1 交通公害対策に係る主要経緯
(1) 交通公害問題の顕在化
明治、大正の近代日本の歩みの中に、その萌芽をみせた交通機関の発達は、戦後の我が国の経済復興とそれに続く高度経済成長の時期を通じて、きわめて急速な進展を遂げた。昭和36年には国内航空路線にジェット旅客機が就航し、39年には東海道新幹線鉄道が開通し、更に44年には東名・名神高速道路が全通するなど、主要幹線交通路が続々と整備されていった。
このような交通機関の高度かつ多様な発展は、多くの社会的効用をもたらした反面、我が国のような過密社会でしかも不十分な住居環境のなかで急速になされたことにより、各地で交通公害問題を惹起するに至っている。しかも、公害防止の観点からの適正な土地利用が必ずしも十分でないままに人口が急速に都市部に集中し、そこに各種の交通路線が錯綜したことが、交通公害問題の解決を一層困難にしている。特に、阪神の一般国道43号線沿道、岡崎市内の一般国道1号線沿道、更に東京の環状7号線沿道の騒音、振動、大気汚染、大阪国際空港周辺の航空機騒音、新幹線鉄道沿線の騒音、振動などは、その顕著な事例である。
(2) 交通公害対策の主要経過
経済社会の発展とともに公害が量的、質的に拡大し激化し、複雑化してきた状況を踏まえて、42年に「公害対策基本法」が制定され、政府の総合的な公害対策が踏み出された。
今日まで、交通公害問題に対処するため、以下に概観するように交通機関別にそれぞれ所要の施策が講じられてきている。
? 自動車交通公害対策
自動車排出ガス、自動車騒音を含む大気汚染及び騒音に関する諸施策を推進する上での行政上の目標として、公害対策基本法第9条の規定に基づき、45年に「一酸化炭素に係る環境基準」が、46年に「騒音に係る環境基準」が、48年には二酸化窒素、光化学オキシダント等について「大気の汚染にかかわる環境基準」が定められた。
また、43年には、自動車排出ガス対策を盛り込んだ大気汚染の防止のための「大気汚染防止法」が制定された。自動車の排出ガス規制については、41年の一酸化炭素に対する濃度規制に始まり、その後ブロ―バイガス、燃料蒸発ガス、ディ―ゼル黒煙に対する規制を加えて逐次強化されたが、ガソリン車については、48年から、ディーゼル車については49年から、一酸化炭素、炭化水素及び窒素酸化物を規制する本格的な3物質規制が始められた。その後逐次規制が強化され、乗用車については53年度規制が、トラック等については54年規制が実施されており、更に、軽量・中量ガソリン車についての56年規制が54年8月に。重量ガソリン車、軽貨物車及び副室ディーゼル車についての57年規制が55年9月に、それぞれ告示されている。
また、同じく43年に「騒音規制法」が制定されたが、45年には同法の改正が行われ、自動車騒音の大きさの許容限度が同法の規定に基づいて設定されることとなった。これに伴い、46年に自動車騒音の大きさの許容限度が、従来から規制されていた定常走行騒音及び排気騒音に加えて、自動車が市街地を走行する際に発生する最大の騒音である加速走行騒音について設定された。その後51、52年には、加速走行騒音について、特に環境騒音に与える影響の大きい大型車及び大排気量の二輪車などに重点を置いて規制の強化が行われ、更に、54年に規制が強化されたほか、乗用車については57年規制が55年9月に告示されている。また、45年には、「道路交通法」の改正も行われ、交通公害の防止を図るための交通の規制に関する規定が設けられた。
その後、51年には「振動規制法」が制定され、道路交通振動に係わる要請の措置を定めること等の規定が設けられるなど関連法規の整備がなされてきている。
また、関係省庁において、交通流・量の管理、道路構造の改善及び沿道環境の整備等それぞれ所要の対策が進められている。特に、55年度においては、道路交通騒音の著しい幹線道路の周辺について、道路交通騒音により生ずる障害を防止し、あわせて適正かつ合理的な土地利用を図るため、「幹線道路の沿道の整備に関する法律」が55年5月に交付され、同年10月から施行された。
? 航空機騒音対策
航空機騒音問題に対処するため、48年に定められた「航空機騒音に係わる環境基準」の目標の達成に向けて、発生源対策、空港周辺対策等が実施されている。
