図で見る環境白書
昭和48年版


 はじめに

 第1部 総 説

  1 最近の環境汚染状況―大気汚染

  2 最近の環境汚染状況―水質汚濁

  3 最近の環境汚染状況―その他の公害

  4 損われる自然環境

  5 生物指標でみる環境破壊

  6 根深い環境汚染

  7 PCBおよび残留性農薬による蓄積性汚染(1)

  8 PCBおよび残留性農薬による蓄積性汚染(2)

  9 ヘドロ公害

  10 富栄養化の進行(1)

  11 富栄養化の進行(2)

  12 自動車による環境破壊

  13 新幹線および航空機による騒音問題

  14 プラスチック廃棄物問題

  15 人口,資源消費の拡大

  16 資源問題と環境問題

  17 わが国の人間活動と環境資源

  18 資源利用の転換

  19 環境問題への国際的対応(1)

  20 環境問題への国際的対応(2)

  21 四大公害裁判の教訓

  22 環境汚染の経済的メカニズム

  23 環境関連社会資本の立ち遅れ

  24 わが国の投入・産出構造,需要構造と環境保全

  25 わが国の消費構造と環境汚染

  26 わが国の貿易構造と環境汚染

  27 企業活動と環境汚染

  28 公害防止投資の動向

  29 中小企業の公害防止対策

  30 環境汚染と企業責任

  31 地域開発の現状(1)

  32 地域開発の現状(2)

  33 工業開発と環境破壊(1)

  34 工業開発と環境破壊(2)

  35 都市開発と環境破壊

  36 観光開発と環境破壊

  37 地域開発と住民運動

  38 環境行政の現段階(1)

  39 環境行政の現段階(2)

  40 環境行政の課題

  41 環境改善の費用とその経済的影響(1)

  42 環境改善の費用とその経済的影響(2)

  43 環境改善の費用とその経済的影響(3)

  44 環境改善の費用とその経済的影響(4)

  45 テクノロジー・アセスメント

  46 地域開発と環境アセスメント

  47 環境アセスメント確立に際しての課題

  48 むすび-環境保全への新しいルール

 第2部 最近の環境汚染の状況と環境保全対策

  49 大気汚染の現況と対策

  50 自動車公害の現状と対策

  51 水質汚濁の現状と対策

  52 瀬戸内海の汚濁の現況と対策

  53 騒音振動の現況と対策

  54 地盤沈下の現況と対策

  55 悪臭の現況と対策

  56 廃棄物の現況と対策

  57 土壌汚染の現況と対策

  58 農薬汚染の現況と対策

  59 PCB汚染の現況と対策

  60 健康被害の現状と対策

  61 自然環境保全の概況

  62 自然環境保全に関して講じた施策

  63 環境保全に関する調査研究

  64 公害防止計画の策定

  65 その他の環境行政の進展



(表紙写真-根室の海)



はじめに


 近年におけるわが国の環境問題に対する認識の著しい高まりと各方面における汚染防除努力にもかかわらず,わが国の環境汚染の状況は,依然として進行している面があり,とくに水銀,PCBなどの蓄積性の汚染や生活利便追求のもたらす財やサービスの使用,利用,廃棄に伴って生ずる汚染は,複雑で根の深い問題となっております。
 今後わが国がこのような環境問題を解決していくに当たっては,これまでの経済成長や地域開発のあり方などの反省に立ち,環境保全を何よりも優先するという理念のもとに失なわれた環境の回復と新しい汚染の未然防止のためにあらゆる英知と努力を傾けていかねばなりません。そのために,今日もっとも強く要請されているのは,わが国の経済,社会のなかに国民的合意に基づく環境保全のための新しいルールを確立することであります。
 環境問題は,昨年の国連人間環境会議の開催に象徴されますように,いまや全人類共通の最大の課題であり,多方面にわたる知識と分析の上に立って総合的な解決にあたらなければなりません。
 この小冊子は48年版環境白書を分りやすい形で解説したものであります。できるだけ多くの方々に環境問題の理解を深めていただき,問題解決への一助となることを念願する次第であります。

  昭和48年8月
環境庁企画調整局長 城戸謙次


第1部 総 説


1 最近の環境汚染状況―大気汚染


 近年における環境問題に対する認識の高まりは著しいものがあります。これは,基本的には環境の破壊そのものが進んだことと,環境問題に対する国民の意識が高まってきたことによるものと考えて良いでしょう。
 こうした認識の高まりに応じて,種々の汚染防除対策も推進されてきましたが,わが国の環境汚染の現状をみますと,対策の進展によって一部では改善の傾向がうかがわれるものの,依然として汚染が進行している面もみられます。
 ここではまず,こうした環境汚染の現状を概観してみることにします。
 最初に,大気汚染因子についてみてみます。次頁の図でわかるように,大気汚染は汚染因子別には,かなり異った推移を示しています。
 まず,いおう酸化物は,総じていえば40~43年頃をピークに減少の傾向を示しています。近年,汚染の低下がみられるようになったのは,規制の強化,低いおう化対策などの効果があらわれてきたものといえましょう。
 浮遊ふんじんも,44年頃から低下傾向にあります。これは,規制の強化と関連して,防除設備の設置,性能の改善が図られるとともに,ふんじんを発生しやすい石炭系の燃料使用量が減少してきたことなどのためです。
 一酸化炭素も,東京,大阪についてみる限りでは44年頃をピークに減少に向っています。環境基準との関係でみても,これに適合しない日がある地点はほとんどなくなってきています。
 これに対して,光化学スモッグの主因と考えられている窒素酸化物,炭化水素についてみますと汚染は各地で進行しています。これは自動車以外のものについては規制が行なわれていないこと,防除技術の開発も遅れ気味であることなどのためです。

主な大気汚染因子の推移
主な大気汚染因子の推移
(備考)1.環境庁資料より作成。
    2.継続してデータのある測定点の年度別単純平均値である。


中性洗剤のあわでよごれた多摩川―調布取水所付近―
中性洗剤のあわでよごれた多摩川―調布取水所付近―

2 最近の環境汚染状況―水質汚濁


 つぎに水質汚濁について概観してみましょう。
 河川の水質汚濁状況については,地域によって異った推移を示しています。まず,地方の大河川ではやや改善のきざしがみられます。これは排水規制の効果がようやく現れ始めたものと考えて良いでしょう。
 しかし,東京,大阪等の大都市周辺の河川や,人口が増加傾向にある地方中心都市の河川,産業の集積が進んでいる都市の河川は依然として水質の悪化が進行しています。この基本的な原因としてあげることができるのは,人口や産業の急速な都市集中に対して,下水道や産業排水の処理施設の整備がそれに比例して進まなかったことです。また,こうした都市河川では,長期間水質が汚濁していたこと,汚濁負荷量に比べて流量が少ないこと等によって,河底にかなり汚濁物質が堆積しており,本当に水質を改善しようとすればこの汚泥をしゅんせつしなければなりません。
 つぎに河川以外の水質についてみますと,水の交換が悪い停滞性,閉鎖性水域では,水質汚濁が依然として進行し,深刻化しています。例えば,海域では東京湾,瀬戸内海,伊勢湾など,湖沼では琵琶湖,霞ケ浦,諏訪湖,児島湖などをあげることができます。
 このような停滞性でかつ閉鎖的な水域では富栄養化現象が進行し,水質が累進的に悪化する傾向にあります。これは,流入してくる窒素,リン等の栄養塩類がなかなか拡散されず,次第に蓄積されるためです。また,あまり流れがないため水中の汚濁物質は沈降しやすく,海底や湖底に堆積し,底質の悪化が進行しています。このため,水中の溶存酸素を消費したり,水中に再び浮き上ったり,藻類の異常繁茂の原因となるなど,種々の悪影響が生じています。
 これに対して,カドミウム,シアン,クロム,ヒ素,総水銀などの有害物質による汚染状況は改善の傾向がみられます。すなわち,昭和46年度に調査された,これら有害物質の調査対象のうち環境基準値を越えるものの割合は0.6%にすぎませんでした。45年度には1.4%でしたから時系列的にみても改善傾向にあるといえます。
 これは,排出水の監視体制が強化されるとともに,これら有害物質が水銀中毒やイタイイタイ病にみられるような深刻な健康被害をもたらすことが認識されるようになったことも大きく影響しているものと考えられます。しかし,休廃止鉱山周辺のひ素等の有害物質による汚染などが発生していますから,今後とも監視体制の強化が必要です。
 PCBやABS(中性洗剤)等の化学製品による汚染も相当広範囲にわたっています。47年度に行なわれたPCB汚染実態調査によれば,全国各地で高濃度汚染の底質や魚介類が検出されています。

3 最近の環境汚染状況―その他の公害


 大気汚染,水質汚濁以外の公害についても汚染の進行がみられます。
 まず,公害に関する苦情の中でも最も高い割合を占めている騒音,振動は,人々の日常生活に最も密着した公害となっています。その発生源は多種多様ですが,苦情件数から判断すれば,工場騒音が最も多く,次いで建設騒音,深夜騒音,自動車騒音の順となっています。最近はなかでも,航空機,新幹線などの大量高速輸送機関の輸送量の増大,輸送網の拡大などに伴って大きな問題となっています。
 振動公害の苦情発生件数も,大都市のスプロール化,とりわけ住宅と町工場の混在状態の増加,モータリゼーションの進行等に伴って近年急激に増加しています。振動は,地質の構造等によって差があるほか,受ける人によっても感じ方に差があり,測定法もむずかしいといったように,その防止対策を講ずるに当たって解決すべき点が多く残されています。
 悪臭の苦情件数も増加傾向にあります。悪臭に関する苦情は46年度についてみると,公害に関する苦情の23%を占めており,毎年増加を続けています。
 これは都市化の急速な進展により,主な悪臭発生源である工場,畜舎等と住居が近接することが多くなったこと,悪臭発生源での防止対策が必ずしも十分とられていなかったこと,快適な生活環境への関心が高まってきていることなどを反映しているものと考えられます。
 土壌汚染については,カドミウム,銅,PCB等による農用地等の汚染が各地で進行しています。これは主として,大気汚染,水質汚濁等を媒体としてもたらされたものです。例えば農用地についてみますと,重金属類によって汚染されている農用地および汚染のおそれがある農用地面積は,おおむね3万7千ha程度にも達するものと推定されています。
 地盤沈下については,一部の地域では沈下に緩和傾向がみられますが,新たに沈下し始める地域もみられるなど依然としてその進行をやめていません。
 すなわち,かつて著しい沈下を示した阪神,新潟平野地域では,地下水の採取規制などの効果が現れ,一部の地区を除いて沈下は終息しつつあります。しかし,首都圏では沈下範囲の拡大傾向がみられますし,濃尾,佐賀平野などでは最近新たに地盤沈下が進行しはじめています。




 以上,いわゆる典型七公害について順々にみてきましたが,汚染の改善がみられるのはまだ一部で,各方面で依然として汚染の進行がみられます。

東京湾の透明度の推移
東京湾の透明度の推移
(備考)22年は,東海区水産研究所生産力調査,46年は,一都二県総合調査による。


4 損われる自然環境


 河川,湖沼,海,森林などの自然環境も破壊の脅威にさらされています。
 湖沼,内湾等の透明度は美しい景観の構成要素として欠くことのできないものですが,近年次第に低下してきている例が多くみられます。例えば,山間部にあってその深く澄んだ水質を誇っていた十和田湖,洞爺湖では最近のレジャーブームによる観光開発等により,汚濁が進行し透明度が低下しています。
 東京湾の透明度も,都市化の一層の進展と京浜,京葉工業地帯の産業活動の拡大によって,年々低下の一途をたどっています。すなわち,上の図をみてもわかるように,昭和22年頃には7m程度の地点もかなりありましたが,46年にはほとんどの地点で2m以下に低下しています。
 自然公園内の自然環境についても,道路建設に伴う地形,植生の破壊に加えて,利用者の増大,自動車利用の増大等によって二次的な自然環境の破壊がみられます。また,別荘の建設,分譲地の造成,土石の採取,海面の埋立て等による自然環境の破壊もみられます。
 例えば,河口湖から富士5合目まで通じている富士スバルラインの建設,開通によって,沿線の樹海の生態系が損われるといった被害が生じています。
 こうした自然環境の悪化は,地域住民の自然環境に対する意識の変化にもあらわれています。46年11月に行なわれた総理府の世論調査をみますと,5~6年前に比べて自然環境は「悪くなっている」と答えた人が46%もあったのに対して,「良くなっている」と答えた人はわずか7%にすぎません。

