45 公害防止技術の今後の方向


 公害防止技術の研究開発の現状は,以上にみてきたとおりですが,こうした現状を踏まえて,今後更に重要的に推進していかなければならない分野としては,次のようなものがあります。
 第1は,固定発生源から排出される窒素酸化物を防除する技術の開発です。
 48年5月に窒素酸化物に係る環境基準が定められ,ボイラー等の固定燃焼装置に対する排出規制も開始されることになりましたが,窒素酸化物は空気中の窒素が燃焼装置内での燃焼によって生成されるものであるため,効率的な燃焼を行うほど量が増大することになり,その抑制は反面で燃焼効率を低下させるという複雑な要素を内包しています。この相反する条件を同時に満足する技術の開発に,既に国,民間で研究が行われていますが,今後とも一層の努力を傾注していくことが必要です。
 第2は,排水高度処理技術の研究開発を更に推進することです。
 既に有機性排水の高度処理等実用化研究の段階に入ったものもありますが,費用,効果も踏まえて経済性のある技術の開発及び極力,少量のエネルギー消費で効率的に高度の質を確保する方向の技術開発に取り組んでいくことが必要です。
 第3は,最終廃棄物と再資源化技術の開発です。
 公害防止技術の普及に伴って,有害物質を含む最終廃棄物の量は著しく増加しております。こうした汚でいや一般都市廃棄物については,最終的には無害化して環境に還元したり,汚でい中の有害物を回収,再利用する技術の開発が必要とされています。既に,廃プラスチック等合成高分子材料の再生による利用等一部実用化の段階に達しているものもありますが,産業汚でい等有害物質を微量含有する廃棄物の処理と資源化については,なお一層の努力が要請されています。
 第4は,無公害生産技術特にクローズドプロセス技術の開発です。
 一たん発生した汚染物質を完全に除去することは非常に困難であり,また,高度の処理に高額のコストがかかっては費用,効果の面からみて問題があるといえましょう。最近の水銀問題を契機にソーダ工業の製法を電解法から隔膜法に転換する例がありますが,そのほかのほとんどの生産プロセスでも新しい無公害技術の開発が求められています。特に,無公害生産技術の一環としての汚染物質を環境中に放出せず,閉鎖されたシステムの中に封鎖するクローズドプロセス技術については各種生産技術の分野でその開発が望まれています。

主な窒素酸化物防除技術
主な窒素酸化物防除技術

46 環境科学技術の確立


 当面の汚染の防除を目指した公害防止技術の研究開発と同時に,より基礎的な科学技術の研究の推進も環境保全上極めて重要です。
 こうした基礎的な研究の分野としては,一つには環境現象の解明に関するものがあります。すなわち,大気,水,土壌等の流動や組成,反応現象等の解明や汚染因子のそれら環境における挙動を物理的,化学的,生物的に究明する分野です。
 これらについての科学的知見は,公害防止や自然環境保全を図るための重要な基礎となるもので,不可欠のものでありますが,現実には当面の環境条件のは握が急務となり,より基礎的な実験やサンプリング,分析測定評価のための科学技術,生態系のバランスについての知見等は今後の課題として残された面が多いのが実情です。今後は,環境現象の解明に関する分野での研究を一層強力に推進していかなければなりません。
 基礎的な研究分野としては,二つには,汚染による影響に関する研究分野があります。この分野は,汚染因子が人間,動物,植物等に及ぼす影響を究明,評価するものです。なかでも人間の健康に及ぼす影響は最も重要な社会的関心の高い問題で,急性や亜急性の影響については,従来の薬理学や毒物学や労働衛生の知見がありますが,慢性影響,特に各種の汚染因子の複合による低濃度長期暴露による慢性影響についての知見はまだ限られています。今後は,こうした影響に関する知見を一層充実していくことが必要です。
 以上のような基礎的研究の成果を踏まえつつ,環境に関する人間活動の影響を予測し,これを管理するシステムを開発整備することが環境科学技術に課せられた究極の課題となります。そのためには環境測定監視システムの研究開発が必要です。測定監視システムは次第に整備されつつありますが,データの信頼性を保証するチェックシステム等についての研究,改良が今後必要とされています。
 また,以上のような研究を総合的,計画的に推進していくために,研究体制の整備拡充も重要です。このため,国,民間のそれぞれのポテンシャルに応じた効果的な研究分担の原則が確立されなければなりません。実用化研究はその企業性に着目して民間企業が中心となって実施すべき分野で,国はその基礎的分野について分担すべきです。より基礎的な現象解明,影響研究等の分野は,原則的に国が担当する方向で進められるべきです。

