1 野生動物
我が国における各種の野生動物の生息状況については、これまでも様々な種の生息の有無についての地域ごとの情報に収集が行われてきたが、それぞれの種をとって全国的な分布の全体像は、は握されていなかった。
人間と野生動物との共存を図り、適切な野生動物の管理を行うためには、野生動物の分布の全体像を明らかにする必要がある。そのため最近になって大型哺乳動物を中心としていくつかの野生動物の分布をは握するための全国的な調査が国によって行われるようになった。
大型哺乳動物に関しては、カモシカについて52年度〜53年度にかけて「カモシカ分布等調査」が行われ、53年度には「第2回自然環境保全基礎調査」の一環としてカモシカ以外の8種類の大型哺乳動物(ツキノワグマ、ヒグマ、シカ、サル、イノシシ、キツネ、タヌキ、アナグマ)について分布の調査が行われた。
「第2回自然環境保全基礎調査」では、全国を縦約4.5km、横5.5kmの区間(全国で約1万6,000区画)に分け、それぞれの区画ごとに、聞き取り調査により生息の有無を明らかににする手法がとられている。また、スキノワグマ、ヒグマ、シカ、サルの4種については聞き取りにより生息情報の得られた区画をその情報の内容によって繁殖区画(そこにおいて繁殖が行われていると推定される区画)、出現区画(繁殖はしていないが季節などにより一時的な出現が確認された区画)及び絶滅区画(かつてそこに生息していたが、現在は生息が確認されなかった区画)の3種類の類型化を行っている。
なお、「カモシカ分布等調査」ではカモシカの分布の他にその生息密度の調査も行い、分布と生息密度から生息頭数推定を行っているが、「第2回自然環境保全基礎調査」ではこのような生息密度調査と生息頭数の推定は行われていない。
この2つの調査について、現在までにとりまとめられた結果から我が国の大型哺乳動物の生息状況をみることとする。なお、「第2回自然環境保全基礎調査」においては大型哺乳動物の他に鳥類、両生類、は虫類、淡水魚類及び昆虫類の分布などの調査も行われており、大型哺乳動物に関する調査と併わせ、今後集計、分析が進むにつれて、我が国における野生動物の生息状況が明らかになっていくものと期待される。
? カモシカ
カモシカは、その分布が東日本で広く、西日本で狭くなっており、中国地方では生息が認められず、四国、九州においてもごく限られた地域に分布しているに過ぎない(第1-2-1図)。
分布地域の植生は、ブナ林帯を中心としてその上下の植生にまたがりスギ、ヒノキなどの植林地帯にも分布している。分布面積は約3万4,500km
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で我が国の全国土面積の1割弱に分布が認められる。
分布地域のなかでの生息密度(単位面積当たりの生息頭数)については10県の174地点で実地調査が行われたが、その平均は1km
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当たり2.55頭であった。また、分布生息密度をもとに全国の生息頭数を推計すると、実地調査で十分なデータの得られなかった高地山岳地を除いて、おおむね7万5,000頭程度と推定された。
カモシカについては、かつて主として乱獲によって激減し、種の存続が危ぶまれたため、昭和9年に天然記念物に指定され、30年には更に特別記念物に指定されたことによりその保護の徹底が図られたこともあって現在ではこのように生息数が増加したものとみられている。
? ツキノワグマ
ツキノマグマは津軽海峡以南に分布しており、カモシカと同様に中部地方以北の山岳地帯に偏った分布を示している。中国地方西部と紀伊半島では70区画前後の繁殖域が確認されたが、周辺には繁殖域が見られず孤立化している現状にある(参考資料2)。
ツキノワグマの生息状況全区画数に対する繁殖区画の割合でみると、中部地方が33.7%と最も高く、四国と九州では繁殖区画は確認されていない。また東北地方は出現区画が多く、繁殖区画と出現区画を合わせると全区画の50%を超えている。
これらの調査を通じて、ある地域における野生動物の生息が将来まで続くかどうかの判断が極めて重要である。この判断の重要な要素として生息する地域の広がりがある。生息している地域が広く続いていれば個体の数も多く、種としての存続は安定しているが、生息地域が小さく分断されていると絶滅の危機は高くなる。このような観点からツキノワグマの繁殖域をみると、奥羽山脈沿いの磐梯・朝日を中心とする地域と岐阜・長野両県北部から北陸地方にまたがる山岳地帯の2地域の600区画前後の一団となった大きな繁殖域が見られることが注目される。一方、絶滅区画は中部地方に多く、特に静岡県の天竜地方では30区画以上の連担した絶滅区画が広がっている。
? ヒグマ
ヒグマは北海道の山岳地帯のほとんどに生息しているが、特に道央の大雪山、紋別、日高などにまとまった生息域がみられる(参考資料2)。総区画数に対する繁殖区画の割合は、20.5%であり出現区画と合わせると北海道の半分の地域で何らかの形でヒグマが生息しているが、今世紀において原野開拓が進められた根釧原野とサロベツ原野で広大な絶滅域がみられる。
? シカ
シカは、本州では、栃木・群馬の県境地域、関東山地一帯、近畿地方北部の山地、紀伊半島中央部などにまとまって分布している。また、明治時代に大雪のためにほとんど絶滅したものといわれていた北海道においても、道東を中心にかなりの生息域が認められている(参考資料3)。
全国で繁殖区画の割合が最も高いのが近畿地方であり、北海道、関東、四国などでも繁殖区画の割合は15%を超えているが、東北、中国では生息が一部の地域に限られており、繁殖区画の割合はそれぞれ1.9%、5.2%となっている。
また、能登半島では全域にわたってシカが全滅しており、ほかにも静岡県西部、愛知県東部、岐阜県中央部、中国山地、宮崎県南部などに絶滅域が広がっている。
? ニホンザル
ニホンザルは、ヒトを除くの霊長類の生息地の北限として知られる下北半島以南の本州、四国、九州に広く分布しており、北海道を除く全国の約3分の1の地域において何らかの形で生息がみられている(参考資料4)。このうち繁殖区画が50以上連担する地域は紀伊半島南部、南北アルプスなど8地域であり、そのうち7地域はいずれも中部地方と近畿地方の山岳地帯となっている。これらの地域以外ではニホンザルの分布地域は小さく分断されているため、それぞれの地域において今後とも生息が続くかどうかについては必ずしも楽観できない。
? イノシシ
イノシシは、津軽海峡以南に分布しているが、その分布状況は西日本と東日本では著しい相違を示している。西日本では、都市部、平野部を除いてほぼ全域に分布しているのに対し、東日本では阿武隈山地にまとまった生息域がある他は、ほとんど生息が確認されていない(参考資料5)。
? キツネ
キツネは、九州本土以北に広く分布するが四国における生息域が著しく小さいこと、九州以北でも離島では北海道の利尻島以外にはまったく生息がみられないことが特徴的である(参考資料6)。
? タヌキ
タヌキは、キツネと同様に九州以北の本土に広く分布するが、キツネの分布状況と比較すると四国にも広く分布し、また離島にもかなり生息がみられるのが特徴的である。他方、北海道において道央、道東部を中心に生息が確認されていない地域が広くみられることが注目される(参考資料7)。
? アナグマ
アナグマは、本州、四国、九州に一様に広く分布するが、離島では生息が確認されていない(参考資料8)。