平成4年版
図で見る環境白書


 第1節 環境の現状

  1.公害等の現状

  2.自然環境の現状

 第2節 長持ちすることの大切さ

  1.問われる人類社会の長持ち度合

  2.役に立たせたい日本の公害経験

 第3節 長持ちしにくい最近の日本

  1.ごみ捨て場になる大気

  2.増えるゴミと進まないリサイクル

  3.工夫が求められる農林水産業

  4.盛んになる余暇・観光

 第4節 長持ちできるか、開発途上国

  1.貧困と環境破壊の悪循環

  2.国際社会との深いかかわり

 第5節 長持ちする社会を目指した取組

  1.市民の取組

  2.企業の取組

  3.政府の取組

  4.国際社会の取組




表紙の絵は、故坪田愛華ちゃん(島根県斐川町)の作品「地球の秘密」による。

この本を読まれる方に

 この小冊子は平成4年版の環境白書(総説)をもとにしてその内容をやさしくかいつまみ、また、白書の公表以後のでき事も加えて新しく編集し直したものです。
 平成4年版白書は「持続可能性」(長持ちさせること)という新しい考え方に沿って、環境行政のこれまでの成果と直面している課題を掘下げています。現代の私たちが行っている活動には、私たちには利益が大きくても、長年の間には地域や地球の生態系を変えてしまい、私たちの子や孫には取り返しのつかない被害を押し付けてしまうものがあります。持続可能性を考えることとは、こうしたことがないよう、未来の世代の利益も今のうちから考えに入れて私たちが行動する、ということだとも言えましょう。
 環境白書の表紙もこの冊子の表紙も環境を守ることに向けた熱い気持ちを訴える児童画です。これは、子供たちが使うべき環境を今の人たちが先に使い切ってしまわないように、という持続可能性の考え方を子供たちの訴えに託して国民の皆様に伝えたかったからです。
 本年6月、国際社会では、この持続可能性の考えを基本テーマにして、「環境と開発に関する国連会議」が開かれました。世界各国の最高指導者が集まったので地球サミットとも呼ばれますが、ここでは、今後、世界の環境行政を大きく変え強化していくことが決められました。
 わが国でも、この地球サミットを受けて、持続可能な日本づくりや地球づくりというまったく新しい課題に挑戦しなければなりません。それが、世界の中で大きな位置を占める日本の責務だと言えましょう。この冊子をお読みになった皆様がこの挑戦が欠かせないものであることを理解され、これに積極的に参加、協力して下さいますよう期待します。

第1節 環境の現状


 かつては、特定の限られた地域で特定の汚染物質によって生じた公害などが環境問題の中心でしたが、最近では、環境を構成するさまざまな要素が互いに関係し合って悪化が進み、悪影響が及ぶ範囲が広域にわたるようになってきました。環境がその基礎から損われてきたのではないかと心配されます。

1.公害等の現状


窒素酸化物などによる大気汚染

 人の活動に伴って、大量の、そして数多くの物質が大気の中に出されています。大気は見えないごみの捨て場になっているのです。その結果、大気の成分や性質が変わって、人の健康や動植物などに悪影響が生じるおそれが出てくるようになります。これが大気汚染による公害です。
 日本では、二酸化窒素による大気汚染が特に問題となっています。昭和54年度以降、改善の傾向にありましたが、昭和61年度から再び悪化の傾向にあり、平成2年度も高い濃度の汚染が大都市を中心に見られました。環境基準(人の健康及び生活環境を保護する上で維持されることが望ましい基準)を満たせない場所も広がっています。この背景の一つには自動車がますます多く使われるようになってきたことがあります。このため、工場での対策だけでなく、自動車1台ごとの規制を強めているほか、大都市地域では自動車の使い方についても法律に基づく対策を行っていくことにしました。
 二酸化硫黄による公害については、日本においては、かつて、大きな問題となっていましたが、工場などに対する厳しい対策が効を奏し、最近では、大半の地域で環境基準が達成されています。しかし、今日においても、開発途上国では、二酸化硫黄による公害は大きな問題となっており、例えば、生産優先の考えが強かった東欧や旧ソ連では老朽化した工場からの二酸化硫黄、二酸化窒素、ばいじんなどの汚染が著しいことが分かってきました。また、先進諸国においても日本と同じように二酸化窒素による大気汚染が問題となっています。

二酸化窒素濃度と浮遊粒子状物質濃度の年平均値の経年変化(継続測定局平均)
二酸化窒素濃度と浮遊粒子状物質濃度の年平均値の経年変化(継続測定局平均)
(備考)環境庁


途上国主要都市の大気汚染状況
途上国主要都市の大気汚染状況
(備考) GEMS (Global Environment Monitoring System)に基づく「World Resources 1990~1991」から引用。
二酸化硫黄150μg/m3、浮遊粉じん230μg/m3は、WHOのかつての指針値。


 大気汚染には、このほかにもたくさんの種類があり、特に、浮遊粒子状物質(大気中をただよう非常に細かい(粒径10ミクロン以下)物質の総称)や光化学オキシダント(炭化水素や二酸化窒素が太陽の光に当たって生じる物質で非常に酸化力が強い)による大気汚染は、人の健康な生活に影響を与えるなど問題が多く、自動車に対する排出規制などの総合的な対策により取り組んでいるところです。

地球の温暖化

 地球の大気中には二酸化炭素などがあり、地球から宇宙へ熱を出にくくし、地球を暖めています。これらのガスは温室効果ガスと言われ、これがなければ地球の気温は今より30℃も低いはずです。
 しかし、これらが増えるのも問題です。石炭や石油などが燃えると出る二酸化炭素は、産業革命の前には280ppm程度の濃度(空気1立方メートルに牛乳びん1本半ほどの二酸化炭素が混じっている状態)であったのが、最近では350ppmまで高まり、さらに年々0.5%ずつ高まっています。気温は、こうした増加がない場合に比べ0.3~0.6℃程度は高くなっているはずだと計算されています。二酸化炭素以外にも温室効果ガスがあり、これらも人の活動が盛んになるに従い増えています。今後には、エネルギー消費の増加、二酸化炭素を吸収する森林の減少が予測され、21世紀中にはさらに温室効果ガスの濃度が高まります。
 その結果、西暦2025年頃には気温が今より1℃上がり、21世紀末頃には3℃くらい上がるなどと予測されています。たった3℃とはいえ、これは例えば東京と鹿児島の気温の差より大きく、地球全体の環境が変わってしまうことを意味しています。対策が取られないとますます気温が上がるものと予測され、海面が上昇し、雨の降り方も変わって、野生動植物の減少、環境難民の増加、食糧生産への悪影響や熱帯の疾病の北上などが起き、取り返しがつかないおそれがあります。地球温暖化は、地球環境問題の中でも特に悪影響が心配される問題です。このため、日本では90年10月に策定した「地球温暖化防止行動計画」に基づき各種の施策に取り組んでいます。また、92年5月には気候変動枠組み条約が採択され世界全体が協力して対策を行うための枠組みも整えられつつあります。