霞ヶ浦の透明度の推移
霞ヶ浦の透明度の推移

 以上のように,自然環境の悪化はさまざまな形態をとりながら全国的規模で進行しているといえましょう。

5 生物指標でみる環境破壊


 47年の夏休みを利用して,奈良県下の教員,高校生徒が奈良盆地を中心とする各河川の水質調査を行ないました。この調査は,通常行なわれているような測定法で,河川の汚染物質の濃度を測定するというものではなく,河川の生息生物を指標として用いたところに特徴があります。川に生息する生物は,アメンボ,ハナアブ,赤いユスリカ,イトミミズなどの汚濁に強い生物と,カワニナ,コカゲロウ,サワガニ,ブユなどの汚濁に弱い生物とに分けることができます。奈良盆地の調査では,川に生息する水生昆虫,貝類,イトミミズ,ヒルなどを汚濁に強い生物と弱い生物に分類し,その種類に基づいて水質汚濁の程度を分類しています。
 次頁の図がこの調査の結果です。大和川本流は都市化が急速に進展しているためBODで10ppmを越える汚濁状態となっていますが,こうした河川に生息しているのはほとんどが汚濁に強い生物です。これに対して,大和川支流の葛城川,曽我川などの上流には清流を好むゲンジボタルなどの生物もまだ生息しています。BODで1ppm程度の吉野川でもまだ汚濁に弱い生物が十分生息しています。
 大気汚染や農薬の残留などの目に見えない汚染や,利用者の増大等を反映して動植物の生育環境は悪化してきていますが,このため貴重な野生生物が絶滅の危機にさらされている例もあります。
 このような,植生,鳥類,水生生物などの生息の変化は,単に自然景観の変化としての意味をもつだけではなく,生物が構成要素の一つとなっている生態系全体の質と変化をあらわしているといえましょう。こうした生物指標は個々の汚染因子の測定からは判断できない環境全体の汚染状況を示しており,環境の質の危機を初期の段階で警告する役割を果しています。

生物指標でみる大和川の水質汚濁状況
生物指標でみる大和川の水質汚濁状況
(備考)1.奈良県高等学校教科等研究会生物部会資料による。
    2.各地点における生息水生生物を調査し,汚濁に耐え得ない生物の種類数(A)と汚濁に耐え得る生物の種類数(B)より2A+Bを求め,上記のように水質の段階を分類した。


6 根深い環境汚染


 わが国の環境汚染の現状をみますと,とくにいくつかの側面については汚染の広がりと深刻さ,防除の困難性などの点で,まだ根深いものがあり,環境問題の解決を困難にしています。
 根深い環境汚染として,第1にあげられるのは,蓄積性汚染です。
 蓄積性汚染の第1の形態は,人体に有害な物質が環境中に排出され,難分解性であるため浄化されることなく,水,土壌などの環境に蓄積し,ひいては人体中に蓄積することにより,健康被害を起すものです。この例としては,PCBと残留性農薬をあげることができます。
 蓄積性汚染の第2の形態は,ヘドロ問題,富栄養化問題等にみられるように,フローの汚染として河川を流れていく場合はとくに問題とならない程度の汚染物質が海湾,湖等に次第に蓄積されることから生じる汚染問題です。
 このような蓄積性汚染は,汚染因子が長期間環境中に残留するため,汚染のメカニズムも複雑であり,人体への影響も深刻で,汚染の除去もむずかしく,大きな問題となっています。
 第2は,生活利便の追求がもたらす環境汚染です。
 このような問題としては,まず,自動車,航空機,新幹線鉄道など高速で快適な交通サービスの追求がもたらした騒音問題をはじめとする環境問題があげられます。
 次に,プラスチック,中性洗剤など消費者の日常生活の利便の向上に寄与している製品の使用または廃棄に伴って環境汚染が発生することも問題になっています。
 こうした生活利便の追求がもたらす環境汚染は,高度に発達した技術文明社会において今後ますます重大な問題となると考えられますが,人々の豊かさや便利さが進むのと表裏の関係で発生するだけに,問題の根が深いといえます。




7 PCBおよび残留性農薬による蓄積性汚染(1)


 PCBや残留性農薬は,環境中に排出されると,難分解性であるため,浄化されることなく,水,土壌などの環境に蓄積し,ひいては人体中に蓄積し,健康被害をもたらすことになります。
 しかしながら,PCBも残留性農薬も,近年になって環境汚染源としての危険性が認識されるまでの間,そのプラスの面に着目して,生産,消費が続けられ,環境中に放出されてきました。
 PCBは,不燃性,電気絶縁性,安全性などそのすぐれた化学的特性に着目して,日常生活をとりまく感圧紙,トランス,コンデンサ,各種熱媒体等極めて多方面に使用されてきました。わが国におけるこれまでの累積使用量は5万トン以上にも達するものと見込まれております。
 農薬についても,従来までは蓄積性,残留性をもった農薬は,薬効が長く持続するという点でその特性はむしろ長所とされ,46年に農薬取締法による使用規制が行なわれるまでの間は,かなりの量が生産,使用されてきました。
 これらの環境中に放出された有害物質は,様々の過程を経て,最終的に人体に摂取されることとなります。
 例えば,残留性農薬の循環経路をみますと,次頁の図のように,土壌を主たる媒介として,農作物,家畜,水産動植物等を通じ,人間にまで至っています。

残留農薬の循環経路
残留農薬の循環経路



8 PCBおよび残留性農薬による蓄積性汚染(2)


 難分解性の有害物質が水→プランクトン→魚→人間といった食物連鎖を通じて,人体に摂取される過程で,食物連鎖の上位に進むにしたがって有害物質が高濃度で生物体内に蓄積されるという問題があります。
 例えば,46年10月から11月に東京湾地域において水揚げされた魚介類中のPCBの濃度調査によれば,全ての魚からPCBが検出されたほか,食物連鎖で上位にあるものほどその濃度が高いという,いわゆる生体濃縮の傾向がうかがわれます。
 食物連鎖上,人間は常に最上位にあることを考えれば,当初は環境中に広くばらまかれていた蓄積性有害物質が食物連鎖を通じて次第に人体に高濃度で蓄積されていくことが懸念きれます。
 以上みたように難分解性の有害物質は,全く自然の浄化能力に期待することができず,一度環境中に排出されれば,かつての清浄な環境を回復することは極めてむずかしく,また複雑なメカニズムを経て人の健康を徐々に脅かしていきます。

食物連鎖によるPCB濃度の変化
食物連鎖によるPCB濃度の変化



 したがって,その対策としては,このような物質の環境への排出を未然に防止することがなによりも重要です。
 このため,政府は今国会に,PCBのような化学物質について,事前にその有害性や難分解性を審査し,必要があれば生産,使用規制等を行なうことを内容とする「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律案」を提出しております。

田子の浦のヘドロの堆積の推移
田子の浦のヘドロの堆積の推移
(備考)静岡県調べにより作成


9 ヘドロ公害


 ヘドロ公害も蓄積性汚染による公害の一つです。これは,工場排水等に含まれる浮遊物質,有害物質等が港湾等に堆積することに伴って生ずるものです。
 例えば,静岡県の田子の浦港においては,富士市に立地するパルプ工場の排水および廃液等により生じたヘドロによる港湾機能の低下と悪臭の発生が大きな社会問題としてとり上げられました。
 田子の浦のヘドロの堆積の推移は上の図のとおりです。ヘドロの追加流入量は,45年3月頃月間8.1万立方メートル(推定)であったものが,水質汚濁防止法による排水規制の強化,静岡県条例による上のせ排水基準の設定等により,47年12月からは,月間1.1万立方メートル(推定)に減少しています。静岡県は,このヘドロを除去するため,港湾公害防止事業としてしゅんせつ事業を実施しており,46年4~5月に11万立方メートル,47年4~5月に32.5万立方メートルを除去し,乾燥させたヘドロは富士川河川敷等に埋め立てています。

洞海湾はきたない"ため池"
洞海湾はきたない

 しゅんせつに要する費用は,公害防止事業費事業者負担法に基づき,その82%を事業者に負担させています。
 このほか,福岡県の洞海湾においても,工場排水中に含まれていたカドミウム等の有害物質がヘドロ中に蓄積され,さらにはこれが水中に溶出し,水質環境基準を著しく越える値が検出されています。このため,福岡県により,約35万トンのヘドロのしゅんせつ等が行なわれ,事業者の負担割合は72%となっています。
 以上のように,しゅんせつ,埋立て等により,ヘドロ公害の除去作業が進められていますが,しゅんせつについては,有害物質を含んだヘドロの処分方法いかんによっては二次汚染が生ずることが考えられ,埋立てもヘドロが堆積する前の状況を回復することにはならないという点に問題があります。

霞ヶ浦における富栄養化の状況(全窒素量の変化)
霞ヶ浦における富栄養化の状況(全窒素量の変化)

10 富栄養化の進行(1)


 湖沼や内湾の富栄養化も蓄積性汚染の一つとして近年大きな問題となっています。
 富栄養化というのは,窒素,リン等の栄養塩類が少しずつ湖沼や内湾に流入することによって水中のプランクトンや藻類が繁茂成長し,あるいは生物体内に移行することによって水中に蓄積され,累進的に水質が悪化する現象です。
 湖沼においては,とくに琵琶湖,霞ケ浦,諏訪湖等の比較的都市部近郊に位置しているものに多くみられますが,これは,湖周や流入する河川の流域における宅地開発,産業の活発化に伴って家庭排水,工場排水等が増大し,富栄養化のテンポが自然の状態に比較して著しく促進されるためです。その一例として,富栄養化の重要な指標である全窒素量の経年変化を霞ケ浦についてみますと上の図のように,年を追うごとに富栄養化が進んでいることがわかります。




 湖沼の富栄養化現象が進行するとプランクトン,藻類が異常発生し,これに起因すると思われる異臭(かび臭)が季節的に発生し,上水道用水に大きな被害を与えています。このような現象は琵琶湖水系では40年頃から,霞ケ浦水系では45年頃から生じており,年々深刻化しています。この異臭をなくすには,現在では活性炭ろ過による方法しかなく,浄水単価が著しく増加しています。
 また,プランクトン,藻類の異常発生は水道のろ過池の閉塞障害を起し,浄水操作をさらに困難なものにしています。
 そのほかの富栄養化による被害として,児島湖では「ほていあおい」が異常に繁茂し,これが海域に流出し,のりひび等にかかり,操業に支障をもたらす等の被害が発生しています。さらに,貧栄養湖にはマス等が生息していますが,富栄養湖になると汚水に強いコイやフナが繁殖し,大幅に魚種が変化するという問題もあります。

赤潮のため海面が見えないほど死んで浮いたハマチ
赤潮のため海面が見えないほど死んで浮いたハマチ

11 富栄養化の進行(2)


 瀬戸内海においても富栄養化など著しい水質の汚濁の進行がみられます。この主たる原因は,もともと閉鎖的な海域で自然の浄化能力に限界があるにもかかわらず,沿岸府県に産業,人口の集積が進み,大量の汚染物質が流入するようになったことです。
 47年度における実態調査によれば瀬戸内海には1日当たりおおよそCOD負荷量1,500トン,アンモニア態窒素180トン,亜硝酸態窒素6トン,硝酸態窒素30トン,リン酸態リン9トンが流入しており,これが容易に外洋に拡散されずに瀬戸内海全体の水質を悪化し続けています。とくに,大阪湾,播磨灘などでは,漁業環境として望ましくないとされている水質環境基準のC類型(COD8ppm以下)さえほとんど満たしていない状態にあります。
 このような汚濁の進行は瀬戸内海における魚族の構成の変化によってもうかがうことができます。すなわち,最近5年間の漁獲高の推移をみると,全体としての漁獲高は増加していますが,かつては豊富だったタイ,タコ,クルマエビなどの高級魚介類の漁獲高が低下し,その反面イワシ,イカナゴなどの汚濁に強い魚が大幅に増加してきています。

瀬戸内海における主な魚種別漁獲量の推移
瀬戸内海における主な魚種別漁獲量の推移
(備考)中国四国農政局「瀬戸内海漁業灘別統計表」により作成。


 富栄養化が原因とされている赤潮発生件数総数の推移をみると,42年の48件から46年には164件にも増加してきており,これに伴う漁業被害も大きな問題になってきています。
 このような富栄養化に対しては,排水の高級処理により窒素,リン等を除去する必要がありますが,技術的にもコスト的にもまだ困難な点が多くあります。また,富栄養化の進行を止めることができても,一度富栄養化してしまった湖,内湾等を従前の状態に復元することは極めて困難です。こうした困難性は,PCB等の蓄積性有害物質による汚染から環境を回復させようとする場合と同様です。

自動車排出ガスによる大気汚染経年変化
自動車排出ガスによる大気汚染経年変化
(備考)1.環境庁調べ。
    2.一酸化炭素,一酸化窒素および二酸化窒素の各測定値は,国が設けている霞ヶ関,大原および板橋の3測定局の年平均値を平均した値である。
    3.測定値の単位は,一酸化炭素にあってはppm,一酸化窒素および二酸化窒素にあってはpphmである。


12 自動車による環境破壊


 近年,モータリゼーションの進展はめざましく,わが国の自動車保有台数は,過去10年間に4倍以上の伸びを示し,特に乗用車は10倍以上の増加となっており,47年3月31日現在,2,122万台にも達しています。
 このような自動車の増加を反映して,貨物輸送における自動車の輸送量は,輸送トンキロでみて,全体の42.9%と,内航海運を抜いて第1位のシェアを占めています。また,旅客輸送についても,輸送人キロでみて,全体の50.6%を占め,鉄道を抜いて第1位のシェアを占めています。
 自動車は,このように,わが国の経済および国民生活にきわめて重要な役割を果たしていますが,自動車保有台数の増加は,一方において,交通事故,交通渋滞さらには自動車排出ガスによる大気汚染等の自動車公害をひきおこす結果となり,大きな社会問題となっています。