大気汚染関係の測定局数
大気汚染関係の測定局数
(備考)環境庁調べ


 また,発生源,環境現象,環境影響の評価に関する国内外の種々のデータ,研究情報が体系的に収集,整備され,信頼性を確保したうえで広く提供されるような体系の確立も極めて重要なことです。

47 むすび―新局面を迎える環境行政


 熊本の水俣病裁判等いわゆる四大公害裁判の終結,公害健康被害補償法の成立により,人の生命,健康に係る被害の救済についてのルールが確立されました。他方,人の生命,健康に影響を及ぼす有害物質については,今後とも排出規制等を一段と強化充実することが予定されています。しかし,過去に排出されたPCB,水銀等の難分解性物質は,早急かつ計画的な除去を図り,過去の蓄積汚染の脅威を一掃する必要があります。
 国民の環境に対する欲求は,人の生命,健康の保護にとどまらず,快適な生活環境の確保を求めて多面化,高度化してきています。環境行政は,このような国民の欲求を背景に,長期的な視野にたって,総合的な施策を強力に推進すべき新しい局面を迎えていますが,その主要な課題として次のようなものがあります。
 第1は,産業構造,消費構造の転換です。昨年秋以降のいわゆる石油危機は,長期的には,石油資源に多くを依存する産業構造,消費構造のあり方に根本的な検討を迫るとともに省資源,特に資源の再利用への気運を醸成しました。経済構造を省資源,低公害型に転換するためには,環境保全に必要な費用を生産や消費の費用の中に適切に織り込み,それぞれの経済主体にそれに対応する行動を促すための仕組みを市場機構の中に定着させていくことが一つの有効な方策です。
 第2は,自然環境の保全です。今後,自然環境についての可能な限りの科学的調査の基礎のうえにたって,原生自然環境保全地域等の指定を早急に行い,それぞれの地域の特性に応じて人間活動を規制し,自然環境の保護を図っていかなければなりません。
 第3は,環境アセスメントの確立です。地域開発等環境に影響を与えるおそれのある行為については,環境を保全し得る範囲内にこれをとどめるため,事前に環境影響を調査評価する環境アセスメントの実施とその制度化が不可欠です。このため,その手法,チェック項目等を早急に整備,開発し,アセスメント実施主体にこれを明示するとともに開発の各段階に応じてアセスメントが実施されるというルールが確立されなければなりません。
 第4は,総量規制方式の導入です。地域全体の汚染排出量を望ましいレベル以下に抑えるためには,従来の濃度規制を中心とする規制に加えて,総量規制の方式を導入することが根本的な対策として有効です。このため現在その導入を準備している大気関係のほか水質関係についても総量規制方式を早期に導入する必要があります。
 第5は,生活関連公共投資の促進です。下水道,廃棄物処理施設等の公害防止のための生活関連公共施設の整備状況は,人口の特定地域への過度の集中等もあって,最近の整備努力にもかかわらず全体として先進諸外国と比べてかなり立ち遅れており,今後とも一層その促進を図らなければなりません。
 第6は環境科学技術の推進です。限られた環境資源のなかで環境保全を図りながら国民生活水準の維持向上を目指すためには,環境科学技術の推進が不可欠です。当面する汚染因子の防除を目指す公害防止技術の開発はもとより,環境現象の解明や環境影響評価に関する研究といった基礎的な科学の推進も重要です。

 美しい国土と快適な生活環境を現在及び将来の国民のために確保することは,我々国民の共通の願望であり,かつ責務でありますが,有限な環境資源に対する適切な評価が多くの国民の間に芽生え,漸次定着しつつある基盤のうえに立って,我々の英知と努力を環境保全に傾注すれば,物的な豊さを追求するあまりその蔭で失われた清浄な環境を取り戻すことができると考えられます。