自動車による交通渋滞(提供:PANA通信社)
自動車による交通渋滞(提供:PANA通信社)

1861年~1989年の全地球平均気温の変化
1861年~1989年の全地球平均気温の変化
(備考)IPCC報告書から引用。
    陸上気温と海上気温とを含む全球平均気温の変化。
    1951~1980年の平均値との差で示す。


大気中の二酸化炭素濃度の経年変化
大気中の二酸化炭素濃度の経年変化
(備考)サイプル、マウナロアのデータ(TRENDS90による)


オゾン層の破壊

 成層圏に多く存在するオゾンは波長の短い有害な紫外線を吸収し、地球の生物を守る宇宙服のような大事な役割を果たしています。オゾン層が破壊されると有害な紫外線が地上に届き、人に皮膚ガンや白内障が起きたり、生物の成長が妨げられたりする問題が起きます。
 既に南極では春の時期にオゾンが大変減ってしまう現象(オゾン・ホールという)が起きています。北半球の中・高緯度、例えば、日本の札幌上空でもオゾンが減っているとの測定結果が出ています。オゾン層を破壊する物質はクロロフルオロカーボン(いわゆるフロンの一種)、ハロン、トリクロロエタンなどです。モントリオール議定書という国際的な約束に従い世界中でこれらの物質を減らす対策が進められていますが、この対策の強化が求められています。

南極上空のオゾン量の変化(単位:m atm-cm)
南極上空のオゾン量の変化(単位:m atm-cm)

酸性雨

 酸性雨は、1ページで説明した二酸化硫黄や二酸化窒素が大気中を長い間漂ううちに酸化されて、雨に溶けて地上に降ってくる現象です。雨はごく自然の状態でも大気中の二酸化炭素等を溶かしてやや酸性(水素イオン濃度pH5.6~7.0程度)を示します。それより酸性の強い雨(pH5.6以下)を酸性雨と呼びます。欧米では、これにより森林が枯れたり、湖が酸性化して魚が住めなくなったり、石造りの建造物が溶けるといった大きな被害が生じています。日本でも欧米と同程度の酸性雨が降りますので、被害を起こさないよう監視を強める必要があります。また、中国でも酸性雨が生じており、日本としても中国での公害対策に協力していくこととしています。

日本の酸性雨の状況
日本の酸性雨の状況


欧州、中国における酸性雨の状況
欧州、中国における酸性雨の状況
(備考)欧州:EMEP DATA REPORT 1989より
    中国:全浩「最近の中国の環境問題-酸性雨を中心にして-」より


海、川、湖の水質の汚濁

 大きな被害をもたらした水俣病は工場排水に混じっていた有機水銀で魚が汚染され、これを多く食べて発生しました。こうした重金属などの有害な物質によって生じる水質汚濁については、日本では、厳しい対策を進めた結果、今では全国どこでも環境基準(健康項目)をほぼ達成しています。しかし、BOD、CODで表される有機物質による水質汚濁では、環境基準(水域ごとに目標濃度が異なっている)の達成率は必ずしも高くなく、平成2年度では、若干達成率が低くなっています。特に、湖沼や内湾のような水の入れ替わりの遅い水域(閉鎖性水域という)が問題です。例えば湖沼では、環境基準達成率は、平成元年度は46.3%であったのが2年度には44.2%へと悪化するなど、低い状況です。このため、生活排水対策や産業排水の規制の強化などに努めています。
 このほか、近年、地下水の汚染が問題となっていて、対策が進められています。
 世界の各地でも水質の悪化が問題となっていて、安全な飲料水や農業用水が十分に確保できない場所も見られます。

環境基準(BODまたはCOD)達成率の推移(水域別)
環境基準(BODまたはCOD)達成率の推移(水域別)
(備考)1.環境庁調べ。
    2.達成率は、(環境基準達成水域数÷環境基準当てはめ水域数)×100(%)


騒音

 騒音は大気中に出される無駄なエネルギーの一つの姿で、家庭の団らんや安眠を妨げ、精神的な苦痛をもたらします。工場や各種の交通機関等から生じますが、特に、沿道での自動車交通騒音については環境基準の達成率が悪くなって問題になっています。例えば、最近5年間にわたって継続して測定をしている全国1,056箇所についてみると、環境基準達成率は年々悪化し、ついに平成2年度には10%を切ってしまいました。これに対し、自動車1台ごとの騒音の規制をこれまで強めてきたほか、公害防止計画といった仕組みを活用し、道路構造の改善や物流の合理化などの事業を計画的に進めています。
 このほか、工場の騒音に対する苦情も多く、新幹線、在来鉄道、航空機によるものもいくつかの地域で問題となり、対策が進められています。さらに、過密な都市生活の中で、家庭生活騒音、カラオケ騒音、拡声器放送等の近隣騒音にも苦情が出されており地方自治体による対策などが行われています。

土壌の汚染など

 公害には、このほか振動、悪臭、地盤沈下や土壌の汚染などがあります。これらのうち地盤の沈下は回復のできない公害ですし、土壌の汚染も一旦生じると対策の難しいものです。わが国では、市街地の土壌の汚染が明らかになる事例が各地で相次いでいますし、農地の汚染は7,050ヘクタールに達していて、それぞれ対策が進められています。

自動車騒音に関する環境基準の達成状況の変化
自動車騒音に関する環境基準の達成状況の変化
(備考)最近5年継続して測定点(1,056地点)を対象。
    4時間帯とは、朝、昼、夕、夜間をいう。
    環境庁調べ。

2.自然環境の現状


森林の減少

 植物が取り入れた太陽エネルギーを草食動物が利用し、さらにこれを肉食動物が利用します。こうした意味で、森林をはじめとした植生は環境の基礎です。特に森林は、地域の災害を防ぎ、水や各種の産物を提供し、多くの生物の住み家となっていますし、二酸化炭素を吸収するなど地球全体の環境の安定化に役立っています。
 わが国の国土は必ずしも広くはありませんが、開発の容易な平野に乏しく、雨が多いため日本では森林の割合が国土面積の約7割と世界的にも高くなっています。しかし、自然林の割合は国土面積の19%にとどまり、減少の傾向にあります。
 世界では、約40億ヘクタールの森林があり、そのうちの約半分(約53%)が開発途上国の森林で、その多くは熱帯林です。FAO(国連食糧農業機構)によると、熱帯林の減少はかつての予測以上に進んでいて、面積でみると、調査対象の87ヶ国の合計で年間1700万ヘクタール(本州の面積の約74%に相当)、年率にして0.9%の割合で減っています。内外で森林を守り育てるための取組が行われていますが、なお一層の努力が必要です。

