図で見る環境白書 昭和61年


 1 高度技術社会における環境保全

  私たちの生活と環境

  科学技術の進歩と環境保全

 2 公害の現状と対策

  公害の範囲

  大気の汚染

  水質の汚濁

  その他の公害の現状と対策

 3 自然環境の現状と保全の動向

  自然環境の現状

  自然を守るしくみ

 4 科学技術の進歩と環境問題

  科学技術による社会の発展と環境への影響

  環境保全のための技術開発の進展

  先端技術と環境

 5 環境保全の幅広い展開

  環境改善が遅れている分野への取組

  環境保全施策の多様な展開

  地域の特性をいかした環境保全の推進と国民参加

 6 国際的な環境問題

  国際的な環境問題の動向

  国際的な環境保全とわが国の役割

  用語解説







この本を読まれる方に

財団法人 日本環境協会
会長 和達清夫

 今日、産業活動に起因する環境汚染はひところに比べてかなりの改善をみせ、防除の目途もたってきましたが、今後ともなお一層の汚染防止の努力が必要です。一方、生活排水、一般廃棄物、交通騒音、近隣騒音など国民の日常生活に起因する環境汚染にも高い関心が払われるようになってきました。
 また、人びとの生活に関する価値観が多様化し、物質的な豊かさだけではなく、精神的なものをも含めた生活の豊かさ、快適さを求める声も高くなってきました。そのためには、現在の公害の防除にとどまらず、自然環境の保全を含めて、環境汚染の未然防止を一層推進する必要があります。
 人びとにとって何が快適な環境であるのか、またどの程度の費用、代償を払って、どのような快適な環境を創造していくのか、その判断は国民一人ひとりの価値観とその合意に委ねるべきものでしょう。
 これらのことを考える基礎としては、政府が毎年国会に提出する公害の状況に関する年次報告が、環境白書として刊行されています。しかし環境白書が広く国民の各階層に読まれることは、望ましいことではありますが実際には困難です。そこで、その内容を、簡潔で、しかもグラフや写真を加えた、誰にでも理解しやすい形にして刊行することになりました。
 この本が多くの方に読まれるとともに、次代を担う青少年の教材資料として活用されることによって、環境問題に関する理解が国民の間に広く深く浸透し、よりよい環境が生まれる基盤が培われることを願っております。
(巻末に用語解説を加えました。ご参照ください。)

1 高度技術社会における環境保全


私たちの生活と環境


 大気、水や土壌、また森林や動植物など私たちを取りまく環境は、私たちの生活を支える最も大切な基盤です。良好な環境は、人間をふくめ、すべての生きものにとってかけがえのないものです。
 この大切な環境が悪くなると、みんなが被害を受けることになります。わが国では、昭和30年代からの高度経済成長の過程で、大気汚染や水質汚濁が進み、四日市ぜん息 1)や、水俣病 2)のような深刻な公害病が発生しました。また、全国で開発が進み、森林や浜辺などの良好な自然が失われたりしました。
 このような環境問題は、みんなの努力でだいぶ改善されてきましたが、自動車の排気ガスなどによる大気汚染、湖沼の水質汚濁、交通騒音などはまだまだ改善が遅れており、一滴の努力が必要です。また、環境問題の原因についても工場からのばい煙や排水などに加えて、自動車の排出ガス、家庭からの生活排水、ごみ、カラオケの音などの近隣騒音というように様々なものがあり、私たちの生活のあり方を含めて、幅広い取組みが求められています。
 今後は、このような公害問題や自然破壊を二度と起こさないようにしていくとともに、一歩進んで、住みよい快適な環境を築いていくことが、私たちにとっての重要な課題であるといえます。

ロボットを利用した自動車の組立
ロボットを利用した自動車の組立

科学技術の進歩と環境保全


 わが国では、科学技術の進歩により産業が発達し、私たちの生活も豊かで便利なものになってきました。しかし、その一方で、科学技術は、その使用に当たって十分な注意が払われないと、環境に対して大きな影響を与えることもあります。
 高度経済成長の時期には、科学技術の利用により重化学工業などが発達した一方で、大気汚染、水質汚濁などの公害が深刻なものとなり、また開発が進行し自然環境が大きく損なわれました。
 その後、公害防止に関する社会的要請を受けて、ばい煙や汚水の処理装置などの公害防止技術が発展し、公害防止に大きな役割を果たしました。
 このように、科学技術の進歩は、環境に対してプラスの効果を与える面とマイナスの効果を与える面の両面があります。
 一方、最近、エレクトロニクス、バイオテクノロジーなどの先端技術が急速に発達し、21世紀へ向けて高度な科学技術に支えられた社会が実現するものと考えられています。このような社会で科学技術を用いていくに当って、私たちは次のような点に注意することが必要です。
 第1に、エレクトロニクスやバイオテクノロジーなどの先端技術が、公害をもたらさないように注意していくことです。
 第2は、環境保全技術の開発を一層進め、環境を改善していくことです。
 第3は、わが国の持つ環境保全技術を、国際的な環境保全のために役立てていくことです。

半導体工場のクリーンルーム
半導体工場のクリーンルーム

2 公害の現状と対策


公害の範囲


 私たち人間は、生活や生産を行っていくために、水、大気、土壌あるいは自然を様々な形で利用していますが、このことは、同時にこれらの環境に様々な影響を与えることにもなります。
 人口が過度に集中したり、工場のばい煙の処理が不十分であるなど、環境に負担をかけすぎると、環境が悪化し、人の健康や生活などに被害が生じることがあります。このように人間の活動による環境の悪化を通じて起きる被害を"公害"と呼んでいます。
 公害を防止するための基本となる事項を定めた「公害対策基本法」では、公害の範囲を次のとおり決めています。
 公害とは、
1)事業活動などの人の活動に伴い
2)相当の範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって
3)人の健康または生活環境に被害が生じること
となっています。
 2)でいわれている「大気の汚染、水費の汚濁・・・悪臭」の7種類の公害は「典型7公害」と呼ばれています。
 ここでは、この典型7公害を中心として、環境の現状と対策を見ることにしましょう。

幹線道路の交通渋滞
幹線道路の交通渋滞

中小河川の汚れ
中小河川の汚れ

■公害対策基本法
■公害対策基本法

大気の汚染


 大気の汚染とは、大気中に人の健康や生活環境に悪い影響を生じさせるようないろいろな汚染物質がある状態をいいます。
 代表的な汚染物質としては、二酸化硫黄(亜硫酸ガス)などの硫黄酸化物、二酸化窒素などの窒素酸化物、一酸化炭素、浮遊粒子状物質、光化学オキシダントなどがあげられます。

環境基準


 大気汚染物質は主に肺などの呼吸器系に影響を及ぼし、濃度によっては人の健康を損なうことがあります。
 このような物資については、人の健康を守るために維持することが望ましい環境上の水準として、環境基準が定められています。

