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第1節 

2 研究活動の充実

 本研究所における研究活動は、大型実験施設の整備及び研究者の増員により、また、所外の研究者の協力のもとに年毎に活発化してきている。研究内容は社会ニーズに対応した目的指向型の研究に重点を置いているが、一方、環境研究の分野は複雑な要因がからみ合った困難な問題を抱えており、いまだその研究の基礎が確立されていないものが多いため、基礎的な研究分野をも重視して進めている。
(1) 特別研究
 特別研究については、テーマ毎に所内の関連する各部が協力し、所外の研究者の参加も得て進めており、また、大型施設を利用した実験研究と野外の実地調査とを組み合わせることにより総合的なプロジェクトとし、数年を一区切りとして計画的に実施している。
 56年度では、前年度以前より継続分の9課題に加えて新たに2課題の研究に着手して合計11課題を実施し、前年度より1課題の増加となった。なおこのうち、56年度で研究を終了したものは5課題である。
ア 56年度で終了した研究
(ア) 「大気汚染物質の単一及び複合汚染の生体に対する影響に関する実験的研究(52〜56年度ズートロン?関連、環境生理部及び技術部担当)
 この課題では、ズートロン?におけるガス暴露チャンバーを用いて、二酸化窒素等を各種動物に暴露すること等により、大気汚染物質が生体に及ぼす影響について研究を行った。
 また、二酸化窒素、オゾン単一の急性・亜急性暴露実験を併行して行い、二酸化窒素の生体への作用機序及び二酸化窒素とオゾンの影響の比較検討を病理、免疫、生理、生化学等各分野について研究を行った。
(イ) 「臨海地域の気象特性と大気拡散現象の研究」(53〜56年度風洞関連、大気環境部、計測技術部及び技術部担当)
 この課題では、大型風洞を利用して、陸上と海上の温度成層状態、風速等の各条件と大気汚染物質の拡散との関係、臨海地域特有の局地風である海陸風の内部構造とその中での大気汚染の特性、海陸風と大気汚染に及ぼす内陸部地形の影響についての研究を行い、更に臨海地域の大気汚染と気象を同時に予測できる物理モデルの開発を行った。
 この研究により、大気拡散が温度成層状態の相違により数千倍変化すること、また、その依存性は接地気層とその上空で、鉛直方向と水平方向とで相違することを見出し、これを定式化して、風洞シミュレーションのための相似律の確立、物理モデルへの組み込みを行った。また、海陸風のシミュレーションに成功して、その基本的なメカニズムを解明し、閉鎖型循環を形成する海陸風中での汚染物質の経日的な蓄積過程を明らかにした。
 最終的には、臨海地域の気象と大気汚染の予測手法として、地形模型を用いる風洞予測手法と、電算機による数値予測手法を確立して実用に供した。
(ウ) 複合大気汚染環境の植物影響に関する研究(54〜56年度ファイトトロン?関連、生物環境部及び技術部担当)
 この課題では複数の汚染ガスの混在した複合大気汚染質に対する植物の抵抗性を生理生化学的、ならびに生態学的に解明するとともに、野外条件下における大気汚染環境評価のための植物指標の開発および、複合大気汚染環境下における植物の環境保全機能を検討しようとするものである。
 二酸化硫黄、二酸化窒素、オゾンによる各種混合ガスによる植物の可視障害発現状態やガス吸収、体内の各種酵素活性、光合成機能、同化産物の転流、植物の乾物生長の変化の検討を行い、また、大気汚染環境評価のための指標植物としてポプラ、イネを選抜し、野外条件下における適用性を検討するとともに、植物群落の大気浄化機能を評価することを目的として熱赤外線画像計測によるリモートセンシングの技術開発をすすめた。
(エ) 「環境中の有害物質による人の慢性影響に関する基礎的研究」(54〜56年度環境保健部担当)
 この課題では、実際に種々の環境条件下において生活している人間集団について、大気汚染と呼吸器疾患との関係、重金属の摂取量と健康との関係、環境中の有害物質の母−児移行等を疫学的に調査し、環境中の有害物質が人体に及ぼす慢性的影響について研究するものである。
 本研究では、大気汚染地、重金属汚染地域等の住民について対照群との厳密な比較のもとに呼吸機能検査、腎機能検査並びに尿、頭髪、臓器組織、血液の収集分析を行い、一般家庭環境内のNOx濃度と小児の呼吸器感染症罹患率の相関、カドミウム摂取許容量、重金属暴露(カドミウム、銀、銅、亜鉛)者健康影響早期診断の新しい指標の開発(尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼの測定)などの新知見が得られた。