砂漠化、土壌の劣化

 UNEP(国連環境計画)が1992年に発表した報告書によると、世界には約61億ヘクタールの乾燥地があり、ここで人類の5分の1が暮らしています。こうした乾燥地のうち約33億ヘクタールの耕地で砂漠化が進んでいます。さらに、水や風による侵食、塩害などにより世界中で約11億ヘクタールの土壌が劣悪な状態になりつつあります。
 このような砂漠化などの影響が最も深刻なのはアフリカであり、アフリカの乾燥地の8割以上で土壌が貧弱になってきており、いわゆる環境難民の問題が生じています。
 国連が中心になり関係国において砂漠化対策を進めていますが、成果は余り出てきていません。

植生の変化状況
植生の変化状況
*1 市街地などには緑の多い住宅地が含まれる。
*2 開放水域を含まない。
(備考) 環境庁 自然環境保全基礎調査(植生調査)


熱帯87ヵ国の熱帯林の減少面積
熱帯87ヵ国の熱帯林の現象面積
(備考)FAO 1990年森林資源評価プロジェクト 第2次中間報告


世界の乾燥地域
世界の乾燥地域
(備考)UNEP/GRID,CRU/UEAより


野生生物種の減少

 野生生物は進化の歴史の伝え手として貴重な情報を持っているだけでなく、生態系の構成要素として物質循環や食物連鎖を支えています。また、人類にとって、生活の糧や科学技術の対象・材料、芸術・レクリエーションなどの対象としても重要です。こうした大切な地球の仲間が今減りつつあり、問題となっています。
 例えばこれまでに確認された日本の野生動物についてみると、昆虫類が約29,000種、昆虫以外の動物が約6,300種(亜種を含む)になるとされています。これらのうち、種の数が極めて多い昆虫を除いた動物各種では、その約15%に当たる種で絶滅の危機が迫っていたり、そのおそれがあったり、あるいは極めて数が少なくなっています。日本産の植物でも約17%の種で絶滅のおそれがあるという調査が出ています。
 野生生物は人の生活環境の質を映す鏡です。「きょうの鳥はあすの人間」という言葉がありますが、多様な生物種と人が共存していけるような対策が必要です。このため、「絶滅のおそれのある野生生物の種の保存に関する法律案」を国会に提出し、平成4年5月29日に成立しました。
 野生生物種の豊富な所は熱帯地方の諸国です。世界各国のうちわずか12ヶ国に世界全体の生物種の6~7割が、また、世界の陸地の7%を占めるに過ぎない熱帯林に世界の生物種の約半分が住んでいると言われています。こうした国々での野生生物保護対策は特に重要で、日本などの先進国もこれに協力する必要があります。
 野生生物の中には、渡り鳥のように国境を越えて移動するもの、ペットや原材料として国際貿易されるもの、公海を自由に泳ぎ各国の漁業の対象になっているものもありますので、こうした種類の生物を保護するための国際的な協力も必要です。このため、例えば、国際貿易される野生生物種については絶滅のおそれの度合に応じて貿易を制限しようとする「ワシントン条約」という国際条約が結ばれています。日本に対しては、野生生物の保護に関心の低い国との批判がありますが、この条約に沿って規制を行うよう努力が続けられていますし、この条約の第8回の締約国会議を日本で開くなどの協力をしてきました。また、公海の漁業資源についても、資源の状況が心配される種や場所が出てきていますし、漁業国日本への風当たりも強くなっていますので、資源の科学的な管理に向けてますます努力が行われるようになりました。

我が国の絶滅のおそれのある野生動物の種の数
我が国の絶滅のおそれのある野生動物の種の数
(備考)環境庁「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」
    数字は種及び亜種を含む数。
    日本産の種・亜種の数はこれまで学名が付されているものの数。


海面漁業の年間漁獲量と持続可能な漁獲量推計 世界全体
海面漁業の年間漁獲量と持続可能な漁獲量推計 世界全体
(備考) FAO、「World Resources 1990~1991」より
     年間推定持続可能漁獲量は1984年の推計

第2節 長持ちすることの大切さ


1.問われる人類社会の長持ち度合


 空気も何もない宇宙空間を旅する宇宙船では、乗組員の生命を維持する装置が欠かせません。この装置は、空気や水などは使い捨てにし、ごみは溜めておくだけの簡単なものでも用を足しますが、長い間宇宙にとどまる場合には、空気や水のタンクなどが重くなり過ぎ、費用もかさみます。このため、本格的な宇宙旅行には、空気や水、汚物などを浄化し、再利用(リサイクル)する高級な生命維持装置が不可欠になります。
 人類や多くの生物が乗っている「宇宙船地球号」は幸いこうした高級な生命維持装置を備えていると言えます。
 しかし、この大切な地球の生命維持の機能が心配されるようになってきました、今から12年前にアメリカ政府が発表した「西暦2000年の地球」は、21世紀の地球環境の姿を予想し、それが悲惨なものであると警告した上、こうした事態になる前に早いうちから適切な行動を取ることを訴えました。この時の予想から10年以上経った今日でも人類は破局に向かうコースから逃れることに成功したとは言えないのです。人口の伸びは予測よりはわずかに鈍くなっていますが、にもかかわらず人類一人当たりの食糧生産は減り始めています。熱帯林の面積は、「西暦2000年の地球」での予測を上回って速く減少しています。悲観的な予測が徐々に現実になってきているのではないかと心配されます。
 そこで、人類社会の「持続可能性」を高めよう、との考え方が生まれました。この考えは、要は、人類社会をもっと長い目で見て、これを長持ちするものにしていこう、というものです。元来は、生物資源の採取量についての理論から出てきたものです。すなわち、資源の採取量には長い目で見れば一定の最大限度(「最大持続可能収穫量」という)があって、これを上回って資源を採取するとストック(元手)が減って採取できる量も減ってしまうという考え方です。この考えを人類と環境との関係に当てはめるのにはいろいろと難しい点がありますが、少なくとも、1)一つひとつの活動について見ると、経済的な利益だけを追い求めれば、環境を壊し、かえって経済的な利益ですら小さなものとなってしまうこと、2)さらに、もっと大きな目、長い目で見ると、人類を養う環境の能力には限りがあって、現代の世代が余りに裕福な生活をすると、将来の世代の生活基盤が損なわれるおそれがあることははっきりしています。
 これらの2点についてはいつも頭に置いておく必要があります。

