2 閉鎖性水域の水質汚濁防止対策
我が国の公共用水域の水質汚濁の状況をみると、前述のとおり湖沼、内湾、内海等の閉鎖性水域では、依然として環境水準の達成状況が低い。
この背景としては、閉鎖性水域は水が滞留するという水理上の特性があるため、流入した汚濁物質が蓄積しやすく水質汚濁が進みやすいことに加え、一たび水質が汚濁するとその改善が容易でないことがある。
このため、これまで湖沼及び閉鎖性の海域について、有機汚濁及び富栄養化の防止に関する対策が進められてきており(第3-1-4表)、今後ともこれら閉鎖性水域については重点的な水質汚濁防止対策の推進を図る必要がある。
(1) 湖沼の対策
湖沼の水質保全対策について「湖沼水質保全特別措置法」(以下「湖沼法」という。)に基づく対策と「水質汚濁防止法」に基づく湖沼の窒素、燐の排水規制をみることにする。
ア 湖沼法に基づく対策
湖沼法は、湖沼の水質保全のための基本方針(湖沼水質保全基本方針)を定めるとともに、水質環境基準の確保が緊要な湖沼を指定して、その水質保全のための計画(湖沼水質保全計画)を策定し、同計画の下で下水道のほか、地域し尿処理施設、農業集落排水施設、生活排水処理施設等の整備並びにしゅんせつその他の水質保全に資する事業と各種汚濁源に対するきめ細かな規制等の措置を総合的かつ計画的に推進しようとするものである。
湖沼法は、59年7月27日に制定され、引き続き同年12年26日に湖沼水質保全基本方針が公表され、今後の湖沼水質保全施策の基本的方向等が示された。また、60年3月20日には同法の施行令、施行規則等が公布され、同法の規制対象の具体的な範囲等が定められた。
同法においては、水質環境基準が現に確保されていない等の湖沼であって、特に水質保全に関する施策を総合的に講じる必要があると認められるものを指定湖沼として指定し、特別の対策を講ずることとされている。指定湖沼の指定の手続は、都道府県知事からの申出に基づき、内閣総理大臣が指定するとされている。60年9月に関係県知事から霞ケ浦、印旛沼、手賀沼、琵琶湖及び児島湖について指定湖沼の指定の申出が内閣総理大臣になされ、これを受けて60年12月16日にこれらの湖沼を指定湖沼に指定するとともに関係地域を指定地域に指定するための告示が公布された。現在これらの関係府県知事は、湖沼水質保全計画の策定作業を行っているところである。今後、湖沼水質保全計画が策定されると、同法に基づき、下水道等の水質保全に資する事業の推進、新増設の工場・事業場に対するCODの汚濁負荷量の規制等各種汚濁源対策が、総合的、計画的に講じられることになる。
湖沼法の円滑な実施を図るため、61年度から税制上の措置も講じられることとされている。
第1に、湖沼法の施行に伴い新たに設置が必要となるし尿浄化槽及び家畜ふん尿処理施設等について、固定資産税、特別土地保有税及び事業所税の減免措置が講じられ、その設置の促進が図られることとなった。
第2に、指定地域内にある事業所や畜舎が他の地域に移転する場合には、汚濁負荷量が軽減され、湖沼の水質改善に寄与することとなるため、土地等の買換えに対して法人税及び所得税の課税の軽減措置が講じられ、移転の促進が図られることとなった。
イ 水質汚濁防止法による窒素、燐の排水規制
湖沼の水質保全を図る上で、COD等に代表される有機汚濁の防止とともに富栄養化の防止が重要な課題となっている。湖沼の富栄養化の防止を図るためには、その要因物質である窒素、燐について水質保全上の目標となる環境基準を設定する必要があった。このため、57年12月、湖沼の窒素及び燐に係る環境基準が告示された。この告示においては、湖沼の利用目的に応じて?〜?まで5段階の類型が示されており、具体的な湖沼に該当する類型を指定することとされている。この類型指定は、政令で定める水域については環境庁長官が行い、その他の水域については都道府県知事が行うこととされている。環境庁長官が類型指定を行う湖沼についてみると、60年4月20日琵琶湖について類型指定が行われ、霞ケ浦について類型指定の検討がなされた。
環境基準の達成を図るためには、湖沼への窒素、燐の流入を削減する必要がある。このため、環境基準の設定に引き続き、窒素、燐の排水基準の設定について検討が行われてきた。窒素、燐の排水基準の設定については、59年9月に中央公害対策審議会から答申がなされており、これを踏まえて60年5月に水質汚濁防止法施行令等の関係法令が改正された。60年7月15日から全国の一定の条件にある富栄養化しやすい湖沼及びその集水域を対象として窒素および燐の排水規制が実施されている。
適用湖沼については湖沼の有する条件に応じ、窒素を規制することが藻類増殖の抑制に対して効果的な場合とそうでない場合があることが認められたため、全国で45の湖沼に関し窒素及び燐の排水規制が、977の湖沼に関し燐の排水規制が実施されている。
