1 快適な環境づくりの動き
(1) 自然環境の保全
我々は、その周辺の多くを自然環境によって取り巻かれていることから、環境の快適さは第一にそれらの自然環境がいかに保全されているかということに大きく影響されるといえる。
そこでまず、緑及び河川等における自然環境について快適さの視点を中心に見てみよう。
(市街地の緑の確保)
市街地及びその周辺にある緑地は、大気浄化、気象緩和、公害・災害の防止等の機能を併せ持っているのみならず、そこに生育する動植物を含め、自然との触れ合いの場として、また美しい町並みの景観の形成に資するものとしても重要である。
しかし、第一節で見たように、緑の減少は、特に都市周辺において著しい。このため、残された緑を保全していくとともに、緑化対策を積極的に推進して、豊かな緑のある景観の維持、形成を図っていくことが重要な課題となっている。現在、都市周辺及びその周辺地区における緑地保全及び緑化の推進を図るものとして「都市緑地保全法」「生産緑地法」「自然公園法(県立自然公園)」等の法制度や、都市公園・街路樹等の整備、河川区域等の緑化、下水処理場等の公共施設の緑化等の施策が推進されている。
また、市町村においては、条例により、その全域あるいは一部に緑化街区、緑地推進地域、緑化団地指定区域等を設定し、その地域における学校、病院、庁舎等の公共施設の緑化、緑地保全に影響を及ぼす開発行為の規制等を独自に講じている例もある。
しかし、緑化対策の基幹である都市公園の整備状況を見ても、現在、都市住民の1人当たり公園面積は欧米都市に比べても依然として低い水準にあることなどから、都市住民を満足させるには至っていない(第3-3表)。
このため、都市計画において都市緑化を総合的に進める施策の一つとして、国と地方公共団体とがモデル地区を選んで優先的に予算を当該地区に配分し、公園の整備、街路の緑化、私有地の緑化等を図る緑化モデル推進事業が、現在、郡山市、新潟市、金沢市、松本市、神戸市等15の都市において進められている。その中で高密度の市街地の緑化を図っている神戸市(真野・真陽地区)の例を見ると、市、自治会、工場の代表からなる協議会による具体的な緑化プランに沿って、工場の運動場の買上げによる公園の整備、工場のコンクリート塀の緑の垣根への転換、街路の改良による植樹帯の設置、駐車場の緑化、植木鉢等を利用した花木の沿道への設置、植木市の開催等、多面的な緑化対策が図られている。
また、都市における緑とオープンスペースの総合的な整備及び保全を図るため、各都道府県において緑のマスタープランの策定が推進されている。このプランにおいては、各都市の実情に応じた目標年次を設定し、緑地の確保目標水準を市街地周辺に存在又は計画する緑地を含めて市街地区域面積の約30%以上とし、その中核となる都市公園等の施設緑地の目標水準を一人当たりおおむね20m
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としている。これを実現するために、都市公園の整備、良好な樹林地等の緑地保全等を総合的に進めていくこととしている。
このような施策の推進により、緑豊かな市街地が実現されれば、都市生活は一段と快適なものとなろう。
(水辺環境の保全)
河川は単に流水機能を有するのみならず流水機能を核としたオープンスペースを持つことから、地域景観の重要な要素であると共に、レクリエーション等、住民の憩いの場となり、また、生物を育む場であり、更に、火事や地震の際の防災機能をも有している。
しかしながら、これらの機能は、水質の汚濁、水循環系の短絡化による河川流量の減少、河道の単調な人口水路化などにより著しく損なわれる例が各地で見られた。
そのため、国においては、これらの機能の再生を目指して、水質浄化対策をはじめ、河川敷における緑地、河川公園、遊歩道等の整備・助成を行っている。
海岸も、水辺環境として重要な要素であり、特に自然海浜においては人と自然との多様な触れ合いが可能となる貴重な空間となっている。そのため、瀬戸内海において、海水浴などに利用されている自然海浜地区を自然海浜保全地区として指定する制度を設けるなど、身近な自然海浜の保全を図りつつあるが、既に自然性の失われた海岸等においては、その快適性の回復を図る観点から、一部の地域で遊歩道の整備、人工的手段による浜辺の造成、周辺の植栽等を行っている。
一方、地方都市において、市民と河川水域との接触を深めている例は、「杜」と都仙台市の広瀬川、白壁の土蔵を背景に水鳥も放たれた水域景観を形成している倉敷川、江戸時代の石橋群の保存とともに清流の回復を目指す長崎の中島川など各地に見出すことができる。
