平成元年版
図で見る環境白書


 第1節 都市の環境を分析する視点―都市の人間―環境系

 第2節 都市の人間―環境系の視点からみた都市の環境

  1 都市の水循環と水質汚濁

  2 都市のエネルギー代謝

  3 都市における人と物質の移動と自動車交通

  4 都市の物質循環と廃棄物

  5 都市の緑と生物環境

 第3節 都市における生態系循環の再生の試み

  1 都市システムからの試み

   (1) 各種交通対策

   (2) 水循環の再生のためのシステム等

   (3)エネルギーの効率的利用のためのシステム等

   (4) 都市の自然の保全・創出に関する施策

  2 新しいライフスタイルと環境保全運動

   (1) 暮らしの中からの発想に根ざした環境保全活動

   (2) 地域の環境資源の保全・再生を目指す活動

 第4節 都市の生態系循環の再生に向けての政策展開

  1 基本的考え方

  2 新しいライフスタイル

  3 「人と環境の共生する都市―エコポリス」の形成を目指して

 第5節 環境の現状

  1 公害の状況

   (1) 大気汚染の状況

   (2) 水質汚濁の状況

   (3)化学物質による汚染

  2 自然環境の現状

  3 地球環境問題の動向

   (1) 地球的規模の環境問題の動向

   (2) 国境を越える環境問題の動向

   (3) 開発途上国の公害問題







この本を読まれる方に


 我が国の環境問題は、経済構造、都市構造、生活様式の変化にともなって多様化するなかで、農村部も含めた全国的な都市化が進んでいるので、今や根本的な対策が必要になってきました。
 一方、地球環境問題は、我が国をはじめとする先進国の物質的に豊かな消費生活によって起こるものが多く、都市化の進むなかでの私たちの日常生活に深いかかわりがあります。地球環境は将来にわたって引き継いでゆかなければならない「人類共通の資産」ですから、私たちにはその保全について大きな責任があります。
 そこで、これらのことを考えるために「公害の状況に関する年次報告―環境白書―」の内容を、写真を主体とした理解しやすい形にして刊行することになりました。
 この本が多くの方に読まれ、活用されることによって、国内の環境問題や地球の環境問題の理解が広まり、よりよい環境が生まれるようになることを願っています。

第1節 都市の環境を分析する視点―都市の人間―環境系


 二十世紀は都市化の時代とも言われるように、世界各国で人口の増加と速度を競うような勢いで都市化が進展しました。国連の推計によると、一九二〇年には世界中で三億六千万人が都市に居住していたのに対し、一九八五年には十九億八千三百万人が都市の住民になっています。今後は特に開発途上国での人口増加と都市化の進展がめざましく、西暦二千年には世界の人口は六十一億人を超え、その四七%すなわち二十九億人が都市に住むことになると言われています。
 我が国においても大正九年(一九二〇)にはわずか一八・○%であった市部人口の割合が、第二次大戦中を除いて一貫して伸び続け、昭和六十(一九八五)年には七六・七%にも達しました。こうした中で豊かな国民生活を実現するためには、良好な都市の環境を築くことが不可欠になっています。
 都市の環境問題の間には有機的な複合関係があり、物質代謝や水循環を通じて、大気汚染、水質汚濁などの様々な環境問題が相互に連関しています。こうした複雑化する都市の環境問題に対処するためには、都市を一つの有機的な系(人間―環境系)としてとらえて、都市における様々な活動や構造を自然の生態系の有する自立・安定的、循環的な仕組に近づけるという視点に立った環境政策を確立する必要があります。

多くの人々が活動する都市―朝の出勤風景―
多くの人々が活動する都市―朝の出動風景―

第2節 都市の人間―環境系の視点からみた都市の環境


1 都市の水循環と水質汚濁


 都市化に伴う森林・農地などの減少による不透水地の拡大や、上下水道・地下鉄などの地下空間の利用によって、雨水の地下浸透量が減少したり、地下水収支が変化するなど、都市の水循環は様々な人間活動によって変化しています。こうした都市における水循環の変化は、都市気候への影響(ヒートアイランド化)や、湧水の枯渇・河川水量の減少をもたらしています。
 また、都市に存する貴重な水資源である地下水が、有機塩素系溶剤によって汚染されていることが各地で確認されています。
 都市内の河川は、流域への人口集中や生活様式の変化による生活排水の大量流入によって、深刻な水質汚濁が続いています。これには、河川の固有流量をなす湧水の枯渇・減少や、コンクリート水路への改修によって自浄能力が失われていることも大きく影響しています。都市化が進んでいる地域の湖沼や海域についても著しい汚濁が続いていますが、いずれも汚濁負荷量全体に占める生活系の割合は高くなっています。
 さらに、都市の河川の水量が減少し汚濁が進むにつれ、人々と水辺とのふれあいも失われています。