(オ) 「海域における富栄養化と赤潮の発生機構に関する研究」(54〜56年度、アクアトロン?、?関連、総合解析部、水質土壌環境部、生物環境部及び環境情報部担当)
 この課題は海水用マイクロコズムを用い、赤潮藻類の日周垂直移動、増殖、集積過程を温度、照度、塩分、栄養塩、混合度等、物理的・化学的条件を変えて実験を行い、赤潮発生機構を解明する研究、赤潮発生海域の物理特性を解析する研究、海水の赤潮発生潜在能力を評価する方法の研究、赤潮発生状況を分光特性を利用して遠隔計測する研究等を行った。
 この研究により、主たる赤潮藻類(播磨灘より分離したホルネリア、ギムノディニウム及び大阪湾より分離したオリソディスカス)の増殖環境因子、日周垂直移動が赤潮藻類個体群発達にはたす役割、閉鎖性内湾での調査に基づく富栄養化に与える潮汐流・密度流系の影響及び赤潮発生に占める底質からの栄養塩溶出の影響等を明らかにする手掛りを得た。
イ 前年度から引き続き実施中の研究
(ア) 「炭化水素−窒素酸化物−硫黄酸化物系光化学反応の研究」(55〜57年度、スモッグチャンバー及びエアロゾルチャンバー関連、大気環境部担当)
 この課題では、窒素酸化物、硫黄酸化物と各種炭化水素が共存する複合大気汚染ガス系における光化学反応性、光化学反応生成物の解析、光化学反応機構の解明を行うとともに、環境中の光化学大気汚染の発生機構について研究を行っている。
 現在までにスモッグチャンバーを用いた環境大気の光照射実験により、その光化学反応性を明らかにするとともに、エアロゾルチャンバーを用いて窒素酸化物、炭化水素共存系に二酸化硫黄が添加されたときの光化学エアロゾルの生成について基礎的な実験を行った。また、南関東を対象とした航空機による野外調査から、実際の野外大気中の光化学反応に関する基礎データを得た。今後さらに炭化水素混合系に対する光化学反応性解析手法の開発、計算機シミュレーションのための化学反応モデルの開発を目指している。
(イ) 「陸水域の富栄養化防止に関する総合研究」(55〜57年度、アクアトロン?、?、水理実験棟関連、総合解析部、計測技術部、水質土壌環境部、生物環境部、環境情報部及び技術部担当)
 この課題では富栄養化現象のメカニズムに関する従来の研究成果を踏まえ、富栄養化防止に焦点を当て、その施策を論ずる上に必要な野外調査と基礎実験を行うとともに、これらから得られた資料に基づいて防止施策の効果を予測する評価モデルの構築を行っている。
 現在までに、霞ヶ浦の水収支、水位変動の将来予測のためのシミュレーションモデルを作成した。これと平行して、導水、系列放流などの浄化対策事業計画(案)についての事業費算定を行い、霞ヶ浦の水移動形態の将来像を現実的に把握する資料を得た。
 また、隔離水界を用いた動・植プランクトン間の物質移動、底泥からの物質回帰、沈降物の量的・質的分析、底生小動物の生態、魚種別魚量の季節変動などについて現地調査を行った。モデルの数値解析に必要な水域分割と時間スケールの決定に、流動解析で得られる知見の導入を図った。
 さらに、流域の負荷発生対策のうち、特に家庭雑排水の負荷低減のために、実験プラントによってその技術開発を推進し、湖内動態モデルも含めた総合的な評価モデルに必要な入力資料の一つとなし得た。
(ウ) 「環境汚染の遠隔計測・評価手法の開発に関する研究」(55〜58年度、レーザーレーダー関連、総合解析部、環境情報部、計測技術部及び大気環境部担当)
 この課題は、環境の質に関する広域情報を空間的・時間的に連続に把握するため、レーザーレーダーを用いて大気汚染に係る計測手法の開発研究を行うとともに、人工衛星及び航空機からの映像データによる陸域、海域汚染情報の定量化に関する研究を行うものである。
 現在までに、大型レーザーレーダーによる広域画像データ取得のための最適な計測条件を決定し、画像上から障害物を取り除くなどの画質向上のソフトプログラムを開発し、画像データの収集を図っている。今後各種気象条件下で、データを収集し、空間的に連続な広域データから他の要因との相関を調べ、地域的代表性や環境評価へ応用する研究を行う。
 また、人工衛星や航空機による映像データに含まれる水面反射光や大気効果を除去して水質汚染分布推定の手法を開発し、検討中である。今後、膨大な画像情報データを効率よく処理する方法を検討する。
(エ) 「環境試料による汚染の長期的モニタリング手法に関する研究」(55〜57年度、計測技術部及び生物環境部担当)
