエネルギー消費量の歴史的推移
原始人・・・100万年前の東アフリカ。食料のみ。
狩猟人・・・10万年前のヨーロッパ。暖房と料理に薪を燃やした。
初期農業人・・・B.C.5000年前の肥沃な三角州地帯。穀物を栽培し家畜のエネルギーを使用。
高度農業人・・・1400年前の北西ヨーロッパ。暖房用石炭・水力・風力を使い家畜を輸送に使用。
産業人・・・1875年のイギリス。蒸気機関を使用。
技術人・・・1970年のアメリカ。電力、内燃機関を使用。食料は家畜用を含む。
(資料)環境庁


 ところが、大航海時代以降の西欧文明では、通商活動が地球規模で行われるようになり、さらには産業革命による生産性の飛躍的向上により、人間の活動の規模が急激に大きくなりました。その結果、現在では、地球温暖化問題が生じるとともに、食糧や水資源、森林資源、生物種に地球規模で大きな影響を与えつつあることが指摘されています。現代の社会は、環境への影響が一部の地域に留まっていた古代文明の場合とは異なり、やり直しができない状況に追い込まれているのです。
 このようになった原因は、何億年、何十億年かけて蓄積されてきた化石燃料や資源を短期間のうちに使い、自然生態系の中で分解できる量をはるかに超えた大量の廃棄物を発生させ、環境への負荷を与えていることにあります。これを避けるためには、1)人間の活動により生じる物質を適切に循環させ、環境への負荷を少なくするとともに、2)自然からの恵みを受けて初めて人間活動を行うことができることを踏まえ、自然のメカニズムを理解し、自然と人間とが共生できるよう人間活動を自然のメカニズムと調和させるような、「循環」と「共生」を基本とした経済社会システムに変えていくことが必要なのです。


経済社会システムを変えていくために

 私たちの経済社会を循環と共生を基本としたものに変えていくためには、かつての公害問題を技術革新と規制を行うことにより克服したように、まず「技術」と「制度」を変える必要があります。
 しかし、地球温暖化問題のような我々の日常の生活や事業活動自体が原因となっている問題の解決のためには、技術や制度とともに、現代の大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会システムの根本にある私たちの「価値観」も大きく変わる必要があります。技術を開発し制度を作り出す主体である私たちの価値観が変わるならば、それが技術や制度を大きく変えるきっかけとなるでしょう。また逆に新しい価値観が多くの人たちに共有されるためには、新しい価値観を支える様々な制度や技術を変えること、例えば教育の充実や、ライフスタイルを変えるための技術開発などを同時に進めていくことが必要なのです。



第1章 循環型経済社会への動き


1 廃棄物・リサイクルにおける循環型への取組



廃棄物処理をめぐる今日の問題状況


●マテリアルバランスに見る一方通行社会
 我が国における物質の利用状況をマテリアルバランス(物質収支)で見てみると、平成8年におけるわが国の経済活動に投入された資源の量は、20.1億tです。また、再利用された量は2.3億tであり、再生利用率は10%のみです。
 国内におけるマテリアル・フローは、循環性が低く資源採取から廃棄に向かう一方通行の流れであることが分かります。
我が国のマテリアルバランス(物質収支)
我が国のマテリアルバランス(物質収支)
(注)水分の取り込み(含水)等かあるため、産出側の総量は物質利用総量より大きくなる。
(資料)各種統計より環境庁試算


 また、マテリアルバランスの新たな蓄積は主には土木建築物などですが、耐用年数等が経過した時点で膨大な廃棄物となっていくことが読み取り得ることから、再生利用の流れを今から太くしていくことが将来的な環境負荷の低減にもつながると考えられます。

●産業廃棄物処理の問題

 産業廃棄物が最終処分されている状況は、量的な面でだけでなく、近年の廃棄物の質の多様化に伴い有害物質を含んだ廃棄物の最終処分が広く行われるようになる中で、不適正な最終処分場への搬入埋立や処分場の不適切な維持管理が目に付くようになり、これによる地下水や土壌の汚染等への周辺住民等の不安が広がりかつ高まっています。
 産業廃棄物処理の問題は、不法投棄をはじめとする(産業)廃棄物問題=産業廃棄物処理業者の問題といったイメージが強いですが、実際には、排出事業者の適正処理のためのコスト負担意識の弱さに帰因する不法投棄や排出不適正処理が大部分です。このため、排出事業者の企業活動等における事業経費に廃棄物の処理コストが適正に組み込まれ、市場のメカニズムを通じて、コストが経済社会に適切に負担されるようにしていくこと(=内部化)が、不法投棄や不適正処理の問題を解決していくための一つの鍵であると考えられます。

産業廃棄物の処理フロー(平成6年度)
産業廃棄物の処理フロー(平成6年度)
(資料)厚生省資料より環境庁作成



●廃棄物処理とダイオキシン問題
 近年、廃棄物焼却施設等から排出されるダイオキシン類による環境汚染が全国的に大きな問題となっています。我が国におけるダイオキシン類の総排出量の9割以上は廃棄物焼却施設から排出されているという推計もあり、廃棄物の中間処理として最も広く行われている焼却処理について、適正な処理の確保の観点から改善が必要であり、新たな処理技術の開発も進められてきています。

●最終処分の状況
 産業廃棄物の不適正な最終処分の問題により、さらには上流に遡って製品の製造者においても、最終処分量を減らそうという動きが出始めています。一方、市町村が実施している一般廃棄物の焼却灰の最終処分状況については遮水工又は浸出水処理施設を有しない施設が全体の28%あり、地下水等への影響を考慮し、浸出水の処理が必要な廃棄物の受入停止などを厚生省が指導しました。


廃棄物処理・リサイクルに関する規制強化等の動き

●シュレッダーダストの最終処分の規制強化
 シュレッダーダストは、埋立処分に伴う安定型最終処分場からの有害物質による地下水汚染等が問題となったため、平成7年4月から管理型の最終処分場に処理することが義務付けられました。

自動車リサイクルのフロー図
自動車リサイクルのフロー図
(資料)環境庁作成



●廃棄物処理法の改正
 廃棄物の処理をめぐる様々な問題を踏まえ、国民の廃棄物処理に対する信頼性の回復と廃棄物の適正な処理を確保するため、
 1)廃棄物の減量化・リサイクルの推進
 2)廃棄物処理に関する信頼性・安全性の向上
 3)不法投棄対策―排出者責任の徹底
を3本柱として、平成9年6月に廃棄物処理法の改正が行われました。

●ダイオキシン類に関する規制強化
 社会問題化しているダイオキシン類に対しその排出等の規制強化を図るため、大気汚染防止法施行令の一部改正等を行い、ダイオキシン類を指定物質とし、廃棄物焼却施設等についてダイオキシン類の指定物質抑制基準を定めるとともに、廃棄物処理法施行令等の一部を改正し、排出ガス処理設備の基準の強化等の構造・維持管理基準の強化等を行いました。

●規制強化と処理・リサイクルコスト
 このように、廃棄物の適正処理のための規制強化に伴い、生活環境の保全の観点からのより高度な廃棄物処理が求められ、これに要する費用も高くなりますが、適正処理には多大なコストが掛かるという意識が、事業活動の見直しを促す契機の一つとなるとも考えられます。排出事業者のコスト意識の広がりは、適正処理を行う廃棄物処理業者への適正費用の還流につながり、さらに、廃棄物処理・リサイクル業の「静脈産業」としての確立へ導くなど、循環型産業システムの形成に当たっての一つの基礎となっていくと考えられます。


循環の輪をつくり・つなぐ動き―循環型社会へ向けた取組―

 廃家電などの事業者等によるリサイクルに関する新たな制度の整備や事業者、地域社会等における取組において、循環の輪をつくり・つなぐ動きの端緒となるようなものが見られ始めており、官民連携、広域連携などの模索を含め重要であると考えられるいくつかの取組に視点を当ててみます。

●動脈産業による廃棄物のリサイクル
 1)鉄鋼産業の動き
 製鉄産業では、廃プラスチックを製鉄の過程における高炉での鉄鉱石の還元剤としてコークスの替わりに活用することに取り組み始めました。
 2)セメント産業の動き
 セメント産業では、使用する原料や燃料に幅があるという特性を活かして、火力発電所から排出される石炭灰、古タイヤ、廃プラスチックなどの産業廃棄物として排出される多くのものを、原料や燃料として利用してきています。このような動きは、最終処分として埋め立てていた廃棄物が、原料や燃料として大量に活用されることを促すことによって、最終処分や天然資源採取に伴う環境負荷の低減を図ることも可能になることから、取組の一層の拡充が期待されます。

廃プラスチック高炉原料化システム
廃プラスチック高炉原料化システム
(資料)NKK資料より環境庁作成


廃棄物を利用したセメント製造工程の例
廃棄物を利用したセメント製造工程の例
(資料)環境庁作成

●地域社会における新たな取組
 市町村における廃棄物処理を始め同様の方法を採る産業廃棄物処理などの現場においては、ダイオキシン類対策としての焼却方法の適正化や処理施設の集約化大型化、適正な最終処分の確保などが近年の大きな課題となっており、今後の廃棄物処理は、市町村域を超えた広域処理により行う必要がますます高まっています。
 産業廃棄物の場合、処理の高速化・リサイクルの組込を進めるに当たって、廃棄物及び再生資源や再生物の適正な広域流通が確保されることは、産業としての原料調達や市場の確保拡大の観点からも必要な前提条件となります。
 また、有害物質の発生・排出を抑制する安全かつ高度な技術を活用した処理や重金属の再生等のリサイクルの組込みには、民間企業との適切な連携等が必要かつ有効なものとなってきています。
 1)廃棄物固形燃料化の採用
 生ごみや廃プラスチックなどのリサイクルの一つの方法として廃棄物固形燃料(RDF)化が注目されています。廃棄物をそのまま熱回収するよりも効率的な熱回収が可能になることや、適正な燃焼管理によりダイオキシン類の低減対策にも資することから、既に一部の自治体ではセメント産業などの民間企業と適切に連携する等により経済効率性や環境保全などにも配慮しつつその導入及びRDFの有効活用に取り組み始めています。