第2部 最近の環境汚染の状況と環境保全対策


48 大気汚染の現況と対策


 環境基準は,人の健康を保護するうえで維持されることが望ましい基準として国が定めることとなっていますが,大気汚染関係では,48年度に,二酸化いおうに係る環境基準が強化改定され,二酸化窒素と光化学オキシダントに係る基準が新たに設定されました。
 これに伴い,工場等の汚染排出源に対する排出規制も強化され,48年度には,窒素酸化物の排出規制が,工場等のばい煙発生施設に対して開始されるとともに,いおう酸化物についても,全国のばい煙発生施設における排出状況の調査を実施し,排出基準の強化を図りました。
 大気汚染防止法によって,都道府県に設置の届出を義務づけられている全国のばい煙発生施設の件数をみますと,47年3月末に10万2,771件であったものが,48年3月末には11万2,014件(工場,事業場数では6万2,585)となっています。施設の種類は,ボイラー,金属加熱炉,窯業用焼成炉・溶解炉,廃棄物焼却炉等となっています。
 違反者の取締り状況をみましょう。47年度のデータですが,違反者に対する改善命令等の行政処分は全国で434件で,罰則適用の告発事案はありませんでしたが,法律に基づかない行政指導等の措置は4,942件もありました。
 次に,自動車排出ガス規制の動きをみますと,47年10月に,中央公害対策審議会から,この問題についての中間答申がなされました。このなかで,我が国の特に都市における大気汚染の深刻な状況にかんがみ,米国の1970年大気清浄法改正法(マスキー法)の予定する1975年及び1976年の自動車排出ガスの規制と同程度の規制を我が国においても行うべきであるとの結論が示されました。この設定方針に沿って,50年度からの自動車排出ガスの規制強化を実現するため,国,民間挙げて排出ガス防止技術の開発及びその実用化の促進について研究を進めてきました。そして,すでに,東洋工業,本田技研の二つのメーカーで50年度の目標値を満足する低公害車の量産化に成功しています。
 このほか,光化学スモック対策が,そのメカニズムの解明や交通規制要請等により行われています。また,大気汚染防止上,極めて大切な監視測定についても,すでに国設の測定局が15か所に設置され,地方の測定局の増加とともに体制の整備拡充が行われています。

自動車排出ガスによる大気汚染経年変化
自動車排出ガスによる大気汚染経年変化
(備考)1.環境庁調べ
    2.一酸化炭素,一酸化窒素及び二酸化窒素の各測定値は,国が設けている霞が関,大原及び板橋の3測定局の年平均値を平均した値である。
    3.測定値の単位は,一酸化炭素にあってはppm,一酸化窒素及び二酸化窒素にあってはpphmである。


49 水質汚濁の現況と対策


 公共用水域の環境基準は,人の健康に関する「健康項目」と生活環境に関する「生活環境項目」の二つから成っています。このうち前者については全国一律に定められていますが,後者については河川,湖沼,海域ごとに利水目的に応じた水域類型を設けて,各々について水素イオン濃度等の項目に関する基準値を定め,各公共用水域をこの類型にあてはめることによって具体的に当該公共用水域の環境基準値が示されることとなっています。
 「健康項目」の環境基準は,すでに45年4月の閣議決定により,シアン,アルキル水銀,有機リン等8項目について定められています。各公共用水域に対する水域類型の指定は,原則として当該公共用水域が属する都道府県の知事が行うこととされていますが,47の県際水域については国が行うこととなっています。これらの県際水域の類型指定はすべて終了し,都道府県知事が指定を行う公共用水域の主要水域については,206水域について水域類型の指定を完了しています。
 環境基準の設定に対応して,排水規制も強化されています。水質汚濁防止法による全国一律の排水基準に加えて,都道府県により,一層厳しい「上乗せ基準」が設定されていますが,その数は,45都道府県となっており,水域によっては,新増設に対する厳しい上乗せ基準が設定され,水質規制は一段と強化されています。
 一方,監視測定体制の整備も進んでいます。都道府県知事は,法律に基づき,公共用水域の水質の常時監視のために,水質調査を行っています。この調査に対応して水質監視測定機器の整備も進められ,測定機器の自動化が推進されています。また,水質の分折機器の拡充も重要で,地方公害研究機関を中心としてその整備が実施されています。
 良好な水質を確保するうえで,下水道の整備が重要であることはいうまでもありません。下水道整備は公共事業として推進されていますが,46年度を初年度とする第3次下水道整備5カ年計画では,5年間に2兆6千億円を投入して,普及率(市街地面積ベース)を48年度末の26%(実績見込み)から38%にまで高める予定としております。

主要河川の水質汚濁状況(BOD値)48年
主要河川の水質汚濁状況(BOD値)48年
(備考)1.沖縄県の河川は47年のBOD値
    2.隅田川,吉井川のBOD値はそれぞれ8.2,5.4である。


