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第1節 環境負担の条件変化

 我が国経済では、重化学工業を中心とする産業の急速な拡大を示した高度経済成長期から、第3次産業を中心とするサービス経済の拡大が相対的に大きなウエイトを持つ安定経済成長の時代へと移行してきている。このような産業活動の拡大と構造変化に伴って、産業による環境の生態系機能の活用、環境へ排出する物やエネルギーの量と質、産業の立地選択など産業と環境との係わり合いは急速に変化し、環境への負荷をめぐる条件は大きく変化してきている。
 かつて経済が農林水産業中心であった時代には、農林水産業は自然の生態系の機能に依存して営まれていたから経済活動の環境負荷も小さく、一方他から発生する環境負荷を受け入れ浄化する機能を果たしていた。しかし、産業化の進展に伴って、鉱工業生産活動の急激な拡大がみられた結果、経済活動がもたらす環境への負荷は農林水産業が中心であった時代と比べて非常に大きなものとなってきた。
 経済社会活動の拡大により、自然界には存在しなかった物質、エネルギーの人工的な循環が生み出されるが、生産、流通、消費などの過程で新しい物質や様々な排出物が発生し、それが環境に放出され環境への負荷を生み出している。
 1960年代の鉱工業生産活動の増大は、我が国の狭い国土の中で地域的な集中を伴いつつ、ばい煙、重金属、有機汚濁物質、粉じん、産業廃棄物、騒音、悪臭などを多く排出するようになってきた。環境の浄化力や復元力を超えたこれら環境負荷の増大は、環境汚染を引き起こした。これは高度経済成長に伴う外部不経済が環境汚染として顕在化したものである。
 産業の高度化に伴って農林水産業でも、利・排水、化学肥料、農薬、水産養殖などの分野での技術の開発、普及が進む中で環境負荷の条件も変わってきている。
 農林業は、水を貯蔵し、土壌を保持し、空気を浄化し、環境を保全する大きな役割を果たしている。また、旺盛な需要を背景とした畜産業の大規模化は豊かな消費生活支えてきたが養豚場などでは、急激な規模拡大の過程でふん尿の処理として直接に農地還元を行わない経営も一部にみられ、新しい環境負荷を生み出している例もみられる。漁業も養殖漁業の拡大などによって生態系との係わり合いが変ってきている。
 他方、農林水産業は依然として水、大気、土壌などの生態系機能に依存して営まれているという伝統的な特性の故に、環境負荷の量的、質的変化に対し最も敏感で、環境汚染や自然改革の被害を最も受け易くなっていることも否定できない。
 一方で、人々の生活の変化をみると、かつて経済が農林水産業中心であった時代には、人々の生活も自然の営みに大きく依存し、自然との係わり合いは極めて広いインターフェイスを持っていた。そこでは人々の消費生活様式、生活環境など生活の構造自体が環境の生態系機能を生かすように出来あがっており、周囲の自然と一体となった農山村の風景や旧い町並みにみられるように、そこには身近にある豊かな自然が生活の中に取り入れられていた。しかし、産業化の進展する中で人々の価値観の変化もあって生活の構造は変り、人口の都市集中、社会資本の整備を通じた人口の都市生活環境の造成、都市的消費生活様式の浸透をともなった生活の都市化が進んできている。
 この生活の都市化は、第1に食料、衣料その他の生活資材をすべて市場から購入し、その供給は生産者と流通業者に依存し、第2にごみ、し尿など個別処理を離れて集中処理を行う公共サービスに依存し、第3に自動車、鉄道、飛行機などを使った都市内外での人々の移動が増大し、この面での道路、鉄道、飛行場などの公共的施設サービスに依存し、第4にこれらの活動に必要な大きな水やエネルギー需要を生むなどの特徴を持っている。
 都市における消費生活は、都市内に立地した大きな物流を始めとする各種のサービス経済活動に大きく依存していると同時に、都市のサービス経済は大きな雇用吸収力を持っている。このような人口とサービス経済の都市集中は相乗効果を持って進展してきているために、都市における人々の生活とサービス経済活動に起因する環境への負荷は増加してきている。
 これら環境への負荷は、活動主体が個々にもたらす環境負荷は小さいが、我が国の急速な都市化に充分に適応できなかったために過密化した都市構造と人々の都市的生活の利便の追及という二つの要因から、これが高密度な都市空間に集中し、都市、生活型公害ともいえる都市化に特有な公害を引き起こしている。この都市、生活型公害は、交通機関による大気汚染や騒音、上水道用水源や閉鎖性水域を始めとする水質の汚濁、生活廃棄物、近隣騒音の発生という姿をとって都市の生活環境の質の悪化を引き起こしている。
 今や、人々は都市。生活型公害の防止と同時に都市の環境の質そのものの高さを求めるようになってきている。それは高度経済成長期の自然環境の改変と公害の発生に触発された人々の環境に対する意識の高まりと、物的生活水準の上昇、自由時間の増大を背景とした人々の意識や価値観の変化反映したものである。このような環境に対する意識の変化は、環境への負荷を軽減する努力を促すようになってきている。
 きれいな空気、静けさ、潤いのある水辺環境、豊かな緑、落ち着いた歴史的環境や街並みのたたずまいなど、人々は快適な環境の中での安らぎと潤いのある生活を求めている。それらは、急速な産業化と都市化の中で失われてきたものである。
 生活環境の中にこれらの物を取り入れていこうとする快適な環境の創造を求める動きは、自由に動きまわれるオープン・スペースや大自然との接触を求める人々のニーズの増大とも一致している。人々は増大する自由時間を活かして豊かな自然とのふれあいの欲求を強め、価値観の多様化を背景に様々な自然への接触の態様となって現れてきている。
 それと同時に自然の側からこれに対する人類の技術のインパクトを観察、追跡し、過剰な負荷のかからないよう配慮し、次の世代により豊かな自然を引き継いでいくことが必要になってきている。
 経済活動や人々の生活自体が環境への負荷を増大し、これが地域的に集中してきたため、環境問題が顕在化してきた。その中で環境資源の稀少性、自然の生態系の働きの重要さなど環境に対する人々の認識が深まった結果、環境負荷を軽減し、自然環境を保全していかなければならないという新しい社会的な合意が形成され、環境政策体系が整備されてきた。
 今度、安定経済成長が定着し、経済の拡大テンポは高度成長期よりは鈍化するであろうが、石油代替エネルギーの開発・利用や持続する都市化の中で、環境への負荷は質的変化を伴うものと予想される。このような趨勢の中で、環境政策は環境汚染が顕在化してからこれを防止するのではなく、環境への負荷を軽減するような技術体系、地域特性に応じた国土の設計、都市化の誘導など、環境資源の節約の方向へ誘導していくという新しい社会的役割を果たそうとしている。このことは、1970年にOECD(経済協力開発機構)に設けられた環境委員会の環境政策に対する基本的認識とも一致するものである。

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