仙台市の広瀬川は30年代を通じ水質汚濁が進行したため、市は、下水道の整備による水質の改善、次いで流域の緑化に取り組んだ。これに対して、住民の側においても定期的な河川敷の清掃、草刈り等が行われ、住民と行政とが一体となった河川の浄化運動が展開された。この運動は更に、カジカガエル、ホタルの放流等へと進展し、広瀬川は、人口60万の仙台市を流れる清流としてよみがえった。更に、49年には「広瀬川の清流を守る条例」が制定され、広瀬川流域に環境保全区域を設け、当該地域の土地利用規制、建造物の屋根、外壁などの色彩制限を通じ、広瀬川の景観との調和が図られている(写真1
)。
このほか、多摩川、矢作川等においても地域住民を中心とする河川浄化の努力が進められており、河川等の良好な水辺環境を維持することの重要性は次第に認識されてきている。しかし、自然環境に比較的恵まれない一般の市街化地域内の河川は依然として汚濁の程度の著しいものが多く、また、川辺の快適さも確保されていないものも多い。したがって、河川を水と緑のオープンスペースとして活用し得る余地は未だ大きく残されており、今後とも市街地内の水辺の確保のひとつとして河川環境の改善を積極的に推進していく必要がある。
(沿道景観の保全)
市街地を結ぶ道路や鉄道の沿道の景観が美しいものであることは、その地域の住民のみならず、そこを通過する人々にとっても生活の中の快適さを高めるものとなる。
市街地を離れた沿道地域においては、そこにおける自然景観が保全され、かつ、屋外広告物等の人工物が極力抑制されていることが必要である。
国においては、主として交通公害防止の視点から、道路沿道の緑化を進めており、また、広告物の規制のための制度として、「屋外広告物法」等を定めている。しかし、沿道の緑化も、景観の視点をも加え、美しい並木道を作るというところまでは至っておらず、屋外広告物についても、地方公共団体の条例を通じて、道路、鉄道等の交通施設から展望することができる地域等においては、それを禁止することができる仕組みになってはいるものの、現実の姿としては野外の風景を損ねている場合が多く見られる。
そのため、沿道美化の事業を積極的に進める必要性が徐々に認識されてきているが、既に、宮崎県をはじめとして、幾つかの地方公共団体においては、独自に沿道美化対策が進められている。
宮崎県の沿道修景美化事業は38年に「美しい郷土づくり運動」の一環としてスタートした。次いで、44年に、主要沿道の優れた自然景観及び樹木等を保護するとともに、花木類の植栽等による沿道の修景美化、郷土の美化を推進していく「沿道修景美化条例」の制定により本格化した。この条例に基づき、沿道における代表的な自然の風景地及びその眺望の保存を図ると共に、樹木等の植栽地で道路の両側20mを超えない地域を「沿道修景植栽地区」として緑化を積極的に推進している(写真2
)。現在、沿道修景植栽地区は、植栽延長270km、植栽本数約40万本に上っている。
このように、各地で郷土美化の一環として地域の特色を生かした美しい沿道景観を維持していくことは、地域の人々の郷土愛や誇りが更に高まることにつながるとともに、そこを訪れる人々にもその美しさを印象付けることになろう。
(優れた自然景観の保全)
日常生活の中で身近な自然が守られているとともに、月あるいは年単位で優れた自然景観に接する機会が確保されていることも、生活の質を高めていくための重要な要素である。我が国では、これらの優れた自然景観は、自然公園等の地域指定制度によって、その保全が図られている。
このような地域では、自然景観の保全を第一とし、建築物等の人工物は極力抑制されていることが望ましい。しかし、一方で、このような地域では、そこを訪れる人々のための利用施設等があり、また、地域内で生活を営んでいる人も多く、これらの人工的な施設等により周囲の自然景観を損なわないように適切な管理を行っていく必要がある。そのため、現在、これらの利用施設等の建築物の高さや建ぺい率の規制にとどまらず、全体のデザインや色彩あるいは屋外広告物の制限、樹木の植栽に至るまでの指導が自然保護行政の一環として行われている。
しかし、このような指導による個々の施設に対する規制のみで優れた自然景観を保持していくことには限界があり、全体として利用施設や公共施設等が形成する人工的景観が自然景観を損なわないようにしていくためには、それらの配置に関する全体的な計画が必要である。このため、比較的利用度の高い地域においては、現在、利用のための施設を計画的・集団的に整備する目的で「自然公園法」による集団施設地区制度が設けられている。
その具体例を箱根地区(富士箱根伊豆国立公園)について見ると、湖尻と元箱根の2つが集団施設地区として指定されている。
