1 自然環境保全のための基本法制の確立
我が国の自然保護制度は「自然公園法」や「鳥類保護及狩猟ニ関スル法律」を始めとし、「森林法」、「文化財保護法」などの多くの関連法制によって担われてきた。
しかし、これらの法制は、概して多様な自然を限られた側面からとらえ、それぞれの観点から必要な措置を講じようとするものであり、本来自然が有している多様な側面や役割をあるがままにとらえ、その総合的な保全を図ろうとする視点が十分でなく、更にこれら法制度の運用を総合的に調整するための基本理念や制度的保障を欠いていた。
また一方、高度経済成長に伴う国土の急激な開発とこれに伴う自然環境の破壊の進行は、その反動として国民の自然保護思想の覚醒を促し、残された自然の保全の必要性が強く認識されるところとなり、各地において自然保護条例の制定が進められた。
このような事情を背景として、国においても新たな自然環境保全の理念に立って、都市、農村、森林など国土全般の管理のなかでの自然環境の保全の基本方向を明らかにし、そのための実効ある対策を確立することが強く求められるに至った。
このような要請に従い、47年度に自然環境の保全についての基本法として制定されたのが「自然環境保全法」である。同法においては、自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものとして明確に位置づけられるとともに、国、地方公共団体、事業者及び国民が一体となって自然環境の保全を行うべき責務を有することを明らかにしている。また、国に対しては自然環境の保全のために講ずべき施策に必要な基礎調査(自然環境保全基礎調査)をおおむね5年ごとに行うよう努めること、及び自然環境の保全を行うに当たっての基本的な方針(自然環境保全基本方針)の策定が義務づけられた。
この規定をうけ、政府は、48年に自然環境保全基本方針を策定公表した。同方針では「自然……は、?経済活動のための資源としての役割を果すだけでなく、?それ自体が豊かな人間生活の不可欠の構成要素をなす」ものとして自然の価値を十分に認識し、「自然を構成する所要素間のバランスに注目する生態学をふまえた幅広い思考方法を尊重しつつ、人間活動も、日光、大気、水、土、生物などによって構成される微妙な系を乱さないことを基本条件として営む考え方」が確立されなければならないとし、それまでの経済社会活動と自然環境との係わり合いに転換を求める自然環境保全の基本理念が明らかにされた。
また、我が国の自然環境の現状とそれに対する人間活動の係わりを明らかにするために行う自然環境保全基礎調査も48年度に第1回調査が行われ、53年度から54年度にかけて第2回調査が行われるに従い、その内容も豊かになってきた。
第1回調査では、全国の植生の状況をはじめ、河川、湖沼、海岸の自然の状況などが調査され、第2回調査では、更に野生動物の分布や干潟・藻場・サンゴ礁の存在状況あるいは表土の改変状況などについても調査が行われており、次第に我が国土の自然環境の状況が明らかになりつつある。
更に、「自然環境保全法」においては以上のような自然環境の保全全般に係る基本的な理念とそれを受けた施策の大綱を示し、従来からあった「自然公園法」「鳥類保護及狩猟ニ関スル法律」、「森林法」、「文化財保護法」などの適正な運用を期するとともに、すぐれた生態系の保存の必要性に着目し、新たに原生自然環境保全地域、自然環境保全地域及び都道府県自然環境保全地域の3種の地域指定の制度が設けられた。
原生自然環境保全地域は、我が国における原生の状態の自然環境を保存し、貴重な学術研究の場として後代に残そうとするものであり、自然環境保全地域は、自然的あるいは社会的要因により特に保全の必要があるすぐれた自然環境を保護しようとするものである。そしてこの両地域については国が指定を行い、そこにおける工作物の設置、土地の改変、木竹の伐採などの行為を規制することとされた。
また、都道府県自然環境保全地域は、都道府県が保全の必要のあると認めたすぐれた自然環境を有する地域を指定し、自然環境保全地域に準じた保全施策を講ずる地域として位置づけられた。
更に、都市及びその周辺における緑地の保全については、既に1960年代後半には、大都市圏など特定の地域を対象とする「首都圏近郊緑地保全法」、「近畿圏の保全区域の整備に関する法律」、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」などが制定されていたが、全国的な都市化の進行のなかで、更に広い地域を対象とする都市緑地の保全に関する制度が必要となっていた。このため「自然環境保全法」の制定に当たっては、その附則において「政府は良好な都市環境を確保するために必要な自然環境の保全のための制度についてすみやかにその整備を図るものとする。」と規定された。それを受けて48年に「都市緑地保全法」が制定され、大都市圏等に限らず、都市計画区域全域のなかで良好な自然的環境を形成している地域について地域指定を行い、保全措置を講ずることが可能となり、「都市計画法」、「都市公園法」など他の関連諸法とあいまって都市における自然環境の保全を図る体制が整備されることとなった。
一方、この時期に我が国の国土面積の約3分の2を占め、自然環境の保全上大きな意味を持つ森林についても、その環境保全や国土保全などの面での多面的な公益的機能に対する理解が深められ、従来、公益的意味から特に保全を図るべきものとされ、開発行為の規制がされていた保安林のみならず、一般の森林であっても公益的見地から無秩序な開発行為を抑制する必要があるとの認識が高まった。この結果、49年には、「森林法」の改正が行われ、大規模な森林の開発を対象とした林地開発許可制度が導入され、森林の保全対策の一層の前進がみられた。
このように自然保護制度については、70年代後半に「自然環境保全法」の制定を中心として大きな質的転換が図られるところとなった。