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第4節 

1 快適環境の創造

 我が国の環境政策の歴史は、まず、国民の生命、健康に係わる問題に対し、緊急かつ重点的に対応することから始まった。このいわば事後的、対症療法的対応が一段落した時点で、環境汚染とそれによる被害の未然防止の対応に着手してきている。一方、自然環境保全政策は古い歴史をもつが、自然環境のもつ重要かつ多面的な機能を総合的にとらえ施策の推進が図られることとなったのは、近年のことである。
 国民の意識についてみると、環境汚染の防止、自然環境の保全は当然のこととし、今やそれらを踏まえ、より総合的な環境質、すなわち環境の快適性を強く望むようになってきている。
 河川、道路、交通、都市計画など行政の各分野で地域の環境づくりが進められている。安全、衛生は国民生活にとって不可欠であり、利便についても国民のニーズが高いことから、従来はどちらかといえば物質的な面での安全、衛生、利便が中心となっており、そのため、生活の質、環境の質への配慮が十分でなかった面も否定できない。そのことが国民の環境に対する不満の一因となっており、今後各種施策の展開に当たっては、環境の快適さを重視する方向に一層配慮していくことが重要である。OECDの日本の環境政策レビュー(昭和52年)もその結論の中で次のように同趣旨のことを述べている。
 「日本は、汚染を減少させたが、国民の環境に対する不満を除去することには成功していない。それは環境質の悪化、すなわち快適さが確保されていないことにある。このため、日本の国民と政府当局は、今や、より幅広い環境政策の展開を試みつつあり、(中略)新しいタイプの政策手段やメカニズムが必要である。それは公害防止よりも更に困難な仕事である。」
 快適な環境は、安全、衛生、利便などの物的面での住みやすさとともに人々の心のやすらぎ、うるおいを与えるものでなければならない。心のやすらぎ、うるおいは、各種多様な要素から構成されている。例えば、街路樹が美しい緑を揃えている道路、駅前広場の噴水や花壇などの近代的な都市美もその要素の一つである。また、地域にうずもれている緑、水辺、歴史的文化的資産等の素材を工夫し保存しながら街づくりをしていくという、伝統的な街づくりの中にも心の安らぎを見出しうる。したがって今後より一層社会資本の整備に努め、その際良い街づくりを進めていくため周辺住民の生活の質、環境の質に配慮しながら生活環境の快適性を高めようという配慮が必要であろう。すなわち生活環境の中に過去、現在、未来という時間的要素を持込み、いわば新しいふるさとたりうる住環境を考えていくということである。
 既に全国の各地で、快適環境づくりが進められている。ここでは2つの事例をとりあげてみよう。
 一つは、島根県松江市の堀川の保存、浄化、修景の動きである。これは美しい街並み、静けさなどとともに、緑や水辺など身近な自然とのふれあいを求め、いわば水と緑を復権し、住みよいふるさとづくりを行っている例といえよう。
 松江城を取り囲むように北堀川、四十間堀川等数本の河川からなる堀川は、かつては水路として活用されてきた。しかし、水路としての機能を失い、また汚水の流入、ゴミの投棄などのため堀川はドブ川と化し、また、石垣等河岸の崩壊も進んだ。城下町の景観を形成する重要な要素である堀は、道路拡張や汚水の流入により損なわれた例が多いが、松江市の堀川もその例外ではなかった。
 これに対し、島根県は川底にたまったヘドロの除去を行い、水深を掘下げ、下水道の整備も進めている。同時に市民が堀川は宍道湖とともに水の都の象徴であり、生活環境の上からも大切な都市空間を形成しているということを再確認し始めている。堀川をよみがえらせるため、市民団体は福岡県柳川市の水郷回復など先進事例を学習しつつ、堀川について?河岸の石段の修復、?堀沿いに散策路を整備、?石垣、水面、武家屋敷、樹木等で構成される景観の保全、?水面から両岸の景観を楽しむため舟路としての堀川の活用等を内容とする保存修景計画を策定している。また、実際の行動も活発化しており、堀川の清掃活動を定期的に行うほか、稚鯉の放流等を行っている。
 もう一つの例として長野県の中仙道妻籠宿の保存についてみてみよう。
 昔は、中仙道の一宿場として、また飯田への交通路として栄えた妻籠宿も中央西線、国道19号線が木曽川沿いにつくられ、宿場としての機能をほとんど失った。その後は、わずかな田畑の耕作と山仕事が住民の生活をようやく支えるにすぎなかった。若者は他の町へ移住し過疎地帯となった。
 一方、馬籠では藤村記念館が建てられ訪れる人が増え、妻籠でもその影響を受け、妻籠宿を保存するため次のような考えの下に運動が進められた。
 古い宿場だから保存せよ、ということだけでは住民の同意を受けることは難かしい。現状を悪化させないだけの凍結保存では、その地域住民の生活向上に結びつかず、博物館的な保存となる。このため、生活向上にも役立つ保存を目指し、観光に役立てることとした。また、手当り次第に復元してしまい、後世、更に理想的な保存を行おうとしたとき、そのことが障害とならないよう保存の基本方針が定められた。それは、?観光を目的とするがあくまでも歴史的景観の保存を第一義とする。?地元住民の生活向上を十分考慮する等であった。
 以上は快適環境づくりの一例にすぎない。そのほか例えば、近代的な都市景観を意識しつつ快適環境づくりを行っている兵庫県の北摂ニュータウンなどもみられる。
 快適環境づくりの推進に当たってはそれぞれの地域の自然的、経済・社会的特性を生かすことであり、また、その共通の目標に向って、地域住民の中から盛上ってくる熱意とコンセンサスを基盤としてこれを進めることが決め手となろう。
 このような快適環境づくりを推進する場合の国の役割を考えてみよう。ヨーロッパでは早くから都市づくりにおいて快適さへの配慮がなされてきた。イギリスでは、アメニティと称し、生活の中にも行政の面にも深く浸透している。19世紀からナショナル・トラストなど民間の組織により建築物や自然の景勝地の保全が図られる一方、国としてもアメニティを確保しつつ都市計画を進めることを目的とした「都市農村計画法」等法制度面での整備を進めてきた。
 我が国では、欧米と比べ生活関連社会資本の整備が遅れている。このため、今後もその整備に努めていく必要があるが、その際、生活環境の快適さを加味しつつ、街づくりを行うという視点が必要である。
 現に、そのような法律制度、予算措置等としては、例えば町並み保存、都市計画、緑地保全等の制度、措置等が整備されてきている。町並み保存のための制度を例にとってみると、?地域整備のための「都市計画法」に基づく地区計画制度、「文化財保護法」に基づく伝統的建造物群保存地区制度等、?風致、美観保全のための風致地区制度、美観地区制度等、?建築協定、緑化協定等の制度等が設けられている。
 地方公共団体や地域住民は自主的にあるいは、これらの制度等を活用しつつ快適環境づくりを行っている。今後も、国は、そのような地方公共団体や地域住民の活動を支援し、補完していくことが必要である。具体的には快適環境に関する各種の情報提供、快適環境づくりの手法の準備等であり、これらによって、全国的に快適環境づくりを展開していくことが期待される。

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