排水基準の値については、一般家庭汚水と同等の水質を確保する見地から、窒素について120mg/リットル(日間平均60mg/リットル)、燐について16mg/リットル(日間平均8mg/リットル)とすることとされ、排水処理技術等の制約からこの値に対応することが著しく困難な業種については暫定的な基準が5年間適用されることとされた。なお、人口、産業の集中等により、この値では湖沼の富栄養化を防止するのに十分でない場合には、都道府県は条例により上乗せ基準を設けることができるとされている。
(2) 閉鎖性の海域の対策
閉鎖性の海域の対策については、「水質汚濁防止法」の水質総量規制と「瀬戸内海環境保全特別措置法」に基づく富栄養化防止対策をみることにする。
ア 水質総量規制
水質総量規制制度は、水質環境基準を確保することを目途として、広域的な閉鎖性の海域を対象にして汚濁負荷量を実施可能な限度において削減し、水質改善を着実に行おうとする制度であり、53年の「水質汚濁防止法」の改正により導入されたものである。この制度においては、まず政令で、削減する汚濁負荷量の項目を指定項目として指定し、対象とする水域及び地域を指定地域として指定することとされている。次に、内閣総理大臣が総量削減基本方針を策定し、指定地域の各都道府県における指定項目の削減目標量等を示し、この基本方針を受けて、都道府県知事は、削減目標量を達成するために総量削減計画を策定することとされている。
現在、化学的酸素要求量(COD)が指定項目として指定され、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海及びその関係地域が指定水域及び指定地域として指定されている。
これらの地域についてはこれまで59年度を目標年度とする削減基本方針及び総量削減計画に基づき、下水道の整備、総量規制基準の適用等の諸施策が実施されてきている。その実施状況をみると?CODの発生負荷量は、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の3海域とも着実に減少してきており、?CODの濃度は、東京湾、伊勢湾については、横ばいないし微増の状況が続いており、瀬戸内海については、水質の改善が認められる水域が多いものの、大阪湾、広島湾、児島湾等環境基準の達成率の低い水域が残されている。また、東京湾では青潮等の発生により、瀬戸内海及び伊勢湾では赤潮の発生により漁業被害等が生じている。
このようなことから、今後とも環境基準を確保することを目途として、新たな削減目標を設定し、その達成に向けて諸施策を講じていく必要があり、60年10月21日環境庁長官から中央公害対策審議会に対して諮問を行う等総量削減基本方針の策定について検討を行っているところである。
イ 瀬戸内海における富栄養化防止対策
瀬戸内海の貴重な環境を保全するため、48年に「瀬戸内海環境保全臨時措置法」が制定され、同法に基づき各種の施策が講じられた。しかし、その後も富栄養化に伴い赤潮が多発し、漁業被害を始め各種の生活環境に係る被害が発生したことから、53年の「瀬戸内海環境保全特別措置法」への改正により富栄養化による被害の発生の防止のため指定物資削減指導が制度化された。この制度に基づき、54年7月環境庁長官から瀬戸内海の関係府県知事に対し、59年度を目標年度とした燐及びその化合物に係る削減指導方針を策定するよう指示がなされた。この指示を受けて、55年初頭に関係府県知事は同方針を策定し、以来、これに基づき各種発生源に対する指導を行ってきた。
この結果、瀬戸内海では、赤潮の発生件数は50年代初頭をピークとして減少しているが、現在なお毎年200件前後の赤潮の発生が確認されており、底層の貧酸素化による底生生物への影響等の懸念も残されている。このようなことから、瀬戸内海環境保全審議会において今後の瀬戸内海の富栄養化防止に関する基本的考え方について検討が行われ、60年10月に答申がなされた。この答申によると、瀬戸内海の富栄養化による生活環境に係る被害の発生を防止するため、長期的な観点から赤潮の発生機構の解明等の調査研究を推進するとともに、当面の施策として、これまでの燐の削減指導を継続実施することを基本としつつ、特に燐濃度の高い大阪湾について、上流府県を含めて、現状よりも負荷量を減少させるべきであるとされた。また、燐と並んで主要な栄養塩類であるとされる窒素についても、大阪湾を対象として、それが富栄養化に果たす機能等に関し検討を行い、早急に行政上の措置のあり方について結論を出すことが適当であるとされ、当面は負荷が増大しないよう事業者等は自主的に努力することが望ましいとされた。
これを受けて、60年12月26日環境庁長官から関係府県知事に対し、64年度を目標とした新たな燐及びその化合物に係る削減指導方針を策定するよう指示がなされた。また、環境庁においては窒素に関する検討作業を早期に開始するとともに、関連する各種調査研究を一層推進することとしている。