50 騒音の現況と対策


 騒音は各種公害のなかでも最も日常生活に関係の深い問題であり,また,その発生源も多種多様であるため,騒音に関する苦情件数は公害に関する苦情のうち最も多数を占めています。
 騒音の種別毎に苦情内容をみると表のように,工場・事業場騒音に起因するものが60%を占め,次いで建設騒音,深夜騒音の順となっています。この他,最近では,航空機,新幹線あるいは鉄道に起因する騒音問題については,地方公共団体に寄せられる苦情の件数は比較的少ないものの,周辺地域においては大きな問題となっています。
 こうした騒音問題を解決するために,47年度においては,騒音規制法の指定地域の拡大により工場・事業場騒音,建設騒音及び自動車騒音の規制が進められたほか,工場・事業場対策の一つとして住工分離等の土地利用の適正化,自動車騒音対策の一つとして都市総合交通規制の実施策が推進されました。
 最近,問題がクローズアップされている航空機騒音については,46年末に緊急対策指針が設定され,これに基づいて東京,大阪両国際空港における夜間の航行制限等の措置が講じられてきましたが,更に飛行場周辺住民の生活環境の保全を図るため,航空機騒音対策の総合的な目標となる環境基準が,48年12月末に設定されました。今後は,これを目標として,音源対策,飛行場周辺の土地利用の適正化等の施策が進められることとなっています。
 公共用飛行場については,特定の飛行場周辺において,学校,病院等の防音工事の助成,共同利用施設の整備の助成,建物等の移転の補償,土地の買取り,テレビ受信障害対策等の諸施設を講じているほか,東京,大阪両国際空港における夜間発着の原則的禁止,離着陸経路の指定を行っています。更に,現在市街地又は新しく市街化しようとしている空港周辺地域における問題の解決を徹底するため,空港周辺の一定区域を緩衝緑地帯,騒音の影響を受け難い施設地帯として再開発を行っていくという土地利用計画の適正化を骨子とする法改正も行われました。

騒音に関する苦情件数
騒音に関する苦情件数
(備考)1.環境庁調べ
    2.地方公共団体(都道府県及び市町村)に対する苦情件数


 また,自衛隊又は駐留米軍の航空機の騒音対策も進められています。
 新幹線鉄道騒音対策も重要となっています。音源対策として,線路構造物,軌道,車両の改良等を行ったほか,障害防止対策として,民家の騒音防止工事の助成及び移転補償の実施について検討を行っています。

51 振動の現況と対策


 特に公害として問題にされる振動は,主に,工場,建設作業,交通機関等の振動発生源から地盤を伝搬して,家屋等を振動させるものであり,その周波数は,およそ1~90Hzとされています。振動の住民に及ぼす影響としては,騒音と同様に生理的障害よりはむしろ心理的,感覚的なものであり,気分がいらいらする,不快に感ずる,寝つきにくい,目が覚める,思考や作業の妨げになる等の生活妨害が中心となっていますが,振動発生源と接近している場合には,家具,調度品等の損傷,耐久性の劣化や壁,タイルのひび割れ等の物的被害のみられるものもあります。
 また,地盤を伝搬する振動とは別に,工業溶炉の燃焼等が発生源となる低周波の空気振動により,ガラス窓や障子が振動する例もみられます。
 振動公害の苦情発生件数については,都市のスプロール化,機械・施設の大型化,とりわけ住宅と町工場の混在状態の増加により近年増大の傾向にあります。また,苦情件数を振動発生源についてみると,工場振動,建設振動,交通振動の順となっています。
 振動の防止技術については,各種の防振装置が開発されており,コンプレッサー,プレス,織機等については防振ゴム,空気バネ,金属バネ等を機械と基礎の間に入れて振動を吸収するものがあり,更に鍛造機等については浮基礎,吊基礎のような大がかりなものもあります。
 これらの防振効果については,図のように鍛造機についてみると約10デシベルの効果があると考えられます。また,建設作業のうち特に問題とされる杭打作業については,アースオーガ等を併用させることにより相当の振動発生の軽減が可能であるといわれています。交通振動については,各方面で研究中ですが,振動防止技術の開発を早急に図る必要があります。
 振動公害については各都道府県において条例による規制が行われていますが,これらは,主として工場・事業場から発生する振動を規制しているものです。

鍛造機(1/3t~35t)に関する振動防止装置の効果
鍛造機(1/3t~35t)に関する振動防止装置の効果

 このため,環境庁においては,建設振動,交通振動を含めて一本化された法規則を行うべく47年度から総合的な実態調査を行うとともに測定方法,振動の生理的影響等について調査研究を進めています。