切り立った護岸の典型的な都市河川―東京・石神井川―
切り立った護岸の典型的な都市河川―東京・石神井川―

2 都市のエネルギー代謝


 都市では、高密度なエネルギーが消費されていますが、エネルギー転換や最終消費段階での消費の際に、熱や汚染物質が排出されて、各種の環境汚染問題を引き起こしています。また、熱の排出は地表面の改変などとあいまって微気候などへの変化をもたらしていて、都市では都心部と郊外部での気温差が現れる(注)ヒートアイランド現象がみられます。さらに、東京などでは真夏日の日数が緩やかに増加しており、熱帯夜の日数は大正末期から昭和の初めを境として、急激に増加しています。東京の一月の平均湿度をみると、昭和二十年代までは六〇%程度で推移していたものが、その後急激に低下して、五〇%を割る年が多くなっています。
 都市のエネルギー消費を用途別にみると、産業に比べ、運輸、業務、家庭の比率が高く、その伸びも高くなっています。また、交通機関のエネルギー効率をみると、自動車が他の交通機関に比べて低くなっています。
 一方、都市では、最終消費段階でのエネルギー利用に伴う排熱など、様々な都市活動に伴うエネルギーが賦存しています。

大手町(東京・千代田区)と所沢市における典型的な夏の日の気温変化
大手町(東京・千代田区)と所沢市における典型的な夏の日の気温変化
(備考)環境庁資料。ヒートアイランド現象:都市での地面の舗装、人工熱の大量排出などによって周辺の田園地帯に比べて気温が高くなる現象。


東京の熱帯夜の経年変化
東京の熱帯夜の経年変化
(備考)気象庁資料。


3 都市における人と物質の移動と自動車交通


 都市の諸活動、都市と都市の間の人的・物的交流を支えているのが交通です。交通は、都市内の生産、生活などの都市機能の分化を可能にするとともに、都市活動の地域的広がりをもたらし、物質などの供給について他の地域への依存を高めています。
 都市交通は、その量が増大する一方で、それに対応する都市の構造、交通体系などが形成されてこなかったこともあって、大都市を中心とした窒素酸化物による大気汚染などの問題の、大きな要因の一つとなっています。特に、二酸化窒素の濃度は近年悪化しており、対策が現状のままでは、環境基準の達成は困難になっています。
 都市交通の実態をみると、人の移動についても物の移動についても、自動車による割合が高く、特に大都市では自動車交通の密度が高くなっています。また、自動車による貨物輸送については、少量多頻度化や輸送距離の長距離化の傾向がみられます。
 こうした自動車交通の増大の背景には、宅配便の個数がこの五年間で六倍近くにまで急増したことや、コンビニエンス・ストアーの増加にみられるようなサービス経済化や生活様式の変化、業務ビルなどの増加があり、今後もこうした要因は増大するとみられています。

自動車交通量の増大と宅配便
自動車交通量の増大と宅配便

4 都市の物質循環と廃棄物


 都市における消費活動は巨大かつ複雑なものとなり、それにともなって廃棄物の発生量も多様かつ膨大になるとともに、その処理について様々な問題を引き起こしています。
 都市活動の新たな展開と廃棄物のかかわりとしては、消費活動の拡大・多様化や技術革新の進展などを反映して、排出される廃棄物も多様化し、乾電池や電気冷蔵庫など適正な処理の困難な廃棄物が増えていること、プラスチックごみが増大していること、OA化による紙類のごみが増加していること、建設活動の活発化によって廃材などの発生量が増加していることがあげられます。
 廃棄物は、発生から排出・収集・運搬を経て処分に至るまでの様々な過程の中で環境とのかかわりがあり、たとえば、焼却に伴う大気汚染、建築物の解体に伴う石綿の発生、あるいは最終処分場の確保の困難性、処分跡地からの汚染などの問題が起きています。
 今後、都市における健全な物質循環を再生するためには、廃棄物のリサイクルを推進する必要がありますが、一方、廃棄物の質的な変化などのために、リサイクルが困難となっている面もあります。