自動車公害はさまざまの社会問題を引き起こしている
自動車公害はさまざまの社会問題を引き起こしている

 自動車排ガスによる大気汚染についてみますと,東京都内の3カ所(霞が関,大原,板橋)に設けられている国設の自動車排ガス測定所における一酸化炭素および窒素酸化物による大気汚染濃度は,44年までは増加してきていますが,45年以降は減少または横ばいの傾向を示しています。他の大都市の交通量の多い地点における一酸化炭素による大気汚染濃度も,ほぼ同様の傾向にあります。
 しかし,地方都市における一酸化炭素による大気汚染濃度は,いまだ道路容量に余裕があり,交通量が急増しているため,悪化傾向がみられます。
 また,最近,東京,大阪およびその周辺地域において頻発している光化学スモッグも自動車排出ガスが大きな要因となっています。光化学反応による被害の届出をみると,眼の刺激,のどの痛みなどを訴える者が多く,発生状況は全国に広がる傾向にあります。
 さらに,自動車騒音も,自動車交通量の増加,高速自動車道の建設等に伴って増加しています。そして住民の苦情,陳情も交通量の多い幹線道路局辺地域において,とくに深刻なものとなっています。




13 新幹線および航空機による騒音問題


 大量の乗客を快適に,短時間のうちに遠隔地に運ぶ新幹線は国民生活に大きな利便を提供していますが,これによってもたらされる騒音は,沿線の各地で生活環境を脅かしています。
 時速160kmで新幹線が通過した場合の騒音のレベルは,25m離れた地点で無道床の鉄桁橋梁の場合には,おおむね100ホン,盛土や高架の場合でも80~85ホンとなっております。東海道新幹線と山陽新幹線の騒音が住民に与える影響についての実態調査によれば,騒音が80ホンを越えると,過半数の人が電話,会話等の日常生活を妨害されることになり,ほとんどの人がうるさいという反応を示しています。
 航空機の騒音も問題になっています。近年の航空機の利用客数の増加は著しく,たとえば,大阪国際空港の年間利用旅客数は,40年は291万人であったのが,46年は957万人となっております。こうした需要に応えて航空機の着陸回数も40年の4万1千回から46年には7万9千回へと著しい増加を示しています。このような航空輸送の増加は,騒音の発生を通じて空港周辺に居住する人々に大きな影響を与えています。大阪国際空港周辺においては,95ホン前後の騒音を受けているとみられる地区に居住する人々は,現在の居住地に関する不満の第1位に航空機騒音をあげています。その訴えの内容はテレビ,会話などを妨げられたり,夜眠れなかったり,いらいらしたりすることなど多岐にわたっています。

離陸騒音(滑走路出発点から6500m地点)
離陸騒音(滑走路出発点から6500m地点)
(備考)運輸省資科による。


 こうした生活利便の追及がもたらす環境汚染は,人々の豊かさや便利さが進むのと表裏の関係で発生する問題も多いだけに,個々の発生源に対する単純な規制のみでは,その解決が困難な場合も多くあります。私的利益の半面として生み出される社会的な不利益が適切に解決されるよう,従来とは異なった発想による新たな対応が要請されています。

14 プラスチック廃棄物問題


 生活利便の追求から副次的に派生してくる環境問題として次にとりあげられるのは,消費者が日常使用する消費財の使用や廃棄に伴って発生する環境汚染です。
 この代表的な例としては,プラスチック廃棄物の問題をあげることができます。プラスチックは,軽くて丈夫で成形が容易であるため,ポリパッケージ,ワンウエイ容器などの包装材や台所用品等に幅広く使用されていますが,一たび廃棄されると,材料としての長所は廃棄物としての短所となります。すなわち,分解しにくいためそのままでは自然の循環メカニズムには組み込まれにくく,熱に溶けやすいため,他の家庭ゴミと一緒に焼却した場合には焼却炉を痛めたりするなどの問題があります。
 市町村の保有している約1300カ所のごみ焼却施設の性能からみて,プラスチック系廃棄物の混入率は約10%が限界といわれています。
 それにもかかわらず通商産業省の試算によれば,45年のプラスチック廃棄量は約130万トンにものぼり,このうちの約70万トン(53.3%)は家庭から廃棄されたものとみられており,さらに都市におけるごみの中のプラスチック廃棄物混入率の推移をみると,いずれの都市においてもその割合は高まってきています。
 したがって,今後は,プラスチック系廃棄物の混入率をこれ以上増加させないよう事業者に回収させるとともに,処理能力の高度化に重点を置いたごみ処理施設の整備が必要です。
 ごみ処理問題は,近年都市における環境問題のもっとも大きな問題の一つとなってきていますが,所得水準の上昇に伴うごみの絶対量の増大に加えて,質的にも以上にみたようなプラスチック等の処理の困難なごみが相対的に増加する傾向にあることが,その解決をより困難なものにしているといえます。

都市ごみ中のプラスチック廃棄物混入率の推移
都市ごみ中のプラスチック廃棄物混入率の推移
(備考)厚生省資料等により作成。


15 人口,資源消費の拡大


 世界各国の民間科学者や経営者,経済学者などの集りであるローマクラブは,47年1月「成長の限界」と題するレポートを発表しました。このレポートでは,人口,天然資源,環境汚染等の関係についての計量的な分析に基づいて,限られた空間の中で,幾何級数的な人口の増加が続くとすれば,資源の枯渇と環境汚染の激化が進行して人類は重大な危機を迎えることになろうと警告しています。
 この報告は,これまで人間社会の進歩として考えられてきた諸々の人間活動の拡大が,資源や環境面での限界に直面しつつあるということを強調して,人類の成長や発展のありかたについて見直そうとするものでした。
 確かに,世界人口は近年著しく増加しており,各種資源消費量も急速に増加しています。各種資源の消費量を総合的にあらわすものとして,エネルギー消費量をみますと,世界全体のエネルギー消費量はここ15年間に約2倍の増加となっています。これは,世界人口の絶対数が増加していることに加えて,生活水準の向上を反映して一人当りのエネルギー消費量が増加していることが,全体としてのエネルギー消費量の拡大を加速化しているためです。
 世界の人口は,17世紀まではほぼ200年ごとに倍増したといわれていますが,18世紀半ば以降は約140年で倍増し,次の約70年でまた倍増して今日では約36億人に至っており,長期的にみても増加テンポは加速化してきています。
 わが国の場合も同様です。とくにわが国は,戦後の経済の高度成長の中で,一人当たりのエネルギー消費量は次頁の図でもわかるようにこの15年間に3倍以上にもなっています。また,全体のエネルギー消費量もこの15年間に3.5倍にもなっています。




16 資源問題と環境問題


 資源消費の拡大は,次頁の図にも示されているようにさまざまな経路を通じて多種多様な環境問題を引き起こしています。
 ここでは資源の採取から最終的な利用に至るまでに生じてくる資源問題と環境問題について順々にみてみます。
 まず,第1に,資源の採取に伴う環境問題があります。石炭等の鉱物資源や天然ガスおよび地下水の採取等にみられるように地下からの資源の採取は地盤沈下の大きな要因となっています。また,鉱山からの鉱物資源の採取や精錬の過程においても,排水による水質の汚濁をはじめとして,土壌汚染,精錬所のばい煙による大気汚染等の環境問題が発生しています。さらには,すでに採掘活動を停止した鉱山からも,ひ素等の有害物質が流れ出し,周辺の住民の健康被害を引き起こしている例もみられます。
 森林のようにそのもの自体が自然循環の中にあり,自然環境保全機能を有しつつ,木材生産という経済的資源利用が行なわれるものについては,自然環境保全機能と経済的機能の調和が特に保たれる必要があります。このような森林資源については,森林の転用のように恒久的に森林状態が失なわれる場合には,大気の浄化能力の低下,緑の喪失等の弊害をきたすわけです。
 第2は,資源の輸送からくる環境問題があります。例えば,年々,原油・重油の海上輸送量は増大していますが,これを輸送するタンカーからのバラスト水等の排出からもたらされる海洋汚染も問題となっています。
 第3に,最も大きな問題は資源の利用に伴う環境破壊です。その最大のものはなんと言ってもエネルギー源としての燃料を消費することによって発生する大気汚染因子の発生でしょう。また,プラスチック等の処理問題にもみられるように,ほとんどすべての資源の消費や利用は,環境への負荷を高めているといえるでしょう。

資源問題と環境問題
資源問題と環境問題

主要先進国の経済・社会活動指標と環境関連資源の現存量
主要先進国の経済・社会活動指標と環境関連資源の現存量
(備考)1.国連統計年鑑等により作成。
    2.可住地面積は,国際比較の便宜上,FAOの統計年鑑より国土面積から森林面積を引いたものを用いた。


17 わが国の人間活動と環境資源


 わが国の経済規模は,戦後,世界に類例をみないほどの高度成長により著しく拡大しました。とくに,わが国の場合は,他の諸国に比べて,大気,水,国土といった絶対的な環境の制約の中で,相対的に著しく高密度の経済社会活動が行なわれてきたことが,環境問題を発生させやすくしています。
 上の図は,わが国と主要先進国について,可住地面積当りのGNPや資源消費量等の経済社会の活動レベルと,人口当りの環境に関連する資源の現存量とについて比較したものです。
 まず,可住地面積当りの人間活動レベルを主要な先進国と比較してみますと,GNPやエネルギー,石油等の消費量や電力生産などのいずれの指標をみても,わが国は,著しく高水準になっていることがうかがえます。
 この中でとくに,1国のすべての経済活動を最も端的に示す指標としては平地面積当りのGNPがあげられます。1959年にはイギリスと同じ水準であったわが国が1962年には,西ドイツを抜いて,さらに,1969年にはアメリカの実に8.5倍にもなっています。わが国と同様狭小な島国であるイギリスとくらべてみても1969年のこの値は約3倍となっている現状です。
 また,平地面積当りのエネルギーの消費量をみても,1963年にはイギリス,64年には西ドイツを抜いて,それ以後急速に伸びて,1969年には,アメリカの7.4倍にもなっています。
 その反面,このような高密度の人間活動が営まれているわが国に与えられている環境関連資源の絶対量は非常に限られたものとなっています。例えば,可住地面積,森林面積,水資源(年間降水量)などを他の先進国と比べてみますと,わが国の場合は,1人当りでみたこれらの資源の量は大変に少ないことがわかります。
 全世界においても,わが国においても,限られた環境の中で,このように人口が増加し続けて,その一人一人がより豊かな生活を望んできたことが,人間活動の水準を高め,資源消費量を増加させ,ひいては環境との摩擦を強めてきたわけです。
 大気や水などの環境資源の絶対量を人為的に左右することはむずかしい以上,物質的に豊かな生活水準を得ようとする生産や消費等の人間活動の拡大と,清浄な大気,水といった環境資源の喪失とのジレンマは,世界各国,とくに先進諸国の共通の悩みとなっています。また,このような人間活動と環境との摩擦がこれら人間活動の基本的要素である諸資源の消費そのものから生じてくるところに,その悩みの根は深いわけです。






18 資源利用の転換


 人間活動の拡大にとって不可欠の要素である資源消費の増大は,環境問題の発生と密接に関連してきており,近年環境問題の重大性が認識されるようになるにつれて,資源の利用のあり方そのものを変えることによってこの環境問題に対処しようとする動きがみられるようになってきています。
 このような対応の第1にあげられるのは,環境汚染をもたらさないような資源利用への転換です。
 例えば,いおう酸化物による大気汚染に対処して,近年は低いおう分の重油であるとか,天然ガスなどを使用する例が増えてきています。わが国の輸入原料中のいおう分の推移をみてみますと,近年次第に低下してきており,41年に1.99%であったものが,46年度には1.56%にも低下しています。
 第2は,クローズド・プロセス技術の採用や資源の再利用の動きがあげられます。クローズド・プロセスを採用し,資源の生産からその消費に至る過程から汚染物質を出さないようにすれば,環境との摩擦を引き起こさずにすみます。
 また,資源の再利用は,資源の消費量そのものを節約することとなり,従って先にみたような資源消費の増大から起こってくる環境問題の発生をなくす方向に作用することとなります。
 例えば,アメリカにおける試算をみますと,粗紙1,000トンを作る場合の水消費量は,故紙再生分の方が無漂白のクラフトパルプ利用の場合に比べ約2分の1の消費量で済みます。このように同じ鉄・紙を作る場合においても,鉄鉱石から作るのと回収鉄を再利用する場合,パルプから作るのと故紙を再利用する場合とでは,いずれも再利用による方が原料,エネルギー等の資源消費量が大巾に節約され環境汚染因子の排出そのものも大きく減少することが示されています。




19 環境問題への国際的対応(1)