RDF製造工程の例
RDF製造工程の例
(資料)環境庁作成

 2)処理技術の高度化―ガス化溶融等の導入―
 ダイオキシン類対策も踏まえた燃焼過程の高度化や焼却灰の削減に向けた技術開発として、廃棄物をいったん熱分解し、熱分解ガスと固定炭素(チャー)を含んだ無機物に分離し、分解ガスとチャーの燃焼熱を利用して無機物を溶融し溶融固化物化するガス化溶融技術などの導入が進められ、従来の処理システムに変化が見え始めています。

●循環型経済社会の形成に向けて
 処理の過程でリサイクルを最大限組み込んでいくためには、ドイツなどにおける有害廃棄物の適正な処理等とリサイクル用廃棄物の市場原理を導入した効率的経済的な処理・リサイクルとを両立させた手法なども踏まえ、新たな高度処理・リサイクルのシステム化などについて、市民や企業等も含め幅広い観点からの検討が必要になっています。さらに、それらを総合して循環型社会の形成につなげていく国民的議論が必要です。

2 循環型経済社会を目指した産業システムの試み



循環型産業システムに向けての実践


●廃棄物ゼロを目指すゼロエミッション構想が意味するもの
 「無限で劣化しない地球」から「有限で劣化する地球」への社会的な意識の変化などを背景に、「ゼロエミッション」という考え方がでてきています。これは一産業では自社内等で発生する廃棄物を極力最小化し、再資源化してもなお発生する廃棄物を他の産業と連携することによって適切なリサイクルの確立を図っていこうとするものです。

●ゼロエミッション工業団地
 環境事業団では、個々の企業では資源循環に向けた対策等を進めることが困難な中小企業を対象として、その集団化を図り、循環型社会の構成員としての企業団地の実現を支援する新たな建設譲渡としての環境共生企業団地=「ゼロエミッション団地」事業を行うこととしています。

●彩の国倍プラント化計画
 埼玉県では、県内の広域的な廃棄物処理・リサイクルシステム(ローカルゼロエミッション)の構築に向けた一環として、県内で稼働しているセメント工場の生産設備において県内の各種廃棄物を原料又は燃料として活用するための事業を「彩の国倍プラント化計画」と命名し、平成8年度から具体化のための検討を始めています。


循環型産業システムのモデル提示―北九州市の取組―


●循環型の産業システム
 ゼロエミッションを目指して、循環型経済社会を構築していくためには、廃棄物・リサイクル対策の新たな展開として、動脈産業に多くの力が注がれて静脈産業にはあまり日をあてずにいた従来の産業システムを、廃棄物処理・リサイクル産業の健全な組込によって動脈産業と静脈産業が適切な循環の輪において結合し一体化した循環型の産業システムへ転換していく必要があります。
 この循環型経済社会への転換の取組に対しモデルともなり、先駆的に転換を図っていくような動きが北九州市で展開し始めています。

●環境産業都市づくりに向けた動き
 北九州市では、かつての産業公害の克服に取り組んだ実績基盤を活かし、「重厚長大産業都市」から「環境産業都市」に脱皮し、循環型経済社会づくりのモデルを提示するために、「環境産業振興のための技術開発、実証研究」を中心として、「教育・基礎研究基盤整備」と「環境国際協力の推進」を併せて総合的な施策を展開し、市民等の社会的受容性に配慮しつつ、地域の産業構造の資源循環型へのダイナミックな転換を目指しています。

●北九州市のエコタウンプランを踏まえた取組
 北九州市は下図のコンセプトに基づき施策を展開することとし、環境産業の集積拠点を構築する場として、港湾等物流のための施設が充実し、今後のアジアに向けた資源物流の国際展開にも対応が可能である「響灘地区」の約2000haに及ぶ臨海埋立地を活用することとしています。

北九州市エコタウンの基本コンセプト
北九州市エコタウンの基本コンセプト
(出典)北九州市資料

 現在は、北九州市のエコタウンプランを踏まえた施策事業の中心として、「総合環境コンビナート」の構築や「実証研究センター」構想の具体化が進めれられています。
 1)総合環境コンビナート
 総合環境コンビナートは、高度な適正処理・リサイクルを組み込んだ環境産業を有機的に結びつけ、リサイクル率の向上はもとより、最終的にはゼロエミッションの産業システムの構築を目指すものです。また、九州全域や中国・四国地方までも含む広域地域を対象として想定し、収集運搬には陸上自動車輸送を極力減らし饗灘地区の条件を活かした船舶や鉄道等の大量輸送機関の活用による広域的な物流システムを組み込んだ総合リサイクル事業の展開が考えられています。
 この事業の最初のプロジェクトとして(株)西日本ペットボトルリサイクル(第3セクター)が平成10年度から操業を開始することとしています。また、家電メーカー数社が総合環境コンビナート内で「廃家電リサイクル施設」の共同設置に向けた研究会を設立し、OA機器のリサイクルもその対象とすることや、その他廃自動車、廃プラスチックのリサイクルの検討が進められています。
 2) 実証研究センター
 実証研究センターは、廃棄物の処理・リサイクル技術の有用性や安全性の確認、再生物化の実験や安全性の確認などの調査研究を行うこととし、これらは密接に関連することから、実証研究施設を集積し、福岡大学の「資源循環・環境制御システム研究所」を中核施設として、広く各種の企業なども含め共同研究できる研究・研修施設や情報処理施設を併設していくこととしています。

総合環境コンビナートイメージ図
総合環境コンビナートイメージ図

総合環境コンビナートの構成像
総合環境コンビナートの構成像
(出典)北九州市資料



●産学官連携による取組
 高度処理やリサイクルの最大組込などは新たな環境保全の産業化の芽ともいえます。この動きを事業化するためには、種々の実証試験の成果などを基にした環境政策の方向付けが重要な支援になると考えられ、併せて地域内外の産業界の参画により地域の産業構造をつくり変えていくことも必要となります。この環境産業都市への取組には、産業界、研究機関、行政の連携が必要不可欠です。


環境産業の推進に向けた視点

 静脈産業を、再生物を生産する産業と位置付け、優良な民間企業による高度な技術を組み込み、地場産業とも連携した地域社会を経済的にも環境的にも良好なシステムに導くような環境産業として推進し、環境産業による地域振興につなげていくためには、次の4つの視点が重要です。
 1) 広域性
 広域的な廃棄物や再生物の流通を適切に組み込んだ協力協働体制をつくっていくこと。
 2) 実験性
 公的支援の積極的な導入等も含めて機器の実験や技術の実証を積極的に行っていくこと。
 3) 公開性
 情報の公開に努め、事業活動のみならず廃棄物リサイクル行政や技術支援等の場を透明にすること。
 4) 協働性
 住民、企業及び行政が実際に可能なところから事業として協力協働していくこと。
 以上のような視点を合わせて、動脈産業と静脈・産業の適切かつ緊密な連携により、再生物の生産・供給機能の強化を図るとともに、併せて再生物の生産等への利用の促進を図っていくことが、環境産業を適切に推進し、循環型産業システムを有効に機能させ、循環の輪をつなぎ・太くしていく上で重要な条件であると考えられます。

3 環境効率性の高い経済社会システムの実現への手段



環境効率性の考え方

 環境効率性とは、財やサービスの生産に伴って発生する環境への負荷に関わる概念です。同じ機能・役割を果たす財やサービスの生産に伴って発生する環境への負荷が小さいほど、環境効率性が高いということになります。環境負荷による社会的コストが適切に内部化されれば、財・サービスの生産・消費に伴って発生する環境負荷を削減することが経済的なメリットに結びつきますので、市場メカニズムを通じて、環境負荷が削減されることになります。
 環境効率性向上のための取組には、製品の製造、使用、廃棄などのライフサイクルの各段階で環境負荷を低減させる取組と、同一の効用を実現する財・サービスの提供方法を見直す取組とがあります。経済をサービス化することで、経済活動に悪影響を与えず、環境負荷の削減が進むことが期待できます。


環境効率性の実現に向けて―ライフサイクルアセスメント―

 ライフサイクルアセスメント(LCA)とは、その製品に関わる原料の採取から製造、使用、廃棄、輸送などすべての段階を通して、投入資源や排出環境負荷及びそれらによる地球や生態系への環境影響を定量的、客観的に評価する手法です。

ライフサイクルと環境負荷の概念図
ライフサイクルと環境負荷の概念図
(資料)環境庁


 このLCAは、商品や製品、サービスなどを利用・使用することによって提供される便益について、環境負荷という観点から、その代替製品、代替サービスを評価するなど、様々な用途で適用することができます。また、環境ラベルの認定基準や環境家計簿の評価基準などとして、LCAの考え方を適用する方向でも検討が進められています。
 今後の課題としては、定量的な測定が不可能な項目を定性的な情報に基づいて評価の対象とすることで、ライフサイクル全体にわたって総合的に評価する手法の検討などがあります。


環境マネジメントシステムの構築

 事業者が、環境に関する方針などを自ら設定し、これらの達成に向けて取り組んでいくことを環境マネジメントといい、このための工場や事業場内の体制・手続などを環境マネジメントシステムといいます。環境マネジメントシステムの構築に取り組むことで、環境負荷排出量の削減をはじめ、従業員の環境保全に対する意識が高まり、積極的な環境保全活動が促進されるなど、様々なメリットがもたらされます。
 平成10年3月末現在、我が国でlSO14001規格を審査登録している事業所等は861件となっています。業種別には、電気機械53.1%、一般機械11.8%、化学工業7.3%、精密機械6.5%、輸送用機械4.3%となっていて、こうした代表的な製造業で全体の8割以上を占めています。一方、サービス分野における審査登録が増加してきていて、あらゆる業種で積極的な環境への取組が浸透してきています。

