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第3節 

1 化学物質の安全性に関する施策の推進

(1) 昭和48年10月に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(以下「化学物質審査規制法」という。)が制定され(49年4月施行)、新規の化学物質について、自然的作用により化学的変化を生じにくく、生物の体内に蓄積されやすく、かつ、継続的に摂取される場合には人の健康をそこなうおそれがあるかどうかを、その製造又は輸入前に審査を行うとともに(新規化学物質の事前審査)、それらの性状をすべて有する化学物質(特定化学物質)の製造・輸入、使用等の規制を行っている。(第1-3-1図)
 新規化学物質の届出は、厚生大臣及び通商産業大臣に対して行われ、55年末までに1、182件の届出があり、707物質が特定化学物質には該当しないものとして公示され、製造及び輸入が認められている。
 一方、既存化学物質の安全性の確認については、通商産業省において化学物質の微生物分解度、魚介類濃縮度を、厚生省においては毒性を、また、環境庁においては環境中における化学物質の存在状況について調査・点検を進めている。


(2) 厚生省においては、既存化学物質の安全性を点検するため順次、化学物質の毒性試験を実施している。
 通商産業省においても、同様の必要性から微生物分解度及び魚介類濃縮度の試験を実施している。これまで、PCB代替品、PCB構造類似物、生産量又は輸入量が多い物質、構造面から見て安全性を確かめる必要がある物質等を中心として、(財団法人)化学品検査協会に事前補助を行い、分解度及び濃縮度の試験を実施している。49年度以来点検を行っており、55年度12月末現在、約340物質が分解性良好又は濃縮製が低いと判断されており、こうした点検作業の周知徹底の措置が講じられている。
 更に、これらの既存化学物質の点検を迅速かつ有効に進めるため、嫌気性微生物による分解度試験法、揮発性物質等の分析法及び非水溶性物質の魚介類濃縮試験法の開発等を継続的に進めている。55年度には、前年度に引き続きガス状化学物質の光分解度並びに難水溶化学物質及び高分子化合物の濃縮度について試験法等の確立を目指して検討を加えた。
 更に、通商産業省においては、現在までに得られた化学物質の安全性デ―タを新規化学物質の審査及び既存化学物質の総点検に有効に利用できるシステムを開発することになっており、55年度はモデルシステムの開発に着目した。
 その他、OECDにおける化学品規制の調整作業に積極的に対応し、国内の化学物質安全確保に資するために、OECD理事会において、採択される予定の化学物質の安全性に関する新たな試験法について現行試験法との比較試験を実施し、その評価作業を行っている。
(3) 環境庁においては、49年度以来、PCBのようにすでに問題の指摘された化学物質について、環境中のレベルを調査してきたが、数万といわれる既存の化学物質を効率的、体系的に調査し、その環境における安全性を評価することが必要であるため、51年度からその体系づくりを進め、54年度からは化学物質の環境安全性の点検を新たな体系(化学物質環境安全性総点検体系)により開始した。
 この体系(第1-3-2図を参照)においては、次のような3つの大きなステップを踏んで点検が行われる。すなわち、第1番目のステップでは、環境残留性が高いと予想される化学物質を抽出する(年間50物質程度)、第2番目のステップでは、これらの物質について環境汚染の実態調査を行い残留性化学物質を抽出する(年間2〜3物質程度)。第3番目のステップでは、残留性化学物質に対して生態影響テストを行うとともに、生物モニタリングを行う。
 55年度には、この化学物質環境安全性総点検体系に基づき、以下のとおり各種の調査研究を実施し、その成果を現在とりまとめ中である。
? ステップの1としては、ア.スクリ―ニングテストの改良、イ.GC―MS(ガスクロマトグラフ―質量分析計)による検索・同定技術の調査研究を実施した。
? ステップの2としては、ア.49物質(初めての調査分)に対する一般環境調査、イ.環境残留性の疑われる5物質に対する精密環境調査、ウ.ハロカーボン類の15物質に対する大気調査を実施した。
? ステップの3としては、ア.ミジンコウキクサ等の植物及びミジンコ等の水生生物を使用した生態影響テスト手法の研究を行い、イ.北海道沖、東京湾等の定点でのシロザケ、ススキ等を対象とした生物モニタリングを実施した。
 また、55年度には、その他にも、化学物質の情報の収集・整備及び大気中物資の検索のための吸着材特性の調査研究を進めた。