 昭和47年6月にスウェーデンのストックホルムで開催された国連人間環境会議は,環境問題についての問題意識が国際的にも大きな高まりをみせ,環境問題を単に一国のみならずもはや人類共通の課題としてとりあげ,国際協力によってこれに対処しようという気運の盛り上りを示すものでした。このように環境汚染に対する意識は一大国際世論にまで高まっており,各国とも国際協力によって,このかけがえのない地球を守ろうと真剣に考えるようになってきました。
 この会議においては,先進国の多くは,その体験に基づいて環境破壊の事前防止の重要性を強調しています。他方,開発途上諸国にとって環境問題の中心は住宅をはじめとし,衛生,水道,栄養,教育など貧困から生ずる問題であるとしています。
 ストックホルムでのこの会議は,人間環境の保全と向上に関して,世界各国の人々を励まし,導くため共通の見解と原則が必要であると考え,最終的には「人間環境宣言」が採択されました。これはかつての「世界人権宣言」がその後の世界の人権問題に大きな影響を与えたように,この宣言では,70年代からさらに引き続く将来の世界の環境問題に強い力を及ぼすことになると考えられます。
 採択された宣言は前文7項と原則26項からなっており,次のような原則を謳いあげています。
 1)人は尊厳と福祉を保つに足る環境で自由・平等および十分な生活水準を享有する基本的権利を有するとともに,現在および将来の世代のため,環境を保護し改善する厳粛な責任を負うこと。
 2)地球上の天然資源は現在および将来の世代のために注意深い計画と管理により適切に保護されなければならないこと。
 3)生態系に重大または回復できない損害を与えないため,有害物質その他の物質の排出や熱の放出を,それらを無害にする環境の能力を超えるような量や濃度で行なうことは停止されなければならないこと。
 4)人とその環境は,核兵器その他のすべての大量破壊の手段の影響から免れなければならないこと。
 以上のほか,海洋汚染の防止,環境保護のための開発途上国への援助,教育,研究開発の促進・交流,国際協力の推進などについてもその共通の信念を表明しています。
 今後,世界各国はこれらの原則に基づいて人類共通の課題である環境問題の解決に努めるための具体的な行動を起こすことになるわけですが,このような意味でも第1回の国連人間環境会議は,環境問題への人類の対応を進める大きな契機となったといえるでしょう。

スウェーデンにおける降雨による酸の年間降下量の推移
スウェーデンにおける降雨による酸の年間降下量の推移
(備考)1.国連人間環境会議スウェーデン準備委員会のケース・スタディより。
    2.図中の単位はmg/平方メートル


20 環境問題への国際的対応(2)


 国連人間環境会議を頂点とする環境問題への国際的対応の盛り上りの背景としては次の点を指摘することができます。
 第1は,環境問題が先進諸国間の共通の課題として認識されるようになったことです。
 先進諸国の集まりであるOECDにおいても,1970年に環境問題を専門に扱う環境委員会が設置され,汚染物質に対する規制の通報協議制度の運用や汚染者負担の原則(P.P.P)を含む環境政策の国際経済的側面に関するガイディング・プリンシプルの勧告など積極的な活動を行なっていることも,先進諸国の環境破壊に対する問題意識の同質性と緊急性を示しています。
 第2は,環境汚染が海を渡り国境を越えて広がり,複数国間の環境汚染ひいては地球的規模での環境汚染が進行してきたことです。
 例えば,スウェーデンのいおう酸化物による大気汚染についてのケース・スタディによれば,大気中に排出されたいおう酸化物は,千km以上の遠隔地まで運ばれ,その影響は発生源の周辺に広く及ぶものと報告されています。前頁の図は,1955年,65年,70年のスウェーデンにおける降雨中の酸の量を示したものですが,大気中のいおう化合物の影響で,スウェーデン西南部やノルウェー南部一帯の降雨中の酸の量が年を追うにつれて増加していることがよみとれます。
 第3には,環境問題に関連して世界的な意識の変革が進んできたことです。
 地球という宇宙船に乗って生活を営んでいる人類が有限でかけがえのないただ一つの地球を守っていかなければならないという考え方が国際的世論として盛り上ってきたことが国際的対応を推し進める大きな力となっています。
 以上みてきたように背景に根ざす近年の環境問題に対する国際的取組みは,人類がその発展の行く手にあらわれた共通の課題に対して力強い対応を示しはじめた歴史的な動きの第一歩を画すものだったといえます。
 しかし,こうした国際的取組みにも今後乗り越えていかなければならない課題が残されています。それは,発展途上国と先進国との所得格差をなくすことと,国際的な環境問題の解決との関係から生じてくる問題です。
 こうした点については,これまで発展という名の下に環境問題を引き起こしてきた国々の果すべき役割は大きいものがあります。また,低開発国の発展をもたらしながら地球全体の環境を守るという困難な課題を共に解決していかなければ人類的課題としての環境問題を真の意味で解決したことにはならないといえましょう。

21 四大公害裁判の教訓


 昭和48年3月20日に判決が下された熊本県の水俣病訴訟を最後に,富山県イタイイタイ病訴訟(第1次),新潟県水俣病訴訟,三重県四日市公害訴訟のいわゆる四大公害訴訟の裁判は一応の終結をみるにいたりました。これらの四大公害裁判は,原告である被害者が多数にわたり,またその被害も人命に及ぶなど著しいものがあったことなどから,その結果について大きな社会的関心が払われていました。
 これらの裁判で下された判決は,いずれも原告である被害者の主張を原則的に認め,被告である企業に対し,損害を賠償することを命じ,きびしく企業の責任を追及しました。また同時に,これらの判決は,行政の姿勢に対しても強い反省を促すものでした。
 (1)イタイイタイ病訴訟
 この訴訟は,富山県神通川流域の住民が,三井金属鉱山株式会社に対して43年3月に提起した損害賠償を請求する訴訟でした。
 この訴訟で争われた主な点は,三井金属の神岡鉱業所からの廃水などに含まれていたカドミウムによってイタイイタイ病が発生したかどうかの因果関係の証明でした。
 46年6月に下された判決は,疾病を統計学的見地から観察する疫学的な証明方法を採用して,その因果関係を認め,企業側が主張したカドミウムの人体に対する作用を厳密に確定することや口から摂取されたカドミウムが,骨に蓄積されるかどうかということは,カドミウムとイタイイタイ病との因果関係の判断には必要がないとして,法律的な因果関係を明らかにすることと病理的な因果関係を明らかにすることとの違いが明確にされました。
 (2)新潟水俣病訴訟
 この訴訟は,新潟県阿賀野川流域の住民が昭和電工株式会社に対して,同社の鹿瀬工場からの廃液に含まれていたメチル水銀によって汚染された魚を食べたため新潟水俣病にかかり,大きな被害を受けたことに対して損害賠償を求めたものです。この裁判で主に争われた点は,工場廃液と新潟水俣病との因果関係と昭和電工の故意または過失の責任の有無でした。
 46年9月に下された判決では,因果関係については,いろいろな情況証拠によって汚染源をたどっていき,企業の門前にまで達した時は,企業が汚染源でないことを証明しない限り工場排水と水俣病の発生とは,法律的に因果関係があるとされました。
 また,企業の責任については,工程中にメチル水銀化合物が発生しているのに気づかず放出しつづけ,住民を水俣病にかからせた過失が認められました。
 (3)四日市公害訴訟
 この訴訟は,三重県四日市磯津地区の住民が,42年9月に四日市コンビナートをつくっている三菱油化など6社に対して,損害賠償を請求したものです。この訴訟は,コンビナートをつくっている多数の工場から排出されたばい煙による公害が裁かれた点で注目され,因果関係,企業の責任が大きく争われました。
 47年7月に下された判決では,因果関係については,疫学的な方法によって磯津地区の呼吸器の病気とばい煙とは明確な因果関係があることを認めました。また6社の責任については,工場の立地に当って,住民の健康にどういう影響を及ぼすか全く調査もしないで立地したことで,また工場の操業を続ける場合,ばい煙によって住民の健康を損なわないように注意する義務があるのにそれをしなかったことについて過失の責任があるとされました。
 (4)水俣病訴訟
 水俣病訴訟は,熊本県水俣地区とその附近の住民が44年6月にチッソ株式会社に対して損害賠償を請求したものです。
 この訴訟で,チッソ水俣工場の廃液を出したことと水俣病の因果関係については,チッソもそれを認めたため,最大の争点はチッソの責任でした。48年3月に下された判決は,化学工場は,地域の住民の生命,健康に危害を及ぼさないように十分注意する義務があるにもかかわらず,何一つ納得のいく対策がとられていないとして重大な過失の責任を認めました。
 以上のように,四大公害裁判の判決は,企業の責任を厳しく追求し,住民に被害者を出すことは絶対に許されないとするものでした。




22 環境汚染の経済的メカニズム


 世界にも類をみない戦後の日本経済の高い成長によって,わが国の経済力は非常に大きくなり,物質的な生活水準も大巾に向上しました。
 しかし,その反面で,かつては美しく豊かであった環境が汚染され,生活環境の悪化,自然環境の破壊が進行して健康被害まで発生するようになりました。
 そこで,まず,マクロ的な視点から,経済成長と環境汚染の関連をみてみましょう。
 経済の成長に伴ってどのように環境汚染が進行してきたかいくつかの指標でみると次のとおりです。
 環境汚染による損害は,経済審議会の専門委員会のNNW(国民純福祉)の試算によると,昭和30年の350億円から,40年には3兆3,760億円,45年には実に6兆1,010億円へと大きくなり,NNWに占めるマイナスの割合も,30年の0.2%から,40年の11.6%,45年の13.8%へと大きく高まっています。
 また,重油使用に伴ういおう酸化物の発生量や,公害に関する苦情の受けつけ件数をみますと,GNPの拡大とともに,あるいはそれ以上に増加していることが分かります。
 このように経済成長に伴って,環境汚染が増大するのは何故でしょうか。
 それは,企業などの経済活動は,市場での取引きによって成立する価格をよりどころにして行なわれるため,商品やサービスを供給する企業は,できるだけコストを下げて安い価格で競争に勝とうとします。したがって大気や水などの環境を汚染しないように費用をかけることは,規制などによってそういう仕組みになっていない限り,しょうとしません。これが普通「市場の欠陥」といわれていることです。
 こうした「市場の欠陥」を補なう適切な政府などの措置がとられないまま経済成長が続いた結果,さまざまな形で環境問題が起ってきたのです。

経済成長と環境汚染関連指標の推移
経済成長と環境汚染関連指標の推移

社会資本の国際比較
社会資本の国際比較

23 環境関連社会資本の立ち遅れ


 下水道とか廃棄物処理施設などのような社会資本が整備されていることは,環境汚染を防止するために絶対欠かせない条件です。
 しかし,わが国では,高い経済成長が民間企業の設備投資をリードしていく形で行われ,こうした環境関連の社会資本の整備が立ち遅れてしまったことが,環境汚染を激しいものにした大きな原因となっています。
 環境汚染を除去して,きれいな環境をつくりだしていくためには,企業がその生産工程から出てくる汚染の原因となる物質(汚染因子)を除去するための公害防止投資を十分に行なうことが必要ですが,同時に,中小企業や一般家庭など非常に多くの発生源から排出される汚染因子を除去するため下水道や廃棄物処理施設などの社会資本が整備されなければなりません。
 しかし,後でみるように民間の公害防止投資が極めて不十分だったのに加えて,環境関連の社会資本投資も非常に立ち遅れてしまいました。
 わが国の社会資本の蓄積量をあらわす政府の資本ストックが,生産設備の蓄積量をあらわす民間企業の資本ストックに対して占める割合をみますと,昭和35年以降,40~41年の景気の悪かった時には増えているだけで,すう勢として低下する傾向をたどっています。さらに,政府の社会資本の中でも,道路とか港湾のように産業活動に関係の深いものに比べて,下水道や廃棄物処理施設のような環境保全に必要な社会資本の割合は低かったために,生産設備資本と環境保全のための社会資本とのアンバランスは拡大する一方であったわけです。
 国際的に比較してみても,下水道,公園,住宅などの社会資本は,欧米諸国よりもはるかに低い水準にあります。
 とくに水質汚濁の防除対策の決め手である下水道の整備水準は,1971年で20%程度でしかなく,イギリス90%(1963年),アメリカ71%(1968年),西ドイツ63%(1960年),スウェーデン80%(1971年)などをはるかに下回っています。
 また都市における自然をあらわす公園についてみると,東京の一人当り公園面積は1971年で1.57平方メートルでしかなく,ロンドンの22.8平方メートル(1968年),ニューヨークの19.2平方メートル(1967年),ベルリンの24.7平方メートル(1968年)に比べて,10分の1以下というお話にならない貧弱さです。
 水洗便所の住宅の割合をみても,同じようなことが言えます。

わが国の経済構造と汚染発生量(国際比較)
わが国の経済構造と汚染発生量(国際比較)