ISO環境マネジメントシステムに対する対応(上場企業)
ISO環境マネジメントシステムに対する対応(上場企業)
(資料)平成9年度環境にやさしい企業行動調査



環境報告書

 環境報告書とは、事業者が事業活動に伴って発生させる環境に対する影響の程度やその影響を削減するための自主的な取組をまとめて公表するものです。記載内容としては、環境に関する経営方針、目標及び計画、環境問題に取り組む組織体制、ISO14001規格への対応状況など環境マネジメントシステムに関わる内容や二酸化炭素排出量の削減や廃棄物の削減・リサイクルなどの環境負荷の低減に向けた取組の内容などがあります。


環境会計

 企業が環境保全活動を行う上で、その費用がどのくらいかかるのかを把握することは非常に重要なことです。費用が適切に把握されていませんと、効率的で効果のある環境保全活動を行うことができないからです。環境会計は環境管理における目標実行に伴う支出額の管理などに利用されており、自主的な環境保全活動を行うための内部管理ツールとして大きな役割を果たしています。
 また、環境報告書の中で環境保全活動の費用についての記述が行われるようになってきており、環境会計には、外部の利害関係者に対する情報提供といういわば財務会計的な役割もあります。


環境ラベル

 多くの製品の中で何が環境への負荷が少ないのか、具体的にどのような環境負荷があるのかといった情報を提供するための手段として環境ラベルがあります。一般に環境ラベルとは、製品等が環境に与える影響に関する属性情報をラベルの形で表示することで、製品の差別化を行うものです。

各国のPRTR制度
各国のPRTR制度
(資料)環境庁



環境リスクの認識と企業行動―PRTR制度―

 事業者が、自らの事業活動に伴う環境リスクを認識し、これを適切に管理することを促進するための手法としてOECD等で推奨されているものに、環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)があります。PRTRには、政府には排出・移動に関する情報把握と化学物質管理の向上、企業には排出・移動量の把握と適切な自主管理、さらに国民には政策決定への国民参加の基礎、と利害関係者のそれぞれにメリットが考えられます。


環境効率性の高い経済社会システムに向かって

 これまで見てきたような様々なツールを用いて、事業者はその事業活動の中に環境への配慮を織り込んだ、高い環境効率性を実現していくことが期待されます。環境効率性を向上させていくことについてはOECDにおいても経済活動と環境への影響度を関連づけるものとして検討されています。ここでは企業が環境効率性を意識した意思決定を行う上で役立つような単純で質の高い指標の検討が進められています。こうした指標を確立し、各経済主体が利用すれば、環境効率性の改善や環境効率性の高い製品・サービスの選択の際に効果を発揮し、生産者や消費者が自らの行動をより環境にやさしいものへと変化させていくのに役立つと考えられます。

持続可能な発展に向けてのLCAの位置づけ
持続可能な発展に向けてのLCAの位置づけ
(出典)LCA日本フォーラム報告書から環境庁改変




第2章 国土空間からみた循環と共生の地域づくり


1 自然のメカニズムと人間活動



今日の日本の国土構造

 我が国では、長い歴史の中で、国土の自然環境に手を加え、国土構造を形成してきました。現在の太平洋ベルト地帯に人口や諸機能が集中した国土構造は、活気に乏しい地方での生活、ゆとりのない大都市での生活、劣化した自然、美しさの失われた景観等の諸問題をもたらしています。こうした状況が続けば、これからの経済社会の発展に明るい展望が開けないことは明らかです。
 こうした諸問題に適切に対応していくには、「気候や風土等、そして生態系のネットワーク、海域や水系を通じた自然環境の一体性」、すなわち、元来国土に備わっていた「自然のメカニズム」を活かして人間活動を行い、国土づくりを進めていくことが強く求められています。

国土空間の断面的モデル図
国土空間の断面的モデル図
(資料)環境庁



国士を構成する自然的要素と人間的要素

 国土を構成する要素は、大気・水・土壌・生物等の自然的要素と、経済活動・日常生活・文化的活動等様々な活動を通じて人間が自然に手を加えたことによる人間的要素に分けられます。人間は、自然からの影響を受ける一方、自然的要素に影響を与え、社会経済活動を行ってきましたが、現在、自然のメカニズムと国土を構成する人間的要素である各種の社会経済活動とが分離してきています。すなわち、1)自然的要素のメカニズムが、個々の自然的要素のみに着目して一面的に捉えられ、全体として捉えられにくい状況にあり(「全体の把握の欠如」)、2)人間の社会経済活動や社会制度等が自然のメカニズムに十分配慮したものとなっていません(「配慮の欠如」)。また、この2つは、表裏一体の関係にあります。

人間活動における生態系との関わり(個体数の減少)
人間活動における生態系との関わり(個体数の減少)
(総合的環境指標試案の参考資料を基に作成)
(資料)環境庁



環境保全の観点からみた地域の捉え方

 本章では、自然のメカニズムを全体として捉え、人間が自然のメカニズムに配慮した活動を行っていくために、自然のメカニズムがある程度完結している、空間的な「まとまり」を見出し、この「まとまり」を「環境保全の観点からみた圏域」としてとらえ、その中での様々な取組を見ながら、自然のメカニズムと人間活動のありかたを論じます。ここでは、「圏域」として、自然的要素を基礎とする「生態圏」「流域圏」、人間的要素を基礎とする「生活経済的環境圏(以下、「生活経済圏」という。)」を取り上げます。

環境保全の観点から見た圏域の例
環境保全の観点から見た圏域の例
(資料)環境庁


2 国土を構成する自然的要素を基礎とした圏域における取組


生態圏を意識した取組

 ここでは、生態系を健全に保つための空間的まとまりを「生態圏」と定義します。「生態圏」は、生物、生態系の種類に応じた様々な形で捉えられ、地域規模、全国規模、地球規模等様々な広がりで存在しています。以下、生態圏を意識した取組事例を紹介します。


生物多様性保全のための国土区分及び区域ごとの重要地域情報

生物多様性保全のための国土区分(試案)
生物多様性保全のための国土区分(試案)
(資料)環境庁


 環境庁は平成9年12月、多様な自然環境を有する日本の国土レベルでの適切な生物多様性保全施策の推進を図るため、「生物多様性保全のための国土区分及び区域ごとの重要地域情報」の試案を取りまとめました。これは、生物多様性保全の基本単位として、生物学的特性から見た地域のまとまりを概括的に把握し、その保全目標と管理方策を整理するものです。


渡り鳥と生息域の保全

 日本の緑地、湿地、干潟等の水辺は、渡り鳥に重要な生息空間を提供しています。

昭和63~平成8年度の定点調査における1000羽以上の地域別最大確認数(シギ・チドリ類)
昭和63~平成8年度の定点調査における1000羽以上の地域別最大確認数(シギ・チドリ類)
(資料)環境庁


 アジア湿地調査局と国際水禽湿地調査局日本委員会は「アジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略」を策定し、これに基づき、平成8年「東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類湿地ネットワーク」が構築され、9か国24湿地、日本からは2カ所が参加しています。環境庁は、昭和63年からシギ・チドリ類の全国の主な渡来地において観察調査を継続的に行い、平成8年までの調査結果により、「シギ・チドリ類渡来湿地目録」を作成しました。藤前干潟を含む庄内川・新川・日光川河口、コムケ湖等19の地域で1000羽以上の渡来が最大確認されています。この調査によりシギ・チドリ類の渡来数の多い、あるいは渡来種数が多いという観点から重要性の高い地域が明らかになりました。
 湿地等渡り鳥の生息のために不可欠な地域を、渡り鳥を「つなぎ手」とした生態圏として捉え、一体的に保全することが望まれます。


地球を支える世界の森林

 森林は、温室効果を持つCO2の固定や生物多様性の保全をはじめ、木材の生産、国土の保全、景観の保全等様々な機能を有しています。

●インドネシアの森林火災
 1997年6月頃からインドネシアで発生した森林火災は、エルニーニョによる干ばつとともに拡大し、広大な森林及び動物の生息可能域を減少させました。また、これに伴う煙霧は、広域的な大気汚染、多量のCO2や臭化メチル等の温室効果ガスの発生を引き起こしました。
 インドネシアでは、1980年代からしばしば大規模な森林火災が発生しています。これは熱帯多雨林が、伐採や開墾によって分断、乾燥化し、燃えやすい地域が拡大していること等によります。

●シベリア・極東地域の森林の状況について
 近年、熱帯のみならず、カナダやロシアの森林の状況についでも危機感が強まっています。ロシアの森林は、世界の全森林面積の22%、総森林蓄積の21%を占めています。森林面積は微増していますが、森林蓄積はほぼ横這い、成熟林蓄積は急減しており、森林の質は低下しています。シベリア・極東地域南部の非凍土地帯では、ソ連の崩壊の影響による植林等適切な森林管理を伴わない森林資源の浪費が、森林の劣化、伐採の奥地化を引き起こしています。

サハリンの伐採跡地(数年後)  地球の友ジャパン提供
サハリンの伐採跡地(数年後)  地球の友ジャパン提供

 また、シベリア・極東地域でも多い年には200万haを超える森林火災が頻発していますが、これも伐採跡地に放置された木の乾燥化等人為的な原因によるものが多いと考えられています。
 シベリア・極東地域の北東部で森林が失われると、永久凍土が融解し、過去に生成・蓄積された温暖化の原因となるメタンが発生するとともに、融解跡地に形成される湿地からも多量のメタンが発生します。


生態圏を意識した今後の取組

 生態圏は、ビオトープのような小規模なものから、流域、半島等の地形的まとまりで捉えられるもの、渡り鳥、森林のような国境を越えるものまで様々なものが想定されます。生態圏において、自然のメカニズムと調和する人間活動のあり方を、既存の行政区分や経済体制にとらわれず広い視野で模索することが求められています。

流域圏を意識した取組

 ここでは「流域圏」を、氾濫原等も含む流域に関連する一定の地域的なまとまりと捉えます。流域圏を構成する森林、水、土及び生息する生物等の自然的要素は、それぞれ相互補完関係にあります。


森は海の恋人

 宮城県の漁民が、海の異変から、河川をはじめとする流域の環境の悪化、そして森、川、海、生物との間の密接な関連を発見しました。彼らは、流域の環境を改善するため、上流域での植林活動などの交流活動を実施しており、全国的にも同種の活動が広がりつつあります。この運動は、環境問題を一部分のみで捉えるのではなく、森、川、海と続く一連の自然のメカニズムを意識する、すなわち流域圏として捉える必要性を明らかにしています。