52 地盤沈下の現況と対策


 我が国の地盤沈下地域は,全国的に分布しています。地盤沈下の歴史は古く,東京都低地部のように過去半世紀にわたって沈下が継続している地域もあるので,その調査,研究も進み,今日では地盤沈下の原因は地下水(一般の地下水のほか,水溶性天然ガスを溶存する地下水及び温泉を含む。)の採取にあること,また,地盤沈下の防止のためには,強力な地下水採取規制措置によって地下水採取量の抑制を図る必要があることが,広く一般に認識されるようになってきています。
 その結果,大阪市,尼崎市等のように,地下水採取規制及びこれに伴う水源転換の進捗により,かって著しかった地盤沈下がほぼ停止した地域も現れていますが,その反面,首都圏南部地域をはじめ多数の地域において,相当程度の地盤沈下が現に進行しつつあります。特に最近数年間の傾向として,地方都市において新たに地盤沈下が発生し,そのうちの一部地域においては急速に沈下が進み,建造物,港湾施設,農地及び農業施設等に著しい被害が生じています。
 地盤沈下の防止のため,工業用水法及び建築物用地下水の採取の規制に関する法律(いわゆるビル用水法)に基づく地下水採取規制が行われています。これら2法に基づく規制のほか,地方公共団体の条例による規制も一部の地域において行われています。
 地下水採取量の抑制を図るためには,地下水採取規制とともに地下水から表流水への転換及び新たな地下水需要の発生の抑制のため,水道及び工業用水道等の整備を図る必要が生じます。
 特に工業用水道については,工業用水法による規制に対応して建設される地盤沈下対策工業用水道に対して国庫補助金が交付され,その建設の促進が図られています。

青森市における地盤沈下量及び地下水揚水量等の経年変化
青森市における地盤沈下量及び地下水揚水量等の経年変化
(備考)青森市及び青森地区地盤沈下調査会資料により作成


53 悪臭の現況と対策


 悪臭は人の感覚に直接知覚されるものであるだけに,古くから多くの地域で社会問題となってきました。特に近年において悪臭公害が全国的に住民の生活環境を損なうものとして問題にされてきたのは,各種企業の大規模化に伴う汚染の広域化,都市の近郊,郊外へのスプロール化に伴う住居の悪臭発生事業場への接近,更に住民の快的な生活環境保全への関心の高まり等を反映したものとみられます。
 地方公共団体が受理した悪臭に関する苦情は毎年増加の一途をたどり,47年度における受理件数は21,576件(対前年比22%増)に及び,公害に関する苦情のうち約25%を占めています。
 悪臭の原因となる物質については,業種,事業の規模,作業方式等により種々異なりますが,代表的な悪臭原因物質とこれを排出する主要な発生源事業場は表のとおりです。また,悪臭公害の苦情は養鶏養豚業やへい獣処理場等の事業場に多い傾向がみられます。
 悪臭原因物質の排出形態及びその排出により影響を受ける地域の範囲は多種多様です。
 例えば,クラフトパルプ製造工場から排出される硫化水素,メチルメルカプタン等の大部分は煙突からのものであり,1~2キロメートルも離れた地点でも悪臭が感じられるのに対し,畜産業については,畜舎からの悪臭原因物質の排出が主であり,隣接地帯が最も悪臭が強いといわれています。
 これらの悪臭公害を規制するため,悪臭防止法が制定されています。これに基づき,49年2月末現在,30都府県,8指定都市において,規制地域の指定,規制基準の設定が行われています。
 規制の対象となる悪臭物質としては,アンモニア,メチルメルカプタン,硫化水素,硫化メチル,トリメチルアミンの5物質が政令で指定されています。これらの物質以外にも窒素化合物,いおう化合物,アルデヒド類,脂肪酸類等について追加指定して,規制の強化を図るため,現在測定方法の研究,物質のにおいの強度に関する研究等が進められています。

代表的な悪臭物質と主要発生源事業場
代表的な悪臭物質と主要発生源事業場
(備考)環境庁調べ


 また,悪臭発生源対策として,特に大きな発生源である畜舎については,市街地及びその近郊に散在する畜舎を周辺地区に移転したり,その経営環境を改善するため,畜産団地造成事業,畜産経営環境整備事業等の環境保全事業を実施するとともに家畜ふん尿の迅速かつ適切な処理を行う悪臭防止推進対策事業が実施されています。