大気汚染の現状


 二酸化硫黄による大気汚染は、着実に改善されてきました。
 二酸化窒素による人気汚染は、ここ数年は横ばいの状況です。環境基準の上限値0.06ppmを超える測定局は、東京都、大阪府、神奈川などの大都市地域に集中しており、一増の改善が必要な状況にあります。
 浮遊粒子状物質については、環境基準の達成状況をみると、良くなってはいるものの、依然として低い水準にあります。
 一酸化炭素については、昭和58、59年には環境基準をすべての測定局で達成しています。

■大気保全の現況
■大気保全の現況

スパイクタイヤによる粉じん
スパイクタイヤによる粉じん

 光化学オキシダントについて、被害の届出人数をみると、966人と昨年に比べ大きく減少しています。しかし、近年、注意報の発令延日数は増加傾向にあります。
 さらに、近年、積雪地や寒冷地において、スパイクタイヤの使用による粉じんなども問題になっています。

■主な大気汚染因子の推移
■主な大気汚染因子の推移
(備考)環境庁調べ。


大気汚染防止対策


 大気汚染を防止し、環境基準を達成するために必要なことは、それぞれの地域において、さまざまな発生源から大気中に排出される汚染物質の量を減らすことです。主な発生源としては、工場・事業場と自動車があげられ、「大気汚染防止法」では、こうした発生源ごとに汚染物質の排出を規制しています。
 このうち、工場や事業場では、ボイラーなどのばい煙を発生する施設ごとに、排出口での汚染物質の濃度などを一定の値(排出基準)以下にすることとなっています。さらに、一部の地域では、硫黄酸化物と窒素酸化物について、地域全体の汚染の状態を考えて、工場からの総排出量を少なくしょうとする総量規制が実施されています。
 自動車に対しても排出基準があり、これを守らなければなりません。
 また、大気汚染による被害者の救済のため事業活動に伴う汚染物質の排出によって健康被害を生じさせた場合には、意図して排出したとか、過って排出したとかを問わず、事業者が賠償責任を負う(無過失賠償責任という)制度が設けられています。

■光化学オキシダント注意報等発令延日数、被害届出人数の推移
■光化学オキシダント注意報等発令延日数、被害届出人数の推移
(備考)環境庁調べ。


かすんでみえる新宿副都心
かすんでみえる新宿副都心

水質の汚濁


 水質の汚濁とは、川、湖、海など私たちの生活に密接な関係がある水に有害な物質が含まれたり、水の状態が悪化したりすることをいいます。
 カドミウム、水銀などによる水質汚濁が起こると、飲料水や魚などを通して人体に吸収され、人の健康に被害が生じるおそれがあります。
 また、有機物による水質の悪化などにより、飲み水の異臭味、農作物や魚介類への被害など、水を利用する上で問題が生じることがあります。

環境基準

 このようなことから水質の環境基準は、人の健康を守るために維持することが望ましい基準として定められる健康項目と、生活環境を守るために維持することが望ましい基準として定められる生活環境項目の2つから成り立っています。
 健康項目は、カドミウム、シアンなど9項目について、すべての水域で一律に定められています。
 また、生活環境項目はBOD(または、COD)3)など9項目について、河川、湖沼、海域の別に、漁業、水道などの利用目的に応じて分けた類型ごとに定められています。

■水質保全の現状(人の健康の保護に関する環境基準の項目について)
■水質保全の現状(人の健康の保証に関する環境基準の項目について)

水質汚濁の現状

 水質汚濁の状況を健康項目についてみますと、かなりよくなっており、全国の総測定数のうち環境基準に合っていない測定数の割合(不適合率)は、昭和59年度で0.03パーセントです。
 一方、生活環境項目については、環境基準を達成していない水域が多く残されています。環境基準の達成状況をBOD
(またはCOD)でみますと、環境基準を達成している水域の割合(達成率)は59年度において66.1パーセントとなっています。これを水域別にみますと、河川63.4パーセント、湖沼42.7パーセント、海域81.3パーセントで、特に湖沼では達成率が低くなっています。都市を流れる中小河川では、一時の深刻な状況は脱したものの、環境基準の達成率は依然低い状態にあります。
 また、海域については、油などによる海洋汚染も認められています。さらに、地下水については、一般に水質が良好であると考えられていましたが、最近、トリクロロエチレンなどの化学物質による汚染が明らかになり、問題になっています。

■生活環境の保全に関する環境基準の例(河川)基準値(日間平均値)
■生活環境の保全に関する環境基準の例(河川)基準値(日間平均値)
(備考)農業用利水点については、水素イオン濃度6.0以上7.5以下、溶存酸素量5mg/l以上とする。
(注) 1 自然環境保全:自然探勝等の環境保全
    2 水  道1級:ろ過等による簡易な浄水操作を行うもの
        〃 2級:沈殿ろ過等による通常の浄水操作を行うもの
        〃 3級:前処理等を伴う高度の浄水操作を行うもの
    3 水  産1級:ヤマメ、イワナ等ならびに水産2級および水産3級の水産生物用
        〃 2級:サケ科魚類およびアユ等および水産3級の水産生物用
        〃 3級:コイ、フナ等
    4 工業用水1級:沈殿等による通常の浄水操作を行うもの
        〃 2級:薬品注入等による高度の浄水操作を行うもの
        〃 3級:特殊の浄水操作を行うもの
    5 環 境 保 全:日常生活(沿岸の遊歩等を含む。)に不快感を生じない限度


水質汚濁防止対策

 水質の汚濁を防止し、環境基準を達成するため、「水質汚濁防止法」などの法律が定められ、さまざまな対策がとられています。
 「水質汚濁防止法」では、汚水を排水する施設を設置する工場や事業場に対して排水基準が定められています。この基準は、健康項目(9項目)と生活環境項目(12項目)のそれぞれの項目ごとに一定の濃度などで示されています。工場や事業場からの排水は、排水口でこの基準に適合しなければならないことになっています。
 排水基準には、国が全国一律に定めている一律基準と、都道府県がそれぞれの水域の状況に応じて、一律基準よりも厳しく定めている上乗せ基準とがあります。また東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の周辺の地域では、総量規制基準を設けて規制しています。
 「水質汚濁防止法」では、こうした規制に違反した場合、都道府県知事によって改善命令が出されたり、罰則がかけられることになります。このほか、水質汚濁による被害者の救済のため、大気汚染の場合と同じように、無過失賠償責任という制度が設けられています。
 また、生活排水などによる水質汚濁の防止のためには、排水を処理する下水道やし尿処理施設などの整備を進めることが重要です。しかし、下水道の総人口普及率は昭和60年度末で36%であり、より一層の整備が期待されています。

青潮(中央の青白い帯)――海の低層で形成された酸素の非常に少ない水が風により上層に移動するもの。アサリなどに被害を与える。――
青潮(中央の青白い帯)――海の低層で形成された酸素の非常に少ない水が風により上層に移動するもの。アサリなどに被害を与える。――

■主要河川の水質汚濁状況(59年度)
■主要河川の水質汚濁状況(59年度)