大量に排出される都市ゴミ
大量に排出される都市ゴミ

5 都市の緑と生物環境


 都市の自然は、工業化、都市化の進展に伴って変貌し、樹林地・草地などの緑地に代わって人工の不透水地が増加しています。特に、大都市地域では、丘陵地帯や傾斜地の雑木林が残された樹林地でも開発が進んでいます。また、都市の自然を考えるうえでは、緑地の量だけでなく、緑地の種類、質の問題や分布状況も重要です。東京とその周辺における植生についてみると、都市の中心部では公園や墓地などの緑地以外の自然はほとんど認められません。周辺部をとりまく雑木林、植林地、農耕地などは、平野部や丘陵部では宅地化などによって、散在するような形になっています。
 ある程度のまとまった規模の森林は、都市から遠くはなれた山地部にしか残っていません。さらに、都市化の進行に伴って身近な生き物の分布にも変化が生じています。樹林地、草地、水辺など自然の環境を必要とする生き物の分布域が減少していく一方で、人工的な環境に強い生物が勢力を拡大し、結果として生物相の単純化が生じています。
 都市の緑は、二酸化窒素などの吸収による大気浄化、雨水の地下浸透による地下水函養、気候緩和、騒音低減、生物の生息地の提供、土壌保全、防災、アメニティの向上など、多様な価値を持っています。

土地造成により失われる緑
土地造成により失われる緑

第3節 都市における生態系循環の再生の試み


1 都市システムからの試み


(1) 各種交通対策


 都市交通に起因する環境問題、混雑問題などの解消のため、都市において様々な取組が行われています。
 まず、自動車走行の時間、地域、車種などに応じた制限です。たとえば、大型トラックの都市中心部への乗入れ規制については、パリで原則として全面的に禁止しているほか、ロンドンや東京の一部でも週末などに規制が行われています。また、イタリアのミラノでは、許可証を持つ自動車以外の都心部への乗入れを規制しており、シンガポールや米国ワシントンD・Cでは、一定の人数以上乗車していない乗用車の乗入れ規制、料金の徴収などの措置が講じられています。その他、ギリシャのアテネ、ブラジルのサンパウロ、米国のデンバーなどでは、ナンバープレートの末尾番号に応じた進入規制などを実施しています。
 都心や居住地域への通過交通量を制限する手段として、「トラフィック・セル・システム」というものがあります。これは都心や居住地域をいくつかの区域に分け、公共バス、救急車などを除く一般車両については直接区域間を往来することを認めず、これらは一旦通過交通用の循環道路を経由して、限定された入口から進入することを義務づけられる制度です。スウェーデンのエーテボリで最初に導入され、西ドイツのブレーメン、イタリアのボローニャ、フランスのブザンソンなどの都市において採用されています。

都心部への自動車乗入れ規制模式図―スウェーデン・エーテボリ市―
都心部への自動車乗入れ規制模式図―スウェーデン・エーテボリ市―
公共交通機関と緊急車を除き、住区間の通り抜けは禁止されており、各住区への出入りは、周回道路を通らなければならない。


(2) 水循環の再生のためのシステム等


1)雨水の地下浸透

 都市における水循環は、様々な原因によって損なわれています。その結果、まず問題視されたのが都市洪水です。都市における舗装面、建物などの増大に伴って不透水地が拡大して雨水は地中浸透しないで、一気に都市河川や下水道に流れ、河川流出量の増大となって都市洪水が生じやすくなりました。このため、透水性舗装、浸透マスなど雨水浸透施設や調整池などの雨水貯留施設が造られるようになりました。このような施設による雨水の地下浸透は、(a)地中水分の蒸散による都市気温の低減、(b)地下水の函養、湧水の保全・復活、植生の保全、(c)土壌生物の保全に効果があります。
 こうしたシステムの例として、東京都昭島市の昭島つつじが丘ハイツがあります。ここでは、住宅地、駐車場、広場などに雨水浸透マス、浸透トレンチを敷設して雨水の地下浸透を図っています。昭和六十一年八月四日~五日に降った雨の流出量は、通常の下水管を敷設した地区では八四〇立方メートル/haでしたが、地下浸透工法を実施した地区では、一二一立方メートル/haで、低減率は約八五%でした。