沖縄の赤土汚染

 沖縄では、本土復帰以降集中的に行われた、農業基盤整備、道路整備等の各種の公共事業、民間による観光施設等流域の土地利用の変化により赤土が流出し、サンゴ礁の死滅、利水障害等の環境汚染が広がっています。

赤土等流出の発生から影響まで
赤土等流出の発生から影響まで
(資料)環境庁


流域の環境保全のための取組

 上記のように、流域圏においては流域全体を視野に入れた取組が必要ですが、従来、流域圏における様々な行政施策は、各分野毎に各種の行政機関が個別に行われてきています。しかし最近は、兵庫県流域水環境指針の策定など行政機関の間の連携を試みる取組が始まっています。また、桂川・相模川の流域アジェンダのような上・下流の市民、事業者、行政の連携により流域の環境保全と地域の活性化を図る試みも各地で始まっています。


米国の治水対策

 近代の土木技術の発達により、米国でもダムや堤防により洪水災害を減らすことに成功しましたが、洪水の危険性の高い氾濫原への定住を促進し、かえって洪水災害の大規模化の危険性を高めたとも言われています。そこで米国では、この30年間、河川の氾濫原における都市開発を抑制することで洪水被害を未然に防止する方策も採っています。例えば、ダム建設担当部局の一つ陸軍工兵隊では、従来のダム、堤防等の設置だけでなく、上流域の保水機能の充実等を導入する方向性を示しています。また、内務省開墾局のビアード総裁は、1994年5月「米国におけるダム建設の時代は終わった」と述べています。さらに、既存ダムの撤去や放流を行う動きがあり、生態系回復にも資することが期待されています。

3 人間活動を基礎とした圏域における取組


 人間活動を基礎として、自然のメカニズムとの調和を図る上である程度完結した入間活動のまとまりを、「生活経済圏」として捉えることにします。

生活経済圏を意識した取組

 東京都日野市において、平成7年度に市民が中心となって市民版・日野まちづくりマスタープランを策定しました。これは、都市の自立と成熟をキーワードに日野の水を守り、農の息づくまちづくりを行っていくことなどを提言しています。

マスタープランを創る会の組織図
マスタープランを創る会の組織図
出典:市民版・日野まちづくりマスタープラン



都市の成長管理と広域行政の試み

 我々の生活、経済が営まれている都市を、できる限り自然のメカニズムに沿った持続可能なものとすることは、都市に国民の約7割が住んでいる我が国では重要な課題です。自動車への依存度の高い米国でも、都市の成長管理と自動車交通への過剰依存から脱却を図る取組が進められています。
 例えば、ポートランド都市圏では、ポートランド市を中心に3つのカウンティにより設立された広域行政機関「メトロ」が中心となって、都市部の無秩序なスプロール化を抑えた土地政策と、それに見合った交通政策を統合させ、環境負荷も低減させる「2040年地域発展構想」を作成しました。また「地域交通プラン」により、徒歩、自転車、公共交通機関、貨物輸送、道路の移動手段を適切に組み合わせた施策を講じています。


自然と人間との共生の歴史を生かす

 人間は、自然から数々の影響を受け、影響を与えながら自然の恵みの中で暮らしてきました。かつて里山林や水田、畑、居住空間は、自然のメカニズムと調和する形で自然に働きかけ、作られてきました。それぞれの地域は独自の気候風土や土地条件、文化や歴史を持っています。自然のメカニズムに調和した自然と人間との共生の歴史等を生かすことも生活経済圏に必要な要素の一つと言えます。


地域内資源循環の適切な組込み

 地域の資源を採取、利用し、それを自然のメカニズムを活用しながら地域内で循環させることを社会の中に適切に組み込んでいくことは、地域における循環と共生を実現するために重要です。
 有機性廃棄物の堆肥化、それを活用した環境保全型農業によって生産された食料品の地産地消は環境保全と健全な生活を実現するという観点から、最近注目されています。また、水、エネルギー等に関しても、地域における小規模なシステムにより供給することが提案され始めています。


地域における連携と自立

 生活経済圏においては、多様な構成要素が連携し、地域の自立が図られていることが望ましいのです。つまり、水、大気といった自然のメカニズムの相互補完関係の尊重、様々な物質の地域内の循環の推進、それを支える行政・事業者・市民間等の人々の連携、工業・農業という多様な業の連携、住居域、農村域、商業域間の連携が重要です。これらの多様な要素が地域の中で存在すること、さらにそれが有機的に連携することにより、自然のメカニズムを適切に捉えた環境への負荷の少ない自立型の地域づくりが可能になります。


市民も農家も一緒に取組む田植作業 里地ネットワーク提供


身の丈にあった地域づくり

 近年の、人間活動の領域の拡大、経済活動の分業化等により、人間活動全体が非常に見えにくくなってきています。生活経済圏では、例えば水やエネルギーを地域内で生産・供給する小規模なシステムの導入、自家生産、自家処理による生活の自立等、生活の中で、自然のメカニズムをなるべく完結した形で捉えられるような身の丈にあった地域づくりがなされることが望ましいでしょう。


生活経済圏の捉え方

 生活経済圏は、一定の自立性を確保しつつ、生態圏、流域圏と同等の規模の圏域と連携、相互補完関係を結ぶことによりより量かな「循環」と「共生」を実現させることができます。これら圏域間の関係は、生活経済圏が生態圏、流域圏と一致する場合、生活経済圏の連携が全体として生態圏、流域圏を構成する場合、生活経済圏が、複数の流域圏、生態圏を含む場合等が想定されます。

圏域ごとの関係
圏域ごとの関係
(資料)環境庁


4 自然のメカニズムと人間活動を調和させる方法


自然のメカニズムと人間の活動との調和のための方策を以下に整理しました。


自然のメカニズムの把握

 まず、自然のメカニズムが捉えにくくなっている現状において、自然のメカニズムを構成するそれぞれの要素の相互関係を捉え、的確に自然のメカニズムを把握することが重要です。生態圏や流域圏等の環境保全の観点から見た圏域で地域全体を捉え、様々な主体が連携を図ることが、自然のメカニズムを的確に把握するために重要でしょう。
 また、自然のメカニズムを分かりやすい形で明確に示すことも必要です。その手法としては、自然のメカニズムが的確に捉えられる地図等を作成することが有効です。


自然のメカニズムの持つ機能の適切な評価

 環境が適切に保全されるためには、1)環境の持つ機能を適切に評価し、2)その評価を現実の我々の経済活動に組み込むことが必要です。
 例えば、仮想市場評価法(CVM:ある財に対して、いくらまでなら支払ってもよいか(支払意志額)を、財の需要者にアンケートし、その財の便益評価を行う手法)により、米国のエルワ川の2つのダムを撤去することで回復される生態系の価値を評価した事例では、全米の市民2500世帯を対象に調査が行われ、支払意志額は1世帯当たり年間平均68ドル、全米で30~60億ドルという総支払意志額が得られました。これはダム撤去に必要な3億ドルを大きく上回るものです。エルワ川ではダムによって、サケやマスが激減し、その絶滅が懸念されていました(1994年に撤去が決定)。


自然のメカニズムに合わせて人間が活動する仕組みづくり

 自然のメカニズムを把握、評価したうえで、そのメカニズムに沿って人間の活動を行っていく仕組みを作るごとが重要です。このような仕組みとして、行政による法制度的な仕組みや様々な主体の参画に基づくものとが考えられます。
 行政による法制度的な仕組みのうち代表的なものとして土地利用制度があげられます。日本における土地利用制度の仕組みは、様々な法律によって構築されていますが、今後はこれらの法制度の中に環境保全の観点が十分取り入れられていくことが望まれます。

地域における環境保全に係る課題
地域における環境保全に係る課題
(資料)環境庁


 さらに、自然のメカニズムに合わせて人間が活動するためには、様々な主体の参画にもとづく取組が不可欠です。
 そのためには、指針・計画、流域協議会等の「場」の設定、流域の人々が共同で活動を行うためのネットワーク組織等が非常に重要です。


里地への期待

里地の風景 里地ネットワーク提供
里地の風景 里地ネットワーク提供

 環境基本計画は、里地を、雑木林等の二次的自然が多く存在し、中大型獣の生息も多く確認され、農林水産業活動などの自然に対する人間の様々な働きかけを通じて環境が形成されてきた地域であり、野生生物と人間とが様々な関わりを持ってきた「ふるさとの風景の原型」と捉えています。里地は、農地、雑木林等の地域資源を活かすことにより、地域の活性化と環境保全を図るなど自然のメカニズムと人間活動の調和をもっとも抵抗のない形で実現しうる地域といえます。
 しかしながら、多くの里地は、道路、リゾート、宅地開発等により多様な自然環境が破壊されています。近代的農業の進展やライフスタイルの変化により、地域内循環のシステムが崩壊し、さらには人口の減少、高齢化等の過疎化が進行しています。また、都市域に残された農地、雑木林も失われつつあります。一方、大都市では、人口の集中に伴う環境の悪化、社会不安の高まりの中で、自然とのふれあいや心の安らぎが切実に求められており、里地の「ふるさとの風景の原型」に対するニーズは高いと言えます。こうしたことから、里地と都市をはじめとする地域の連携が重要となっています。
 このような状況の中で、平成10年2月25日、里地の環境保全と経済的自立を両立させた地域づくりに寄与することを目指して、里地及び都市の、地方公共団体、事業者、大学・研究機関、市民団体等からなる「里地ネットワーク」が設立されました。里地ネットワークでは、里地共生事業に関する情報の収集・提供、里地共生事業のガイドラインの作成、モデル地域における調査研究などを行っていくことを予定しています。

「循環」と「共生」を目指す地域づくり
「循環」と「共生」を目指す地域づくり

 各々の生活経済圏は、それぞれにおいて、および両者との連携において「自然と人間との共存の歴史等を生かす」「地域内資源循環の適切な組み込み」「人、機能、土地利用の多様性」「身の丈にあった地域づくり」が実現されている。
(資料)環境庁