その他の公害の現状と対策


騒音

 騒音は、公害の中でも日常生活にもっとも関係が深く、その発生源にもさまざまなものがあります。このため、例年、公害に関する苦情のうちで件数がもっとも多くなっています。
 発生源の内訳を苦情件数でみると、工場・事業場の騒音、建設作業の騒音に関するものが全体の半数強を占めています。最近では、深夜のカラオケの音、ピアノ、クーラーの音などいわゆる"近隣騒音"に関する苦情も多く、苦情件数の3割強を占めています。
 また、一部の地域では、自動車、航空機、新幹線鉄道等による騒音が問題になっています(P.38参照)。
 騒音防止のために、工場や建設作業の騒音について「騒音規制法」に基づく対策が進められています。カラオケなどの深夜営業騒音に対しては、条例による規制を行ったりしています。エアコンや換気扇などについては製造者側で騒音を下げるための努力が続けられています。

振動

 振動は騒音とともに日常生活と深いかかわりを持つ問題で、「振動規制法」などに基づいて対策が進められています。その発生源の主なものは、工場・事業所、建設作業、交通です。そのほか、橋やトンネルなどから発生する、人の耳には聴きとりにくい低い周波数の空気振動についても苦情が出されています。

■公害の種類別苦情件数及び構成比の推移
■公害の種類別苦情件数及び構成比の推移
(備考)公害等調整委員会「公害苦情件数調査結果報告書」(59年度)による。


悪臭

 悪臭は人に不快感を与える感覚公害です。苦情件数は近年減っていますが、騒音の次に多いものです。このため、「悪臭防止法」に基づき、アンモニア、硫化水素などの8物質が悪臭物質として定められ、47都道府県、10大都市などで、規制地域の指定、規制基準の設定が行われています。

土壌汚染

 土壌汚染とは、カドミウム、銅、ひ素などの有害物質が土壌に蓄積し、農作物が育たなくなったり、汚染されたりすることです。昭和59年までに6,910ヘクタールの農用地が何らかの対策を必要とする地域として指定されています。
 指定された地域では、「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」に基づいて、かんがい排水の施設の設置、客土などの事業が実施されています。
 また、最近では、工場や研究所のあった土地で水銀などの有害物質が検出されて問題になっています。

地盤沈下

 地盤沈下は大都市ばかりでなく、全国各地で認められ、現在、主な地域だけでも36都道府県60地域に上っています。その主な原因は、地下水の汲み上げすぎによるものです。地盤沈下の対策としては、「工業用水法」などにより地下水の汲み上げを規制し、あわせて、水の使用の合理化、水道の整備ゼロメートル地帯の高潮対策などを実施しています。

廃棄物と空き缶問題

●廃棄物
 廃棄物は、生産、流通、消費活動などに伴って発生し、事業活動に伴って生じるもの(産業廃棄物)と日常生活に伴って生じるもの(一般廃棄物)に分けられます。このうち産業廃棄物は、原則として事業者が自ら処理することとなっており、その量は55年度で2億9,200万tです。
 また、一般廃棄物は、ごみとし尿に分けられますが、そのうちごみの量は、昭和48年の第一次石油危機の後、減少しましたが、最近また増加の傾向にあり、58年度で4,300万tになっています。

あき缶の処理
あき缶の処理

●空き缶
 手軽で便利な缶(かん)入り飲み物は、現在多くの人に利用され、年間100億個にもなるとみられています。しかし、空き缶(かん)を投げ捨てる人が多いため、各地に空き缶(かん)が散乱しているのがみられます。
 そこで、地方公共団体では、空き缶(かん)対策を活発に進めており、収集かごの設置、投げ捨て禁止の呼びかけなどをしています。国も、環境庁など11省で「空き缶(かん)問題連絡協議会」を設置し、投げ捨て防止についてのPR、キャンペーンなどをしています。

■日常生活に伴って生ずるごみの排出量の推移
■日常生活に伴って生ずるごみの排出量の推移
(備考)厚生省調べ。


化学物質

 化学物質は、その用途・種類が多岐・多様であり、現在工業的に生産されているものだけでも数万点に及ぶといわれています。これらの中には、製造、流通、使用、廃棄のさまざまな過程で環境中に排出され、しかも分解されにくいなどの性質を持つことから、環境中に残留し、環境汚染の原因となるものもあります。
 このため、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」では、分解されにくい、生物に蓄積されやすい、毒性があるなどの性状のある化学物質の製造や使用の規制を行っています。現在PCBやDDTなど7物質が指定されています。環境庁でも、化学物質の環境での安全性を評価するため、水質、底質や魚介類などの生物の化学物質による汚染の調査を行っています。
 また、近年、トリクロロエチレンなどによる地下水汚染が明らかにされたり、ごみ焼却灰から検出されたダイオキシンや使用済み乾電池に含まれる水銀によって、将来汚染の問題が発生する可能性が指摘されたりしています。こうしたことから、化学物質による環境汚染の動向に注意しなければなりません。

3 自然環境の現状と保全の動向


自然環境の現状


 わが国の国土は、四面を海に囲まれ、南北に細長い形をしています。気候的には、亜熱帯から亜寒帯まで広がり、地形が複雑なこともあって、いろいろな動物や植物が生息しています。また、四季を通じて雨量に恵まれているため、森林が広い範囲に広がっています。
 植物の分布を見るとその種類はきわめて多く、北海道、本州、四国、九州には約990属4,000種の種子植物と約400のシダ植物がみられます。さらに沖縄諸島では約1,500種の種子植物と約400種のシダ植物、小笠原諸島では約180種の種子植物と80種のシダ植物が知られています。これらの中には、スギ、ヒノキなど、日本にしか見られない植物も多数あります。
 動物もほ乳類、鳥類、両生類、は虫類、昆虫類、魚類などそれぞれ数多く生育しています。ほ乳類については、帰化種を含めて日本産のものは130種あり、単位面積当りでみると、とても豊富だといえます。ちなみに、わが国と面積がほぼ等しいイギリスのほ乳類は67種にすぎません。

伊豆沼(宮城県)
伊豆沼(宮城県)

 こうした動植物の生育状況をはじめ、自然環境の状況について、環境庁ではいわゆる「緑の国勢調査」を実施して調べています。第1回目は昭和48年度、第2回目は昭和53、54年度に実施されました。これらの結果は整理されて、植生図や全国の自然環境の状況が一目でわかる「自然環境アトラス」として公表されています。昭和58年度からは、第3回調査を実施しています。
 また、60年度には岩手県の早池峰(はやちね)自然環境保全地域と鹿児島県の稲尾岳自然環境保全地域で、自然環境をくわしく知るための学術調査が行われました。
 早池峰自然環境保全地域は、高山、亜高山性植生及び典型的な天然林の残された地域で、今回の調査では、ハヤチネウスユキソウなどの固有種を含む多様な植生や、ツキノワグマ、ホンドオコジョなどの生息が確認されました。
 稲尾岳自然環境保全地域は、照葉樹林にヤマガラはじめ多くの野鳥が生息し、また昆虫類にとっても良好な環境となっています。今回の調査でも、イスノキ―ウラジロガシ林や、ニホンザル、ホンドテンなどが確認され、貴重な自然環境が残されていることが改めて明らかとなりました。