雨水浸透舗装が行われている歩道とその説明板
雨水浸透舗装が行われている歩道とその説明板

2)雨水利用システム

 都市活動の高度化に伴う水需要のひっ迫などに対応するため、ビルなどの中水道設備や雨水利用施設の導入も進みつつあります、雨水を貯留してこれを利用すれば、降雨時の下水道への流入負荷を低減するとともに、都市内に貴重な水空間を生み出すことになります。また、(注)中水道や雨水の利用は、都市における水資源の有効利用・自立的利用を推進することとなります。また、水質が悪化したり水源のなくなった都市内の水路に下水の処理水を導入して、せせらぎをよみがえらせ、市民の憩いの場、子供の水遊び場としての水辺を復活させたり、下水処理水をビルのトイレ用水などとして利用する事業なども進められています。
 こうしたシステムの例をみると、たとえば、新国技館(東京都墨田区)では、八、三六〇平方メートルの大屋根に降った雨水を地下の一、○○○平方メートルの雨水槽に貯留して、トイレ用水、冷却塔補給水などに利用しています。これによって、雑用水の七〇%程度を賄われています。

中水道:トイレ用水や散水用水など比較的低水質の雑用系の用途のために、下水道処理水などを原水とする低水質の水を供給する新たな給水システム。

雨水の利用をはかる国技館の大屋根
雨水の利用をはかる国技館の大屋根

(3)エネルギーの効率的利用のためのシステム等


1)地域冷暖房システム

 エネルギーの効率的利用とは、エネルギーを使っていく過程でエネルギーロスを低減することと、自然エネルギーを利用することにあります。エネルギー消費を低減したり、自然エネルギーを利用することは、窒素酸化物、二酸化炭素などの排出を低減するとともに、都市気候を緩和することになります。
 近年、都市再開発の増大などに伴い、大都市を中心にして地域冷暖房システムの導入が進んでいます。我が国の地域冷暖房システムは、昭和四十年代における都市地域の二酸化硫黄などによる大気汚染への対応策として導入されはじめました。いくつかのビルなどで共同して、地域的に冷暖房することにより、エネルギーの利用効率を高め、また、集中的な環境対策が実施できます。同時に、エネルギーコストの低減、冷暖房施設のスペースの節約などの効果が得られます。
 地域暖房は、冬の寒さがきびしく長い北欧、中欧などで発達してきました。西ドイツでは、十九世紀末から地域暖房が発達し、都市内の小規模な発電所や工場からの排熱を利用している例が多く、また、スウェーデンのストックホルムでは、海水や下水を熱源としてヒートポンプを利用する方法がみられ、現在では地域暖房の割合は五〇%を超えています。

清掃工場の廃熱利用(暖房)をはかる住宅団地―東京・光が丘住宅団地―
清掃工場の廃熱利用(暖房)をはかる住宅団地―東京・光が丘住宅団地―

2)コージェネレーション

 コージェネレーションとは、エンジンやガスタービンの動力などによって発電を行い、その排熱を有効に利用して熱供給するシステムです。これまでの発電システムでは、エネルギー利用効率は三五~四〇%程度にすぎませんでしたが、コージェネレーションは排熱を有効に利用することによって電力需要と熱需要が適切に組み合わされた場合にエネルギー効率が七〇~八○%にまで向上し、エネルギー利用の効率化に寄与するものです。また、コージェネレーションとして、燃料電池を利用する方法も、近い将来可能になってくるでしょう。燃料電池は、水素と酸素から電気を作るもので、環境負荷も極めて少ないとされています。
 太陽エネルギーなどの自然エネルギーの利用については、太陽熱を利用した給湯、冷暖房システムが普及しつつあるほか、太陽光による発電、風力による発電などが少しずつ利用され始めています。
 このように、技術開発やこれに伴う経済性、制度などの進展によって、エネルギーの効率利用の可能性は広がろうとしています。

コージェネレーション・システム図と発電設備・廃熱ボイラー
コージェネレーション・システム図と発電設備・廃熱ボイラー
(備考(株)東京ガス資料)