人間の活動と自然のメカニズムとの調整(環境アセスメント)

 平成9年6月、環境影響評価法が成立しました。これに盛り込まれた中で特に重要な事項は
 1)早い段階から手続きが開始されるよう、評価項目・調査等の方法について意見を求める仕組み(スコーピング)の導入、2)評価の項目を環境基本法で対象とする環境領域全般に拡げたこと及び実行可能な範囲内で環境負荷をできる限り低減する視点の導入です。
 また、行政の様々な意思決定過程に環境配慮を組み込むための手法として、戦略的環境アセスメントが先進国を中心に検討されています。
 我が国の地方公共団体でも、環境アセスメントをその対象事業の根拠となっている計画の段階で行うことを実施、検討する団体が出てきています。


「循環」と「共生」を目指す地域づくり

 以上のように国土を「圏域」でとらえ、それをベースに人間活動を捉えることは、健全で恵み豊かな環境を維持、保全し、恵み豊かな人間の生活を実現するのに有効な手法でしよう。
 ここで最も重要なことは、関わる様々な立場の人々、技術、仕組み、手法が連携することです。これをいいかえると、技術、社会資本等のハード、制度、文化、システム等のソフト、さらに我々人間の心と心のつながりであるハート、すなわち、ハードとソフトとハートの相互の尊重と連携が重要であるといえます。



第3章 ライフスタイルを変えていくために


1 生活関連の環境負荷の低減


 環境問題の中心課題は、「加害者が事業者、被害者が周辺住民」という構図であった産業公害から、「一人ひとりが被害者であると同時に加害者」でもある都市・生活型の環境問題や地球環境問題に移っています。「ライフスタイルを変える必要がある」と繰り返し言われていますが、一人ひとりの活動からの環境負荷は、実感できないことが多いのではないでしょうか。本章では、生活関連の環境負荷を実効性を持って低減するためには、誰が何をすればよいのかを考察します。また、自然と人間の豊かな交流を保つことは、環境基本計画の長期的目標「共生」の重要な内容であり、こうした側面も含め、環境の観点から望ましい生活とはどういったものかを明らかにすることを試みます。


生活関連の環境負荷


●地球温暖化関係の環境負荷
 我が国の1995年のCO2排出量の内訳を家計と企業に分けてみますと、生活者が消費する電力や燃料に起因して排出される家計のCO2排出量は、およそ2割、企業等がおよそ8割です。家計のおよそ2割の内訳は、家庭が全体の1割強、マイカー利用などの運輸関係が全体の1割弱等となっています。一方1990年度~1995年度の伸び率は、家計がおよそ2割、企業等が約5%となっており、家計の伸び率が企業のそれに比べ顕著です。

家庭用用途別世帯当たりCO2排出量の推移
家庭用用途別世帯当たりCO<SUB>2</SUB>排出量の推移
(出典)住環境計画研究所推計


 家庭内でのエネルギー利用に伴うCO2排出の内訳の推移を見ると、給湯用、照明・動力用、冷房用が著しく伸びています。
 家庭内で消費されるエネルギー利用機器のライフサイクルエネルギーをみると、多くの機器では、使用段階でのエネルギー消費の割合が多くなっており、生活者の使用方法、機器のエネルギー効率が環境負荷に重要な影響を持つことがわかります。輸送機関ごとの人一人を1km運ぶのに消費するエネルギーは、自動車が大きくなっており、徒歩・自転車の利用、公共交通機関の充実・幅広い利用が望まれます。

家庭用機器・器具のライフサイクルエネルギー量
家庭用機器・器具のライフサイクルエネルギー量
(資料)「家庭生活のライフサイクルエネルギー」((社)資源協会)より環境庁作成


1人を1km運ぶのに消費するエネルギーの比較
1人を1km運ぶのに消費するエネルギーの比較
(平成7年度)
(資料)運輸省



●水質汚濁、水資源利用の状況
 東京湾の閉鎖性海域の化学的酸素要求量(COD)を見ると、生活系の寄与が7割となっており大きな汚染源となっています。生活用水の量は、昭和40年に比べ、平成6年度には約3.5倍に増大しています。

東京湾の発生源別汚濁負荷量の割合[COD](平成6年度)
東京湾の発生源別汚濁負荷量の割合[COD](平成6年度)
(資料)環境庁




●廃棄物
 家庭ごみの内訳を重量で見ると、家庭ごみの組成のうち、5割弱は生ゴミ(厨芥)となっており、次いで紙類が4分の1前後を占めています。

家庭ごみの組成(東京都23区及び京都市、平成8年度、湿重量)
家庭ごみの組成(東京都23区及び京都市、平成8年度、湿重量)
(資料)「'97清掃のあらまし」(東京都清掃局)より環境庁作成
(注)カン、ビンについては別途回収のため含まれない。
(資料)「家庭ごみ細組成調査報告書」(京都市清掃局)より環境庁作成


 また、生活者自身の取組よりも製品の製造・流通業者の取組のあり方により増減すると考えられる容器包装廃棄物の量が、家庭ごみのうち、重量で4分の1強、容積では6割弱を占めています。

家庭ごみ全体に占める容器包装廃棄物の割合(平成8年)
家庭ごみ全体に占める容器包装廃棄物の割合(平成8年)
(資料)厚生省調べ



●各主体の関わり
 上の例からも、生活関連の環境負荷低減を考えるためには、生活者の行動は勿論のことですが、それだけではなく、関連する事業者・行政・NGO等あらゆる主体の行動が織りなす経済社会システム全体を視野に入れる必要があります。
 例えば、事業者については、1)生活者に提供する財・サービスを、エネルギー効率がよいもの、ごみになりにくいもの等発生させる環境負荷の少ないものとすること、2)生活者の手元に財・サービスが届く前の時点で、環境負荷の少ない方法で生産・輸送し提供することなどにより、生活関連の環境負荷を低減することができます。また、行政については、1)都市計画や公共事業など行政が自ら、あるいは、民間との役割分担の下に計画・整備する道路等交通体系、下水道等の社会資本をどのようなものにするか、また、2)事業者や生活者の行動を規定する様々な制度・社会的ルール(誘導、規制等)をどのようなものにするか、というような行動により、生活関連の環境負荷の程度の影響を与えることができます。
 「ライフスタイルを環境に配慮したものに変えていく必要がある」との提起は、生活者だけではなく、事業者や行政にも変化を要求します。行政においても、生活関連の環境負荷の低減を目指す場合には、あらゆる施策を環境の観点から見直していく必要があります。

生活関連の環境負荷低減方策


生活者が行いうる方策

 我々の日常生活からは、あらゆる場面において環境への負荷が発生していますが、ちょっとした工夫と努力によってこの負荷を減らすことができ、環境問題の解決にも貢献することができます。
 例えばCO2の発生抑制を図る場合、家庭での電気、ガス、灯油、ガソリン、水の消費などあらゆる場面がCO2を排出する要因になっています。暖房機器や冷房機器、ガス器具を効率的に使うこと、節電、リサイクル、自動車の利用を減らすこと、節水などの工夫を積み重ねた場合、CO2の排出減少量は、平成9年地球温暖化防止のためのライフスタイル検討会がまとめた試算によれば、1世帯当たり年間約1.2トン減らすことが可能とされました。これは、平成7年の家庭生活の消費に関連したCO2の1世帯当たり年間排出量が約3.6トンなので、3分の1もの減少が可能になります。
 なお、環境に負荷を与える行動や環境によい影響を与える行動を記録し環境への負荷量の収支計算を行う「環境家計簿」をつけることは、自らの行動を客観的に評価し、環境への負荷の少ないライフスタイルの確立に役立ちます。


事業者が行いうる施策


●事業者の役割
 製造や流通の段階での環境への負荷を低減するため、製品の原材料を環境負荷の少ないものにするなど、事業者は様々な取り組みを始めています。
 事業者は、より環境負荷の低い製品や環境負荷の低減に関係するサービスを提供しうる点で、我々自身の生活に直接関連する環境負荷の低減に事業者の果たす役割は大きいです。事業者の環境配慮行動を支えるためには、社会システムのあり方の変革もまた必要です。
 低公害車などの環境負荷の低い製品の開発は、事業者の持つ技術力に負うところが大きく、事業者自身のイメージアップにもつながることから、積極的に開発に取り組む姿勢がみられます。
 国立環境研究所が実施したアンケート調査によりますと、77.4%の消費者は、環境問題を解決するためメーカーに「廃棄された製品を責任持って回収・処分します」ことを求めていますが、メーカーのうち、消費者から期待されていると認識しているのは、35.5%にすぎないなど、大きなギャップがあります。
 また、この調査の対象企業の半数近くは環境配慮について取引先やグループ企業に対し何ら要請していない状況にあり、関連する事業者からの部品調達時には、環境に配慮されているものを要求したり、環境に配慮した事業者から調達するなどに心がける必要があります。
 製造段階での環境負荷を低減することも事業者の重要な役割のひとつであり、製品を廃棄する段階での環境負荷を低減するためには、有害物質の使用量の削減などが必要です。

他事業者に対する環境配慮の要求状況
他事業者に対する環境配慮の要求状況
(資料)環境庁


 また、消費者は環境問題の解決者を自らの問題として意識しているというよりは、国や事業者が解決する問題と考えています。
 事業者は環境問題を解決するため行動を起こしつつあり、その動きをより大きなものとするため、我々は何をなすべきか考え、行動する必要があります。
 日常生活に起因する環境問題は、我々一人ひとりが原因者であることを認識し行動する必要があり、環境問題を自らの問題として認識し、生活者、事業者及び行政が三位一体で取り組むことから解決の糸口が見つかると考えられます。