生命維持装置の使用可能期間に応じた重量や価格
生命維持装置の使用可能期間に応じた重量や価格
(備考)オダム編「生態の基礎」第3版所載の D.COOKの論文より

「西暦2000年の地球」による将来予測と現状の比較
「西暦2000年の地球」による将来予測と現状の比較
(備考)世界人口白書1991年版、世界農業白書1990年版及び世界国勢図絵1992~1993、World Resources 1990~1991、世界開発報告1991、総合エネルギー統計平成3年度版より。

2.役に立たせたい日本の公害経験


繰り返してはいけない苦い経験

 前ページで述べた「経済的な利益だけを追い求めれば、環境を壊し、かえって経済的な利益が小さなものになってしまう」という点に関して、私達の日本は世界でも最も深刻な経験の一つを持っています。水俣病がそれです。
 水俣病は、メチル水銀化合物により主に中枢神経に障害が起きるもので、初期には全身がけいれんし、死に至るような重症の患者が多数見られ、また、生まれながらに知能障害や運動障害を持った子供の患者も生じるなど大変に悲惨な公害です。水俣市に立地するチッソという工場(水俣病発見当時は、新日本窒素肥料株式会社)が生産工程で生じる水銀化合物を含む排水を水俣湾に捨てていましたが、これによって汚染された魚を長い間多量に食べたために起こったのです。
 公害対策を早い時期に取れば被害は防げたと考えられますが、対策が後手に回り、結果として大きな被害が発生してしまいました。被害者の方々には、補償金が支払われています。その額は今日までの累計で現在の価格に直すと約1200億円にもなっていますが、失われた健康を金銭で埋め合わせることはできません。また、汚れてしまった水俣湾の底の泥を取り除くしゅんせつ事業や汚染で魚が取れなくなった漁業者への補償も必要になり、500億円以上を費やしました。
 被害者の方々の苦しみは筆舌に尽くせないものですが、こうしたことに加え、公害発生前には栄えていた地域もさびれ、また、公方を出したチッソも昔の業界一、二を争う高い地位を失ってしまいました。これでは長続きしない「持続不可能な開発」と言わざるを得ません。
 水俣病発生地域には、患者として認定されないものの自分が患者ではないかと不安を抱く人々もなお多数いて、政府では、こうした方々への対策を新たに始めましたが、このことに見られるとおり、水俣病問題は現在もなお深刻な問題です。水俣病の教訓を真剣に受けとめ、今後の内外の開発に当たっては目先の利益だけを追い求めるのではなく、先を見越して、環境を守りながらの発展を目指す道が具体化されなければなりません。環境対策の費用を節約したつもりでも、そのツケは将来何倍、何十倍にもなって回ってくるのです。こうしたことを防ぐ新しい考え方に立った対策が求められています。

かつての大気汚染、水質汚濁(提供:PANA通信社)
かつての大気汚染、水質汚濁(提供:PANA通信社)


日本のもう一つの奇跡

 それでは、目先の利益を減らし、環境を守ることにお金を費やしてもだいじょうぶなのでしょうか。将来は良くても今の生活に困ることはないのでしょうか。この点に関しても、日本のかつての経験の中で内外の教訓になるものがあります。
 それは、水俣病などを教訓として、昭和40年代の後半から強化された公害対策です。国では様々な公害対策の法律を定めたほか、予算も増やし、公害規制の権限を一つに束ねるために環境庁という新しい役所を設けました。国と地方との連携プレーもできるようになりました。新しく生まれた環境行政の下では、公害対策の目標となる環境基準が設けられ、その達成を目指して段階的に規制が強化され、長期的な規制スケジュールが公表され、これに合わせて対策技術の開発を進めるために技術評価が繰り返されました。
 このようにして進められた厳しい公害対策に多くの経費が払われてきましたが、それにもかかわらず、日本の経済は順調に発展していきました。我が国の戦後復興と高度経済成長は「日本の奇跡」と言われることがありますが、多額の公害対策をしながら経済発展をした経験のことを「日本のもう一つの奇跡」と呼ぶ人もいます。
 企業では、特に第1次石油危機の頃(昭和50年前後の時期)に大規模の公害対策を行いました。不況の最中でしたので、個々の企業には大変辛い出費で、利益全体にも比較できるような大きな額が、公害対策装置の設置やその運転に注ぎ込まれるような場合もありました。将来に見込まれた規制の強化に対しては、経済への悪影響を心配する声が生まれました。しかし、厳しい公害対策の結果として経済が発展しなくなったのではなく、市場経済が持つ効率性が生かされ経済全体には目に見えるマイナスは生じませんでした。下の図に見るように、活発な公害防止投資を背景にして、国民総生産(GNP)も増えた勘定です。新しい技術や環境にやさしい製品が生まれ、経済にプラスになることもありました。もっとも、反省すべき点もあります。対策が後手に回り、公害が深刻化してしまったのが日本の実態です。成長の初期段階から徐々に対策を取っていく方が企業の負担感もずっと軽かったでしょうし、国民の側でも、当時は、企業の責任を追及することに急で、企業の公害対策の結果としての製造原価の増加には冷淡に過ぎたと言えます。これらの反省も含め、厳しい公害対策が経済成長の非常な重荷にならなかったことは日本の貴重な経験です。これから長持ちする経済社会を目指す上でも内外で参考になるに違いありません。

公害防止追加費用の企業利益に対比した大きさ
公害防止追加費用の企業利益に対比した大きさ
(備考)法人企業統計年報、開銀「設備投資動向調査」より環境庁で作成
    公害防止追加費用の利益減額率=公害防止追加費用/(公害防止追加費用+税引き前当期純利益)
    公害防止追加費用=公害防止投資の減価償却費(年10%定額償却)+金利(年10%)+運転費用(年間、初期投費額の20%)


民間公害防止投資の経済的影響
民間公害防止投資の経済的影響
(備考) 1.環境庁環境総合モデルによる推計
     2.40~50年の民間公害防止投資をした場合とそれをしなかった場合のシミュレーションを行い、両者の差を比率で表したもの。

第3節 長持ちしにくい最近の日本


 日本の経済社会を見ていると、長続きのしない動きも目につきます。環境への負荷を増やすような活動が近年急速に活発になっています。これらの活動の背景を探ってみると、環境保全のための費用負担や努力の分担がしにくい状況が見えてきます。