(4) 都市の自然の保全・創出に関する施策


 都市における樹林地、草地などの自然は、気候緩和、大気浄化、地下水のかん養など都市の生態系循環にとって不可欠の要素であり、これらを保全・創出するために各種の施策が講じられています。制度的なものとして、都市公園(都市公園法)、緑地保全地区(都市緑地保全法)、近郊緑地保全区域(首都圏近郊緑地保全法など)、風致地区(都市計画法)などが都市の樹林地、草地などを保全あるいは創出することを目的としています。
 また、近年、小動物の生息環境を都市内につくり出すための事業が推進されています。すなわち、身近な自然が少なくなった大都市及びその周辺に、昆虫や野鳥などの小動物が生息できる環境と自然を損なわないように整備し、自然観察の場とするため、すでに「自然観察の森」が昭和五十九年度から環境庁の補助によって整備されていますが、六十二年度からは、建設省により都市公園としての「自然生態観察公園(アーバン・エコロジー・パーク)」の整備が始まりました。
 そのほか、身近な場所に実のなる木などの野鳥の好む樹木を植栽することなどにより、野鳥の生育に適した環境の創出と、野鳥に親しむ場の整備を図る「小鳥がさえずる森づくり」運動が、昭和五十九年度から実施されています。

横浜市「自然観察の森」
横浜市「自然観察の森」

 西ドイツでは、一九七六年に「連邦自然保護・ラントシャフト保存法」が制定され、多くの都市で「ラントシャフト計画」が策定されています。たとえば、西ベルリンでは、一九八四年に計画が策定され、そのなかで「種の保全計画」が定められています。「種の保全計画」は、特に、動植物相の小生態系(Biotop)を保全、再生するためのもので、小生態系が孤立しないように、それぞれの間に緑地帯などを配して、それぞれの小生態系をネットワークすることに主眼を置いています。
 また、英国では、エコロジカル・パーク(生態系公園)の造成が盛んで、民間の活動によって推進されています。これは、廃棄物処分場跡地や都市再開発などによって創出されたオープンスペースを利用して、小さな丘、小川、沼などをつくり、自然に生えてくる草や低木など自然の生態を尊重した植生にしていくもので、都市における自然の創出をねらいとしています。
 このように、西ドイツなどでは、都市に自然を保全・創出する取組が進められていますが、我が国においても、公園、緑地の整備とともに、こうした方向への一層積極的な対応が必要となっています。

ビオトープ(動植物相の小生態系)保全計画図―西ベルリン―
ビオトープ(動植物相の小生態系)保全計画図―西ベルリン―

2 新しいライフスタイルと環境保全活動


(1) 暮らしの中からの発想に根ざした環境保全活動


 近年、暮らしの中からの発想に根ざした環境保全のための実践活動や地域環境づくり、さらには地球環境をも視野に入れた活動など、いわば新しい型の環境保全活動が芽生え、大きな輪を広げようとしています。豊かになった国民生活において、環境とのかかわりの中で暮らしを見直していく活動としての代表的なものに、リサイクル活動や生活雑排水活動などの水環境保全活動があります。
 国民生活の向上に伴い、家庭において消費し、利用する消費財の量や種類は増大していますが、これらの多くは有限な自然資源をその原料としています。また、ものによってはごみ(・・)として処理する際に環境汚染をもたらし、あるいは埋立てることにより自然環境を損なう可能性があります。こうしたことを考えて、特に昭和五十年代からいろいろな地域で多様なリサイクル活動が行われるようになりました。地方公共団体の廃棄物行政と連携するもの、再資源化産業と連携するもの、また、地区レベルのボランティア活動から、広域的な組織化によって事業化するようになったものまで様々な活動形態があります。
 ごみ問題をきっかけにして、身近な暮らしの中から環境・自然と共生するライフスタイルをも追求するこうしたリサイクル活動は、そのネットワークを広げています。

環境保全活動の一つエコロジカル・フェスティバル風景―代々木公園・東京―
環境保全活動の一つエコロジカル・フェスティバル風景―代々木公園・東京―

 水質汚濁は、生活雑排水による負荷がその原因として大きなウェイトを占めるようになってきました。こうした汚濁に対し、地元の地方公共団体などと連携しながら進められているのが、生活雑排水活動です。台所からの食物くずなどを排水管に流さないように、めの細かい流し台三角コーナーやろ紙袋による水切り、廃テンプラ油の回収・石けんづくりなどが進められています。
 また、これらと併せて、暮らしと環境とのかかわりを「環境家計簿」をつけて点検する活動、アオコの発生などの水質汚濁の状況を記録する活動、木炭を使った小河川の浄化、各種イベントで河川や湖などの保全活動を行うなどの多様な活動が展開されています。
 たとえば、滋賀県下では、琵琶湖の汚染問題をめぐって様々な環境保全活動が展開されていますが、「琵琶湖富栄養化防止条例」の制定後は、洗剤問題から琵琶湖の環境管理へと活動の視野を広げ、環境家計簿、暮らしの点検活動を生み出しています。
 様々なきっかけから出発した水環境の保全活動は、今、大きなネットワークを形成しつつあります。