行政が行いうる施策


●生活関連の環境負荷低減のための総合的な取組について
 本来ライフスタイルは、国民自身が選択し、発展させていくものであり、政府が強制するようなものではありません。しかし、ライフスタイルは、「人並みの生活」、つまり社会的に形成された「標準的」な生活水準に影響をうけるものでもあります。また、既存の法制度、経済社会の仕組みを前提としたライフスタイルを選択せざるを得ません。したがって、現在日常生活が大きな環境への負荷を与えている以上、政府が環境保全に向けた誘導、支援を行っていくことが必要です。
 公害対策基本法では、住民の責務として行政が行う公害防止に関する施策への協力等が定められていたにすぎません。環境基本計画では、環境情報の提供等国民への環境保全に係る普及、啓発施策を中心に、地球温暖化、廃棄物・リサイクル対策、自然と人間の共生の確保等環境分野の特定の目的を達成するための施策の中に内包される形で記述されていますものの、個別施策と国民のライフスタイル全体との関連が明らかにされていないなど、施策としてはまだ体系化されていない状況にあります。

●生活者や事業者の活動への働きかけ(環境教育・環境学習の推進)
 1972年の国連人間環境会議で採択された「人間環境宣言」や、1975年の「国際環境教育ワークショップ」で採択された環境教育に関するベオグラード憲章を受けて国際的な取組が進められてきました。我が国では、平成6年成立の環境基本法及び平成6年閣議決定の環境基本計画に基づき、環境教育及び主体的な学習を総合的に推進しています。子供たちへの環境教育・環境学習は、人間と環境の関わりについての関心と理解を自然体験や生活体験を通して深め、環境保全意識を高めることが重要です。環境庁は、全国の小中学生を対象に「こどもエコクラブ」への参加を呼びかけ、地方公共団体と連携し、環境学習・活動を地域の中で楽しみながら行えるよう支援しています。平成9年度は、全国約3,500クラブ、約55,000人の子供たちが参加しました。
 また、環境教育・環境学習はすべての年齢層に対して様々な場で機会を提供することが重要です。環境庁は、「エコライフ・ワークショップ」を全国に広めるため、企画・運営を行いうる人材を養成し、全国8箇所で開催しました。文部省は、博物館、公民館等の社会教育施設で生涯にわたる環境学習の機会を充実するとしており、実際に滋賀県立琵琶湖博物館等において取組が行われています。

●経済的手法
 財やサービスを生産する側が負担する費用のほかに、市場を経由せずに最終的には社会全体が負担する費用(外部費用;代表的なものが環境負荷)が存在します。経済的手法は経済的な誘因を与えることで、市場メカニズムを通じ、効率的に外部費用を内部化することを可能とするものです。
 こうした経済的手法の一つにデポジット・リファンド・システムがあります。この制度は、製品の販売時にデポジット金(預り金)を価格に上乗せし、使用済製品と引き換えにデポジット金を返却(リファンド)することで、使用済製品の回収を促進しようとするものです。下図は、米国のデポジット制度での容器の流れを図示したものです。

米国ニューヨーク州のデポジットシステムにおける容器の流れ
米国ニューヨーク州のデポジットシステムにおける容器の流れ
(資料)環境庁


 近年、OECD諸国などで、税制のグリーン化と呼ばれる考え方が注目されています。これは環境負荷を生じさせる活動に課税する(バッズ(BADS)課税)一方、経済活動によって得られる利益等に対する課税(所得税や法人税)を引き下げる(グッズ(GOODS)減税)ことで、効果的な環境保全の取組を促進しつつ、資源の効率的活用、生産性の向上等を確保しようとする考え方です。

●行政の活動の変革
 個人や事業者への働きかけに加え、環境負荷の少ない社会資本の整備等行政自身が行う活動を環境に配慮したものとしていくことが必要です。
 我が国では、交通網の発達により移動範囲が拡大し、郊外の大型店での買い物等が非常に便利になる一方、中心商店街の多くは活気を失い、住民も高齢化し、コミュニティの存続危機という問題が生じています。また、郊外へのスプロール化による周辺環境への影響が懸念されています。
 例えば運輸部門からの二酸化炭素排出量の少ない生活を送るためには、高密度でコンパクトな地域を作る必要があります。人々が利用する公的サービスや商店などの機能を、公共交通機関や自転車、徒歩により到達可能な範囲に集積させ、自家用自動車の使用を抑制するようなまちづくりを行うことは、二酸化炭素排出量を少なくするだけでなく、市街地の無秩序な拡大と中心市街地の空洞化を防ぐ効果も期待できます。

札幌市における通勤利用交通手段の変化
札幌市における通勤利用交通手段の変化
(資料)札幌市



生活者の取組による大きな力

 本来生活者の持っている力というのは、単に一人ひとりの直接的な取組の合計にとどまるものではありません。以下に述べるような住民運動や消費者運動、グリーン購入の取組に象徴されるように、生活者の意識や行動の変化は、直接・間接に他の生活者や事業者、行政を動かします。生活者の意識、事業者活動、行政の政策の変化は、互いに影響を与え合い、各主体の行動をさらに大きく変えていきます。こうしたプロセスによって、生活者の意識・行動の変化は、最初の小さな動きからは予想もできないような大きなうねりをつくり出し、社会制度や産業構造を変え、新たな価値観に基づく経済社会を創造し得る力を持っています。

●琵琶湖の富栄養化対策
 昭和52年、赤潮の発生をきっかけに、滋賀県では、合成洗剤の使用をやめ、粉石けんを使おうという運動が高まりました。一人ひとりの生活者が、実際の消費行動(滋賀県は条例検討の条件として、粉石けんの自主的普及50%を超えることとしましたが、これを達成)と行政・事業者に直接的に働きかける住民運動の両面で、環境保全への姿勢を示したことが大きな力となり、「琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」の制定という行政の対策につながるとともに、事業者をも動かす結果(無リン合成洗剤の発売、粉石けんの製造再開)となりました。

●牛乳パックの回収運動
 牛乳パックの回収は、一部の主婦の運動から始まったものですが、製紙会社、スーパー等の事業者、行政を動かして、廃棄されるだけであった牛乳パックの回収・再利用のルートを創り出し、最終的には、牛乳パックが、法律の分別収集の対象として位置付けられました。
 生活者は、その商品選択行動、また、直接的な消費者運動等により、事業者や行政に大きな影響を行使することができます。こうしたことから、生活者による積極的な環境負荷低減の取組が期待される一方、その大きな影響力故に、正しい知識や情報に基づいて適切な行動をとっていくことが必要です。


生活関連の環境負荷に係る各主体の行動の相関

 下図は、地球温暖化対策としての家庭内のエネルギー利用に伴うCO2の排出削減という取組を例に、生活者、事業者、行政の各主体の行動やその他の要素がどのように関わり合っているかを示しています。生活関連の環境負荷低減のためには、あらゆる主体の取組が必要であり、生活関連の環境負荷低減のための施策を行う際には、各主体が相互に影響を与え合いながら複雑な関連を持っていることを踏まえ、個別の取組の推進、促進を考えるだけではなく、関連を意識した体系だった施策を考えていく必要があります。

2 自然とのふれあいを取り込む生活へ


 日常生活等の場で自然と豊かにふれあい、自然と人間との共生を確保することは必要です。また、自然とのふれあいを通じて、自然への畏敬の念や愛情は、環境負荷の少ない環境と共生するライフスタイルの構築のきっかけとして大切な要素です。


変化した人間と自然との関係

家庭内でのエネルギー利用に伴うCO2排出削減のための各主体の取組の相関
家庭内でのエネルギー利用に伴うCO<SUB>2</SUB>排出削減のための各主体の取組の相関
(資料)環境庁


 より豊かな生活を目指して進めてきた経済成長は、物質的豊かさをもたらしましたが、自然と人間との関係を遠ざけました。国民の多くは自然の恩恵を直接的に意識しない生活スタイルを続けてきました。終戦直後に我が国の就業者の約半数を占めていた第1次産業就業者は、現在は約6%に過ぎず、急速なサラリーマン化により3大都市圏へ人口が集中しました。

虫とりの体験率(神奈川県立 橋本高等学校)
虫とりの体験率(神奈川県立 橋本高等学校)
(資料)田口正男「子供たちの昆虫体験はいかに変化したか」より環境庁作成



自然とのふれあいを生活に取り込む意識

 近年余暇時間の増大や環境に対する意識向上等により、自然とのふれあいの欲求が高まっています。身近な自然環境への関心も高まっています。


自然の保護と利用に関する世論調査
自然の保護と利用に関する世論調査
(自然とふれあう機会を増やしたいと思うか)
(資料)総理府「自然の保護と利用に関する世論調査」より環境庁作成



自然とのふれあいを生活の中へ


●自然公国を利用したふれあいの推進
 我が国の自然公園は、すぐれた自然を有しており、ふれあい、環境学習として良い場であります。自然公園では、人の制御を超えたより原生的な自然の世界にふれることで、人間性を回復し、代替性のない感動や喜びを体験することが可能です。また、自然公園は原生自然を含む微妙なバランスの上に成り立っているため、環境容量を考慮に入れた持続可能な利用をすることが必要です。
 我が国の自然公園の利用者数は増加傾向で推移、特に昭和60年代以降、リゾートブームの影響により増加しました。バブル経済の沈静化以降、大規模リゾート施設等の開発は一応の落ち着きを見せています。また、その地域の自然環境を損なわず、地域の自然や文化を学び、ふれあう旅行の形態
(エコツーリズム)が注目されています。

自然公園利用者数の推移
自然公園利用者数の推移
(注)国定公園は昭和32年より、都道府県立自然公園は昭和40年より利用者統計を開始した。
(資料)環境庁


 環境庁は、平成7年度から「自然公園核心地域総合整備事業(緑のダイヤモンド計画)」を実施しています。また、子供たちが自然にふれあい、学ぶ「エコミュージアム整備事業」を進めています。平成9年度からは「ふれあい自然塾整備事業」及び「ふれあい自然塾活動推進事業」として、国立・国定公園の中で、自然の中での暮らし、学び、冒険などを体験する施設の整備と、併せて参加型自然体験学習プログラムの策定を進めています。また、自然塾の友の会ともいえる、「自然大好きクラブ」が平成9年8月に設立されました。(財)国民休暇村協会は、各休暇村施設を環境教育・学習の拠点として活用する構想を進めています。
 現在、我が国でも自然解説指導者の役割が重要視されており、活動の場も広がっていますが、現状では数が充分とは言えず、人材育成が必要です。