54 廃棄物の現況と対策


 近年における生活水準の向上,産業活動の発展は廃棄物の質の多様化と量の増大という結果をもたらしています。
 一般廃棄物は,住民の生活系から排出されるごみ,粗大ごみ,し尿,し尿浄化そう汚でいの4種が代表的なものであり,これらの処理は原則として市町村が行っています。
 し尿の衛生的処理の人口は,45年度末においても6,740万人で,計画処理区域人口に対する比率は79%であり,50年度末においては100%とすることを目標として施設整備が進められています。
 ごみの総排出量の伸びは年平均約11%となっていますが,50年度を推定すると1人1日当たり排出量は約1,200gで,総排出量は日量12万5,300tになる見込みです。
 粗大ごみは,不燃性のもののみならず可燃性のものであっても直接焼却することは困難であり,焼却,埋立処分又は有価物回収の前処理のために破砕施設,圧縮施設の整備が緊急の課題となっています。
 プラスチック系廃棄物は市町村で処理しているごみのうち5~10%の割合で混入しており,このうち6~8割が家庭から排出されるものと推定されています。
 プラスチック系廃棄物の対策としては,プラスチック容器の事業者による回収,排出者の協力による分別収集,炉の耐久性の増強,排ガス,排水の処理施設の設置等処理施設の高度化が要請されてきています。
 一般廃棄物の問題に対処するためパイプ輸送,中継基地の設置による積換,大量輸送の検討が必要とされています。
 産業廃棄物の処理は原則として排出事業者が行うこととされていますが,都道府県の実態調査報告書によれば,事業者自らによる処理は必ずしも適正に行われているとは認められず,廃棄物の保管不備,不適正な処理,不法投棄等により生活環境の保全に影響を与える事例が頻発している状況にあります。
 企業の自家処理を代行する産業廃棄物処理業者の進出状況は,48年8月末現在で2,281であり,そのうち1,709の業者が収集運搬部門に集中しています。

廃棄物処理法違反事犯検挙件数の推移
廃棄物処理法違反事犯検挙件数の推移
(備考)1.警察庁資料による。
    2.45年は清掃法の違犯事例である。


 産業廃棄物を適正かつ効率的に処理するための新たな制度,技術面のシステムの開発及び処理体制の整備に関し各界の意見を求めるため,厚生大臣の諮問機関として産業廃棄物処理問題懇談会を設置し,また厚生省に「産業廃棄物対策室」を設け,種々の検討を行っているところです。

55 土壌汚染・農薬汚染の現況と対策


 重金属によって汚染されている農用地及びそのおそれがある農用地の面積は,おおむね3万7千haと推定されています。このような土壌汚染に対処するため「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」が制定され,カドミウム,銅及びそれらの化合物を特定有害物質として指定しています。
 47年度の土壌汚染防止対策細密調査の結果によると,米中のカドミウム濃度の最高値は群馬県碓氷川流域地域の4.02ppm,土壌中の銅濃度の最高地は静岡県南伊豆地域の541.6ppmとなっています。
 土壌汚染対策地域の指定要件としての基準値以上のものが検出された地域は,カドミウムについては18地域,銅については7地域であり,比較的汚染度の高い地域は群馬県碓氷川流域(カドミウム汚染)と渡良瀬川流域(銅汚染)でした。
 砒素等については,宮崎県土呂久地域における環境汚染が発端となって47年度には83の休廃止鉱山周辺環境汚染調査が実施され,休廃止鉱山周辺地域の農用地の金属類による汚染の概況が明らかになりました。
 49年3月現在,土壌汚染防止対策地域の指定が行われている地域は13地域であり.水田604ha,畑16haとなっています。
 BHC,DDTなどの農薬は食品や環境中に長期間残留し,国民の健康や自然環境の保全に悪影響を及ぼすおそれがあるので,46年以降厳重な使用規制が行われた結果,農薬残留基準又は暫定許容基準を超えた農作物又は牛乳の流通は最近報告されなくなってきました。
 農薬に関する食品,添加物等の規格基準は,48年12月には43食品,22農薬について定められ,これに対応する「農薬残留に関する安全基準」も定められました。
 人体への蓄積が問題となっていた有機水銀剤については,48年10月に種子消毒用の登録が取り下げられた結果,全面的に姿を消すこととなりました。
 これらの農薬の使用規制等によって,全体として毒性の強い農薬の使用率が低下し,残留性の高い有機塩素系殺虫剤も著しく減少してきています。

土壌汚染防止対策細密調査の結果の概要(47年度)
土壌汚染防止対策細密調査の結果の概要(47年度)
(備考)1.環境庁調べ
    2.国庫補助事業による調査地域と都道府県単独事業による調査地域とが同一地域である場合には,国庫補助事業による調査地域としてとりまとめた。