早池峰自然環境保全地域(岩手県)
早池峰自然環境保全地域(岩手県)




野生生物の現状

 わが国は、多様な動植物相がみられるだけでなく、わが国固有の野生生物種も数多くみられます。例えば、南西諸島は東洋のガラパゴスと呼ばれるほどに固有種が多く、野生生物の宝庫になっています。
 しかし、自然の改変、動植物の乱獲や外来の動植物の移入などによって、特に、繁殖力が小さく生息域も限られているものは、種全体あるいは地域の個体群が絶滅の危機に瀕することが多くなっています。全世界では、微生物も含め3,000万種もの野生生物が生息していると推定されていますが、このうち、2万5,000種以上の植物と1,000種以上の脊椎動物が絶滅の危機に瀕していると考えられています。
 わが国においてもトキ、イリオモテヤマネコを始めとして、脊椎動物から昆虫・植物に至るまで、様々な生物が生存を脅かされています。




自然を守るしくみ


 自然を守るためのしくみは、昭和47年に制定された「自然環境保全法」が基本となっています。この法律は、自然環境を適正に保全するための総合的な政策を展開することによって、国民の健康で文化的な生活に役立てることを目的としています。また、自然環境保全の基本となる考え方や、国、地方公共団体、事業者や住民が自然環境の保全のために果たすべき責務などを明らかにしています。
 この法律のほか、「自然公園法」、「都市緑地保全法」、「森林法」、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」など、関連する法律によって自然を守るために取り組んでいます。

自然環境保全地域

 ほとんど人の手が加わっていない原生の状態が保たれている地域やこれに準ずる自然のままの状態が保たれている地域については、程度に応じて、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域、もしくは都道府県自然環境保全地域として指定し、自然の状態を保つように努力しています。
 今までに、原生自然環境保全地域は5ヵ所、自然環境保全地域は9ヵ所、都道府県自然環境保全地域は488ヵ所指定されています。

■自然環境保全制度体系図
■自然環境保全制度体系図

自然公園

 わが国を代表するすばらしい自然の風景が見られる所やそれに準ずる所については、それぞれ、国立公園と国定公園に指定し、また、都道府県を代表するすばらしい風景が見られる所は、都道府県立自然公園に指定しています。
 全国で国立公園は27ヵ所、国定公園は54ヵ所、都道府県立自然公園は298ヵ所あり、その総面積は国土面積の約14パーセントを占めています。また、美しい海中公園地区が全国で57ヵ所指定されています。これらの公園では、自然の保護が図られるとともに、野外レクリエーションの場として活用されています。
 自然公園を適正に管理するために規制があります。例えば、公園内に建物を建てる場合には、許可を受けたり、届出をしたりしなければならないことになっています。
 このように公園の中における行為は厳しい規制を受けますが、民有地のままでは保護が徹底できない国立公園内の土地を対象として、昭和47年から買い上げの制度もできました。この制度は、昭和50年から国定公園に、昭和51年から鳥獣保護区にも適用されています。

指定50周年を迎えた富士箱根伊豆国立公園
指定50周年を迎えた富士箱根伊豆国立公園

■国立公園、国定公園および自然環境保全地域配置図
■国立公園、国定公園および自然環境保全地域配置図

■原生自然環境保全地域
■原生自然環境保全地域

■自然環境保全地域
■自然環境保全地域

■国立公園
■国立公園

■国定公園
■国定公園
(備考)1.環境庁調べ 2.指定年月日の年号は昭和


都市や森林での自然環境の保全と緑化の推進

 都市内やその周辺の水辺や緑を守ることは、生活にうるおいを持たせ、レクリエーションの場を提供するだけでなく、公害の抑制や、火災の拡大の防止、災害時の避難にも役立ちます。このため、緑地保全地区の指定や都市公園などを整備して都市における水辺と緑の確保を図っています。
 都市公園の面積は、人口1人当たり4.7平方メートルですが、これはヨーロッパやアメリカと比較して小さく、その整備を促進していくことが必要です。
 国土の7割を占める森林は、水を保ち、大気をきれいにし、保健や休養の場となるなど重要な役目を果たしています。こうした森林を守り育てるため、森林計画に基づき、健全な森林を造成、維持しています。
 さらに、国は、昭和58年3月、緑化推進連絡会議を設け、「小鳥がさえずる森づくり」などの各種の森づくり事業を進めるなど、国土緑化のための総合的な施策を行っています。

野生生物の保護

 開発が進んでいく中で、私たちの周辺から姿を消しつつある野生生物については、鳥獣保護区を設定するなどして、その保護に努めています。鳥獣保護区は現在のところ全国で、3,193ヵ所、315万ヘクタールが設定されており、これは、関東地方(1都6県)の広さにあたります。
 また、特に絶滅のおそれのある鳥については、特殊鳥類に指定し、譲り渡しを禁止するなどしてその種の保存を図っています。現存特殊鳥類はアホウドリ、コウノトリ、トキなど35種類です。
 トキについては、すべて捕獲し、現在2羽で人工増殖を図っていますが、昭和60年度には、繁殖のため中国からオスのトキ1羽を借り受けました。また、イリオモテヤマネコやタンチョウについても生息状況の調査などを行いました。
 また、わが国は渡り鳥の繁殖地、経由地、渡来地として重要であり、国内で観察される鳥類の4分の3は渡り鳥です。渡り鳥については、国際的に保護する必要があるため、アメリカ、オーストラリア、中国との間で条約を結んでいます。

母と子の森(新宿御苑)
母と子の森(新宿御苑)

ナショナル・トラスト

 ナショナル・トラストとは、開発や都市化の波によって、自然や歴史的環境が壊されるのを防ぐために、広く国民から寄金を集めて土地や建物などを買い取ったり、あるいは土地や建物の寄贈を受けて保存、管理するとともに、人々に公開したりする運動のことです。1895年(明治28年)にイギリスではじまり、今も大きく発展しています。
 わが国においても、イギリスのナショナル・トラストを手本とした運動が全国各地で行われるようになってきました。代表的なものとしては、「知床100平方メートル運動」(北海道斜里町)や「天神崎市民地主運動」(和歌山県田辺市)があります。
 国としても、ナショナル・トラスト活動について税制上の優遇措置をとるなど、その普及、推進に努めています。

天神崎(和歌山県)
天神崎(和歌山県)

4 科学技術の進歩と環境問題


科学技術による社会の発展と環境への影響


技術革新の進展

 私たちの身の回りには、テレビ、ラジオなどから飛行機に至るまで科学技術の成果が満ちあふれています。現代社会は科学技術に支えられていると言っても過言ではないでしょう。
 このようになるまでには、様々な技術革新が行われ、社会の発展に役立てられてきました。産業革命以降の技術開発の歴史を振り返りますと、技術革新活動が活発に行われた時期が、50年から60年の周期でみられます。