自然利用にかかわる人材
自然利用にかかわる人材
(資料)環境庁


 アウトドア活動は、ともすればそれ自体が大きな自然破壊につながる恐れがあるため、アウトドア活動目的で自然公園を利用する人々へのマナー向上の指導・解説も重要です。また、国などの行政機関だけでなく、愛好者団体等の自主的・積極的活動の役割が大切です。南アルプス国立公園では、「南アルプス倶楽部」というNGOが、高山植物の生態調査や、登山者に対するトイレ改善の普及啓発活動を行っています。

●身近な自然とのふれあい
 余暇活動以外にも、日常生活の中で身近な自然を感じ、ふれあうことのできる機会を確保することが重要です。身近な自然が残る場所は多くが民有地であり、自然環境保全法等の対象外で、改変した方が経済的に有利なため、地主だけで維持していくことは不可能です。そこで、行政や地域住民、民間団体等の様々な主体が連携して身近な自然を管理していこうという動きがあります。
 平成6年から、市町村が「緑の基本計画」を策定し、緑地保全を主体的に推進できることとなり、市町村における積極的な取組が進んでいます。
 環境庁では、国立・国定公園以外での身近な自然環境を保全活用し、ふれあい、憩いの場づくりを進める「ふるさと自然ネットワーク」事業を進めています。
 身近な自然を保全していくためには、地域住民や民間団体の取組、行政との連携が必要です。横浜市では、市立舞岡公園において、地元のNGOとの連携により、市民の農作業を通じて市周辺の自然を保全しています。また、市内に「市民の森」を整備しています。大阪府西淀川区では、ぜん息公害訴訟の和解金を基金とし、平成8年度に(財)公害地域再生センターが設立され、地域環境の再生のため、身近な自然の掘り起こしを行っています。体験的に自然とふれあうことは、自然への豊かな感受性を育て、環境保全意識が芽生える重要なきっかけとなります。

3「循環」と「共生」を実現するライフスタイル


 「循環」と「共生」のライフスタイルは、様々な形のものが想定されますが、現段階で考えられる一つの形を、第2章で論じた生活経済圏を基にイメージしてみます。
 地域の中に、水田や畑、林業等の一次産業、これらを加工する食品産業、木材産業や建築業、さらに運輸・流通業、新鮮な地元産品を中心に販売する小売り店舗やレストランが存在しています。これらの産業は、極力地域の資源を活用し、地域の独自性、希少性、さらには芸術性を重んじた高付加価値製品の製造・販売を目指しています。各種の製品については生産、利用、廃棄段階で環境負荷が少ないものが生産されています。さらに、修理産業やリサイクルショップ等再利用産業も盛んになり、ものを長く使う習慣が定着しています。
 さらに環境教育の拠点や地域の文化・歴史を伝える施設が設置され、地元の人と行政とのパートナーシップによる運営がなされています。
 職住近接による長距離通勤の解消、ワークシェアリング等により人々の自由時間が増大しています。各家庭、オフィス等には、自由時間を生かして営まれる家庭菜園や水辺が確保されています。また建築物は省エネルギー構造で建築され、自然エネルギーや水の再利用システムも導入されています。
 このような、産業、住居の配置は、生物生息空間と共存する形で形成され、流域の環境容量の範囲内の規模で設置されています。
 市街地においては、利便性の高い公共交通機関が運行され、自転車道路等も設置されています。また中心市街地は、緑あふれる広場とトランジットモールが形成され、人々の交流が行われています。川、緑地、農地、渓流や森林等自然が十分に確保されているとともに、雑木林の管理、植林等の自然の回復に資する取組も自発的になされています。
 このような地域において、老若男女を問わず、様々な世代、立場の人々が会し、コミュニケーションが行われ、お互いの知識が共有されます。
 このようなライフスタイルは、自然の恵みを享受した豊かな生活を実現させるとともに、環境への負荷を低減させることが期待できます。
 社会システムが変化し、人々の交流が進められることにより、自発的に、環境負荷が少なく、自然の保全と人間とのふれあいが確保されるライフスタイルの形成が促されるでしょう。その結果、生態系は豊かさを取り戻し、人々の自然とのふれあいが促進されるとともに、人々の健康や安全も確保された豊かで潤いのある生活が実現されます。



第4章 環境の現状


 今日の環境問題の多くは、私たちの通常の社会経済活動による環境への負荷に起因し、その影響は、地球環境や将来の世代まで及ぶ状況となりつつあります。こうした状況は、地球の温暖化、都市の大気汚染、水質汚濁、廃棄物の増大等の問題となって現れています。このような環境の実態をまず認識することが大切です。


地球温暖化

 地球温暖化の問題とは、人為的影響により温室効果ガスの濃度が上昇し、地表の温度が上昇する結果、気候、生態系等に大きな影響を及ぼすものです。温室効果ガスの温室効果への寄与度は、CO2が64%を占め、CO2の発生源対策が急務となっています。温暖化の徴候は、平均気温の上昇、海面水位の上昇という形で現れており、今後も、気象、生態系等に様々な影響を及ぼすおそれがあります。


オゾン層の破壊

 オゾン層破壊の問題とは、クロロフルオロカーボン等が成層圏で分解されて生じる塩素原子等によりオゾン層が破壊され、有害な紫外線の地上への到達量が増加し、人の健康や生態系に悪影響を及ぼすものです。南極上空では、毎年南極の春にあたる時期に成層圏のオゾンが著しく少なくなる
「オゾンホール」と呼ばれる現象が起きています。1997年も、最大規模であった過去5年と同程度のオゾンホールが確認されました。しかし、南極ではCFC等の大気中濃度の増加率は低下し始めており、CFC等に由来する対流圏中塩素等の濃度は1995年に減少に転じたことが確認されています。

成層圏に存在する塩素の主要発生源
成層圏に存在する塩素の主要発生源
(資料)環境庁



酸性雨

 酸性雨は、硫黄酸化物や窒素酸化物等の大気汚染物質を取り込んで生じる酸性度の高い雨や雪等のことです。酸性雨のために、湖沼、河川等が酸性化し魚類に影響を与えたり、土壌が酸性化し森林に影響を与えたり、文化財への沈着がその崩壊を招くことが懸念されています。第3次酸性雨対策調査の中間取りまとめによれば、我が国でも、森林や湖沼等の被害が報告されている欧米並の酸性雨が観測されており、酸性雨が今後も降り続けば将来影響が現れる可能性もあります。

降水中のpH分布図
降水中のpH分布図
 (注)1)第2次調査は、平成元年度から4年度までの平均値である。
  2)札幌、新津、箆岳、筑波は平成5年度と6年度以降では測定頻度が異なる。
  3)東京は第2次調査と平成5年度以降では測定所位置が異なる。
  4)倉橋島は平成5年度と平成6年度以降では測定所位置が異なる。
(資料)環境庁



窒素酸化物等大気汚染物質による汚染の現状

 我が国の大気汚染は、二酸化硫黄、一酸化炭素については近年は良好な状況ですが、二酸化窒素、浮遊粒子状物質については大都市地域を中心に環境基準の達成状況は低水準で推移しています。また、ダイオキシン類のように意図せずに生成され大気中に排出される有害化学物質については、平成8年に改正された大気汚染防止法に基づき対策が進められています。


騒音・振動・悪臭・ヒートアイランド・光害等の生活環境に係る問題

 騒音・振動・悪臭は、主に人の感覚に関わる問題であるため、生活環境を保全する上で重要な課題となっています。それぞれの苦情件数は全体的に年々減少していますが、各種公害苦情件数の中では大きな比重を占め、発生源も多様化しています。騒音に対する苦情は公害苦情件数の中で最も多く、特に工場・事業場に関するものが多くなっています。悪臭については、サービス業や個人住宅等都市・生活型苦情件数の割合が増加傾向にあります。
 この他に、首都圏などの大都市では、地面の大部分がアスファルト等に覆われているため、水分の蒸発による温度の低下がなく、夜間に気温が下がらない「ヒートアイランド」と呼ばれる現象や、必要以上の照明により、夜間星が見えにくくなったり生態系への影響が懸念される「光害」と呼ばれる現象が起きています。

典型7公害の種類別苦情件数の推移
典型7公害の種類別苦情件数の推移
(資料)公害等調整委員会
  平成8年度土壌汚染は299件地盤沈下は23件、であり表示は省略した。



水質汚濁の現状

 水質汚濁に係る環境基準の達成率は、河川については渇水の影響で低下した平成6年から引き続き改善しつつあります。しかし、湖沼・内湾などの閉鎖性水域では依然として達成率は低い状況です。閉鎖性水域の水質改善には、その海域に流入する汚濁負荷量の削減が必要です。そのため、現行の排水基準では環境基準の達成が困難な海域として東京湾、伊勢湾、瀬戸内海を指定し、現在第四次総量規制を実施しています。海域は河川や湖沼と比べて高い達成率となっており、一定の水質改善効果は現れていると判断されます。
 我が国の水質汚濁は、工場、事業場排水に関しては、排水規制の強化等の措置が効果を現しています。一方生活排水は下水道や合併処理浄化槽の整備が十分でなく対策が遅れています。特に集水域の都市化が進んでいる湖沼では、下水道の整備等が人口の増加に追いつかず、排出負荷量のうち生活排水の占める割合が大きくなっています。

有機汚濁等に関する水質の環境基準項目
有機汚濁等に関する水質の環境基準項目
COD:科学的酸素要求量 BOD:生物化学的酸素要求量 pH:水素イオン濃度 SS:浮遊物質量 DO:溶存酸素量
資料:環境庁


環境基準(BOD又はCOD)達成率の推移
環境基準(BOD又はCOD)達成率の推移
(資料)環境庁



健全な水循環機能の維持・回復

 水は循環することにより繰り返し利用が可能になるという特徴を持ち、健全な水循環の維持・回復は水環境の保全のために重要な課題です。健全な水循環の確保のためには、従来行われてきた水質規制等に加えて、森林や水田の整備、雨水の貯留・浸透施設の設置、緑地の整備等を農村都市を問わず総合的に行っていく必要があります。