水質汚濁の防止に役立つ三角コーナーとろ紙袋
水質汚濁の防止に役立つ三角コーナーとろ紙袋

(2) 地域の環境資源の保全・再生を目指す活動


 損なわれた都市の生態系循環の再生や、残された自然の保全など地域の環境資源を保全・再生するための活動は、近年大きな潮流となりつつあります。
 その代表的なものに身近な水環境の保全活動があり、水質汚濁防止の観点からの活動に加えて、河川、湖沼などの水環境の保全・再生、雨水利用などによる都市地域の水循環の回復、湧水の保全・復活などをめざした活動が各地で展開されています。
 また、都市近郊に残された身近な自然地としての農地を、土とのふれ合いの場、環境教育の場、新しいコミュニティーづくりの場として保全し市民に開放しているものがあります。いわゆる市民農園といわれるもので、ドイツのクラインガルテンが一つのモデルとなっています。地方公共団体が中心になって運営しているもののほか、農協が運営するもの、農地の所有者と市民が相対で契約するものなど様々な形態があります。
 さらに、バードウォッチングや自然観察会は、自然に親しむとともに、自然生態系のしくみを学習する機会として。都市近郊などで盛んになってきています。また、青空や星空を観察し、地域の大気の汚れ具合を知る活動が近年生まれています。

市民農園風景―大阪・堺市
市民農園風景―大阪・堺市

 自然保護の分野においても新しい型の環境保全活動が展開されています。
 ナショナル・トラスト(国民環境基金)活動は、市民による自然保護活動の代表的なもので、活動団体も年々増加しています。広範な国民から寄せられる資金によって、地方公共団体や民間団体が、良好な自然環境を有する土地の取得・管理を行い、その保全が図られています。たとえば、北海道斜里郡小清水町では、地元有志が(財)小清水自然と語る会を設立し、全国からの寄付によりキタキツネなどの生息する樹林地を買い取り、保全しています。都市近郊においても、埼玉県、神奈川県などで地方公共団体主導の下にナショナル・トラスト活動が推進されています。
 また、近年、ホタル、トンボ、チョウなどの身近な小動物とその生育環境の保全・回復を図るための活動が各地で進められています。埼玉県嵐山町での「オオムラサキの森」づくりや、高知県中村市の六十種類に及ぶトンボを観察できるトンボ自然公園(トンボ王国)づくりなどの活動はその代表的なものです。環境庁では、昭和六十三年度から、このような小動物の生息環境の保全・回復に関する活動を支援するため、「ふるさといきものの里」の選定に着手しています。

オオムラサキと「オオムラサキの森」―埼玉県嵐山町―
オオムラサキと「オオムラサキの森」―埼玉県嵐山町―

第4節 都市の生態系循環の再生に向けての政策展開


1 基本的考え方


 都市の人間―環境系において、生態系循環を再生し、良好な都市の環境を形成するためには、汚染物質の発生源での排出抑制に努めるとともに、資源・エネルギーの効率的利用と廃棄物の資源化や適正な処理を徹底して行い、環境汚染を引き起こしにくい都市システムを築くこと、つまり生態系循環型の都市システムの形成を図ることが必要になります。
 そのためには、(ア)都市全体としての資源・エネルギーの利用効率を高めていくこと、また、都市の中において自然の保全・創出を図ること、(イ)個人・企業が、日常生活や事業活動に際しての環境負荷を低減するよう努めること、(ウ)都市の環境の形成に関する計画を策定し、その着実な実施を図ること、また、都市の人間―環境系の現状をわかりやすい指標によって示すこと、(エ)新たな開発事業については、計画段階から生態系循環型都市システムの形成に向けて十分な配慮をしていくこと、(オ)大都市圏を中心とした大気汚染と水質汚濁の問題への対策を強化すること、が必要です。

太陽光発電システム:学校用(上)、個人住宅用(右下)―電気と熱需要 太陽熱温水器
太陽光発電システム:学校用(上)、個人住宅用(右下)―電気と熱需要 太陽光温水器