(4) 化学物質対策の国際的動向
 化学物質による環境汚染の問題に対処するため、製造・輸入又は市場化前に、化学物質の安全性を評価するための法律が、我が国のみならず、スイス、スウェ―デン、カナダ、アメリカ、ノ―ルウェ―、フランス、デンマ―ク、西ドイツ等で整備されており、更に、フランス、西ドイツ以外のEC諸国も、56年9月までに、EECの指令(危険物質の分類、包装、表示に関する加盟国の法律の近似化に係る指令67/548/EECの第6次修正)に従い、化学物質の安全性を市場化前に評価するための届出を義務づける国内法を整備することとなっている。
 このような各国の動きを背景として、各国における化学物質の安全性を評価するための基礎となる試験手法の内容及びデ―タの質の相違が化学品貿易上の非関税障壁となることを防止する必要性及び各国における試験の重複実施による非効率性を避ける必要が生じてきた。
 更に、数万点以上といわれる化学物質に対する安全性の点検は一国ではなし得ないほど膨大の時間と費用を要するという問題がある。経済協力開発機構(OECD)、世界保健機構(WHO)、国連環境計画(UNEP)等の国際機関は、これらの問題を解決するために、次のように種々の活発な活動を主宰するようになった。
 OECDは52年7月の「化学物質の人及び環境に対する影響を予測する手続及び必要事項に関するガイドライン」についての勧告を採択し、同勧告に伴う具体的活動として、53年から化学品テストプログラムの下で、ステップシステム(評価項目及び評価手法)に関するグル―プ等6専門化グル―プが設置された。これらのグル―プにおいては、分解性・蓄積性、物理化学性状、短期・長期毒性及び生態毒性に関する化学物質の試験手法等の検討が行われ、我が国の専門化もこの検討に参加し、特に分解性・蓄積性グル―プ及び物理化学性状グル―プでは、関係諸機関の協力により、多国間の試験研究機関による各種試験手法の相互比較作業にも積極的に参加した。
 さらに、我が国は分解性・蓄積性グループにおいては、西ドイツとともにリードカントリーを務めるとともに、55年4月には物理化学性状グループ及び分解性・蓄積性のグループの、55年10月には短期・長期毒性グル―プの東京会合をそれぞれ開催した。こうした化学品テストプログラムの成果を、国際的にいかなる形で活用するかについては、既に、昭和55年5月の化学品に関するハイレベル会合において基本的合意が成立しているが、化学物質を新らたに市場に流通される前に備えるべき最低の安全性デ―タ(MPD)及び、所定の試験方法で実施された安全性デ―タの各国間での相互受理の原則等については、OECD加盟国間でどのように遵守していくかの検討がなされている。 
 この他、OECDでは、試験デ―タの質の確保及び加盟国間の相互受理等を行う上での技術的事項を検討するために、参加国の特別拠出金による「化学品規制特別プログラム」及び評価手法の検討を目的とした「ハザ―ドアセスメントプロジェクト」が実施されており我が国の専門家も、これらの検討に参加している。
 WHOでは、水銀、PCB、窒素酸化物等の化学物質が人の健康に及ぼす影響を、総合的に評価して、この内容を環境保健クライテリアとして公表してきた。この事業は、当初WHOの事務局が評価原案の作成を外部の専門家に委託する方式で行われたため、その結果はわずかしか得られなかった。
 このため、53年のWHO総会決議に基づき、次の目的を達成するために、各国の主な研究機関の有機的な協力による国際化学物質安全性計画(InternationalProgramme on Chemical Safety、IPCSと略す。)が55年から開始された。
? 既存の公表文献を収集・検討し、化学物質が人の健康に及ぼす影響を評価すること
? 化学物質の安全性評価のための確立及び改善を行うこと
? 化学物質災害対策を推進するための国際協力を実施すること
? ?〜?を行うための人材の養成、訓練を推進すること
 評価の対象とされる化学物質の範囲は、家庭用化学物質、大気・水・食品中の汚染物質、化粧品、食品添加物、天然毒物、工業薬品及び農薬等とされており、医薬品は除外されている。
 本計画には、我が国の専門家が初期の段階から検討に参加してきたが、55年、5月から国立衛生試験所が環境保健クライテアリ案をとりまとめ、専門家会合を開催する我が国のリ―ド期間(LeadInstitution)としてとしての活動を開始した。
 また、本計画の骨子について専門的意見を述べる計画諮問委員会(Programme AdvisoryCommittee)には我が国からも専門家が参加した。
 なお、本計画は、当初WHOのみを中心として進められていたが、55年中には、UNEP及び国際労働機関(ILO)が参加することとなった。
 またUNEPにおいては、?化学物質の人及び環境への影響に関する既存の情報を国際的に収集、蓄積する、?化学物質の各国の規制に係る諸情報を提供する等の目的で、国際有害化学物質登録制度(IRRTC)が実施されている。IRPTCはUNEPの世界環境モニタリングシステムの一部を担っており、実施センタ―をジュネ―ブに置き、56年2月現在90カ国に98ヵ所のナショナルコレスポンデント(NC)を設置し、情報の収集・蓄積及び提供活動を行っており、我が国においては、54年4月から国立衛生試験所がNCとなっている。
 情報の収集、蓄積活動の主な成果はデ―タプロファイルであり、これまでに「地中海環境汚染の評価のための化学物質デ―タプロファイル」等数種のデ―タプロファイルが刊行されている。このうち「選ばれた化学物質の法規制デ―タプロファイル」には、我が国をはじめ8カ国及び4種の国際機関の化学物質の法規制又は勧告に関する情報が収録されており、我が国の既収録情報については、国立衛生試験所において見直し作業が進められている。
 情報提供活動の主たるものは、質問・回答サ―ビスとIRRTC Bulletinの発行であり、質問・回答サ―ビスについては、54年4月以降1ヶ月に約1回の照会が我が国に対してIRRTCからあり、その内容により関係省庁の協力も得てNCがまとめて回答を行っている。
 なお、IRPTCには、運用のあり方と情報の取り扱い方について検討し助言を与えるための科学諮問委員会(SAC)が設置されており、その第5回会合が56年2月にジュネ―ブで開かれ、我が国からも専門家がこれに参加し、質問・回答サ―ビスの様式の作成、NC活動の推進及びIPCSとの関連等が討議された。
 以上述べた多国間協力に加え、二国間協力活動も次第に拡大する傾向にある。日米環境保全協力協定に基づき米国との間には「有害物質の識別と規制パネル」が設置されており、51年以降専門家会合が開催され、情報交換が行われている。

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