■技術革新の波動
■技術革新の波動
(備考)国土庁「四全総長期展望作業中間とりまとめ 日本21世紀への展望」(59年11月)による。


 最近では、後でみるエレクトロニクス、バイオテクノロジーや新素材などの技術が急速に発展しており、新たな技術革新の時期が到来しているといわれています。

科学技術の進歩と環境問題

 科学技術の進展と環境問題は密接なかかわりを有しています。
 わが国の戦後の社会についてみれば、終戦直後の荒廃からの復興を経て、昭和30年代半ばから高度経済成長を遂げ、産業の急速な発展と消費の拡大がもたらされました。科学技術はこの発展を支えるものでした。しかしながら、一方で、全国的に深刻な公害に見舞われることとなりました。化学工場からの廃液により発生した水俣病や、石油コンビナートからのばい煙により発生した四日市ぜん息などはその典型的な例です。
 一方、このような環境問題の解決のために公害防止技術が開発され、急速に普及し、環境の改善に寄与しており、科学技術が役立てられています。
 近年は、科学技術と産業の高度化に伴って、これまでとは環境への影響の形が異なってきています。今後の科学技術の開発及び適用に当たっては、環境への影響を極力少なくすることが重要です。




環境保全のための技術開発の進展


環境保全技術の現状

 これまでの公害対策は、公害防止技術によるところが大きく、今後も様々な分野での環境保全技術の活用が期待されています。
 現在における環境保全技術の主要分野としては以下の3つがあげられます。
 1)大気汚染や水質汚濁などの公害をなくすために汚染物質を除去する技術など直接的に公害を防止する技術
 2)公害の発生しにくい製造方法への転換や低公害製品の開発など公害の発生自体をへらす技術
 3)環境監視や環境予測など環境保全施策の推進を支える技術
 このほか、自動車のエンジンの燃焼技術の改良が排出ガス低減と同時に燃焼効率の改善につながったことなどにみられるように、環境保全分野において開発された技術が、他の分野において大きな役割を果たすことも少なくありません。
 現在、環境改善が強く求められている窒素酸化物による大気汚染と閉鎖性水域の富栄養化の2つの分野についても、公害防止技術への期待は大きなものがあります。

■自動車排出ガス低減対策の例
■自動車排出ガス低減対策の例

環境保全技術の発展

 わが国における公害防止技術の発展をみますと、公害防止に関する社会的要請を受けて研究開発や外国からの技術の導入が行われ、環境基準や規制基準の設定に伴う対策のスケジュールの明示などとあいまって、技術の実用化や普及が図られてきたといえましょう。
 環境保全関係研究費や公害防止に関する外国技術の導入件数の推移をみると40年代後半に増加がみられます。また、公害防止技術の普及の状況を、公害防止装置の生産実績によりみると、生産額は全体として40年代を通じて急激に拡大し、41年度から10年間で約20倍となっています。そして、51年度をピークとしてその後およそ6,000億円程度のレベルで推移し、普及が進んでいます。

環境保全技術の多様な展開

 今後も環境問題の解決のために環境保全技術の一層の向上を図っていくことが必要です。このため、次のような点が重要と考えられます。
1)バイオテクノロジー、エレクトロニクスなどの新しい技術を利用して新たな環境保全技術を生み出していくこと
2)既に開発された環境保全技術について、一層の効率の改善、信頼性の向上、コストの低減などを図ることにより、その普及を推進すること
3)省エネルギー・省資源、廃棄物の再資源化など環境保全以外の分野の技術についても、環境保全の観点から見直すこと
 さらに、地域の特性を生かした技術や、生態系を生かした技術などの開発も重要となっています。




環境保全技術の国際的展開

 わが国の公害防止技術は、今日、国際的にも有数の水準に達しています。一方、経済開発が進みつつある開発途上国においては、先進国が既に経験したような環境汚染に直面しています。また、先進国においても、環境保全対策や防止技術の遅れなどから、環境問題が深刻化している国もみられます。こうしたことから、わが国の環境保全分野の国際協力について世界各国から寄せられる期待が大きくなっています。
 現在、政府では、様々な技術協力を行っています。また、民間においても、外国企業へ技術が移転されています。
 今後については、以下の点が重要と考えられます。
1)わが国とは環境の状況、自然条件などが異なる相手国に対しその実情に応じた技術協力を行うこと
2)技術協力のためにわが国の専門家を積極的に育成し、プールしていくような体制を強化していくこと
3)開発途上国における環境の監視・測定体制の整備、専門家の育成の援助のための協力を推進していくこと

■公害防止装置関係の技術輸出件数の推移
■公害防止装置関係の技術輸出件数の推移
(備考)(社)日本産業機械工業会調べ。


先端技術と環境


産業活動の変化

 産業活動は、かつて著しい産業公害を発生させ、環境に大きな影響を与えてきました。今後も、これまでとは形態を変えながら、環境に影響を与えるものと考えられます。
 科学技術は産業活動を支えるものであり、産業活動へと具体化されることを通じ、環境に大きな影響を与えることになります。製造業について産業活動の過去の変化をみてみましょう。
 戦後しばらくは、繊維産業などの軽工業が中心でしたが、30年代半ばから始まった高度経済成長に伴って、鉄鋼、石油、化学等の重化学工業が飛躍的に発展しました。このような重化学工業化は、環境への負荷を増大させ、大気汚染や水質汚濁などの公害問題を発生させることとなりました。
 その後、二度にわたるオイル・ショックによる原油価格の大幅な上昇に伴って、化学・石油・鉄鋼などの素材型産業の生産が急速に鈍化しました。一方、機械工業などの加工組立型産業が比較的高い成長を続けています。加工組立型産業は、素材型産業に比べてエネルギー使用量や用水使用最が小さく、環境に対する負荷の増大を抑制する効果をもたらしてきたといえます。

■製造業に占める加工組立型産業と素材型産業の割合
■製造業に占める加工組立型産業と素材型産業の割合
(備考)1.通商産業省「工業統計表」により作成。
    2.製造業全体の付加価値額に占める加工組立型産業(一般機械,電気機械,輸送用機械,精密機械)の割合と素材型産業(繊維,パルプ・紙・紙加工品,化学,石油・石炭,窯業・土石,鉄鋼,非鉄金属)の割合を示した。


先端産業の発展と環境

 近年、エレクトロニクス、バイオテクノロジー、新素材、新エネルギーなどの先端技術が急速に発展し、技術革新が進行しています。このような先端技術が産業化されて新たな先端産業が生み出され、産業活動が変化しつつあります。
 既に産業化が進んでいる医薬品、通信・同関連機器、電子機器部品などの技術先端型業種について、工場立地の状況をみると、昭和59年において453件となっています。これは全業種の19.2%を占めており、55年以降急激に増加しています。また、工場立地面積の9割以上が内陸部に立地されています。
 先端産業は、概して知識集約型、高付加価値型の産業であり、高度成長期において問題とされてきた硫黄酸化物などによる公害問題を発生させる可能性は小さいと考えられます。しかしながら、先端産業の発展は、化学物質の利用拡大と使用形態の変化をもたらすとともに、廃棄物の性状を変化させる可能性があります。このため、新たな環境問題を発生させることのないよう十分に留意していく必要があります。
 一方、先端技術を積極的に活用することにより、環境保全の一層の推進を図ることも期待されています。