1.ごみ捨て場になる大気


 近年の特徴として、大気中に出される窒素酸化物(二酸化窒素とその元になる一酸化窒素をいう)や二酸化炭素が増えていることがあります。
 窒素酸化物が増えている大きな理由は、自動車からの排出ガスが増えていることにあります。世界でも一番厳しいと言われるこれまでの自動車排出ガス規制のために自動車1台ごとの窒素酸化物排出量は減りましたが、自動車がますます多く使われるようになり、排出ガス全体は増えてしまったのです。交通量が増え、渋滞が慢性化していることも原因の一つです。特に、自動車のうちでも窒素酸化物排出量の多いディーゼル・トラックが増えたことが問題です。ディーゼル車の燃料となる軽油は、ガソリンに比較して、税額や取引形態などの差から小売り価格が安価です。こうした軽油の価格に加え、メンテナンスの容易さ、燃費効率の良さなど経済的な優位性がディーゼル車増加の背景となっていますので、環境を守る観点からは、このような経済的な要素と環境との関係についても検討する必要が生じています。
 こうした中、二酸化窒素による汚染の著しい東京都や大阪府などでは、自動車の利用の仕方までを対象とする新たな対策を行うこととし、「自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法」が制定されました。
 地球温暖化の原因となる二酸化炭素についても排出量が増えています。平成2年の日本全体の排出量は3億1800万トン(炭素の量で計算)で、平成元年に比べ、3.7%も増えた勘定になります。
 排出量は、体積に直すと富士山(標高1000m以上の部分)2.6個分もの巨大な量です。二酸化炭素が大きく増えている背景には、エネルギー消費量の増大があります。石油危機の後は、エネルギーの節約が進み、二酸化炭素の排出量が減りました。しかし、昭和60年頃からじわじわと排出量が増え、一人当たりの排出量で見ると、石油危機をきっかけにした省エネルギーなどの努力は帳消しになってしまいました。その背景には、石油価格が安くなったことがあります。価格の安くなったエネルギーを経済的な観点だけから今以上に節約するように求めることは難しいといえます。
 新しい考え方とこれに基づく一層厳しい対策が求められているのです。

我が国のエネルギー消費に伴う二酸化炭素排出量等の推移
我が国のエネルギー消費に伴う二酸化炭素排出量等の推移
(備考)「総合エネルギー統計」等より試算
    二酸化炭素排出量=炭素集約度(単位エネルギー当たりの二酸化炭素排出量)×エネルギー集約度(GDP当たりのエネルギー消費)×一人当たりのGDP×人口

2.増えるゴミと進まないリサイクル


 資源として使った物質の量(投入)と、廃棄、消費、蓄積といったその使い道の量(産出)を対比させることをマテリアルバランス(物質収支)と言います。これを計算してみると、日本では、ごみの廃棄量やエネルギーなどの消費量が増え続けています。投入量全体でみると平成2年度には20年前の約1.5倍に達しています。また、一人当りの廃棄量と消費量は、近年増え方が速くなっています。
 この原因の一つには、消費者が高級品、大型品を好んでいることがあります。自動車や家電製品などに見られる頻繁なモデルチェンジは、品質向上につながる利点もありますが、消費者の買い換え意識を刺激し、消費、廃棄量の増大の一因になっています。
 これに対し、リサイクルを進めると、排出物を再び投入に回すことになり、新たな資源の投入量と廃棄量を減らすことができるので、経済活動を長持ちするようにすることができます。しかし、現在の経済の中ではリサイクルの価値が十分に評価されていません、例えば、古紙やスチール缶について見ると、引き取り価格が低迷していることなどから、なかなかリサイクルが進みません。安定的なリサイクルを進めるためには、そのための費用をきちんと負担することと社会全体としての取組が必要となっています。

日本のマテリアル・バランス
日本のマテリアル・バランス
(備考) 各種統計より環境庁試算


我が国のマテリアル・バランスの推移
我が国のマテリアル・バランスの推移
(備考) 各種統計より環境庁試算


家電製品の平均使用年数の推移
家電製品の平均使用年数の推移
(備考)(財)家電製品協会「廃家電製品発生量の予測調査研究報告書」


鉄くず価格の推移
鉄くず価格の推移
(備考)1.価格は、関東地区の電炉工場の引き取り価格。
    2.H2、Cプレスは鉄くずの等級。スチール缶はCプレスなどに分類される。
    日刊市況通信社より


3.工夫が求められる農林水産業


 農業は、自然の循環の下に営まれ、長持ちする活動の一つの典型となっていました。しかし、農薬、肥料、エネルギーなどをますます多く用いるようになり、環境への負荷を増大させたり、農業自体が長持ちしなくなることが心配されています。欧米では、既に農業による地下水汚染などが問題になりつつあり、我が国でも、環境保全型の農業への取組が始まっています。
 森林はさまざまな環境保全機能を持っています。例えばわが国の森林は、毎年5400万トンの二酸化炭素(炭素量換算)を空気中から吸い取っていると試算され、これはわが国の二酸化炭素排出量の約17%に当たります。しかし、木材生産という観点からだけで、森林を守ったり、手入れしたりするのは難しくなってきており、環境保全に果たしている機能を評価して一層発揮させるように手入れなどを進めることが必要です。
 漁業は、再生可能な生物資源を利用するため、適切に行えば長続きする活動になります。しかし日本周辺では、漁獲が増えたことなどから底魚類を中心に資源量が減少の傾向にあります。また、漁業は、工場・生活排水、埋め立てなどの沿岸開発や有害化学物質などによる環境汚染の影響を受けます。良好な海洋環境を維持するとともに、資源管理型の漁業を進めることなどにより資源を適切な水準に維持していくことが重要です。
 農林水産業は自然と密接な係わりがあり、賢明な産業行為により、環境の恵みを大きくし、また、長続きするものにすることもできます。しかし、自由な経済活動にまかせているだけでは、こうした環境上の良い効果は十分に発揮されないのです。ここでも新しい工夫が求められています。

農業への単位面積当たり各種投入量の推移
農業への単位面積当たり各種投入量の推移
(備考)農林水産省統計資料より環境庁で試算
    1.農薬については、52年度以降については、出荷数量の合計を用い、それ以前については、実質化した出荷金額の合計から試算して、耕地面積で除した。
    2.化学肥料については、純成分(N、P2O5、K2O)に換算した内需量を耕地面積で除した。
    3.堆きゅう肥等については、水田10a当たりの堆きゅう肥の投入量に稲わらの投入量を加算した。ただし、稲わら1kgを堆きゅう肥2kgに換算した。
    4.エネルギーについては、水田10a当たりの光熱動力費を実質化した。


林家一戸当たり年間育林労働投入量の推移
林家一戸当たり年間育林労働投入量の推移
(備考) 農林水産省「林家経済調査報告」より


広域的な資源管理の事例(愛知県・三重県におけるイカナゴ漁獲量の推移)
広域的な資源管理の事例(愛知県・三重県におけるイカナゴ漁獲量の推移)
(備考)農林水産省「漁業・養殖生産統計年報」より