(備考)各国IO表等により試算。


24 わが国の投入・産出構造,需要構造と環境保全


 わが国の環境汚染をもたらした汚染因子の排出量の増大は,日本経済を形づくっている要素が,他の諸外国に比べて汚染因子を発生させやすい構造になっていることがその要因となっています。そこで,わが国の経済構造を汚染因子の排出という観点から諸外国と比較して検討してみます。
 経済を形づくっている要素として,まず第1に,投入・産出構造と需要構造をとりあげることにします。経済活動を行なっているさまざまの産業部門の生産活動は,原材料,中間製品,最終製品などの取引を通じてお互いに複雑に関連しあっています。この関連のし方は,国によって差があり,これを投入・産出構造の差というふうにとらえます。また,生産活動をひき起す個人消費,民間設備投資,政府支出,輸出などの最終需要の内容も国によって異っています。それを最終需要の差としてとらえます。
 こうした投入・産出構造,需要構造の中に,いおう酸化物とかBOD負荷量のような環境汚染因子を排出しやすい生産活動や需要項目がどの程度組み込まれているかをみることによって環境汚染という観点から経済構造の評価をすることができます。
 そこで,わが国と同じ経済規模を達成するのに,他の欧米諸国なみの投入・産出構造,需要構造によった場合,わが国の経済構造からもたらされる汚染因子の排出量に比較してどの程度減少するかを産業連関表を使って計算してみました。それによりますと,わが国の経済構造は,諸外国に比べて1~4割程度汚染を発生させやすい傾向にあることがわかります。
 すなわち,いおう酸化物についてみますと,フランス型の場合は4割程度,アメリカ型では約2割,イギリス型,西ドイツ型でも1割程度排出量が減少することになります。




25 わが国の消費構造と環境汚染


 日々生活していくなかで,日常使用されている消費財の一つ一つをとってみても,それが消費者の手に渡るまでには,さまざまの業種にわたって財の生産やサービスの提供が必要となりますが,その過程で多くの汚染物質が発生しています。
 戦後の消費構造の変化をみると,爆発的な消費ブームのなかで,自動車,家庭用電化製品などの耐久消費財,電力消費などのウエイトは急速に高まってきています。高度経済成長のもとでのこういった活発な消費活動が,消費と廃棄の過程で環境汚染をもたらしていることは,すでにみたとおりですが,こうした消費水準の向上,消費の多様化が生産活動を呼び起す過程で,間接的に汚染因子の増大に寄与する面があったということができるでしょう。
 そこで,テレビ,電気冷蔵庫などの民生用電気機器,自動車,電力などの生産を,その原料,燃料などにまでさかのぼってすべての生産過程をみたときに,どの程度の汚染因子を発生させているかをみてみました。




 非常に普及率の高い電気洗濯機,カラー・テレビ,クーラー,電気冷蔵庫など生産額100万円にあたる家庭用の電気機器をとりあげてみると,それを生産するために42.6kgのいおう酸化物,102.2kgのBOD負荷量,61.2kgの処理困難な可燃性の廃棄物などさまざまな汚染因子が発生しています。
 また生産額100万円に相当する自動車を作るために,35.9kgのいおう酸化物,31.1kgのBOD負荷量,81.5kgの処理困難な可燃性の廃棄物などの汚染因子を発生させていることがわかります。

公害に関連の深い業種の輸出入依存度
公害に関連の深い業種の輸出入依存度
(備考)1.通商産業省「工業統計表」,アメリカ商務省Yearbookより作成。
    2.輸出依存度=輸出/出荷


26 わが国の貿易構造と環境汚染


 貿易構造をとりあげてみますと,この面でも諸外国に比べて汚染因子を発生させやすい構造になっていたことがわかります。
 環境汚染という観点から貿易構造をみますと,生産過程から汚染因子を発生させやすい産業の製品を輸入にたよる割合が高ければ高いほど,国内での汚染は発生しにくくなり,これらの製品を輸出している割合が高ければ高いほど,汚染は発生しやすくなるということができます。
 こうした観点から汚染因子を発生させやすい紙・パルプ,基礎化学品,窯業・土石,鉄鋼・粗鋼などの業種の輸入依存度,輸出依存度をアメリカ,西ドイツと比較してみました。これによりますと,わが国はアメリカ,西ドイツなどに比較して輸入依存度は殆ど低くなっており,また輸出依存度は西ドイツよりはやや低いものの,アメリカよりはかなり高くなっています。




 また,基礎化学品,鉄鋼・粗鋼では,10年前に比べて輸入依存度はやや増大していますが,輸出依存度はそれ以上に増大しているのです。
 このように,汚染を発生させやすいメカニズムを持っているわが国の経済体質,経済構造を放置したままで,従来のような経済の成長が続くならば,今後ますます環境汚染が激化することは容易に予想されるところです。
 こうした事態を避けようとする国民の意識は,近年とみに高まってきています。総理府の「環境問題に関する世論調査」(47年5月)によると,「多少公害が出たり,自然が失われても,経済活動が盛んになり収入が増加し,生活が便利になる方がよい」という人は11%にすぎないのに対して,「経済発展が多少犠牲になっても公害をなくし,自然を守るようにした方がよい」という人の割合は51%にも達しています。




27 企業活動と環境汚染


 つぎに,ミクロ的な観点から,企業活動と環境汚染との関係をみることにします。わが国における環境問題が特に深刻化している地域は,工業の高度に集積した地域であり,また水俣病など悲惨な公害被害の原因が特定の企業の汚染物質排出によるものであったことなどによっても,企業活動が環境汚染の大きな原因となったことは明らかです。上の表は大気汚染(いおう酸化物),水質汚濁(BOD負荷量)について,発生源別の汚染負荷割合を試算したものですが,これによっても,工場,発電所などの企業活動によるものがその大部分を占めています。
 また,大気汚染や水質汚濁以外の多くの環境汚染が企業活動によってもたらされています。まず騒音についてみますと,その発生源は多種多様ですが,苦情件数では工場騒音が61%と最も大きな割合を占めています。
 地盤沈下についても,その原因のほとんどが,工業用,ビル冷暖房用に企業が地下水を汲み上げたり,企業の天然ガス採鉱に伴って地下水をも採取するため,地下水位が低下し地層が収縮して生じたものです。



 廃棄物については,東京都についてみた場合,上の表のとおり,都民1人当たりに換算した1日当たりの産業廃棄物の排出量は,都民1人当たりゴミ排出量の約10倍というぼう大なものとなっています。しかも,都道府県からの報告によると,事業場自らによる産業廃棄物の処理は必ずしも,適正に行なわれていないことが指摘されています。
 このほかにも,悪臭については,石油化学工業,紙・パルプ製造業,食料品製造業,畜産業等が大きな汚染源となっており,また,土壌汚染については,主として鉱山,工場等から排出された排水,ばい煙等に含まれる有害物質が長期的に農用地の土壌を汚染することにより生じています。

28 公害防止投資の動向


 企業の公害防止努力を示す尺度として,公害防止投資比率の推移と現状をみてみましょう。
 通商産業省では毎年資本金5,000万円以上の大企業について公害防止投資調査を行なっていますが,公害防止投資比率(全設備投資に占める公害防止投資の割合)は最近になって上昇してきています。次頁の図をみてもわかるように,全業種平均でみた公害防止投資比率は40年にはわずか3.1%にすぎませんでしたが,46年度には6.5%にまで高まっており,47年度の実積見込では8.3%,48年度の計画でも9.8%となっています。
 これは公害規制の強化,環境保全に対する認識の高まりを反映して,企業が次第に公害防止努力を行なうようになったことをあらわしています。
 これを業種別にみますと,最近では火力発電,紙・パルプ,石油精製,鉄鋼などの産業の公害防止投資比率が急上昇しています。こうした産業は,いずれも他の産業に比べて大気汚染や水質汚濁をもたらしやすい環境資源多消費型の産業です。
 一方,こうした企業の公害防止に対してはいくつかの面で国の助成措置が講じられています。
 公害防止事業団は,公害防止施設の設備資金に対する融資,共同防除施設等の建設,譲渡を行なっており,47年度の事業規模は590億円(うち貸付事業は450億円)となっています。
 日本開発銀行でも公害防止施設に対する融資を行なっています。47年度の公害防止枠は450億円に達しています。
 このほか,中小企業を主たる対象とした助成措置もありますが,これについては次の項で述べることにします。

主要業種の大企業の公害防止投資比率の推移(支払ベース)
主要業種の大企業の公害防止投資比率の推移(支払ベース)
(備考)1.通商産業省資料による。
    2.大企業とは,資本金5,000万円以上の企業である。


公害防止対策実施上の問題点
公害防止対策実施上の問題点
(備考)1.中小企業庁「環境問題実態調査」(47年11月)による。
    2.複数回答のため,合計は100を越える。


29 中小企業の公害防止対策


 企業の中でも,大企業については近年かなり公害防除努力が行なわれるようになったことは前にみたとおりです。しかし,これを中小企業についてみますと,まだ大企業に比べて立ち遅れがみられます。
 例えば,1企業当たりの公害防止投資額をみますと,46年度は,大企業は中小企業の24.7倍となっています。企業規模が違うわけですから1企業当たりの公害防止投資も大企業の方が大きいことは当然なのですが,1企業当たりの工業出荷額は大企業は中小企業の19.6倍ですから,公害防止投資の格差の方が大きいことがわかります。
 中小企業の公害防止投資が立ち遅れ気味なのはなぜでしょうか,中小企業庁が47年11月に行なった企業アンケート調査の中から,公害防止対策実施上の問題点として企業があげたものを,企業規模別にまとめたものが上の図です。これによれば,中小企業,小規模企業は,公害防止対策実施上の最大の問題点として「資金面での負担が大きいこと」つづいて,「適切な技術がないこと」,「防止施設を設置するスペースがないこと」などをあげています。
 資金面では,公害防止機器が一般的に他の機器に比べて機能集積度の高い商品であるため,かなり高額にのぼる資金負担を強いられることが難点になっているようです。また,技術面では,中小企業に合った安価で高性能の防止機器の改良・開発が不十分なようです。用地面でも,公害防止装置は概して大型のものが多いため,防止施設を設置するスペースがないといった問題があるようです。
 このような公害防止対策実施上の困難を克服し,中小企業が公害防止を適切に行ないうるように,各方面で次のような対策が講じられています。
 第1は,公害防止設備等に必要な資金の供給です。
 中小企業金融公庫,国民金融公庫,公害防止事業団などでは中小企業向けの公害防止貸付を行なっていますし,共同して公害防止にあたる場合には中小企業振興事業団の融資を受けることもできることになっています。
 第2は,中小企業向けの公害防止技術の開発です。
 中小企業が独自で行なう公害防止技術の開発については,技術改善費補助金制度の適用,中小企業金融公庫の貸付などがあります。また,国公立試験研究機関でも中小企業向けの公害関係技術開発を行なっています。
 第3は,中小企業に対する公害防止指導です。
 各地の商工会議所では産業公害相談室を設置し,中小企業者への助言を行なってきています。また48年度から,公害防止に関する専門家等がチームを編成して,公害防止技術についての巡回指導を行なうことになっています。

公害問題の原因についての国民の意識
公害問題の原因についての国民の意識
(備考)1.総理府「公害,都市公園に関する世論調査」(41年8月),「環境問題に関する世論調査」(46年11月)による。
    2.複数回答のため,合計は100を越える。


30 環境汚染と企業責任


 各種公害の発生の主因が企業活動にあり,企業の責任を指摘する国民の声が高まっています。公害問題の原因に関する世論調査によれば,上に示す表のとおり,公害問題を引き起こしたのは,「企業の責任感の不足」によると考えているものが最も多く,しかもその割合は41年には33%であったものが46年には50%と半数に達しています。
 一方,企業側においても,各方面にわたる深刻な環境汚染の実態に直面し,経営者の意識においても変化がみられ,現実の対策においても,その公害防除努力はようやく本格化しようとしています。
 また,こうした国民の意識を反映するように,就職前の5,800人の大学生に対して民間調査機関の行なった調査によると,公害で問題になっている企業には就職したくないという大学生が,調査対象の大学生の約半数を占めています。
 NHKの行なった一流企業100杜の社長に対するアンケート調査によって公害問題に対する意識の変化をみると,45年当時は,半数近くが公害の発生をやむをえないとしていましたが,47年では経済成長を抑えても公害防止に努めるべきだとしている者が6割となっています。
 また,汚染防除対策の面でも,さきにみたように,公害防止投資比率は47年度で,製造業および電力の1,236社平均で10.4%の水準にまで高まっており,公害防止関連の研究開発投資および技術研究者の数も,逐年増加をみせ,46年には大企業2,823社平均で総研究費ないし,総研究者数に占める割合でみてそれぞれ6.3%および9%となっています。
 また,地方公共団体と企業が締結する公害防止協定も,企業が地域社会と協調し,その地域の地理的社会的状況に応じた対策を講じていくものとして,汚染防除に対する企業の一つの対応とみることができます。この公害防止協定についてみても,47年10月現在で38都道府県,461市町村の合計499団体に対し,3,202事業所が締結しており,45年10月現在と比較すると,最近2年間で2,348事業所の増加となっています。
 もちろん,こうした企業の公害防除努力は,環境汚染の深刻化による社会的要請や国および地方公共団体の環境規制の強化等環境保全行政の推進により,いわば他律的に実施されている面も否定できませんが,過去の環境汚染を一刻も早く除去し,新しい汚染を未然に防止していくためには,さらに進んでいわば自律的な企業の公害防除努力の推進が要請されます。




工場用地取得の推移
工場用地取得の推移
(備考)通商産業省「工業統計表」「工業用地統計表」40年より作成。


31 地域開発の現状(1)