■技術先端型業種と全業種の立地件数推移
■技術先端型業種と全業種の立地件数推移
(備考)通商産業省「立地動向調査」により作成。
    技術先端型7業種(日本標準産業分類による医薬品,通信・同関連機器,電子応用装置,電気計測器,電子機器部品,医療用機器,光学機械・レンズの7業種。)


 次に、先端産業のうちでも技術の産業化が著しいIC産業と、新たな技術として産業化が期待されているバイオテクノロジーを例にとって、先端技術と環境とのかかわりを詳しくみてみましょう。

IC産業と環境

 IC(Integrated Circuit:集積回路)が世の中に登場してから20年あまりになります。これまで、通信機器、コンピュータなどの分野を始めとして急速に普及が進みました。現在、家庭においても、テレビ、ステレオ、エアコン、電子レンジ、電子ゲームなどに利用されており、ICを利用しない家電製品は電気カミソリくらいといわれるほどになっています。
 59年のICの生産数量は約95億個(国民ひとりあたり80個)で、生産は急速に増加しています。ICを製造する工場は、従来の工業地帯に限らず、日本全国に分布し、日本列島のシリコンアイランド化が進んでいると言われています。
 ICの製造工程をみますと、産業全体の中での使用量はそれほど多くないとみられますが、様々な化学物質が種々の形態で使用されています。
 こうした化学物質の中には、工場で働く労働者に影響があるとされている物質もあり、環境に対する影響が未解明な物質もあります。このため、化学物質の性状に関する知見の集積に努めること、生産から廃棄に至るまで化学物質の安全管理を徹底することにより環境汚染の未然防止に努めていくことが重要です。

■ICの製造工程で使用される主要有害化学物質
■ICの製造工程で使用される主要有害化学物質

■IC生産額の推移
■IC生産額の推移
(備考)通商産業省「機械統計年報」(昭和59年)により作成。


 また、IC産業は、加工組立型産業としては一事業所当たりの水の使用量、特に井戸水使用量が多く、地盤沈下を生ずるおそれのある地域においては、その防止に配慮することも必要です。
 一方、ICは、公害防止装置の制御機能を向上させるなど環境保全にも寄与してきています。今後も、ICを中心とするエレクトロニクスの進歩を環境保全に積極的に活用していくことが期待されています。

バイオテクノロジーと環境

 バイオテクノロジーは生物の有する機能を利用した技術です。古くからわが国で用いられている、みそ、しょうゆの醸造技術なども広い意味ではバイオテクノロジーの一種といえましょう。しかし、近年社会的に注目を集めているのは、分子生物学の発展を基礎とした、組換えDNA技術などを内容とする技術です。組換えDNA技術は、生物の細胞中にあり、遺伝をつかさどる物質であるDNA(ディオキシリボ核酸)を人為的に組み換えて、新しい遺伝子の組合せをもつ細胞を作り出す技術です。既に、この技術を利用して医薬品が製造されたりしています。バイオテクノロジーは、21世紀にかけて産業化が進み、医療、農業、環境など幅広い分野に様々な影響を及ぼしていくものと考えられています。

■ICの製造工程
■ICの製造工程

 組換えDNA技術については、人体や環境に有害な新たな生物が生み出されて危険を招く可能性も考えられることから、その利用にあたっては慎重に行う必要があるとされています。
 実験室など外部から遮断された場所で利用することに対しては、既に政府から指針が示されており、これに基づき安全性を確保しながら実験が行われています。しかし、外部から遮断されていない場所や野外で組換えDNA技術を利用する場合については、安全確保のための明確な考え方が示されていません。このため、例えば、組換えDNA技術を野外で利用するような場合には、環境保全の観点から十分な配慮が必要です。
 一方、バイオテクノロジーは、現在においても、廃水処理など環境保全に利用されています。今後は、廃水処理技術の向上や、PCBなど難分解性の汚染物質の処理、水銀など有害な重金属を含む廃棄物の処理などに応用されることが期待されています。

■組換えDNA技術
■組換えDNA技術
出所:バイオテクノロジー(松宮)


5 環境保全の幅広い展開


環境改善が遅れている分野への取組


窒素酸化物対策

 大気中の窒素酸化物はその大部分が燃焼に伴って発生するものです。発生源としては工場などの固定発生源に加えて、自動車などの移動発生源も大きな割合を占めています。
 窒素酸化物対策としては、昭和48年から、工場・事業場や自動車に対して排出規制が始められ、その後逐次、規制が強化されてきました。

■二酸化窒素に係る環境基準との対応状況
■二酸化窒素に係る環境基準との対応状況
(備考)環境庁調べ。


 このような努力にもかかわらず、窒素酸化物の汚染の改善ははかばかしくなく、大都市地域では、二酸化窒素の環境基準の達成期限である昭和60年においても基準を達成できないことが明らかになりました。この原因は、貨物車やディーゼル車など窒素酸化物の排出量の多い自動車の交通量が増加したことなどがあげられます。
 今後、環境基準の達成へ向けて、1)技術開発を進め、自動車排出ガスの改善を一層進めること、また電気自動車など低公害の自動車を普及させること、2)共同輸送を進めることにより交通量を減らしたり、地下鉄など公共輸送機関を整備することにより乗用車の利用を減らすこと、3)工場などの固定発生源の対策をさらに進めることなどが必要です。

■車種別自動車保有車両数の推移
■車種別自動車保有車両数の推移
(備考)運輸省資料による。


閉鎖性水域の水質汚濁防止対策

 閉鎖性水域とは、湖沼や、内海、内湾など周囲の大部分を陸地で囲まれた水域のことをいいます。閉鎖性水域は水の交換が少なく、汚濁物質がたまりやすいため、水資汚濁が進みやすく改善しにくいという性質があります。また、閉鎖性水域では、窒素やリンなどの栄養塩類が流れこんで植物プランクトンなどが大量に発生するという富栄養化の現象が起き、水道水の異臭味や、赤潮の発生、養殖魚が死ぬといった問題が発生しています。このため、次のような対策がとられていますが、今後共さらに対策を充実させていく必要があります。
●湖沼の対策
 湖沼の水質を守るために、昭和59年に「湖沼水質保全特別措置法」が制定されました。また、富栄養化を防止するため「水質汚濁防止法」に基づく窒素、リンの排水規制が60年7月から行われています。
●閉鎖性の海域の対策
 東京湾、伊勢湾及び瀬戸内海の3海域では、海域に流入する汚濁の総量を制限する総量規制制度が導入されています。また、瀬戸内海においては、富栄養化を防ぐため「瀬戸内海環境保全特別措置法」に基づき、リンの削減指導が行われています。

