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むすび

−地球環境の保全に向けての我が国の貢献−
 今日、地球上では50億人を超える人々が生活し、年間16兆7,000億ドル(1986年)にものぼる経済活動が行われている。こうした人間の活動によってもたらされる環境影響は、限られた国や地域にとどまらず、地球レベルにまで影響を及ぼすようになっている。
 二酸化炭素濃度の上昇がもたらす地球の温室効果、フロンガスによる成層圏オゾン層の破壊にみられるように、先進国を中心とする生産・消費活動の増大は、地球の大気を構成する物質の組成を変え、その影響は地球生態系の基本的維持機構をも脅かそうとしている。一方、開発途上国では急速な人口増加や資源開発の進行等を背景に、熱帯林、野生生物の種、土壌等貴重な資源の破壊や減少が地球的規模で進行するとともに、貧困と環境破壊の悪循環のなかで生活の基盤である環境の破壊に悩む人々も増加している。また、先進国では酸性雨、地域海の汚染、有害廃棄物の越境移動等国境を越えた広がりを持つ環境問題が深刻化している。さらに、工業化、都市化が進む中で、大気、水の汚染等の公害問題が先進国のみならず開発途上国にも広がってきている。
 地球環境問題の基本的背景には、先進国を中心とする環境負荷の大きな生産・消費活動と開発途上国における爆発的人口増加や貧困問題があり、これらに大きな変化がない限り、今後とも地球環境への圧力はますます増大していくとみられる。しかも、温室劫果による気侯変動やオゾン層の破壊といった地球的規模の環境問題は、非常に長い時間をかけて進行する不可逆性を持った変化であり、被害が確認されてから対策を講じるのでは手遅れになるおそれが強い。また、対応策が可能であるとしても、そのためには膨大な時間とコストがかかる。野生生物の種の減少、熱帯林の減少、砂漠化等の問題についても、その大部分が生態学的に脆弱な熱帯・亜熱帯地域で生じていることもあって、一旦破壊が進むと回復は困難な場合が多い。
 1972年のストックホルム会議以降の約15年間に、国際社会において地球環境保全の重要性についての認識が探まり、国際的取組も着実に進展してきた。特に、近年における地球環境問題の広がり等に伴い、環境は開発の基盤であり環境破壊を放置することは開発の持続性を損なうという「持続的開発」の考え方が、南北、東西を問わず共通の認識として定着し、今日においては持続的開発に向けて世界が具体的行動を起こすべき段階へと進展している。このため、国際社会のあらゆる主体の意思決定に際し、持続的開発のための環境配慮を組み込んでいくことが強く求められ、そのための取組が世銀等で着手されてきている。
 地球環境問題は、人ロ、資源、開発と環境という諸要素の複雑な相互関係の帰結として現れるだけでなく、相互依存を深めている国際経済システムのもとでは、具体的な利害を有する貿易経済構造と密接なかかわりを持つ問題でもある。このことは、持続的開発に向けて成果を上げるためには、国際的な共通のルールのもとで、長期的視野に立って国家や地域の利害が複雑に絡む問題を調整しなければならないことを意味しており、この点でUNEP等国際機関の調整機能の一層の発揮が求められるとともに、それぞれの主権国家がより高い見地に立ってその責任を果たしていかなければならない。
 とりわけ、重要性を増している開発途上国における貴重な生物・土譲資源の保全や公害問題の解決のためには、開発途上国の自助努力が肝要である。しかしながら、開発途上国の多くは、経済的、技術的基盤が十分でないうえ、環境問題に対する知見や経験等が不足していることから、自助努力だけで持続的開発を図ることには限界があり、国際的な協力が不可欠である。
 一方、我が国は世界経済の一割以上を占める経済大国として、その活動のための多くの資源を地球に依存しているとともに、国内の生産・消費活動から排出される各種の物質を通じて、また、開発途上国への開発援助、企業の海外活動等活発な国際活動を通じて、地球環境と大きなかかわりを持っている。この意味で、我が国は地球環境の将来に対する大きな責務を有すると同時に、健全な地球環境は国際的な相互依存を深めている我が国の持続的発展のための重要な基盤をなすものといえよう。その半面、我が国は豊かな経済力、技術力、人材を備えているだけでなく、公害対策分野を中心とした環境保全の面でも多くの貴重な経験や技術を有しており、これらをいかして世界の環境保全のために貢献できる大きな潜在的可能性を持っている。
 こうした我が国の地球環境とのかかわりや環境保全面での貢献可能性にかんがみると、我が国は地球環境の保全のために、国際社会の一員として、また、世界の経済大国として、その地位にふさわしい責任ある行動をとることは勿論のこと、さらに進んで積極的に貢献する国家としての対応が必要である。その際、我が国が世界的視点から地球環境の保全に貢献していくに当たり、アジア・太平洋地域の重要性はますます増大していることを認識すべきである。
