5 海岸の現状とその利用
我が国は、四面を海に囲まれた島国であり、しかも山がちであるため、古来人々は多く海辺に居住し、海と密接な結びつきを持って生活してきた。我が国の海岸は、自然の恵みを生かして漁労など各種の食糧採取生活を行うとともに、人々が海に親しみ、他方で高潮、浸食から生命、財産を守り、また、各種の産業を通じて港湾、道路、工場立地などに使われてきている。この結果として、今日、海岸は様々な程度の人為が加えられるに至っているが、都市化が進行する中で自然との触れ合いを求める人々の強いニ―ズを考える時、海岸における自然と人為のバランスは身近かな自然との触れ合いの上で極めて重要な問題となってきている。
この人と海のかかわり合いが現在どのようなものとなっているかを53、54両年度にわたって実施した海岸調査の結果から見ることにする。
海岸調査では、海岸(汀線とその近傍)を工作物の設置状況から?海岸(汀線)に工作物が存在しない海岸を自然海岸、?潮間帯(高潮海岸線と低潮海岸線の間)には工作物がないが、後背海岸(潮間帯の背後にあり、波の影響を直接受ける陸地)には工作物が存在する海岸を半自然海岸、?潮間帯に工作物が設置されている海岸を人工海岸、と3つに区分し、それぞれの区分ごとの海岸の延長、形状、立入可能性及び人々の利用状況を調査している。なお、利用状況については、海岸とその地先における漁業やレクリエ―ション活動のための利用を散策、海水浴、潮干狩、魚釣、採集、網魚、養殖漁業の7つの利用形態に分けて調査している(第1-2-3図)。
第1-2-4図に見るように我が国の海岸の総延長は3万2,170kmであり、島しょを除く本土四島(北海道、本州、四国、九州)では1万8,668kmとなっている。海辺に多くの人が住み、産業が営まれている我が国では、海岸に様々な人為が加わっている。本土四島について見れば人工海岸は6,367kmで本土四島の海岸総延長の34.1%であり半自然海岸は2,905kmで同じく15.6%、自然海岸は9,156kmで同じく49.1%となっている。
海岸の人工化は、人口、産業の集中した大都市圏を後背地に持つ海岸において著しく、東京湾では、三浦半島の剣崎から房総半島の州崎に至る755kmの海岸のうち85.8%が人工海岸であり、自然海岸はわずか10.9%にすぎない。
また、これら本土四島の海岸において、人が波打ち際まで自由に到達することができるのか否かの立入可能性を調査した上で、できない場合はどのような理由によるかを調査した。立入可能な海岸は、海岸全体の68%に当たる1万2,713kmで、自然海岸、半自然海岸、人工海岸の区分で見ると、自然海岸では42%、半自然海岸では92%、人工海岸では32%と、半自然海岸では、立入可能な海岸が広く、自然海岸、人工海岸ではかなりの割合の海岸が立入不可能となっている。自然海岸では海蝕崖等が多く地形的に立入りができない海岸が多く(立入り不可能な海岸の8割を占めている)なっているのに対し、人工海岸では工場等の存在により人為的に立入りができない海岸が多い(立入り不可能な海岸の8割を占めている)ことが特徴である。なお、東京湾では、全海岸の58%に当たる441kmの海岸が人為的要因により立入りができない海岸であった(第1-2-5図)。
古来多くの人々は自然条件が穏やかで居住地に近い内湾などを中心に、海水浴、潮干狩り、魚釣り、散策などを通じて海と親しんできているが、今日、このような身近かな海岸は同時にその後背地で人口と産業の集中が進み、東京湾の例にみるように人工化が顕著な海岸となっている。海岸の人工化が進んでいる中で、現在、我々の海岸利用がどのようなものになっているか立入可能な海岸について見てみよう。
首都圏の膨大な人口をかかえしかも立入可能な海岸が少くなっている東京湾においては、立入可能な海岸はあますところなく利用されている観があり、地形や水質の影響を受けやすい海水浴や潮干狩りの利用は自然海岸と半自然海岸のそれぞれ40%と70%に留まっているが、散策や魚釣りでは、自然海岸、半自然海岸の90%以上、人工海岸でも80%が利用されている。
第1-2-6図は、本土四島の全海岸の利用状況を自然海岸、半自然海岸、人工海岸に分けてみたものであるが、自然海岸では魚釣りの利用密度が高いのが目につき、半自然海岸では散策、海水浴、潮干狩りの利用密度が高くなっている。散策、潮干狩り、海水浴などの利用が集中している半自然海岸は、人工海岸と比較すると、身近かな海岸としての大きな役割を持っていることを示している。
一方で、自然条件がかなり劣化している人工海岸においても魚釣り、散策などでかなり高密度な利用が行われていることは、人々の海岸との接触に対する欲求が極めて強いことを物語っており、この点でもより多様な利用の可能性を持つ半自然海岸の身近かな海岸としての役割りは大きいものがあるといえる。半自然海岸は人為が入っているものの、人と海との係りを維持するために最も重要な場である潮間帯が自然のまま残されており、この潮間帯の保全が強く求められているといえよう。