赤潮(瀬戸内海)
赤潮(瀬戸内海)

交通騒音対策

 交通騒音の防止のため、様々な対策がとられてきましたが、まだまだ改善の進まない地域が残されています。このため引き続き各種の対策を進めていく必要があります。
●道路交通騒音対策
 自動車の交通に伴う騒音対策としては、自動車構造の改善、交通渋滞の緩和のための信号操作などの道路構造の改善、また、道路に面して音を遮る建物や緑地を設けるなどの対策がとられています。
●航空機騒音対策
 航空機騒音の改善のために、低騒音機の導入、騒音を軽減するような運航方法の採用、飛行場周辺の住宅の移転、防音工事、また緩衝緑地帯4)の整備などが行われています。
●新幹線騒音対策
 新幹線の騒音対策としては、防音壁の設置、鉄げた橋りょうの防音工事、周辺の住宅の防音工事などが行われています。

民家すれすれに飛ぶ飛行機
民家すれすれに飛ぶ飛行機

住宅地を走る新幹線
住宅地を走る新幹線

環境保全施策の多様な展開


環境アセスメント


 一度壊された環境は、なかなか元には戻りません。公害や自然破壊は、それがおきる前に防止することが最も大切です。
 環境アセスメントは、環境汚染の未然防止のための有力な手段の一つです。環境にいちじるしい影響をおよぼすおそれのある事業が実施される場合には、それが環境におよぼす影響について事前に調査し、予測し、評価を行います。そして、その結果を公表し、地域の住民などの意見を聞き、それを十分に反映させた形で、公害防止などの対策を講じるようにします。このように、環境アセスメントは非常に重要であることから、政府は昭和59年8月に「環境影響評価の実施について」の閣議決定を行いました。

健康被害対策の推進


 公害による健康被害者を迅速、公正に保護することは、公害対策の重要な課題です。このため慢性気管支炎などの大気汚染による疾病、水俣病、イタイイタイ病などの公害健康被害者に対する救済が行われています。

本州四国連絡橋―児島・坂出ルート―(完成予想図)
本州四国連絡橋 児島・坂出ルート(完成予想図)

地域の特性をいかした環境保全の推進と国民参加


地域の特性をいかした環境保全の推進

●快適な環境づくり
 豊かな緑や清らかな水辺、美しい街並みや歴史的な雰囲気といった快適な環境(アメニティ)は、私たちの生活にうるおいとやすらぎをもたらします。国民の生活環境に対するニーズが高まっている今日では、公害の防止や自然環境の保全にとどまらず、快適な環境を積極的に創造していくことがますます重要となっています。
環境の快適性を高める施策を分類すると、
1)緑や水といった快適な環境に親しむための施設の整備
2)身の回りにある樹林地や水辺など良好な自然の保全
3)道路や街並みの景観など快適な都心・生活空間の創出
4)日常生活において、人々の環境に配慮した生活・行動ルールを確保するための施策
5)環境の質を高める歴史的・文化的事物の保存
 などさまざまなものが考えられます。
 快適環境づくりは、行政、住民、企業などが役割を分担しながら、地域の自然、文化、歴史に応じて施策を進めることが大切です。




 環境庁では昭和59年度より、市町村において創意工夫をいかしたアメニティ・タウンづくりを総合的に進めていくための計画づくりを助成しています。
●環境の健全な利用
 環境を損なわない形で、地域の総合的な発展を図っていくためには、土地、水、大気などの限りある環境資源を計画的に保全しながら適正に利用すること、つまり環境の健全な利用を図るということが重要になります。
 そのためには、まず地域の自然環境や大気、水などの状況を科学的に調査し、客観的なデータをわかりやすく整備していくことが必要です。これによって、環境を利用する時に配慮することが望ましい事項が明らかになり、その地域の環境の利用が適正に進められることになります。
 このため環境庁としても、このような趣旨に基づいて、特に必要な地域について環境情報を体系的に整備するため、昭和59年度から「環境利用ガイド事業」を進めています。




●地域における環境管理の推進
 地方公共団体では、これまで述べたような施策を含めて、環境保全のためのいろいろな施策を総合的、計画的に行うため、地域環境管理計画の策定が進められています。
 このような地方公共団体の取り組みをさらに発展させていくためには、地域環境管理計画を策定する手引きの作成や、全国的な規模の他の計画との整合性、地方公共団体間の調整などに取り組む必要があります。

自主的な環境保全の推進

 最近の環境問題の特徴の一つに、国民が公害の被害者になるばかりでなく、知らず知らずのうちに自らも加害者となっていることがあります。このため、国民一人ひとりが環境保全に配慮した行動を心がけていくことが重要となっています。
 たとえば、流しに置かれるストレーナー(こし器)を、目の細かいものに変えたり、廃食用油を水に流さないで処分することによって、台所からの排水をきれいにすることができます。また、近隣騒音の問題も、自動車エンジンの空吹かし音、室内の足音、扉の開閉音など日常のちょっとした気配りで防ぐことができるのです。このほか、空き缶の散乱防止、緑豊かな環境の創造も、住民の努力なしにはできません。

■地域環境管理計画の策定手順
■地域環境管理計画の策定手順

 自主的な環境保全活動を推進していくためには、国民が環境保全のための行動に参加できるような機会を設けることが大切です。このため、昭和58年度以来「環境文化行動の日」を設け、散在ごみの取集や植樹などの環境美化への取り組みを呼びかけています。
●環境教育
 国民の主体的な参加・協力を得て環境保全を進めるためには、まず、国民が環境問題を理解し、協力していくことが必要です。このため環境教育を進めていくことが大切です。環境教育は、学校では、社会科や理科の中で行われています。また、学校以外では、自然公園内のビジターセンターや自然研究路などを用いたり、環境教育映画やシンポジウムなどの広報、啓発活動を通じて行われています。

ビジターセンターでの自然解説
ビジターセンターでの自然解説

水を汚さない心がけ――洗剤は適正量を――
水を汚さない心がけ――洗剤は適正量を――

細かいごみも水に流さないように
細かいごみも水に流さないように

6 国際的な環境問題


国際的な環境問題の動向


 環境問題は世界各国で起こっています。そして、いまや一国内の問題にとどまらず、国際的な広がりを見せています。

主要先進国における環境問題

 欧米の先進国でも環境問題が社会的に大きな問題となっています。
 大気汚染についてみますと、二酸化硫黄の排出量は、45年以来各国とも低下を示しています。一方、窒素酸化物の排出量は、概して、はかばかしい改善はみられず、悪化している国もありますが、近年は経済成長率の低下、窒素酸化物対策などにより全体的に改善傾向がみられます。
 わが国は他の主要国に比べ両方とも低減しており、特に二酸化硫黄は著しく低減しています。また、可住地面積あたりの排出量を各国と比較してみますと、排出削減努力が行われた結果、わが国は、二酸化硫黄については中程度となりましたが、窒素酸化物は、西ドイツに次ぐ高水準となっています。これは、わが国では狭い国土において高度な経済社会活動が営まれていることの反映と考えられます。