 地球環境保全に向けて貢献していくうえで我が国がなすべき第一は、国際社会での当然の責務として、現下の緊急な課題であるオゾン層保護のための条約等国際協調による取組の履行のため、国民各層の幅広い理解と協力を得ながら早急に国内体制の整備等を図り、その国際的責任を分担していくことである。また、増大している我が国の国際活動の際の環境配慮を徹底していくことも重要な責務である。特に、OECDの勧告等を踏まえ、我が国の開発援助システムのなかでの環境配慮の組入れについては、国際的地位にふさわしい仕組みを確立する必要がある。
 第二に、開発途上国の持続的開発に向けての協力の強化である。我が国の政府開発緩助による開発途上国に対する環境保全分野の協力は緒についたばかりのものも多いが、援助大国であり環境保全面での貴重な経験や技術を持っている我が国の果たすべき役割は大きく、今後持続的開発に向けてこの分野の協力を量、質ともに拡充・強化していく必要がある。その際、開発途上国の環境保全能力の向上、環境政策の遂行を効果的に支援する観点から、援助における要請主義の弾力的運用、開発計画への環境保全の組込み等のための政策交流・対話や人材養成等、総合的な視野に立った環境協力を進めること、また、我が国国内の協力体制の整備、特に環境行政の現場に即した知識、技術、人材を数多く蓄積している地方公共団体との連携を図ることも重要である。
 第三に、地球環境保全に関する科学的知見の集積、技術開発分野における積極的貢献である。地球環境に関するモニタリング、調査研究による科学的知見の向上は、地球環境保全への取組の基礎であり、その成果は「国際公共財」としての性格を持つものである。我が国は、国際的プロジェクトヘの積極的参画をはじめとして、適切な役割分担のもとで率先してこの分野での取組を強化すべきである。また、技術開発の面では、地球環境の保全に役立つ資源・エネルギーの持続的利用技術、特に開発途上国の実情に適合した技術の開発、生態学的知見をいかした自然資源の保護、利用、増殖技術の開発等を積極的に推進しなければならない。さらに、UNEPの各種地域プログラム等国際機関が実施する具体的活動プロジェクトとの連携・協力についての検討を進めていくことが必要である。
 第四に、多様な主体の活動による環境協力のネットワークの形成である。地球環境の保全のためには、政府レベルの対応のみならず、NGOs、産業界等各種団体、さらには国民一人ひとりの理解と協力が不可欠である。欧米諸国ではNGOsが国際機関や政府と協力関係を持ちながら、地球環境の保全、閉発途上国への援助等の分野で大いに活躍しているが、我が国ではNGOsの歴史が比較的浅いこともあり十分な活動を展開するに至っていない。今後、我が国のNGOsがその活動のための基盤の整備を図りつつ、「草の根環境協力」として貢献していくことが期侍される。また、産業公害防止に関する高度な技術と知見が蓄積されている産業界においては、今後とも国際社会への公害防止の技術移転等の一層の推進が求められる。さらに、地球環境の保全に貢献していくうえで、国民一人ひとりの意識の変革と行動が極めて重要になってくる。地球環境問題は我が国をはじめとする先進国の物質的に豊かな消費生活に起因するものが多く、我々一人ひとりの生活のあり方と深いかかわりを持つ問題でもある。このため、地球環境に関する正しい理解のもとに、国民一人ひとりが地球環境に影響を及ぼす生活そのものを見直す「地球人としてのライフスタイル」を追求していくとともに、地球環境保全のために積極的に行動していくことが期待される。
 地球環境問題は、国内問題と異なり、我々自身にとって身近な問題として、また、差し迫った問題としてとらえにくいものであるが、地球環境は現代に生きる我々だけのものでなく、将来にわたつて永続的に引き継いでいくべき人類の「共有の資産」であること、地球生態系の基本的維持機構は一度破壊されると回復がほとんど不可能であり、我々自身が未知の可能性を閉ざすことにもなりかねない重大な問題であることを十分認識して対応しなければならない。
 ひるがえって、我が国の国内の環境の状況をみると、近年、都市活動や生活に起因する環境問題の比重の高まり、産業活動の高度化等に伴う化学物質等による新たな汚染、快適な環境や自然とのふれあいを求める国民ニーズの高まり等環境問題は多様化し、その範囲が広がっている。このような環境問題の変化に対応し、幅広い観点から環境政策が推進されてきている。また、こうした状況の中で、環境政策の経験の蓄積、環境に対する認識の深まり等を背景に、「新たな汚染可能性への対応」、「生態系の保全」、「環境資源の適切な管理」といった新たな視点に立った環境政策の展開が求められている。これらの視点は、OECD等先進国における環境政策の大きな流れとなっているものであり、また、地球環境問題に対する取組の視点としても重要である。今後、我が国はこれらの新たな視点を重視しながら内外の環境政策を強力に推進していく必要がある。

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