海洋環境の保全

 海洋は、陸上の汚染が最終的に行き着く場所となることが多く、汚染が世界的に確認されています。平成9年に海上保安庁が確認した海洋汚染の発生件数は713件で、平成8年に比べ41件の減少でした。このうち油による汚染は405件と高い比率を占めています。油以外のもの(廃棄物、有害液体物質、工場排水)による汚染は254件、赤潮は54件でした。

海洋汚染の発生確認件数の推移
海洋汚染の発生確認件数の推移
(資料):海上保安庁



土壌汚染・地盤沈下

 土壌の汚染は一旦生じると農作物や地下水等に長期にわたって影響を与える蓄積性の汚染であり、改善が困難です。農用地の汚染については、汚染の検出面積7,140haに対し対策事業の完了面積は5,410haでした。市街地土壌の汚染については、工場跡地等の再利用で土地改変に伴って土壌調査が行われ、土壌中から重金属が検出される例等が頻出しています。

市街地土壌汚染の年度別判明事例数
市街地土壌汚染の年度別判明事例数
(注)調査の対象は昭和50年度(1975年度)以降であるが、それ以前に判明し、報告があった事例については、平成6年度調査と同様、対象とした。
(資料)環境庁


 地盤沈下は、地下水取水制限等により、長期的には沈静化に向かっています。しかし、平成8年度の年間4cm以上の地盤沈下地域の面積は、平成7年度の0.5平方キロメートル未満から22平方キロメートルと大幅に増加しました。森林の減少による土壌の保水能力の減退により、地下への水供給が減少し地下水圧が低下し地盤沈下が進行することが懸念されています。

平成8年度の全国の地盤沈下の状況
平成8年度の全国の地盤沈下の状況
(資料)環境庁



容器包装等のリサイクル

 ごみの排出量の削減やごみの再資源化と再利用は緊急の課題となっています。平成9年4月から、容器包装リサイクル法に基づいて、アルミ製容器包装、スチール製容器包装、ガラス製容器、飲料用紙製容器及びポリエチレンテレフタレート製容器の分別収集及び再商品化が始められました。また、スチール缶、アルミ缶の再資源化率は増加の傾向が見られました。

ごみのリサイクル率の推移
ごみのリサイクル率の推移
(注)リサイクル率=(資源化総量+集団回収量/計画処理量+集団回収量)×100
(資料)厚生省



自然環境の現状

 我が国は、自然植生や植林地等なんらかの植生で覆われている地域は全国土の92.5%です。そのうち森林は国土の67.1%を占めています。この割合は海外と比較しても高い水準ですが、国土全体では自然性の高い緑は限られた地域に残されているのが現状です。自然植生は全国土の19.1%であり、このうちの58.8%が北海道に分布しています。一方近畿、中国、四国、九州地方では、小面積の分布域が山地の上部や半島部、離島等に存在しているにすぎません。

地方別に見る植生自然度の構成比
地方別に見る植生自然度の構成比
(出典)第4回自然環境保全基礎調査「植生調査」


また、湖沼、河川、海岸等について自然状況の調査を行いましたが、いずれも人工化が進行していることが明らかになりました。これらの自然環境は生態系に重要な役割を果たすものもあります。自然環境の人工的改変は不可逆のものであり、慎重に行われなければなりません。


海外自然環境の現状

 森林は世界の陸地の約4分の1を占め、二酸化炭素の吸収、地熱の放射、水バランスの調整等に重要な役割を果たし、生物多様性の保全のためにも大切な機能を持っています。近年の熱帯林の急速な減少は森林資源の枯渇のみならず、生息する生物種の減少をまねいています。また、森林消失による大量の二酸化炭素の放出が地球温暖化を加速させることが懸念されています。
 砂漠化の問題は気候的要因と人為的要因により発生しています。アフリカのサヘル地方等では過放牧や周期を短くした移動式耕作等により砂漠化が進行しています。UNEPによると、世界には61億ha以上の乾燥地が存在し、地球の陸地の40%近くを占めています。こうした乾燥地域で世界人口の約5分の1の人々が生活しており、そのうち9億haがいわゆる砂漠で、残りの52億haの一部でも人間の活動による砂漠化が進行しています。

国別の森林減少率、1980~1990年
国別の森林減少率、1980~1990年
(資料)世界の資源と環境96~97



日本の野生生物種の現状

 我が国には、気候的、地理的、地形的条件により亜熱帯から亜寒帯まで広がる多様な生態系が存在し、動物は、脊椎動物1,214種、無脊椎動物35,207種、植物は、維管束植物7,087種、藻類約5,500種、蘚苔類約1,800種、地衣類約1,000種、菌類約16,500種の存在が確認されています。この数は、野生生物種の数の多い熱帯林を擁する国々と比べると少ないのですが、先進国、特にヨーロッパ各国と比べると豊かな水準となっています。環境庁では鳥獣の保護繁殖のため必要のある地域には鳥獣保護区の設定等を行い、一方エゾシカ等の野生鳥獣による農作物等への被害に対しては野生鳥獣の管理・被害防止対策を推進しています。
 人間の、社会経済活動の拡大に伴う生息地の破壊等により、野生生物は生息数の減少や絶滅への圧力を受け続けています。我が国は、緊急に保護を要する動植物の種の選定調査を実施し、「日本の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータブック)」を発行しています。平成9年にレッドデータブックのカテゴリーが改訂され、既存の分類による種も徐々に新しいカテゴリーに移行しています。これらによれば、我が国に生息する哺乳類の約7%、鳥類の約8%、爬虫類の約19%、両生類の約22%、汽水・淡水魚の約11%が存続を脅かされている種とされています。

我が国で確認されている動植物及び菌類の種類並びに絶滅のおそれのある種の現状
我が国で確認されている動植物及び菌類の種類並びに絶滅のおそれのある種の現状

 (1)動物の種数(亜種等を含む)は「日本産野生生物目録(1993.95年、環境庁編)」等による。
 (2)維管束植物の種数(亜種等を含む)は植物分類学会の集計による。
 (3)蘇苔類、藻類、地衣類、菌類の種数(亜種等を含む)は環境庁調査による。
 (4)絶滅のおそれのある動物種(亜種等を含む)の現状は「日本の絶滅のおそれのある野生生物(1991年、環境庁編)」による。ただし、両生・爬虫類については環境庁(1997)による。
 (5)絶滅のおそれのある植物等の種の現状は環境庁(1997)による。


内分泌攪乱物質(環境ホルモン)について

 平成8年度の魚類に関する化学物質環境調査結果では調査対象の7物質のうち4物質が検出されました。この中には内分泌攪乱物質の疑いがあるものも含まれていました。内分泌攪乱物質は、細胞内に入り込んで正常なホルモンが結合すべき受容体に結合し遺伝子に誤った指令を出します。これが、発育・生殖機能の異常、精子数の減少、乳がん、卵巣がん等の誘発につながるのではないかと疑われています。内分泌撹乱物質は、従来の化学物質の安全基準である発がん性とは異なった仕組みで人体に影響するため、早急に科学的研究に基づく事実関係の究明に努めなければなりません。


生物多様性の保全

 今日の種の絶滅は、自然のプロセスではなく人間の活動が原因であり、地球の歴史始まって以来の速さで進行しています。このため種の絶滅は地球環境問題の一つとしてとらえられ、「ワシントン条約」「ラムサール条約」等で国際的な取組が行われています。また、地球上の生物の多様性を包括的に保全するための国際条約として「生物の多様性に関する条約」が締結されています。これを受けて我が国は生物多様性国家戦略を策定しました。この中では、生物多様性の現状を把握し、生物多様性の保全と持続可能な利用のための長期的目標を定めています。

オオソリハシシギ 日本の干潟を経由してオーストラリアからシベリアの繁殖地へ向かう
オオソリハシシギ 日本の干潟を経由してオーストラリアからシベリアの繁殖地へ向かう



自然公園・温泉地等の利用

 近年、都市の身近な自然の減少や国民の環境に対する意識の向上等に伴い、人と環境との絆を深める自然とのふれあいへのニーズが高まっています。自然公園を訪れる人々の数(利用者数)は、平成8年は9億8,507万人でした。

西海国立公園、九十九島を望む
西海国立公園、九十九島を望む

むすび


 平成10年は、環境基本法の制定(平成5年11月)5周年に当たります。この基本法に基づく最も中心的な施策として平成6年12月に閣議決定された環境基本計画において、21世紀半ばまでを展望した上、政府が長期的、総合的に21世紀初頭までに進めていく環境政策全体の道筋が明らかにされています。この中では、経済社会システムやライフスタイルを根本的に変える必要性とその方向について、既に明確に打ち出されています。すなわち、現在の経済社会を持続可能なものに変革していく理念や戦略を含み込んだ長期的な目標として「循環」と「共生」を掲げています。

 本年の環境白書では、現在の大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会システムやその基本としてのライフスタイルの限界を超えて、21世紀の経済社会の基調に据えるべき目標としてのこの「循環」と「共生」を具体化していく方向に動き始めている様々な事例の中に、これらの目標のその可能性における豊かな内容を少しでも明らかにしていくこと、さらにその過程でのそれらの一層の充実化や明確化の方途を探っていくこと、などを意図したものです。このことを通じて、循環と共生を具体化していく21世紀の社会のあり方を展望し、また、その中で現状の問題性を浮かび上がらせることができればということでもあります。

 現実に動きつつある様々な取組の中に、21世紀に向けた「循環」と「共生」を基調に据えた新たな経済社会の胎動を、わずかなりとも感じ取ることができれば、この白書が意図したことの一端は果たし得たといえます。経済社会システムやライフスタイルを変えていくことは、様々な困難や痛みを伴うものであり、いまだ緒についたばかりです。しかしながら、ささやかではあっても小さな希望を感じさせるような動きが色々な形で芽を出してきていることも事実です。これらの地域的かつ個性的な取組に共感を持ちつつ注目し積極的な評価を与えるとともに、それらを経済社会システム全体の中につないでいき、より広い視野から冷静な洞察力を持って21世紀への変革の方向を描くべき時期に来ているのではないでしょうか。



(絵:中島由理)