4.盛んになる余暇・観光


 余暇時間が増えて、自然の中で余暇を過ごそうとする人が多くなっています。 一方自然の豊かな地方では、働き口がなく過疎に悩んでいます。こうした事情を背景に、リゾート・ブームが起きました。ゴルフ場やリゾート・マンションの建設が最近特に目立って増えています。
 しかし、リゾート施設が急に増えてきたため、人々が触れ合いたいはずの自然が失われてきています。ゴルフ場は、森を切り開き、水源で農薬を使うとして、地域の人々と争いを起こす場合が見られます。平成2年度中に都道府県の公害審査会(環境問題に関する争いを調停する機関)では全国で30件のゴルフ場に関係する紛争が争われています。
 一方で、リゾート開発が地域社会に役立っているかどうか問い直され始めています。リゾート開発は、期待されたほど収入や働き場を地元にもたらさないという声もあがっています。
 いわゆるバブル経済が収まり、リゾート開発の見直しも進んでいます。自然の保護がますます求められています。今こそ、人々の余暇活動を受け入れ、過疎に悩む地方に役立つ、自然と豊かに触れ合うことのできるリゾートヘと考え直す時期に来ているといえます。

宿泊観光先での行動の意向
宿泊観光先での行動の意向
(備考) 総理府「余暇と観光に関する世論調査」より作成
    今後一泊以上の観光旅行をしたいと答えた者に複数回答を求めた。
    3年10月調査では「旅行での見知らぬ人との出合いや交流」の回答選択肢はない。


リゾート開発(提供:PANA通信社)
リゾート開発(提供:PANA通信社)

リゾートマンション販売戸数の推移
リゾートマンション販売戸数の推移
(備考)(株)不動産経済研究所より


各地域別主要登録ホテル客室利用状況(客室利用率)の推移
各地域別主要登録ホテル客室利用状況(客室利用率)の推移
(備考)登録ホテルとは、国際観光ホテル整備法に基づき、登録を受けたホテルをいう。平成2年は6月までの値
    (社)日本ホテル協会資料、観光の状況に関する年次報告より


第4節 長持ちできるか、開発途上国


1.貧困と環境破壊の悪循環


 世界の人々の8割近くが開発途上国に住んでいて、その人口は毎年2.1%づつ増えています(先進国は0.5%)。その中の多くの人々が貧困にあえいでいます。先進国の人々に比べ、その約1.7%の一人当たりの収入しか得ていない国もあります。開発途上国の人口の21%が低栄養状態にあると見積もられています。
 開発途上国の貧しい人々は貧しさのために自然の資源を使い過ぎ、環境問題を起こしています。
 土地を持たない貧しい農民は、生活のために森林を畑に変え、燃料としての薪を森から取り過ぎています。森林は急速に減り、洪水などの災害が増え、野生生物の住み家が失われています。
 乾燥地では、条件が悪い土地でも耕されたり、放牧が行われ、砂漠化が進みます。アフリカでは多くの人々が干ばつに苦しんでいます。
 職を求めて都市へと人々は流れ込みますが、こうした人々の多くは、貧しさから抜け出せず、スラムに住まざるを得ません。そこで、上水道、下水道、廃棄物処理といった基本的なサービスの欠けた環境上問題の多い生活を送っています。このことが、また都市の環境の悪化に拍車をかけています。貧しさのために環境を壊し、環境が悪化するために余計に貧しくなるという貧しさと環境破壊の悪循環が人々を苦しめ続けます。

各地域の一人当たりGNP
各地域の一人当たりGNP
(備考) 「世界開発報告 1991」世界銀行


人口とその伸びの予測
人口とその伸びの予測
(備考)「世界人口白書 1991」国連人口基金


栄養不足人口及び総人口に占める割合(%)
栄養不足人口及び総人口に占める割合(%)
(備考)FAO資料「The State of Food and Agriculture 1990」
    FA0 1991より (図中の数字の単位は%)


アフリカの乾燥地農地の砂漠化の状況(1991年)
アフリカの乾燥地農地の砂漠化の状況(1991年)
(備考)「Status of Desertification and Implementation of the United Nations Plan of Action to Combat Desertifi-cation」1991. UNEP.


貧困と環境の関係
貧困と環境の関係
(備考)「The State of the Environment in Asia and the Pacific 1990」国連 ESCAPより


2.国際社会との深いかかわり


 開発途上国は、貧しさからの脱出や発展のための資金が不足しています。その上、1980年代後半は、途上国から先進国へと資金が流れ出ていました。
 開発途上国は資金を得るため、自然に無理をかけています。砂糖キビ畑からは土が流れ出し、輸出用のエビ養殖のためにマングローブ林が切り開かれ、フィリピンでは森林面積が国土の22%まで減少し、丸太材の輸出を禁止しました。
 工業製品の輸出を進めようとして、環境を無視し、公害防止対策がおろそかになると、公害が生じます。先進国からの工場進出で工業の振興が図られていますが、進出先の住民の不安や反発を招いたり、悲惨な被害をもたらした例も出ています。先進国並の厳しい基準を適用している進出企業も必ずしも多くはなく、先進国企業の姿勢には厳しい目が向けられています。
 開発援助についても、世界銀行の援助事業の中には、住民の移転、森林の破壊、生態系への影響といった懸念から修正が加えられたものがあります。援助にあたっての事前の環境影響評価はしっかりと行う必要があります。

都市における貧困層の割合
都市における貧困層の割合
(備考)絶対的貧困の所得水準は、これ以下では栄養的に最低限の食事と食事以外の基礎的な要求がまかなえない水準。相対的貧困の所得水準は当該国の一人当たり個人所得の3分の1未満。貧困所得水準以下の人口は、絶対的貧困人口もしくは相対的貧困人口のうち大きい方の占める比率。
「State of the Environment in Asia and the Pacific 1990」ESCAPより
    World Bank(1985)、Asia Development Bankより


 途上国の環境は、貿易、投資、企業進出、開発援助といった形で私達の生活と深く結び付いています。途上国の環境が壊われると、巡り巡って地球全体の環境が悪化してしまいます。私達のような先進国に住む者と途上国との様々な関係については、地球の環境を守るという新しい見方に立ってさらに改善していくことが大切です。

アジア諸国の丸太輸出量の推移
アジア諸国の丸太輸出量の推移
(備考)FAOより


タイにおける森林面積の減少
タイにおける森林面積の減少
(備考)Royal Forestry Departmentのデータ
   「Thailand Country Report to UNCED」
(タイ国政府)より