 わが国の30年代の高度経済成長の担い手となってきた企業は,生産拡大の新しい場となる新しい工場用地を求めて進出していき,既存の工業地帯に汚染を一層増大させると同時に,新規開発の地域にそれまで存在しなかった環境破壊を生み出してきました。
 ここでは,地域開発の推移とそれがもたらした環境破壊の進行について工業開発に着目してみることとします。
 まず,わが国の土地利用形態を全体としてみた場合,森林原野が全国土面積の71%を占めているのに対して,平地は,わずか19.4%にすぎません。しかも,このうち農用地が16.2%を占めており,残りの3.2%の部分を宅地,工場,道路用地等として利用している状態にあります。
 工業開発は,このような国土の条件のもとで行なわれてきたわけで,工業開発のための新規用地は,上の図でわかるように,既存の宅地,農地,原野の転用のほか,埋立てによるものもかなりの部分を占めています。


 こうした新規工業立地は,大消費地を背後に控えた既存の大工業地帯の周辺地域や,海上運送の条件など立地条件の良好な臨海部において主として進められてきました。
 その結果,わが国の工業地域は,従来の京浜,中京,阪神,北九州の四大工業地帯が鹿島,千葉,四日市,水島などの臨海工業地帯が建設されたことにより,東西に結びつき,太平洋ベルト地帯といわれる一大工業地帯を形成するに至りました。
 しかも,こうした太平洋ベルト地帯における新規工業開発は,集積の利益を求めて,コンビナート方式をとるものが多く,これによりわが国の生産力は一層高まりました。

32 地域開発の現状(2)


 太平洋ベルト地帯への工業の集積の度合を全国工業出荷額に占める関東臨海,東海,近畿臨海および山陽地域の割合でみますと,30年においてもすでに68%を占めており,40年には73%,45年には72%とやや鈍化傾向をみせているものの,いぜん集中化状況は解消していません。
 とくに,環境資源多消費型産業といわれる,大気汚染または水質汚濁に対する寄与率の大きい5業種(いおう分の寄与率の高い鉄鋼,窯業・土石,およびBOD負荷量の寄与率の高い紙・パルプ,食料品,化学)のこれらの地域における出荷額の伸びをみますと,上の図のようになります。すぐにわかるように,これらの地域は,全国の伸びを上回って拡大しており,全体に占める割合は,昭和30年には58%だったものが,45年には70%と大きく上昇しています。
 このようにコンビナート方式を挺子とする太平洋ベルト地帯の生産能力の飛躍的集積は,これらの地域における都市化による過密を生じさせるとともに,深刻な環境汚染問題を惹き起しました。
 たとえば,関東臨海地域の可住地1平方キロ当たりのいおう分負荷量でみると,30年には4,600kgであったものが44年には37,000kgに増加しています。
 以上みてきましたように,わが国の工業開発は,狭い国土および人口稠密な地域であるという条件のもとで,特定の地域に偏在して,しかも環境資源多消費型産業中心に押し進められ,その過程を通じて,大気汚染,水質汚濁等の環境汚染が飛躍的に増大していったといえましょう。

環境資源多消費型産業の伸び
環境資源多消費型産業の伸び

各工業地域における土地利用状況
各工業地域における土地利用状況

(備考)1.各地域都市計画および各県資料により作成。
    2.斜線部分は,工業地区を示す。これは都市計画法の工業専用地域に対応し,準工業地域は含まない。
    3.白地は,住居地区を示し,この中には住居地域の他商業地区,準工業地域等を含む。


33 工業開発と環境破壊(1)


 わが国の工業開発の状況を地域的にみますと,まず三大都市圏からはじまってその周辺に広がり,さらに内湾,内海地域から外洋海域へと範囲を拡大しています。
 こうした工業開発のなかから代表的な地域として川崎,四日市,千葉,水島をえらんで土地利用の状況,問題点などをみましょう。
 戦前からの工業地区である川崎や戦後早くからコンビナート地区を形成した四日市では,工業地区と住居地区の配置が分離されていません。とくに川崎や四日市の一部地区では住居地区が周囲を工業地区に囲まれた島のようになっており,環境保全上多くの問題を生じています。
 30年代の後半から,新産業都市として開発が進められてきた水島では,法律に基づいて計画的に産業基盤の整備が行なわれましたが,土地利用のうえでは住居地区と工業地区の混在が目立っています。また同地区での工業生産力の拡大に伴って,いくつかの地区では公害による住居移転の問題が生じています。
 千葉地域においては,遠浅の海岸であったところを埋立てることにより工業用地造成が行なわれ,そこにコンビナートが建設されてきました。ここでは工業地区と住居地区の混在はみられませんが,工業地帯のすぐ後には千葉市などの都市がひかえており,とくに大気汚染についてコンビナート地域から近接都市への影響が生じています。
 このように,工業開発における土地利用状況からみると,古くから開発された地域では住工混在が甚しく,これが公害問題の深刻化を加速した原因となっています。また,比較的新しく開発された地域では,住工分離の土地利用が考えられていますが,ここでも,開発規模の急速な拡大や土地利用の不十分さなどから,企図された土地利用が必ずしも実現されていません。

瀬戸内海沿岸地域海岸汀線改変表
瀬戸内海沿岸地域海岸汀線改変表

34 工業開発と環境破壊(2)


 次に川崎,四日市,水島および千葉の四地域の生産の動きと環境汚染の状況をみましょう。
 全国の工業出荷額は,35年から45年の10年間に4.4倍となりましたが,これら地域の工業出荷額は5.1倍となっています。コンビナートによる工業の集中はこのような飛躍的な生産の増加を実現しましたが,一方では環境汚染の悪化をもたらすこととなりました。
 まず,大気汚染についてみますと,いおう酸化物は,企業の汚染防除努力がまだ本格化しなかったとみられる42年では川崎と四日市地域が環境基準値である年0.05ppMをこえており,その後46年には各地ともかなりの改善はみせていますが,基準をすべて満たしてはいません。
 さらにこのほか,窒素酸化物による大気の汚染が進行しつつあり,たとえば,環境庁試算によると,東京都,千葉県,埼玉県,神奈川県の関東臨海地域における工業と電力による窒素酸化物の量は,45年には23万トン程度と推定され,これは10年前の約4.5倍になったものとみられています。
 また,水質汚濁については43年に比べて46年は改善していません。水質汚濁についての規制が強化されてきたにもかかわらず,汚濁の状況が改善されていないのは,排水時の汚濁の濃度は改善されても排水量が増加し,とくに水の交換が行なわれにくい内湾や内海で汚濁負荷量が蓄積性の汚染として増加した結果であるとみられます。
 次に,これら地域の環境汚染によって生じている被害の状況をみましょう。
 川崎と四日市は,大気汚染による公害病患者の発生で問題となってきた地域として知られています。45年以降これらの地域には国の救済制度が適用されており,47年度末の認定患者は2,218人に達しています。
 また,汚染は人の健康以外にも大きな影響を与えています。海洋における赤潮や油汚染などによって魚介類が大量に死んだり,異臭魚が発生したり,のりが被害をうけるなどの漁業被害とともに,農作物や樹木などの農林業被害の例が各地で報告されています。
 工業開発の多くは臨海部を埋立てて造成された工場用地において行なわれてきました。しかし,埋立についてはいくつかの問題が生じてきています。埋立による自然の海岸線の減少や景観の破壊,レクリエーションの場の喪失,生態系への影響などがそれです。
 たとえば,瀬戸内海沿岸の広島,岡山,香川の3県について純自然海岸汀線の割合の変化をみますと,内陸側について30年に34.5%であった純自然海岸汀線の割合は45年には20.3%と大幅に減少していることがわかります。また,埋立や建築用の土砂などの採取による自然破壊も各地で問題となってきました。今後の工業開発においては,大気汚染や水質汚濁などの公害防止だけでなく,自然破壊の防止も大きな課題となっています。

35 都市開発と環境破壊


 工業開発による環境汚染とならんで,最近では,都市開発や観光開発などによる環境破壊も問題となってきています。
 まず,都市開発による環境破壊の問題をみましょう。
 都市開発がどのように進んだかをみる指標の一つとして住宅建設があります。政府および民間による住宅建設戸数は大幅に増加する傾向にありますが,このための用地のかなりの部分が農地や山林などの転用によってまかなわれています。農地法に関する調べによると,30年から45年までに住宅用地に転用された農地等は15.5万haとなっています。これはこの期間に工業用地に転用された面積6.3万haを大幅に上回っています。
 こうした都市開発が,従来は一般的にいって環境保全に十分配慮することなしに無秩序に行なわれてきたことから,いろいろな問題が生じてきているわけです。
 次に緑地が都市開発の影響をどのように受けているかをみましょう。
 東京における緑地(自然緑地と生産緑地)の面積の推移をみますと,昭和7年に都の全面積の80%もあった緑地が40年には30%と大きく減っており,都市化の進行の激しさを示しています。
 樹木には,大気を浄化し,煙や亜硫酸ガスなどの汚染物を吸着する機能があるといわれていますが,このような緑が一度失なわれた場合,これを復元することはきわめて困難です。
 都市開発による環境保全上のもう一つの問題は,人口の増加に伴って家庭の下水や廃棄物から生ずる環境汚染の問題です。大規模な市街地の開発が山林や農地を転用して行なわれるような場合には,開発地域の周辺まで含めた下水道などの整備が不十分なため,清流が一転して下水溝と化すような例も少なくありません。
 このほか,都市開発によるゴミの増加も大きな問題となっています。

東京都における緑の推移
東京都における緑の推移
(備考)1.東京都「三多摩緑地保全計画基礎調査報告書」(47年)による。
    2.斜線部分は,緑被地を示す。
    3.緑被地には,樹林地のほか,畑地,草地等を含む。


道路建設で無残にけずりとられた山はだ―徳島県 貝の越―
道路建設で無残にけずりとられた山はだ―徳島県 貝の越―

36 観光開発と環境破壊


 環境破壊の点から問題となるのは工業開発や都市開発だけではありません。最近では観光開発による環境破壊が大きな問題となってきています。
 余暇時間がふえるに伴って最近全国的にいろいろな観光開発が進められていますが,これが,観光道路の建設,ゴルフ場やスキー場などの造成による自然破壊につながる事例となって現われてきています。
 たとえば,観光道路の建設が自然破壊をまねくとして問題となった石鎚スカイラインや富士スバルラインなどの山の観光道路については,その後,緑化復元等の努力がなされていますが,路線の選定や道路工法などにおいて,環境保全の面に対する配慮が不十分だったため,その修復ははかばかしく進んでいません。このような自然景観の破壊に加えて,土壌中の微生物が大幅に減少するなど生態系への影響にまで及ぶことも指摘されています。

日光国立公園湯の湖における観光客およびBODの季節変化
日光国立公園湯の湖における観光客およびBODの季節変化

 このような自然景観の破壊や生態系の破壊に加えて,観光客による自然破壊も問題となっています。
 湖の水の汚れと観光客の数との間には次のような興味深い関係がみられます。日光国立公園のなかにある湯の湖の観光客の数とBOD値の季節変化を見ますと,湯の湖のBOD値は夏に高く,冬に低くなっています。夏には湯の湖の自然的条件からBOD値が高くなる傾向にあるとはいうものの,この湖水の汚濁は当地を訪れる観光客によるところが大きいものと考えられます。
 このほか,観光客による環境汚染として問題となるものには,観光地のゴミの問題があります。国立公園の集団地区では,毎年美化清掃対策を民間団体の協力で実施していますが,47年度に報告のあった17地区についてみますと,処理したゴミの総量は,約2,800トンで,費用は約4,500万円でした。

37 地域開発と住民運動


 30年代以降の重化学工業中心の地域開発とそれに伴う公害の激化に対応して,地域開発に対する住民の意識も大きく変ってきました。30年代後半の新産業都市の区域の指定の頃には,10地域程度の予定のところ,39道県44地域について申請があり,指定の陳情も激烈をきわめたといわれています。これをみても当時地方公共団体が地域開発についていかに熱意をもっていたかをうかがうことができましょう。この時期にも地域によっては公害の発生をみていたところもありましたが,一般に住民の地域開発に対する態度は消極的評価よりも,期待の方が大きかったといえます。
 住民の意識の変化を示すものとして次のような調査を例にとってみましょう。
 水島地区の住民のうち,コンビナートの建設が本格的になった35年以前から居住していた世帯に対して倉敷市が行なった調査によると,工業化に大きい期待をもち,生活が「今よりよくなる」と考えたものが全体で25.8%,高島地区では50%を占めているのに対し,逆に工場の進出によって生活は「かえって悪くなる」と考えたものは全体で14.8%,高島地区では10%にすぎませんでした。
 これに対して,10年後の46年の時点では,工業開発が行なわれたことによって,以前と比べ,生活が「よくなった」とするものは,全体でわずかに4.6%,かえって「悪くなった」とマイナスの評価を下しているものが70.2%にも及んでいます。
 また,総理府の世論調査をみても,公害の発生は絶対に許せないとするものが,41年の27.4%から46年には49%と大幅にふえています。
 こうしてみると,地域開発に対する住民の意識は,公害の発生を契機に大きく変ってきています。豊かな環境に対する住民の欲求が高まるにつれ,住民の公害問題に対する意識もさらに高まっていくものと考えられます。
 地域開発に関し,各地での住民運動も活発になってきています。
 たとえば,鹿児島県では,46年12月に石油精製,石油化学を中心とする志布志地域の開発計画が発表されましたが,直ちに地元市町村をはじめ県内の住民の間に「開発か環境保全か」をめぐって激しい賛否両論がまきおこり,再検討が行なわれています。このような開発計画をめぐる住民運動は,青森県下北半島のむつ小川原開発にもみられます。ここでは,地元町村における賛成派と反対派の対立の結果,双方がリコール請求等を行なうまでにいたっています。このほか,火力発電所の建設や公有水面の埋立等をめぐって各地で住民運動や反対の陳情がおこっており,北海道では伊達火力発電所の建設をめぐり,反対派住民の差止め訴訟が提起されています。このように,環境破壊に対する住民の意識には厳しいものがあり,住民の意向を尊重して開発を進めることが基本的に重要となっています。