56 健康被害の現況と対策


 健康被害の現況についてみると,ぜん息性気管支炎等の大気汚染系疾患については,認定患者は年々継続的に増え続け,48年12月末現在では,13,107人となっています。水俣病については,水俣湾周辺地域及び阿賀野川流域の両地域において総計993人が認定されており,認定申請者は約2,500人に達しています。イタイイタイ病については,神通川流域において患者が81人,要観察者が133人確認されています。このうち要観察者については,富山県が管理検診を行って経過を観察しています。慢性砒素中毒症については,宮崎県土呂久地区を48年2月に救済地域として指定し,現在のところ患者5人が認定されています。
 次に,健康影響に関する調査についてみると,光化学反応による大気汚染の被害が年々増加していることに対応して,光化学大気汚染の健康への影響についての総合的な調査研究が進められています。カドミウム汚染に係る健康調査については,宮城県鉛川,二迫川等7地域を要観察地域として毎年住民の健康調査を実施しています。休廃止鉱山周辺の調査については,現に住民の健康影響上のおそれのある島根県笹ヶ谷鉱山周辺等の22鉱山周辺において,周辺住民の健康調査を実施しました。このほか公害保健に関する各種調査として,健康被害診断基準の設定,複合大気汚染健康影響調査,有害物質環境汚染(生物汚染)調査等を行いました。
 更に,公害健康被害者の救済制度の充実については,48年9月に新たに公害健康被害補償法が制定されました。これは,大気の汚染又は,水質の汚濁による健康被害者に対して,従来の医療費等の支給のほかに,逸失利益に対する補償を加味したものです。補償給付の内容としては,医療費,障害補償費,遺族補償費等の7種類のものがあります。これに要する費用については,原則として汚染原因者からその汚染の程度に応じて徴収することとするもので,現行の公害健康被害救済特別措置法に比較して,給付内容が飛躍的に充実することになりますし,また,その費用負担についても原因者負担の原則に基づき独自の徴収方法をとるものです。更に,補償給付とは別に,損なわれた健康の回復を図るために,リハビリテーションに関する事業や転地療養に関する事業等の公害保健福祉事業をも行うこととしています。

大気汚染系地域の地域人口に対する認定患者率の推移
大気汚染系地域の地域人口に対する認定患者率の推移
(備考)環境庁調べ


57 自然環境の現況と保全対策


 我が国全体の自然環境をどのように保全していくかについての基本的構想と自然環境保全地域等の地域指定の事項について定めた自然環境保全基本方針が48年10月26日に閣議決定されました。また,自然環境の現況をは握し,全国的な自然環境の保全施策を推進するための基礎資料となる自然環境保全調査が実施されました。
 その他,自然環境保全に関しては,次のような施設が講じられました。
 (自然公園の現況と対策)・・・自然公園の普通地域内の大規模乱開発に対処するため,要届出行為の範囲の拡張等を目的とする自然公園法等の一部改正が行われました。また,国立公園の管理体制を強化するため,国立公園管理事務所,国立公園管理員の充実を図るとともに,国立公園湖沼水質調査,自然公園における自動車規制を実施しました。更に,男鹿,越後三山只見,日豊海岸,奄美群島の4国定公園,2海中公園地区を指定しました。
(野生鳥獣保護の現況と対策)・・・鳥獣保護区,特別保護区の設定を促進するとともに,渡り鳥の観測ステーションを6カ所設定しました。渡り鳥等の保護のため,日ソ渡り鳥等保護条約,日豪渡り鳥等保護条約に調印しました。
(都市・森林等における自然環境の保全)・・・都市公園については都市公園等整備五箇年計画の第2年度として,国費213億円をもって事業の促進を図りました。首都圏近郊緑地,近畿圏保全区域については近郊緑地保全区域の指定,買上げ等を行い,中部圏保全区域については緑地保全の調査を行いました。また,都市緑地保全法を定め都市計画区域内の良好な自然環境の保全に努めることとしました。史跡等の保存整備については土地の買い上げ等を行い,また,名勝,天然記念物を指定しました。森林の保全については,保全林制度の強化,緑化の推進等に努めました。
(自然の健全利用の推進)・・・国民宿舎,国民休暇村,自然休養林,青少年旅行村等の休養施設,国民公園及び墓苑の整備を図りました。