公共用飛行場における騒音対策としては、42年に「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律」が制定され、同法に基づき、学校等の防音工事等を実施してきたが、49年には更に騒音対策の拡充を図るため、同法の改正を行い、民家防音工事の助成、空港周辺整備計画の策定等を行っている。また、50年10月には「航空法」の一部改正により「騒音基準適合証明」が制度化し、ジェット機については原則としてその騒音が一定の基準以下でなければ飛行を禁止している。更に、空港周辺における住宅等の建築制限を含む土地利用制度を確立するため、53年に「特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法」が制定された。なお、自衛隊等の航空機騒音についても、「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」等により対策が推進されている。
? 新幹線鉄道騒音・振動対策
新幹線鉄道騒音に対処するため、50年に「新幹線鉄道騒音に係る環境基準」が定められた。
「新幹線鉄道騒音対策要網」が閣議了解されており、振動対策と併せて対策が推進されている。
(3) 交通公害防止に関するユニ―クな対策の事例
全国一律的な交通公害対策に加え、各地域における交通公害問題の解決に資するため、地域の自然的・社会的特性等を踏まえたユニ―クな対策も進められてきている。これらのユニ―クな対策には、交通の安全の確保等を目的とし、間接的に交通公害の防止に役立つものも含まれるが、そのうちいくつかの事例の概要を次に述べる。
? 新秋田空港の建設
秋田県は、新秋田空港の建設(49年工事着手、56年完成予定、飛行場用地150ha)に際し、空港周辺の概ね600haを空港公園として整備し、環境の保全を図るとともに、環境緩和の機能を持たせることとしている。
? 山形市の大型貨物車市街地乗入規制
山形県公安委員会は、安全かつ快適な市民生活の保持、生活環境汚染の防止等を目的として、49年10月15日から旧山形市内のほぼ全域(特定の道路を除く。)において、大型車(大型貨物自動車、大型特殊自動車)の通行禁止規制を実施している。なお、規制区域内を通行することがやむを得ない大型車については通行許可を行っている。
? 東京都心における大型貨物車等の土曜夜の通行止め
東京都公安委員会は、「週末の夜を静かな東京に」をキャッチフレ―ズに、53年9月から環状7号線以内等の都心部において、大型貨物車等の土曜夜(土曜日の22時〜日曜日の7時)の通行禁止規制を実施している。
? 神戸市の自動車公害防止条例
神戸市は、51年4月制定の自動車公害防止条例に基づき、特定建築物(沿道保全区域における譲渡もしくは賃貸を目的とする長屋又は共同住宅)の建築主に対する防音構造等の義務づけ、住宅の防音設備の設置資金の融資等を行っている。
? 広島県における「自動車税の特例に関する条例」による低公害車への転換促進策
広島県は、交通安全施設整備事業及び環境保全対策の推進に必要な経費に充てる財源の確保並びに低公害車への転換促進に資するため、「自動車税の特例に関する条例」を定め、50年度から施行しており、この措置は、55年3月の条例改正により57年度まで継続されることとなった。
特例措置は、ア 自動車税の税率を原則として標準税率の110/100倍(1割増し)とする。
イ ただし、当該年度排出ガス規制適合車、被けん引車、一般乗合用バス及び営業用トラックについては、標準税率のとおり。
次期排出ガス規制適合車及び電気自動車については、標準税率の50/100とする。
特定措置による増収は、50〜54年度(実績)55億3、400万円で、交通安全施設、環境センタ―等の整備費の一部に充てられた。
? 長崎空港の建設
長崎空港は、世界初の本格的海上空港(50年5月1日供用開始)である。陸岸から約1km離れた海上にあり、緩衝地帯といえる33、000haの大村湾を周辺に有し、航空機騒音の影響が極めて少ない空港配置となっている。