1 典型7公害
(1) 大気汚染
大気の汚染に係る環境上の条件につき、人の健康を保護する上で維持することが望ましい基準(環境基準)が、現在、二酸化硫黄(SO2)、二酸化窒素(NO2)、一酸化炭素(CO)、光化学オキシダント、浮遊粒子状物質(SPM)について設定されている。以下においては、これらの物質について環境基準の達成状況などをみることとする。
ア 二酸化硫黄
大気中の硫黄酸化物は、主として石油、石炭などの化石燃料の燃焼に伴い発生するものであり、高度経済成長期に石油系燃料が大量に消費されたことにより、急速に汚染が拡大した。その後、排出基準の設定を基本としつつ、高汚染地域に対しては総量規制が導入されるなど諸対策が進められた結果、大気中の二酸化硫黄の濃度は、昭和43年度以降年々減少傾向を示してきた。
大気汚染の一般的状況を把握するため全国に設置されている一般環境大気測定局(以下「一般測定局」という。)のうち、二酸化硫黄濃度を40年度から継続して測定している15局における年平均値をみると、42年度の0.059ppmをピークに減少し、57年度には0.013ppm、58年度には0.012ppmとなっている(第1-1-1図)。
また、環境基準(1時間値の1日平均値が0.04ppm以下であり、かつ、1時間値が0.1ppm以下であること。)の達成状況をみると、長期的評価による環境基準の達成率は向上しており、58年度においては57年度と同様99.4%となっている。
イ 二酸化窒素
大気中の窒素酸化物はその大部分が燃焼に伴って発生するものであり、発生源としては工場などの固定発生源に加えて、自動車などの移動発生源の占める割合も大きい。
二酸化窒素の濃度を45年度から継続して測定している15の一般測定局における年平均値でみると、48年度以降おおむね横ばいで推移しているが、54年度以降やや減少傾向を示しており、58年度は57年度と同じく0.025ppmとなっている(第1-1-1図)。
道路周辺における大気汚染を把握するため、沿道に設置されている自動車排出ガス測定局における二酸化窒素の濃度を、46年度から継続して測定している26局の年平均値でみると、51年度以降横ばいの傾向にあるが、58年度は0.039ppmと、57年度の0.040ppmに比べわずかながら減少した。
また、環境基準(1時間値の1日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること。)との対応状況をみると、58年度では、一般測定局で0.06ppmを超えた測定局は1.3%、0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内の測定局は18.8%、0.04ppm未満の測定局は79.9%である。0.06ppmを超えた測定局の割合は、54年度以降減少傾向がみられる(第1-1-2図)。
一方、自動車排出ガス測定局では、0.06ppmを超えた測定局の割合は58年度24.1%となっており、56年度以降減少傾向がみられる。
また、これらの測定局の中で0.06ppmを超える高濃度測定局は、東京都、大阪府、神奈川県等の大都市地域に集中している。
ウ 一酸化炭素
大気中の一酸化炭素は不完全燃焼により発生するもので、主に自動車排出ガスによるものとみられている。自動車に対する規制が41年に開始され、逐次強化されてきた結果、自動車排出ガス測定局における一酸化炭素の濃度の推移を46年度から継続して測定している15局の年平均値でみると、年々減少する傾向にあり、58年度は2.4ppmとなっている(第1-1-1図)。
環境基準(1時間値の1日平均値が10ppm以下であり、かつ、1時間値の8時間平均値が20ppm以下であること。)の達成状況をみると、58年度ではじめて自動車排出ガス測定局、一般測定局ともすべての測定局で達成している。
エ 光化学オキシダント
光化学大気汚染は窒素酸化物と炭化水素類の光化学反応から二次的に生成される汚染物質によって発生するもので、その汚染状況は光化学オキシダント濃度を指標として把握されている。
光化学オキシダント注意報(光化学オキシダント濃度の1時間値が0.12ppm以上で、気象条件からみてその状態が継続すると認められる場合に発令。)の全国発令延日数は、54年から57年までは100日以下の水準にあったのに対し、気象条件の影響もあり、58年131日、59年135日と2年続けて130日を超えた。