この中でも湖尻地区においては、当初から公共施設区、園地区、野営場区、宿舎区等の地域区分がなされ、計画的な整備が図られてきた。このため、ロープウェイの駅や船付場等の運輸施設、国民宿舎やホテル、更に、園地、野営場、展望台が適切に配置され、多くの施設があるにもかかわらず、優れた自然景観が損なわれることなく保全され、全体として美しい景観を構成している。また、これらの集団施設地区とその周辺地域を美しく維持していくため、美化清掃事業が実施されている。
また、地区のデザイン・色彩の統一の具体例としては、切妻型大屋根のデザインで統一している志賀高原集団施設地区(上信越高原国立公園)、赤褐色の屋根と白壁が周囲の松林と調和して美しい雲仙温泉集団施設地区(雲仙天草国立公園)を代表として各地に見られる。(写真3
)。
このように、多くの人が利用する自然公園で、自然景観が損なわれることなく美しく保全されていることは、そこを訪れる人々の心に自然の美しさを印象付ける上で重要なことといえよう。
(2) 歴史的環境の保全
人々が地域社会に魅力と愛着を感じ、定住指向を高めていくために欠かせない要素として、豊かな自然に恵まれていることのほか、歴史的遺産や文化の香りを各地域が有していることが挙げられる。歴史的環境を保全する制度として、現在、「古都のおける歴史的風土の保存に関する特別措置法」、「文化財保護法」があり、これらは地域の歴史的な環境を面的に保全するという役割を果たしている。
「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」(41年)は、40年代初めに、無秩序な市街化の波が、京都や鎌倉という古都にも及び、京都双ヶ岡や鎌倉鶴ヶ岡八幡宮背後地等の具体的な開発問題を通じ、歴史的な環境の破壊の脅威が現実化したことが契機と成って成立した。この法律においては、歴史的風土を「わが国の歴史上意義を有する建造物、遺跡等が周囲の自然的環境と一体をなして古都における伝統と文化を具現し、及び形成している土地の状況」ととらえており、これまで奈良市、京都市、鎌倉市等の8つの都市における歴史的風土が保存の対象となっている。しかし、この制度は、その対象が古都におかれていたことから、古都に限らず、歴史的な価値を持つ一般的な町並みの保存を図るため、50年に文化財保護法が改正され、城下町、門前町、あるいは宿場町などの伝統的建造物群及びこれと一体をなしてその価値を形成している環境を保存する制度が確立されるに至った。
これは、主として40年代において各地で作られた町並み保存の条例を反映して成立したものである。これらの条例は?歴史的な町並みのみを保全の目的とするもの(金沢市、今庄町、倉敷市、高山市、松江市、萩市、柳川市)?自然及び歴史的景観双方の保全を図るもの(盛岡市、妻籠宿、白川郷、高梁市、平戸市、津和野市)?歴史的な環境とともに良好な都市環境の形成を図るためのもの(京都市、神戸市)等多岐にわたっていた。
このうち、妻籠宿、高山市、京都市、倉敷市、萩市は文化財保護法の対象地域となったが、その他の地域では、現在も、既存の条例により歴史的環境の保全が図られている(写真4
)。
このように、文化財保護法に基づく歴史的環境の保全制度は比較的新しいものであることから、これまで保存の対象となった地域は限られており、この間にあっても、都市化の進展により、住宅地等の開発が進み、歴史的な町並みが破壊されてしまうおそれのある地域も少なくない。したがって、今後とも先行的に歴史的環境の保全を図っていくことが必要である。
また、歴史的環境は、周囲の自然環境と一体となってはじめて調和のある美しさを現出するものであるが、この制度では必ずしも、周囲の自然環境までを充分い保存できない場合も少なくない。そのため、白川村萩町のように、集落は伝統的建造物群として指定し、それを取り巻く山々は県の条例によって自然環境保全地域に指定することにより両者一体となって美しい山村集落の景観を保持している事例も見られる。
このような歴史的環境の保全は、特定の地域だけのものではなく、各地域においてそれぞれの地域特性に応じ展開されることが必要であり、そのことが地域の誇りと愛着を一層深めていくことにつながることになろう。
(3) 町並み景観の保全
生活環境を構成する要素は、市街地においては人工物の占めるウエイトが高く、それらの形成する景観も快適な環境の重要な要素の一つとなっている。
現在、市街地の景観保全に関する制度としては「都市計画法」、「建築基準法」「屋外広告物法」等が挙げられるが、これらは必ずしも景観保全を目的としたものではなく、また充分活用されていないものもある。例えば、都市計画法における美観地区には、東京都の皇居周辺、大阪市の中之島等極めて一部の地域しか指定されておらず、また、これらの地区における規制を行うための条例も定められていない所が多い。更に、そのための具体的手段である建築基準法による規制は敷地単位での建築規制であるので、地区としての景観上のまとまりや一体制を実現することは難しい現状にある。