海中公園地区位置図(49年3月末日現在)
海中公園地区位置図(49年3月末日現在)
(備考)環境庁調べ


58 環境保全に関する調査研究


(1)調査研究の総合調整
 環境保全に関する科学技術研究の総合的推進を図るため,環境庁では各省庁の環境保全関係経費についての見積り方針の調整を行うとともに,公害防止を主目的とする各省庁の試験研究機関の経費及び各省庁の試験研究委託費について予算の一括計上を行い,調査研究の総合調整を図っています。
 また,見積り方針の調整並びに一括計上による総合調整後の緊急事案の発生等に機動的に対処するために,環境保全総合調査研究促進調整費を計上し,環境保全に係る調査研究の総合的な効果の発揮を図りました。
(2)調査研究の推進
 (ア)大気汚染に関しては,「光化学スモッグ等都市型大気汚染防止に関する総合研究」及び「無公害自動車の開発に関する総合研究」につき総合研究プロジェクトを編成して,防止技術をはじめ各分野の研究を各省庁協力して進めました。
 (イ)水質汚濁関係では,パルプ排水の処理技術,産業排水の自動管理システム化,クローズドシステム化及び瀬戸内海大型水理模型による水質汚濁メカニズム等の研究を行いました。
 (ウ)騒音,振動及び悪臭関係では,振動の地面伝ぱ機構解明のための基礎研究,エンジン消音に関する基礎研究,排気騒音の防止に関する実験研究,騒音の人間生理に与える影響に関する研究,脱臭装置の開発に関する研究等を行いました。
 (エ)土壌,農薬汚染関係では,土壌汚染対策として農用地における重金属等による汚染のメカニズムの解明等を,農薬汚染対策として天敵利用等による害虫防除法の研究,無公害農薬の開発等の研究を行いました。
 (オ)地盤沈下関係では,濃尾平野を対象に地盤沈下と地域構造との相関関係についての解析等を行ないました。
 (カ)廃棄物処理に関しては,中都市の廃棄物処理システムの設計研究,プラスチック廃棄物の処理に関する研究,スラッジの利用処理に関する研究等を行ないました。
 (キ)新汚染物質関係では,PCB等新汚染物質の評価並びに汚染防止に関する研究,化学物質及び重金属の安全性評価に関する研究等を行ないました。
 (ク)自然環境の保全については,農林水産生態系における汚染物質の循環に関する研究,道路建設の森林生態系に与える影響の研究,開発の干潟に及ぼす影響に関する研究等を行いました。
 (ケ)その他環境保全に関する調査研究として,公害による健康影響の研究,産業公害総合事前調査,電気自動軍の開発等を行いました。
 (コ)なお,本年3月15日には,国立公害研究所が発足し,研究活動が開始されましたが,今後の成果が期待されるところです。

国立公害研究所組織図
国立公害研究所組織図



59 その他の環境行政の進展


 以上の各種の環境行政に加えて公害紛争の処理,各種の融資・助成,環境教育等各種の施策が展開されました。
(1)公害紛争の処理については,中央に公害等調整委員会が,地方に都道府県公害審査会が置かれ,調停や裁定等を行っています。この制度を利用した者は,48年度末で累計1万9千人の多数にのぼっています。また,公害苦情の処理のために地方公共団体に公害苦情相談員が置かれていますが,47年度における受理件数は約8万8千件となっています。
(2)融資,財政,税制措置等
 公害防止事業団は,産業公害の防止のための工場移転用地の造成,貸付事業等を行なう政府関係機関ですが,48年度の事業規模は,730億円(うち造成建設事業180億円,貸付事業550億円),資金規模は692億円となりました。その他の政府関係機関によるものとしては,中小企業設備近代化資金,中小企業金融公庫,国民金融公庫,中小企業振興事業団,日本開発銀行による融資,助成等が行なわれました。
 税制上の措置としては,汚水処理用設備等に対する特別償却制度の適用期限の延長,固定資産税の減免措置対象の拡大等が行なわれました。
(3)工業立地政策としては,大都市地域における工場の新規立地の抑制を図るとともに,工業の地方分散を促進するため,工業再配置促進法に基づく工場移転の促進が図られました。また,工場の新増設を行なう者に対し,工場周辺の環境保全に必要な一定の準則を遵守することを義務づけた工場立地法が制定されました。
(4)教育関係の施策としては,公害地域における児童生徒の特別健康診断等の健康対策を行うとともに騒音防止等を図るため公私立学校に対する助成を行いました。
 また,公害に関する教育の重要性にかんがみ,学習指導要領を改善するとともに,大学においては,環境保全に資する基礎的研究の強化及び環境関連の学科新設等を行いました。

公害の種類別苦情件数及び構成比(47年度)
公害の種類別苦情件数及び構成比(47年度)
(備考)公害等調整委員会調べ


(5)この他事業者にしゅんせつ事業等の公害防止事業費の全部又は一部を負担させて行う公害防止事業の実施,工場における公害防止体制を整備するための公害防止管理者国家試験,資格認定講習の実施等各種の施策を実施しました。
(6)なお,国の施策の他,公害防止の上で地方公共団体が果している役割にはきわめて大きいものがあり,現在,条例や公害防止協定等による規制や総量規制の導入等様々な環境保全対策が推進されています。
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