これをブロック別にみると、東京湾地域(東京都、神奈川県、千葉県及び埼玉県)で88日、大阪湾地域(京都府、大阪府、兵庫県及び奈良県)で20日と両地域で全国の発令延日数の80%を占めている。
また、59年の光化学大気汚染による被害届出人数は5,822人であり、51年以降では最高の人数となっている(第1-1-3図)。
オ 浮遊粒子状物質
浮遊粒子状物質は大気中に浮遊する粒子状物質のうち粒径10ミクロン以下のもので、大気中に比較的長時間滞留し、高濃度の場合には人の健康に与える影響が大きいものである。一般測定局について環境基準(1時間値の1日平均値が0.10mg/立方メートル以下であり、かつ、1時間値が0.20mg/立方メートル以下であること。)の達成率をみると、長期的評価では56年度38.1%、57年度49.0%、58年度63.0%と著しく向上しており、改善の傾向がみられるが、依然として低い状況にある(第1-1-4図)。
また、近年のディーゼル車の増加に伴い、ディーゼル黒煙等ディーゼル排出ガスによる環境への影響が問題となっている。さらに、近年、積雪寒冷地におけるスパイクタイヤの使用に伴う粉じん等が問題となっている。スパイクタイヤによる影響は地域の状況等によって異なるが、環境庁がスパイクタイヤ装着期と非装着期の一時期を対象に札幌市、仙台市で行った調査によると、道路端においては、スパイクタイヤ装着期には非装着期に比べて、降下ばいじん量で3倍から10倍、浮遊粒子状物質濃度で約4倍となっている(第1-1-5図)。
(2) 水質汚濁
水質汚濁に係る環境基準は、人の健康の保護に関する基準及び生活環境の保全に関する基準の2つから成り立っている。
人の健康の保護に関する基準が設定されている物質(健康項目)は、カドミウム、シアン、有機リン、鉛、クロム(六価)、ひ素、総水銀、アルキル水銀及びPCBである。また、生活環境の保全に関する基準が設定されている項目(生活環境項目)は、pH、BOD(生物化学的酸素要求量(河川))又はCOD(化学的酸素要求量(湖沼、海域))、DO(溶存酸素量)、大腸菌群数、SS(浮遊物質量(河川、湖沼))、全窒素(湖沼)、全りん(湖沼)及びノルマルヘキサン抽出物質(海域)である。
ア 環境基準の達成状況
(ア) 健康項目
人の健康の保護に関する基準が設定されている物質について、58年度公共用水域水質測定結果をみると、全国5,239地点において測定された総検体数179,441のうち環境基準に適合していない検体数の割合は0.04%(57年度0.03%)となっており、長期的にはかなりの改善を示している(第1-1-6図)。
健康項目のうち、アルキル水銀、有機リン及びPCBについては、前年度に引き続き全く検出されず、また、総水銀については、環境基準を超える地点はなかった。
(イ)生活環境項目
生活環境の保全に関する基準が設定されている項目の状況を代表的な有機汚濁の水質指標であるBOD(河川)、COD(湖沼及び海域)でみると、環境基準を達成している水域は58年度は全体の67.7%(57年度67.5%)となっている。水域別にみると、河川65.9%(同65.3%)、湖沼40.8%(同41.7%)、海域79.8%(同81.3%)となっている(第1-1-7図)。
また、河川のうち都市内の中小河川はかつての深刻な汚濁は脱したものの汚濁の水準は依然として高い。
イ 閉鎖性水域の状況
水の交換が少なく、汚濁物質が蓄積しやすい湖沼、内海、内湾等の閉鎖性水域では、依然として環境水準の達成状況が低く、中でも後背地に大きな汚濁源がある水域では、水質保全のための条件は厳しい。
湖沼について、環境基準の達成状況をCODでみると、琵琶湖(滋賀県)、霞ヶ浦(茨城県)、諏訪湖(長野県)などの代表的な湖沼において未達成となっている。特に、環境基準が達成されていない湖沼の中には、手賀沼(千葉県)をはじめとして環境基準を数倍以上も超えるような著しい汚濁状態にあるものもみられる。
海域について、広域的閉鎖性水域における環境基準の達成率をCODでみると、東京湾及び伊勢湾については海域全体に比べ低い状況にあり、また、瀬戸内海でも大阪湾(58年度66.7%)など達成率の低い水域が残されている(第1-1-8図)。
また、生活排水、工場排水等に含まれる窒素、りんなどの栄養塩類の流入により、藻類その他の水生生物が増殖・繁茂し、いわゆる富栄養化が生じている。
