2 研究活動の充実
本研究所における研究活動は、大型実験施設の整備及び研究者の増員により、また、所外の研究者の協力のもとに年毎に活発化してきている。研究内容は社会ニーズに対応した目的指向型の研究に重点を置いているが、一方、環境研究分野は複雑な要因がからみ合った困難な問題を抱えており、いまだその研究の基礎が確立されていないものが多いため、基礎的な研究分野をも重視して進めている。
(1) 特別研究
特別研究については、テーマ毎に所内の関連する各部が協力し、所害の研究者の参加も得て進めており、また、大型施設を利用した実験研究と野外の実地調査とを組み合わせることにより総合的なプロジェクトとし、数年を一区切りとして計画的に実施している。
55年度では、前年度以前より継続分の6課題に加えて新たに4課題の研究に着手して合計10課題を実施し、前年度より2課題の増加となった。なおこのうち、55年度で研究を終了したものは1課題である。
? 55年度で終了した研究
「有機廃棄物、合成有機化合物、重金属等の土壌生態系に及ぼす影響と浄化に関する研究」(53〜55年度ペドトロン関連、水質土壌環境部及び生物環境部担当)
この課題では、ペドトロン及び実験ほ場のライシメーター等を利用して、土壌、土壌生態系、植物等における合成有機化合物、重金属等の移行、吸収、分解、集積等の機構についての研究、下水汚泥が土壌生態系、植物生育及び地下水質に与える影響についての研究等を行った。
この研究により、下水汚泥を土壌に施用することにより土壌中の微生物が富化されること、下水汚泥中に含まれるカルシウム、マグネシウム及び汚泥から生じた硝酸態窒素が年間1mの速さで地下に浸透してゆくこと等が明らかになった。
? 前年度以前から引続き実施中の特別研究
ア 「大気汚染物質の単一及び複合汚染の主体に対する影響に関する実験的研究」(52〜56年度ズートロン?関連、環境生理部及び技術部担当)
この課題では、ズートロン?におけるガス暴露チャンバーを用いて、NO2等を各種動物に暴露すること等により、大気汚染物質が生態に及ぼす影響について研究を行っている。
現在までに、NO2長期暴路のラットに及ぼす影響に関する実験を部分的に終えているが、引続き実施している実験結果と合わせて総合的に解析、評価を行うこととしている。
また、O3単一暴露実験をすでに開始しており、今後は、NO2とO3の複合暴露による生体影響の比較検討を病理、免疫、生理、生化学等各分野を網羅して系統的、総合的に解析する予定である。
イ 「臨海地域の気象特性と大気拡散現象の研究」(53〜56年度風洞関連、大気環境部、計測技術部及び技術部担当)
この課題では、大型風洞を利用した地表と海面の温度成層状態及び風速等の各条件と大気汚染物質の拡散との関係の研究、内陸部の地形および気象条件と大気拡散との関係の研究を行い、更に臨海地域の気象及び大気汚染の物理的な予測モデルを開発しようとするものである。現在までに、風洞を用いたシミュレーション手法により臨海地域の気象と大気汚染との基本的な関係もほぼ解明し、比較的単純な地形での野外調査データの収集を終了しており、今後は複雑な地形での野外調査を行い、複雑な地形等の条件下における予測モデル開発を目指している。
ウ 「複合大気汚染環境の植物影響に関する研究」(54〜56年度ファイトトロン?関連、生物環境部及び技術部担当)
この課題では、53年度に終了した特別研究の成果を踏まえつつ、これまでの研究が、NO2などの単一汚染ガス暴露が中心であったのに対して、複合汚染に焦点を当てようとするものである。ファイトトロン?において、光、温度、湿度、土壌要因等を種々に設定した環境条件下でNO2、SO2、O3、炭化水素等の混合ガスを各種植物に暴露して複合大気汚染ガスが植物の生理機能及び生長に与える影響を研究し、野外における複合大気汚染環境評価のための植物指標の開発及び複合大気汚染に対する植物群落の環境保全機能を検討しようとするものである。
現在までに、植物の光合成、生長及びガス吸収能に及ぼすSO2、NO2、O3等による混合ガスの影響を検討するとともに、植物体内の各種酵素活性、光合成電子伝達系への影響については、室内実験により相乗作用があることを確認した。今後は、混合ガスの植物影響を非破壊で評価する画像解析の開発を目指している。
エ 「環境中の有害物質による人の慢性影響に関する基礎的研究」(54〜56年度環境保健部担当)
この課題では、実際に種々の環境条件下において生活している人間集団について、大気汚染と呼吸器疾患との関係、重金属の摂取量と健康との関係環境中の有害物質の母―児移行等を疫学的に調査し、環境中の有害物質が人体に及ぼす慢性的影響について研究するものである。
現在までに、大気汚染地域、重金属汚染地域等の住民等について、呼吸機能等の調査、血液等の試料の収集、分析等を進めており、今後は、引き続きこれらの調査、収集、分析等を続け、データの集積を図るとともに、データの解析及びとりまとめを行う予定である。