途上国への純資金移転と途上国の長期債権(債務)
途上国への純資金移転と途上国の長期債権(債務)
(備考)世界銀行「The World Debt Table」より


日本企業の進出先での環境基準遵守の状況
日本企業の進出先での環境基準遵守の状況
(備考)環境庁調べ


第5節 長持ちする社会を目指した取組


 市民や企業の自主的な活動や政府の政策の面で、環境保全の新たな取組が芽生えてきました。これをますます力強く育っていくようにしなければなりません。

1.市民の取組


 積極的に環境の守り手として行動する市民が増えてきています。市民の自主的な活動を行いやすいようにすることが政府に求められています。
1)環境家計簿
 日常の生活の中での環境に負荷を与える行動を記録し点数化したりするもので、私達の日常生活を環境にやさしいものへと変えて行くことに役立ちます。
2)環境保全型の商品の選択
 消費者が環境にやさしい商品を選ぶことにより、環境への負荷を減らします。製造業者を動かし、経済全体を環境にやさしいものにしていくことができます。
3)モラルファンド・環境株主
 環境にやさしい企業を選んで株や社債を買ったり、こうした企業に投資する信託に加わったり、さらに進んで、株主としての権利を使って企業に環境保全への一層の努力を求める動きもあります。
4)地域に根ざした集団的な環境保全活動
 生活排水による環境負荷を減らす運動やナショナルトラスト運動など、地域における市民の環境保全活動が徐々に活発化してきています。
5)国境を越えた地球市民を目指す団体の活動
 国際活動を行う市民の組織(NGO)は、地球環境問題の解決に大きな役割を果たしています。途上国に住んで公害対策の指導をしたり、自然を守る活動に加わったり、植林などを進めたりといった例がだんだんと増えてきました。
 途上国での自然保護対策の実施と引き換えに、途上国が資金を借り入れるときに発行した債券を国際市場で買取って、途上国の債務を軽くすると同時に、自然保護を進める動き、自然保護債務スワップといった民間ならではの知恵もあります。
 環境保全の責任は、直接に環境に影響を与える活動を営む人、特に民間の人々にもありますから、途上国の人々にも努力してもらわなければなりません。しかし、途上国での対策には障害が多く、手助けが欠せません。先進国の政府が助けるわけにはいかないものもたくさんありますので、先進国の民間団体が地球市民として途上国の人々と協力し合うことは大変大切な欠かせないことです。しかし、前ページの図のとおり、日本の現状はまだまだ見劣りのするものです。国際的な水準に引き上げていく必要があります。

環境保全型商品に対する消費者意識の国際比較
環境保全型商品に対する消費者意識の国際比較
「商品の品質に差がない場合、環境保護を配慮した商品を買いますか」という質問に対する回答
(備考) 日本経済新聞社により平成2年4月に実施されたアンケート調査による


日米の主要な環境NGOの比較(会員数と年間予算規模)
日米の主要な環境NGOの比較(会員数と年間予算規模)
(備考) 主に環境保全に関する活動を行っているNGOのうち、規模の大きさの観点から上位4団体を抽出した。
    環境庁、(財)地球人間・環境フォーラム「欧米の環境NGOの地球環境問題への取組」、(社)日本外交協会「国際協力・交流NGO団体名鑑」より


2.企業の取組


 企業では次のような取組が始まっていますが、こうした動きを応援することも大事です。
1)グリーン経営方針(環境憲章等)
 業界団体や個々の企業において、環境問題への取組に関する憲章やガイドラインなどが作られるようになりました(例えば、平成3年の経団連地球環境憲章)。また、これらに基づいて、例えば、売上げ高が2倍になっても二酸化炭素の排出量を増やさないといった具体的な内容のある経営刷新運動を行うなどの動きが出てきています。
2)エコラベリングと環境へのやさしさ度評価
 環境への負荷が少ない商品にマークを付ける仕組みが広がっています。製品の環境への負荷の度合いを製造から廃棄までの全ての段階について総合的に評価する、ライフサイクルアナリシス(環境への総合やさしさ度評価)の試みも始まっています。
3)預り金(デポジット)の上乗せ
 預り金を価格に上乗せして製品を販売し、使用済みの製品が返還されると預り金を返却する制度で、わが国でも、ビール瓶など成果をあげている事例があります。
4)環境監査
 会社の環境に関する方針の遵守状況などを評価し、事業活動が環境に与える影響をチェックする経営管理の手法であり、欧米では、環境行政との結び付きがあって、実施例が広がりつつあります。
4)環境分野での社会貢献
 寄付による公益法人や基金の設立などの企業の社会貢献活動も重要であり、英国のグランドワーク事業団などの事例があります。この事例は、大変工夫されたもので、国も資金などを提供しますが、企業の創意工夫、資金の提供などを積極的に受けて、具体的な環境改善を行っていくものです。日本も学ぶ必要がありましょう。

ヨーグルトのパッケージのライフサイクルアナリシスの例
ヨーグルトのパッケージのライフサイクルアナリシスの例
(環境に対する汚染の最も著しいものを100とした相対評価)
(備考) この比較は、ヨーグルトの容器(ガラスとプラスチック)にそれぞれアルミの蓋がついている状態で、製造からリサイクルまでに必要としたエネルギー、大気、水の汚染を相対的に比較したもの。リサイクル時のガラス容器を洗浄するエネルギーと水、リサイクルの結果生まれた資源のエネルギー量などを差し引きし、結果として余分に必要なエネルギー量などを示している。フランスのエコビラン社による。


グランドワーク事業の仕組み
グランドワーク事業の仕組み
(備考)英国グランドワーク事業団資料より


ビール業界におけるデポジット制度
ビール業界におけるデポジット制度
(備考)ビール酒造組合資料より


3.政府の取組


 これまで見ましたように、国民や企業の間では、環境から生まれる恵みを賢明に利用することや環境への負荷を減らしていくことを目的とした行動の機運が高まっています。しかし、環境が改善された場合の利益は、改善に努力した人だけでなくあらゆる人に及ぶという環境の持つ特別な性格を考えると、個々の国民や企業の自主性に任せるのでは環境を守る努力が不足するおそれがあります。国民や企業の行動を社会全体の成果につなげていく枠組みや仕組みが必要です。例えば、社会の各方面から生じる環境汚染物質に対する公平で必要十分な排出規制は、その仕組みの一つですが、ここに見るように、関係者の利害を調整する政府の役割はとても重要です。
 現在、政府や国際機関で持続可能な経済社会づくりのための新たな取組が始まっています。その政策理念や手法例を4つの方向に分けて述べてみましょう。いずれの点の実現に当たっても、環境を守るための制度の基本的考え方や施策の内容について大きな変更が必要となるものです。


