1 未然防止の推進
汚染が発生してから事後的に対応するのではなく、事前に対応する環境汚染の未然防止の重要性が大きくなってきている。環境汚染が生じてからこれを防止、復元しあるいはそれによる被害を救済する費用は社会全体にとってもあるいは個々の企業にとっても、大きなものがあった。このような費用の増大を避ける上でも環境汚染の未然防止は有効な対応である。
また、未然防止を進めることの必要性は、高度経済成長のもとでの環境問題の顕在化を通じて人々が学んだ貴重な教訓であったといえる。人々は公害のもたらした被害を通じて、環境が人々の生存を支えている存在であることに気付き、環境の使い方には十分な配慮をはかっていかなければならないという認識を深めてきた。このため人々はその共有する財産である環境がどう使われようとしているか強い関心を示すようになってきている。このような人々に関心に応えることのできる環境政策の対応の方向が未然防止の方向でもある。
第2章155/sb1.2>でみてきたように人々と環境との係わり合いは多面的である。農林地域は、食糧、木材などの生産活動を営み、あわせてその活動を通じて、水や土壌を保持し、人々の求める自然とのコミュニケーションを受け入れる緑の空間の提供を行い、都市域を中心とする業務空間、交通・輸送空間では極めて密度の高い経済社会活動が営まれている。これらの環境を使っていくに当たって、水、大気、土壌などの環境に過剰な負荷がかからないようにするため事前のチェックを行い、公害を防止し、自然環境の保全を図っていこうというのが未然防止の方向である。
未然防止のためには、環境への負荷の条件を大きく変えるおそれのある計画の策定や事業の実施に際して、事前に予見的な環境への配慮を組み込んでいけるような政策手法を整えることが必要である。OECDは、これを「予見的環境政策」として、1979年5月加盟各国政府の名において「加盟国政府は、環境面の重要な影響を有する可能性のあるすべての経済的、社会的分野におけるあらゆる決定の早期の段階で、環境的考慮が組入れられることを確保するよう努力する」、あるいは「加盟国政府は、公的及び私的企業並びに個人が自ら行為の環境面の影響を予見し、かつ決定に際して、これを考慮するように仕向けるため、適当かつ可能な場合には経済的及び財政的手段を必要があれば規制手段と組み合せて、採用する」などの内容を盛り込んだ宣言を行っている。
「予見的環境政策」は、計画や事業が実施に移された場合にそれが環境に対しどのような負荷を生み、その負荷がどの程度の環境汚染を発生するか予測して、計画や事業の環境面からの評価を事前にフィード・バックさせて汚染の発生を未然に防止できるような仕組みと評価の方法を環境政策として、確立することを求めたものといえよう。
我が国においては、環境汚染の未然防止の必要性は、早くから認識され、産業公害総合事前調査等様々な試みが行われてきたが、47年6月に閣議了解「各種公共事業に係る環境保全対策について」が行われ、これを契機として環境汚染の未然防止のための環境影響評価が国及び地方公共団体によって広く推進されることとなった。この着実な経験の積み重ねを通じて、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある事業の実施に際して、環境影響評価を行うという考え方が、定着しつつある現状である。そして、今後とも環境保全の観点から事業の適切な実施を図るための環境影響評価の持つ役割はさらに増大して行くこととなろう。
また、環境汚染の未然防止をより有効に進めていくためには、「予見的環境政策」をより一層推進する必要があるが、このため、事業の実施に際して行われてきた環境影響評価の実績を踏まえつつ、これを補完し、可能な限り早期の段階から環境への配慮を組み込んでいくことが重要となってきている。このような方向としては、既に「むつ小川原開発基本計画」のほか、港湾計画、都市計画などにおいて積極的なとり組みがなされているが、今後は、その手法の整備を図ることが求められている。
更に、今日、立地政策、エネルギー政策、都市政策、土地政策など多くの環境保全と関連する政策の推進に当たって、環境への配慮が適切に行われることが必要である。
また、このような「予見的環境政策」を進めていく上で、多様化し高次化する人々の環境の質への欲求に応えていけるようにするためには、地域の環境とそれを取りまく条件を客観的には握できる環境情報と、そこにおいて保全すべき環境質の内容があらかじめ明確になっていることが望まれている。この観点から地域の自然的、社会的条件に関する基礎的な環境情報を体系的に整備するとともに、これらを踏まえて地域環境の望ましいあり方を明らかにするという内容を持つ地域環境管理の推進は、環境汚染の未然防止を図り、より良い環境づくりを進めていく上で重要な課題となるものであろう。
更に、環境汚染の未然防止を図るためには、事業や計画のみならず、新たな生産技術や製品などについても、それが環境に及ぼす影響を予測評価し、可能な限り環境への負荷を低減していく努力が必要である。このことはPCBによる環境汚染やか性ソーダの水銀法による製造技術の転換の問題などによって認識されるようになってきている。
既に、新たに製造又は輸入される化学物質については、それによる環境汚染を通じての健康被害の発生を防止する観点から、その安全性を事前に審査する制度が出来上がっている。更に広く、新たな生産技術の開発・導入一般について、それが環境にもたらす影響を総合的に予測・評価していく方向が求められている。この方向は、環境汚染を未然に防止するとともに、か性ソーダの製法転換の実例が示したような事後的な生産プロセスの変更や処理施設の設置などによって生ずる多大な費用負担の発生を事前に、より環境への影響の少い生産プロセスを開発することによって回避するという方向でもある。
このように個別発生源に対する排出規制を中心とする対症療法的な環境政策に止まらず環境負荷の条件変化を事前には握しつつ構造的に対応することによって、未然防止の実を上げて行くことが今後とも重要なことである。