このため、湖沼では水道水の異臭味や浄水場のろ過障害の発生、水産における魚種の変化等、透明度の低下等による景観の悪化などがみられ、瀬戸内海、伊勢湾などの内海、内湾では、赤潮の発生などによって漁業被害や海水浴の利用障害、悪臭の発生、海浜の汚染、底層の貧酸素化など広く生活環境への被害が生じている。
ウ 海洋汚染
我が国の周辺海域における海洋汚染の発生確認件数は、59年には981件と58年に比べ132件減少している。このうち油による海洋汚染が全体の72%となっており、これを海域別にみると、全体の50に当たる352件が東京湾、伊勢湾、大阪湾及び瀬戸内海において発生している。
また、タンカーから排出されるバラスト水などの油分によると推定される廃油ボールは、黒潮流域付近に多く漂流がみられ、南西諸島を中心に依然として我が国沿岸への漂着が後を絶たない現状にある。
エ 地下水汚染
地下水は一般に水質が良好であると考えられてきていたが、最近各地の調査事例、諸外国の文献等から化学物質による地下水の汚染が懸念されるようになってきた。
57年度の調査においてトリクロロエチレン等による地下水の汚染が確認された井戸について引き続き58年度において追跡調査等を行った結果、大部分の井戸で汚染が継続していることが確認され、また、多くの場合、その汚染がある程度の広がりをもっていることが認められた。
(3) 騒音
騒音は日常生活に関係の深い問題であり、発生源も多種多様であるため、例年、典型7公害のうち、地方公共団体に寄せられる苦情件数が最も多く、58年度では全体の約32.7%を占めている(第1-1-9図)。
発生源の内訳を苦情件数でみると、工場・事業場騒音、建設作業騒音に関する苦情件数は減少傾向にあるが、全体の約半数を占めている。最近では、深夜営業店からのカラオケの音、家庭からのピアノ、クーラーの音などのいわゆる近隣騒音に関する苦情が多くなっており、営業、拡声機及び家庭生活に起因する騒音に関する苦情は、58年度で全体の約4割を占めている。
一方、一部の交通施設周辺においては、自動車、航空機、新幹線鉄道等の運行に伴って発生する騒音が交通公害問題の大きな要素となっている。
このうち、自動車騒音についてみると、都道府県等が当該地区の騒音を代表すると思われる地点又は騒音に係る問題を生じやすい地点で58年中に測定した自動車交通騒音の結果で見ると、3,928測定地点のうち、朝、昼、夕、夜の4時間帯のいずれにおいても環境基準を達成している地点は14.7%(579地点)と低い。また、54年から5年間継続して同一地点で測定している測定点における環境基準の達成状況をみると、顕著な改善はみられない状況にある。
(4) 振動
振動の発生源の主なものは、建設作業、工場・事業場、交通である。58年度の苦情件数の割合は、それぞれ41%、40%、14%でこれらを合わせると全体の95%を占めている。また、近年、人の耳には聞きとりにくい低周波空気振動による影響が注目されている。
(5) 悪臭
悪臭の発生源の主なものは、畜産農業、サービス業等である。58年度の苦情件数では、畜産農業が28.1%、サービス業等が20.2%となっている。
(6) 土壌汚染
土壌汚染は、大気、水等を媒介として、排煙や排水中に含まれる重金属等の有害物質が土壌に蓄積し、長期間にわたり農作物等に悪影響を与える蓄積性汚染である。
「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」において特定有害物質に指定されているカドミウム、銅、ひ素の汚染地域及び汚染のおそれのある地域は、58年度までに126地域、6,710ヘクタールとなっている。
また、近年、工場、試験研究機関跡地の土地利用の転換に際し、水銀等の有害化学物質が土壌中に検出される等市街地における土壌汚染が問題となっている。
(7) 地盤沈下
公害としての地盤沈下は地下水の過剰採取を原因として生じるものであり,これにより多くの地域で建造物,治水施設、港湾施設、農地及び農業用施設等に被害が生じている。地盤沈下は、地形、地質、土地利用等の状況の差異により沈下の程度や被害の状況が大きく異なるという極めて地域的特性の強い公害である。
58年度までに地盤沈下の認められた主な地域は全国36都道府県、60地域である。全国の主要地域における最近の地盤沈下は、かつてのように全国的に著しい沈下を示すような状況はみられなくなったが、年間2cm以上沈下した地域の面積の合計がここ5年ほど横ばいであるなど一部地域で地盤沈下が依然として進行している。