1 原生自然環境
現存する原生自然は、国土が人為により変貌を遂げる以前の姿を我々に伝えるものであり、多くの動植物の棲み家、とりわけ人為の拡大する中で人間との共存の難しい生物にとって唯一の安全な隠れ家となっている。原生自然はもっぱら自然の生態系に従って営まれるシステムで、地球が誕生してから生命体を育んできた大自然の複雑で精妙な働きの一端を我々にかいま見せてくれるかけがえのない存在である。原生自然は、我々の学術研究の努力を通じて、長い将来に渡って我々の生存を左右する貴重な情報を伝えてくれる宝庫である。また、原生自然を構成する多種多様な生物種は、将来の利用可能性を秘めた莫大な数の遺伝子のプ―ルともいえる。
それと同時に原生自然は我々が一つの生命体として自然の生態系の営みに支えられた存在であるという厳粛な事実を我々に思い起こさせ、どのような人工物も与えることのできない自然の営みに対する畏敬の念を呼び覚ましてくれる。
48年度に実施された第1回自然環境保全基礎調査によると、人為のほとんど加わっていない森林や草原(植生自然度9、10)は、全国土の23%弱を占めるという結果が示された。この自然植生地の分布は北海道と東北地方で全体の約80%を占め、近畿以西には全体のわずか7%強しか残存していないことがわかった。
さらに53年度から実施された第2回基礎調査では、伐採はもちろん、山小屋や砂防堰堤も設置されていない一かたまりの流域で1、000ha以上の流域を、原生流域としてその存在を調査した。これによると全国で103ヵ所が摘出されたが地域分布では、北海道に40ヵ所、東北地方に34ヵ所、面積にして両地域で全体の71%を占めている。ちなみに原生流域の総面積は国土の約0.6%にすぎない。このように原生自然は、植生や原生流域で見る限り、北日本に偏在して残存していることが明らかになった。
自然環境保全の基礎的課題の一つとして、できるだけ多様な自然を維持するということが挙げられる。この観点から原生自然の保護の体系は、保護された地域によって日本列島の自然の全体像を描くことが可能なだけの質・量及び配分を考慮したものでなければならない。この意味で原生自然の乏しい西南日本では、断片的に残存する原生自然の価値は極めて高いものであるといえる。
また、動植物を一体として自然の多様性を維持していくという観点からの自然の保護も極めて重要であり、原生自然を中核として、これを含む広い自然環境を保全して行く必要がある。西南日本の照葉樹林や東北日本のブナ林、北海道のエゾマツ、トドマツ林等の森林は、本来当該地域において圧倒的に優占していた植物であり、野生植物の生息地として極めて重要な意味をもっている。クマとブナ林の関係にみられるように、広い森林が存在しなければ安定した個体群を維持できない生物種も多いのである(第1-2-1図)。このことは、比較的大規模に残存している自然を十分な面積にわたって保護することの重要性を示しているといえる。