■主要国における経済活動、大気汚染因子排出量の比較(可住地面積1平方キロメートル当たり)
■主要国における経済活動、大気汚染因子排出量の比較(可住地面積1平方キロメートル当たり)

 河川の有機汚染の状況を代表的な指標であるBODの推移でみますと、ミシシッピ川、ライン川、セーヌ川など顕著な改善を示している河川もありますが、改善を示していない河川もみられます。
 廃棄物についてみますと、一人当たりの都市ごみの排出量は、生産様式の違いなどにより、国により開きがありますが、わが国は先進国中では中程度となっています。また産業廃棄物は、排出量が多く、有害な場合があります。特にその輸送と処理に注意が必要な状況にあります。

国境を越える環境問題

 酸性雨 5)が欧州や北米において国境を越えた問題となっています。これらの地域に降下する雨の酸性度をみると、欧州においては大陸中央部、北米においては東部で高くなっています。さらに、酸性度の高い地域が国境を越えて広がっています。
 また、国が陸続きで隣接している欧州や北米では、有害な廃棄物が国境を越えて移動する際の管理のあり方が問題となっています。

■欧州と北米における酸性雨の状況
■欧州と北米における酸性雨の状況
(備考)1.「越境大気汚染に関するアメリカ―カナダ覚え書き」報告(57年)による
    2. 55年以降のデータに基づく平均pH値。
    3. pH値が小さくなるほど酸性度が高い。




(備考)1. 国連ヨーロッパ経済委員会(UNECE)資料による。
    2. 53年から57年のデータに基づく平均pH値。


地球的規模の環境問題

 燃料などの使用に伴って発生する二酸化炭素の量は、20世紀後半以降急速に増大し、それにつれて、大気中の二酸化炭素濃度の上昇が観測されています。このような状態が続けば、21世紀の半ばには大気中の二酸化炭素濃度は現在の2倍になり、気温は、温室効果6)のため地球全体で地上気温が1.5~4.5℃上昇するともいわれています。
 また、石油などによる海洋汚染が多くの海域で起きています。海洋での石油流出のうち、最も大きなものは船舶によるもので、全体の4割強を占めています。
 さらに、焼畑移動耕作や伐採によって熱帯林が減少しています。熱帯林は熱帯地方の開発途上国に住む人々の生活基盤となっているばかりでなく、生物種の豊庫であり、大気の浄化、土壌の保護、気候の緩和の面で、人類を含め全生物の生存のために極めて大きな役割を持っています。
 このほか、乾燥、半乾燥の熱帯地方においては、過度の放牧が行われたり、残り少ない樹林が燃料として利用されたりするため、毎年600万ヘクタールに及ぶ土地が不毛の砂漠に化しているといわれています。

■大気中の二酸化炭素濃度の推移
■大気中の二酸化炭素濃度の推移
(備考) アメリカ環境問題諮問委員会「環境の趨勢」等により作成。


■砂漠化の状況
■砂漠化の状況



国際的な環境保全とわが国の役割


国連環境特別委員会

 わが国がかねてより設立を提案していた国連環境特別委員会が、昭和59年5月に発足しています。この委員会は、21世紀の地球環境の理想像を模索し、その実現を検討することを任務としており、62年春に検討結果を報告書にまとめることになっています。

国際機関への参加、協力および国際条約等の締結

 わが国は、前記委員会のほか、国連環境計画(UNEP)7)、経済協力開発機構(OECD)などの国際機関の場を通じて、環境分野の国際協力に積極的に取り組んでいます。
 UNEPの環境基金に対しては、全体の約14パーセントを拠出しています。OECDでは、60年6月に環境大臣会議がパリで開催され、わが国からは石本環境庁長官が出席しました。また、61年5月に開催された東京サミットでも、環境問題について、討議されています。
 海洋汚染の防止や、渡り鳥等の保護など多国間にまたがる問題については、条約や協定が結ばれています。

海外との環境保全に関する協力

 わが国は、環境保全分野における二国間の協力を積極的に推進しています。
 日中間での環境行政交流についてみると、60年5月、環境庁は中国に代表を派遣し、中国国家環境保護局との間で意見交換を行いました。また、これを契機に、60年10月、北京動物園のトキ1羽が我が国に貸与されました。今後も様々な形で交流を進めていくことにしています。

中国からきたトキ(ホアホア)
中国からきたトキ(ホアホア)

中国での公害防止技術協力
中国での公害防止技術協力

用語解説



1)四日市ぜんそく
 大気汚染による公害のひとつ。三重県四日市市では石油コンビナートから排出されるばい煙の影響で、昭和36年ごろから住民の間にぜんそくが多発しました。これを四日市ぜんそくと呼んでいます。

2)水俣病
 工業排水に汚染された魚介類を食べた人が、魚介類に含まれていた有機水銀の中毒症になる病気。症状としては、四肢末端のしびれ、運動失調、言語障害、難聴などがあります。
 昭和31年には熊本県の水俣湾周辺で、また、40年には新潟県の阿賀野川流域で発見されました。原因となった有機水銀を排出したのは、それぞれチッソ(株)水俣工場、昭和電工(株)鹿瀬工場であることがわかっています。

3)BOD、COD
 水中の有機物などは、溶存酸素を消費することなどにより、水中生物の成育を阻害します。このような有機物などによる水質汚濁の指標として、BOD及びCODが用いられています。
 BODは、水中の汚濁物質(有機物)が微生物によって酸化分解されるときに必要とされる酸素量をもって表し、CODは、水中の汚濁物質(主として有機物)を酸化剤で化学的に酸化するときに消費される酸素量をもって表します。BODもCODも数値が高いほど汚濁が著しいことを表します。

4)緩衝緑地
 道路や鉄道と周辺の住宅地帯との境界、工場やコンビナート地帯と周辺の市街地の境界に設ける緑地。交通機関や工場などによる公害や災害の危険を軽減することを目的としています。

5)酸性雨
 大気中の硫黄酸化物などの影響で、酸性を帯びた雨。
 日本では、酸性雨によると考えられる目の刺激や皮膚の痛みを訴える事例が生じたことがあります。そのほか、陸水や土壌を酸性化することで水生生物に大きな影響を与えることも知られています。ヨーロッパなどでは、こうした問題が国境を越え、広域化した問題となっています。

6)温室効果
 大気中の二酸化炭素は、地球に降りそそぐ太陽エネルギーは通すが、地球から放出される長波エネルギーは通さないという性質を持っています。このため、二酸化炭素濃度が高くなると、ちょうど温室と同じように大気の温度が上がると考えられており、これを温室効果と呼んでいます。

7)国連環境計画(UNEP)
 国際協力を通じて、地球の環境を保全していくために、国連総会が設置した機関。1982年5月には、ケニアのナイロビに130ヵ国の代表を集めて国連環境計画特別会議が開かれました。ここでは、砂漠化の進行等地球的規模の環境問題について緊急に取り組む必要があることが訴えられ、ナイロビ宣言が採択されました。