公害と産業の発展との選択に対する意識調査
公害と産業の発展との選択に対する意識調査

環境保全関係予算の推移
環境保全関係予算の推移

38 環境行政の現段階(1)


 昭和46年,国の行政機関として環境庁が誕生しましたが,各都道府県の公害専門部局も整備され,環境保全行政の担当組織は整ってきました。
 都道府県における公害専門課(室)の設置状況をみますと,35年度の1に始まって45年度には18増加し,47年度では全都道府県に公害専門課(室)が設置されました。
 また,これに対応して,国および地方公共団体の環境保全関係予算も近年大幅に増加しています。
 国の予算は,42年度から48年度までの間に国全体の予算が約2.9倍となったのに対して,環境保全関係予算は約5.8倍と大幅に伸びており,48年度には2,737億円と48年度の国全体の予算の1.9%を占めています。また,46年度の地方公共団体の公害関係決算額は45年度のそれに比べて約57.1%の伸びを示しています。
 48年度の環境保全政策は次のような事項を施策の重点としています。
 (1)環境保全総合施策の展開
 公害防止計画の策定および実施を推進するとともに,地域開発や公共事業などについて環境アセスメントの手法開発を図る。広域汚染についての総合調査をさらに進める。基礎的データの整備や基礎的分析研究の推進を図る。
 (2)自然環境保全対策の強化
 全国的な自然の現状の把握を行なう。自然環境保全の基本方針の策定や自然環境保全地域の指定を進めるとともに,とくに保護すべき民有地や史跡等の買上事業,自然公園,都市公園等の公園事業などを進める。
 (3)規制および監視体制の強化拡充
 現行の規制の強化,未規制物質の規制の実施および総量規制方式の導入の検討を行なうとともに,公害監視測定機器の整備,分析測定方法の統一化など監視取締体制を強化する。
 (4)公害被害者保護対策の充実
 現行の被害者救済制度を強化拡充するとともに,公害に係る損害賠償保障制度の実施に備えて各種の調査を実施する。
 (5)公害関係公共事業の推進
 現行の第3次下水道整備5ヵ年計画を大幅に繰り上げて実施するとともに,昭和47年度を初年度とする廃棄物処理施設整備4ヵ年計画の円滑な達成を期する。
 (6)公害防止事業助成の充実
 とくに資金力の乏しい中小企業に重点をおいて,公害防止事業団等の貸付規模を大幅に拡充する。また,農畜水産業等に対しては,各種補助金を大幅に拡充する。
 (7)環境保全に関する調査研究の推進
 自然環境の保全に関する調査研究,汚染メカニズム,汚染物質の影響の解明等の研究,無公害技術の開発などの調査研究を進める。
 その他としては,PCB,光化学スモッグ等の新公害対策,航空機騒音対策等の推進があります。

都道府県の公害防止条例制定状況と規制対象
都道府県の公害防止条例制定状況と規制対象
(備考)環境庁調べによる。

39 環境行政の現段階(2)


 次に,環境行政をその中心となる環境規制の強化という面からふりかえってみましょう。
 環境規制は,汚染因子ごとに,人の健康および生活環境に害の生じない環境基準値を設定し,さらにこれに対応して排出基準を定め,これが守られているかどうかを監視し,違反者を取り締ることです。
 こうした環境規制は,法律面では45年12月のいわゆる公害国会で飛躍的に強化が図られましたが,行政面でもこれを踏えて規制強化が進められてきました。排出基準値は時を追って強化されており,いおう酸化物についてみれば,地域別規制値(K値)は43年12月から48年1月まで4回にわたって強化されています。全国一律の規制基準値に加えて,都道府県が各地の実情に応じて設定する上乗せ排出基準は,すでに大気関係で16,水質関係で39(47年度末)が設定されています。
 また,三重県,川崎市などいくつかの地方公共団体では,いおう酸化物に関して,地域全体の排出量を抑制するため,工場単位に排出総量を規制する方式をとっています。

大気汚染監視用テレメータシステム
大気汚染監視用テレメータシステム

 地方公共団体の公害防止条例の制定状況をみますと,すでに45年までに各都道県とも公害防止条例を制定しており,大気汚染,水質汚濁のほか,騒音,振動,悪臭のいわゆる感覚公害についてもほとんど全部の都道府県で規制が行なわれています。
 これらの規制は,当然に規制する側の監視取締り体制の整備によって裏づけられなければなりません。都道府県知事は大気汚染,水質汚濁について常時監視を行なうこととなっていますが,これを汚染状況の測定網の整備の面からみますと,たとえば,大気汚染についてテレメーター・システムを設置しているところは45年度の15都道府県および12政令市から,47年度には25都道府県および21政令市にそれぞれ増加しています。

40 環境行政の課題


 わが国の環境汚染を防止し,人の健康や生活環境を保全していくために,環境行政が今後取り組んで解決していかなければならない課題は山積しています。
 まず環境行政に与えられた課題の第1は,環境保全計画の策定です。望ましい環境水準の達成のためには,長期的視点に立った総合的,計画的な環境保全行政の推進が必要となります。すでに,47年12月の中央公害対策審議会企画部会の中間報告により,環境保全長期ビジョンの一応の方向が明らかにされ,また本年2月閣議決定をみた経済社会基本計画においても,環境保全長期計画の策定がうたわれ,60年までに達成すべき環境水準の目標が掲げられています。
 また,環境保全の範囲内で開発を進めていくために,全国総合開発計画など開発計画には環境保全の配慮が十分なされていなければなりませんし,開発計画策定の際にいわゆる環境アセスメントを実施することが肝要となります,48年の第71回国会において,国土総合開発法案,工場立地法案などが提出されたのも,このような趣旨に立ったものでした。
 さらに,工業開発,都市開発の進展に伴い汚染された地域においては,すみやかに環境回復を図るために,総合的な計画として公害防止計画を策定していく必要があります。
 環境行政の課題の第2は,規制の強化をさらに進めることでしょう。まず環境基準については,48年5月窒素酸化物,オキシダントに係る環境基準が新たに設定され,いおう酸化物に係る環境基準の強化も行なわれてきましたが,さらに大気関係では,炭化水素,水質関係では,PCB,総クロムの有害物質に係る環境基準および航空機騒音に係る環境基準の設定などが急がれなければなりません。
 次に,排出基準については,環境基準の維持確保の観点からは,濃度規制ではなく,当該地域の排出総量を規制する方法がすぐれており,技術的難点を克服して,すみやかに総量規制方式の導入を図ることが必要となりましょう。
 課題の第3は,公害防止のための生活関連公共投資の促進です。下水道,廃棄物処理施設,都市公園については,それぞれ長期整備計画により,その整備が実行されています。環境汚染は発生源において防除することが最も有効であり,かつ,安上がりであることを念頭におき,民間公害防止投資とともに,これら生活関連公共投資の促進を図っていく必要があります。
 環境行政の第4の課題は環境保全に関連する調査研究の推進です。
 環境問題は,その原因から結果の発生にいたるまで多種多様の要因がからみあい,かつ未知の事項が多いため,今後も重点的に調査研究を進めていくべき分野が沢山あります。
 まず,もっとも基礎的な分野として,人間も含めた生物と環境との関係の解明が必要でしょう。
 また,発生した汚染物質を事後的に処理する技術から,そもそも汚染物質を発生しないクローズドシステムヘと転換することが必要で,このための研究も急がれています。
 さらに,当面の問題として,騒音,振動,悪臭などの感覚的公害の防止技術や脱硝技術の開発を進めるとともに,開発が遅れている中小企業向けのコンパクトで効率的でしかも安価な公害防止技術の開発も必要となっています。
 課題の第5は,公害被害者,とくに健康被害者の救済措置の拡充でしょう。この観点からは,社会保障的性格の強い現行の公害健康被害者救済特別措置法による救済措置にかえて,基本的には民事責任をふまえた行政上の損害賠償を保障する制度の確立が急がれますが,この点については,48年6月,政府は公害健康被害補償法案を閣議決定し,第71回国会に提出することにしています。また公害の財産被害も,その救済制度を検討していく必要がありましょう。

公害防止のための公共・民間投資の推移
公害防止のための公共・民間投資の推移

41 環境改善の費用とその経済的影響(1)


 これまで社会的費用として社会全体に負担が課されてきた環境汚染のコストを経済の中に内部化していけば,さまざまな経済分野に新たな影響を与えることが予想されます。
 民間公害防止投資や公害関連社会資本投資の推移をみても,環境改善のために費やされている費用は,近年大幅に拡大していることが明らかですが,経済・社会に及ぼす負担の第1の形態は,こうした相対的に多くの資源を公害防止投資に向けることにより,長期的には経済成長に何らかの制約がかかってくることが予想されることです。民間公害防止投資の場合をとってみると,公害防止投資は他の生産関連設備投資に比べて,直接的な生産力とはなりません。このため,設備投資の総額を一定とすれば,設備投資に占める公害防止投資の割合が高ければ高いほど,経済全体の供給力の増加テンポは相対的に鈍化することになります。

公害防止投資比率と経済成長率
公害防止投資比率と経済成長率

 上図は,生産関数から導びかれたモデルを使った計算により,民間企業設備投資に占める公害防止投資比率の高まりが供給力の制約を通じて全体としての経済成長率にどの程度の影響を及ぼすかをみたものです。一般的にいえば,経済活動の多くの場合を消費よりも投資にふりむければ,資本形成の比率(GNPに占める民間,政府固定資本形成の割合)が高まり,供給能力の増加テンポも速まるので全体としての経済成長率も高水準になってくるわけですが,資本形成のうち,供給能力を増加させない公害防止投資の割合が増せば,それだけ成長率の高まりも制約されることになります。このモデル計算によれば,資本形成比率が40%の場合,民間設備投資に占める公害防止投資比率が10%高まれば,全体としての成長率は約1%低下することが示されています。こうした成長率に対する制約は,全体としての所得上昇テンポを鈍化させることとなりますが,その反面では人々に豊かな環境というGNPには計上されない大きなプラスを得ることになるわけです。

42 環境改善の費用とその経済的影響(2)


 第2に,全体としての供給力に対する制約に加えて,産業別にみれば,生産活動から汚染因子を発生しやすいいくつかの業種では今後さらに公害防止のために資金を投入しなければならないことになるので,経営面,コスト面での圧迫が高まらざるをえなくなるものとみられます。
 たとえば,水質汚濁については将来すべての業種にBOD120ppmの一律排水規制が実施されることになります。これが完全に実施された場合,業種によっては,現在の負荷量を大幅に削減しなければならず,そのために必要な投資額もかなりの水準になるものと想定されます。
 次頁の図は,43年の業種別のBOD負荷量と当時120ppm以上の濃度だったすべての業種について排水濃度を120ppmにした場合の負荷量を算定し,そのための負荷量の削減に必要となる投資額を試算したものですが,これによれば,食料品,紙・パルプ,化学工業などでは,削減すべき負荷量が他の業種に比べて非常に大きく,そのための必要投資額もかなりの水準になるものと見込まれています。たとえば,食料品工業では,当時6,000トン/日のBOD排出量があったと推定されていますが,これを食料品の全企業が,120ppmにそのBOD排出量をカットする場合の必要投資額は,2,000億円以上にのぼるものと試算され,この額は,通産省の調査による大企業全体の公害防止投資額が47年度で約3,354億円(実績見込み)であることを考えればきわめてぼう大なものといえましょう。
 もちろん,ここに示した負荷量の削減,必要投資などは,現在までにすでに実施された分もあると考えられますが,今後規制の強化等に伴い一部業種ではかなりの追加投資が必要となってくることは否定できないでしょう。
 また,工業が集積している過密地域,必要投資額の大きい業種が集中して立地している地域など特定の地域では集中的な防止投資が必要となり,地域経済にとっても大きな影響を及ぼすことも考えられます。

一律規準を満たすための必要投資額(試算)
一律規準を満たすための必要投資額(試算)
(備考)BOD負荷量は,環境庁,BOD負荷量除去のための必要投資額は経済企画庁資料により作成。


公害防止費用の物価への影響
公害防止費用の物価への影響


(備考)アンケートにより得られた47年度売上に占める公害防止費用の比率に基づき,産業連関表により,それがすべてコストアップとなった場合の波及効果をみたもの。


43 環境改善の費用とその経済的影響(3)