 この課題は、長期的、広域的な環境汚染状況の変化をモニターする手法を確立することを目標とし、全国的なスケールでの汚染を検出するベースラインとしてのバックグラウンド地域の選定方法とそこにおける汚染状態の測定、長期的な汚染をモニターする手法の一つである。環境試料を組織的に収集保存する試料バンクの基礎として各種環境試料の保存性の検討を行う。さらに上記の研究に必要な環境中未確認汚染物質の検索および、PAHその他微量汚染物質の高感度分析法の開発に関する研究を行うものである。
 現在までに陸水に関するバックグラウンド地域として北海道摩周湖を選びその妥当性について検討をすすめている。また、大気、水、底質、生物その他の環境試料を各種条件で保存し、一定期間毎に含有する汚染物質を測定し、変化を追跡する保存実験を開始している。
 高感度分析法についても、HPLC-ICP法、レーザー螢光法等の機器分析法の応用開発により、生体中のヒ素の存在状態の測定、超微量のPAHの測定が可能になってきている。
ウ 56年度に着手した研究
(ア) 「汚泥の土壌還元とその環境影響に関する研究」(56〜59年度ペドトロン関連、環境情報部、水質土壌環境部、技術部)
 この課題では、55年度に終了した特別研究の成果を踏まえつつ、これまでの研究が有機廃棄物全般とそれらに随伴する合成有機化合物、重金属等の土壌還元に伴う土壌環境への短期的影響の解明を中心としていたのに対して、有機廃棄物のうち下水汚泥を対象として、土壌への還元が土壌を取り巻く陸水域等他環境に与える影響の解明を中心とする。すなわち、ペドトロン及び実験ほ場のライシメーター等を利用して、土壌に還元された汚泥成分の土壌−陸水域間の移動の追跡と理論的解析及び予測モデルの開発等を行うとともに、移動成分の陸水域富栄養化に与える影響を藻類生産力を指標として評価する。また、汚泥の長期連続還元が土壌−植物生態系に与える影響をも同時に解明する。さらに、これらの成果を総合して、環境影響を考慮した適正な下水汚泥の土壌還元方策の確立をはかろうとするものである。
(イ) 「有害汚染物質による水界生態系の攪乱と回復過程に関する研究」(56〜59年度、生物環境部、環境生理部、環境情報部担当)
 この課題では、水域汚染のうち農薬や重金属等毒性を示す物質による生態系への影響を生物個体から各種のモデル生態系まで実験的に研究するとともに自然界での毒性物質の影響の機構を解明しようとするものである。
(2) 経常研究
 経常研究としては、環境悪化が人の健康及び生活環境に与える影響、環境汚染現象及び機構の解明、環境汚染の計測技術及び計測方法の開発、環境に関する知見を活用した総合解析等を行うもので本研究所の各部においてそれぞれの担当分野に関する基礎的な面を中心として研究を行っている。56年度においては、134課題(原子力利用研究3課題及び科学技術振興調整費による研究3課題を含む)について研究を実施した。
(3) 環境情報業務
 環境情報業務としては、電子計算機を活用する環境データベースの体系的整備を進めた。我が国の環境、特に大気及び水質の汚染状況の変化を評価する数値情報システムの確立を目指しているが、大気汚染データについては、大気保全局による大気汚染状況集計結果、大気測定局属性情報、地方自治体による1時間ごとの大気汚染物質濃度並びに光化学スモッグ関連情報を収録して、大気環境データベースの拡充を進めた。OECD環境委員会「環境の状況」グループの行う加盟国に対する環境の状況調査の大気部門の調査原案を起草した。水質汚濁データについては、全国公共用水域の水質測定結果及び河川流量を磁気テープに記録し、水質保全局と協力して、水質評価のための総合システムの開発をほぼ完了した。また、56年度より自然環境データの収録・評価システムの開発に着手した。
 文献情報システムとしては、国内システムのJOIS(日本科学技術情報センターの文献情報)の利用、所内マイクロフィッシュのオンライン検索とコピーの即時利用及び国際間オンライン検索等を用いるシステムを整備した。
 また、国連環境計画(UNEP)の国際環境情報源照会システム(INFOTERRA)における我が国の担当機関(フォーカルポイント)として、国内の情報源の同システムへの登録業務及び国内外関係機関に対する情報源照会業務を行っている。56年度においては、国の行政機関・国公立試験研究機関・公益法人などに続き新しく大学の関連部門を対象として、情報源としての登録に着手した。また、中国など国外からの照会を含む関係機関からの依頼に対して、情報源検索回答業務を引き続き行っている。

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