オ 「海域における富栄養化と赤潮の発生機構に関する研究」(54〜56年度アクアトロン?、?関連、総合解析部、水質土壌環境部、生物環境部及び環境保健部担当)
この課題は、海水用マイクロコズムを用い、分離、培養された赤潮藻類の増殖、集積、消滅過程を栄養塩、光、温度、塩分、乱流混合の度合等、物理的、化学的条件を種々に変えてシミュレーションを行い、赤潮発生機構を解明する研究、赤潮発生海域特性を数値モデル等により解析する研究、海水等のサンプルについて赤潮潜在能力の測定法を確定するための研究、赤潮海域におけるデータの採取を最適に行う方法を実験計画的手法により確立するための研究等を行い、赤潮現象の解明を目指して、総合的な体制のもとに取り組もうとするものである。
現在までに、海水用マイクロコズム内に赤潮を無菌的に発生させることに成功し、物理的、化学的条件と赤潮発生との関連を実験的に解析する手法を確立した。
? 55年度に着手した特別研究
ア 「炭化水素―窒素酸化物―硫黄酸化物系化学反応の研究」(55〜57年度、スモッグチャンバー及びエアロゾルチャンバー関連、大気環境部担当)
この課題では、55年度に終了した特別研究の成果を踏まえつつ、これまでの研究が炭化水素と窒素酸化物の光化学反応を中心としていたのに対して、複合した光化学反応に焦点を当てようとするものである。窒素酸化物、硫黄酸化物と各種炭化水素が共存する複合大気汚染ガス系における光化学反応性、光化学反応生成物の解析、光化学反応機構の解明を行い、これをもとに計算機シミュレーションのための化学反応モデルを開発する。次にエアロゾルについても、その生成機構を明らかにするためエアロゾルチャンバーを用いて基礎的な実験を行うものである。
イ 「陸水域の富栄養化防止に関する総合研究」(55〜57年度、アクアトン?,?関連、総合解析部、計測技術部、水質土壌環境部、生物環境部、環境情報部及び技術部担当)
この課題では、55年度で終了した特別研究の成果を踏えつつ、これまでの研究が富栄養化のメカニズムの解明を中心としていたのに対して、富栄養化防止に焦点を当てようとするものである。隔離水界等より進んだ野外実験により排水規制等の富栄養化防止対策の効果に関する研究を行い、簡易な栄養塩除去方法等排水処理方法について研究するとともに、湖環境モデルに新たに社会、経済モデルを付け加えて、防止施策の総合評価モデルを作成しようとするものである。
ウ 「環境汚染の遠隔計測、評価手法の開発に関する研究」(55〜56年度、レーザーレーダー関連、総合解析部、環境情報部、計測技術部及び大気環境部担当)
この課題は、環境の質に関する情報を広域的・空間的に把握するため、レーザーレーダーを用いて大気汚染に係る計測手法の開発研究を行うとともに、人工衛星及び航空機からの映像データによる陸域、海域汚染情報の定量化に関する研究を行うものである。
エ 「環境試料による汚染の長期的モニタリング手法に関する研究」(55〜57年度、計測技術部及び生物環境部担当)
この課題では、長期的、広域的かつ低濃度レベルの汚染問題に対応するため、環境の変化を監視するためのモニタリング手法、未確認汚染物質の検索及び高感度分析法の開発に関する研究を行うものである。
(2) 経常研究
経常研究としては、環境悪化が人の健康及び生活環境に与える影響、環境汚染現象及び機構の解明、環境汚染の計測技術及び計測方法の開発、環境に関する知見を活用した総合解析等を行うもので本研究所の各部においてそれぞれの担当分野に関する基礎的な面を中心として研究を行っている。
55年度においては、119課題(原子力利用研究3課題含む)について研究を実施した。
(3) 環境情報業務
環境情報業務としては、我が国の環境、特に大気及び水質の汚染状況の変化を評価するシステムの確立を目指して環境情報の整備を電子計算機を用いて進めている。大気汚染データについては、大気保全局による大気汚染状況集計結果、大気測定局属性情報、地方自治体の測定による1時間ごとの大気汚染質濃度並びにオキシダント緊急時発令状況、光化学スモッグ警報発令状況及び被害届出状況等を磁気テープに記録するとともに、そのデータによる大気環境評価システムを開発中である。水質汚濁データについては、全国公共用水域の水質測定結果及び河川流量を磁気テープに記録し、水質保全局の協力を得て、水質評価のための総合システムを開発中である。
また、国連環境計画(UNEP)の国際環境情報源紹介システム(INFOTERRA)の我が国におけるフォーカルポイントとして、国内の情報源の同システムへの登録業務及び国内外関係機関に対する同システムを通じる情報源紹介業務を行った。とくに55年度においては、同システム発足以来最初の我が国における全登録情報源の更新を行い、また、情報源検索のオンライン化を実現した。なお、55年8月には大連で開かれたアジア太平洋地域INFOTERRA管理会議に参加し、地域内諸国との同システムを通じる国際協力を引き続き進めている。