 公害防止装置だけでなく,原料等についても価格面,生産効率等の利点によってこれまで使用されてきたものが,環境に及ぼす影響を考慮した場合,使用することが適当でなくなり,よりコストの高いものを使用しなければならなくなるという事態もでてくることも考えられます。
 たとえば,代表的な蓄積性の有害物質であるPCBや残留性農薬のような物質を今後他の環境汚染上問題がないような物質に代替していけば,少なくとも一時的にはコスト面での圧迫をもたらすことになるでしょうし,今後公害対策の進展に伴ってますます必要になってくる低いおう石油の価格は,相対的に高いものとなりましょう。
 第3に,国民生活への影響の一つとしては,コスト上昇からくる物価へのはねかえりも心配されます。生産過程での公害防止対策によるコストアップは,生産性の向上や新技術の開発などの企業努力によって吸収されるべきですが,それが不可能な場合,製品価格へはね返ることが考えられるわけです。
 上図は,企業に対するアンケート調査により得られた業種別の47年度の公害防止費用をとり,こうした公害防止費用の売上高に対する比率が今後も一定と仮定し,それがすべてコストアップとして製品価格に転嫁された場合,それぞれの製品価格が最終的にどの程度上昇するかを試算したものですが,大気汚染では,窯業,電気,ガス,鉄鋼,水質汚濁では紙・パルプ,化学,繊維,食品など,環境汚染を発生しやすい業種で,最終的なコストアップ率も高いことがここに示されています。また,1産業の製品価格の上昇は,産業連関のメカニズムを通じて他の産業のコストアップをひきおこし,機械産業のように,その産業自体からは比較的汚染因子を発生させないような業種においても,価格の上昇がもたらされることが示されています。

自動車排出ガス規制比率と追加コストの関係
自動車排出ガス規制比率と追加コストの関係
(備考)1.1971年6月EPAの米議会への報告による。
    2.CO,CH対策についてみたもの。


44 環境改善の費用とその経済的影響(4)


 自動車の排出ガスのように,消費者の使用する最終製品が公害排出源となっているような場合,最終製品に公害防止装置をとりつける必要が出て,これが消費財の価格を押しあげる方向に作用することも懸念されます。
 アメリカの環境保護庁が議会に報告した例によれば,自動車排出ガスの規制比率とこれを満たすために必要となる1台当たりの追加コストとの間には上図にみるような関係があるとされています。これによれば,低減目標が80%を越えると1台当たりの必要追加コストは急速に上昇しはじめ,低減目標80%の場合には約100ドル程度だったものが,90%の場合には260~600ドルに達するものと予想されています。
 しかし,こうした規制の強化に伴う価格への影響は,経済全体の立場からみれば,これまで経済活動の中に内部化されていなかった公害防止コストが内部化されることによって生ずる価格体系の変化としての意味をもつものといえましょう。すなわち,こうした価格体系の変更が,マイナスの社会的コストを反映したものであれば,生産者も消費者も環境に及ぼす影響を反映させながら,自らの生産,消費活動を選択することができ,これによって産業構造,消費構造の転換を促進し,環境資源を含めた資源の効率的配分が達成されることを期待できるわけです。




 今後,環境保全を達成していくためには,以上にみてきたように,いろいろな形態での費用が社会全体にかかってくることとなり,その費用の大きさは環境を改善しようとする度合に応じて決ってくることになります。環境保全のための費用を惜しんではならないことはいうまでもありませんが,効果的な環境政策は,こうした意味での費用をなるべく小さくしながら環境改善に最大の効果をあげるものでなければならないことはいうまでもありません。

45 テクノロジー・アセスメント


 環境対策において基本となる未然防止の方策の確立が今日ほど強く要請されているときはありません。すでにみたように,工業開発などの地域開発を行なうに当たって,事前に環境影響について十分なチェックを行なわなかったためその地域に深刻な環境汚染をもたらしてきたのがわが国のこれまでの地域開発の姿であったといってよいでしょう。また,PCBや残留性農薬など化学物質の蓄積性汚染の問題や航空機,新幹線,自動車などのもたらす騒音問題なども,技術や新物質の実用化に当たり,事前にその環境への影響を十分チェックしなかった結果生じてきた問題であると考えられます。
 したがって,今後は地域開発,新技術,新物質などの開発に当たっては,それが環境にどのような影響を及ぼすかを調査,評価,監視および再評価をシステム的に行なっていくいわゆるアセスメント・システムを確立し,この面から環境破壊の未然防止を図ることが是非とも必要となってきます。
 まず,新技術,新物質の開発の際必要なテクノロジー・アセスメントの問題をみてみましょう。科学技術は,人類にとりプラスの効果をもたらす反面,マイナスの効果もあるわけで,これを事前に予測,評価することにより環境への悪影響を防止しようとするのが,テクノロジー・アセスメントの考え方です。わが国においては,科学技術会議など各方面の国の諮問機関の答申や報告などにおいてその導入の必要性が主張されており,また48年2月閣議決定のあった経済社会基本計画においてもその重要性が述べられています。
 しかし,テクノロジー・アセスメントの具体的な手法の面においては,もっとも進んでいるアメリカでもまだ確立されていない状況にあります。アメリカにおいては,その方法論開発のための事例研究は,1960年代から民間のシンクタンクなどにおいて行なわれており,72年10月には「テクノロジー・アセスメント法」が成立し,議会に担当機関を設立してその推進を図っています。わが国においても,科学技術庁,通産省などにおいて,手法の開発が進められ,46年度からは種々の事例研究が行なわれはじめています。




 環境問題に関連してテクノロジー・アセスメントの概念を導入していくことは,PCB問題でみられたように,新化学物質が環境を通じて現在および将来にわたる人の健康に係わってくる問題であるだけに特に重要となってきます。新化学物質は,技術文明の進展に伴い,今後も数多く出てくることが予想されますが,発がん性,催奇形性などの諸毒性を有する物質については環境に放出されないことが基本でなければなりません。
 この点について,PCB問題を契機として47年の国会において,衆参両院でPCB汚染対策に関する決議がなされ,化学物質の事前審査制の確立が指摘されました。これを受けて48年第71回国会に政府から「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」案が提出され,この法律の施行によって,化学物質の事前審査制度が創設されることとなります。今後の新化学物質の実用化に当たっては,こうした事前審査制度により,十分安全性を確認していかなければなりませんが,一度安全性が審査され,パスした物質についても,その後監視を続け,繰り返し再チェックを行なっていくことが重要となりましょう。

46 地域開発と環境アセスメント


 地域開発に伴う環境の破壊を未然に防止していく上で,極めて重要なことは,開発に伴う環境影響を事前に把握し,予測および評価を行なっておくことです。このことの重要性は,47年12月中央公害対策審議会防止計画部会が発表した「特定地域における公害の未然防止の方策についての中間報告」においても指摘されています。環境影響の程度と範囲,予測される悪影響の防止策,代替案の比較検討など総合的な事前評価および再評価を行なう環境アセスメントこそ今後の地域開発における基本的な要素といってよいでしょう。
 政府は,47年6月に「各種公共事業に係る環境保全対策について」という閣議了解を行なっていますが,これは国の機関などは,道路,港湾の建設,公有水面埋立てなどの公共事業を行なうときは,自然環境の破壊など環境保全上重大な支障をもたらすことのないよう留意し,そのために環境影響に関する調査研究を行ない,その結果に基づき必要な措置を講ずるといった内容のものですが,これは環境アセスメントの考え方を国の機関などが開発主体となる場合に適用したものでした。
 一方,企業が開発主体となる大規模な工業開発については,国が地方公共団体の協力により,大気汚染と水質汚濁に関して理論計算や模型実験などの手法を使った産業公害総合事前調査が40年度から行なわれています。そしてこの調査は,大規模工業地域の環境汚染の未然防止を目的としたものとして48年第71回国会に提出された「工場立地法案」により「工場立地に伴う公害の防止に関する調査」として制度化される予定です。
 また,同国会に提出された国土総合開発法案においては,全国総合開発計画は,公害の防止について適切な考慮が払われたものでなければならない旨規定するほか,都道府県知事の行なう特定総合開発計画の決定などについても必要な基礎調査を義務づけるといった規定などが設けられることとされています。
 このようにして,全国総合開発計画から企業立地に至る開発の各段階において必要な環境アセスメントを実施するという制度は,漸次整えられつつありますが その具体的実施については,対象となる地域が自然的・社会的条件のそれぞれ異る個別の地域であり,しかも将来の環境汚染予測という不確定要素の多い事象を取り扱うため今日までのところケース・バイ・ケースとならざるを得ません。アセスメント手法の確立は当面緊急を要する研究課題ですが,すでに1970年から国家環境政策法に基づく環境アセスメントを実施しているアメリカの動向は一つの参考になるのでその状況をみてみることにしましょう。
 国家環境政策法第102条C項は,連邦政府機関に対して,人間環境の質に重大な影響を与える立法計画その他連邦政府の主要行動計画に関する勧告や報告を提出するに際し,1)その行動計画が環境面に与える影響,2)その計画を実行した場合に避けることのできない環境面への悪影響,3)その行動計画に代わる対案,等に関する詳細な報告書を作成することを義務づけています。
 法律制定以来,連邦各機関から環境委員会に提出された環境影響に関する報告の数は,1972年5月までに2,933件にのぼっており,種類別には,道路関係が1,436件と約半数を占めています。
 こうした報告に基づき,法の運用により開発計画の変更または中止の措置がとられた場合が少なくありません。たとえば,フロリダ州北部の一部完成していたはしけ用運河の建設について,これが重要な自然環境を脅かすとの理由で環境委員会の勧告をうけて大統領は中止命令を出しましたし,サンフランシスコ湾の高速自動車道建設の許可申請に対しても長期的にみて環境に悪影響が及ぶとして許可は出されませんでした。このような例はほかにも数多くみられます。




47 環境アセスメント確立に際しての課題


 地域開発などを行なう場合に環境アセスメントを実施することは今後の環境破壊を未然に防止する上で極めて重要な要素ですが,その実施の手法については個々の実際の自然条件が相手だけになかなか難しい問題があります。アメリカなどにおいてもこの手法研究は盛んに行なわれています。その一例を次に示します。これは,国務長官の要請に応じ,連邦地質調査所が案出したマトリックス分析による評価法であり,88の環境の特質項目と100の各行動計画の項目からなるマトリックス表をつくり,環境へのインパクトの「大きさ」と「重要度」をそれぞれの欄に記入して,その結果を当該行動計画に反映させて計画の見直し,代替案の検討を行なっていくやり方です。図に示されたものがカリフォルニア州ベンツーラ郡における燐酸鉱の鉱業権設定に伴う環境影響に関する評価をこの手法によって行なった評価表です。こうした手法はわが国でも利用しうる点が多いものといえます。
 次にわが国においてアセスメント手法を確立するに際しての検討課題をいくつか示してみましょう。
 第1に,アセスメントの前提条件となる当該地域における環境の汚染許容限度の把握の仕方や解明の方法の研究を一層推進すること,第2に,アセスメントを実施すべき対象項目の選定の仕方の検討を推進すること,第3に,環境破壊の予測手法の精度を高めるための研究開発を強化拡充していくことです。
 ただし,アセスメントは政策決定の手段であり,その利用には,一定の限界が存することも忘れてはならず,開発計画策定段階で行なわれたアセスメントは開発の諸段階において見直し,再評価し,開発の実績と照合してフィードバックしていくとともに,その評価に当っては,十分の安全率を織り込んでおくことが必要なことと思われます。

主なチェック項目についての評価表
主なチェック項目についての評価表

48 むすび-環境保全への新しいルール


 世界に類例のなかった日本経済の急速な成長は,物的豊かさとともに環境破壊を進行させるという矛盾をもたらしてきたといえますが,この大きな原因は,公害のように市場での売買を経由しない外部不経済が企業の経済計算にコストとして内部化されないまま生産規模のみ急速に拡大するといういわゆる「市場の欠陥」を補正するための適切な手段が講じられなかったことにあるといえます。
 環境汚染の深刻さを象徴する四大公害裁判などは,環境破壊によって一たび失なわれた生命や自然はもはやとり戻すことができないことを示しましたが,環境破壊の未然防止のためには「市場の欠陥」を補正する新しいルールの確立が是非とも必要です。
 その第1は,環境に影響を与える技術,人の健康に悪影響を与える可能性のある進化学物質の開発,地域開発などの行為については,その環境影響についての事前の調査・評価および再評価を行ない,その結果に基づいて,環境を保全しうる範囲内で行為するルールを確立することです。
 第2は,環境保全についての費用負担のルールを確立することです。環境資源も通常の経済的資源と同様無限ではなく,生産・消費の過程でこれらを利用すれば環境悪化を招くことは明らかです。環境を清澄な状態に維持していくためには,企業に対する費用負担,製品の消費および廃棄の過程で生ずる環境汚染における生産者と製品の利用者の負担方法等について,税制,下水道・廃棄物処理施設等の共同公害防除施設における料金の体系,なども含め,「汚染者負担の原則」に照らした費用負担のあり方についての総合的な検討が必要です。
 限られた環境資源とわが国特有の過密という条件の下で,国民的合意のもとにこの困難な課題である環境の管理のためのルールの確立を進めることは今後のわが国に課せられた大きな問題といえるでしょう。

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