1)環境のもたらす恵みを将来世代にまで引き継いでいく
 世代と国境を越えた権利や義務を国際条約や法律に具体的に盛り込んでいくことが大切です。
 開発を行った場合に得られる利益とその場合に失うものとを比較する手法(費用使益分析という)を改善することも考えられます。例えば、世界銀行では融資の対象事業に関係する費用や使益を25~50年の長期間で評価することとして、そのためのガイドラインを作っています。
2)生態系の一員として共存共栄を目指す。
 多様であることが自然の根源といえます。貴重な種類の生物だけでなく、ある土地の生物全体(生物相という)を生息地とともに守っていくことなどが考えられます。
3)経済を質的な面で発展させる。
 環境と経済を総合的に評価するための経済政策目標、例えば、環境が良くなったり悪くなったりしている状況がよく分る「環境資源勘定」を開発し、これを実際の政策の中で活用することが考えられます。現在、OECD等で検討が進められています。
4)立場を異にする人々のそれぞれの足元での行動と互いの協力を進める。
 将来世代への責任、地球への責任など、新しい責任が出てきています。こうしたことに対応して、適切に役割が分担されるよう幅広い関係者のそれぞれの責任を明確にすることが大切です。例えば、米国の「スーパーファンド」では、将来、汚染が発生したときや昔からの汚染が発見されたときに機敏な対策が取れるよう、汚染の可能性のある物の生産者からあらかじめ賦課金を取ったりしています。北欧諸国などでは、環境汚染物質の排出量の削減を目的として課徴金・税などの経済的手段を活用し始めています。この手段は市場経済の仕組みを活かすもので、自動的に適切な役割分担が行われ、経済的に見ても合理的だと言われていますが、日本でも真剣に検討が行われています。

環境保全を目的とした課徴金・税の例(平成4年7月現在)
環境保全を目的とした課徴金・税の例(平成4年7月現在)
(備考)OECD資料等より


4.国際社会の取組


 地球上の良好な環境を私達人類の将来の遠い子孫まで伝えていくことができる持続可能な社会を作り上げていくためには、国境を越えた取組が必要です。
 例えば、地球温暖化問題に国際社会が協力して対処するため、温暖化の原因となる二酸化炭素の排出などを制限するための国際条約を結び、それぞれの国が必要な対策を進めていくことが重要です。
 地球の環境には国境はなく、また、人間の活動が国境を越えて行われるようになっている以上、それぞれの国で自分の国の環境だけを考えて対策を進めるのでは不十分になっているのです。そこで、UNEP(国連環境計画)やOECD(経済協力開発機構)などの国際機関の活動が盛んになってきています。
 こうした動きに大きな弾みをつけたのが1992年(平成4年)6月に開催された地球サミットです。
 地球サミットにおいては、持続可能な社会を実現していくための人類の行動計画「アジェンダ21」などが合意されました。しかし、途上国にはそれを実現していくための余裕がありません。
 戦後の日本も、復興のために世界から援助を受け、今日の社会を築きました。今度は日本の役割が求められる番です。
 わが国も他の国々と協力しつつ、環境問題に取り組む資源が不足している途上国を支援していくことが必要です。そのためには、資金協力にとどまらず、技術や人材面での協力、さらには国際的な制度づくりでの積極的な貢献が求められています。
 もとより、わが国自身も「アジェンダ21」に従って、例えば、大量に物を使い、大量に物を捨てる現在の社会のありかたを変えていくなど、環境保全型の社会の実現に一層努力していくことが大切です。地球サミットは、これまでの環境保全のための国際的な取組の成果を受けて、さらに将来に向けて大きな一歩を刻みました。今後は、この地球サミットでのいろいろな決定事項を実現していくことが大事です。大国となった日本は率先して取り組む必要があります。

アジェンダ21の構成と範囲
アジェンダ21の構成と範囲

参考 地球サミットの豊かな成果とその具体化

 地球サミット(環境と開発に関する国連会議)とは、1992年(平成4年)6月3日から14日まで、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた人類史上最大の国際会議です。日本の中村正三郎政府代表(環境庁長官、地球環境問題担当大臣)をはじめ、約180もの多くの国々の政府、関係の国際機関、各国の地方自治体、産業界や市民の団体が参加しました。首脳レベルの参加者も100人以上に達し、文字どおり、地球サミットの名に価する画期的な会議です。ふるさと地球を守るため、私たちがどう行動すべきかについての議論に結論を出し、対策の実行体制を整えたのです。私たちの日本も、この会議には、その準備の過程から深く係わり、また、会議の席上では、地球サミットの成果を受けて様々の対策を実行していく方針を明らかにし、国際合意を実らせるよう力を尽くしました。
 地球サミットでは、「環境と開発に関するリオ宣言」と前述の「アジェンダ21」が取りまとめられ、さらに、各国の行うべき具体的対策を約束する「気候変動枠組み条約」と「生物多様性条約」に対して、日本はもちろん多くの国々が参加の意思を表す署名を行いました。このほか、森林の保護のために「原則声明」も出されました。
 こうした豊かな成果のうち、リオ宣言は、例えば、他の国を汚染しないようにすることや各国の管轄の下にない地域(公海や南極など)を汚染しないようにすることに関する世界各国の責任を明らかにしましたし、開発と環境に関する現代世代のニーズも将来世代のニーズもともに公平に保証するように開発の権利を行使すべきことを求めました。そのほか、各国が、長持ちしないような生産や消費の仕方をそれぞれ改めるべきことなど27の原則を盛り込んでいます。日本にとっては、リオ宣言に盛り込まれた原則を国内の環境行政の中で実現していく新しい仕組みづくりが今後の課題です。
 また、アジェンダ21は、極めて広範囲で詳細なもので、40の分野について合計1000以上の対策の方向が書き込まれています。ここでは、対策を行う上での裏付けになる資金についても一つの章を設け、これからの方向を示しています。世界がグローバル・パートナーシップの考え方で力を合わせることを基本に、今ある国際金融機関などを活用しながら、今までにあった政府開発援助(ODA)に加えて地球環境を保全するために新たに必要になる資金を国際的に融通していくこと、また、政府も民間も、環境に資金を投入するための一層新しい仕組みを考えていくことが求められています。特に、この方向に即して各国がどのような取組を行うのかについては、平成4年の国連総会に報告することになっています。資金面以外の分野を含めてアジェンダ21の全体の実行については、今後、各国が国内での行動計画を作って具体化していくこと、また、その実行具合などを国連の場で確かめていくことが決められています。このような仕事を進めるため、特別の組織を設けることも検討される予定です。
 私たちの日本でも本格的な対策をいよいよ始動させなければなりません。

地球サミット(首脳会議)
地球サミット(首脳会議)