一方、景観を損なうような広告物等の設置に対する取締りについては、「屋外広告物法」に基づく条例により規制区域と禁止区域が定められているが、必ずしも期待されたような効果は挙げられていない。
その結果、近年の市街地の無秩序な拡大や地価高騰に伴う建築敷地の零細化による低質な住宅の供給、小規模なビルディングの乱立、広告物のはんらんにより町並みの秩序は失われ、全体として調和のとれた美しい町並み景観からは程遠い状況にある。
こうしたなかで、地方自治体においては、独自の規制手法を導入して町並み景観の保全を図る動きが見られ、その代表的なものとして、京都市と神戸市が挙げられる。
まず、京都市では、京都市街に点在する歴史的建造物が大規模なビルの合間に埋もれてしまうおそれがあったこと、建物の高層化によって市街地から東山など周辺の山への眺望が急速に狭められたことなどを契機として、京都の特色ある都市景観を保全するため、47年に「京都市景観条例」が制定された。これによって美観地区のほか、巨大な工作物の事前審査を行うことを目的とした巨大工作物規制区域、積極的に伝統的な町並みを保全し、より美しく修景を行う特別修景地区(一部は伝統的建造物群保存地区になる。)等が設けられ、これらの地区においては、建築物の形態、デザイン、高さ、色彩等の変更に関する規制が行われている。
一方、神戸市では、53年に「神戸市都市景観条例」が制定された。これは、これまでの環境整備施策が個別の課題に対する規制や事業計画にとどまり、総体として、美しく快適なまちづくりを進めるという視点に欠けていたという反省に立って、個性ある都市空間の発掘と創造、生活環境の質的向上等を図り、市民文化としての都市景観の形成を目指している。この条例では、美観地区、伝統的建造物群保存地区のほか、都市景観の形成に大きな影響を与える建築物等で、大規模なもの及び色彩、形状等が特殊なものを景観形成指定建築物等とし、それがある地区を届出地域として定め、これらを一体として都市景観形成地域としている(写真5
)。これらの地域においては、建築物等の増改築、大規模な模様替えや色彩の変更等が規制されることとなっている。
また、旭川市、大阪市、横浜市など各地で、歩くことの楽しさを正面からとらえ、緑や水辺のある買物公園や歩行者街路・広場などをつくる試みがなされている。更に、ニュータウン等の一部に見られる電線を地下に埋設した街路・町並みが、災害時の安全性ばかりでなく、すっきりと美しい景観の面からも次第に注目を集めてきている(写真6
)。
このほか、最近においては、街の顔ともいうべき公共施設を美化することによって景観を形成していこうという動きが、神奈川県、兵庫県、滋賀県等で見られる。これは公共の建物や橋などを建設する際、ユニークな個性や文化性を加味するため、建設費の1%を個性表現の費用として上乗せする「文化のための1%システム」と称される制度で、一つの意欲的な試みとして評価できよう。
このような町並み景観の保全も、自然環境、歴史的環境の保全と同様に環境上の重要な施策の一つとして位置付けられよう。
(4) 野外レクリエーション施設等の整備
国民の健康を維持し、自然との接触を深める場としての野外レクリエーション施設・地区等が居住地からできるだけ身近なところに整備されていることは、我々の生活にうるおいを与え、日々の生活の快適性を高める上で重要な要素である。
野外レクリエーション対策としては、20、30年代から始まった国民保養温泉地、青年の家、国民休暇村野外レクリエーション地区や低廉で快適な宿泊施設を提供する国民宿舎、ユースホステル等の整備から比較的新しい総合森林レクリエーションエリア、勤労者いこいの村、長距離自然歩道等の整備まで、40種類近い施策が推進されているが、その多くは40年代半ばに始まったものである(第3-4表)。
そのため、その整備地区が50か所程度を超える国民保養温泉地、青年の家、自然休養林、自然休養村等から各都道府県に1か所以下のものまで整備の水準は区々である。しかし、これらの野外レクリエーションへの需要は根強く、その供給が必ずしも充分に行われていないことは、自然公園他各種野外レクリエーション地区や宿泊施設の混雑現象からもうかがうことができる。
そのため、地方自治体においても、県民の森、憩いの森、ふる里村、都市青年の家、総合レクリエーション施設、ハイキングコース、キャンプ場、サイクリングロード等各種の地区や施設の整備が積極的に進められている。
今後においても、国民に低廉で良質なレクリエーションの場を提供する施設を推進していくことは、自然環境との接触を深めることを通じ生活の快適性を高め、環境保全の思想を育んでいくことにつながり、極めて重要なものと考えられる。