2 新しいライフスタイル


 都市・生活型公害の解決は、市民の日常生活における行動や生活様式と切り離しては考えられません。それはもちろん、政府、地方公共団体及び民間企業が一致協力して、都市システムをいかに早く実現できるかにかかっていますが、都市の住民が今後どのような環境の中に住むことを望み、どのようなライフスタイルを選択していくのかにも大きく依存しています。
 生活雑排水による都市河川などの水質汚濁、自動車の利用に伴う大気汚染、交通騒音、粉じん公害などの問題は言うに及ばず、空き缶の散乱問題から各種家庭用品の使用に伴う近隣騒音、ごみ処理の問題まで含めて、今や現代人の生活のあらゆる局面で、市民一人ひとりが環境汚染の被害者であると同時に汚染者にもなりうる立場にあるのです。
 フロン入りのスプレーの使用がもたらすオゾン層破壊の例が示すように、市民一人ひとりの行動が地球的規模の環境問題にまでつながっていることが明らかになった今日、まず私たち自身の生活行動の結果を深く認識し、それに応じて自らの生活を見直すとともに、身近な生活環境を改善し、より快適な環境を創造するための活動に積極的に参加していくことが重要なのです。それがひいては地球的規模の環境保全に市民一人ひとりが貢献する道であり、「地球人としてのライフスタイル」でもあると言えましょう。

地球にやさしい"エコマーク"商品群
地球にやさしい

3 「人と環境の共生する都市―エコポリス」の形成を目指して


 国民の大半にとって「ふるさと」とは、とりもなおさず都市あるいは都市的環境を指すこととなる日が来るのもそう遠くないでしょう。その際、だれもが誇りをもって「わがふるさと」と呼べるような、健全で個性と魅力ある快適な環境を築くため、生産年齢人口も比較的多く、我が国経済・社会に活力のあるいまのうちから、生態系循環型の都市システムの形成に向けて最大限の努力と社会資本の投資を行っていく必要があります。
 また、都市であれ農山村であれ、豊かな自然の保全と活用なくしては「ふるさと創生」もあり得ません。地域の環境資源を活用しながら、安全、健康で快適な生活環境を築いてこそ、はじめて人口や産業を地域に引き付け、地域を活性化させることができるものと思われます。
 都市規模の大小を問わず、全国各地における「ふるさと創生」の推進という見地から、先に述べてきたような都市の生態系循環再生のための諸施策を総合的に実施していくことが重要です。生態系循環型の都市システムを有し、豊かな自然が保たれ、市民も企業も環境保全と快適な環境の創造に努力するまち、それこそがふるさとと呼ばれるにふさわしい「人と環境の共生する都市――エコポリス」の姿でしょう。




第5節 環境の現状


1 公害の状況


(1) 大気汚染の状況


 大気汚染についてみると、二酸化窒素の濃度は、昭和五十四年度以降改善の傾向がみられていましたが、昭和六十二年度は、一般環境大気測定局、自動車排出ガス測定局のいずれにおいても、六十一年度より悪化しています。
 二酸化硫黄の濃度は、昭和四十三年度以降年々減少傾向を示していますが、一酸化炭素、浮遊粒子状物質の濃度はここ数年横ばいとなっています。
 石綿については、昭和六十二年度の発生源の精密調査によると、一部の石綿製品など製造工場の周辺で高濃度が散見されています。

(2) 水質汚濁の状況


 水質汚濁についてみると、健康項目については、ほぼ環境基準を達成するに至っていますが、生活環境項目に係る環境基準の達成状況については、昭和六十二年度では全体で七〇・一%であり、水域別では、河川六八・三%、湖沼四三・一%、海域八二・六%となっており、湖沼、内湾などの閉鎖性水域は依然として低い状況にあります。
 また、都市河川の汚濁の水準が高く、近年は改善が進んでいません。
 地下水の汚染については、昭和六十二年度調査でも、水道水の暫定基準を越えてトリクロロエチレンに汚染されている井戸が二・九%の割合であるなど、依然として汚染が各地でみられています。さらに、シアンなど有害物質の流出事故が発生しています。

主な大気汚染因子の推移
主な大気汚染因子の推移
(備考)環境庁調べ。


(3)化学物質による汚染


 ダイオキシンについては、現時点では人の健康に被害を及ぼす汚染状況とは考えられませんが、一般環境中からダイオキシン類が検出されており、ダイオキシン類のうち最も毒性が強いといわれている二、三、七、八―TCDDも底質及び魚類から検出されています。

