5 自然環境保全の推進
自然環境の急速な変容と自然に対する人々の認識の深まりを受け、我が国の自然環境保全政策は、1970年代には、従来からの自然公園や野生鳥獣の保護に加え、良好な自然環境を保全するための自然環境保全地域等の保全や生活環境の一部としての身近な自然環境の保全へとその対象を広げ、法制面での整備が進められた。しかし自然環境保全政策の直面する課題はなお多く、80年代にはさらに一層多面的な努力がなされなければならない。
(1) 科学的知見の集積と活用
人と自然とのコミュニケーションの基盤を形成していくため、自然環境の現状とその働きを十分には握していかなければならない。自然環境は多様な要素からなる複雑なシステムであり、今後の解明にまたれる部分が大きい。
経済社会の発展に伴い自然環境は日々変容していくが、この人々の活動が自然にどのような影響を与えているか、自然の生態系のメカニズムにまで迫った分析が必要である。自然への環境を解明することによって、人々は自然の仕組みを理解することができるとともに、自分達が選択した技術文明と環境の係わり合いをよりよく理解し、これに方向性を与えることができるのである。このような考え方の下に自然環境の現状と、生態系のメカニズムに関して、より一層の科学的知見を集積することが必要である。
そのための最も基礎的な手段が「自然環境保全法」に基づいて行われる自然環境保全基礎調査である。48年に全国の植生などについて行われた第1回の調査は、我が国における原生的な自然の現状を明らかにし、これは国、都道府県などで、自然環境保全地域などの選定の基礎資料として活用された。また、53、54年度に行われた第2回調査も今後その集計・分析が進むに従い、自然環境の管理のあり方を示す重要な資料となると考えられる。
このような基礎調査の充実をはじめ、人の手の入っていない生態系の保存の場として指定されている原生自然環境保全地域を対象とした学術研究など、自然環境の働きと現状を明らかにする調査研究の推進が急務である。
(2) 自然環境の適正利用
自然に親しむことは、潤いとゆとりのある生活を営むための重要な要素となってきている。第2章第5節155/sb1.2.5>でみたように、生活水準の向上に伴って人々の自然へ接近しようとする欲求は、量的にも質的にも拡大してきている。このような傾向は急速な都市化と産業化の中で、多くの身近な自然環境が失われてきたことによって、より強いものとなってきている。
このような人々の欲求に応え、自然に親しむための施設などの充実を図るとともに自然環境の利用に伴なう様々な弊害を防止することは、今後ともますます必要になってくると考えられる。
このためには、まず、自然への接近を求める多様な態様に即して、自然の中に歩道、園地、野営場、野鳥観察施設などの整備を進めていくことが不可欠である。現在、国立公園などにおいては、国や地方公共団体による施設の整備が進められており、またこれらの施設の整備の前提となる国立公園の利用動態の調査や公園計画の見直しも行われている。今後ともこのような施策を一層強化・拡充していくことが求められている。
また、人々は自然の仕組みをより深く理解したいと望み、あるいは自然により深く入っていこうとする指向を強めている。
これに対しては、自然の多様な働きを知るための自然との接触の機会、あるいは自然と一体化できるレクリエーションの機会を提供し、その拡大を図るとともに、自然解説や環境教育の充実を図ることが強く望まれている。このような自然とのより深い触れ合いのなかで、人々が、広く人間と環境との係わり合いを考えることは、自然環境の保全に対する理解と協力の出発点であるとともに、広く技術文明と環境との安定したバランスを保っていく基盤となるであろう。
一方で、自然との触れ合いを求める人々の一部地域への集中やごみの投棄、けん騒などの過剰な利用、不適正利用によってもたらされる自然環境への悪影響の防止もすでに問題となっている。これに対する有効な対策を講ずることも重要な課題である。このためには、既に、上高地、立山などいくつかの地域で行われている自動車利用規制にみられるような、過剰な利用に対して歯止めをかける方向や、利用者に適切な情報を提供することによって、一部地域への集中を回避するような利用の誘導も必要となろう。また利用施設の整備に当たっても、自然の保護と自然の利用の適切なバランスが常に考慮されねばならない。
(3) 自然環境保全の拡大と充実
70年代に示された自然環境保全の新たな方向に従って、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域及び都道府県自然環境保全地域の3種の地域の指定が進み、8万ha以上の地域の指定がなされている。しかし、全国レベルあるいは地域レベルで多様な自然の代表例として保全を図るべき地域はなお多く残されており、上述のような指定地域は十分な拡がりを確保している状況にはないので、今後とも地域指定の一層の拡大が必要である。
一方、都市及びその周辺の自然環境の保全の必要性の増大に伴って、「都市緑地保全法」の制定を始めとする都市近郊緑地の保全制度の強化・拡充、市街地の緑の確保を目指した「緑のマスタープラン」の策定作業の開始、あるいは「瀬戸内海環境保全特別措置法」による自然海浜保全地区の制度化などが70年代に推進されてきた。80年代においても、ますます増大すると考えられる都市の生活環境の向上の要請に応えるため、これらの施策の充実に努めるとともに自然公園の中でも、比較的都市の近くにある都道府県立自然公園などの活用と保全のための施策の充実が一層重要な課題となろう。また、干潟をはじめ湖際、河川などの身近な水辺環境の保全回復をどのように図るかも、今後の重要な課題である。
70年代には自然保護制度の強化に伴い、自然公園を含めた自然環境の保全のための指定地域において、各種の行為の規制が強化されてきた。しかし、一方では生活の利便など開発に伴う様々な利益を求める指向が強まるとともに、開発が全国的な広がりをみせてきたことなどもあって、規制を受ける人々の機会利益の損失や自然保護のための費用の地元負担の増加、あるいは鳥獣による農林作物の食害などの問題がこれまで以上に重要となってきている。このような問題に対応するためには、民有地の買上げ制度や税制上の優遇措置などの円滑な実施を図るとともに、利用者にも応分の負担を求め、また、地元の人々の生活の安定や福祉の向上のために必要な施策を総合的に講じていく必要がある。
また、都市化、産業化の進展とともに、その生息環境が失なわれ、あるいは悪化しつつある野生鳥獣の保護対策の一層の充実も重要な課題であり、これら野生鳥獣による農林業被害のための対策との調整を図りつつ、鳥獣保護区の拡大整備やその管理の充実などに努力する必要がある。
更に、鳥獣保護については、近年渡り鳥や絶滅のおそれのある動物などの保護を国際的な協力体制のもとに進める必要性が高まっており、我が国でも現在、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(ラムサール条約)や「絶滅のおそれのある野生動植物の種に国際取引に関する条約」(ワシントン条約)への加入の準備が進められている。
今後においても、国内施策の充実にあわせ、このような自然保護のための国際協力についても、我が国が一層積極的な役割を果していくことが強く求められている。