2 自然環境の現状


 我が国は豊かな自然に恵まれていますが、その自然は、人間活動とのかかわりの中で著しく変ぼうしています。自然環境保全基礎調査(「緑の国勢調査」)の「植生調査」によると、自然植生は国土の一九・三%と二割を切っており、森林についてみても、二次林、植林地が多くの部分を占めています。
 特に、かつては自然林として国土を覆っていたブナ林と照葉樹林についてみると、ブナ自然林は、国土の三・九%と分布域は限られており、照葉樹林は一・○%とさらに少なくなっています。

生活環境項目に係る水質環境基準達成率の推移
生活環境項目に係る水質環境基準達成率の推移
(備考)1. 環境庁調べ
    2. 達成率は、環境基準達成水域数/環境基準あてはめ水域数×100(%)
    3. 生活環境項目に係る環境基準は、利用目的に応じ河川については6類型、湖沼については4種類、海域については3類型設けられている。


河川の水質状況
河川の水質状況
(備考)環境庁調べ


3 地球環境問題の動向


(1) 地球的規模の環境問題の動向


 オゾン層の状況については、従来から南極においてオゾンホールが観測されるほか、南極以外の地域においても、最近、オゾン減少がみられるとの発表がなされています。オゾン層保護のためのウィーン条約及びモントリオール議定書は、それぞれ一九八八年九月及び一九八九年一月に発効しましたが、最近では、モントリオール議定書に定める規制内容の再検討に向けて、科学的知見の取りまとめが進められています。さらに、一九八九年三月には、オゾン層保護に関する閣僚級の国際会議がロンドンで開催され、オゾン層を破壊する物質を究極的に全廃することについて意見の一致をみました。
 地球温暖化に関しては、各国政府間で対策も含めた総合的な検討を行う場としては初めての「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が設置されました(一九八八年十一月第一回会議)。また、一九八九年三月には、オランダのハーグで首脳級の環境国際会議が開催され、地球温暖化対策の実行のために有効な決定を行えるような制度的権限の整備を検討することなどを内容とする「ハーグ宣書」が採択されました。
 世界の熱帯林の減少の要因をみると、全体では焼畑移動耕作が大きな割合を占めています。このうち熱帯アジアにおける熱帯林の減少、荒廃の要因を南アジア、東南アジア大陸部及び東南アジア島しょ部の三つの地域に分けてみると、南アジアでは薪炭材の採取と過放牧が、東南アジア大陸部では焼畑移動耕作がそれぞれ主要因であり、東南アジア島しょ部では、商業用伐採が荒廃の、また間接的な減少の主要因であるとされています。

世界のオゾンの減少率(1978年の値に対する1987年の値の変化)
世界のオゾンの減少率(1978年の値に対する1987年の値の変化)
(備考)1.米国国家航空宇宙局(NASA)が中心となって組織した「オゾン・トレンド・パネル」の報告書(1988年)による。
    2.( )内は、1969年の値に対する1986年の値の変化。


二酸化炭素濃度が産業革命前の濃度の2倍になった時の気温上昇の推定量
二酸化炭素濃度が産業革命前の濃度の2倍になった時の気温上昇の推定量
(備考)1. WetheraldとManabeの予測(1986年)による。
    2. 気温上昇量は高緯度ほど大きい、また、季節により異なる。


(2) 国境を越える環境問題の動向


 欧州・北米では、酸性雨による森林・農作物などへの影響が生じています。また、欧米からアフリカ・中南米諸国への有害廃棄物の輸出が、近年、大きな環境問題となっており、一九八九年三月には国連環境計画(UNEP)外交会議において、有害廃棄物の越境移動及び処分の管理に関するバーゼル条約(仮称)が採択されました。

(3) 開発途上国の公害問題


 開発途上国の中でも、工業化や人口の増大・都市集中が進んでいる地域では、大気汚染や水質汚濁などの公害問題が顕在化しています。

欧州における酸性雨や大気汚染による森林の被害状況(1987年)
欧州における酸性雨や大気汚染による森林の被害状況(1987)年
(備考)UNECE資料により作成。☆は針葉樹のみ。☆☆は試算。鉱質土壌地域に限る。


主要都市の二酸化硫黄濃度
主要都市の二酸化硫黄濃度
(備考)1. UNEP/WHOによる調査結果より作成。
    2. 各2~3年間の平均。いずれの都市も複数測定局の平均。但し☆☆は2年間の平均。




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